ドラマというのは室内で本読みやリハーサルをして、それを元に監督やDがコンテを切る。撮影現場でドライやカメリハ、ランスルーをしてから本番という流れで製作されるのが一般的だ。
しかし今回の『今日あま』撮影では予算も時間もなく、ロケ地は一日しか確保できない。そのためドライからランスルーは全て一纏めでリハーサル扱い、練習は一回切りという雑な現場だった。
当然熱意も感じられず、流す程度でリハーサルは終わる。
「普通に演技できてるじゃない。来てもらって正解だったわ」
「こんなの練習すれば誰でもできる。他の人の邪魔をしない程度に下手じゃないだけだ」
かつかなと共演した時、アクアには年齢と中身のギャップが生み出す気味の悪さがあった。それがホラー物の作品と合致し、実力以上の映像が撮れたというだけの話。
肉体が成長し精神年齢とのギャップが無くなるにつれて、その異質感も薄れどこにでも居るただの役者になっていっていた。
「いいじゃない。アクアの演技、ずっと努力してきた人の演技って感じで私は好き」
「変に気を使うなよ」
「使うわよ。一応これでも座長だし!
主演級の仕事なんて私にとっては10年ぶりの大仕事なんだから! そりゃ頑張るし!」
確かに最近見ないし、まだ役者やってたのかって思った。
率直な感想が浮かび、わざわざ傷つくような事言う必要はないかとアクアは黙り話題を切り替えた。
「さっきのでカメラや照明の配置や動きは体感できた。次はもっと良い演技に調整できる」
「本当? それはいいわね」
「あと少し脅かすつもりだからもしもの時は鳴嶋のフォロー頼む」
「は? 何する気? 撮り直しとかする余裕はないわよ?」
自身の評価より作品の出来を優先するかなには受け入れたくない意見だっただろう。だがアクアとしてもこの現場はムカつくし勝算もあるから止められてもやる気だった。
「真面目に演じるだけだ。俺は敵役だぞ」
実写版『今日あま』は相当なクソ作品だ。
基礎も出来ていない役者に売り手の都合が前に出すぎた企画。
既に4話まで公開済みで、視聴者のほとんどが落胆し、失敗作の烙印を押されている。
それでも原作の『今日あま』は名作だ。
これから撮影するシーンはその中でも屈指の名シーン。
ヒーローとストーカーの対決。愛を知らない少女が初めて誰かに守られて涙を流す。
ここでヒロイン役が呼吸を合わせて上手くフォロー出来ればまだ名誉挽回の余地はある。
「オマエノカンガエソウナコトダ」
……上手くフォロー出来ればまだ名誉挽回の余地はある。
「バカナノ?」
……まだ名誉挽回の余地は……。
「ヒトリニサセネーヨ!」
(無理だよこんなの!! フォローしきれない!!)
あまりにもあんまりな演技にかなも匙を投げかける。
原作でのこのシーンはもっと緊張感があり、怖くて、おどろおどろしいシーンだった。それが全く再現出来ていない。なぜこんな演技で監督たちがOKだと思うかかなには信じられない。
それは芸術家寄りの考えだ。
あくまで役者の宣材であり作品の出来自体にはほぼ興味のない製作陣からすればこれでも別に問題はない。何でもいいから求められる役者であろうとしつつ、有馬かなはこういう所で徹底し切る事が出来ない人間だった。
ピチャッ
ピチャッ
ピチャッ
緊張感のなかった場面に水音がする。
ただ歩いているだけにしては大きく響き、場の雰囲気が入れ替わり始める。
「この女はお前が思っているような女じゃない……
お前みたいなチャラついた男とは絶対に相容れない」
(あれ?)
「そいつは俺と同種の人間なんだよ」
リハーサルの時、かなのアクアの演技への評価は「細かいテクが親切で丁寧。物語に寄り添えているが、あんまり上手くはない」と言う物だった。
確かに演技の調整をするとは言っていた。だがこれはそのレベルではない。
緊張感の欠片もなかった現場に、確かに緊張感と恐怖、おどろおどろしさが再現されていた。
(俺にはアイみたいな才能はない)
視線を釘付けにするオーラがない。演技が上手いわけじゃない。視聴者に届くほどの激情も抱けない。
だから使えるモノは全部使う。
小道具。カメラ。照明。役者。
(そして
オカルト業界に深く関わった頃から、転生という超常現象を経験していたアクアの常識はさらに壊れた。
その影響か、演技に不思議な異物感、あるいは特別感を伴うようになっていた。
同年代トップのマルチタレント、不知火フリルの外連味。
帝国演劇賞最優秀男優賞受賞。月9主演俳優、姫川大輝の情報量。
そして子役としての世代の頂点、有馬かなの太陽の如き輝き。
そういった天性の素質とは比べ物にならない、単体では気付かれない程度のちっぽけなソレ。しかし新たな武器の一つには変わりない。
アクアは持ち札を全て組み合わせ、凡才の演技を天才たちの演技に迫る物のように見せかける。
「お前と俺達とは違う……」
「―――ッ」
一歩一歩近づくアクアに主演のメルトが呑まれかける。
言われた通りフォローが必要か、そうかなが判断しかけた時、怯みながらもメルトが動く。
「―――、この子は、俺の大事な友達だ!! 殺されても守る!!」
動揺から動きは荒く、声が震える。
カッコつけた棒読みから
ストーカーに立ち向かう、ヒーローの勇気が再現される。
(顔だけで集められたメンバーにしろ、主演を任されただけはある。きちんと台本通りに動いたな)
実写版『今日あま』の目的は役者の顔を視聴者に見てもらう事。ゆえに演技力など二の次。
ならどうやって主演を決めるかと言うと、売りたいモデルが主演になる。
今回演者をしてるモデルの中で、メルトは最も真面目で上から好かれていたため主役に抜擢されたのだ。
撮影中の話を聞く限り、アクアもアドリブでメルトを挑発しても大丈夫なんじゃないかと考えたほどだ。例えば「お前の顔そばで見るとブスだな。加工しないとこんなもんか」などと馬鹿にされても、メルトならすぐに怒りを抑えて台本通りに喋るだろう。メルトの奮起を期待して演技ができるくらいには信用できそうだった。
そして今、メルトは期待通りにアクアの威圧を越え、マシな演技を繰り出して見せた。
(十分だ。
ここは原作の名シーン。演出意図、構図、テンポ。全てに意味がある。原作らしい場は作れた。
本気でやってみろよ有馬かな)
このシーンで一番の見せ場はヒロインの
その一点が輝く様に、アクアが『闇』を演出する。
怖く、キモく、おぞましく。
ナイフを振るい、メルトに殴られ倒れ、それでも呪いの言葉を吐く。
「お前なんて誰にも必要とされてない」
「身の程を弁えて生きろよ」
「夢見てんじゃねえよ」
「この先もろくなことはない。お前の人生は真っ暗闇だ」
仕上げにヒロインが希望の涙を流せればこの場面は完成する。
有馬かなは元が付こうが天才。見事な演技で応えて見せた。
「それでも、光はあるから」