ある日の夜の苺プロ。
事務室のソファーでルビーが倒れこんでいた。
「あ~~~疲れた~~~。運動足りてなかったのかなこれ……」
「何やってんだそんなとこで」
「あ、アクア。そっちこそなんでそこから?」
作業部屋から出てきたアクアがだらけるルビーを咎める。ルビーは起き上がる元気もなく質問で返した。
「お前がぴえヨンとコラボした動画の編集手伝ってたんだよ。今ガチ収録後なのにミヤコさんも人使いが荒い」
苺プロは多くの配信者を抱える芸能事務所。多くの動画編集スタッフの管理も委託されたりする。
そしてアクアは五反田監督仕込みの動画編集技術がある。たまにこうして動画編集のバイトをすることがあるのだ。
特に今回はルビーのアイドルとして初の実績。小中学生に大人気な覆面筋トレ系ユーチューバーぴえヨンとのコラボだ。アクアもやる気を出すだろうとミヤコが手を回していた。
とは言えぴえヨンは事務所の稼ぎ頭。動画の質は確保しないといけないし、片手間でやっているだけのアクアに頼まれることは今までなかった。それで初対面では室内でも被り物を外さず服も海パンだけと言う装いに引いたものだが、ミヤコの狙い通り気合いの入った仕事になった。これなら満足してもらえるはずだ。
「お兄ちゃんがやったの!? というかどうだった私達!?」
「良かったんじゃないか。コラボ先も高評価だったし次に繋がっただろ」
「へへーん、頑張った甲斐があったね! 楽しかった!」
疲れはどこへ行ったのか、明るい笑顔で話すルビーにアクアの心も温まる。
「チーム名はB小町にしたんだな」
「うん! ママを継ぐのは私しかいないでしょ! ならチームはB小町じゃないと!」
「そうか。まぁいいんじゃね」
熱の込められたルビーの宣言にアクアは平然と返す。
嘘偽りない本心であり賛辞だ。アイは金輪際現れることのない一番星の如き存在だが、ルビーならルビーなりの在り方でアイに並び、越えていけると思っている。襲名することに異存などあるはずもない。ルビーが継ぐことを内心では喜んでいるし祝っている。だが前世で看取った
喜びや祝いが表情に出ないし口にできていないのでルビーは不満げだ。ただアクアにこれ以上は期待していなかったのか、そう間を置かず話題を切り替えた。
「お兄ちゃんのリアリティショーはどうなの? 私よく知らないし。やっぱりやらせとかあるの?」
「思ったよりはずっと少ないよ。
……僕も不勉強だったけどルビーもそうだよな。恋愛リアリティショーとか見ないから。
色々偏見から入ったワケなんだけど、リアルを売りにするだけはあった。20年の歴史とノウハウの蓄積が活かされてる」
リアリティショーに台本はない。しかし各々の個性に任せたリアリティの演出がある。
ディレクターの話をアドバイスと取るか指示と取るかすらも人それぞれ。アクアが思っていた以上に各々の人間性をそのまま映す構成になっている。
「一部は結構あからさまにやってるけど、ほとんどは自分を良く見せようとする程度。そんなのリアルでも皆やってる事だろ?」
「お兄ちゃんも最初はめっちゃキャラ作ってたもんねー。あれで一部だけ?」
「宣伝用だからな。客引きには便利だけどずっとやるのは無理だ。最初だけキャラ作ってすぐ諦めるのもリアルでよくある事」
「まぁそうだけどさー。
……じゃあ皆マジで恋愛してるの?」
「そのスタンスもまちまちかな。俺は仕事だと思ってるけど、ガチな奴もいれば決めかねてる奴もいる。仕事で恋愛する気の奴だって前はいたらしい」
リアルだって仕事だけ、恋愛だけやっているわけではない。仕事でイベントに参加する中でどう思うかも個人次第だ。強制した所で内心まで変えられるわけではないし、リアリティの追求としては適切な塩梅なのだろう。
「本当に自然体過ぎちゃ面白みがないから、恋愛を意識したような立ち回りは必要だけどな。全員が安全圏で流し始めたら番組が成り立たない」
「それでもやらせは少ないに越した事は無いよね? せっかく嘘を吐かなくていい番組なんだし」
「見てる側からすればそうだろうな」
リアリティショーを見ている観客は作りものを見たいわけではない。見たいのは本物だ。だが得てしてリアルは綺麗で面白いモノだけじゃない。
だからこそ演出がある。
演者は自分が綺麗に見えるように振る舞い、スタッフはそれを見栄え良く撮影し、余計な部分を切り取って編集する。面白みのないリアルを、面白いリアリティに変換する。客の需要に答えるには、嘘を吐かずに客を騙す事も必要なのだ。
「…………」
「どうしたの? 急に考え込んで」
「……嘘は身を守る最大の手段でもあるからさ。嘘を求められない環境ってそれはそれで不安がある」
「?」
「いや、なんでもない。気にするな」
過ごした時間こそまだまだ少ないが『今ガチ』のメンバーは顔が良いだけでなく人の良い奴揃いだ。よくこんな当たりの人材ばかり連れてきたと鏑木Pに感心するほどに。
これからはいくつもイベントが用意されているし、普通に過ごしている所を撮影するだけでも十分な青春物語が撮影できるだろう。欲をかく必要も、危ない橋を渡る必要も薄い。
だから余計な演出を入れる必要もなく撮影は進むはず。アクアはそう考えて不安を忘れることにした。