とうとう自分も30か・・・
「いや~、さっきの授業、怖かったね・・・」
「ってか、織斑先生って銃も使えるんだね。でもモンド・グロッソだと剣1本で活躍してたから、ドイツで指導頼まれた時に使えるようにしたのかな?」
昼休みを迎え、食堂の窓際の席に並び、それぞれ注文したランチセットをつつきながら先程の授業を振り返るのは、ミディアムサイズの黒髪が特徴の
代表候補のセシリアや、企業所属の義豊のような、IS学園入学以前から搭乗経験やより専門的な知識のある生徒に比べ、これから本格的に学んでいくことになる一般の生徒達にとって、千冬の初めての授業は、最初の掴み部分こそかなりショッキングなものだったが、その後は教科書通りに進んでいき、そのまま終わった。
IS学園の指導体制は士官校に近く、実生活も外部からイメージされる程華やかではない。そうした意味では彼女が語った導入も少々過激ではあったものの、生半可な気持ちで事故を起こされる危険を考慮すれば、洗礼としては妥当と言えなくもない。
とはいえ早々に言い放たれたところでそれを受け入れられるかと問われれば難しいところで、実際2人のように、思い描いていた学園生活とのギャップに酷く落ち込んだ生徒も多い。
かつて画面越しに憧れた千冬と実際に会ったはいいものの、圧倒的な強さと凛々しい姿で、多くの同性を魅了した当時からは、想像できないほどに自信なさげで弱弱しいまでの――それこそ「陰気ないじめられっ子が強要された物真似を披露している」と言われた方が納得しそうなまでの変貌ぶりには、歓喜する前に驚いた。とはいえ、自分達の担任と聞いた時は素直に嬉しかったし、他のクラスに対するちょっとした優越感も生じた。言動も経験が皆無なせいか、青春を夢見る彼女達からすればキツく、時折言葉に詰まる場面もあったものの、話す内容はしっかり要点をつかんでおり、棘のある部分も、しっかりそうならないための対策を含んでいたことから、2人は彼女なりの忠告と受け取ることができた。
「ドイツと言えば、篠ノ之さんが速美君を『一夏』って呼んでたけど、あれって先生の弟さんだったっけ?ほら、帰国直後の会見で『見捨てられた』って叫んでた」
「あぁ~、あったねぇそれ。周囲のリポーターさん達に全然応じないで急に笑い出したりして、何か様子おかしかったとは思ったけど、正直あの人が取り乱す姿なんて想像できなかったわ」
表向き『優勝した腕を見込んだドイツ政府に軍の教官を依頼されたため、そのまま滞在を延期することになった』と報じられていたため、会見の場を設けられるほど帰国を心待ちにされていた千冬だったが、早々に『国の見栄のために弟を犠牲にされた』と切り出し、必死に抑えようとする周囲を除けながらも『束の機嫌取りが目的の八百長大会』『ドイツに残されたのは口封じの監禁が目的』などと疑心暗鬼の推測から決めつけた出まかせも交えて大会の裏を暴露し、最後に『もうISに乗れなくなったし、使い物にならないだろうから切り捨てられる前に引退する』と宣言した途端、心身ともに疲れ果てて電池が切れたように気絶した様は、今でもある種の放送事故として伝説になっている。
何かと弟のことを称賛し、溺愛していることを宣言していた――そのせいで周囲に余計な期待を抱かせてしまっていたが――彼女が壊れ、変わってしまったのも、報道番組などでは『精神的な支えだった彼を失ったことで、自己の存在意義を見失ったことが原因』と推測されていたが、まさにその通りだった。
「当の速美君も『似てるけど別人だ』って自己紹介してたけど、その『一夏』君の顔を知らないこっちとしては、判断のしようがないからねぇ~……」
「私としては報じられてた時のと同一人物かの方が気になるかなぁ。カウンセリングとか受けてたって織斑先生説明してたけど、ほんの1月くらいでどっちかったら守ってあげたくなりそうな庇護欲刺激される系から、あぁもふてぶてしくなるモンかねぇ?」
「え、ナギってああいうのが好みなの?何か意外~」
「いや、見つかったって報道されてた時ならどっちかったらよかったけど、流石に今みたいなのは遠慮願いたいわよ?」
会話と共に箸を進めていく2人の周囲には、昼時にも関わらず人が少ない。話題の男子3人の姿を求めてきた他のクラスや学年の生徒もいたが、噂の彼等がいないと知るや、購買での軽食に切り替えたり、さっさと食べ終えてそのまま探しに向かった者が多く、残っているのは関心の薄い者やゆっくり果報を待つ者、あるいは2人の様にゆっくりしたい者が主になっている。
「面白そうな話してるわね、私も混ぜてもらっていいかしら?」
そこに割り込んできたのは、左腕に『新聞部』の腕章を巻き、メモ帳とペンを持った眼鏡の上級生。どうやら話題の男子生徒の情報を得るなら、行方を晦ましている当人達を探すより、この場で見つけたクラスメイトの2人から聞き出す方が手早く済むと判断したらしい。
「は、ハァ。構いませんけども……」
唐突に表れた先輩に呆けたナギが許すと、さゆかも異論はない様で、相手が隣に座るのをそのまま受け入れている。
「さて、まずは自己紹介からね。
そのまま流れるように取材を進めていく薫子だが、今日入学したばかりで、接触もほぼない2人は様々な質問攻めに聞き取るのが精一杯で、タジタジとなりながらも見て知る限りを話すのがやっとだった。そのため答えられない質問も多く、メモを取りながら顔をしかめていく様子から、成果としては思ったよりよろしくなかったらしい。
「う~ん、やっぱり入学したてだから、同じクラスの人でもまだ分からないことばっかりね……まぁ、しょうがないか。とにかく、取材協力ありがとね」
「それじゃ」と席を立つ薫子を見送る2人。まだ時間に余裕はあるが、すでに皿の上は空となっている。
「いやぁ、何か、グイグイ来る人だったね……」
「うん……早々先輩に目を付けられるなんて思ってなかったから、全然話せなかったけど……」
「どうする?もう教室戻っちゃう?」
「の、方がいいかな。何か気疲れしちゃって……」
特にさゆかの方はすっかり食いつく勢いに押されてしまったようで、苦笑しながら食器を返却すると、「また食いつかれる前に」と揃ってそそくさと後にする。
「では、朝に言った通りクラス代表を決めたい。一応自他薦は問わないが、説明した通り一度決まると基本変更はない。故に面白半分で持ち上げる様な、相手への配慮に欠く場合は、無効とさせてもらうこともある。そこは覚えておくように」
幸いその後は特に問題もなく午後の授業が終わり、HRで最後に千冬が挙げたのは、クラス代表の選出。話題としては抜群の注目と鮮度を誇る男子生徒がいる以上、ウケ狙いや晒し上げに彼等を持ち上げようとするものも出そうなため、今も先程も彼女なりに釘はさせるだけ刺したつもりだが、果たしてそれがどこまで機能するか。
「はーいっ!鈎原君を推薦します!」
「私もそれが良いと思いまーす」
「じゃあ私は五反田君で!」
「速美君……はどうだろ。でも、折角だし!」
まるでお構いなしとばかりに、挙がるのは男子3名のみ。碌に立候補すらない――むしろその前に同調圧力で黙らせるかのような――祀り上げに、とうとう我慢が限界を迎える者が現れる。
「あぁもうっ!いい加減にしてくださいませっ!」
千冬の説明が終わってから、セシリアは早速立候補するつもりだった。少なくともそうしたことを率先してこなすことが、専用機を持つ代表候補としての責任だと感じていたし、少しでも機体を動かしたり、他クラスの代表候補や、企業所属者などの専用機に関するデータを入手する機会は多いに越したことはないとの考えからだったが、あまりにも一方的な――それこそ「え、えぇ……」と困惑する弾を無視するような――推薦には、思わず物申さずにいられなくなった。
「確かに彼等3人のうち誰かがクラス代表になれば、他クラスからの注目は抜群でしょうっ!代表候補の私がこうも簡単に霞む程に人気なんですからっ!ですが、こうも丸投げに近い有様では、最早ただの嫌がらせではありませんかっ!」
彼女が指摘する様に、先程までノリノリで推薦していた者達は、ほぼ面白半分で周囲の注目と、自クラスだけの男子生徒の存在に由来する優越感を優先していた。そこに彼等の意思や人権など微塵も考慮されていない。
「そもそも仮に彼等と他クラスの生徒にトラブルが起きた場合、その責任は選んだ皆さんも担うことを考えてらして?最悪彼等を選んだだけでもクレームが来るかもしれないというのに、ただ持ち上げるだけ持ち上げて、後は知らんぷりでは最早クラス代表の意義が消失してますわっ!」
元々そこまで深く考えていなかった生徒達から「さすがにそれは考え過ぎじゃない?」などと彼女の意見に反発する者も出てきたが、その場の勢いでごり押ししようとしていた彼女達に対し、事前にアピールポイントやメリットを考慮していただけあって、セシリアが理詰めでまくし立てていく。
「第一彼等はISを動かすどころか、触れてからまだ1月足らずしか経ってないとの話。いくら機体性能が良くても、あまりに経験不足で不安要素が多すぎますっ!にも関わらず「オルコット、少し落ち着け」っ!も、申し訳ありませんでしたっ!」
とはいえ千冬としても、いつまでも独演を許して、これ以上彼女に余計な敵意を向けさせるのもどうかと思ったため、頃合いを見計らってストップをかける。
「皆がオルコットに不満が湧くのもわかるが、私としてはどちらに味方をするなら、間違いなく彼女を選ばせてもらう。言いたいことは大体代弁してくれたわけだが、先にも言った通り配慮に欠き過ぎて正直聞いててウンザリしていた。と言ってもこのままじゃ先に進まそうなので、すまんが以後立候補を優先し、推薦は男子3人以外からとさせてもらう。我こそはと思う者がいたら名乗ってくれ」
「で、ではっ、僭越ながら……」
事態の酷さに思わず本音を漏らしつつも、即座に代案を掲げれば、真っ先に反応し席を立ったのは、先程啖呵を切ったセシリア。それを皮切りに、義豊と神楽も名乗りを挙げていく。
「何か言おうにもあのまま押し殺されるかと思ったが、折角だ。便乗がてら名乗らせてもらおうかね」
「いくら護衛でも、流石にこの状況で彼だけを矢面に立てるわけにもいきませんし……」
「なるほど、オルコット、四十院、島津の3人だけか。他にはいないのか?専用機がないからと遠慮しなくてもいいんだぞ?クラス代表になれば借与された訓練機を専用に
落ち着くと同時に立候補した3人とは対照的に、男子生徒を面白半分に持ち上げていた面々は、一切名乗り出ようとしない。発破をかけるように千冬が一般生徒向けの救済や優遇措置を教えても、それ以降立候補者は現れなかった。
「ではこの3人から選出することになるが、さてどうやって決めるか……山田先生、何かいい案はありませんかね?」
「そうですねぇ……どうすれば……」
すでに先程挙げられた男子3人は除外され、立候補者からの選出を前提に話を進めようとする千冬だが、肝心の決定方法に悩む。最悪多数決でもいいかもしれないが、先の様子から誰も選ばないならまだしも、無理やりにでも男子を引き出そうとする生徒がいそうだと考え、躊躇してしまう。そうした中、神楽が遠慮気味に口を開く。
「あのぉ、対抗戦の出場者を選別するのであれば、試しにそれぞれで戦ってみるのはどうでしょうか?」
「あ、あぁ。こちらとしては構わないが……お前からその意見が来るとは思わなかったな」
確かに各員の実力や、専用機の性能などを選考基準とするなら、それに越したことはない。しかし何かと挑発的な口調の義豊ならともかく、どちらかと言えばそうした衝突は忌避しそうな神楽から上がったことに驚きながらも、他に案も出てきそうにないため、千冬はそれを採用することにした。
「では、来週明けに選抜戦を行う。と言っても戦績自体は参考程度に留め、最終的な決定には影響しないことを事前に宣言しておく。各員はそれに備え、訓練を怠らないように。それでは、解散とする」