「それじゃ、色々ありがとう霊夢。お世話になった」
「はいはい、どういたしまして」
博麗神社に居候することになってはや5日。
八雲紫から店が建ったと連絡を受けた俺は、世話になった霊夢に別れを告げる。
下心こそないが、ひとつ屋根の下で男女が、それも互いに全然知らない間柄の人間が共に暮らすことについて危機感とか感じないのか。
いや、危機感を感じる相手ですらないということか。逆に俺が危機感を感じるべきだったのか?
自己紹介も兼ねて急遽開かれた三人だけの宴会で、霊夢と魔理沙とはすぐに打ち解けた。
霊夢はこの博麗神社の巫女で、魔理沙は魔法使いだそうだ。
5日前なら信じなかっただろうが、もうあまり動じなくなってきた。
そういえばこの幻想郷、なんと飲酒するのに年齢規制がないらしい。
宴会の時に、いたって普通のことのように酒をかっくらっている霊夢を注意したところで魔理沙に笑われたのを思い出した。
外の非常識が幻想郷の常識と言うだけあって、本当に元いた日本とは何もかも違うみたいだ。
「あ、そうそう。これ持っていきなさいな」
と、霊夢が数枚の御札を取り出す。
書いてある文字は難しくてよく分からない。
「妖怪避けの札よ。店を囲うように四方に貼り付けて、その真ん中になるところに最後の札を貼っておけばいいわ。その辺の雑魚妖怪程度なら寄り付かないと思う」
「…何から何までありがとうな。今度必ずお礼させてくれ」
いいって、と半ば押し付け気味に渡された。
最初は少し冷たくて接しづらい印象を持っていたが、彼女はとても優しい子だ。
歳は聞いていないが、明らかに年下だろうにしっかりしている。
御札を受け取ってすぐ、近くの空間が裂け、中から紫が出てきた。
「お待たせしたわ渚。もうよろしくて?」
「大丈夫。じゃ、またな霊夢」
「はいはい〜気ぃ付けてね〜」
改めて別れを告げ、スキマに足を踏み入れる。
何回も通ったがスキマの中は変な感じだ。そうとしか表現出来ない。
そこに居てそこに居ないような、そんな感じだ。
「…さて、昼寝でもしますか」
渚と別れた後、霊夢は昼寝をするため縁側まで歩いていく。
突然現れて5日間だけ急遽一緒に暮らすことになった烏鷺立 渚という男は、大雑把に言うとお人好しの変な奴だった。
変に思うのは外来人だからだろうか。
冷めた態度や少し嫌なことを言っても全く動じず、試すような形でちょっとした嫌がらせをしたこともあるが、あくまで普通に接してきた。
特に気にしない素振りを見せながら、霊夢なりに注意深く観察していたのだ。
彼がどんな人間なのか、そしてこの幻想郷に順応していけるのか。
また、居候の条件として毎食料理を作る、という制約も設けていた。これに関しては完全に私欲だ。
嫌な顔一つせず引き受けた彼の作る料理は、どれも非常に美味であった。
それこそ、特に味に拘らない彼女が人里に下りて普段買いもしない調味料を買ってくるほどだった。
台所に向かい、お茶を準備しようとしていると、用意した覚えのない御盆が置いてあった。
逆さに被せてあるお椀を取ってみる。
「揚げ物…鶏の唐揚げ?」
渚が作ったと思しき料理があった。
傍には折りたたまれた紙が置いてある。
えーと何々…
「『本当にお世話になった。晩御飯にでも食べてくれ』…何よしつこいわね、3回目だっての」
冷めて時間が経った揚げ物なんて衣がふやけて美味しくないだろうに、何故このチョイスなのか。
揚げなおしをしろとでも?……しますけど。
一番上の唐揚げを手に取り、一口で口に放り込む。つまみ食いだ。
唐揚げは冷めていたが、それでも噛み締める度に旨みが溢れ出てきた。
「…おいしい」
そう言ってもう一つまみ。渚の料理は不思議だ。
食べていると自然に笑顔になる。
スキマでの移動は、本当に一瞬だ。
足を踏み入れて少し行けば、またスキマが出てきて、そこをくぐれば目的地。
なんと便利なことか。ど○でもドアは本当に存在したんだな。
「ところで、霊夢とは仲良くなった?」
「ん?まぁ、それなりに仲良くなったと思う。急になんだ?」
「そう、それは良かったわ」
ニコニコと目を細めて笑みを浮かべる彼女は、目的地に着くなりいつものようにスキマを閉じた。
店の準備のために紫と別れた後、店の内装をどうするとか、何が必要だとかで、結局ほとんどの時間一緒に居たと思う。
実は霊夢と魔理沙よりも仲良くなった気がしている。
そんな彼女は、ここ幻想郷においてトップと言っていい程の実力の持ち主で、その実『賢者』とも呼ばれているとか。
しかし霊夢や魔理沙からは、胡散臭いだの普段どこにいるか分からないのにいつの間にかそこに居る不気味な奴だの、散々な評価のようだ。
普通に行動を共にする分には、大人びた口調の可愛らしい女の子であるという印象でしかないが、たまに彼女の周りの空気が変わる時がある。
その時は無条件で体が萎縮する程だ。
何も知らない俺がそう思うくらい、相当な人物だということだろう。
「さて、記念すべき開店祝い…といきたいところだけど、生憎今日はこれから野暮用があって」
「いや、気にしなくていいぞ、また今度やればいい」
そう?と彼女は斜めに首を傾げ、また新しいスキマを広げる。忙しい人だ。
「じゃ、夜には様子を見に来るから、あとは渚の裁量でお好きに。困ったことがあったらその式神を持って私の名前を呼んで頂戴ね」
「あぁ、ありがとう」
そう言って、紫はスキマと共に消えていった。
どこに何があるとか、そういう説明は全て受けているから、後は暖簾を上げるだけだ。
入口から入ってすぐ、コの字になるようにカウンター席が用意されている。短い辺が店の入口を向いている形だ。
カウンター席を挟んで向かいにはそれぞれ座敷が用意されており、満員で大体40人ほど入れる造りだ。
表座敷を使えば更に増やすことも出来る。
カウンターの内側は鉄板、コンロ、水道等が完備された所謂ライブキッチン型になっており、様々な料理をその場で作ることができるようになっている。
もちろん、店の奥にも調理設備は完備されており、手の込んだ料理や数の多いものは奥で作ることも出来る。
この規模の店を一人で回すのは、いくら手際が良かろうと不可能だと言っていい。
しかし、それはここが普通の現代日本である場合に限る。おまけにこの立地じゃ大して客も来ないだろう。
どうして店の場所をここにしたのかは分からないが、まぁこれはこれで静かでいい。
妖怪の山というだけあって、数日もしたら妖怪でいっぱいになるかもしれないが。
また、食材や調味料、日用品なんかは全て紫が準備してくれている。
そのうちルートを確立させて俺の意志で自由に供給できるようにする、と紫は言っていた。
「電気…じゃなくてこれか」
紫から貰った小さな提灯に火をつける。
すると手元の提灯を起点に、外に向かって連鎖的に店内が一気に明るくなっていった。
電気ではなく、狐火を使った照明だ。
間接照明として床や壁に埋め込んだりしているものもあり、柔らかい明かりで店内が照らされる。
幻想郷に電気は普及していない。
水道も、ガスももちろんそうだ。
厳密に言えば、一部の地域を除いて、である。
俺の店は、紫が"お願い"して妖怪の山に住む『河童』が作り上げたそうだ。
まず、電気は殆ど使わない設計だ。
と言っても全く使わない、という訳でもないので、太陽光発電装置が取り付けられているらしい。
水道は、すぐ側の滝を利用して引っ張ってきている。下水は地下に埋められた処理場で綺麗になって川に流れるとか。
ガスは、『地底』から出ている天然ガスを使っているとのことだった。
とまぁこういった形で、現代日本と変わらないクオリティで店を持つことが出来ている。
博麗神社で暫く過ごしてわかった事だが、幻想郷の文明レベルは現代日本と比べて明らかに遅れている。
とは言っても、完全に昔の日本という訳でもないらしい。それは河童がいい例だ。
要するに、昔の日本文化をベースに妖怪の技術で独自の文化が築かれているということだ。
魔理沙曰く、核融合を操る奴が居たり、空飛ぶ船があったり、宇宙に向かうロケットだってあるらしい。
変なところでハイテクな技術が存在しているようだ。
時刻は午後17時になったところだ。
設備の試運転も終わり、元いた世界から持ってきてもらった包丁も研ぎ終わる。
実は、今日一人だけ来店が確約されている人物がいる。
開店早々、初仕事にはうってつけだ。
大体夕刻には到着するとのことで、ぼちぼち暖簾を取り付け、営業中の札を掛けた。
すると、なんと既に誰か待っていたようで、入口のすぐ横で座っている人物と目が合った。
「…あ、やっと開いた」
「あーっと…いらっしゃいませ?」
その人物とは初対面だ。
今日来ることを知らされている人物ではなかった。
紫色のリボンで結んだ茶髪のツインテールの彼女は、お邪魔しま〜す、と店の中に入っていく。
「あ、もしかしなくても店主さん?」
「そうだよ、そして君が初めてのお客さん」
「え!ホントに!?やったー!」
どこかで見たような服装の彼女は、カウンター席に座った。
店内をキョロキョロと見回して、何やら感嘆の声をあげている。
「…すごーい、ホントにお店だ」
「…何だと思って来たんだ?」
「あぁいや、ここって例の"無茶振りハウス"でしょ?噂には聞いてたけどホントだったんだなと思って」
「おい待ってくれ何だその不名誉な名前は」
意味を聞くと、単に
"河童に無理矢理5日で作らせた家"
だから無茶振りハウス、らしい。
…河童に出会ったら俺から謝ろう。
「もし河童に会うことがあったら店主が謝罪していたと伝えてくれ」
「え?別にいいけど…ところで!あなたが噂の外来人ってことよね!?」
「外来人…あぁ、そうか、そうだよ」
「やっぱり!そうだと思ったのよねー。ねね、いくつか質問させてもらえる?あ、私、姫海棠はたて。鴉天狗よ」
気楽にはたてって呼んで!と、彼女は自己紹介を始めた。
懐から手帳と…携帯電話?を出してクルクルと回している。
これってもしや…
「…取材か?もしかしなくても新聞記者だったりしないか?」
「え?当たり!すごーい、なんで分かったの?」
「いやまぁちょっと…他にもいたんだ」
「何か言った?」
「いや何でも」
見覚えがある。見覚えしかない。
なるほど、スクープを求めて取材に来たわけだ。
彼女、はたては俺に撮影許可を貰い、手に持った携帯電話らしきものを使って数枚店内の写真を撮った。
見た目は所謂ガラケーだ。しかしどこにそんな機能が格納されているのか、撮った写真がすぐに現像されてくる。
これも幻想郷にある超技術の一端だろう。
そして俺は、幻想郷に来た経緯とか、店を持つに至った理由とか、根掘り葉掘り聞かれることになった。
料理も取材対象なのか、質問の間に一品注文を受けた。
「んーと、じゃあこのだし巻き卵?を貰おうかな」
「了解、それだけか?」
「とりあえずは!」
だし巻き卵。普通の卵焼きと違う点は、名の通り出汁を溶き卵に混ぜて焼いているという点だ。
少量の水分が加わるため、普通の卵焼きよりぷるふわっとした仕上がりになり、出来たては噛んだ際に出汁が溢れ出てくる。
酒にもよく合うから、居酒屋なんかだとド定番の品だ。
使う出汁を変えるだけでガラッと味が変わることと、一緒に明太子や鰻なんかを挟んで巻くといったものもある為、種類は豊富にある。
今回は何も巻かない普通のだし巻きだ。
あらかた俺に関する取材が終わったようで、なるほどねー、と携帯電話に纏めたであろう内容を整理し始めたのか、やっと少し静かになった。
質問攻めされるとやはり疲れるな。
今度華扇に会ったら謝っておこう。
カウンターで調理を進めていると、はたてが珍しいものを見るようにその様子を覗き込んできた。
「あ〜、だし巻き卵って卵焼きのこと?」
「作り方は一緒だけど、ちょっとだけ違うな。食べてみればわかるよ」
すると、いよいよ焼き始めるか、というところで店の戸が開かれた。
「お邪魔しまーす!」
「お、来たか。いらっしゃい」
「私以外にも客が…ってなんだ、文か」
「んー?って、なんだ、はたてか。何してるんですかここで」
新たに来店してきたのは、はたてと同じような服装の黒髪少女、射命丸文だ。
そう、今日来ると確約していたのはこっちの人物だった。
「取材よしゅーざーい。どーせアンタもでしょ?」
「えぇそりゃまぁ。あ、渚さん!店内の写真撮ってもいいですか?」
「構わないよ」
文は、はたてと同じように店内の撮影を始めた。
俺は調理の続きを始め、溶き卵を熱したフライパンに流し入れる。
「ふふん、アンタよりも先に取材してるんだから邪魔しないでよねー」
「えぇ?それを言うなら私の方が早いですけど。ちょっとそこどいてくれます?」
「はぁ?私開店するまでずっと店前で待ってたんですけど?嘘も程々にしてよね」
…仲、悪いんだろうか。
卵を整形しながら、次の溶き卵を流し入れる。
「嘘じゃないですー渚さんとはもう見知った仲ですー聞いてみればどうですかー」
「うざっ!ねぇホント?ホントに?」
「本当だよ、つい一昨日くらいだったかな」
そう言うと、はたては驚いたような顔をしてからすぐにげんなりとし始めた。なぁんだ、とでも言わんばかりの顔だ。
「先着順なんですよね?ほらどいたどいた」
「うっさいわねー!」
「席ならいっぱいあるだろ、喧嘩しないで座ってくれ」
そう言って文を一つ席をあけた隣の席へ座らせる。まだぶつくさと文句を言いあっていた。
それを遮るように、丁度出来上がっただし巻き卵をはたての席へ出した。
「お待ちどうさん、だし巻き卵だ。熱いうちにどうぞ」
「おぉ〜!ありがとう!いただきます!」
急に元気を取り戻したはたては、手を合わせてから携帯電話でだし巻きの写真を撮り、そして箸を握った。
「…なにこれ!美味しい!」
口に運んですぐ、頬に手を当てて笑みを浮かべた。
美味しかったようで何よりだ。
こういう瞬間が料理人冥利に尽きるというか。
なんとも嬉しいもんだな。
「まずフワリと香ってくるお出汁のいい匂い!一嗅ぎしただけで食欲をそそられる不思議な香りだわ!それから卵!まるでプリンみたいにプルプルで、そのくせふわふわ過ぎて、咀嚼したと思ったらいつの間にか口の中から無くなってる!それに噛む度に溢れ出てくる旨みのなんと美味しいこと!これがただの卵とお出汁で出来るものなの!?」
…すごい、褒めてくる。
ただのだし巻き卵にこれ程感想を述べてくれるとは。
嬉しいより少し恥ずかしくなってきた。
「…なんですかちょっと。美味しそうじゃないですか」
「ばか!あげないわよ!」
「誰も盗りませんよだ!渚さん!私にはこっちの明太子入り?をください!」
「あーっずるい!」
「はいはい」
またいがみ合いだした。
ちなみに、文が今日来たのは実際の店内を取材したいとの申し出があったからだ。
はたてと完全に被っている。
二人ともそれだけで終わる予定だったみたいだが、どうやら予定変更らしい。
そこからは、取材のしの字もなかった。
いつしか日本酒の注文が入り、おすすめのおつまみ、ご飯物を出しているうちに、カウンター席では愚痴り合いが始まっていた。
やれ大天狗がウザいだの、お前の新聞は面白くないだの、最近面白い出来事が少ないだの、様々だ。
「帰ったら早速記事にしますから!あ、このししゃも焼きもう一つください!」
「私は定期的に渚の料理を取材して新コーナーを作るわ!あ、このキムチっていうのはどういう料理?」
仲が悪いのかと思ったが、とんだ思い違いだったようだ。お互い高め合っているのだろう。
その日彼女らが帰ったのは20時過ぎのこと。
いつの間にか紫も一部始終を見ていたようで、二人が帰ったと同時にスキマから店内に出てきた。
「あらあら早速お客さん?」
「そうだな、一人は事前に聞いてたけど、もう一人は本当の初めてだ」
「幸先いいわね、どうだった?」
食器、大量の酒瓶を片付け、ちょっとだけ振り返る。
客に料理を振舞ってどうだったか。
「…よかったよ、楽しかった」
「…それはよかった」
と、紫はカウンター席へ腰掛ける。
「開店祝い、ね?」
「あー。そうだな、折角だし」
紫は酒瓶を片手にちょいちょい、と手招きをしてくる。
二人だけでささやかな祝宴をあげることにした。
ご覧いただきありがとうございました。
夜中に執筆することが多いのですが、料理シーンを書いていると想像してお腹が減る現象に見舞われています。