開店日から数日が経った日。
今日は休みの札を掛け、昼間から創作料理を考えたり仕込みをしたり、試作をしたりとのんびり過ごしていた。
ここ最近の客足はまぁまぁ好調で、一昨日は天狗の大所帯が店にやってきて大騒ぎだった。
久々に忙しかったが、その分笑顔で料理を食べる客の顔を見られたのでよしとしている。
「うーん、このマリネ?さっぱりしていていいわね、お漬物とはまた違った良さがあるわ」
「そうだな、酸っぱさ控えめで具材も豊富だし…ってつまみ食いするなよ」
そういった矢先にまたひとつトマトが口の中に消え、代わりに笑顔が返ってきた。
今日は紫が来ている。
客としてではなく、頼んでいた食材やらの確認の為だ。
紫が居ないと成り立たないこの店と俺の生活は、当たり前だが彼女に相当負担がのしかかっている。
いくら能力で融通が効くとはいえ、流石に申し訳ない。
料理をご馳走するくらいしか出来ないのが歯痒いところだ。
「こんなものかな、次の分はちょっと多いけど頼まれてくれるか?」
「任せて頂戴。お易い御用よ」
今回新たに依頼した食材は種類も数も多い。
幻想郷内で食材を調達出来ればいいのだが、生憎そのルートはまだ確立できていない。
何せ立地が最悪だ。
仕入先を見つけたとして、ここまで運べる人員は限られる。それこそ紫くらいのものだ。
運送会社みたいなものがあればいいんだが、現状だと期待できそうにない。
妖怪達とのコミュニケーションが必須になってくるだろうから、もっと妖怪のことを深く知らないと。
「いつも悪いな」
「いいのよ、美味しいご飯が食べられるならこのくらいなんて事ないわ」
そうは言ってくれるが、大変なことに変わりは無い。
幻想郷内で完結できる食材もあるようだが、俺が求めるような肉や魚、珍しい調味料なんかはここじゃ入手できないらしい。
特に香辛料、海産物は希少価値が高く、外国産の食材なんて以ての外。
つまり、外の世界から調達してくれている訳だ。
どんな形で調達しているのかは聞いていないが、銀行口座を紫に預けたからそれを使っているだろう。
変装して主婦のように買い物をしている彼女を想像してみた。
…意外と似合うな。
野菜を確認していると、前回依頼した中には入っていなかったきゅうりが大量に出てきた。
「あれ?きゅうりなんて頼んだっけ?」
「あぁこれね、人里できゅうりの特売がやってたらしくて」
「あー、なるほどな。ありがとう、使わせてもらうよ」
特売に食いつくとは、主婦の才能があるぞ。
もうすぐ夏の時期だし、きゅうりも旬だ。
祭りの屋台で売られるような冷やしきゅうりも美味いし、浅漬けにしてさっぱり食べるのもいい。
ピリ辛に味付けをして仕上げにごま油を垂らせば、酒にもご飯にも合うおかずの完成だ。
それはともかくとして。
「…人里かぁ」
「なぁに?行きたいの?」
「ん~、そうだなぁ。一回くらいは行ってみたいな」
幻想郷には妖怪だけではなく、人間も暮らしている。
霊夢や魔理沙のような存在は例外だが、普通人間達は一箇所に集まって里を形成して暮らしているそうだ。
生憎、人里には行く機会が無かった。
今まで出会ってきた人物が皆特殊だから、幻想郷で言うところの普通の人間とはどんなものか、少し興味がある。
「そうねぇ、一緒には行けないけれど、送り迎えだけなら出来るわよ?」
「え、いいのか?」
「もちろん」
そう言って、いつの間にか紫は最後のマリネをパクリと口の中に放り込んだ。
「人里なら特に危険も無いし、文化交流の為にも必要よね。これから行く?」
「ありがとう、そうだな、これが終わったらお願いできるか?」
OKの合図と共にすぐ側でゆっくりと空間が裂け、スキマが開かれる。
最後の食材の確認を終え、身支度を始めた。
「よし、行ってきます。お茶菓子あるから、奥の部屋でゆっくりしていってくれ」
「そうさせてもらうわ、帰る時はいつものように声を掛けてね」
気をつけて〜、と横になりながら手を振る紫に見送りをされてから、スキマへと足を踏み入れる。
気が付けば、軽く舗装された土の道の上に立っていた。
少し先に瓦屋根と建物が見えており、人の往来も確認できる。
ここが人里の入口らしい。
「…ほぉ、見事にみんな和装だな」
人里に入って、真っ先に思ったのがそれだった。
里の人が着ているのは主に着物で、洋服を着た人物はパッと見で見当たらない。
今まで関わってきた人物の服装から、奇抜なデザインの服が普通なのかと思っていたが、そうでもないらしい。
立ち並ぶ建物は軒並み瓦屋根の古き良き日本家屋と言った感じで、簡単に言えば時代劇で出てくるような街並みだ。
予想以上に里は活気があり、店の呼び込みや大道芸らしき催し物があったりと、なかなかに盛況だ。
「見て見て、なにあのかっこ!」
和装では無い俺を見て珍しく思ったのか、道を駆け回る子供に指をさされてしまった。
コックコートでそのまま出てきたのはまずかったか。少し目立っている気がする。
とは言っても、他に着るものと言えば寝巻きくらいしかないしなぁ…
この際外行き用の服でも買っておこうと、とりあえず呉服屋を探すことにした。
「…意外と種類あるもんだなぁ」
見つけた呉服屋でかれこれ30分程か、俺はまだ着物を買えていなかった。
店員が個性的な人で、俺に似合う着物をいくつか見繕って貰っているのだが、着せ替え人形にされたまま一向に終わる気配がない。
もう次に持ってこられた物に決めてしまおうか…
「…ごめんください」
新しい客らしい。後ろから女性の声が聞こえる。
「はいはーい今ちょっと忙しくて…ってあらアリスちゃん!いらっしゃい!」
馴染みの顔だったようで、店員は俺をそっちのけで新しい客の元へ駆け寄っていく。
ちょうどいい、ここで退散しよう。
去り際、アリスと呼ばれた客と目があった。
…人形みたいに綺麗な青い瞳と白い肌に、美しい金髪がなびく美少女だった。
見るからに洋風美人で、この和風の町中では一際浮いている。
「…あ、店員さん、ちょっと急用を思い出したもんで。また来ます」
「あれま、そう?またいらしてね!それまでにいくつか見繕っとくから!」
いくつか…どれだけになるだろうか。
既に10着以上ある着物を横目にそう思っていると、アリスと呼ばれた人も事態を察したのか苦笑いしている。
彼女も今から着せ替え人形になるのかと思うと胸が痛むな。頑張れ。
軽く会釈をして店から去ると、前を通り過ぎた人の手に串団子が握られているのが目に入った。
近くに団子屋があるらしい。
ちょうど小腹も空いたし、もうちょっとしたらお茶でも飲みながら休憩することにしよう。
団子屋までの道程で、色んな店を見かけた。
貸本屋、雑貨屋、楽器屋、花屋、傘屋、その他諸々だ。
看板がなくてよく分からない店もいくつかある。
中でも目に止まったのは道具屋だ。
『霧雨店』と書かれている。
霧雨といえば思いつくのは、やはりあの魔理沙だ。
しかし、本人は確か魔法の森?とやらに住んでいると聞いたことがある。
こっちの霧雨はまた違う家系なのかもしれない。
珍しい名前だらけの場所だし、そういうこともあるだろう。
「らっしゃい!おや兄ちゃん、珍しい召し物で」
「こんにちは。ちょっと外から来ましてね。お団子貰えます?」
「あいよー!」
団子屋に到着し、目に止まった団子を注文した。
ヨモギ、みたらし、プレーン、餡子の4つに緑茶。
軒先の席に腰掛け、人の往来を見ながらお茶を啜る。
…う〜ん、我ながら非常に年寄り臭い。
だが風情があって非常に良い。THE日本って感じだ。
団子も若干固めのもちもち食感で美味い。
特にヨモギはかなり美味かった。
敢えて荒く刻んで練り込んでいるのか、結構ヨモギの主張が激しいものの、その独特の香りとほろ苦さに餅の甘みがぴったりマッチしている。
というより、ヨモギ自体が俺の知っているものと比べて桁違いに香りがいい。
売っていたら是非買いたいところだ。
やがて団子も食べ終え、もう少し散策したら帰ろうかというところ。
視界の端で、見た事のある"もふもふ"が目に入った。
もふもふ…のしっぽだ。俺はもふもふに目がない。
あの蠱惑的なシルエットには、どうにも抗える気がしない。
アレに埋もれることが出来たらどんなに幸せだろうか。
そうだ、元の世界でやり残した事を思い出した。俺はまだアルパカに跨ってアンゴラウサギに包まれてパンダの子供を抱っこしていない。
ゆらゆら、ふさふさと揺れる9本の尻尾をまじまじと見ていると、そんな気持ち悪い視線に気がついたのか、持ち主がこちらに振り向いた。
「おや…烏鷺立殿」
「もふも……藍さん!どうもどうも」
彼女は八雲藍。あの八雲紫の式神だ。
彼女とは紫と行動を共にする中で数回顔を合わせた程度だが、もっふもふの尻尾が非常に魅力的でかなり印象に残っている。
九尾の狐を素体とした式神だそうで、尻尾はその名残らしい。
しかし、俺でも知っているような九尾の狐という有名な妖怪ですら式神として使役するのだから、やはり紫という人物はとんでもない力の持ち主だ。
最初こそ俺も気にしていなかったが、そんな人物が何でもない一般人の保護とその雑用をしているなんておかしな話だということを最近実感してきている。
ここまでしてもらっておきながら失礼かもしれないが、裏で何かあるのかもしれない。
「あの…烏鷺立殿?」
「えっ?あぁ!申し訳ない、ちょっと考え事を」
いけないいけない。疑い深いのは悪い癖だ。
こんなところで会ったのも何かの縁、少し世間話でも…
「…ってそれ、全部油揚げですか?」
ハッとして目をやると、藍さんの両腕には木のザルに山盛りの油揚げが積まれていた。
まるでピラミッドだ。
「そうですよ、あちらの豆腐屋で」
「えらく数が多いですね、宴会でも開くんですか?」
「え?いえ、全部私のですけど」
「…全部食べるんですか?この量を?一人で?」
明らかにきつねうどん100食分はあるであろう油揚げを抱えながら、藍さんはきょとんと首を傾げながら、そうですが、と答える。
…大食いなのかな。ていうか油揚げだけ?
狐は油揚げが好き、みたいなのはよく聞くが、流石に飽きないか?
「…あぁ、なるほどなるほど」
そう言って、彼女は何かに納得したようにうんうん、と首を縦に振る。
そして油揚げを一つ手に取り、こちらに差し出してきた。
「どうぞ、美味しいですよ」
「…え?あっ、え?」
なるほど…?何がなるほどなんだ?
そして何だ、その慈愛に満ち溢れた聖母の如き眼差しは。
俺が油揚げを欲しがっているように見えたということか?
断る…訳にもいかないか。せっかくの厚意だ。
実際、豆腐屋で作った出来立ての油揚げと言われれば味が気になる。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
手に取った油揚げは、揚げたばかりなのかほんのり温かく、外側は軽く炙ったようにカリカリとしている。
「どうです?」
「…美味い!」
油揚げだけ、というかなりシンプルなものだが、これは美味い。
揚げたてなのが一番大きいだろうが、口の中に広がる大豆の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
冷たい日本酒をくいっとやりたくなるような味だ。
「そうでしょうそうでしょう。味の分かる方は違いますね」
「なるほど、こりゃ大量に買う理由も分かるな…」
…流石に多すぎだが、好んで食べるのも分かる気がする。
油揚げがこんなに美味しいとなれば、元となる豆腐も味が気になるところだ。
「…俺も買おうかな」
「! 案内しましょう、こちらですよ」
何やら自信ありげな彼女は、一体どんな術を使ったのか、持っていた油揚げをどこかに仕舞い、道案内を始めた。
「…ところで、何故私だけに敬語なんですか?紫様にはその…柔らかい口調のようですが」
「う〜ん…確かに?」
言われてみれば、だ。
俺がそもそも敬語が苦手というのもある。
まだ関わりが薄くて関係値が低いというのが一番の理由な気がするが、よくよく思い返してみれば華扇や霊夢達にも最初から砕けた口調だったような気がするな。
違いといえば何かこう、藍さんからは高貴なオーラを感じるというか。なんて言ったらいいんだろうか。
自然と敬語が出てしまう。
「なるほど……私にだけ敬語というのも変ですし、どうです?この際」
それに紫様の前だと少し気まずいですし…と彼女は続ける。
確かに、立場的にそうなるか。
「なら…えと、改めてよろしく?」
「はい、こちらこそ」
9本の美しい尻尾が揺れた。
…九尾の狐って、玉藻前や妲己に化けた『傾国の美女』の逸話が有名だよな。
俺が尻尾に惹かれるのも、何となく敬語が出てしまうのも、もしかしてそのせいなんだろうか。
「…? どうかしました?」
傾国の美女って言われたらそうだよな、って納得するくらい美人だし…
まさかな。
たどり着いた豆腐屋で豆腐を買い、藍の勧めで油揚げをいくつか買い…
「重ッ…」
…買い過ぎた。九尾恐るべし。
ご覧頂きありがとうございます。
お気に入り、感想等励みになります。
藍さんってめちゃくちゃ美人だと思うんですよね。
人里によく現れるので、里の男の1人や2人虜になっててもおかしくないですよね。