「いやぁ、助かる助かる」
「…構いませんが、後先考えて行動して欲しいものですね?」
「はは…善処します」
先程まで、豆腐やら油揚げやら、肉やら野菜やらの重みに両腕を潰されそうになっていたが、藍のご厚意によって事なきを得た。
人里には多くの店があり、もちろんその中には青果店、精肉店もあった。
紫に頼んでいる食材調達も、幻想郷で解決する分は多分この辺りの店から買っているのだろう。
気になって覗いて見た結果、この通り買い過ぎてしまったという訳だ。
品揃えはそこそこといったところで、やはりスーパーのように何でも揃っているという訳にはいかない。
青果店は根菜がメインで、あとはまばらだった。
精肉店は、やはりこの環境での新鮮な肉というものは貴重なのか、結構いい値段をしている。
驚いたのはその品質だ。
野菜は目利きの段階で既に高級レストランに出せる程の高品質であることが分かるくらい良いものが多かった。
肉も然りで、良い餌を食べて悠々自適に育っているのだろうと想像できるくらい、筋が綺麗で艶がある。
まだ先の話になるとは思うが、もし輸入ルートが確立出来れば人里から買い付けるのも悪くないなと、そう思った。
「…おや、もうこんな時間ですか」
藍がそう言うと同時にカラスが鳴き始めた。
気がつけば空は茜色に染まり始めており、辺りは夕方になろうとしている。
結構長居してしまったみたいだ。
「そろそろ帰ろうかな。紫のご飯作らないと」
「あ、やはり紫様はそちらに?」
「ん?そうそう。多分……まだ寝てるかな」
今朝みたいに食材の確認やご飯を食べに来る時、つまり紫が朝から店に来る時は、決まって奥の座敷で昼寝をしている。
そして夕飯の匂いに釣られて起きてくるのだ。
「そういえばどうやって妖怪の山からここまで?紫様に送っていただいたとか?」
「あたり。帰りも一緒かな」
そう言って、紫から貰った紙の式神をひらひらとさせる。
「なるほど…ふむ、では今度は私が送りましょう」
「え?」
そう言うと、藍はフワリと空中に浮かび上がり、どうぞ、と手を差し出してくる。
「さ、遠慮せず。紫様の手を借りるまでもありません」
「う〜ん…じゃあお言葉に甘えて…」
流石に断れないので、藍の手を取って俺も空中に浮かび上がる。
そのまま暫く上昇し続け、地面が遠くなっていくと、視界の端からあのふわふわが現れた。
「…!!!!」
ふわふわの尻尾は器用に形を変えて椅子のようになり、俺はそこに座ることになった。
有難いことに気を利かせてくれたのだろう。
「────ここが天国か…」
ふわふわの感触を今、全身で感じている。
思わず手近にあるしっぽを抱き抱え、ぎゅっとしては離し、ぎゅっとしては離しを繰り返しては、改めてそのもふもふ度合いを確かめた。
気持ち良すぎる。
本当に素晴らしい。何だこれは。
毎日これでいい。いやこれがいい。
「……あの」
「んぇ?」
ふと、藍と目が合った。
…夕焼けに照らされているせいか、妙に顔が赤いように見える。
「…その、は、恥ずかしいので」
「………あ、ごめん」
ハッと我に返り、抱き抱えていた尻尾を手放した。
そうだ、尻尾なんだから身体の一部なんだ。
尻尾を触られるのを嫌う猫や犬もいるんだ。なら同じように尻尾を触られるのを嫌う狐もいるだろう。
というか、それ以前に。
…もしかしなくてもセクハラか?これ。
「…ごめん!!!」
「えっ!?い、いえ、もう構いませんよ!」
「いや本当にすまない。もふもふにはどうにも目がなくて」
悪い癖というのは、自覚していても簡単には治らないものだ。
反省を繰り返し、自制心を鍛えるしかない。
「…そんなに好きですか?これ」
彼女はそう言って、自分の尻尾を一本ゆらゆらと揺らし、指でつんつんしている。
「…俺がおかしいのもあるけど、誰が見ても魅力的だとは思う。もふもふはサイコーだからな」
「サイコーですか…」
そう、もふもふはサイコー。いいものだ。
何か気に病んだ時、落ち込んだ時、不安な時、もふもふに身を委ねるといい。
途端に心が落ち着いてストレスが軽減される。
彼女はまだ自分の尻尾と対面しながら難しい顔をしている。
そうかなぁ、という文字が頭の上に浮き出て見えた。
「まぁ、自分の魅力には自分じゃ気が付きにくいものだし、他人からの好評価は素直に受け取っていいと思うよ」
忖度の有無は分からないけど、と付け足してそう言った。
もっと自信を持って欲しい。
そうすれば、もっと尻尾の手入れに力が入って更なるもふもふへと至ることができる。いい事づくめだ。
「なるほど…参考にします」
そんなこんなしていると、やがて店に辿り着いた。
日も沈みかけ、夜になろうとしている。
「今日は色々とありがとう」
「いえいえ、また油揚げ談義でもしましょう」
「談義って…あ、じゃなくて。これから夕飯なんだけど、食べていかないか?お礼したいんだ」
「え?そんな、大丈夫ですよ」
藍は遠慮がちにお断りしようとしている。
…さっき紫の名前を出したから余計に遠慮しているのかもしれない。
「そんなこと言わずに食べていきなさいな、藍」
急に耳元で紫の声がした。
気が付けばすぐ隣にスキマが開かれており、そこから頬杖をついた紫が顔を覗かせている。
「紫様…」
「ほら、紫もこう言ってるし」
「そうよ?遠慮しなくていいわ。本ッ当に美味しいんだから。損するわよ?」
「う〜ん…紫様がそう仰るなら…」
決まりね、とスキマに引っ込んだ紫は、俺が店に入る前に明かりを灯し、座敷に座り込んだ。
その向かいに藍も腰を下ろす。
「よし、今日はちょっぴり豪勢にいこうか」
「本当!?どうしたの急に!」
「まぁまぁ、気分もいいし日頃の感謝ってことで」
やったー!と子供のようにはしゃぐ紫を見て、藍は珍しいものでも見たかのように目をぱちくりとさせている。
普段は幻想郷の賢者らしく弁えて振舞っているのだろう。藍からしたら紫は主人だから余計にギャップが効いているのかも。
「藍、まだ一度も渚の料理は食べたことがないでしょう?」
「そうですね、話には聞いていますが、とても美味だと」
そうよ〜、と紫はおすすめの料理をいくつか挙げながら、それがどんな料理かを藍に説明し、藍はその話を聞いて相槌を返している。
傍から見ているだけでも分かるが、藍はかなり従順な従者という印象だ。
しかし、以前にも飲みの席で聞いたが、紫はそれが気に入らないらしい。
いや、気に入らないというよりも、それだけであって欲しくない、と言っていたか。
「ところで、今日は何をしていたの?」
「今日は…油揚げを買いに人里まで。その他は特に…あ、烏鷺立殿と話した程度ですね。何か御用でしたか?」
「…そう、いいこと?勿論私の命令も大事だけれど、貴方自身が考え、自ら行動することに意味があるの。油揚げでも何でも、ね」
「はい」
どことなく、空気が変わった感じがする。
大事な話みたいだ。
とりあえず、帰り際に考えていた夕飯のメニューに少し変更を加え、準備を始めた。
今回のコンセプトは、和食満腹御膳だ。
要するに、色々な和食をいっぱい作る。
温泉旅館に泊まった時に出てくるコース料理みたいなものをイメージすれば分かりやすい。
とりあえず、寿司の仕込みからだ。
まず間違いなく紫はこれで喜ぶはず。
海がない幻想郷において、海産物は貴重も貴重だろうから、食べる機会は恐らく皆無だろう。
事実、人里には鮮魚店が存在せず、聞くところによると魚商人とやらが稀に里にやってきて、色々と売りつけていくのだそうだ。
その他には紫がこっそり仕入れていたりするらしいが、独自のルートで個人的に調達する者もいるとかで、案外入手方法もゼロではないらしい。
寿司ネタはある程度調達済みの為、柵を切って握るだけ。
それと、今回は藍が居るので稲荷寿司も握る。
油揚げばかりで飽きるかもしれないが、多分これは食べたことないだろう。
「…そういえば渚、人里はどうだった?」
「ん?あぁ、良かったよ。思ってたより活気があって色んな店があったから全然飽きなかった」
「そう、よかったわ。また行きたくなったら声掛けて頂戴ね。藍に言ってもいいし」
と、名前が挙がった藍はこくりと頷いた。
次は是非藍に頼もう。
「しかし、分かってはいたけど移動が不便ね。私や藍が常に居る訳でもないし」
「確かに。まぁでも仕方ないな。俺が空でも飛べたら良かったんだけどな」
はは、と笑いながらそんなことを言ってみた。
みんなさも当然かのように空を飛ぶもんだから、こっちがおかしいのかとたまに不安になる。
でも人里に行って安心できた。俺が普通なんだ。
「…それよ、渚」
「え?それって?」
突然、紫は手を叩いて何かを思いついたようにそう言い出した。
「空を飛べるようになればいいのよ」
「……はい?」
…また始まったか、紫の突拍子もない発言。
無理だろ、常識的に考えて。
身体を鍛えでもしたら飛べるようになるのか?
それは否だ。もしそれができたら、トレーニングジムは空飛ぶ人間達で溢れかえっているはずだ。
「そうと決まれば、藍!」
「はい、紫様」
「早速明日から渚の修行に付き合ってあげなさいな」
「はい、紫様」
「いやはいじゃないよ。何言ってんの急に」
はい?と二人して首を傾げる彼女らにため息を吐きつつ、煮付けと肉じゃがの下準備を進める。
二人とも頭が良さそうに見えて、実は天然なのかもしれない。
「…まず聞くけど、それは修行でどうにかなるものなのか?」
「それは修行の内容と、渚の頑張り次第ね」
「はぁ…で、一応聞くけど修行内容は?」
「適性から見ないといけないけれど、まずは霊力からでしょう。霊力の流れを掴むところから…いや知覚するところからかしらね…まぁ霊夢に聞けば…」
…と、修行内容らしいことを延々と喋りだしたので、片耳から片耳へ聴き流しつつ料理を進める。
紫なりの冗談だと思っておこう。
「…何かいい匂いがしてきましたね」
「これ知ってるわよ。鰹出汁でしょう」
「おぉ、半分正解」
紫も毎日俺の料理を食べているだけあって色々覚えてきたらしい。
ちなみに鰹と昆布の合わせ出汁だ。
この組み合わせは和食ならほぼ何でも合うオールラウンダーだ。
細かいところなら、1番出汁か2番出汁、使う鰹節が薄削りか荒削りか、昆布は何処産か、等のこだわりを持つところもある。
和食料理は、その殆どが出汁で決まると言われているくらい出汁が重要だからだ。
「…結構作ったな」
「あらまぁ……」
「これは…綺麗ですね…」
出来上がった料理を、二人の席に並べていく。
満腹御膳の名に恥じぬくらい作っただろう。
「冷めないうちにどうぞ、結構頑張ったからいっぱい食べてくれ」
「えぇ、いただくわ!」
「…いただきます!」
メニューは、鮪、鯛、鮭等からなるお造り、それらを握った寿司、カレイの煮付け、肉じゃが、鯛しゃぶ、天麩羅、茶碗蒸し、だし巻き、いくら丼、〆にうどんだ。
調達した食材の関係上ほぼ海鮮づくしになってしまったが、これはこれでいいだろう。
これで満腹になれなかったら俺の負けだ。
紫は中トロ、藍はやはり稲荷寿司を口にした。
「どう?美味しい?」
「…渚、美味し過ぎるわ」
「…!! これ!やはり油揚げですよね!!」
良かった良かった。
二人とも目をキラキラさせて頬張っている。
これが幻想郷の賢者とその従者だと、誰が信じるだろうか。
「油揚げの油を抜いて、甘く味付けして、酢飯とゴマを和えたものを詰めたんだ。美味しいでしょ?」
「美味ですね!!油揚げにこんな食べ方があるなんて…」
稲荷寿司自体は江戸時代くらいからあるらしいが、幻想郷じゃ流行していないらしい。
地域によって呼び名も形も中身も違うから、違う形で知られているのかもしれないな。
有名なところだと、関東は俵型で関西は三角型が主流、中身も前者は酢飯のみ、後者は椎茸やゴマなどの具材を混ぜ込むのが主流というのがある。
名前の呼び方も、いなり、お稲荷さん、稲荷寿司、油揚寿司等、様々だ。
「渚、これは?これはなに?」
「それはしゃぶしゃぶっていってね…やってみようか」
手本を見せるため紫の隣に座り、箸を握った。
ぐつぐつと煮えた出汁の中に鯛をさっと5秒程度潜らせ、身が白くなり始めた辺りで取り出す。
水菜と一緒にポン酢で食べるのがおすすめだ。
「はい完成。ちょいと冷まして…はいあーん」
「えっ?あ、あーん…」
そのまま紫の口へと運んだ。
「…美味しい!!」
「でしょ。しゃぶしゃぶってなんか美味いんだよな」
しゃぶしゃぶする楽しさがあるからだろうか。
それも後半になると少々面倒に感じることもあるが、食べ終わったあとの出汁まで〆として残さず食べられるのもいいところだ。
「…どうした?」
「…いえ、美味しくて噛み締めていました」
何故か唖然としていた藍に思わず声を掛けるが、はぐらかされてしまった。
作った身でこう思うのもなんだが、二人ともよく食べるもんだ。
あわせて4人前くらいあるはずだが、先程から一向に箸のペースが落ちない。
その様子を見ながら片付けをして、おしゃべりに付き合った。
「ごちそうさま。今回はとびきり美味しかったわ」
「ごちそうさまです。私もこんなに美味しいものは初めて食べました」
「お粗末さま。喜んでくれて何より」
〆も含めて綺麗さっぱり料理が無くなっていた。
ここまで綺麗に食べられると流石に気持ちいいな。
「いっぱい食べたし、何だか眠たくなってきたわね」
「またか?よく寝るなぁ」
「紫様は1日12時間以上は眠りますから、よくある事ですよ」
いっぱい食べたあとは眠たくなるアレかと思ったが、そもそも寝る量が常人とは違うらしい。
…いや、妖怪だから人と比べるのがそもそも間違いか。
「じゃ、私は寝るわね。修行の件は早速明日からということで」
「あぁおやすみ…って、え?あれ本気で言ってたのか?」
「当たり前じゃない、善は急げよ。頼んだわね藍」
「はい、紫様」
紫はそそくさとスキマに消えていき、藍もではまた明日。と続いて消えていってしまった。
「拒否権は…?」
残念ながら、返ってくる言葉は無かった。
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もふもふはサイコーなんです。
偉い人にはそれが分からんのです。