「はぁ…はぁ…ッ」
「…よし、こんなものでしょう」
もうダメだ、とその場に座り込んだ俺に、お疲れ様と水を差し出した華扇。
何故こんなことになっているのかと、振り返ること数週間前────。
「さ、渚。修行よ!」
「…いや、マジでやるのか?」
「マジでやるのよ」
人里に行った日の翌日。
まだ少し暗いうちに紫に叩き起されたかと思えば、修行だのなんだのと言って急に外に連れ出された。
店の裏手側、滝のそばにある何も無い平地には、いつの間にか藁で出来た案山子のような物体が3体ほど並んでおり、何をさせられるのか皆目見当もつかないまま、俺は伸びをしながら近くの岩に腰掛けた。
「はぁ…で、具体的に何するんだ?」
「ん〜そうねぇ…座禅とか?」
「おい」
冗談よ〜と笑う紫だったが、暫く唸っても代案が飛んでくる様子は無い。
すぐに何かしら案が飛んでくるものと思っていたから、少し拍子抜けだ。
「…そもそも認識できないんだから教えるも何も無いわよね」
「おし、じゃあ終わりだな。俺朝ごはん作ってくるよ」
「あ〜待って待って!」
「何だ?何か思いついた?」
「私のもお願いね」
「…分かってるよ言わなくても」
2度目のため息を吐きつつ、店へと戻った。
眠気が取れず、ふと時計を見てみると時刻は5時を過ぎたところだった。
道理で眠いわけだ。
妖怪だからか知らないが、紫は生活リズムがおかしい。
それでも朝昼晩はきちんと食べていくのだから、変な奴だ。
俺の朝ごはんはシンプルにお茶漬けと焼き魚、味噌汁。
紫にはミルクティーと3種のトーストを作った。
ベーコンエッグが乗ったもの、ガーリックバターを塗ったもの、砂糖とバターで甘くしたものだ。
「ん〜!美味しい!いいわね、食べ比べしてるみたいで楽しいわ」
「そりゃよかった」
「そういえば渚は和食なのね?」
「あ〜、まぁね」
単に残り物だったからというのもあるが、最近の紫のご飯が和食続きだったから、というのが主な理由だ。
あまり同じ系統のものばかり食べても飽きるだろうし。
そう説明すると、紫は少しぽかんとしてから笑みを浮かべ、気が利くわね〜と頭をわしゃわしゃしてきた。
トースト食べた手で…なんて思ったが、綺麗な方の手らしい。
「あ〜あ、さっき寝癖直したばっかりなのに」
「よし、糖分も補給出来たし今なら思いつくかしらね!」
あわよくばお腹いっぱいになって寝てくれることを願っていたが、残念ながら逆に頭を冴えさせてしまったようだ。
仕方ない、諦めて言うことを聞くとしよう。
「まずは霊力を扱えるようにしないといけないわ。お手本を見せるわね」
そう言って紫は人差し指を立て、そのまま手を前に突き出した。
すると、人差し指の先にどこからか光が集まり始め、そして直ぐにそれは卵くらいの大きさの紫色に輝く綺麗な光の玉になった。
紫はそのまま、案山子の1つに指先を向ける。
光の玉も指先に引っ付いたように同じ方向を向いた。
「私のは妖力だけれど、理屈は同じよ。力の流れを意識して、それを1つにするイメージね」
そう言った後、紫の指先から音もなく光の玉が消えた。
…かと思えば、すぐにドパン!となにか爆発したような音が、滝と川の音をかき消して辺りに響いた。
音の方向を見ると、1体の案山子の頭が弾け飛んでおり、見るも無惨な姿に変わってしまっていた。
紫の光弾が案山子を貫いたのだ。あの卵ほどの大きさの物が、藁で出来たそこそこ頑丈そうな案山子を粉々にした。
威力はピストルやライフルなんてもんじゃない。
ロケットランチャー級だ。
「…あら、強くし過ぎたみたいね」
「…え、怖」
そんな言葉しか出てこなかった。
そりゃ、妖怪の賢者とか呼ばれて天狗達からも畏敬の念を抱かれてたり、九尾の藍が従う程力ある人物なのは分かってはいたけど。
何でこんなのが俺と対等に接してくれてるのか、理解できない。
「渚も頑張ればこれくらいできるわよ。さぁ修行ね!」
「いやここまでは…え?結局何するんだ?妖怪の血飲むとかか?」
「そんなもの飲んでどうするのよ?」
そうねぇ、と腕組みをして考え事を始めた彼女は、先程とは違って何か思いついたようで、唐突にスキマを広げて自分の腕を突っ込んだ。
…ところが、いつもはすぐに引っ張り出してくるのに、今回は目的のものが見つからなかったのか、困り眉で視線を上に向けながらスキマの中をまさぐり続けている。
痺れを切らしたのか、今度は自分の頭から腰あたりまでをスキマに突っ込んだ。
取り残された下半身は、不規則に揺れながらその場で留まっており、不気味さが際立って
今まで上半身しか見たこと無かったが、下半身が取り残されるとこんな感じなのか。
下半身だけになってから数分。
スキマが大きくなったかと思えば、その中から紫の上半身と共に見覚えのある人物が出てきた。
「おかえ…え、華扇?」
「…こんにちは、渚」
紫が連れてきたのは華扇だった。
連れてくるとしたら霊夢あたりかな、と予想していたのが見事に外れる結果となったが…いや、霊夢は無理か。面倒くさがって来ないだろう。
「…つまり華扇が先生ってことか」
「ご名答。あまり驚かないのね?」
「そうだな…違和感がないからかな」
「…褒め言葉でいいのよね?」
華扇にはおおかた説明済みのようで、俺は軽く準備運動をするように促された。
体を動かすってことだろうが、はたして俺の体は動くだろうか。
というのも、数年間引きこもり生活をしていて運動という運動をしてこなかったのだ。
流石に寝たきりほどではないが、ちょっと階段を昇り降りしただけで息切れするくらいで少し不便だった。
そういう意味では、これもいい機会なのかもしれない。
「さて、取り敢えず基礎体力をみていきましょうか。こう、ここから意地でも動かないつもりで立ってみてもらえる?」
「う〜ん…こんな感じか?」
重心が安定するように足を少し内股にしながら立ってみた。
電車で席に座れなかった時にするやつだ。
すると、華扇が近づいてきて俺の体をジロジロと見定めはじめた。同時に、腕や肩、腹や太腿などを軽く触って筋肉量を確認しているようだ。
見せられるような体でもないから余計に恥ずかしい。
あらかた見終わったのか、また手を伸ばしてきたかと思えば、今度はそのまま胸を押される形で俺は後ろに倒れた。
「痛っ!?」
「うん、ダメダメね」
「急になんだよ…」
まず、と俺に手を差し伸べながら華扇は話し始めた。
ぺらぺらと長く喋っていたのを要約すると、
「…つまり体力がない、姿勢も悪い、骨が歪んでいる、筋力もない、体も硬いひ弱人間ってことか?」
「…いや、そこまで言ってないけど…そうね」
おかしい。なぜ俺はここまで言われなければならないんだ。紫にも笑われたぞ。
確かに筋力も体力もないと自負はしているが、低評価の嵐だった。
「ただ、霊力に関しては人並みと言ったところね。鍛えれば伸びる可能性もあるわ」
「はぁ…」
「ちょ、ちょっとそこまで落ち込まないでよ、ほら、腕とかは料理するからかそこそこがっしりしてるし、これから鍛えればいいだけの話よ?」
「それとこれとは違う…ってもういいや。で?何するんだ?今日は俺の体力を見るだけか?なんかやる気なくなっちゃってな、もう帰っていいか?」
「拗ねないでってば!」
川に石を投げながらいじけていると、悲しいことに肩が攣ってしまい、また紫に笑われた。
…このままではダメだ。やろう、修行。
「さて、まずはやっぱり基礎体力を付けないと駄目ね。健常な肉体に健常な精神は宿るもの。これ即ち霊力会得に然り。まずは順を追っていく形でいきましょう」
「よし、お手柔らかに頼むぞ先生」
「…先生か、いいわね」
そして俺は、華扇先生…いや、スパルタ鬼教官の尊い教えの元、地獄の体力トレーニングに励むことになった。
初めの頃はまだ易しかっただろう。
単純に走り込みや腕立て伏せ等の基礎的な体力トレーニングがメインだったと思う。
これはこれでキツかったが、今思えば可愛いものだった。
数日経った頃、俺は何故か逆立ちでそこらを歩いたり、動きもしない大岩を全力で押したり、まだ頭のある藁人形相手に拳を打ち込んだりしていた。
いくら何でも急にトレーニングのレベルが上がりすぎている。逆立ちなんてしたこともなかった。
特に運動もしてこなかった軟弱者が急にこんなトレーニングをするとどうなるか、想像に難く無いだろう。
しかし、筋肉が、いや全身が悲鳴を上げてもなお、歩いたり立ち止まったりすればスパルタ教官から鞭が飛ぶのだ。
鞭といっても、本当に鞭で殴られる訳では無い。
お小言を言われてから無慈悲に体を押されるのだ。
俺の限界は分かっていてのことだろうが、毎度そのギリギリを攻めてくるからたまったものではない。
おかげで毎日筋肉痛だ。
包丁を握れなくなった時は流石に焦ったが、何とかなっている。
そんな地獄のトレーニング期間にも店は開店していた。
休んでも良かったが、休業理由が筋トレではあまりに情けなくて自分を許せなかった。
それに、店の営業は紫との約束でもある。
店に来た客達は、こぞって心配の声を掛けてくれた。
あの霊夢でさえ、料理の後片付けを手伝ってくれたほどだった。
おじいちゃんの介護ってこんな感じなんだろうな、なんて魔理沙がボソッと言った時、俺は必ず強い老人になることを決意したものだ。
そして今。
何日経ったかはもう覚えていない。
俺は今日も地獄のトレーニングを終え、休息をとっていた。
「だいぶ体力も付いてきたんじゃない?もう走り込みだと息もそこまで上がらないみたいだし」
「まぁ…初めに比べたら間違いなく成長してるだろうな」
心做しか太くなったように思える腕を見て、力こぶを作りながら筋肉のつき具合を見た。
「それで、肝心の霊力操作の方はどうなの?」
水を飲み休憩していると、いつの間にか傍に久しぶり、と手を振る紫が居た。
実は、トレーニング開始直後から紫とはしばらく顔を合わせていなかった。
彼女曰く、熟成させると美味しくなるのは料理だけでは無い、だそうだ。
「身体に流れてることは知覚できるようになったよ。紫みたいに弾を撃ったりは無理だけど」
「あら、思ったより良い上達具合ね。空を飛べるのも時間の問題かしら?」
さてどうだろうか。
いや無理だろう、と頭ごなしに否定しなくなったのは、やはりトレーニングの成果だろう。
身体に流れているこの不思議な感覚を感じ取れた時は、何だか何でも出来そうな気がして気分が上がったものだ。
「さて、今日は終わりにしましょうか」
「分かった。水浴びしたらご飯にしよう」
トレーニングは午前に行うのが日課になっており、涼しい時間帯である意味快適だったが、最近は午前中でもそこそこ気温が高いようですぐに汗をかく。
もうすぐ夏が来るみたいだ。
「今日も鶏肉なの?」
「そうだぞ、低脂質高タンパクで筋トレ後にはうってつけの食材だからな」
と、棒棒鶏を机に並べてエプロンを外す。
筋トレを始めてから卵や鶏肉をよく食べるようにしていて、気がつけばほぼ毎日鶏肉を食べているようだった。
「私のは…唐揚げかしら?」
「それは南蛮漬けだな」
鶏の南蛮漬けは、揚げた鶏肉に南蛮ダレをかけた料理だ。
サッパリとした甘酸っぱいタレと揚げ鶏がマッチして食べやすく、タレと共に漬けて焼いた野菜の彩りも映える。
「…おいしい!!」
「だろ?タルタルソース付けてもマイルドになってまた美味いぞ」
ところで、何故華扇がこのトレーニングに付き合ってくれるようになったのだろう。
何の得もないのに、わざわざ俺の為に時間を割いてくれている状態だ。
厚意…ではあるだろうが、果たして本当にそれだけだろうか?
「え?知らないの?」
「あぁ。紫に何か貰う約束とかか?」
ふむ、と最後の南蛮漬けを食べ終えた華扇が懐から何かを取り出した。
紫は、今の今まで椅子に座って茶を飲んでいたが、いつの間にか消えてしまっていた。
「もちろん、これよ」
「えー何々…」
"すい〜つばいきんぐ"優先券…?
外の世界の甘味が幻想郷にやってくる!近く開催されるばいきんぐにて、古今東西ありとあらゆる甘味が料理人渚の手によって再現されます。この機会にぜひ足をお運びください。
「…何これ」
「何って、書いてある通りよ。私本当に楽しみにしてるんだから!」
…やられた。
聞いてないぞこんな話。
「さて、ご馳走様。今日も美味しかったわ。明日もいつもの時間に来るから、体調管理は万全にね」
華扇は機嫌良くウキウキしながら帰って行った。
「覚えてろよ紫」
俺は復讐を心に誓ったのだった。
その日の夜。
夜も更け、もうそろそろ寝ようかという頃。
寝具近くの机に見知らぬ手紙が置いてあったことに気が付いた。
見たこともない紅い手紙の封を開け、取り出した紙を見て俺は驚いた。
何故かと言うと、文字が全て英語で書かれていたからだ。
英語は得意ではないが、ある程度は文脈から読むことが出来る。
というか、この世界で英語を見るとは思わなかった。
内容は端的にこうだ。
『牛肉の料理は美味だった。料理の腕を見込んで紅魔館に招待する。従者のメイドに料理を教えて欲しい。謝礼は弾む。紅魔館館主 レミリア・スカーレット』
あの紅魔館の館主から、直々の招待状だ。
牛肉の料理…紅魔館関連で牛肉の料理を提供したのは十六夜咲夜だけだ。
しかし館主はその料理の味を知っている。
どういうことだ…?
というか、招待状なんだよな?
無視して…いいわけないか。相手は吸血鬼だ。不遜な態度を取れば俺なんか一瞬で血を吸い尽くされてシワシワのミイラになってしまうだろう。
…何はともあれ、明日にでも紫に相談してみよう。
ご覧いただきありがとうございます。
お気に入り、感想等励みになります。
運動不足が気になって筋トレを初めて、気が付けば筋トレ器具がクローゼットでほこりを被っている現象に名前を付けましょう、3日坊主?3日も持てばいいでしょう。
さて、次回から紅魔館編になります。
プロットは考えてあるのですが、だいたい5話くらいかなぁ、といった感じですね。
最近忙しくなって執筆は遅いですが、よろしければ気長にお付き合いください。