東方幸呼鳥:新録   作:P.K

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七話 紅魔館へ

 

 

 

 

 

「…さて、行くか」

 

紅魔館の館主、レミリア・スカーレットからの招待状を受け、俺は紅魔館に向かう為人里に来ていた。

霧の湖の湖畔に建つという紅魔館だが、陸路ならば人里を経由するのが一番安全で近道なようだ。

 

今日はトレーニングも店も休んだ。

というか、暫く店を閉めることになりそうだ。

招待状に書かれていた内容を見る限り、恐らく一日そこらで終わる話ではない。

料理を教える、というが、果たしてどこまでのことか。

 

もちろん紫には相談したが、

 

「あら、いいじゃない、行ってらっしゃい」

 

…と、何ともあっさりと話が終わってしまった。

相手は吸血鬼で、対する俺は人間。

そりゃあ畏怖の一つや二つ覚えても仕方ないはずだが、そんなことは意にも介してない様子だ。

妖怪だから感受性が違うのかもしれないが、もう少し考えてくれたっていいと思う。

 

とはいえ、紫も馬鹿ではない。

裏を返せば、何も心配いらないから安心しろ、ということだろう。

だから俺も、呑気に手土産をぶら下げてここに立っている訳だ。

 

 

 

人里を抜け、暫く道を歩いていると、さっきまでの晴天が嘘かのようにだんだんと霧が濃くなってきた。

辛うじて前が見えるくらいで、気を付けていないと前後がどちらか分からなくなるほどだ。

 

そのまま歩き続けていると、霧が少し晴れたのか視界が広がってきた。

気付けば、目の前には対岸が確認出来ない程の大きな湖が現れた。

 

霧の湖、と呼ばれる所以がよく分かる。

里の人の話によると、ここは昼間でもお構い無しに霧がかっていて、そこかしこに妖怪や妖精が見られるらしい。

だから一人で出歩くなら相応の覚悟が必要だそうだ。

勿論、戦う術など心得ていないので、出会ったら最後全速力で逃走するつもりだ。

 

そんな危険な場所だが、運の良いことに今のところ妖怪の類には出会っていない。

というか、やけに静かだ。

木々のざわめき、鳥の鳴き声以外に聞こえてくる音は無い。

ここは死者の世界だ、なんて言われたら信じてしまうだろう。

 

「いやぁ、にしても涼しいな」

 

霧のせいだろうか。

最近、幻想郷の季節は夏に近づいているようで、日中は少し動けば汗ばんでくる程だ。

しかし、霧の湖に来てからは汗一つかいていない。

夏場でも涼しいから、うじゃうじゃ妖怪達が集まるそうだ。

 

湖沿いに数分歩いていると、何やら空気に違和感を覚えた。

さっきより間違いなく空気が冷えている。

むしろ寒いくらいだ。

辺りが寒いのではなく、吹き込む風が冷たい、という方が正しいだろう。

エアコンの前に立っている感じだ。

大きな湖だし、空気も相応に冷えるんだろうか。

 

休憩がてら、近くにあった木の根元に腰掛けた。

にしても涼しいな。木陰だと何か羽織りたいくらいだ。

夏でもこの調子ならそりゃ色々集まるだろう。

 

「…あんた誰ー?」

「どわっ!」

 

ふぅ、と一息ついた瞬間、俺の目の前に人の顔が現れた。それも上下逆さまの。

 

「だっ、誰だ!?」

「誰って、そっちこそ誰よ?」

 

その場から飛び退き、急に現れた人物を見る。

…女の子だ。霊夢より小さい。

少女は木の上から蝙蝠みたいに俺の顔を覗き込んでいた。

スカートはめくれ放題だが…

 

「…なんだ、子供か。びっくりした」

「子供ー?ふん、あたいそんなんじゃないもんね」

 

何かの妖怪かと思ったが、良かった良かった。

いやしかし、何故こんな危険な場所に子供が居るんだろう。それも一人で。

 

「一人か?」

「そうだよ、みんな遊んでくれないんだもん」

「喧嘩でもしたのか?危ないぞこんなところに居たら」

「してないよ!何が危ないの?」

 

と、青髪の少女は木の上から飛び降りた。

…かと思えば、地面に降りるのではなくそのまま空中へ留まっている。

 

…ふむ、どうやら人間じゃないらしい。

反射と霧でよく見えていなかったが、背中の位置に細長いダイヤモンド型の氷みたいなものが浮いている。

氷…氷……

 

「…あーっと、前言撤回。君アレか、あの…チルノ!チルノだ!」

「え、すごい!なんで分かったの!?」

 

少女…チルノは目をキラキラと輝かせている。

なるほど、この子が妖精のチルノか。

 

前に魔理沙から聞いたことがある。

 

『霧の湖にチルノっていう氷の妖精がいるんだけど、あいつ上手いことおだてるとでっかい氷くれるんだよ。夏はそれでかき氷作って食べんの』

 

…と、なかなか鬼畜なことを言っていたのを思い出した。

妖精か、初めて見たな。

妖精と言えば、蝶々みたいな羽が背に生えてて人差し指くらいの大きさで、キラキラを振り撒きながら飛び回るのを想像していたが、羽以外は人間の子供と遜色ない。

 

辺りが急に冷えたのも、チルノが氷の妖精だからだろう。

近くにいるだけで冷気を感じる。

 

「どうだ、すごいだろ」

「あたい何も言ってないのに!おじさんすごいじゃん!」

「…今おじさんって言った?俺おじさんに見えるのか?嘘でしょ?」

「わっ!ちょっと大丈夫?でもおじさんはおじさんでしょ?名前わかんないよ〜」

 

…あ、そうか。名前言ってなかった。

危ない、ショックで気絶するところだった。

 

「俺は烏鷺立 渚。渚って覚えてくれ」

「渚ね!んー?なんか聞いたことあるような…なんだっけ…まぁいっか!よろしくね!」

 

妖精の友達ができた。

 

 

 

その後、チルノとお話しながら紅魔館の入り口まで案内してもらった。

湖沿いから少し離れれば、霧のせいで何処にいるか分からないような状況だったが、チルノが先導してくれたおかげで迷うことは無かった。

この霧の中、まるで全部見えているみたいに進んでいくもんだから感心だ。

妖精は知能が低い、とは里の人の話だったが、チルノを見ていると全くそうは思えない。

 

「ありがとうなチルノ。じゃあまた今度」

「うん!絶対いく!じゃあね!」

 

チルノはこの後遊びに出かけるそうで、そそくさと去っていった。

今度友達を連れて店に来てくれるそうだ。

新しく話し相手が増えるのは嬉しい。

そうだ、お子様ランチのメニューを考えなくては。

 

 

 

入口の一本道を進んでいくと、視界の先に薄らと建造物が見えてきた。

道を塞ぐようにしているそれは、恐らく館への門だろう。

不思議なことに、建物に近づくにつれて霧が晴れていった。

 

門に辿り着く頃には霧もすっかり晴れて、建物の全容も見えてきた。とは言っても、これはほんの外壁の一部だろう。

紅魔館の名に恥じぬ通り、外壁である煉瓦も屋根も紅色に染まっている。

門で隠れてはいるが、時計塔のようなものもあるようだ。

白い湖と深緑の木々の狭間に佇む紅の色は、どうにも異質に感じる。

 

大型トラック一台が余裕で通れるほどの鉄門の傍には、人里で得た情報通り"門番"が佇んでいた。

 

「…おやぁ?珍しいですね、こんにちは」

「…こんにちは」

 

緑色のチャイナドレスに、赤色の長い髪。

背丈は俺と同じくらいか、多分170cm以上はある。

 

「何用ですか?あっ!もしかして武術家だったり?それとも拳法家ですか?」

「武術…?生憎その辺はからっきしですね。今日は招待状を貰ってまして」

 

と、招待状が入った封筒を見せた。

そうでしたか、と若干残念そうにする彼女だったが、封筒を見るなり近づいてきて、中身を見ながらフンフンと頷き始める。

 

「…なぁるほど、よし!なら問題ありませんね。どうぞこちらに」

 

そういった彼女は、堅牢な門を軽々と片手で押して開けてみせた。

どれほどの重さか分からないが、軽く見積もっても500kg以上はあるだろう。彼女もきっと妖怪だな。

 

門の先は、これまた綺麗に整えられた庭園が広がっていた。

沢山の花や見たこともない植物が咲き、石畳には雑草がひとつも生えていない。手入れが行き届いている証拠だ。

 

「…綺麗だなぁ」

「え?あぁ、そうでしょうそうでしょう」

 

あまりの綺麗さに思わず立ち止まってしまった。

今まで生きてきて自然や花を見る機会が少なかったのもあるかもしれない。

うちの店にも花壇か何か置いてみようか。

 

「お嬢様を探してくるのでここで待っていてください。あ、えーと…」

「ん?あぁ、すみません、名乗ってなかった。烏鷺立 渚です」

「渚さんですね、少々お待ちを!」

 

と、門番は急ぎ足で館の中へと消えていった。

せっかくだし綺麗な庭でも見ていようか。

 

近くに噴水と、ガゼボが設置されている。

ガゼボというのは、西洋風の東屋(あずまや)だ。

日本ならよく公園の中に設置されてある四角屋根の休憩所の事を東屋と呼ぶ。

あれの西洋バージョンだ。

料理人をしていた頃に何回か見たことがある。

 

「…あ、でもアリだな。うちも庭を手入れして東屋置いて、そこで和菓子と抹茶を嗜みながらなんて…」

「へぇ、いいじゃない、興味あるわ」

 

独り言に思わぬ返答があったせいで、俺はぎょっとして声のした方に振り向いた。

上からだ。

 

「あら、これは失礼したわ」

 

エントランスのちょうど真上、テラスのような場所に誰か居た。

その人物は手すりの上に座り、そのまま前へ足を踏み出した。

落ちるかと思われたが、そのままゆっくりと下に降りてきたのは、蝙蝠の翼を持ち、身にまとった白いドレスの端を摘んで見事なカーテシーを見せる…

 

「……子供?」

「…は?」

 

子供じゃ…ないか?いや子供だ。あんなに小さいんだから間違いない。

そんなことを思っていると、彼女は空中で姿勢を崩した。

地面に着いた頃には、さっきまでの綺麗なカーテシーはどこへやら、目を見開き、口をパクパクさせている小さな女の子が目の前に居た。

見た目だけで言えば、チルノより少し上くらい、魔理沙より幼い、と言った感じか。

 

「い…い……」

「い?」

 

彼女は俯き、心做しか身体が震えている。

…ちょっと不味い予感がする。

 

「あっ!お嬢様ここにいまし─────」

「今子供って言ったわね!?私の事!!!」

「えぇッ!?何事ですかぁ!?」

「お嬢様……あっ」

 

…どうやら怒らせてしまったらしい。

あの紅霧異変の主犯、いくつもある伝承に名高いあの吸血鬼、あの紅魔館の館主、レミリア・スカーレットを。

 

「…跪きなさい、教えてやるわ、吸血鬼の恐ろしさを」

 

 

 

 




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今回から紅魔館編です。
スタートは最悪ですが、果たして今後の渚の運命や如何に……

次回『渚、死す』
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