TS逆行転生者は妹を護りたい。   作:笑石

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二十四話 立ち向かうこと

 

 中学生くらいの少年が二人、誰かを探すようにして病院内を歩いていた。何部屋か覗き込み、やがて大部屋の一室で目的の人物を見つけたのかその中へ入っていく。

 

「こいつ?」

「だと思うけど」

 

 不動(フドウ)がベッドに寝かされている自分達と同じ歳くらいの少年を見て、横にいた間壁(マカベ)にそう聞くと、彼は自信なさげにそう答えた。

 天子(テンコ)龍眼(リュウガン)による予知によると、今このベッドで寝ている少年は『悪の能力者組織』に洗脳されるのだとか。

 

「どうやってやるんだろうね。敵組織の連中には、催眠とかそういう感じの能力者(アウター)でもいるのかな?」

「うーん。それってやばくね?」

 

 少年は起きる気配がない。周囲の患者に話を聞くと、どうやら彼には見舞いの一人も来ておらず、意識不明のまま入院しているが特に異常がなく……ただ目を覚まさず二日ほど経つらしい。

 流石に何故入院しているのか、家族はどうしたのか、など気になることはあれど周囲にそれを知るものはいなかった。

 

 不動と間壁にとって知らない少年の顔を見つめているのは不毛な時間で、いつまでそうしていてもしょうがないので病院のロビーに戻って自販機でジュースを買って椅子に座り込む。

 

「とりあえず確認したけど、どうする? 今日は帰る?」

「やれることなんてないしな。場所は確認したんだからもういいんじゃね? いつどうなるのかまではわかんねぇらしいし」

 

 龍眼の予知は不確定の要素が大きく、少なくともあの少年が目を覚ますのがいつなのか分からない。

 ただ天子は、感覚として近いうちに大変なことになる……と言っており、何ができるのかは分からないがとりあえず《対魔》のメンバーを向かわせることにしたのだ。それが、今日。

 

「もっかい、起きてるかどうか見に行ってしばらく時間潰すかぁ」

 

 先程は多少の情報収集はしたものの大した情報は得られておらず、このまま帰れば小言を言われるかもしれない。それに……。

 

「潔さんにもいいとこ見せないとな」

 

 二人はそう言い合って、笑い合う。《対魔》に勧誘中である同い年の潔は、自分達と同じ学校の女子の誰よりも発育が良く大人っぽくて、しかも美人なので不動と間壁は彼女に対して少しの下心と憧れの気持ちを抱いていた。

 敵の手に落ちるはずの人間を救った、ともなれば尊敬の目くらい向けてくれるかもしれない。

 

 そんなふうに呑気に考えながら少年の病室に戻ると、彼のベッドの脇に男が立っていた。

 スーツ姿の、冴えない外見の男だ。男はこちらに背を向けており、眠っている少年を見下ろして手をかざしている。

 

 

『洗脳』もしくは『催眠』。

 

 天子の予知は曖昧な事が多い。視えたものは映像だったり、音声だけだったり、果てには雰囲気が、とか言っている時もある。

 

 その彼女が、「多分、洗脳的な感じ」と言っていたのを間壁は覚えていた。あの男は何をしているのだろう、という思考と同時に間壁は手を伸ばして両手の人差し指と親指を合わせて出来た四角形の『中』に男を入れた。

 

「『room"1"』」

 

 それは、透明な『結界』を作る力。その力で男をすっぽり包み込む直方体の壁を作り出す。

 

「不動、『条件』は『能力者(アウター)か否か』だ」

 

 そして、その壁には『通れない』条件を設定できる。その数が少なければ少ないほど、結界の強度は上がる。

 間壁の『room』はそのサイズを男の身体ギリギリに設定した。故に……男が少しでも身動ぎし、壁にぶつかる事があれば───。

 

「んっ?」

 

 間壁と不動は息を呑んだ。

 男が壁にぶつかったのだ。そして、二人は何も行動できず硬直した。脳裏に、『悪の組織の能力者(アウター)』という言葉が浮かんでいるのに、捕らえようとも逃げようとも、何も行動できなかったのだ。

 

「なんだ? 何かに……いや、これは」

 

 ぐりん、と。男が首を回した。そして間壁と不動を見つける。互いの視線がぶつかり、男はこの状況で、戦慄した様を自らに見せている二人を見て───気付いた。

 

「君達も、能力者(アウター)か」

 

 男は、わずかに微笑みすぐまた前を、少年の方へ向き……急いで何かをしようとした。

 

「動くな!」

 

 それを見て、すかさず不動が能力を発動する。しかし、男には何も起きない。

 

「あっ、待て不動、『能力』も通さないんだ!」

 

 実は『room』の条件には『能力者(アウター)の操る能力』も設定してあったのだ。それはつまり、男が結界の中から少年に何かをしようとしても無駄だということで……。

 

「あっはっは。こりゃあ、困ったな」

 

 万事休すと、男は諦め肩から力を抜いた。真壁の力に囚われているというのに自然体で、この程度なんて修羅場にもならないのだとその余裕さから雄弁に語っていた。その男の余裕に不動と間壁はまた息を呑み、背中を冷たい汗が流れる。

 

「あんたら何してんだぁ?」

「いや何、彼らは友人……みたいなものでして。ほら君達も早くこっちにきなよ」

 

 この病室は大部屋なので、当然のように他の患者も居る。なので先程から妙な動きをしていた能力者三人組を不思議そうに見つめており、ついにはその疑問を口にすると、それに応えた男が朗らかな笑みで不動や間壁を側に呼んだ。

 緊張した顔で、二人が男の方へ歩み出そうとした瞬間───。

 

「クソどもが」

 

 この世の全てを恨んでいる。そんな感情が込められたような声がどこからか発せられた。男が、不動が間壁が、驚いて声のした方を見ると、寝込んでいたはずの少年がいつの間にか上半身を起こしている。

 

「また、まだ、俺にやるつもりか」

 

 狂気を宿した瞳だった。

 釣り上がった瞳はまるでその奥に炎を宿して、目に映る全てを焼き尽くさん限りに滾っている。

 

 そこからは、一瞬だった。

 

 少年が腕を上げた。ただ、それだけで景色が歪んだ。一番近くにいた謎の男を囲む『room』がたわみ、砕け散る。『room』を破る方法は簡単だ。拒絶設定された対象が、結界強度以上の力で侵入すること。

 つまり、少年の使った『能力』により間壁の能力は破壊された。それに留まらず少年の手を起点に周囲の床が、壁が、窓が、ベットが、カーテンが、人間が、全てが波打ち、粉々に砕け散っていく。

 

「『room"2"』ッ!」

 

 咄嗟に、間壁は両手の中指と人差し指を絡ませた。先程の座標指定発動型『room"1"』と違い、自己中心発動型の『room"2"』が間壁と近くにいた不動を囲み少年の力から身を守る。

 しかし、『room"2"』ごと病室を突き破り壁に叩きつけられると、その衝撃で『room』は破壊されてしまう。

 

 共に、横に転がり込んできた人影があった。それは少年の側に立っていた怪しい能力者(アウター)の男で、間壁や不動と同じく病室から吹き飛ばされた際に頭をぶつけたのか「いてて」と口に出しながら後頭部をさすっている。

 

「お、君達。誰かは知らないけど……助かったよ」

 

 そう言って間壁の方を見ると、男はニコッと笑って即座に走り出してこの場から離脱した。その行動に唖然としていると、完全に破壊し尽くされた病室からぬるりと少年が出てくるのが見える。

 

「止めろ不動ッ!」

「『麻痺(パラライズ)』!」

 

 少年は相変わらずの血走った目で間壁達を睨み、彼らに向けて手をかざした。その瞬間に不動は左目で少年を目視。能力を発動した。

 その瞬間、少年はまるで時が止まったように動きを止める。

 

「逃げるぞっ!」

 

 不動が叫び走り出すと、間壁も続いて走り出す。脳裏には、あの謎の男からの言葉がよぎっていた。『助かったよ』……病室から弾き出される前、少年と同室だった無防備の患者達は……とても口にできない有様になっていたのが見えた。思い出すだけで「うぷっ」と吐き気を催し、なんとか飲み込む。

 何故、一番近くにいたあの男が五体満足だったのか。理由は間違いなく、間壁の『room』に守られていたからだ。

 そもそもあの男は何者だ? 状況から考えて───やつはやはり、『悪の組織の能力者(アウター)』なのではないか? 

 

 そこまで考えて間壁は、慌てて地面に両手を合わせた。

 

『room"3"!』

 

 建物を対象に出入り制限をかける『room"3"』。後ろを振り返り、少年が追ってきていないことを確認して近くの病室に潜り込んだ。中は使われておらず、備品倉庫の様になっていた。

 

 病院内に響き渡る困惑と悲痛な叫び声。少年の破壊は大きな音と、少なくない悲劇を起こした。そして間壁と不動が床に座り込み、一息ついた瞬間。

 

 ───ドォォォン! 

 

 爆発音にも似た……少年の力による破壊が建物全体を揺らした。間壁は思わず耳を塞ぎ、揺れがおさまっても震える身体を自ら抱くように縮こまる。

 

「こんな、こんなことになるなんて」

 

 横の不動も、憔悴しきった顔をしていた。二人ともあの病室で見たのだ。少年の力によって、一瞬でひしゃげていく人間の姿を。そして少年から向けられた純然たる殺意は、平和な世を生きていた中学生にはあまりにも刺激が強すぎた。

 あの寝込んでいた少年は、同い年のはずだ。だが、まるで生きている世界が違うような瞳は一体なんだ。今、自分たちは夢でも見ているのだろうか、とまで思ってきた。

 

 間壁と不動は《対魔》創設メンバーだ。破滅の未来を回避するために協力してほしいと(トオル)に誘われて、自前の正義感から《対魔》に参加したのだが……はっきり言えば、彼らはどこか覚悟が足りなかった。

 

 

 人の死を初めて目の当たりにして、そして自分が簡単にそうなる場所に身を置いていることを知って、間壁も不動も……恐怖を感じている。

 

 あの少年は何故か、二人を狙っているようだった。先程の破壊音も、不動の能力が解けて動けるようになった八つ当たりのようなものだろう。

 

 再び建物が揺れた。

 

「俺達が、止めなきゃいけないのかな」

 

 不動がポツリと言う。

 あの少年は能力者(アウター)だ。自分たちと同じ存在だ。止められるのは……同じ能力者(アウター)しかいないんじゃないか? 

 少なくとも、この病院に多くいるほとんどの人間があの少年の破壊の力に抗う術を持たないだろう。

 

 あいつを止められるのは俺達だけだ。二人とも同じことを考えているのに、二人とも口を開けず、身体を震わせ沈黙した。

 

「あんなの、どうしたらいいんだよ」

 

 間壁の悲痛な呟きに不動は何も答えられなかった。不動の力は、『人の動きを止める』というただそれだけのものだ。

 間壁の力も、あの少年の能力……その出力の強さを前にすぐに破壊されてどうしようもない。

 

 手の打ちようがない。

 

「間壁、なんで『room"3"』を?」

 

 そう言えばと、不動がそんなことを聞いてきた。

 

「ああ……あの、変なおじさんのせいなのかと思って……逃したらさ、ダメだって思ったんだけど」

「へぇ……。そういうことか……」

 

 少年の狂気を宿した瞳、どう見ても正気じゃなかったあれはあの男の能力によるものなのだろうか。だが『洗脳』だとして、少年は目の前に立っていたあの男にも構わず無差別に力振るっていたように見えた。あの男も、間壁の能力で守られていなければ既に命はなかっただろう。

 仮に能力が『洗脳』なのだとして、自分の身を危険に晒す洗脳をかけるのだろうか? 

 

「あんな力が、俺達の『敵』なんだな」

 

 ポツリと間壁が言うと、不動は無言で肯定する。《対魔》に参加することを決めた時、どこかアニメや漫画のようなヒーローをイメージしていた。キャラクター達は物語の中で苦悩し傷付き、それでもなお前へ進んでいく。

 

 間壁と不動は少し不思議な力が使えるとは言え普通の中学生だ。目の前で人を簡単に殺しうる力を見せつけられて、それに立ち向かえと言われても、たとえ今なお犠牲になる人が居るとしても……漫画の中のヒーローの様に、それを止める為に立ち上がることなんてできなかった。

 

 また大きな音が聞こえる。直後に響く悲鳴と怒声。二人はギュッと目を瞑り、どうかここから脅威が去ってくれと心のどこかで神に祈った。

 

 

 

「間壁ェ──ーッ!」

 

 それは、必死に誰かを探す様な悲痛な思いがこもった少女の声だった。

 不動が間壁の方を見ると、間壁も顔をキョトンとさせている。何故ならその声は、聞いたことがない、知らない人間の声だからだ。

 

「間壁ッ! 出てこい! 私は味方だ! お前がいないと、勝てないッ!」

 

 誰かが、間壁を呼んでいる。何故間壁を? この声の持ち主は一体誰だ? 

 

「おいおい、あんなに騒いだら……アイツに見つかるんじゃ」

 

 徐々に二人のいる場所に近付いてきていた声はぴたりと止んだ。

 一体どうしたのかと、隠れていた病室からわずかに顔を覗かせると廊下の向こうに彼が立っていた。

 

 

 同い年くらいの少年。先程から謎の力を使って周囲に破壊をもたらす化け物。

 

 

 それに対峙する人影もあった。三人組だ。二人は大人の男で、顔を引き攣らせて身構えている。

 そして、そんな二人の前に堂々とした姿で立つのは自分達よりも年下に見える少女だった。

 強い瞳で少年を睨みつけ、彼の周りに破壊の痕が見えるのに一切物怖じすることはない。

 

 

 

 小さな姿で凛と立つその姿が一瞬、物語のヒーローの様に見えた。

 

 

 

 

 

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