TS逆行転生者は妹を護りたい。   作:笑石

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三十一話 日常-小6

 

 花苗に誘われて大きな本屋に来た。

 何の用事だろう? と、暇だったので言われるがままついて行くと、案内されたのはファッション誌のコーナーだ。

 俺はあまり来ることがないし買うことがないジャンルなので、物珍しくてキョロキョロとしてしまう。

 それと言うのも(マモリ)として生きていく中で、(マモル)の記憶の影響もあって年頃の女子にしては服装にあまり興味が持てず、代わりに流行のファッションをテレビやSNSで調べている母親が用意した服をいつも着ている。

 スカートも最初は違和感を感じたが、着ると母親が喜ぶものだから今や普通に受け入れている。親孝行みたいなものだ。

 我が家の家系は大柄な人が多く、父親は190センチ代だし母親に至っても180近い。さらに肉付きもよく、決して細いとは言えない……まぁグラマラスとも言える。その血を完全に受け継いだ潔は中学生にして大人顔負けの体格とスタイルで、(マモル)の時の俺も例には漏れずかなり身体が大きかった。

 

 何が言いたいかというと、母と姉にとって俺の小柄な身体は珍しい、ということだ。母親や潔では似合わない、着れない系統の服を俺が着るとよく似合うらしく、着せ替え人形よろしく自分の娘を着飾るのが楽しいのだとか。

 胸がもう少し小さければな……という呟きを聞いた時は、元男として何とも言えない気持ちを覚えたが、当事者としては……特に激しい動きを良くするからこそ、まぁ同じことは思う。

 

「あったー。これこれ、見てほしいんだよね」

 

 棚に置いてあった雑誌をひょいと取って、フィルムに包まれたままのそれを受け取る。裏表紙の状態で渡され、「見て、と言われてもフィルムが……」と思いながらひっくり返すと、俺は言葉を失った。

 

「こ、これ花苗……っ!?」

 

 渡された雑誌の表紙にデカデカと写る美少女の姿と、目の前でニコニコしている花苗とを何度も見比べて俺は驚愕に声を震わせる。

 少し化粧もしているのか、現実のすっぴん花苗よりも見た目がやや華やかだ。着ている服は流行のトレンドとかそんな感じのやつだろうか? 

 

「す、すごいっ! モデルだったんだ!」

「いや、そういうわけじゃないよ。それも初めての撮影だし。なんかお母さんがさ……いや、まぁよく分かってないし、お金もらえるからやっただけー」

 

 初めての撮影……? それで表紙……? 色々とツッコミ所はあるが、花苗程の美貌ならあり得るのかもしれないと納得した。

 

「か、買ってくるね……!」

「いや、家にもあるしあげるよ。お母さん何冊か買ってたから」

「いや、そういうことじゃないから」

 

 せっかくなので自分で購入しておくことにした。友達の晴れ舞台(?」の記録である、せめて一冊くらいは買っておかないと……。

 レジで会計をしている時、店員さんの視線が雑誌と花苗の顔を何度か行き来していたのを見て、何故か俺が誇らしくなった。

 

 

 *

 

 

「おおい! こっちこっち!」

 

 休日、昼ご飯をとある人達に誘われたのでファミレスに向かうと、大きな声で席にすでに座っている大吾郎(ダイゴロウ)が俺を呼んできた。

 正直かなり恥ずかしい。しかも真昼間から酒を飲んでいるのか頬が赤い。何してんだあの人……ここファミレスだぞ……。

 大吾郎と同じテーブルには紅子(ベニコ)がいて、彼女は呆れ顔でため息を吐いていた。

 

 誘いとは、この二人からの誘いだ。ファミレスで昼でもどうだ? という軽い誘いだったので来たのだが……どういう組み合わせなのか……。

 

「昼からいきなり飲んでるんだこの人」

 

 紅子からそう言われて、俺も苦笑いを返すしかない。俺も席に座り、何か頼もうかなとメニューを取る。

 

「ポテト頼もう、ポテト」

「一皿食べてたじゃないですか」

 

 大吾郎と紅子のそんなやりとりを聞きながら、とりあえずドリアでも頼むことにした。ついでに酒をもう一杯頼んでくれというのでジッと睨んでから仕方なしに頼む。

 

「大吾郎さん、人のこと呼んでおいて飲み会なんてどういう了見ですかね」

「両手に華とは男冥利に尽きるねぇ」

 

 どうやら紅子も呼ばれてここにいるらしい。一応プライベートなのかスーツではなく私服だ。とはいえ彼女は普段からスーツルックな服装を好むので、印象としてはいつもと変わらない。

 

「大吾郎……今何杯目なの?」

 

 俺がテーブルに残ったジョッキを見ながらそう聞くと、目を逸らしながら大吾郎は指を三本立てる。

 

「昼から飲み過ぎでしょ」

「これでやめるって!」

 

 それはさておき、本題はなんなのか。早速大吾郎に話を催促すると、彼はキョトンとした顔を向けてくる。

 

「え? いや寂しかったから連絡しただけ。大観と巾木は仕事だってつれなくてよぉ……紅子は非番だって言うから」

「そ、そんな理由で!? 何事かと思って身構えていたのに!」

「同じくなんですけど……おじさんがそんな理由で若い女の子を呼ばないでよ……」

 

 思わず声を荒げる紅子に、一応男として生きてきた記憶と社会人としての経験からおじさんと言う生き物の生態に少し理解がある俺はため息を吐く。

 (マモル)の時も『変革の時』を経て世間は一時期荒れた。だが人間は逞しく人口も大幅に減ったものの、社会は再び形成されて俺も一応は会社勤めのようなものをしていたのだ。

 

「紅子は女の子って歳じゃねぇだろ」

「……っ! ぐっ! 真守……! このおっさんシバいていいか?」

「これだからおじさんは」

 

 アラサー紅子が怒りに眉を震わせる。ケラケラとセクハラ親父が笑い、そんなやりとりをしている間にドリアが届いたので俺はいそいそと食べ始める。酒はもう少し前にきていた。

 

「奢ってね」

「それはかまわんが……前から思ってたけど、真守お前なんで俺には普通にタメ口なんだ……?」

「そういえば、確かに。基本的には、歳に似合わず丁寧な口調なのにな、基本的には」

 

 そうは言うものの不快には感じていなさそうな大吾郎に、基本的という言葉をやたら強調してくる紅子。俺はスプーンの手を止め、ムムムと唸った。いつか、言われるかな? とは思っていたのだ。

 

 正直、大した理由ではない。だからこそ口にするのも憚られる。

 

「えーと……。あの、病院の時に、勢いで……砕けた口調で話してたから、その後逆に戻すのが気恥ずかしくて……」

 

 なんだか話していて恥ずかしくなってきた。大吾郎はかなり歳上だ、『(マモル)』の記憶を合わせても歳上。

 しかし一度砕けた口調でコミュニケーショを取った手前、なんだか戻せなくなってしまったのだ。そしてそうこうしているうちにどんどん後に引けなくなって……。

 

「んだよ、そんな理由か! まぁいいまぁいい! 気にすんな!」

 

 ガハハと俺の頭を乱暴になでつけてくる大吾郎、紅子は紅子で面白そうにニヤニヤしながら俺を見つめている。

 いや、なんかあるじゃん……こう、今更後に引けないっていうかさぁ……。恥ずかしさはまだ消えず、とりあえずドリアを口に入れて誤魔化す。

 

「でさ、本題なんだけど」

 

 ふぅ〜、と。酒臭い一息をついて、大吾郎は赤らめた顔でそんなことを言い出した。紅子が目を丸くして、さっきの話はなんだったんだよと言いたげな顔をしている。

 

「知り合いに、古武術……? 居合術……? まぁ剣道とはまた違う、刀を扱う武術をやってる知り合いがいてな」

 

 ほら、俺の能力は日本刀を生み出すだろ? と、この場で実演するわけにはいかないので床から刀を引っ張り出すジェスチャー。

 

「そこに日本刀の扱い方を学びに行こうと思ってるんだ。昔ちょい剣道とかを齧ったことはあるが……まるで歯が立たなかったからなぁ」

 

 それは相手が悪かったとも言えるが。荒波や兎城は《ネクスト》屈指の遠距離攻撃能力者だ。

 あそこまで攻撃に特化していて、射程のある能力者は奴等以外に中々いない。

 しかし──

 

「大吾郎の刀は、能力を斬って無効化してたように見えたんですよね。そう言えば試してみたかったんですけど、紅子さんの嘘を見抜く能力も斬れるんですかね?」

 

 彼の能力、日本刀を生み出す力の真骨頂はそこにあると思っている。何故、他者の能力に干渉できるのかは知らないが、あの時は間違いなく刀がつちくれとなる代わりに能力を打ち消していた。

 大吾郎の能力がそういう類のものだと捉えればいいのだろう。また検証したいと思っていたところだ。

 

「それは試したんだよな。紅子に対して、口元に刀置いて嘘ついてみたんだが……意味なかった」

「私の耳元に置いたりもしたんだけど、それもダメだったな。部長の念動力は斬れたんだけど……」

 

 部長というと、大観のことか。彼の能力はわかりやすい、触れずに物を動かす力だ。しかしそれを斬る? 

 

「見えないのに斬れる?」

「よくわからんが、大観と浮かしてる物の間を通したら斬れたぞ。刀は土になるし、物は落ちるし、手品師でもやれそうじゃねぇか?」

 

 なるほど。大観の力は、彼自身の身体から何かを発していて(例えば紐のような)、それで物に干渉するのか。

 だが、何度か大観に見せてもらって検証したから分かるが、その干渉する力そのものは不可視なだけではなく物理的に触れることが出来なかった。

 物理的にそこに存在しているわけではない『力』も、大吾郎の刀は斬れる……それならば、なぜ紅子の能力は……? いや、発動条件の違いか……? 

 

「うーん、他の能力に試してみないと分からないなぁ」

「真守の『記憶』には大吾郎さんのものはないのか?」

 

 紅子がそういえばと聞いてきたので、俺もそういえば言っていなかったことを伝える。

 

「紅子さんには大吾郎が陶芸師(ポッター)に殺されるという話をしたと思いますが、おそらく私の『記憶』の時は能力を使う前に死んでしまったのではないかなと」

「記憶……? あぁ、チラッと言ってた未来の記憶か。俺死んでたんだ」

「だから私達はあの家にあの時行ったんだよ。間に合わなかったけどさ……」

 

 もう少し早く動いていれば、と俺はあそこで倒れていた女性の姿を思い出す。大吾郎にとっては大事な人だったはずの人だ。

 

「あぁ、そういうことか」

 

 少し寂しい目をした大五郎は、納得したように一人頷いた。何がそういうことなのかわからず俺と紅子は首を傾げる。

 

「あの時、急に頭が冴えたんだ。それは多分──真守、お前に触れた瞬間だったように思う」

 

 

 *

 

 

「そうだ真守、お前このあと時間あるか?」

 

 大吾郎の気になる発言だが、俺自身にも心当たりがなくその後は他愛もない雑談を交え、俺や紅子も日本刀を扱う武術を共に学びに行かせてもらう話になった。

 そこでもう今日は解散した。既に酔っ払った足取りの大吾郎が帰るというので、俺達も店を出た。

 

「ありますけど、何かありました?」

 

 大吾郎の背を見送ったあと、紅子が暇があるかと聞いてきたので特段用事のなかった俺はそう答える。

 

「そうか、なら……松太郎に会っていかないか?」

 

 松太郎。かつての『(マモル)』の後輩であり、戦友だった男だ。柔和な笑みが特徴的な優男だった。だが、その心の奥には『変革の時』によるものよりももっと古い──慕っていた紅子の死という傷を抱えていた。

 随分と、『記憶』の中では世話になっている。法を犯す事が多かった俺は、何度警察官の松太郎に見逃してもらったか分からない。それはもちろん能力者(アウター)絡みのことだけだが……。

 いや言い訳はよそう。そもそも(マモリ)になってからも色々とやましいことは多い。そう考えると、紅子や松太郎といった警察関係者に俺は世話になりっぱなしだな。

 

 

「松太郎、か。いつか会おうとは思ってたし」

 

 俺はそう答えて、ふと自分を見下ろして服装を確認する。よし、変な格好ではないな。

 

「……男と会う時に気にする情緒は育っているんだな」

「!? ど、どういう意味ですか……っ」

 

 いや、たとえば寝巻きに近い姿などで会うわけにはいかないだろう。その程度の、『気』だ。そりゃこの体は女だし、身嗜みは男の時より気にはしている。ましてや俺が一方的に知っているとはいえ初対面の……まぁ、異性に会うのだ。服装くらい気にするのが普通だろう。

 

「あいつも年頃だからなぁ、惚れられたらどうする?」

「いや流石にそれはないでしょう……」

 

 あいつの好みは、紅子──お前のようなタイプだ。

 

 

 

 

真守(マモル)さんは、特別な人っていないんですか?』

 

 ふと何気ない会話を思い出した。

 あらゆる全てを敵視……していたといっても過言ではないくらい、擦れていたあの頃の俺に、松太郎は気にせず話しかけてきていた。

 だから俺も、『親友』や松太郎には心を開いていたように思う。

 

『……みんな死んだよ』

 

 おかしくなってしまった母は、既に俺の中で死んでいたから。俺は確かそう答えた。

 

『そうですか』

 

 松太郎は、俺にそんな質問をしておいて静かにそう答えた。なぜいきなりそんなことを聞いてきたのか、俺は疑問に思った覚えがある。

 

『お前は、どうなんだ』

 

 その時は暇をしていたのもあって、我ながら珍しく要らぬ詮索をした。すると松太郎は嬉しそうに破顔して、いそいそとスマホを取り出して俺に写真を見せてくる。

 

真守(マモル)さぁん、よくぞ聞いてくださいました。今は、この人ですね』

 

 そういって見せられたのは切れ長の瞳が特徴的な女性だ。そのままスイっと画面を操作して違う女性の画像に切り替わる。

 

『あとこの人』

『いや、なんで複数なんだよ』

『一人とは言ってないじゃないですか』

『そういう意味じゃなくて……』

 

 さらにもう一人、画像で見せられて俺は呆れてため息を吐いた。その様子をしてやったり顔で見ていた松太郎だが、急に真剣な顔をしてこんなことを言い出した。

 

『みんな心に深い傷を負っているのに、強いんです。強く生きてます。その姿に、僕は惹かれました。でもね、僕にとっては特別でも、彼女らにとって僕はなんてことない、ただの友達程度だと思います』

『付き合ってるわけではない、と言いたいのか?』

 

 松太郎は確か、既婚者ではない。ということは三股でもしているのかと思ったのだが、どうやら片恋慕であるらしい。

 

『僕はこんな仕事をしていますし、やりたいこともあります。僕自身が誰かの特別になったら、悲しい想いをさせるでしょう』

『……俺が言えた義理ではないが、お前にそこまでして戦う理由があるのか?』

 

 能力者(アウター)との戦いは、『変革の時』以前の日本からは想像できないほど簡単に命が失われる。

 とはいえ自ら死地に飛び込まなければ、平穏な生活を送れるくらい今の世界は安定してきている。

 

『……僕は、強くありたいんですよ』

 

 強く、か。その答えは俺も持っていない。

 ところでずっと思っていたことがある。松太郎はお節介で、他人のことを慮り、心に寄り添うことのできる人間だ。

 彼が、今先ほど見せられた女性達とどのような関係性なのかは全く知らない。だが、彼の人となりを知っていれば想像できることもある。

 

『お前がそう思ってるだけで、相手さん方は特別だと思ってるかもしれんぞ。だったら、もっと命を大事にした方がいいんじゃないか?』

 

 これは俺の心からの言葉だった。松太郎は、はっきり言って好ましい男だ。誰かのために命を盾に出来る奴だ。だからこそ、俺は彼が死ねば悲しいだろうと思う。

 

『それをあなたが言いますか?』

 

 次に呆れ顔でため息を吐いたのは松太郎の方だった。俺のようなやつを特別に想ってくれている奴がいるとは思えないが……いや、『親友』や目の前の松太郎は悲しんでくれるだろう。であれば、俺から何も言い返せるはずがなく、どこかおかしく感じて口から僅かに笑いが漏れた。

 

 

 *

 

 

 そのうち会うこともあるだろう、と(マモリ)になってから松太郎に積極的に会おうとはしてこなかった。

 彼との『記憶』を少しばかり思い起こして、なんだか少しばかり緊張してきた。向こうは俺のことなんて知らないからこそ、どのように接していくべきだろうかと頭を悩ませる。

 

「あいつにはちょこちょこお前のこと伝えてあるんだよ」

「……どのように伝えているか教えてもらっても?」

 

 しれっとそんなことを言う紅子に、彼女に見せてきた今までの自分の姿を考えて……その内容次第では一体どのように思われているのか考えるのも恥ずかしいのだが。

 

 その後も何度か追及してものらりくらりとかわされて、結局俺のことを松太郎にどう伝えているのか分からないまま、彼との待ち合わせ場所に向かうのだった。

 

 

 

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