『龍眼』───
その力はコントロールが難しく、望んだ未来を見ようとしてもうまくいかないことが多い。
だが、天子はその力をできる限り有効に活用し、同じ能力者の仲間や警察と協力して犯罪を未然に防いだり、新たに生まれた能力者がその力を悪用しないように働きかけたりしている。
それらは全て、《変革の時》と呼ばれる『悲劇』を回避する未来に繋がっている……直接関係のない事柄でも、自分達の仲間の『実戦経験』として役立つ。
変革の時───それが起きれば、天子はおそらくそこで死ぬし、彼女だけではないもっと大勢のものが死ぬ。
というわけで、《変革の時》を止めるために《対魔》を結成し活動している天子だが、深夜に目覚めた彼女は汗びっしょりでつい
「……これは、どうすれば」
ボソリと、つい口に出してしまう。
こんなにはっきりと、未来が視えることはめずらしい。だが問題は───
「すこし、集中しすぎでは……」
これから起きるいくつかの『事件』。それらの発生時間だ。密集している。一体、どう対応していけば良いのか。天子はその後寝ずに悩むことになった。
*
しかし正弦は、札木と旧知の仲であったと思われる亡き
それはある日、岸村の自宅を訪ねた際に彼の妻から受け取ったものだ。彼の妻は夫を凄惨な事件で失い、きっと心に余裕もないだろうにずっと正弦の調査を手伝ってくれていたのだが、それは彼女が家の中で見つけたものではなく偶然郵便ポストに入っていたらしいものだった。
それとは、岸村の古い友人からの手紙だ。
海外から届いたそれは手紙の主が近々日本に帰る予定だというもので、岸村の妻はその手紙に対して主人はもう亡くなっていると返信しようと考えている───という話を聞いて、正弦は一つ文章を付け足して貰った。
『フタキという男を知っているか?』
その答えは、一カ月も後に帰ってきた。
内容は、突然の訃報に驚いており焼香をあげに行きたい旨と……
添付されていた古い写真には、若い岸村と何人かの若者……その中に、正弦が見た『
「紅子さん、
正弦は、このことを周防真守には伝えなかった。嫌な予感がしたからだ。
その予感は当たることになるし、結果的に伝えなくてよかったとも考えた。
「さて……リベンジ、といったところか」
陸から海を隔てた空港と、外を繋ぐ唯一とも言える橋。そこを走っていた正弦を乗せた車は、突如として現れた『赤い柱』と、大きな爆発によって陸地と分断された。
その際に周囲の車も巻き込まれ、周囲は地獄の様相だ。塔のように海の上に立つ連絡橋の残骸の上で、正弦は車から出て刀を手に不敵に笑った。
「ちょ! ちょ! なになに!? 日本ってこんなに治安悪かったっけ!?」
車の中から、男の騒ぐ声が聞こえてきて正弦は嘆息する。彼は
「
「おいおい……まさか、一人でやる気かよ。ってか、先生……こいつがあんたの腕とったやつかぁ?」
空から、そんな声とまるで散歩するように気軽な雰囲気でゆっくりと何人かの人間が降りてくる。人は空を飛べない。なのに宙に浮き、まるで風船が地面に落ちるようにふんわりと彼らは地面に着地した。
左手のない、初老の男。周防真守よりも幼く見える子供、ライダースーツとダメージジーンズを履いた柄の悪い顔つきの男。
そして、彼らとはまるで纏う空気の違う異質な……真っ黒な服に身を包んだ、黒髪の少女。
「ああ、そうだよ。だから、荒波くん。君も気をつけたほうがいい、彼をただの
「ん〜後ろのおっさんは、
正弦に続き、車から出てきた大吾郎を見て荒波はニヤリと口角を上げて首を回した。漲る殺意に大吾郎はごくりと息を呑むが、正弦はというといつも通りの自然体だ。
「なんでもいいよ。今度は……殺す」
そう言った少年の首筋から赤い触手のようなものが這い出て槍の形を成す。『棘の
正弦は棘の
(なんだ……あのガキは、真守と同じくらいか……しかし)
いくら考えても答えには辿りつかないが、最も恐ろしいなにかを感じるのはあの少女だ。しかし今それを考えても仕方がないと正弦は頭を切り替える。
札木が
バコォォン!
突然、甲高い音が周囲に響き渡ったかと思えば、正弦たちの乗っていたセダンタイプの車のトランクの扉が宙を舞っていた。その中心は何かがぶつかったように大きく歪んでおり、数秒空を飛んで地面にぶつかり大きな音を立てる。
「お、俺の車……」
大観の哀しげな呟きを、誰も聞いてはいない。トランクからヌッと這い出てきた者の姿を見て、その場にいるもので特に荒波が顔色を変えた。
中学校の制服を着た女だ。
同年代の女子……いや、大人の男顔負けの体格の少女が、険しい顔付きで正弦の横に立つ。
「真守の、姉か」
「す、
短く正弦が反応し、それとは対照的に歓喜に震えるように荒波が吠えた。しかし潔は一瞥もせず、鋭く息を吐き……構える。
「潔さん、何故ここに」
ここで初めて、黒い少女が声を出した。大きな声ではないのに、まるで空気を貫くように正弦と潔の元へ届く。
潔は、身に覚えのない少女に名前を呼ばれて首を傾げた。
「誰? あなた」
「……札木さん、少し離れて彼らに連絡しましょう。『そちらに周防潔はいない』と」
黒い少女の言葉に、ぴくりと潔は眉を顰めた。
「どうやら、ここでチンタラしている暇はなさそうだぞ、潔」
「真守ちゃんの知り合いだからって、馴れ馴れしくないですか?」
正弦は刀を構え、潔も拳を構える。
荒波も空気を操り始め、棘の
《ネクスト》でも屈指の戦闘能力を持つ二人と、周防真守の近くに居て最も強い能力を持つ周防潔に、
突如として、彼らの戦いの火蓋は切られた。
*
朝。
近所の中学校に通う生徒達が通学の為に多く使っている道。そこに向かって鼻歌混じりに歩く男がいた。
髪を銀に染め、顔をいつも気に入って使っているものに戻している。陽気そうに歩く彼だが、ズキリと不意に頭が痛んで額を抑えた。
つい先日周防真守に受けた傷は脳にまでダメージを与えており、
その結果偏頭痛のような症状がいまだに時折現れる。しかし
だがそれはそれとしてやはりやり返さなければ、そう思い彼は彼女と同じ中学校の生徒を人質に取ろうと考えていた。
とりあえず通学路を歩く子に目を付けて、適当にあの子でいいやと手を伸ばそうとして……何かにぶつかった。
「これは───!」
「room"1"」
それは、不可視の壁だ。
彼はこの能力を、荒波達から聞いて知っている。
しかし、その不可視の壁はすぐに消えてしまった。何故だろう? そう考えたのも束の間、突然眼前に現れた銃を構えた女に、
「
「……何が目的かな?」
一体、どこから?
銃弾が
「場所を変えるぞ」
「……いいよ」
そうして、周囲がかなり開けた場所に出た警察官の女……紅子と
パリィィン!
直後に何かが割れる音が響き、弾かれた拳銃は宙を舞う。発生した衝撃波が紅子と
「───ッ!?」
その行動に、一番驚いたのは
紅子は、
「チッ、ポッターてめぇぇ、なにへまってんだよ」
「ってぇ〜、違うって。多分、人の体を動かすような
腹をさする
兎城はすぐに弱い斥力を周囲に放ち、感覚を研ぎ澄ます。
「……いるな。目には見えないが、何人か」
紅子があの場ですぐに発砲せず場所を移動したのは、
「兎城くぅんがいるなら、まぁなんとかなるかなぁ……あの警察官のお姉さんは真守ちゃん虐めるのに使うからさ、殺すなよ」
「ほんっと情けねぇよなお前。知ったこっちゃねぇから自分でなんとかしろ」
紅子は、深く息を吐く。
「紅子さん、周囲に
「そうか、ならあいつらに集中すればいいわけだ」
耳元で『
放っておけば、身勝手な理由で周囲の人を傷つける行為に走る二人を前に、紅子と《対魔》の面々は戦うことを決意してここに立つ。
*
「おはよー」
目覚めて、階段を降りてまず歯磨きと洗顔、保湿を済ませた
「おはよう花苗」
ニコリと、朝から快活な笑顔を向けてくる母のはるかに花苗も笑顔を返す。食卓に座ろうとして、ふと背後に母が立つ気配を感じて花苗は振り返ろうとするが───突如、母に口を手で塞がれる。
「むぐっ?」
疑問に思うと同時、母の手からぬるりと粘度の高い液体が分泌される。歯を掻き分けるように指を突っ込まれ、その粘液を強制的に摂取させられた花苗は、すぐにそれを吐き出そうとするが……間に合わず、ガクガクと足が震えて立っていられず床に崩れ落ちてしまう。
「な、何を……っ!?」
「花苗、これはあなたのためなの……えぇっと、何故だったかしら?」
突然の凶行。そもそも、一体何が起きたのか、母は手元に何かを隠し持っていた? 花苗は言うことの聞かない身体、溢れ出す冷や汗に朦朧とする意識で思考する。
いまいち、自分でも何故こうしたのか分かっていなさそうな母の姿に、花苗は何度か聞いたことのある
「あれ、もうやっちゃってた。さてさて、娘さんの方にも───」
トイレの流れる音。勝手に拝借していたのか、トイレを出て手を洗ってからリビングに顔を出した一人の男。
花苗は体が動かず声しか聞けていないが、その男がおそらく『催眠』の
サトウは、何かしらの目的で母に能力をかけて自分を襲わせた。だが、即死級の毒を飲ませなかったあたりは、用意できなかったというより花苗にもサトウの能力をかけて操るため……という推察の方が当たっているだろう。
なので、花苗はとりあえず無防備に近付いてきたサトウの足に針を刺した。『致死性の毒』の生成は中々扱いが難しいので、いっそのこと外傷を与えてやろうと『酸性の液体』を体内に注入してあげた。
「──!? ぎゃあっ! な、なんだ!? な、何をしたッ!?」
突然の激痛にその場を飛び退くサトウ。足の痛みで情けなく尻餅をつくサトウを、普通に立ち上がった花苗は冷たく見下ろす。
キッ、と。サトウは強く母のはるかを睨む。するとはるかにかけられた催眠は強化され、両手から更に粘液を分泌させて花苗に抱きつくように襲いかかる。
しかし、それをするりと避けて花苗は顎に手を置いて何かを考えている。その視線の先は、何も持っていない母の手元だ。汗のように湧き出す粘液をジッと見て、不思議そうに首を傾げる。
「驚いたな、お母さんも……そうだったんだ」
「な、何故……動ける……? あ、あんた確実に毒を飲ませたのか!?」
「え? ええ……そのはず……ですけど……大の大人でもすぐに動けなくなるはず……」
催眠状態でありながらも自分の娘に毒を飲ませる状況に違和感を感じているのか、はるかは苦しそうに眉を顰めながら、しかし自らの能力を確実に摂取させたはずの相手が特に支障なく平然と立っている姿に驚きを隠せない。
サトウは、痛む足のせいで集中が切れないように自分に対して能力を使う。痛みを完全に消すことは難しいが、痛みに強い人間になれるよう意識野に能力をかけた。
「というより、なんだ、その指は……まさか君も、
「ああ、知らなかったんですか」
針のように伸びた指、それを顔の前で遊ばせながら、花苗は余裕の笑みを浮かべる。何故ならしばらく様子を見ていたが、サトウ以外他に別の
更に自分と同じ『タイプ』の
「私に、毒や薬の類は効きませんよ」
このサトウという
まぁ、既にもう片足は二度と使い物にならないだろうけど。体内で『毒』を生成しながら花苗は口角を上げる。
とりあえず、もう片足を奪うか。
母の能力も自分と同じように注入した毒を解毒できる可能性があるため、確実に人体を物理的に破壊できる毒を刺す。
「花苗ちゃん、サトウさんは私達の味方よ。少し話を聞いて」
「お母さん……面白いな、こんな怪しいおじさんのこと本気で味方だと思えるんだ……催眠おじさんかぁ……エロ方面で真守ちゃんにかけてたら様子見しちゃってたかも……」
苦しそうな顔をしている母の嘆願にも似た言葉に、しかしどこかよそ見しがちな花苗。その余裕ぶりに、サトウはどこか不気味なものを感じた。
(だが、少しでも能力をかけてしまえばこちらのものだ)
(さて、とはいえ催眠おじさんの能力に少しでもかかればお終いか……)
二人とも、考えることは同じだ。
決して派手なものではないが、決着は一瞬だろう。その確信が二人にはあった。
*
「くそっ……
ぶつぶつと、何事かを呟きながら苛々とした様子で何処かへ向かって急いでいる『
彼女と、
しかし今目の前に立って、俺を見つけて……少し目を泳がせる姿にも、すぐに気を取り直してこちらを見る姿にも、どこか懐かしさを覚える……。
「
「
心は落ち着いていた。
文字通り旧友と話すときのような、自然と微笑んでしまうような気持ちで話せていた。
「記憶が、あるんだな? 私と同じ、これは、お前の能力か?」
「……そうだ。ちなみに性別が変わっていることについては、ややこしいのでできれば聞かないでほしい」
……? まぁいいか。
「お前の能力は、《保存》だな? 『前回』、潔を殺したのもお前の能力だろ」
「……怒っているのか?」
なのにわざわざそう聞いてくるのは、今……目の前に立つ俺から、さほど怒りを感じないからだろう。そしてそれは正しい。
「
「そうだよ、彼女は……同じ、能力を持っていた」
俺も、ほぼ確信していたことだ。
何故潔は、《変革の時》よりも前にあんなことになったのか。そして天子の存在を知り、変革以前に戦っていた《対魔》と、潔との繋がりも知った。
「潔は、《ネクスト》と戦っていたんだろ? でも、あの能力があって……あいつを簡単に殺せるとは思えない」
俺は色々と考えて、至った結論を光に疑問としてぶつける。
「死んでなかったんだろ?」
光は目を見開き、少し感心したような顔をした。でもどこか、悲しげに目を伏せる。
「……聞きたいのは、そんなことじゃないでしょ」
その通りだ。
俺から、光に聞きたいことはただ一つ。
「お前は、
俺の言葉を、一度飲み込んで
「敵だよ」
短く、そう返してきた。
「《変革》は起こすのか? 人が大勢死ぬ、《ネクスト》が殺す。それでも、お前は、そちらにつくのか」
「そうだよ。いっぱい人を殺す、いや───殺してきた」
《ネクスト》と共にいるということは、つまりそういうことだ。俺はため息を吐いて、頭を抱えたくなりそうなところをなんとか抑え、平静を装って言葉を紡ぐ。
「バカだよ、お前は。どうして」
「
一緒。その言葉に、俺は首を傾げた。
どこか諦めのような、自嘲するような笑みを浮かべた
あの頃の、ただ怒りの矛先が分からず闇雲に他人にぶつける俺を、不必要に命を奪っていた俺すら止めた……
それなのに、光はその選択をした。例え、自身が苦しむことになろうとも。その道を選んだのだ。
「私は……俺は、妹を護るんだ。そう、決めたから」
泣きそうな顔で、光はそう言った。
俺は一度瞠目し、小さく頷いた。