そして、それを知った空の迎える結末とは……
背後から、妙な音がする。その音に気が付いていたのにも関わらず、僕は振り向くことができなかった。否、振り向かなかった。だってきっと振り向けばそこには──
「じゃあ空、押すよー」
明るい声で聞いているのに、返事を待つ素振りすら見せずに彼女は僕の座っている車椅子を押して行く。
きゅるきゅると音をたてながら、自分の意思とは関係なく前に進んでいく。
なんで聞いたんだろう……
彼女の行動を見た僕は呆れてため息をつく。
病院のベッドから出られるようになって一週間。移動には車椅子が必須だ。最初は感覚が慣れなかったせいで動く度に違和感しかなかったのだが、思いのほか直ぐに慣れた。
一ヶ月ぶりに外に出たからだろうか、空高く昇る太陽の光がとても眩しいなと思った。
病室でも太陽の光は浴びていたが、その時よりも眩しかった。
直に浴びるのは気持ち良いなと思うのと同時に、少しくらくらとした。
こんなに病弱だったかな。と思っていると。
「空、大丈夫? やっぱりまだ外に出るのは控えた方が良かったのかな……」
そう言い、僕の前に来て心配そうに顔を覗き込んでくる怜奈。
犬のようにしゅんとした顔でこちらを見つめている。可愛いなと思った。
口元を緩め、大丈夫だよと声をかける。
「それに、せっかく外出許可を貰えたから、今日は怜奈と楽しみたいな」
と気持ちを伝えれば、しゅんとした表情から一転。ぱあっと輝くように明るくなった。
「……うん!」
元気に返事をする怜奈。
この笑顔をいつまでも見ていたいと思った。
そんなこんなで僕たちは、本日最初の目的地へと向かった。
「お会計が千五百円になります」
お金を渡し、ありがとうございますとお礼を言って映画のチケットを貰う。
ポップコーンや飲み物を買い、準備は万端だ。
映画を見終わった僕たちは、近くの公園へと来ていた。
怜奈が泣き止まない……
映画の途中からずっと泣いている。周りの視線が痛かった。
どうにかして落ち着いてもらおうと思い、僕は話しかけた。
「えと、そろそろ泣き止んでくれると僕としてもありがたいんだけど……ダメかな?」
「無理」
即答だった。口角が引きつる。
仕方がないので、彼女の頭を撫でることにした。
サラサラしてるな。
そんなことを思っていると、怜奈が口を開いた。
「……主人公の男の子に心を開いてくれたロボットちゃんが……まさか死んじゃうなんて」
私、絶対あの敵キャラ許さないから。と涙ぐんで話す怜奈を見ていると、なんだか面白かった。
感情がコロコロ変わるところが、やっぱり彼女らしい。
その後十分くらいして、泣き止んだ彼女と次の目的地へと向かった。
「ねえ空、何にする? 何にする? 私迷っちゃうよー!」
興奮気味にメニューを見つめる怜奈。目が血走っている。
どんだけ夢中になってるんだよ……
心の中でツッコミを入れる。
そんな彼女はどこか楽しげで、見ているこっちも心が暖かくなる。
「空は何にするか決めた?」
「僕は、さっきお腹いっぱいになっちゃったからいいかな」
えー、と残念そうな声を出す彼女を見ながら、僕は水を口に含んだ。冷たい液体が乾いた喉を潤す。映画館で飲んだ炭酸水よりも冷たく、喉の奥へと流れていく。
彼女を見ると、うーんと唸りながらメニューを見つめていた。
僕は今しばらく、奮闘する彼女を眺めるのだった。
最後に、帰り道の途中にある河川敷へと僕たちは来ていた。
ここには桜の木が植えられていて、毎年春になると綺麗な花を咲かせていた。今年は特に綺麗に咲き乱れ、風が吹く度にひらひらと花びらが舞っていた。
吐き出す息が白い。
辺りは少しずつ暗くなり始めている。
「ねえ、空。桜が……綺麗だね」
隣で立ち止まった彼女が、気を見上げている。正確には舞い落ちる花びらだろうか。
彼女の言葉に釣られ、自然と同じ方を見上げる。
明るい時間帯に見るのとはまた違い、見入ってしまう。風に吹かれ舞い落ちていく花びらに視線が釘付けになる。
一体何分経ったか、もしかしたら数十分かもしれない。ふと怜奈の顔を見ると、どこか悲しげな表情をしていた。実際悲しかったのかもしれない。なぜ悲しいのか、この時の僕には分からなかった。
「ねえ、空」
彼女が僕の名を呼ぶ。その声は、冷たかった。
「もう……お別れの時間みたい」
彼女の声に同調するように、強い風が吹いた。
「え?」
風のせいでよく聞こえなかった。なんて言ったのか聞き返そうとしたその時。頭の中に映像が流れた。
映るのは怜奈の笑顔。自分たちに差す影。振り向くとそこには、倒壊し始めるビル。下敷きになった僕たち。
──私は、ずっと……傍にいるからね。
笑顔で涙を流す彼女を最後に、その映像は途切れた。
どうして僕、わすれて……。
そうだ。そうだ思い出した。どうして忘れていたんだ。僕と彼女は、倒壊したビルの下敷きになった。なのに僕は、その事を忘れていた。
彼女も、周りの人も……ましてやニュースでさえ、ビルの倒壊なんて話題を出さなかった。普通なら大ニュースのはずだ。
それなら、ここは……? ここは一体どこなんだ?
「あの時のこと、思い出したみたいだね」
突然の出来事に驚いていると、彼女は平然とそう言った。まるで、初めから知っていたかのように。
「怜奈、君は……っ!」
僕は目を見開く。
目の錯覚。いや錯覚なんかじゃない。怜奈の体が透けている。
「本当はね、あの時お別れのはずだったの」
「別れって、なんのことを……?」
状況についていけない僕を他所に、彼女は僕の胸に手を当てて続ける。その手は、服越しにも分かるくらい冷たかった。
「君の
静かに、ふふっと笑みを浮かべる怜奈。
本来なら何を言っているのかさっぱりのはずなのに、僕の頭はやけに冷静だった。
彼女の言う言葉を全て理解していた。
僕の心臓に入る。それが何を意味するのかさえ、分かってしまった。
時間は非情だ。待つことを知らず、無慈悲にも終わりを運んで来る。準備する時間さえ、与えてはくれなかった。
彼女は涙を流していた。だけど表情は、僕の大好きな笑顔だった。
僕と彼女の顔が近づき、重なる。甘い味がする。それは一瞬のようで、数十秒にも感じられた。
彼女がもう一度、僕の胸に手を置く。その手に自分の左手を重ねる。暖かい。
──私は、ずっと……傍にいるからね。
「まって……」
右手を伸ばした。
彼女のその言葉を最後に、僕の視界は暗転した。
「……っ!」
目を覚ますと、視界に見たことの無い天井と自分の右腕が映った。所々赤くなった白い包帯でぐるぐる巻にされ、そこから数本の管が伸びていた。
視線を胸へと向ける。置かれた自分の左手。
そこから伝わる鼓動はとても落ち着いていて、どこか安心するものだった。
手を退けると、胸。正確には心臓の真上だろうか、その部分に手術をした跡があった。先ほど見ていたのは夢なのだろうか。いや違う。確かに残っている。唇の感触。あの甘い味。
視界がぐにゃりとした。目頭が熱かった。
思考が働かない。呼吸が乱れる。それでも、胸に手を当てると嘘かのように落ち着いた。
彼女を失った。後を追いたいと考えた。
僕は絶望した。だがそれは間違いだと気付いた。彼女は傍にいる。
これから死ぬまで、ずっと。ずーっと、傍にいてくれる。
そう気付いた僕は、幸せだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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