アルセウスは邪神である   作:転音

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アルセウスは邪神である

 

 ダンデの仲介もあって、マグノリア博士の家の庭先で行われたホップとユウリのポケモンバトル。その勝者はユウリだった。全力で悔しがる彼に、ユウリは内心舌を巻く。

 

 ―――やはり、ホップは強い

 

 とてもまだ10歳、トレーナ歴もペーペーの新人とは思えない戦いぶりだ。もちろん純粋な「ポケモンバトルの才能」も多分に影響しているだろうが、幼いころから最強の兄という、目標でありつつ最も身近で完璧な手本があったことや、本人の努力を惜しまない性格がその強さに拍車をかけているのだろう。

 

 ホップは負けたことがショックのようでかなりがっくりとしているが、とんでもない。むしろ複数のポケモンとバトルが出来るだけの信頼関係を気づけているだけでも十分凄いことだし、知識や経験で勝るユウリとまともな勝負が出来ているだけでも大したものなのだ。

 

 ―――いやいや、何様だ私

 

 ユウリは首を振った。偉そうに人様を評価するより、まず自分のことを考えるべきだろう。

 

「ん?なんだアレ!?」

 

 ポップが驚きの声を上げるのと同時に、私は空を見上げる。小さく、光が瞬いた。その光は徐々に、徐々に強まっていて、こちらに近づいているのがわかる。

 

 強まっているといっても、まぶしさや危険を感じるような光ではなく、キラキラとした輝きを放ちながら、隕石とは思えないほどやさしく、やわらかく地面に着地した。

 

 ―――ねがいぼし

 

 かつての私なら、どんな願いを持っていただろう。チャンピオンか。友情か。はたまた全く別の何かか。或いは、そもそもねがいぼしが落ちてこない。なんて可能性もあるかもしれない。

 

 しかし今の私は違う。ホップの手からねがいぼしを受け取り、手を組んで祈ってみる。この世界の神は邪神もいいところなので全く信用ならないが、神ではなく石に祈るのだから多分大丈夫だろう。

 

―――元の世界へ、帰りたい―――

 

 

―――――

 

 流れ星を加工して作ってもらったリストバンド。それを眺める幼馴染の姿は、ここ数日感じていた違和感を確信させるのに十分だった。

 

 幼馴染の様子がおかしい。マグノリア博士の家を後にして、ブラッシータウンへ向かう道中、ホップは思った。

 

 はじめはただ緊張しているのかと思った。初めての一人旅に不安があるのかとか、チャンピオンである兄のダンデと会うことに緊張しているのか。しかし彼女の様子はどうもそういうわけではないように見える。

 

 直接兄と対面してもさほど様子が変わらなかったことから、少なくとも後者、ダンデと会うことに緊張していたわけではないようだった。

 

 では前者の方が理由なのか。それも違うだろう。とホップは考える。

 

 何せ彼女は昔からスクールで「神童」だの「天才」だのともてはやされてきた才女である。ポケモンとの触れ合いの経験、バトルの経験、旅をするうえで必要な様々な技術や経験、様々な面で同世代のトレーナーたちを圧倒できるだけの知識と技術を、彼女はこれまで身に着けてきた。

 

 もちろんだからと言って全く心配を感じないということはないのだろうが、しかし彼女ほどの頭の良さならば、成人したとはいえまだ10歳の子供が旅をしても大丈夫な環境が整えられていることくらいは理解しているはずだ。

 

 特にここガラル地方における「ジムチャレンジ」はエンターテインメントであり、他の地方よりもかなり安全に道中が整えられていることで有名である。そのことをユウリが分かっていないはずはない。

 

 わかっていても不安なのか。それとも別の理由か。

 

 ユウリは昔から精神的に不安定なところがある。普段から不安定なわけではないのだが、これまでに2度、大きく不安定になったことがあった。そしてその理由はどちらもよく分かっていない。

 

 一度目は物心ついたころ。ある日突然、活発で明るかったユウリが部屋に閉じこもって出てこなくなった。ホップも、ホップの家族も心配したが特にユウリの母は悲惨だった。

 

 愛するたった一人の娘が突然部屋に閉じこもって、まともに食事もとらなくなってしまったのだから、その心中は察するに余りある。一日中殆ど離れずに世話を焼き、話しかけ続けていたという。

 

 話しかけるだけで、無理に部屋から連れ出したりはしなかったのは、娘を想ってか、自分を想ってか。或いは、ただ単にどうすればいいのか分からなかっただけかは分からないが、兎にも角にも強引に連れ出さなかったのは功を奏したらしく、数日のうちにユウリは自分から部屋を出て、ひとまず普通の日常を送るようになった。

 

 部屋から出てきたユウリからは、以前の活発さが失われ、その代わりと言わんばかりに知識を求めるようになった。暇があればそこらじゅうを駆けまわり、ウール―などと駆けっこをして遊んでいた少女が、今度は日がな一日本を読み漁るようになったのである。

 

 当然周囲は心配したし、何があったのかと疑問に思った。しかしまだ3歳の少女が何日も閉じこもってしまったわけで、本人に直接「突然どうしたの?」なんて聞くことは憚られ、彼女の母もユウリの好きなようにさせていた。

 

 彼女の成長はすさまじかった。瞬く間に、トレーナーでもない素人では答えられないような質問を次々と繰り出してくるようになった。もっともっとと知識を求める彼女を見て、ユウリの母は彼女を学校へと送り出した。

 

 当時の彼女は5歳だった。トレーナーズスクールは6歳からが普通。つまり一年早い。当初学校は入学を渋ったが、入学試験の結果を見るや手のひらを返した。ただ入学を認めるどころか、一年生ではなく二年生への飛び級入学となった。

 

 小さな町では噂は瞬く間に広がり。一躍ユウリは「天才」として町の有名人となった。

 

 二度目はスクールに入ってから半年ほどたった時のことだった。

 

 スクールでも、始めのうちは年上の同級生たちすら圧倒する才能を発揮しながら、彼女は順調に成長していた。しかし初めてのポケモンバトル実習があったその日。彼女は再び部屋に閉じこもってしまった。

 

 バトルに立ち会ったスクールの先生曰く、バトルを開始したその瞬間に顔色が真っ青になって明らかに様子がおかしくなったらしい。急遽バトルは中止して、スクールは早退。家に着くなり、自分の部屋に閉じこもってしまったのだ。

 

 バトル中に何かあったわけでもなく、その前の様子も多少の緊張が見られた程度で特におかしなことはなかったらしく、一度目と同じく原因不明。

 

 一度目の時の経験から、二度目の時も無理に部屋から引きずり出したりはしなかった。みんなでかわるがわる話しかけてみたり、しばらく間をおいてみたり、とにかく無理をさせないように気を付けた。

 

 しかし今回はそれではダメだったようで、一週間を過ぎても彼女は出てこなかった。最終的にはしびれを切らしたホップが、ユウリを強引に連れ出してポケモンと触れ合わせることで解決した。

 

 どちらの時も、結局何がきっかけで引きこもるようになってしまったのか分からずじまい。病院にも連れて行ったが、医者もお手上げだった。

 

 原因に全く見当がつかないうえ、何の前触れもなく1~2週間突然引きこもって突然出てくる、なんてどんな病気ならあり得るのか。とりあえず「気分障害」……うつ病の診断が下されたが、普段の様子におかしなところは全くないので、治療らしい治療はなにもされなかった。

 

 …らしい。その場にいた当事者の一人であるのにもかかわらず伝聞調なのは、以上のことはホップにとってはすべて、自分の親から聞かされた話なのだ。

 

 それも当然で、一度目の事件はユウリが3歳の時。二度目の事件はユウリが5歳の時のこと。つまりホップもそれだけ幼かったということで、記憶があいまいなのだ。

 

 しかし事件を覚えているかはホップにとっては関係のないことだった。細かい記憶が残っていなくても、昔からずっと一緒に遊んでいたことに変わりはないし、思い出も友情もちゃんとある。

 

 ある日親からこの話を聞かされ、「これからもユウリちゃんと仲良くしてあげてね」と言われたとき、彼は「ユウリを守る」と心に決めたのだ。

 

 実際、ポップはこれまでできるだけユウリと一緒にいた。

 

 幼いころは殆ど一日中。成長するにつれて男女の差が出てきたり、ユウリが学校に行き始めたり、元々の外で遊びたいホップと家の中で勉強がしたいユウリという、やりたいことの違いなどもあって以前ほどべったりではなくなったが、それでも仲のいい幼馴染である。

 

 様子がおかしいように見える幼馴染に、どのように接するのが最適なのか。ホップにはわからない。前に起きた事件の時とは違うようだし、そもそもホップはまだ10歳で経験値が足りないのだ。

 

 それでも出来ることをしよう。かつての決意を改めて抱いたホップは、ひとまず、競争などと言って彼女から離れたりせず、なるべく一緒に旅をしようと決めたのだった。

 

―――――

 

 ハロンタウンのユウリは、転生者である。

 

 前世の彼女は、まだまだ若く前途有望なごく普通の社会人だった。それがある日突然、気づいたらこのポケモンの世界へやってきていた。3歳の時のことだった。

 

 自分が転生したことに気づいたとき、ユウリはとてつもないショックを受けた。

 

 彼女はポケモンが好きだった。いわゆるガチ勢と呼ばれるほどではなかったが、純粋にポケモンが好きだった。対戦よりもポケモンを愛でることが好きだった。

 

 六世代でポケパルレが登場したときにはそれはもうモフリ散らかしたし、連れ歩きやキャンプやピクニックなど、世代を追うごとに触れ合い要素がふえ、またリアルさとかわいらしさを増していくポケモンたちにメロメロになっていた。

 

 ポケモンの世界に行きたいと思ったことは何度もあった。口に出したことさえあった。しかし実際に来てしまってからは、そう思ったことを後悔した。

 

 確かに彼女はポケモンが好きだが、だからと言って小説の中の主人公のように「ポケモンかわいいやったー!」などとお気楽に受け入れることなんてできなかった。

 

 ポケモンと触れ合いたいとは思ったが、別に前世に不満があったわけではないのだ。家族も居たし、友人もいたし、同僚との仲も良好で、仕事もそれなりにうまくやっていた。何もかも順風満帆とはいかなかったが、幸せな日常を送っていたのだ。

 

 それが突然すべて消えてしまった。そのショックはすさまじく、ユウリはすっかりふさぎ込んでしまった。

 

 自分の大切な人、物、思い出のすべてが跡形もなく消えてしまった喪失感。

 

 本来この体で生きていったであろう少女に対する罪悪感。

 

 周りの人に受け入れられないかもしれないという不安。

 

 ゲームの中に閉じ込められてしまったかもしれないという恐怖

 

 考えれば考えるだけマイナスが出てくるような、心が壊れてもおかしくないほどの状態だった。

 

 しかしユウリは立ち直った。

 

 一日中自分のことを抱きしめて、明確な感情をこめて語り掛けてくる今世の母の言葉。毎日会いに来て、外の花を摘んで持ってきてくれるホップ。何も言わずずっと自分のそばにいて、時には食べ物を分けてくれるゴンべ。窓の外から聞こえてくる人々や、ポケモンの声。

 

 それらと触れ合い、この世界がゲームの中などではなく、まぎれもなくゲームなどではない現実世界であると、数日掛けて徐々に受け入れたのだ。

 

 転生というありえない現象を目の当たりにした衝撃や、ゲームの中に来てしまったのではというショックを乗り越え、「転生した」という事実をひとまず受け入れられるようになると、「なぜ転生したのか」を考える余裕が生まれた。

 

 ポケモン世界における神は地方によっても色々いるが、この世界で真に神と呼べる存在はアルセウスだろう。

 

 ユウリの知る限り、ポケモン世界に輪廻をつかさどっているような神はいない。もっとも近そうなのはゼルネアスとイベルタルだろうが、彼らは神というか自然の化身みたいな感じで、ユウリの持つ印象としては、好き勝手命を与えたり奪ったりする自然災害である。

 

 もし彼ら、あるいは他の何かがアルセウスに代わって輪廻を司っていたとしたら、そのポケモンがユウリを"ユウリ"へ転生させた。或いは事故で意図せず転生してしまったということになるが……そんなことをあの(・・)アルセウスが許すだろうか。

 

 「天上天下唯我独尊、邪知暴虐の邪神アルセウス」が、自分の作り出した作品であるポケモン世界に、自分の作り出した秩序をぶち壊しかねない危険要素を、自分の許しもなしに入り込ませるようなことをするだろうか。

 

 ユウリには確信があった。

 

 絶っっっっっ対!しない

 

 ということはつまり、アルセウスが私を転生させたとしか考えられない。つまりこの状況はアルセウスが悪いのであって自分は何も悪くない。

 

 責任のすべてを創造神に押し付けることで立ち直った彼女は、知識を求めた。ポケモンが好きだった彼女は、ポケモンたちが可愛いだけでなく、人の命を脅かす危険な一面も持っていることもちゃんと知っていた。

 

 将来旅に出ることになるだろうし、ポケモンに限らずこの世界に関する知識は必要だ。それにもしかしたら、元の世界へ帰る手段も存在するかもしれないと考えた。

 

 家中の本を瞬く間に読みつくし、実際にポケモンたちとも触れ合った。そのうち限界が来たので、母からの提案にこれ幸いと学校に入学。算数などのポケモンと関係ない科目は前世の知識で何とかなるので、ここでもやはりこの世界のことを全力で学んでいった。

 

 そうして学校で過ごすこと約半年。ついに人生初めてとなるポケモンバトルを授業で行うことになった。

 

 現代社会で生きてきた記憶があると、ポケモンバトルは怖いのではないか?という懸念があったが、それは別に大丈夫だった。一度死んでいるせいか、死というものへの恐怖が薄まっているのかもしれない。

 

 死への忌避感がないというのはあまりよろしくない気がするが、ひとまずはいい方向に働いているので、ユウリはあまり気にしていなかった。そこにはこの世界で前世であったような「大切なもの」を見つければ、死にたくなくなるだろうという予測もあった。

 

 閑話休題

 

 とにかく、ポケモンバトルに対する恐怖はないので、ユウリは単純にバトルの実習を楽しみにしていた。学校で管理しているポケモンのうち、前世でも好きなポケモンの一つだったイーブイを選び、バトルコートに立ち、ボールを投げ……

 

 いざ勝負!というまさにその瞬間。それは起こった。

 

 端的に言えば、時間が止まった。

 

 当たり前のことだが、この世界におけるポケモンバトルは、ゲームのようなターン制ではない。それなのに、まるでゲームのように時間が止まり、自分が指示を出すまでの猶予が与えられているという現実が、ユウリを再びぶちのめした。

 

 せっかく「この世界はゲームではない」と受け入れ、生きていくための努力をしてきたというのに、いかにもゲーム的な現象が起こってしまった事実は、一度立ち直ったユウリの心がもう一度折れるには十分な衝撃があった。

 

 しかし今度も彼女は乗り切った。もともとこれまで生きてきた中で、この世界があまりにもゲーム的ではなくリアルであることは実感していた。だからこそ、唐突に表れたゲーム成分に過敏に反応してしまったの部分はあるが。

 

 ホップに連れ出され、ポケモンたちと触れ合い、そのあまりにもリアルな血の通った生命の感触、においや触り心地から、やっぱりゲームではない。と思えた。

 

 というか、もはやどっちでもいいのでは?とユウリは開き直った。

 

 考えてみれば、前世の世界でも「この世界はコンピュータの中のシミュレーションに過ぎない」みたいな、科学だか哲学だか陰謀論だか良く分からない説があった。

 

 前世では全く信じていなかったので真面目に考えたりもしなかったが、改めて考えると絶対違うと否定するのは難しい。それはつまり、この世界も前世の世界も「もしかしたらコンピュータの中かもしれないけど証明できない」世界なわけで。

 

 ユウリは結論を出した。ゲームの中かもだなんて考えるだけ無駄。そんな心配するんなら勉強しましょう。

 

 セカンドインパクトからも立ち直ったユウリは、さらに勉強に力を入れた。吹っ切れた分、心の底からこの世界で生きるために必死になれたのだ。

 

 1週間ちょっと不登校だった程度ではハンデにもならず、優秀な成績で2年生を終えた。

 

 この世界では、進級したときに学校から最初のポケモンを貰える。ユウリのはじめては、あのバトルの時に選んだイーブイになった。イーブイにとっても、あの時のユウリの状態は見てて心配になったようで、小さいながら頼りになるセコムが誕生した瞬間だった。

 

 3年生以降は特にさしたる事件もなく学校を卒業。そして今年、彼女は10歳になった。

 

 原作の開始である。

 





 このような拙作を読んでいただき大変ありがとうございます。曇らせは好きだが、物が少ない。ならば自分で書けばいいということで筆を執りました。
 前作の反省から今回は完結まで書き終わってから投稿しようかな……などと思っていたら、見事にモチベーションが沈没。やめだやめ。反応がないとやってられんわ。ということで、まさかまさかの一話と少し書いたところで決意を捻じ曲げ、投稿に踏み切りました。
 そんなわけなので、続くかどうかは皆様の応援にかかっております。需要がないなら供給しない、資本主義的システムを採用しております。

 評価、お気に入り、ここすきなど、宜しくお願いします。


―――――

 ここからは本小説には関係がございません。

 前作『ダックスフンドの首輪』をご覧になってくださった皆さん。大変お待たせしております。
 書きたいことはありますが、原作アニメを見れてません。アニメを確認しながら書きたいので、そのアニメを見ることが出来ないとネタがあっても筆が進まないのです。
 決して忘れているとか、ネタ切れだとか、そんなことはございませんので、今しばらくお待ちいただければと思います。宜しくお願いいたします。
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