本というものはとてもデリケートなものです。本の管理を怠ってしまえば傷んでしまい、破けやすくなってしまいます。紙の色だって変わってしまいます。
本を管理するためには、室温、湿度、日当たりなど気にしないといけません。室温は22度前後。湿度は55%。直射日光はもちろん、照明の明かりも極力避けます。本棚に置くときは詰め過ぎないように。ショーケースのような棚も良いですね。
「紅茶入れといた。あとケーキもある」
「ありがとうございます」
図書室になぜそんなセットが出てくるのか?
いえいえ。ここは図書室ではありません。以前までの私なら図書室通いでしたが、最近はその頻度が減っています。Aクラスに所属している
なぜこの部屋にいるのかは、私がこの部屋で読書をしているからです。彼の部屋には大きな本棚があり、図書室には置かれていない本ばかりがあります。そして本を適切に管理するために部屋の状態を整えている。指摘する箇所が1つもありません。
「どう?」
読んでいた節が終わり、栞を挟んで本を閉じました。開いた状態で本を置くのはNGです。
今読んでいる本はハヤトくんの部屋にある本です。彼の好みの本ですから、私の好みに合うかは読んでみないとわかりません。今の質問もそういう類のものです。
「とても新鮮ですね。好きになるかはまだわかりませんが、嫌いなジャンルでもないので一通り読んでみます」
「嫌いじゃないならよかった。……椎名の嫌いなジャンルってあるの?」
「作者の思想があまりにも強いものは遠慮します。フィクションなら構いませんが」
「新書とかでそういうのは、ってことね」
「はい。エビデンスに基づいた主張ならいいんですけど」
「なるほどね」
ハヤトくんは私のことを名字で呼びます。私以外も名字呼びのようですが、私は名前呼びです。これはハヤトくんが「名前で呼んでいいよ」と言ってくれたのでそうしてます。それなのにハヤトくんは私のことを名字で呼ぶので、ちょっと寂しいですね。
彼は人の世話を焼くのが好きらしいです。誰彼構わず、どんなことでも、というわけではないようですが、たいていの頼みなら聞いてくれます。こうして部屋で本を読ませてくれているのも、紅茶とケーキを用意してくれているのもそういうことです。
今日はチーズタルトのようですね。驚くことにいつも自作なのです。ハイスペックですよね。
「美味しいですね。紅茶にも合います」
「よかった」
彼の特筆すべき点は、人の好みに合わせて料理を作れるという点です。このタルトだって私の好みの味付けとなっていますし、甘さを紅茶で中和するときも、その味まで私の好みです。どこまで計算されているのでしょうか。胃袋はとうに掴まれています。
彼は地頭がとてもいいです。その上身体能力も高くて、聞いた話では体力テストが学年1位。完璧超人というやつですね。
しかし天才というわけではありません。部屋によく来る私は知っています。彼はそれだけの努力を重ねている人であると。
それでいて他者と常に対等。同じ目線に立って話します。人を下に見ることはありません。嫌うことはあるようです。
だからでしょうか。クラスの枠を超えて彼は交友関係を築いています。
「クラスはどう?」
「龍園くんのやり方は好みませんが、それはそれです。お互いに不干渉なので居心地が悪いなんてことはありません」
Cクラスは概ね独裁政権と言っていいでしょう。龍園くんがリーダーであり、すぐに力関係をハッキリさせました。反対派もねじ伏せて。なので龍園くんが指示しなければ、基本的には平和に過ごせるのです。
ここでとてもびっくりな情報を1つ。うちのクラスのリーダーの龍園くんとハヤトくんは旧知の仲です。それも相まって、私が
「こちらのクラスのことを聞いたのですから、ハヤトくんもA クラスのことを話してください。龍園くんにツッコまれても答えられるように」
「そうだね。んー。Aクラスを削りたかったら早目にってとこかな」
「リーダーが変わるということですか?」
「そうなるかもね」
情報の対価としては大き過ぎると思います。ですがハヤトくんはリスク管理できる人です。この情報を伝えても軽傷で済むと確信しているのでしょう。
そもそも、私が好き好んでこの情報を売るわけでもありません。龍園くんに何か言われたとき用の手札なだけです。
この考えも読まれていそうですね。そこも踏まえてのリスク管理。これでAクラスのリーダーを務めないのですから、リーダー格の生徒の強さも伺えます。
「そういえば読書カフェっていうのができるみたいだけど、行ってみる?」
「読書カフェですか。今と変わらないと思うのですが」
「……」
「……」
「ほんとだ」
違わないのは私だけですけどね。そのカフェに行けば、ハヤトくんだってサービスを受ける側になります。それに気づいているでしょうに、ハヤトくんは口に出しません。
なぜならハヤトくんはサービスを提供する側の方が好きだから。
「椎名が行かないなら行かなくていいや」
そう言ってハヤトくんはチーズタルトを食べ終わり、紅茶も飲み干しました。私もそれに続いて食べ終わると、食器がシンクへと運ばれていきます。「洗い物くらいやります」と言ってもさせてもらえません。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
食器を洗う姿を少し眺めた後、私は読書を再開します。食器を洗う音を聞きながら、すぐに本の世界へと没入。洗い物が終われば、部屋の中で聞こえるのは私がページを捲る音だけ。
私は静かな場所を好みます。そういう点でもこの部屋はパーフェクト。
重ねて言うことになりますが、私はこの時間を気に入っています。