客観的に考えたら、ハヤトくんは所謂優良物件な男の子に見えるでしょう。文武両道であり、優しく、包容力もあり、かっこいい一面もある。家事もできますからね。本人が口にしたことがあるパーフェクト執事に邁進してます。
ですが、本当にハヤトくんが優良物件かと聞かれたら、私は疑問を呈することになります。
単純な話です。彼は人気が高い。そして優しすぎる。仮に彼女ができたとしましょう。相当な信頼関係でないと、彼女側が不安を抱くと思うのです。彼に話しかける女子生徒が皆、彼を狙っているのではと。
「そんなわけでハヤトくんは彼女ができません」
「結論が酷くない?」
「筋は通っていたと思いますが」
「筋はね。最近恋愛系ばかり読んでるの?」
「影響を受けやすい小学生じゃないんですから」
たしかに最近のジャンルは偏っていますけど。
「椎名ってそういうの好きだったっけ?」
「好きなジャンルとしてあげるほどではないですけど、嫌いというわけでもありません。興味は湧いています」
「やっぱり影響受けたんじゃないの?」
「違います。恋とはどういうものなのか。参考文献程度に読んでいるだけです」
「それはいいけど、おれで検証するのはどうかと思うよ」
「彼女がいてもよさそうなのに彼女がいない男の子、として女の子の間では真っ先に名前があがっていますよ」
「不名誉だけど事実なのが悲しい」
恋愛というものはそんなに良いものなのでしょうか。違う作者で何冊も読んでみましたが、どうにもわかりませんね。一番の友達がいたらそれでいいのではないでしょうか。私にとってのハヤトくんみたいな。
「ハヤトくんって彼女がほしいんですか?」
「どうだろうね。できたらいいなーくらいの気持ち」
「願望というほどの熱意はないんですね」
「そういうこと」
ほら。ハヤトくんもこう言っています。
「彼女ができないハヤトくんでも、私はこれまで通り変わらず接しますから」
「それ彼女ができても、とかで言う台詞じゃない? というか、彼女がいたことはあるよ?」
「…………ウソはよくないですよ」
「嘘じゃなくて。まぁ、中学生での付き合いをカウントするかは人によるだろうけど」
ハヤトくんに? 彼女が?
いえ、驚きの事実ではありますが、慌てるようなことではありません。なにせ今はいないのですから。元です元。過去の話。
「そ、そうですか。私は、当事者が本気だったのなら、カウントしてもいいと思いますよ」
「そうだよね」
話を聞いてみてもいいのでしょうか。別れ話が円満なものかはわかりませんし。ここは聞くべきではな……いいえ、いいえ。ハヤトくんが傷を持っているかどうか。それを知っておくのは友達として必要なこと。そのはず。そうです。ハヤトくんは、大切な友達ですから。これは必要な質問なのです。
「その……お話を聞いてもいいですか?」
「ん? 会えなくなったから別れただけだよ。喧嘩別れとかじゃないから、気持ちの整理ももうできてる」
「そうでしたか。それならよかったです」
「心配してくれたんだ?」
そうですよ。ハヤトくんが傷ついているか否かは大事なことですから。ほっと安心できたのも、そういうことです。気持ちの整理もできているようですから、それなら……。それなら?
──私は何を?
「椎名? 悩みごと?」
「あ、いえ」
「何か抱えてるなら聞くよ」
「……うまく言語化できないので、今は大丈夫です」
「そっか。話したくなったらいつでも話して。言葉にしたら楽になることもあるから」
「そうですね。その時はお願いします」
何か引っかかりますが、まだわかりませんね。ピースが揃いません。
そうでした。傷つくで思い出しました。ハヤトくんとは1つ話さないといけないことがあります。
「佐倉さんの件は解決したんですよね?」
「そうだね。怪我なく終わってよかったよ。佐倉さんも安心して過ごせてるみたいだし」
「怪我なく? やはり何か危ないことをしました?」
「犯人が刃物を持ってたくらいだけど」
「……ハヤトくん」
ハヤトくんが怪我をしていないことはもちろん見てわかります。どこかをかばうような動きもしていませんでした。彼のことですから、彼が怪我してないのなら佐倉さんも怪我をしていません。
「……そういう危ないことはしないでください」
「早期解決のためには」
「そうだとしても! それが優れた手段だとしても、怪我をしていたら元も子もないんですよ?」
「椎名?」
珍しいでしょうね。私も驚いてます。大声を出すなんて早々ありません。こんなに感情に任せて話すこともありません。
ですが、止まることはありません。止められません。
「あなたが怪我をしたらどうなることか、本当にわかってるんですか?」
「弁当は……レシピ渡してなんとか」
「違います! わかっていません。ハヤトくんは何もわかっていません! あなたが怪我したら……もしものことがあったら悲しむ人がいます! あなたが思っている以上に!」
お弁当がなくなるから? そんなふざけた理由ではありません。ハヤトくんを慕う人がいるからです。ハヤトくんがいろんな人と仲がいいのは、ハヤトくんの人柄があってのことです。だからお弁当のシステムだってこんなに早く成立したんです。
「ハヤトくん。もう危ないことはしないって約束してください」
「椎名……」
頬が濡れています。ハヤトくんの部屋の床をぽたぽたと濡らしてしまいました。
ハヤトくんの手で頭を引き寄せられました。ハヤトくんの腕の中に包まれて、胸が暖かくなって。
「ごめん。考えが足りてなかった。椎名を泣かせるなんて……」
「許しません。……私のお願いを聞いてくれないと、許しませんから」
「……椎名に許されないのは、嫌だな。そのお願いって、おれにできることかな?」
「……はい。無理を……しないでください」
「え?」
「疲れてるって、私が判断したらちゃんと休んでください」
ハヤトくんなら、また違う方法を見つけられてたはずなんです。初めて会った時に感じたあなたの器は、もっと大きかったのですから。
「わかった。椎名の目は確かだって、おれが誰よりも知ってるからね。椎名の判断をおれは信じるよ」
「ハヤトくんは、自分のことに疎いみたいですから。……では早速今日は休んでください。今休んでください。ほら」
「……あれ? 椎名ついさっき泣いて……あれ?」
「ふふっ。どうでしょうね」
困惑してるハヤトくんの腕を引いて床に横になってもらいます。枕は用意しますよ。枕と言っても売ってるそれではなくて、膝枕になりますが。
「さすがにこれは……」
「ハ ヤ ト く ん ?」
「……」
諦めさせることに成功しました。私はハヤトくんには強気に出られるようです。でも多用はしませんよ。わがままだらけの女だなんて思われたくありませんから。
「私はハヤトくんと2人でゆっくりする時間が好きなんです。自分をもっと大切にしてください」
「……そうだね」
私の手でハヤトくんの目を覆います。アイマスク代わりです。そうして数分したら、ハヤトくんの寝息が聞こえてきました。ほら、やっぱりハヤトくんは疲れが溜まっていたんですよ。私にはわかるんです。
「合鍵は貰えませんでしたが、ハヤトくんの寝顔を見られるなら十分ですね」
きっと今、だらしなく頬が緩んでいるのでしょうね。誰にも見られていませんからいいでしょう。
恋愛のことはよくわかりません。
愛ならわかりますよ。ハヤトくんや一之瀬さんは友愛がありますから。良い例が側にいると感覚的に理解しやすいです。
ですが、恋はわかりません。誰かが誰かに恋をしているのは、それは見ててわかります。中学の時もわかりました。それなのに自分には当てはめられません。
ハヤトくん。
あなたのことは大切に思っています。誰よりも想っていると、そう思いたいです。けれどこれは恋なのでしょうか? それとも愛なのでしょうか? それとも友情なのでしょうか?
答えは出ません。本の中に答えはありませんでした。
「ですから、待っててくれませんか? 私が答えを見つけられるときを」
私のペースで、見つけ出してみせますから。