派閥争いというものは、私にとってチェスと変わりません。相手の一手から数手先まで読んで、自分の策に誘い込む。人員を増やすこともそういうことです。自分が使える駒を増やすのですから。この点は将棋の方が近いかもしれませんね。クラスという決められた駒の数。相手の陣営を自陣に引き込むのはまさに将棋そのもの。
ですが、好みの話をしますと将棋よりもチェスが好きです。小学生の頃から何度もゲームをしてきました。脳内では、あの日の少年に勝っています。当然です。天才というものは、生まれたその時に決まっているのですから。
「人の努力を否定はしません。有効であることも認めます。ですが、才能には届かない。私はそれを証明してみせます」
「スケールの大きな話だね。この学校でそれは叶うのかな?」
「ステップとしか見ていませんよ。この話をしたのは、私の考えを長洲くんに知ってほしかったからです」
「坂柳さんのその目的は応援するけど、おれが積極的にサポートするかはまた別だよ」
「私が長洲くんに協力する。と言ってもですか?」
「……」
長洲くんの性格は温厚です。滅多なことで怒ることはありません。今のところ怒りを顕にした様子を見たこともありませんし、聞いたこともありません。
そして彼がこの学校のやり方を好んでいないことも既知です。プライベートポイントを貯めているのは、退学者を救済するためでしょう。ポイントで買えないものはありませんから。
学校としては、彼の方針は賛同できない。しかし非難もできない。彼はルールに従っているのだから。
「仮に親しい人が退学に追い込まれた場合、あなたは自分のポイントを惜しみなく使うでしょう」
「……それで?」
「
「坂柳さん。おれを従えようとか考えてる?」
警戒されてしまいした。誤解を解いておきましょう。
「いえ。そんなことを企めば長洲くんは敵対してしまいますから。その時はこっそり手を貸しますよ、というお話です」
「え?」
何とも意外そうな顔をされますね。そうなるのも仕方ないことではありますが、長洲くんにそう思われていると思うと不服です。
「長洲くんと私はたしかに主義主張が異なります。私はこの学校のやり方に納得していますから。私の目的にも都合が良いですし。ですが、主義主張が異なるからと言って、敵対する必要もありません」
「それはそうだね。これまでみたいに、友達関係でいられたらおれとしても嬉しいよ」
「私としては、もう少し踏み込んだ関係でもいいですけどね。……っ」
「……自分で言って自分で照れるのはどうかと思う」
「き、聞かなかったことにしてください。……ともかく、私はあなたと良い関係でいたいのですよ」
先日父と話したことが裏目に出ましたね。まさかあんな話をしてくるとは。理解していないのでしょう。長洲くんは強制に従わないことを。必ず反発しますし反感を買います。
それを防ぐためには……。ですが演技は見抜かれるでしょう。彼以外なら問題ないでしょうが、どうにも長洲くんが相手だと調子が狂いますし。
私の話には裏がある。彼がそれを嗅ぎとったことを私も見抜きました。正直、話をすること自体リスクを伴います。彼の嗅覚は鋭いですから、父と話した時点で私は怪しまれる。
せっかく対等なお友達になれたのですが……。それが崩れても仕方ありません。数日あれば気持ちも切り替えられます。
「これからもよろしくね、坂柳さん」
「ぇ……。よろしいのですか? 気づいているのでしょう?」
「事情があることもね。坂柳さんなりにバランスを取ってくれてるみたいだし、それならいいかな。友達と疎遠になるのは辛いし」
「……甘いですね。ほんとうに」
ですが、その甘さを貫ける強さもある。難儀な人ですね。
「坂柳さん。今楽しめてる?」
「おや」
「前に退屈だって言ってたらしいけど、今はどうなのかな?」
「あなたって人は……ふふっ、ふふふふ!」
「笑われるとは思ってなかったな」
「すみません。揶揄っているわけではありませんよ? ただ、長洲ハヤトくんという人を、より好きになっただけです」
長洲くんはチェスのルールを知っているようですし、今度1局対戦してみたいですね。教えながら、というのも悪くなさそうです。
「対等、というのは心地よいですね。私の抱えるハンディを良い意味で考慮せず、私と同じ目線で物を語れる。今となっては私の生活に、長洲くんは必要不可欠ですよ」
「恥ずかしげもなくよく言えるね……」
「あなたがそれを言いますか?」
顔をそらした長洲くんに追い打ちをかけてみたら、きょとんとされてしまいました。無自覚なのか、それとも無意識でも言えるように染み付いたのか。
「先程の質問に改めて答えましょう。今は退屈していませんよ。だってあなたがいてくれるのですから」
「ははっ、坂柳さんの楽しみになれてるのならよかったよ。おれ以外にも、坂柳さんを楽しませられる人が出てくると思うけど」
「Cクラスの龍園くんのことですか? 正直、彼が私に勝てるとは思えませんが」
「挑まれたら何回でも負かしちゃっていいよ。ゾンビみたいに何回でも挑んでくるし、その度に強くなっていくから。翔はそういう奴だよ」
「まぁ、その時が来ればもちろん遠慮なく叩かせてもらいますよ。他に長洲くんの中で評価が高い人はいますか?」
「Dクラスにもおもしろい人はいるよ。今度直接会ってみたら?」
「ではその時は同行してくださいね。長洲くんのお友達の1人なのでしょうし」
「もちろんいいよ」
それにしてもDクラスですか。情報の多さはさすが長洲くんですね。彼が認めている人物なのであれば、期待していてもいいのでしょうね。
それはそうと、長洲くんと話していて発見がありましたね。彼は人の思惑、裏に隠された考えに気付くことが得意ですが、純粋な好意には鈍いようです。訂正を加えながら教えてあげましょう。
「退屈していないというのは、何も競争相手になり得る相手がいるからではありませんよ」
「そうなの?」
「はい。もちろんそれはそれで楽しみにさせていただきますが。私が言いたいのは、長洲くんがいてくれることで、生活そのものを楽しめているということです」
「坂柳さん……」
「言ったじゃないですか? 必要不可欠であると」
この体とは生まれてからの付き合いです。とっくに受け入れていますし慣れています。しかし思うこともたまにはありました。それを一新してくれるのが長洲くんです。私の心の内に新鮮な風を流し込んでくれる人です。
「案外鈍いところもあるようですね」
さて、これから少し大変になるかもしれませんね。リーダーの座よりも、Aクラス卒業よりも難しそうです。
私は長洲くんに好意を抱いてもらえるでしょうか。まずは女性として意識させたいところですね。
そのためにはやはり……デートというものでしょうか。今度真澄さんに相談してみましょう。
椎名「ハヤトくん認めてください。あなたは自身のことに本当に鈍感です」