長洲ハヤトくん。
私をストーカー被害から助けてくれたAクラスの人。私は人とコミュニケーションを取ることが苦手で、今でもクラスに馴染めているか怪しい。あの日の事件以降、綾小路くんとは少し話せるようになったと思う。
反対に、長洲くんとは全然話せてない。
「どうしたら長洲とうまく話せるか?」
「うん」
「普通に話しかけたらいいんじゃないか?」
「それができないから相談してるんだよ……?」
この学年で相談事と言えば、真っ先に長洲くんのことが紹介される。それくらい存在感と信頼がある人。
だけど私はその肝心な長洲くんのことで困ってる。嫌がらせなんてされてない。むしろ、チャットだけだったけどテスト勉強も手伝ってもらった。文面だけなのに説明がわかりやすくて、私の躓いてるポイントをちゃんと解消してくれた。解けるようになったら褒めてくれた。
「チャットでなら話せてるのか?」
「返信には時間かかっちゃってるけど……」
本当にこの言葉選びでよかったのかなとか。誤解されないかなとか。この時間は迷惑じゃないかなとか。変な子だと思われないかなとか。いろんなことを考えて、送信のワンプッシュにも神経を使ってる。いつもドキドキしちゃう。
(長洲に惚れてるのか。この手の相談をされてもな)
「な、長洲くんにお礼もしたいんだけど、迷惑だったりしないかな」
「長洲はそんな捻くれた性格じゃないだろ。気にするな、みたいなことは言うだろうが、断るような奴でもない。なんだかんだ押しに弱いみたいだからな」
「でも私地味だし……。長洲くん他の人といっぱい予定あるし、後回しにされるかも」
「まぁ……、このタイミングだと予定は埋まってるかもな。だが行動しないと何も始まらない。佐倉が勇気をだして行動すれば、長洲は必ずそれに応えてくれる」
中間テストが終われば緊張の糸も切れる。成績がギリギリの人はそうでもないかもしれないけど、ほとんどの生徒は一息つける。だから長洲くんと予定を立てる人だって出てきてもおかしくない。
私ももっと早く相談できたら。ううん。もっと早く行動ができたら、この週末にでも予定を立てられたかも。
予定を立てたところで、長洲くんとうまく話ができるかは別問題なんだけどね。
「佐倉は長洲とどう話せるようになりたいんだ?」
「どう?」
「例えば…………。櫛田のように話せるようになりたいのか?」
結構迷ったよね今。
櫛田さんはたしかに人といっぱい会話することができる。トーク力がある。長洲くんと話してたところを見かけたこともあるけど、2人とも気さくに話してた。
凄いなって思うけど、そうなりたいかだと少し違うかも。
「あるいは会話量がそれほど多くなく、会話していない時間があっても、気まずく感じないようになりたいのか」
椎名さんがそんな感じだったかな。
「私……私は……」
どう話せるようになりたいのか。簡単な質問が私にとって難解な質問に変わる。考えても考えても頭の中でぐるぐる回るだけ。
「わかんない……わからないよ……! 長洲くんといっぱい話せるようになりたいし、一緒にいるだけでも充実するような関係も憧れるし……! 考えても……わからないの……」
「佐倉にわからないものが、オレにわかるわけないだろう」
「っ!」
「これはどこまでいっても佐倉個人の問題だ。オレは答えなんて持ち合わせていない。だが、1つ言えることがあるとすれば」
無表情だけど、綾小路くんは真っ直ぐ見て言ってくれる。
「ヒントは長洲の隣にあるということだ」
背中を押してくれてる。
「答えを得たかったら行動しろ」
綾小路くんに背中を押された私は、長洲くんとの予定を立てるために電話をかける。メッセージを送るのでもよかったんだけど、言葉にしたかったから。
「すぅー……はぁぁ」
何度目かになるかわからない深呼吸。電話するぞって意気込んでから、すでに10 分以上経過してる。
画面はずっと長洲くんの連絡先が表示されてて、あと一度押すだけで電話がかかるのに。
「さ、30分。30分になったら電話しよ」
もしかしたら今取り込み中かもしれないし。迷惑をかけないように時間は考えなきゃ。
電話かけたら何を話したらいいんだろ。もちろん本題は予定を立てることなんだけど、いきなりそれでいいのかな。それだけのために電話するのはどうなんだろう。やっぱり話題は用意しないといけないよね。何がいいかな。調べてみ──
「あ」
『もしもし佐倉さん?』
押しちゃったぁぁ!! 長洲くんも出るの早いよ! 業者さんじゃないんだから!
と、とりあえず話さなきゃ。
「も、もしもし長洲くん?」
『うん。電話って初めてだよね。どうしたの?』
「ご、ごめん。迷惑だったよね」
『いやいや全然。ご飯とシャワーも済ませてるから手は空いてたよ』
「そうなんだ」
ほっと胸を撫で下ろして、落ち着いたら長洲くんの言葉が脳内で反芻した。……いつの間に夜になってたんだろう。
『佐倉さんはご飯食べた?』
「ううん。実はまだなんだ」
『ご飯はちゃんと食べなよ? ダイエットで食事を抜きがちだけど、体には良くないからね』
「そうだよね。ちゃんとこの後食べるね」
……あれ? 電話なら意外と話せてる。お互いの顔が見えてないからかな。長洲くんの声を聞いてると安心する。温かい気持ちでいっぱいになる。
それもそうだよね。だって私は、長洲くんのことが好きなんだもん。
だから言うんだ。誘うんだ。
デ、デートに……!
「な、長洲くんあのね」
『うん?』
「あの……わ、私と……で、で……」
『?』
「できたら私ともっとお話してくれませんか!」
私のばか……!!
『もちろんいいよ。週明けの放課後とか予定空いてるし』
「そ、それなら放課後に。ごめんね夜に電話かけちゃって」
『ううん。佐倉さんから電話してきてくれて嬉しかったよ』
「はうっ!」
『佐倉さん? 大丈夫?』
違う意味で大丈夫じゃないよぉ!
「だ、大丈夫だから。それじゃあ放課後にね。ありがとう」
『あ、うん。時間としてはまだ早いけど、おやすみ佐倉さん』
「……うん。おやすみなさい長洲くん」
電話を切ってベッドに倒れ込む。そして枕を抱えてバタ足を開始。恥ずかしさと嬉しさと後悔が混ざってるから。
長洲くんと予定を立てることはできたけど、目的の半分しか達成できてない……!
「ぅぅぅーー! つ、次こそ、次こそは誘ってみるもん!」
後日、結果報告を聞いた綾小路くんの反応は渋かった。
椎名「電話も悪くないですね」