実力主義の学校に入った世話好き   作:粗茶Returnees

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佐倉愛里Ⅳ

 

 人生でドキドキするタイミングはいろいろある。芸能界に入れるかどうかの通知、その後の仕事が成功していくかの不安。高校受験。どれも怖くて、だからそれが叶った時の喜びは大きかった。

 大袈裟に聞こえるかもしれないけど、これまでのドキドキは人生の分岐点だった。

 今私が感じてるドキドキは、それに負けないくらい大きい。心臓が破裂するんじゃないかってくらいドキドキしてる。それなのに、とても甘い。

 

 佐倉愛里は今、恋の真っ最中です。

 

 

「佐倉さん」

 

「ひゃっ! な、長洲くん。こ、こんにちは……」

 

「こんにちは。ごめんね、待たせちゃった」

 

「う、ううん。私のわがままだし、待ってるのもちょっと楽しかったから」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 長洲くんとは校舎の外で待ち合わせ。私は目立つことが好きじゃなくて、だけど長洲くんは人気者だからどうしても人目に触れる。一緒に帰ると目立っちゃうから、私が先に校舎を出た。長洲くんには時間を置いてもらってから来てもらってる。

 だから長洲くんが謝ることじゃない。本当は私がその言葉を言うべきだったのに。先に言うなんてずるいよ。

 

「佐倉さん、この後の予定って決めてる?」

 

「えっと……その……」

 

「うん」

 

 いきなりデートしてくださいって言うのは変だよね。その勇気があるならそもそも電話で伝えられてるけど。

 他の話で一度流れを作って、それから自然な感じで伝えよう。なんか、いい感じに。

 

「き、喫茶店……! また、行きたいな」

 

「気に入ったんだ? それは嬉しいな。じゃあ行こっか」

 

 いい感じの流れって何!?

 わかんないよ。どうやったらデートに誘えるの? アドバイスが欲しいよ綾小路くん。

 

「佐倉さんはあれ以来、何か困ってることない? 今度は違うストーカーが出たとか」

 

 困ってることは長洲くんのことだよ。悪い意味じゃなくて良い意味で。

 

「う、ううん。あれからはそういう人いないよ。長洲くんのおかげで、安心して学校に通えてる」

 

「それならよかった。困ったことがあったらいつでも相談してね」

 

「ありがとう」

 

「クラスにも少し馴染めたんだってね? 綾小路くんから聞いたよ」

 

「あ、うん。勉強会に、参加してみたの」

 

 中間テストに向けての勉強会。1科目でも赤点があると退学だから、そうならないように勉強を頑張らないといけなかった。一番モチベーションが上がった理由は、退学しちゃうと長洲くんと会えなくなるってこと。そんな終わりなんてイヤだもん。

 長洲くんに頼ったら勉強を見てもらえたと思う。前に誘ってくれてたし。でもその選択はできなかった。恥ずかしかったのと。頑張りたかったから。

 

「すごいね佐倉さん。前までクラスと距離を置いてたのに、自分から歩み寄ったんでしょ? 頑張ったね」

 

「……! うん!」

 

 私のことながら単純だよね。好きな人に、頑張りを認められてすっごく嬉しいんだもん。

 

「今日は頑張った佐倉さんのお祝いだね」

 

「お、お祝いだなんていいよ……。長洲くんも一緒のテストしたんだし」

 

「テストはそうだけど。佐倉さんは苦手意識があることに、勇気をだして飛び込んだ。そこはお祝いさせて」

 

「……そ、それなら……」

 

 長洲くんは意外と頑固な一面もあるのかな。引き下がってくれなさそう。

 お祝いはしてもらえるなら嬉しい。でも奢ってもらうよりは、私にはもっとご褒美になることがある。それを言いたいんだけど、なかなか言葉にできない。チラッと視線を下げて見ては逸らして、それを何回か繰り返してると長洲くんが手のひらを上にした。

 

「長洲くん……?」

 

「佐倉さんの勇気を少し分けてもらえないかと思って」

 

「そ、そういうことなら……。分けてあげるね」

 

「ありがとう佐倉さん」

 

 ううん。違うよ。お礼を言うのは私の方。

 今のだって、長洲くんが気をつかってくれたんだよね。私が切り出せなかったから。勇気があるだなんてそんなの……。違う。長洲くんがそう言ってくれてるんだから、私も勇気を出さなきゃ。

 

「佐倉さん?」

 

「頑張った祝いは、奢りじゃなくてこっちがいい、かな」

 

「……わかった」

 

 距離を縮めて、長洲くんの左腕と私の右腕を絡める。左手も長洲くんの腕に触れてる。遠慮気味の抱きつき、みたいな。指も絡ませあって、あの時みたいに恋人繋ぎ。

 自分でやっててなんだけど、顔から火が出るほど熱くなってる。長洲くんの顔を見るどころか、前を見ることすらできない。周りに全然人がいないおかげで、誰かに見られることもないんだけどね。

 

 それからあまり会話はできてなかったと思う。喫茶店に着くまでは、言葉のキャッチボールがほとんど一方通行だったかもしれない。そうだったら、長洲くんに本当に申し訳ない。

 喫茶店に入る前には手を離した。お店の人に見られたら恥ずかしさで死んじゃう。入る前には数回深呼吸して、落ち着いてから扉を開けた。

 

「何注文する?」

 

「ふあ」

 

「……大丈夫?」

 

「今大丈夫じゃないかも……」

 

 変な返事しちゃったもん……!

 おかしいなぁ。深呼吸して落ち着いたはずなのにな。さっきまで見れなかった長洲くんの顔を見つめちゃってたせいかな。

 

「……め、メロンソーダフロート」

 

「前に頼んだのと同じだね」

 

「覚えてくれてたんだ?」

 

「もちろん」

 

 えへへ。嬉しい。

 長洲くんも同じものを注文して、少し待ったら2人分のメロンソーダフロートが運ばれてきた。

 

「……マスター。グラスが1個なんだけど?」

 

「2人分あるだろ」

 

「そうだけどさ……」

 

「こんなグラスあるんだ」

 

 前に頼んだ時に使われてたグラスの2倍の大きさ。このお店ってユニークな容器もあるんだね。

 アイスクリームはちゃんと2つ乗せられてる。たしかに2人分のメロンソーダフロート。ストローも2つ。オーナーさんに揶揄われてないかな。そう思ったけど、「洗い物が減る方が楽だから」なんだとか。その理由が本当なら、本当なら納得できなくもない。

 

「まぁ、テストお疲れ様ってことで」

 

「うん」

 

 2人同時にジュースを飲むと、自然と顔が近くなる。同じ場所で、同じものを飲んでる。そう思うと無性に嬉しくなってきた。

 じっと見つめてると、視線を上げた長洲くんと目があった。ほとんど同時にくすりと笑う。

 

「ジュースを飲むだけなのに緊張しちゃった」

 

「あはは。おれも、佐倉さんみたいな可愛い人が相手だから照れくさいよ」

 

「かわっ……!? ぁぅ」

 

「佐倉さん?」

 

 一緒にジュースを飲むだけでもぎりぎりだったのに、とどめの一撃を刺されて限界がきちゃった。私は体を横に倒して、座ってたソファ席に寝転ぶ。にやけちゃう口元も赤くなってる顔も、嬉しさに泣きそうな目も両手で隠した。

 人を好きになるって大変だ。好きな人の一言一句が気になるし、一挙一投足に目を奪われる。その人の姿を自然と目で追ってる。

 

 この調子だと、デートなんてした日にはそれが私の命日になるんじゃないかな。

 で、でも誘うんだ。今日、絶対に誘うんだ。

 言うんだ。

 

 ──デートしてくださいって

 

「デート? いいよ」

 

 そしたら長洲くんはきっとこうやって答えてくれて…………え?

 

「も、もしかして……声に出てた?」

 

「小声だったけど。聞き取れちゃったから返事した。いつにしよっか」

 

「あぅ……えっと…………。わ、私の心の準備ができたら」

 

 私の初めてのデートのお誘いは、私が横になったままという黒歴史待った無しの光景で成功した。

 

 




椎名(今日は結構内容をはぐらかされますね。何があったのでしょう)
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