この学校は基本的にクラスの変更が望めない。プライベートポイントを2000万貯めたら好きなクラスに行けるみたいだけど、それは現実的じゃない。そして卒業後の進路が確実なのは、卒業時のAクラスのみ。100%で希望する場所に行きたいなら、Aクラスに昇格するしかない。
そういう仕組みになっているから、他のクラスは競争相手になる。クラス間の団結は固くなって、他のクラスを敵対視する人だってこれから増える。
私としてはクラス関係なく、可能な限りみんなと仲良くなりたい。
それができているのは、Aクラスにいる長洲ハヤトくん。
「飲み物はどうする? 水と麦茶と牛乳、オレンジアップル野菜ジュース、コーヒー、紅茶、ココアがあるけど」
「え、ごめん。途中から聞き逃しちゃってた」
そんなにあるなんて思わないよ。
「聞き方が悪かったね。ココアでいい?」
「あ、うん」
「ホットかアイスなら?」
「アイスにしようかな。今日は暑かったし」
「了解」
5月なのに今日は夏日になってた。制服の移行期間じゃなかったからブレザーが暑いのなんの。
長洲くんの部屋は涼しい。汗をひいてたら少し肌寒いかもってぐらい。
部屋にお邪魔させてもらってる身なのに、長洲くんは何から何まで用意してくれてる。飲み物もそうだけど、デザートまで用意してくれた。ふんわりとしてるホットケーキ。夕御飯が控えてるからサイズは小さめ。
「いいの?」
「お客さんをもてなしたいだけだから。迷惑じゃなかったら食べちゃって」
「迷惑だなんてそんな。……それなら、いただきます」
用意されたシロップをかけて、小さめのホットケーキをさらに切り分けて一口サイズに。ほんのりと良い匂いがしてて、生地も柔らかい。口の中に入れたら香ばしさがいっぱいに広がっていった。
「美味しい……!」
「それは何より」
「長洲くんこういうの得意なの?」
「料理はいろいろとね。最近は中東料理に挑戦中」
「中東料理? シャワルマとかだっけ?」
「そう。正直あの味が日本人の舌に合うかは怪しいけど、まずは本物の味を再現。それから日本人好みにアレンジしたいかな」
「すごい……。将来はシェフに?」
「いや全然」
「え」
「趣味の範囲だよ」
「え」
趣味の範囲なんだ。こんなに美味しく作れて、料理の勉強も熱心っぽいのに。
趣味を仕事にしたくないってやつなのかな。そう考えたら納得できる。
「それで。今日はどうしたの?」
「あ。実は相談したいことがあって」
「ほう。同じクラスの人間じゃないおれに?」
「うん。長洲くんはクラス関係なく人と仲がいいから。変に噂を流したりもしないと思って」
「信用されてるのは嬉しいね」
Cクラスのあの龍園くんとも仲がいいとかなんとか。2人はタイプが全然違うのに。むしろ真逆とも言えるタイプなのに仲良し。それは龍園くんが長洲くんを信用してる証。長洲くんの人の良さを裏打ちしてる。
「その相談内容というのは?」
「う、うん。そのことなんだけど……」
テーブルを挟んで向かい合って座ってる長洲くんの後ろをちらりと見た。ベッドに腰掛けて本を読んでいる女の子がいる。私はまだ面識がないから彼女の名前も知らない。なんで長洲くんの部屋にいるのかも。
「あーそっか。2人もはじめましてなんだった。……この子は椎名ひより。Cクラス。一之瀬さんは有名だから椎名の方は知ってるかな」
黙々と本を読んでいる椎名さんの代わりに、長洲くんが紹介してくれた。Cクラスということは、龍園くんのクラスだよね。他のクラスを特に敵対視してるはずだけど、椎名さんがこうして長洲くんと一緒にいるのはいいんだ。それもやっぱり長洲くんだからかな。
それはそうと。その人のことを紹介してねって意味で見たわけじゃないんだけどな。
「椎名は誰かに言い触らしたりするような人じゃないから安心して」
「そうなんだ……」
それでもやっぱり気まずいんだけどなー。
長洲くんはこう言ってるし。椎名さんも黙ってページを捲ってる。読むペースが早いしすごい集中。いい場面なのかな。本の世界に入ってるよね。
「ちなみに2人はお付き合いを……?」
「してないよ」
付き合ってるわけじゃないんだ。それならよかった。よかった? うん、よかったんだ。だってもしお付き合いしてたら、私の頼みごとがとてもまずいことになる。気まずいことに変わりはないけどね。
考えてみたら、入学から1ヶ月でもう交際を始めてる方が驚きだよね。いくらなんでもそんなに早く交際する人はいないよね。
「相談っていうのは、長洲くんに彼氏役をしてほしくて」
「いいよ」
「…………え? ほん、え? い、いいの?」
「うん」
せめて詳細を聞いてから決めたほうがいいよ!? 頼んだ私が言うのもなんだけど、安請け合いじゃないかな!?
「一之瀬さんの頼みごとならいいよ」
「人が良過ぎないかな!?」
「一之瀬さんに言われたくないような。ま、そういう一之瀬さんが人に頼みごとをするんだから、よっぽど困ってるってことでしょ? よければ力になるよ」
「わ、私と長洲くんも今日がはじめましてで合ってるよね?」
「合ってるよ」
「それなのになんで」
「Bクラスにも何人か仲良くしてくれてる人がいて、一之瀬さんのことは聞いてたよ。お人好しの塊だって」
そんな風に思われてたんだ……。みんなが慕ってくれるほどの良い子じゃないんだけどな。
「彼氏役ってことは、誰かに告白されるってことで合ってる?」
「う、うん。同じクラスの子」
「それはまた……。拗れたら面倒だね」
「実はお手紙も貰ってて」
同じクラスの白波千尋ちゃん。私と仲良くしてくれてる女の子。私も好きなお友達なんだけど……お友達だから、お付き合いとかはちょっと。
「こういう経験なくて、断り方もわからなくて。どうしたらいいかわからないから、彼氏がいるってことにできないかなって」
(クラス対抗で考えたら悪手だね。でも、おれが断る理由にはならない)
「他に方法があったら教えてもらえないかな。長洲くんいろんな経験ありそうだし」
「ころころ彼女を変える人って思われてる?」
「そういう意味じゃないよ……!? 恋愛相談とかされてそうだなって思って」
「何回かはあるよ。こういうの、断るならその理由をはっきり言った方がいいと思う。相手にもよるから絶対じゃないけどね」
例えば、断られると思ってなかった人が、告白を断られて激昂したとか。ストーカーになったとか。相手を落とすような陰湿な噂話を流すとか。そういう事例もあるって長洲くんは教えてくれた。
今回、そういうことにはならないと思うけど……。
「断り方は一之瀬さんに任せるよ。不安なら近くで隠れて見守るし、危ないことになったら守るから」
「ありがとう長洲くん。近くにいてもらってもいいかな?」
「いいよ。それで告白っていつ?」
「今日」
「……ほんとだー。今日の日付だー」
「時間はたしか……」
長洲くんが手紙を見て、部屋の時計を見て、それから私と目があった。
「時間がないから急ごうか」
私たちは慌てて部屋を飛び出した。
ところで、気のせいかもしれないけど、椎名さん途中からページを捲ってなかったような?
椎名「彼氏のフリですか。………………そうですか」