実力主義の学校に入った世話好き   作:粗茶Returnees

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椎名ひよりⅤ

 

 ハヤトくんのことを、私はよく見ている方だと思います。ハヤトくんと付き合いの長い龍園くんには敵いませんが。

 それではハヤトくんのことを識っているのかと問われたら、残念なことに首を縦には振れません。私はハヤトくんのことを知らなさ過ぎます。他の生徒よりも、放課後のハヤトくんと過ごしているだけです。

 

「今日は読まないの?」

 

「……そうですね。集中できません」

 

「珍しい。体調は?」

 

「体調は問題ないですよ」

 

 椅子に座っているハヤトくんの手を引き、床に座ってもらいました。ベッドを背もたれ代わりにして、私はその隣に足を崩して座ります。ぴたりと引っ付いて、頭を彼の肩に預けました。

 ハヤトくんは一度私の方を見ましたが、視線を手元の本に戻して読書を再開します。部屋の中には、時折ページが捲られる音だけ。

 この音、時間、空間。どれも私は好きですが、今ばかりは少し靄がかかります。

 

「……何も言わないんですね」

 

「聞いてほしそうな顔はしてなかったから」

 

「そうですね。……聞いてほしい相談はありません。聞いてほしい話も」

 

「うん」

 

「……聞きたいことはありますが」

 

「……あまり話したくない内容を聞かれそうだね」

 

 ヒントはなかったと思いますが、ハヤトくんは私が何を聞きたいのか察したようですね。これが以心伝心というものでしょうか。

 今回は複雑な気持ちですね。通じ合っている感じが好ましいのと、教えてもらえないのだろうという軽い落胆。無理に聞き出したくないのに、教えてほしいという気持ちもあります。矛盾ですよね。

 

「そうですか」

 

「聞かないんだ?」

 

「聞きたいですよ? ですが、ハヤトくんを困らせたくもありません」

 

「椎名はやさしいね」

 

「ええ。知りませんでした?」

 

「いや、知ってた」

 

 入学してからだいたい2ヶ月ほどでしょうか。ハヤトくんと出会ってからで言えば、そこからもう少し短くなります。その短な期間なのに、随分と長く一緒にいる気持ちにもなります。

 不思議ですね。一緒に過ごす時間は、一日が短く感じるほど早いのに。これまでを振り返れば実際の期間よりとても長く感じる。それだけ彼といることが、私にとって心地よいということ。ようやく見つけられた運命の本みたいです。

 

「おれの過去話はする気ないよ。今も、この先もね」

 

「わかりました。ではこちらを聞いてもいいですか?」

 

「どれ?」

 

「ハヤトくんの人の呼び方の違いです。龍園くんは旧知の仲ですから、名前で呼び合うのも理解できます」

 

「椎名のことだけ呼び捨ての理由か」

 

「はい」

 

 私はなぜこのようなことを聞いているのでしょう。私だけ違う、その事実だけでよかったはずなのに。

 もしかしたら防衛本能なのかもしれませんね。これから先、ハヤトくんともっと仲良くなる生徒は増えるでしょう。私はすぐに打ち解けられただけで、同じような距離感の人が出てくるかもしれません。そうしたら、呼び捨てで呼ばれる人も増えるでしょう。

 私だけという特別がなくなります。それがある日突如訪れるより、事前に理由を聞いていたほうが身構えられます。ショックを受けたくない。そういうことなのかもしれません。

 

「それはおれが椎名のことを好きだからだよ」

 

「…………え? 今なんと……」

 

「人として椎名のことが好きだから呼び捨てにしてる。明確な基準ってわけでもないけど、翔みたいな例外はいるし。そういう意味で言うと、特別と言えば特別かな」

 

「そ、そうですか」

 

 あぁ、なるほど。ハヤトくんがどういう人なのか、注目してみたら納得のいく話です。ハヤトくんはいろんな方とお知り合いですが、その関係は基本的に浅いもの。広く浅く、というやつです。

 ハヤトくんの口ぶりからして、私はどうやら例外になれていると思われます。ちょっとやそっとでは、ハヤトくんの例外になれないのではないでしょうか。できれば、そうであってほしいですね。

 

「椎名にはいつも助けられてるよ」

 

「いつもお世話になっているのは私だと思いますけど」

 

「お互いさまってこと。落ち着けるんだよ」

 

「……私たちは、波長が合うのかもしれませんね。私もハヤトくんといると落ち着けますから」

 

 かも、なんて言いましたが絶対にそうです。でなければこんな短期間でここまで仲は深まりません。

 視線を落としてハヤトくんが読んでいる本を目で追います。途中からですから、話の内容は頭に入ってきません。台詞などから多少のことは推察できますが。

 ハヤトくんがページを捲り、端から順に目で追います。本を読む速度は私のほうが若干速いです。そのページを読み終わっては余韻に浸ります。またページが捲られたらその繰り返しです。

 

「この本も貸そうか?」

 

「やっぱり気づいてました?」

 

「椎名は本が好きだからね」

 

「ふふっ。この本はいずれお借りします」

 

 今はまだハヤトくんが読んでいる途中ですからね。

 同じ部屋で読書をすることがあっても、同じ本を読むのは初めてです。なかなか悪くないですね。小説ですと多少の時間は要しますが、私は苦になりません。その点を言わないハヤトくんも同じでしょう。

 

 それからまた無言での読書が始まります。言葉はいらず、同じものを見て同じものの世界に入り込む。聞こえる音は1つだけ。感じる温度も1つだけ。

 

「一旦休憩にしようか」

 

 1つの章を読み終わったところで、ハヤトくんが栞を挟んで本を閉じます。続きが気になるのですが、それは先の楽しみとして置いておきましょう。

 

「椎名もずっとその態勢はしんどいでしょ」

 

「そんなことはないですよ」

 

「椎名の体に負担はかかってるよ」

 

 そう言って彼は立ち上がって台所に行き、私もそれに続きました。これまでは、彼の性格もあって用意してもらうことが多かったのですが、ここしばらくは一緒に用意しています。

 食器の位置もすべて把握していますから、お皿を2人分出します。今日はティラミスのようなので、フォークも用意しました。ハヤトくんがそれを運び、私は飲み物とコップを2つ運びます。マイエプロンに続き、マイコップも用意しています。

 

「今日の夕飯も考えないといけませんね」

 

「食べていく?」

 

「もちろんです」

 

「それならグラタンでも作ろうかな」

 

「いいですね。もちろんお手伝いしますからね」

 

 有無は言わせません。強気にいけばハヤトくんも断りません。建前としては、私の料理の上達です。本音は一緒に作りたいから。その一点だけです。 

 

「ハヤトくんは、龍園くん以外に下の名前で呼ぶ人いますか?」

 

「元カノ」

 

「……なるほど。あ、ということはご兄弟はいないんですね」

 

「まーね。それがどうかした?」

 

「いえ。ふと気になっただけです」

 

 ハヤトくんから下の名前で呼んでもらいたい。

 ふつふつと湧き上がっているこの願いは、どうやら先が長そうです。

 

 





一応のステータス
長洲ハヤト
学力    B+
身体能力  A+
起点思考力 A-
社会貢献性 A

平田くんの上位互換みたいなスペックですね。数値とかは考えるのが面倒だったので書いてません。ステータス載せたからどうというわけでもないです。
次回は船旅ってくらいですかね。

 
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