この学校が普通じゃないことは今さら言うことでもない。夏休みに入っても帰省ができないんだから、徹底してると思う。部活動の大会だけは例外みたいだけど、それ以外で生徒が外に出るのは基本的に無理。卒業か退学しかない。
夏休みに入っても授業がないというだけで、生活範囲は変わらない。何も変わらない日常を過ごすだけ。
そう思っていたんだけど、1年生は今クルーズ船に乗っています。
「これ世界一周旅行とかで使われるような船だよね?」
「そうだね。この学校ならこれくらいはやるよ」
「それもそっか」
「それで、一之瀬さんは今何してるの?」
「長洲くんは何してるかなーって思って。部屋に来ちゃった」
自由時間だし、他のクラスの人の部屋に行っちゃ駄目とは言われてない。言われてても長洲くんを探してたとは思う。こんなすごい船に乗れる機会なんて、この先の人生であるか分からないんだもん。せっかくだから一緒にいたいよね。
「椎名さんは来てないの?」
「四六時中一緒にいるわけじゃないよ。連絡もないし、椎名は椎名でゆっくりしてるんじゃないかな」
「ふーん? 長洲くんの予定は?」
「散策。気になることもあるからね」
そう言って貴重品をポケットにしまった長洲くんが部屋を出た。私もその後を追って、長洲くんの隣を歩く。
「気になることって?」
「監視カメラの位置。豪華客船だし、元からカメラはついてるはず」
「死角になる場所を確認するってことだよね」
「そういうこと。この学校、わりといい性格してる生徒もいるからね。死角が多いとその分嫌がらせが起きやすいかも」
「そういうことなら、私たちも協力するね!」
「別に大丈夫…………たち?」
「うん!」
長洲くんのそういう言い分なら、協力する口実としては十分にある。身内びいきになるかもしれないけど、Bクラスは優しい人が多いクラス。私を含めてあまり人を疑わない。だけどCクラスは攻撃的な人が比較的多いし、Dクラスも喧嘩っ早い人がいる。
警戒できることは警戒しとかないと。そう思って連絡を取ったら、みんなが協力してくれる流れになった。単独行動はしないようにして、最低でも2人組。あとは場所を分担。
「これなら早く済ませられるよね」
「わざわざそこまでしなくても……。自由時間を楽しんでる人も多かったんじゃないの?」
「いたにはいたけど、安全性を確保できたほうが気兼ねなく遊べるでしょ? それに、長洲くんの手伝いだって言ったら食いつきよかったよ」
「そうなんだ。今度お礼でも考えないとね」
「いつものお礼が今回なんだから、お返しはしなくていいよ」
長洲くんって人に何かされることに耐性ないよね。お礼にお礼をしてたらずっと続いちゃうよ。その気持ちは大切だと思うけどね。
「私たちの担当も決まったことだし、一緒に頑張ろう?」
「まったく。一之瀬さんには敵わないよ」
「長洲くんの力になりたいからだよ」
せっかくのチャンスなんだから。
クラスの人数は40人。私を除けば39人で、3人組が1つ、残りは2人組になってもらった。この船が大きいこと。長洲くんが時間を気にしていることから、極力手分けしたほうがいいと判断したから。さらにこの初日の段階なら、Cクラスから何か妨害を受ける可能性も低い。
客室にはカメラがない。プライバシーに関わることだから当然。だから客室は省けるし、その廊下を確認すればいい。探すのは監視カメラだけど、その目的は死角を把握すること。みんなには細かく見てもらった。
「全部の情報を纏めて、あとは各階、各ブロックごとに図面を作るから、それが完成したら長洲くんにも写真を送るね」
「9割がBクラスの成果なんだけど……」
「長洲くんがいなかったらこの確認はしてないもん。0を10するきっかけをくれた人には、相応の報酬だと思うな。受取ってくれる?」
「……わかった。ありがたく受け取っておくよ。クラスの人たちにもお礼を伝えてほしい」
「もちろん! 長洲くんとはこれからも協力したいな」
本当なら競わないといけない相手なのはわかってる。私はクラスのみんなにAクラスで卒業してほしい。リーダーになったからには、そのために頑張らないといけない。だから、今Aクラスにいる長洲くんは本来なら敵。
それでも、競争相手だからって仲良くしちゃ駄目なんて決まってない。協力できることは協力して、時には競い合って。そんな関係も有りだと思う。
「……長洲くんもしかして、落ち着かない?」
「なんで?」
「カメラの位置の確認も終わったのに、周りを気にしてるから。まだ何か気がかりがあるの?」
「そんなところかな。ここだと料理もできないし、もてなしされる側なのがちょっとね」
「にゃはは。いつもする側だもんね。でも、たまには息抜きも必要じゃないかな」
「料理とかは息抜きも兼ねてるんだけどな」
「あのお弁当の量は息抜きじゃないでしょ。それで、他に何が気になってるのかな?」
「……そんなにわかりやすい?」
「ううん。女の勘ってやつだよ」
それなら仕方ないかと長洲くんは苦笑いして、何を気にしてるのかを教えてもらった。長洲くんの考えでは、この船旅もただのバカンスではないとのこと。学校の方針として競い合いを強いていて、同学年全員が同じ船に乗ってる。何かあると睨んでるんだね。
「そうだとしても、それならアナウンスがあるんじゃないかな」
「そうだろうね」
「じゃあ待つしかないんだし、事前に確認したいことも終わったでしょ? ちょっと上に行ってみようよ」
「上って展望デッキ?」
「そう。もう行った子からおすすめしてもらったから、一緒にどうかな」
「……たしかにやる事はなくなったし、いいよ」
「やった! それじゃあ早く行こ!」
長洲くんの手を取って駆け足気味。船内を走るのはよくないから、ぎりぎり競歩で移動中。
この船のデッキスペースは、上層前方、プール、上層後方と大きく分けて3つ。下層後方はステージだからちょっと別だね。聞いた話だと後方はテラスになってるみたいで、飲み物を注文して席に着いて優雅に、なんてこともできるとか。
そっちは今人が多そうだし、私が目指すのは前方側。そっちは椅子とかなくて、景色を楽しむだけ。前方だから風が気持ちよさそうだよね。
「思った通り良い風! 海も綺麗だし最高だね!」
「それはいいけど……まぁいいか」
「うん?」
「気にしないで。……気分転換にはいいね」
「? だよね」
首を傾げて長洲くんを見上げたけど、首を横に振られて答えてくれない。何かあったかなと顎に手を当てようとした時、長洲くんの手を握ったままなことに気づいた。
……長洲くんが気にしないでって言ったんだもん。このままにしててもいいよね。
ちょっと日差しが強いからかな。他には人がいない。ちょうどよかった。
「長洲くん、こっちを向いてもらっていいかな?」
「?」
理由を言わなくても合わせてくれる。私は空いてる手を長洲くんの頭へと伸ばした。
「一之瀬さん?」
「長洲くんって、長洲くん自身が思ってるより頑張ってるんだよ?」
「……これはちょっと恥ずかしいかな」
「ふふっ、だよね。私にできること何かなって思ってやってみたの。妹が頑張った時にもよくしてたんだ」
「さしずめこれは弟扱いってことかな?」
「そういうつもりじゃなくて」
「あはは、わかってるよ。ありがとう一之瀬さん」
「どういたしまして」
ふわっと微笑んでくれた長洲くんをぼーっと見てると、今度は私の番としてお返しされた。
たしかにこれは……恥ずかしさがあるね。
「一之瀬さんだって頑張ってるよ」
「長洲くん……」
「無理はしないでね。何かあったらすぐに相談して」
「そんなこと言われたら……甘えたくなっちゃうよ」
「一之瀬さんはたぶん、それくらいの方がいいよ。独りで抱え込まないでね」
「っ! ……」
顔を見られないように下げて、頭を長洲くんの胸に預けた。何を言うわけでもなく受け止めてくれて、私はそっと目を閉じた。
やっぱり、長洲くんはズルいなぁ。
長洲くんになら、あの事を話してもいいかなって思わされるんだもん。いつか、話せるようになりたいな。全部、受け止めてほしいな。
「もうちょっと、このままでいいかな」
優しく撫でてもらえる心地よさを、私は特別試験のアナウンスが入るまで甘受させてもらった。
椎名「……メッセージを見てくれないということは、誰かといますね」