無人島生活なんて夢にも思わなかった。嬉しいとかじゃなくて、本音で言うとやりたくない。寝る場所はベッドでも布団でもないし、ご飯はポイントを消費しないと食べられない。島にあるもので賄うには知識が足りない。飲み物もそう。川の水が使えることは唯一の救い。
慣れてる人ならともかく、慣れてない人たちだと不自由にストレスが溜まる。元々Dクラスは団結力もない。意見の衝突も起きる。このまま乗り切れるのかすごく不安。
「それで相談しに来たんだ?」
「う、うん。ごめんね……クラス対抗なのに」
「気にしないで。おれはそういうの拘らないから。それに、佐倉さんがこうやって行動できるようになってることが嬉しいかな」
「それは……長洲くんだから」
長洲くんが相手だから頑張ってこうやって行動できる。何度も話してる人で、助けてくれた人で、私の好きな人だから。
ううん。正直になったらそれも建前。クラスのことを相談するって理由を作って、自分に言い聞かせて長洲くんに会いに来てる。私はただ、好きな人に会いたいだけ。
「Dクラスの今の状態はわかったけど、おれが手を貸すことではないね」
「っ! そ、そうだよね」
「あ、ごめん。言い方が悪かったね。この件は、Dクラスの人たちで解決できるよ」
「えっ!?」
「簡単なことじゃないけど、クラスが崩壊する程でもない。わかってる人間がうまく着地させるよ」
「……どういうこと? 私にできることって何かあるかな?」
「成るように成るってこと。佐倉さんは……何か心境の変化でもあった?」
長洲くんは少し意外そうな反応だった。そうだよね。人とあまり関わらないようにしてた私が、クラスのために何ができるかを聞いてるんだもん。
「実はね、仲良くなった子がいるんだ」
長谷部波瑠加さん。私や堀北さんみたいに、他の人とあまり関わりたがらない性格の人。臆病な私とは違って、結構ビシッと言える性格。
話しかけたのは私から。人付き合いは無理にするものじゃないって今も思ってるけど、友達作りはどうしてもちょっと無理が必要。勇気を出さないといけない。私に足りてなかったその勇気は、長洲くんのおかげで持てるようになってきた。あくまで当社比です。
「まだお互い名字で呼んでるんだけど、友達になれそうで」
「うん」
「綾小路くんとも、少しは話せるようになって。その……ちょっと楽しくなってきてて」
「友達になれる人がいると、クラスに対する印象も変わってくるからね。良い変化だと思うよ。しかも自分から動いてる。いきなりそれができるんだから、やっぱり佐倉さんは凄い人だよ」
「そんなじゃないよ……」
長洲くんに褒められて嬉しい。我ながら単純だよね。
「佐倉さんはもう少し自分のことを認めていいんじゃないかな? 電波もないこの無人島で、ヒントもなくおれを見つけるまで頑張ったんだし。ほんと、よく見つけられたよね」
「えへへ……。結構大変だったけど、会える気がしてたから」
「女性の勘ってすごいな……」
希望的観測だったけどね。会いたいって気持ちが強くて行動できて、継続できて、会える気がするって根拠のない自信に従って歩き続けた。長洲くんがAクラスの場所から離れてるから、見つけるのは余計に時間がかかっちゃった。
時間も結構経ってて、日は傾いてる。夕方になるまでそんなに時間がないかも。
「佐倉さんお昼ご飯食べた?」
「へ? ぁっ……!」
言われて思い出した。そしたらお腹が鳴っちゃって、長洲くんにも聞かれちゃった。本当に恥ずかしい。
「早めにクラスに戻らないとね。森の中で佐倉さんに料理を振る舞えなくてごめん」
「謝られることじゃないよ……! 私が気をつけておかないといけなかったことだから」
「生で食べられるものがあったらよかったんだけどね」
「そういう植生の知識もあるんだね」
「キャンプする時に役立つかなって思って勉強したんだよ」
「キャンプ経験まであるんだ……!?」
「ううん、ないよ。結局キャンプに行くことはなかったから」
そう言う長洲くんの表情は寂しそうで、何か声をかけなきゃと思った時にはいつもの長洲くんに戻ってた。実は今見たものが見間違えなんじゃないかって思いそうになる。
でも、今のは見間違いじゃなかった。たぶん。長洲くんも何かあるんだ。そう思うと、なんだか緊張が少し解けた。
かっこよくて、憧れで、本気で好きな男の子。どこか遠くにも感じてた長洲くんのことが、今までより身近に感じられる。同じなんだってそう思えて、もっともっと好きになっちゃった。
「い、いつか一緒にキャンプ……するのはどうかな?」
「……! ……ははっ、うん。そうだね。学校の方針のせいで好きに外には出られないから、卒業したら行こっか」
「うん! クラスは違うけど、一緒に卒業できるように頑張るね!」
「退学は洒落にならないからね」
私は成績もあんまりよくないもんね。でも、頑張る理由がまたできた。長洲くんと私との、2人だけの約束。大切な約束。
「ところで佐倉さん、Dクラスの拠点がどこか把握してる?」
「……え? うん。あっち…………あれ?」
「迷子かな」
「ぅぅ……」
「島のどの辺りとかはわかる? 船から降りた後にどっちに進んだとか」
「う、うん。それなら」
私の拙い説明でも長洲くんは理解してくれて、そこから島のどの辺りかを絞り込んでくれた。今いる場所からどっちに進めばいいのかも割り出してくれて、そこまで私を送ってくれる。
移動中は長洲くんが先を進んで、滑りやすいとことか、危ないところがあるとその都度教えてくれた。時には手を握って支えてくれて。
もっと、ううん、せめてもう少しこの時間が続いてほしい。なんて身勝手なことを思っちゃう。長洲くんだって点呼の時間までにクラスに戻らなきゃいけないのに。
「この先ぐらいかな」
「う、うん」
近くまで戻ってこられた時には、空の色も朱く変わり始めてる。
ここまで戻ってきたら私1人でも大丈夫。本当はもっと前からわかってたけど、それを言えなかった。言いたくなかった。その我儘もここで終わり。
今のDクラスは雰囲気があまり良くない。いくら長洲くんでも、クラスが違うって理由で詰められるかもしれない。それは嫌だから、ここでお別れになる。この無人島生活も終わったら、船に戻れるし声をかけに行ってみよう。
「佐倉さん、これを持って行って」
「え、でも……」
長洲くんが見せてきたのは、長洲くんが集めていたこの島にある食材。
「食材を集めてたって理由なら、長時間の単独行動の言い訳にできる。佐倉さんの友達がフォローもしてくれるだろうし」
「長洲くんが集めたやつだよ。私は、長洲くんの時間を奪っただけで……」
「そんなことないよ。佐倉さんと話せて楽しかったから。それに戻る途中でまた集められるし、全部を渡すわけでもないから」
たしかに長洲くんのハンドメイドっぽい籠の中には、まだ食材が残ってる。それも私が知らないようなものが多い。そう、長洲くんは、いろんな人が見たことのある食材を私に譲ってくれてる。
受け取れないって言っても、長洲くんも譲らないんだろうな。
「ありがとう。……いつも、私を助けてくれて本当にありがとう」
受け取った食材を一旦地面にそっと置いた。
不思議そうにしてる長洲くんの胸に飛び込むと、半歩よろけただけでしっかりと受け止めてくれる。視線を上げると目が合って、胸がキュッて締め付けられるのを感じた。苦しいけど、苦しくない。それを抱えたまま私は背伸びして唇を重ねた。
初めてのは事故だった。カウントはしたいけど、どこか違う気もする。だから今度は本当なんだってわかるように押し付ける。倒れ込むように体重を預けて、呼吸を忘れて。
「…………佐倉さん……?」
忘れていた呼吸は、息が苦しくなったことで思い出した。口を離して、ドキドキな心臓で見つめる。
もっと、近い呼び方がいい。
「ま、また船でねハミャトくん!」
呼ばれたい気持ちを伝えられるほどまだ勇気はないんだけどね。せめて私はって思って呼んでみた下の名前は噛んじゃったし。
羞恥心が限界な私は、貰った食材を抱えてその場から逃げた。
顔が真っ赤なことをクラスの子に指摘されたけど、全力疾走したからということでなんとか誤魔化せた。
椎名「…………あらあら」