「本日はどういったご用件で?」
「そんな畏まらないでください。少しお話がしたいだけですよ」
彼が入れたオレンジジュースがテーブルの上に置かれました。コーヒーや紅茶も部屋に取り揃えていると聞いたのですが、私のことを子供扱いしていないでしょうか。おかしいですね。何か彼に反感を買うようなことはしていないはずですが。
続いて置かれたデザートは、オレンジのムース。なるほど。オレンジ尽くしということですか。
「坂柳さんがおれに? お弁当なら300ポイントで作るよ」
「魅力的な話ですね。今度お願いします」
「なら週明けの月曜日に。食べられないものとか、嫌いなものがあったらチャットで教えて」
「わかりました。あまり重たいものは好みませんが、基本的に好き嫌いはありませんよ」
「そうなんだ。偉いえらい」
やはり子供扱いされていませんか?
「長洲くんの料理は評判が良いようですね。すでにいくつもお弁当を作って販売しているとか」
「受注生産だけどね。小遣い稼ぎにはいいよ」
「ああ。材料費ですか」
「そういうこと。弁当は薄利あるけどデザートは完全に趣味だから無償だし」
「入学時の10万ポイントはどうしたのですか?」
「使い切ってはないよ。節約しながらやり繰りしてる。じゃないといろんな料理に手を出せないから」
「主夫みたいですね」
「どちらかと言うと執事が良い」
理由は言葉の響きがかっこいいから、とのことです。その感覚は分かりかねますが、彼もまた男の子だということはわかります。
「あなたは人の世話を焼くことが好きなようですが」
彼のベッドで読書をしている彼女は誰なのでしょうか。なぜこの部屋で読書をしているのでしょうか。交際している、というわけではなさそうですね。彼女もまた彼の「お客さん」の1人のようです。なるほど、そういう形式もあるのですね。
「どこまでであれば人の頼みを聞くのでしょう?」
「暴力的なのはお断りかな。今みたいにデザートを振る舞ったり、読書空間を用意したり。こういうのが性に合ってる」
「らしいですね。ご存知の通り私には疾患があります。補助をお願いしても?」
「もちろん構わないけど、神室さんがいつも手伝ってるよね?」
「身の回りのことは手伝ってもらっていますが、彼女はそれなりに優秀です。駒としても扱いたいので」
「友達を駒と言い切っちゃったよこの子」
やはり子供扱いしてますね。見た目で判断するような愚か者ではないはずですが。
「頼みの詳細は?」
「共に登校していただけると助かります」
登校は1人でもできますが。葛城くんを引きずり下ろすまでの隠れ蓑になってもらいましょう。彼の世話好きは周知の事実ですし、一之瀬さんほどの甘さはなくとも彼女に近い優しさも持っています。そんな彼と行動すれば、隙のある人間は私を過小評価しがちになります。
ああ。それを抜きにしても、彼には側にいてもらいたいものですね。私の意図を見抜いている。才能も能力も申し分ないのに、それを活かしていない。勿体ないですよ。
「登校以外でも、手伝ってほしいことがあれば言ってね」
「ありがとうございます。長洲くん、気づいていますよね?」
「競争に加担するつもりはないよ」
「それは残念です」
リーダーの座、派閥争いとでも言い表しましょうか。長洲くんはそれを知っていながらどちらにも加担しない。味方になってくれたらありがたかったのですが、敵に回ることもないので良しとします。
ムースが美味しいですね。彼を雇いたくなってきます。
「長洲くんの率直な意見を聞かせてもらってもいいですか?」
「坂柳さんは可愛いから自信持っていいよ」
「ありがとうございます。その話ではありません」
いきなりそのようなことを言われるとは、お世辞じゃないとわかるので、余計に
平静を保てているでしょうか。言われ慣れていないことなのでむず痒いですね。
それはそうと長洲くんは発言に気をつけたほうがいいですよ。後ろにいる方の手が止まっていますから。Aクラスにはいない方ですよね。利用できればいいのですが、長洲くんを敵に回すリスクと釣り合いません。
「長洲くんは、葛城くんと私のどちらの方が相応しいと思いますか?」
「方針の違いとしか思わないかな。葛城くんのやり方は守り。Aクラスだし追い越す相手がいないからそうするのも理解できる。真っ当な判断じゃないかな」
そうですね。優秀な人間であることは事実です。保守的な考えを持っているというだけ。しかし言い切ってしまうと真っ当なだけ。悪くはないですが、それだけでは勝てません。
「坂柳さんは攻撃が好きなのかな? 葛城くんのやり方に納得してないなら、そういうことでしょ。攻撃こそ最大の防御。かわいい顔してドSだね」
「かわいいは余計です」
頬が緩んでしまいそうなので。
「どちらもリーダーとして間違ってない。クラス単位で考えたらどっちも有り」
「では学年単位では」
「葛城くんが他クラスの攻撃を捌き切れるならいいけど、相性がよくないね。その点で坂柳さんかな」
他クラスとの競争が求められる実力主義のこの学校で、保守的な葛城くんのやり方が成功することもあるでしょう。受け手になりながら捌き切った場合、それは実力が圧倒的に上だということ。誰も手出しできなくなります。
しかしそうじゃない場合、ポイントを守るだけのやり方は芳しくありません。競争というレールに従って奪い合い勝ち切る。こちらの方が適しています。
わかっている人と話すのは心地よいものですね。
「2人の競争が終了したら、おれもクラス対抗に協力するよ」
「おや。それは私に協力すると言っているのと同じですよ」
「勝利宣言だね。気が早いんじゃない?」
「ふふっ。では時期も宣言しておきましょうか? 2学期からあなたにも働いてもらうと」
「あっ、協力するのはクラス対抗で何かある時だから」
「……まあいいでしょう」
彼は私の意図に気づけます。最低限の会話でも、やってほしいことをきっちりこなしてくれるでしょう。そういう人材は、あえて自由にさせてもよさそうです。その存在が他クラスへの牽制となりそうですから。
それにしても、彼は彼で他にない才能を持っていますね。相手にとって心地よい空間を作る。その雰囲気作りも会話もできている。
「長洲くん。私とお友達から始めませんか?」
私が自然とそんな言葉を口にしてしまうほどに、私は彼という存在に絆されてしまったようです。
椎名「私もお弁当を作ってもらいましょう」