高度育成高等学校は寮で生活する決まりになっています。だからお昼は食堂で食べるか、自炊できる人はお弁当を作ってそれを食べます。
私のお昼ご飯は今日からハヤトくんの作ってくれるお弁当になりました。毎日300ポイントというのは積み重ねで多額になりますが、ハヤトくんが提示してくれた特別料金で支払いをしています。
なんと月額4000ポイントというサービスです。
1ヶ月を4週間とした場合、300ポイント×5日×4週間なので6000ポイント。それを月額サービスで2000ポイント減らしての4000ポイント。日割りも対応しているので、どの月のどのタイミングからでも始めやすいです。
「毎日弁当を渡すのは椎名が初めてだよ」
「ハヤトくんの料理は美味しいですから。毎日3食いただきたいくらいですよ」
「ありがとう。言ってくれたらいつでも用意するよ」
「ふふ。ありがとうございます」
夕飯をいただくことはこれまでも何回かありましたが、もう毎日でもいいかもしれません。いえ、毎日がいいです。これからも通わせてもらいましょう。
ハヤトくんは相手に合わせてお弁当も調整します。量やアレルギーはもちろんのことながら、その人の好みも考慮しています。栄養バランスまで考えているのですから、いただくこちらとしては頭が上がりませんね。
「なんでここで飯食ってんだよハヤト」
「やっほー翔。調子良さそうだね」
「チッ。今調子が狂ったところだ」
「そりゃ大変だ。弁当食べる?」
そう言ってハヤトくんは龍園くんにお弁当を渡そうとしています。
ここはCクラスの教室ですから、Aクラスのハヤトくんがいることは異常です。クラスメイトからの視線は無視してきましたが、さすがにリーダーである龍園くんが相手だとそうもいきません。私は自分でも珍しく感じるほど、今の状況に緊張しています。
「お前のせいで狂ってんだよ」
文句を言いながらも龍園くんはお弁当を受け取って近くの席に座りました。その光景にはクラスの誰もが、私ですら驚いています。だってあの龍園くんが大人しいのですからね。他クラスの生徒が教室にいることを許容するなんて、更生する泉にでも落ちたのでしょうか。
「何の用があって来た」
「椎名とご飯を食べるために来た」
「それだけならこの教室に来ねェだろ。
「龍園の調子とクラスの様子を見ておこうかと思って」
「偵察ってわけか。いい度胸してんな」
「いやいや。宣伝活動のためだよ」
「あ?」
2人の会話には張り詰めた空気がありません。以前からこういうやり取りだったのでしょう。それこそ気心の知れた友人同士の会話。
私は集団をあまり好みませんし、ハヤトくんと会うときはいつも1人。たまにハヤトくんと話をする方が部屋に来ますが、それでも3人です。妙に女の子ばかりですが、まあいいでしょう。
そういうことですから、ハヤトくんが男友達と話している姿は初めて見ます。まさかその光景が龍園くんとのものになるとは、予想もしていませんでした。
「お弁当代300ポイント。月額は4000ポイントで受付中。食べたい人はいつでも言ってね〜」
「うちのクラスからポイントを巻き上げる気か?」
「材料費は必要でしょ」
「……そりゃそうだ」
ハヤトくんはいつも真摯に話します。争いごとは好きじゃないみたいで、含みのある言い方とかも避けます。なので言葉通りの意味であることの方が、圧倒的に多いというわけですね。
旧知の仲である龍園くんなら、そのことを私よりも知っているでしょう。食い下がることもありません。お弁当を食べるペースは早いです。先に食べ始めた私よりも先に食べ終わりそうですね。量も多いのに。
「味はどうよ」
「あ? うめぇよ。また腕を上げたな」
「味にうるさい人がいたおかげでな」
「ハッ! ならそいつに感謝するこったな」
「してるしてる」
龍園くんはハヤトくんのお弁当を食べるのが初めてではないようです。羨ましいですね。全部関わっているわけではないと思いますが、彼の料理上達の一因になったことは伺えます。
「お前は無駄なことはしない奴だ。ハヤト、お前はなぜこの学校に来た」
「大層な目的はないんだけどねー」
「もしそうなら退学の手続きをしているだろ」
「ぇ」
思わず言葉が出てしまいました。ハヤトくんの退学という話に、少なからず動揺している自分がいます。
「だが手続きをしている様子はない。つまりやることを見つけたわけだ」
静かにほっと胸を撫で下ろして、ハヤトくんの横顔を見つめます。世話好きな彼には、それなりの目標があるらしいので。気になります。
「答えろ。このクラスで飯を食ってる対価としてな」
「はぁ。なんだかんだクラスのことが好きなんだから〜」
「ふざけたことを言うな」
「……目的か。正直まだ漠然としてる」
「あ?」
「退学は考えたけど、何か引っかかったんだよね。おれがやるべきことがあるって」
そういえば一度だけ、何か考え事をしていた時がありましたね。聞かずに流していましたが、たしか誰かと会っていたと記憶しています。
「それがわかるまではのんびりしてるかな」
「ハッ。のんびりとはな」
「なんだよ」
「お前の性格とここの性質上、そうはできねぇだろ」
龍園くんの言いたいことはわかります。何かと競争を強いられる環境であり、ハヤトくんはクラスの枠を超えて人の輪を作る。その上頼みごとには弱いし、それをなんとかできてしまうだけの力がある。ハヤトくんに頼る人が、この先増えてもおかしくありません。
その原因となるのがこのクラスというのは、なんとも皮肉な話ですね。
あぁ、だから彼は今日ここで食事をしているのですね。私にお弁当を渡すという名目で。もちろん一緒に食べるためというのも本当なのでしょうけど。
「翔のやり方にとやかくは言わないよ。おれたちは互いに互いを知ってる。だからおれのラインも優先順位も翔は知ってる。その上でその時が来たら相手になるから」
ハヤトくんのその言葉を受けて、一度だけ龍園くんの目が私を捉えました。それが何を意味するのか。何の確認なのか。
……私、浮かれてもいいでしょうか?
「クククッ。ああ、ハヤトはそれでいい。お前が相手だろうと手は抜かねぇ。最後に勝つのは俺だ」
お弁当を食べ終わった龍園くんは、空になった箱をハヤトくんに返して席を立ちました。そのまま去ろうとする龍園くんの服をハヤトくんが掴みました。
「なんだよ」
「300ポイント」
「……お前が勝手に作ってきたやつだろうが!」
「でも翔食べたじゃん! 友達料金なんて期待するなよ! 払え! 食い逃げ野郎だと言い触らすぞ!」
「相変わらず俺には容赦ねぇな!」
「喜べ! 特別待遇だ!」
「黙れ!」
口喧嘩を始める2人に面食らいましたが、私もクラスの人たちも龍園くんにバレないように静かに笑いました。こういう一面もあるのだなと。恐怖で支配する彼の人間らしさ。それを知れたことは今日の収穫かもしれません。
最大の収穫? ハヤトくんのお弁当を食べられることですよ。
龍園くんは結局300ポイント支払いました。
この一件以降、しばらくは龍園くん関係でハヤトくんに相談する人が増えて、私の時間が減らされました。龍園くんに発覚したことで元通りになりましたけどね。
龍園くん。主人公の過去に深く絡んでるので主人公に対してマイルドです。