天は二物を与えず。
人は一人では生きていけない。
よく言ったものです。疾患のある私には身に染みる言葉ですね。変に意地になることはありません。その通りだと思っています。この高校でも私は、真澄さんに手伝わせることで日々の生活を送れています。
「おはよう坂柳さん」
「おはようございます長洲くん」
毎朝の登校も彼に手伝ってもらっています。手厚いことに部屋まで迎えに来てくれるので、一日の始まりは彼への挨拶からです。頼めば朝食までついてきそうですが、そこまでいくと堕落してしまいそうですね。
それに彼はお弁当作りがあります。量も増えて朝早いようですから、負担はかけさせたくありません。私の貴重な戦力になる方に倒れられては困ります。
「鞄持つよ」
「いつもありがとうございます」
「今日は素直だね」
「感謝の気持ちは常にありますよ。当たり前だと思っているわけではないと、こうして言葉にしました」
「坂柳さんが傲慢な人じゃないことは知ってるよ」
ずるい人ですね。オブラートな揶揄いといったところでしょうか。私だから許してあげますけど。彼のことですから人に合わせた線引きもできるのでしょうね。
彼との距離感は新鮮で好ましいです。勝負相手でもなく、従えてる駒でもない。同じ目線で話せる人。言うなれば「お友達」。
正直私には不要なものだと思っていました。身体的なハンデ。能力の違い。いくつもの要因から、私にとっての「お友達」はイコールで勝負相手。よく言えばライバル。しかし彼に対する「お友達」はそうではありません。安らぎを感じる存在です。
「今日もお弁当は先に?」
「厨房に一旦置かさせてもらってるよ。いつも通りあとで順番に配っていくし、坂柳さんのもちゃんと作ってあるよ」
「それは楽しみです」
彼が私との登校を可能にするためには、大量のお弁当を事前に校舎に運んでおかないといけません。そのための台車も用意してましたから。
彼の毎朝のルーティンは、朝食→お弁当作り→運搬→私と登校→お弁当の分配。大まかにこの流れです。私との登校がなければ、もう少し朝の時間は楽になるかもしれませんね。
そう頭では理解しているのですが、この短な時間を無くすことを惜しむ私がいます。対等なお友達は彼が初めてですから。
長洲ハヤトくんと一之瀬帆波さん。学年でツートップの優しさの権化などと呼ばれていますが、私の目では少し異なるように見えます。
優しさというものを広義的に捉えたら2人とも当てはまるでしょう。根の部分でも大差ないと見ていい。しかし2人は違う。決定的な違いは、一之瀬さんの優しさはその善性によるもの。人を見捨てられない甘さです。
その点長洲くんは取捨選択ができる。あくまでも、敵対しないのなら誰にも優しくするというもの。世話好きは生来のもののようなので、普段の彼がベースでしょう。選択する時にペルソナを被る。
「はい、坂柳さんのお弁当。神室さんのも」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
一之瀬さんの才能は他にいないと言っていいほどの善性と人徳。実力主義のこの学校でなければ、異常なほどのカリスマも見せたかもしれませんね。あるいは彼女を支えられる人、もしくは強いリーダー性を持つ人がBクラスにいたら、間違いなく私に対抗できる脅威となりました。
もしもの話ですね。今のところBクラスにあまり期待していません。
「長洲のこれを食べると、自分の料理の自信をなくすわね」
「年季の差かな」
「同い年でしょ」
「神室さんが料理に興味あるならいつでも教えるよ」
「はぁ。あんた誰にでもそうやって安請け合いするから多忙になるのよ」
真澄さんと長洲くんの関係は良好です。私をサポートしてくれる人たちが仲違いしていないのはありがたいですね。もっとも、2人の性格からしてそれはあり得ないわけですが。真澄さんは私の指示に従いますし。
「これ採算取れてないでしょ。女子からの注文はよくて薄利。男子のは完全に赤字。うちのクラスポイントでの給付があっても足りなくなるわよ」
「あら。真澄さんが長洲くんの心配をするだなんて珍しいですね」
「心配なんかしてない。考え無しだなんて思えないから聞いてるのよ」
それはわかりますね。長洲くんがそこを計算していないとは思えない。一之瀬さんじゃないんですから。彼女、やるかやらないかで言えばやりますよね。
「案外なんとかなってるけど、思ってたよりは順調なんだよね」
「ほらやっぱり」と言いたげな顔を真澄さんがしています。お弁当を食べる手は止まっていません。
「いろんな人に受け入れられて嬉しいもんだよ」
「……なるほど」
「説明になってない説明で納得しないでくれる? 私にもわかるように言いなさい」
「他の学年にも受け入れられている。それは世論を味方につけたのと同じです」
学校全体で「長洲ハヤトのお弁当を買うのは普通のこと」という風潮が出来上がってきている。昼食という誰もが求めるものであり、300ポイントという格安さ。「ポイントを使えば何でも買える」という学校のやり方にも違反していません。これでは学校も禁止にはできない。すでに月額購入者も一定数いるらしいですし。
最近ではお弁当を食堂の厨房に一時的に保管することも許されています。量が多いですから。しかし注文が増えれば増えるほど、真澄さんの指摘通り長洲くんのポイントが減ります。これが続けばお弁当は作れません。
ならば値上げするのか。それはありえません。この値段で浸透していますから。もちろん値上げしても買う人はいるでしょうが、長洲くんの狙いはそこじゃない。
彼は言いました。「いろんな人に」と。
そう。学校全体に浸透したことで「長洲ハヤトのお弁当」は一種のブランドとなりました。学校生活というシステムに組みこまれました。
「つまり、経費として学校側に精算させる。そこを狙っていましたね?」
「あんた……頭のいいバカだったのね」
「ふふふっ、そこが彼の良いところじゃないですか」
「……へー」
「何か?」
「別に。で、学校側とその契約は結べたわけ?」
問題点はそこですね。狙いは荒唐無稽ですが可能性のあるもの。それを掴みとれているかどうかが最大の懸念点。
「理事長と書面で交わしたから大丈夫」
「……は?」
「今なんと?」
理事長と言いましたか?
「理事長が気に入ってくれてさ。話をつけて材料費は経費として計上してくれるようになったんだよ。20%は持っていかれるけど、どのみち作るのはおれだしね。これで稼ぎができる」
いつの間に食べたのですか私の父は……! しかも直接会って話していたとは。そんな話私は聞いていませんよ。
「いいお父さんなんじゃない? 娘のことをよろしく頼むって言われたから(栄養管理は)任せてくださいって言っといたよ」
「なっ……!?」
「あんたそれ……はぁぁぁぁ。もういいわ。巻き込まないでくれたら」
「なにが?」
私の知らないところで知らない話が進んでいます……!
いえ、ここは冷静になりましょう。一度父と話をすればいいのです。真意を探らなければ。少なくとも長洲くんの返答は、そういうことのつもりではないはずですから。……問題は長洲くんが了承の言葉を口にしてしまっている事実ですが。
「それにしても長洲。あんたプライベートポイントの稼ぎがとんでもなく増えるわよね」
「まあね〜。億万長者狙えちゃうかな」
「仮に稼げたとして、何か狙いでもあるの?」
「おれのこと何だと思ってる? そんな策略家じゃないよ」
「どうだか」
「……ぁ」
そうです。父の話が出たせいで気づくのが遅れましたが、月額購入者が100人いた場合、ひと月での長洲くんの稼ぎはお弁当だけで32万ポイント。長期休みを省いて10ヶ月としましょう。一年で320万ポイントです。クラスポイントでの支給もあります。
単独でそれだけ稼げてしまう場合、他のクラスがポイントを掻き集めたら長洲くんが他クラスに移籍することも可能となります。
それこそ一之瀬さんのように人徳のある人が集めたら。
「坂柳さんどうかした?」
「……いえ。長洲くんはポイントを大量に消費する予定がありますか?」
「どうだろうね。必要になる時が来そうだから貯蓄はするかな」
「そうですか」
長洲くんの性格を考えたら。一之瀬さんが窮地に追い込まれて長洲くんを頼ったら。彼は一之瀬さん側につくでしょう。
それはそれで楽しみな展開です。……いつもならそう思うはずなのに。不思議ですね。私は私の友達に、彼に離れてほしくないと思っています。
椎名「協力した私に報酬をください。……ポイントはいりません。合鍵ください」