長洲くんとの偽装交際作戦は、ストーカーを誘き出すための作戦。目立ちたくないっていう私のわがままも考えてくれて、学校ではこれまで通り全然会わない。
私たちが交際しているフリをするのは、学校の外に出たとき。学校の外って言っても敷地外じゃない。校舎周辺じゃないってだけ。この学校の敷地広過ぎるし、そもそも出れない。
そこでも同じ学校の人たちはいるんだけど、極力人気の少ないところを選んでくれてる。喫茶店とか。小さな公園とか。モールは人目が多いから行かない。
「ごめんね長洲くん」
「うん?」
「時間を作ってくれてるのに、いつも同じ場所しか行かないし」
「おれは佐倉さんと話してる時間好きだよ」
「え……」
「どこに行くとか関係ないよ。誰とどう過ごすか。大事なのはそこだと思うから」
「で、でも私、おもしろい話とかできないし」
「漫才師じゃないんだから。おれだっておもしろい話を持ち合わせてるわけじゃない。会話量が少なくても楽しかったらそれでいいんだよ」
長洲くんは私と一緒にいるのが楽しいって言ってくれた。
思い返してみたら、長洲くんの部屋に行くと椎名さんはいつもいる。でも本を読んでることがほとんどで会話は少ない。たしかに長洲くんは、その時間のことを大切にしてる。空気感を重視してるのかも。
「佐倉さんが楽しめてないならそれはおれの問題。甲斐性ない男です」
「そ、そんなことないよ……! 長洲くんと一緒にいるのは、私も楽しいよ」
「それならよかった」
長洲くんみたいな人が甲斐性無しだったら、いったいどんな人が甲斐性有りになるんだろ。少なくともDクラスで思い当たる人はいない、かな。
「そういえばテストも近づいてるけど、佐倉さんは自信ある?」
「ううん。私勉強も運動もあんまり得意じゃなくて……」
「この学校に入れてる時点で、一般的には得意の部類だと思うけどね」
「でも小テストもギリギリだったし」
「それならテスト勉強一緒にする? テスト間近になると図書室は人が多くなるし、おれの部屋でよかったら場所を提供するよ。あの喫茶店でもいいし」
……やっぱり、長洲くんは私のことを気遣ってくれてる。もう何回か部屋に行ったことがあるけど、いつも確認を取ってくれてた。代替案として人が少ない喫茶店も今みたいに出してくれてた。
初めて会ったときだってそう。私が落ち着かなくなるって配慮して喫茶店にしてくれたんだ。
「私教えてもらってばかりになると思うよ……? 長洲くんの勉強の時間が減っちゃう……」
「人に教えるのも勉強のうちってね。あ、でもクラスで勉強会とかあるか」
Aクラスでもそれはやりそうなんだとか。個々人で勉強して、みんな良い成績を取りそうなイメージがあったから意外かも。でも長洲くんは参加するつもりもないみたい。
「参加しなくても大丈夫なの?」
「葛城くんには悪いと思うけどね。おれは派閥争いとかあるうちはクラスに協力する気がないんだ」
「派閥争い?」
「そっ。クラスの仲が悪いわけじゃないよ? リーダーに相応しい人は誰かってだけ。今のところ葛城くんが纏めてるね」
「長洲くんはリーダーにならないの? その……頼りになるから」
「あはは。ありがとう。……一般校の委員長とかならやったかもね。でもこの学校は競い合いだから」
他に人がいなかったらやってたかもしれないんだとか。もし長洲くんがBクラスだったら、Bクラスのリーダーをしてたみたい。
「一之瀬さんじゃないんだ?」
「一之瀬さんもすごい人だけどね。2人でそれぞれ男子女子を分けて纏めてたかな」
「……もしDクラスだったら?」
Dクラスでリーダーを務めてる平田くんに不満があるわけじゃない。そもそも私はクラスに積極的には絡んでない。長洲くんみたいに、距離を置いてるのに仲良しって関係性も作ってない。
それでも、もし長洲くんがDクラスにいてくれたら。そんなことを思っちゃってる。
「それはそれでおもしろいことになってたかな。リーダーはわからないけど」
「……そっか」
想像してみたら、どうなんだろう。私の生活は何か変わったのかな? 長洲くんならきっとクラスの人たちと仲良くなってる。そこに私がいるかは、怪しいところだよね。私自身は何も変わらないんだから。
「さっ、そろそろ移動しようか」
「あ、うん」
私たちが2人で行動するのは、曜日と時間を決めて行ってる。時間はどの曜日でも同じで、行動パターンも限られてる。学校に帰る前には必ず通る場所があって、これはどのパターンでも共通のポイント。
長洲くんに手を差し伸べられて、私はそこに遠慮がちに乗せた。そしたら優しく包んでくれて繋がる。部活はしてないみたいだけど、男の子の手はゴツゴツしてて固い。初めは慣れなかったけど、何回か練習して慣れるようになった。
長洲くんの部屋でも繋いだりして、椎名さんの視線が冷たかったけど……。
「ぁ」
「嫌だったらごめんね」
「う、ううん。恥ずかしいけど……いやじゃ、ないから」
「いつも通り、学校の近くまで戻ったら離すから」
「……うん」
私が驚いたのは、長洲くんの指が私の指の間に入ってきたから。カップルがするような、恋人繋ぎ。これをするのは今日が初めてのことで、心臓がバクバクしてる。
これも長洲くんの作戦。それなら、もう少し近づいた方がいいよね。
「佐倉さん?」
「こ、この方がいい、よね」
「無理してない?」
「だ、大丈夫」
肩が触れ合うくらいの近い距離。私がこういうことをする日が来るなんて思ってもみなかった。
破裂しちゃうんじゃないかってくらい、心臓の音がうるさい。長洲くんが話しかけてくれてるのに。私、うまく返事できてるのかな。自分が何を話してるのかもわからないよ。
「案外早いね」
「…………ぇ?」
偽装交際を始めて2週間目。今日は初めてのことが本当に多い。
周りに人が全然いないところで、私は腰に手を回されて引き寄せられた。手は繋いだまま。長洲くんの空いている方の手が今腰にある。
「ふぇ……!?」
「ごめん。少しの間我慢して」
「うゅ」
変な返事になっちゃったことに私自身気づいてない。顔が熱くなってきて、目がぐるぐるしちゃいそう。
長洲くんに我慢してって言われたから、頑張って羞恥心に耐えてみる。
「目を閉じて少し顔を上げて」
「……!」
それって……き、ききき、キスってことだよね!? き、キスしちゃうの!?
顔が燃えるように熱い。それでも私は指示を聞いて目をとじた。初めてだけど、長洲くんには迷惑かけちゃってるし。それに長洲くんなら……。
目を閉じてたら他の感覚がいつもより冴える。長洲くんの気配もいつもより感じて、唇がもう少しで触れるのも分かる。お互いの吐息がわかる距離。
「うわあぁぁぁ!!」
「っ!?」
突然聞こえてきた叫び声にびっくりした。その人は私たちの方に走ってきてて、その手にはギラリと光ってる刃物が……!
「思ったより早く釣れたね。佐倉さん少し離れてて」
「長洲くん……!」
「大丈夫」
ナイフが突き出される前に、逆に前に距離を詰めた長洲くんの蹴りが犯人の胸に当たる。それで相手が苦しそうによろけて足が止まる。
「ゲホッ! クソッ、お前誰なんだよ!」
「こっちの台詞じゃない?」
「ふざけんじゃねぇ! なんで雫を! 誑かしやがって!」
「誑かした覚えはないよ」
「このッ! 安心して雫。俺が目を覚まさせてあげるから。こんな最低な男から離れさせてあげるから!」
「っ! ……な、長洲くんのことを悪く言わないでください」
「雫?」
「長洲くんは、私の彼氏です」
(あれ……。おれが焚き付けるつもりだったんだけどな)
「かれし? 騙されてるよ。あ、洗脳されてるんだね。大丈夫。俺が救ってあげる。俺が雫の本物の彼氏になってあげるから」
ホンモノ……。うん。長洲くんとの関係はたしかに嘘の関係。期間限定の交際。
それでも、長洲くんは私のことを助けてくれた。寄り添ってくれて、同じ目線でいてくれて、私のことを本当に見てくれてる。長洲くんの優しさは本物。
「こんな奴! すぐに始末してあげるから!」
「殺意高いね」
犯人がナイフを振りかざして長洲くんに襲いかかる。私は思わず目を塞いじゃったから見えなかったけど、聞こえてきたのは何かが叩きつけられる音とカランカランって音。それと犯人のうめき声。
恐る恐る目を開けたら、長洲くんが犯人を取り押さえてた。犯人がうつ伏せで地面に組み伏せられてて、刃物もちょっと離れた場所に落ちてる。
「ぐっ、この野郎……! 離せ! 暴行罪だぞ!」
「いやいや正当防衛になるから」
「雫、大丈夫だから。必ず俺がこいつを排除するから。雫を汚したこの男を」
「人聞きが悪いね」
「事実だろ! お前なんかが雫の唇を!」
「警察が来るまで黙っててもらっていい?」
「がっ! ぁ……」
長洲くんが首に衝撃を加えたら犯人が気絶しちゃった。漫画みたいなことって本当にできるんだ……。
「ごめんね佐倉さん。怖い思いをっと?」
「け、怪我してない? 大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。犯人が激情してて単純だったから」
よかった。手も顔も、少なくとも見えるとこは本当に怪我してない。
ほんとうに、ほんとうによかった。私のせいで怪我なんてしてほしくなかったから。
「本当はおれが煽り切るつもりだったんだけど、まさか佐倉さんが煽っちゃうなんてね」
「あ……あれは……。ごめんなさい」
「謝らないで。結果的にはお互い怪我してないし。ストーカー相手に言い切る佐倉さん、かっこよかったよ」
安心させてくれる優しい笑顔。そんなこと言ってくれるけど、長洲くんこそかっこよかった。……そんなこと、伝える勇気私にはないんだけど。
「さてと、警察に連絡を入れないと」
「あっそうだよね」
ちょっと落ち着いてみて、今の状況は恥ずかしい。長洲くんとの距離が近くなってる。それこそキスの演技をしたときみたいに。
こんなところをもし誰かに見られたら……。
「警察への連絡は入れといた。もうじき着くんじゃないか?」
「っ!? え、ぁ、綾小路、くん……!?」
「犯人が襲いかかる場面も録画してある。証拠として提出できるはずだ。状況説明も手短に済ませられるだろ」
「ありがとう綾小路くん。助かった」
「オレは何もしていない。お前たちの作戦勝ちだ」
「どうだか。ストーカーのこの一件、綾小路くんも気にかけてたでしょ」
「え?」
「長洲が先に動いていたからな。保険程度だ」
何を考えているのかわからない。表情が変わることなく綾小路くんは淡々と言ってる。それをどこか不気味に感じてた自分もいたけど、その印象も変わっていく。綾小路くんも良い人なんだ。
「ありがとう綾小路くん」
「礼はいいよ」
「ううん。言わせてほしい」
「こういうのは素直に受け取るものだよ」
「……わかった」
綾小路くん、長洲くんの言うことは素直に聞くんだね。フランクに話してるし、私が知らなかっただけで2人とも友達だったんだ。
……ところで綾小路くんは、いつから何をどこまで見てたんだろ。
「……見たことは誰にも言わないから安心してくれ。佐倉が望むならこれまで通り雫ということも伏せておく。俺はタイミングよく証拠動画を取っていただけだ」
「ぁ、ありがと……」
やっぱり見られてたんだ……!!
警察が到着したら犯人の引き渡しがあって、今日は時間が夜になってきてるから軽い事情聴取だけ。後日詳しく話すみたい。長洲くんも一緒に来てくれるから、あんまり緊張しないかも。
学校に戻ったら綾小路くんはすぐにいなくなって、長洲くんは私を建物の入口まで送ってくれた。
「無事に早期解決ができてよかったよ」
「う、うん……」
解決したことは本当に嬉しい。長洲くんには感謝してもしきれない。
解決したから、私たちの偽装交際も今日で終わり。そう思うと、心が苦しい。
「今日はもう部屋で休んで」
「長洲くん!」
「なんでしょ?」
「ぁ、その……。……ま、また頼ってもいい、かな。私、苦手なことが多いから、相談とか、その……」
「佐倉さん」
震えてる手が長洲くんの手に包まれた。温かくて、大きくて、頼もしい手。
「用がなくても会おうよ。いつでも部屋に遊びに来てくれていいから。友達なんだからさ」
「あ……」
うん……そう。あくまで偽装だった。本物じゃない。
だから友達って、依頼者と受注者の関係だったものが前進できただけでも大きいのに。それでも。欲張っちゃうよ。
だって。たとえ偽装でも。嘘の関係でも。長洲くんと一緒に2人で過ごした時間は本物なんだから。
だからね。
「長洲くん」
今日までは彼氏彼女なんだから。胸に飛び込んでもいいよね。
「あの、佐倉さん……?」
「本当にありがとう……!」
「……どういたしまして」
長洲くんが腕を回してくれた。汲み取ってくれて、最後のわがままを聞いてくれてる。
長洲くん気づいてたかな? 犯人が叫んだあの時、私が驚いちゃったから私たち、キスしちゃったんだよ?
椎名「……そういう危ないことはしないでください」