私の家は裕福な家庭とは言えなかった。そのことに不満を持つことは全然なかった。母子家庭で妹がいて、家族3人で暮らしてた。
裕福な家庭じゃなかったから、節約して生活することが体に染み付いてる。入学時に貰った10万ポイントも、その後振り込まれたポイントも。遊びに行くことは全然なくて、お洒落もしてないから他の子より貯まってる。
それが悪いことだとは思わない。ポイントって言うと軽く聞こえるけど、この学校だとお金と完全に同義。お金は大事。
だけど私は今、1つだけ後悔してる。
「服……これでいいのかな……」
私服を全然持っていないということを。
今日は長洲くんとお出かけする日。休日だから当然制服じゃなくて私服で行くことになる。節約生活な私の持ち合わせの服は、おしゃれに興味がない人ぐらいレパートリーが少ない。
少ない種類から選ぶしかなくて、組み合わせパターンも限られてる。どれだけ悩んでも数種類。
時計を見て、集合時間を確認して。玉砕覚悟で私は服を決定した。
1つの街になっているこの学校は、生活に必要なものが全て整ってる。ショッピングモールだってあるし、映画館だってある。カラオケとか、学生らしい遊びができるところも。流行に敏感かと言われるとそこは微妙なところだけど、それでも文句を言うほどじゃない。充実できる環境だと私は思ってる。
「おはよう長洲くん!」
「おはよう一之瀬さん。早いね」
「長洲くんこそ。私より先に来てるじゃん」
「待たせるのは悪いかと思って」
「私もそう思って早めに来たのになー。どれくらい前に来たの?」
「5分前かな」
「そうなんだ」
今来たところ、なんて定番な返事はなかった。あれは嘘か本当か迷うし、優しい嘘だったらこっちも気を使っちゃう。個人的には正直に教えてくれる方がいいかも。
今回みたいに5分違いだと、ギリかな。
「お互い早く来ちゃうと集合時間の意味ないね」
「たしかに。今日はどこに行く予定?」
「モールだよ。元々は映画を観ようと思ったんだけど、ちょっと予定変更かな」
「そうなんだ。ちなみに映画だと何を観る予定だったの?」
観るつもりだった映画は、最近なんだか話題になってる王道映画。感動系みたい。小説は読んだことないから私は全く内容を知らない。
この映画なら、友達を誘って観ることもできた。でもそれは人数が多くなっちゃう。2人で映画を観るときに買えるペアチケットは、通常より割り引かれる。実はそれを狙ってた。長洲くんとも遊びたかったから、まさに一石二鳥ではあったんだよね。
「一之瀬さんの私服姿って初めて見るよ」
「いつも学校で会うから制服だもんね」
「そうなんだよね。制服でもそうだけど、私服だともっと綺麗だね」
「そ、そうかな? 地味な服装だと思うけど……」
「地味というかシンプルね。一之瀬さん自身が綺麗だから、よっぽど奇抜なファッションしない限り何でも似合うよ」
「き、綺麗だなんてそんな……。長洲くんだってか、かっこいいよ」
「あはは。一之瀬さんにそう言われると嬉しいね。ありがとう」
あぁ、ずるいなー。私だけ照れて長洲くんは全然照れてない。女の子に言われ慣れてるとか? 長洲くんならあり得そう。
「私あんまり服が多くなくて。それでせっかくだから長洲くんにも選んでもらいたいなって」
「おれに?」
「うん。友達と買いに行くのもいいんだけど、男の子の意見が聞ける機会ってあまりないじゃない?」
「たしかにそうだね。でもおれの主観になるよ?」
「全然大丈夫だよ」
むしろその方がいいかな。
「さっ、行こ!」
ちょっと強引に押し切ってみた。こういうことをしても、長洲くんは優しく受け入れてくれる。行き過ぎなければ、わがままをなんだって聞いてくれそうだよね。
そういうことに慣れちゃったら、駄目な女の子になっちゃいそうだよ。
週末のショッピングモールはそれなりに人がいる。同じクラスの子を見かけたり、他のクラスの子を見かけたり。知らないだけで、他の学年の人たちもいるんだろうなー。生徒会長の堀北先輩なら分かるんだけど。
私はそれなりにいろんな人と仲良くできてる。でもそれ以上に交友関係が広い人が隣にいる。
「おっ長洲じゃん。来週も弁当期待してるぜ」
「ちょうど良かった長洲くん! 今日この料理に挑戦したいんだけど」
「長洲。今度また本貸してくれよ」
「今日は一之瀬さんと仕入れか? 荷物持ちが必要なら声をかけてくれよな」
私と長洲くんの2人で歩いてても、関係を疑われることがなかった。誰も何も思ってないってわけじゃなさそうだけど、驚くことでもないみたいな雰囲気。長洲くん、ほぼ誰とでも仲がいいもんね。
服屋さんに着くまでの間に何人に声をかけられたのか。10人を超えたあたりから数えるのはやめた。
「長洲くんってほんとに友達多いんだね」
「ありがたいことにね」
「そういえば、今日は一之瀬さんとって言われてたけど、いつもは他の人と来てるの?」
「基本的に1人だね。たまに綾小路くんに手伝ってもらってる。デザートの仕入れをする時は椎名がいることが多いかな」
椎名さんのリクエストが一番多いからなんだとか。平日はほぼ毎日部屋にいるもんね。
食材の仕入れの頻度は減るんだとか。なんか学校側と契約を結んで、食材の多くはそっち任せ。オーダーメイドになる受注生産の分は、可能な限り長洲くんが自分で買いにいくみたい。その後経費として請求するとか。
「……」
「一之瀬さん?」
「ううん。なんでもないよ」
「?」
今決めたことは、買い物が終わってから伝えたらいいや。
季節の変わり目だから今日の服選びが余計に難しかったけど、これからは夏になる。だから今日買うのは夏用の服。
「長洲くんって結構服を買ったりするの?」
「付き合いで買いに行くことはあったかな。高校に入ってからは全然。4月にまとめ買いしただけ」
「4月って夏用のもあったの?」
「種類は少なかったけどそこそこあったよ。何個か店を回れば解決」
「そういう手もあるんだ」
「一之瀬さんは店にこだわるタイプ?」
「ある意味そうかな」
安めのお店って意味では。思うんだけど、高級ブランドじゃなくてもデザインが良いお店増えてきてるよね。
「長洲くんってブランドものに興味あったりするの?」
「好きなブランドはあるよ。高級じゃない海外のブランドなんだけど、日本だと店舗が少ないんだよね。この街にもないし」
「ありゃ。それはなんというか、残念だね」
「ほんとにね」
服選びは長洲くんにも手伝ってもらってる。好きな色とか、どういう服が好きかを伝えた。長洲くんは服を手に取って、服の素材とか背面も見て考えてくれる。違うなって思ったら戻してるし、私に似合うかどうかを基準にしてくれるのが本当に嬉しい。
もちろん長洲くんの好みでも選んでみてほしいけどね。それが私の好みと一致したら、なんだかとても素敵に思えるから。
「長洲くんのおすすめが決まったら試着してみるね」
「素材が良いから余計に難しいよ」
「もー。おだて過ぎだよ」
言われ慣れてないからかな。心がむずむずする。
あ、この服かわいい。これも試着してみて、長洲くんに見てもらおっと。
「一之瀬さんってスカート派?」
「スカートも好きだし、夏ならショートパンツも全然履くよ」
「それならこれも有りか」
「長洲くんはどっちの方が好き?」
「どっちも履かないかな」
「長洲くんがじゃないよ!?」
「あはは。冗談だよ」
「もー」
「その人の好みならどっちでも有りだと思うよ。ノースリーブ腹出しショートパンツは露出が多くて遠慮してほしいけど」
「恥ずかしくて私もそれは着れないよ」
着こなせる人は正直かっこいいと思う。だってそれは自分に相当な自信がないとできないことだから。しかも実際そういう人たちのスタイルはすごくいい。お腹周りも引き締まってる。
2人でそれぞれ服が選べたところで、私たちは試着室に移動した。私が選んだのは上が3着。スカートとショートパンツは2着ずつ。長洲くんは服を3着選んでくれた。全部で10点だね。個人ファッションショーになるよ。
「彼氏さんにも選んでもらえたんですね」
「へ……? 彼氏……?」
「せっかくですからね。似合えばいいんですけど」
「長洲くん!?」
店員さんは「ちゃんと見てあげてくださいね」って長洲くんに言って離れてく。それを見送ったところで、長洲くんから「乗っとくとあの手の話がすぐ終わるから」って説明が入る。長洲くんはもしかして、女の子と服を買いにくるの初めてじゃないのかな。それなら誰だろ。椎名さん?
なんでか聞くのが少し怖かった。私はその疑問を片隅に追いやって、試着室のカーテンを閉める。
スカートに似合いそうな服組と、ショートパンツに似合いそうな服組の2つに分断。長洲くんもそのつもりだったみたいで、スカート用の1着とショートパンツ用の2着だと教えてくれた。
「時間かかっちゃうかもしれないけど」
「いくらでも待つよ。焦らなくていいからね」
「ありがとう」
そう言われても、人を待たせてるって思うと気持ちがはやる。それに、見てもらいたいって気持ちもある。だからまずは、長洲くんが選んでくれた服から。今日はスカートを履いてきてるし、それ用に選んでくれた服からだね。
1着目は白色の服。白ベースだけど、暗めの白も混ざってる。透けないようにデザインされてて、いろいろと着こなしやすい。こういうところも考えてくれるんだね。
「着替えれたから開けるね」
「うん」
カーテンを開けるのに少し勇気と力が必要だった。意を決して開けると、長洲くんが少し驚いた表情になる。
反応が遅いような。……着方がおかしいのかな。
「想像以上に清楚感も増してる。本当に綺麗だよ一之瀬さん」
「これ買うね」
「早っ!」
だって、今の反応はずるいよ。長洲くんが魅入ってくれてたんだもん。買わないわけがない。
次はショートパンツとの合わせだよね。それなら上下着替えなきゃ。……カーテンがあるとはいえ、長洲くんがすぐ後ろにいると思うと恥ずかしさが格段に込み上げて来る。
着替え終わったら、鏡を確認しておかしなところがないかをチェック。タグは仕方ないとして、それ以外は大丈夫そうだね。顔の赤みが少し引くのを待って、深呼吸。2回目からは、カーテンを開けるのも気が楽になった。
「これ、似合ってるかな?」
ちょっとしたファッションショーみたいになってたけど、私はそのおかげもあって大満足の結果になった。全品購入しちゃった。こんなの私の人生の中で初めて。
──「いつも頑張ってる一之瀬さんに、プレゼントさせてくれないかな?」
そんなこと言われちゃって断りきれず、長洲くんが選んでくれた服は長洲くんが支払いをしてくれた。
その後も一緒にお店を見て回ったりご飯を食べたり。充実した一日だった。それに、
「次はこの日に一緒に遊ばない?」
長洲くんとの次の予定も決められた。
今度は私が、長洲くんに恩返しをする番だよ。
椎名「……ハヤトくん。近々予定が空いてる日、ありましたよね?」