宿屋に戻ると相棒がTS美少女化して抱けと誘ってきた   作:名もなき魔導士

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休日

 

 休日。アーケンハイムの朝は早い。

 日が昇ると共に目を覚まし、日課のジョギングへと出かける。

 

 魔導を扱う魔導師であれども、基礎的な身体能力をアーケンハイムは蔑ろにはしないのだった。

 それに、迷宮を踏破するのに、身体能力は必須だ。そのために、休日であろうとアーケンハイムは、このジョギングを怠りはしなかった。

 

「俺は上級魔導師……」

 

「重力魔導」

 

「ぐぁああぁ」

 

 通りがかりに、恐喝とか、そういうショボい犯罪をしている魔導師を懲らしめながら、アーケンハイムはジョギングを続けていく。

 

 この街には、一旗あげようと集まってきた魔導師ばかりだ。その中には荒くれどもも存在する。普段はアーケンハイムにビビって悪事を働かないやつらも、抑圧から解放されたように、街を闊歩していた。

 それをアーケンハイムは、見つけ次第、懲らしめていく。

 

 この街の治安を守るアーケンハイムだが、とはいえ魔導師が闊歩する街だ。魔導師は、魔導師ではない弱い人間に対して、横柄にふるまうことはよくある話だ。中には、なにをしてもいいと思っている人間さえいる。

 

 賢い奴は、アーケンハイムの寝ている間に、ことに及ぶ。この街では、魔導師ではない人間の失踪率は多かった。もちろん迷宮があるから、魔導師の失踪率も多かった。

 シーシャちゃんの失踪だったりも、そういう奴にやられたのかもしれない。まぁ、普通に夜逃げかもしれないし、考えてもしかたないか。

 

「うわーん」

 

「大丈夫かい?」

 

「うわーん」

 

「迷子かな……?」

 

 手を引いて、アーケンハイムは子どもの親を探し出した。アーケンハイムの情に厚い性格から、見過ごすという選択肢はなかったのだろう。

 道行く人に話しかけて、手がかりを得ようとしたり……そうすると、話しかけられた何人かが手伝ってくれるようだった。

 

 人の輪が広がっていくと、すぐにその子のことを知っている人も現れる。

 

「この子は、生垣屋んとこの……」

 

「うわーん。このおっちゃん、きらーい」

 

「こいつ……」

 

 そんな感じで、家はわかった。アーケンハイムは申し出ると、迷子を家まで送り届ける。

 

「あんた! なにやってたのよ!! 早く中入んな……! あぁ、もう……っ、あの人探しに行ったじゃない!」

 

「うわーん」

 

 そうやって、二人は家の中に入っていく。

 

「…………」

 

 ポツンと、アーケンハイムは一人取り残された。しばらくして、ちょっと寂しそうに歩き出した。

 

 人助けをしても、感謝さえされないことはそれなりにある。それでも、人助けをやめたりしないアーケンハイムは、すごい人間だと、俺は思う。

 

「なぁ、姉ちゃん。協力したお礼なんだが……」

 

「最低時給で構わないかい?」

 

 協力してくれた人たちに解決を告げると一緒に、アーケンハイムはわずかばかりのお礼を配ってまわっていた。

 中には、すぎた要求をする人間もいた。

 

「姉ちゃん……良い体してるだろ? ちょっと相手してくれないか?」

 

「間に合ってるかな」

 

「おい! 俺を誰だと思って……俺は上級魔導師の……」

 

「私には相手がいてね。シュテルンヘルンだ。わかるだろう?」

 

「……っ」

 

 俺の名前が出た瞬間に、相手は怯んだ。当然だ。なにせ、俺は魔神級魔導師だからだ。

 

「あと、これはあんまり言いたくないんだけど、私の兄はアーケンハイムだから」

 

「アーケン……ハイム……っ」

 

 絶句し、立ち尽くした。俺の名前よりも、よほど反応している。

 まぁ、うん。たぶん、アーケンハイムに懲らしめられた経験があるのだろう。

 

 これは当たり前の話だが、悪人は捕まって、それで人生が終わるわけではない。裁判が終わって、刑期を終えれば普通に出所するわけだ。

 別に前科があったら迷宮に入れないわけでもない。いや、むしろそうか、迷宮に挑む命懸けの仕事なんて、一攫千金を夢見るよほど無謀な人間か、前科者くらいなのかもしれない。

 

 そういうわけで、この街にはそれなりの数、アーケンハイムに懲らしめられた人間は存在する。

 

「お礼は置いておくから、じゃあね」

 

 そう言って、荒くれ者をアーケンハイムはかわしていく。

 

 しばらくしてだ。アーケンハイムは、一度帰って着替えをしていた。いつも、一度着替えて出ていくからわかる。

 

「にゃあは、なにをさせられているんだにゃ」

 

「あんまり喋るな……」

 

 ちなみに、俺はというと、アーケンハイムの後をつけていた。

 なんでそんなことをしているかといえば、この休日、アーケンハイムが男を引っ掛けてしまわないか心配になったからだった。

 

「でも、デートにゃ……」

 

「もし見つかっても、デートのフリでやり過ごせるかもしれない」

 

「これってたぶん、当て馬なんだにゃ……」

 

 ナターシャちゃんは拾った。

 ちょうど朝方、『もふもふワンダーランド』の首輪をつけて、広報活動に勤しんでいたナターシャちゃんだった。

 

 広報活動といっても、悪質な客引きとかではない。もしやっていたら、アーケンハイムに滅ぼされていただろう。

 では、具体的になにをするかといえば、ちょっとボディラインがわかりやすくて、胸の揺れがわかりやすい服を着て、街を練り歩く。それだけだった。

 男の視線を集め、こんな子がいるよと宣伝になる。

 

 俺はそんなナターシャちゃんに声をかけた。デート料金を支払い、チャーターしたわけだ。そういうのもありだった。

 今日はギルドも休日だから、ナターシャちゃんはフルで稼ぐつもりだったんだろう。

 

「というか、大丈夫だったのか? ナターシャちゃんは、表に出てて」

 

「顔、普通わかんないにゃ」

 

「そっか……まぁ、そうか」

 

 目とか、特に猫っぽくなっている。印象が、だいぶ違う。

 

「にゃあにそっくりな人って、どこがそっくりだったんだにゃ?」

 

「胸」

 

 まぁ、体型は変わらない。顔はちょっと変わっても、全てをごまかせはしなかった。

 

「パット越しだにゃ……」

 

「あのな……俺は魔導師だろう? だから、わかるんだ」

 

「にゃ……?」

 

 今ひとつ、ナターシャちゃんはピンとこないようだった。不思議そうに首を傾げる。

 もっとわかりやすく言う必要があったか。

 

「パットに魔力は通ってないだろ?」

 

「にゃ……にゃ!? にゃーぁ!」

 

 数歩、ナターシャちゃんは俺から距離をとって、胸を腕で隠した。

 

「いやいや、今更隠す仲でもないでしょ」

 

「にゃ……。魔導師って……。最低にゃ……ぁ」

 

 ギルドの職員なのに、知らなかったのだろうか。いや、魔導師じゃないとなかなか知る機会はないわけか。大ぴらに言うやつも、中にはいるだろうけど、全員が全員ってわけじゃないし。

 

「まぁ、実際、魔力で相手の強さとか判断するわけだしな。魔力使える奴は、自分の輪郭ぼかしたりしてるぞ?」

 

 その方が、戦闘で有利になることも多い。ちなみに、魔導学園では、女子はみんなこれを覚えていた。

 いや、セリティアは、そんなに上手くなかったのと、面倒がってやってなかったっけな。今はやってるみたいだけど。

 

 そのせいか、淫乱女と女子の中では悪い噂ばかりだったっけ。まぁ、実際、そうだったけど。

 

「嘘にゃ……ずっと視姦されてたのって……」

 

 ナターシャちゃんにとっては、だいぶショックだったみたいだ。

 男の魔導師にとって、魔力を把握できるようになったら、道行く女の体を確認する……これが通過儀礼らしい。

 

 ま、俺は生まれた時から、魔力くらいならわかったし……見えてるのが普通だったから、そんなに見えてることに興奮はしなかったけど。やっぱ生で見てこそだし。

 

「魔導を使ってれば、魔力扱えるようになってくるから……ナターシャちゃんも使ってみたらどうだ?」

 

「にゃあに魔導師の才能はないにゃ! もっと簡単な方法とかないのかにゃ?」

 

 普通は、幾度か魔導を使用して、魔力に慣れてきたときに魔力を感知でき始めると相棒は言っていた。

 

「俺の近くには、才能ないのに魔導師やってるやつがいてね」

 

「そんな人がいたのかにゃ? 死んでしまうから、迷宮に行くのはやめておいた方がって、言っておくべきだにゃ」

 

 ギルドの職員でもあるナターシャちゃんは、シビアだった。迷宮の現実を知っているからだろう。

 俺の近くにって言ったら、ここら辺にいるわけで、それなら迷宮探索を仕事にしているのもわかるだろう。

 

「ふ……っ」

 

 これは、あいつが聞いていたらすごく微妙な顔をするやつだと、想像して笑ってしまう。

 

「ありゃ? 迷宮には行ってない感じ……? でも、他にもここでの魔導師の仕事って……にゃあたちの護衛くらいしか……でも半端な奴はいにゃいし……うーん?」

 

 こんな街にある女の子の店だ。荒くれ者たちも通うことになる。トラブルも起こる。こういう店だからこそ、普通の店より起こるものだ。

 そんなとき、場を制圧できる人間が必要になるのは当然のことだろう。

 

 ちなみにだが、俺を制圧できるような人間たちはどの店にもいなかった。

 でも、予感がある。俺がトラブルを起こしたら、制圧に来るのは相棒だろう。そして、悲しいか……違法なお店の一斉検挙が始まってしまう。

 

 だからじゃないけど、俺は節度を持ったお店の利用を心掛けていた。

 俺自体、お店の女の子に肩入れするタイプじゃないしな。うん。

 

「アーケンハイムだよ。あいつは、才能自体、そこらの一般人よりないんじゃないかってくらいだった。その分、努力して、強くなっていったわけだ」

 

 だから俺は、あいつを尊敬している。

 生まれつきの恵まれた才能がなくても……なんて、たぶん俺にはできなかっただろう。

 それを素直にすごいと俺は思っている。

 

「よくわかんないにゃ。アーケンハイム様は天才じゃないのかにゃ? そういう話をよく聞くにゃ」

 

「自分で鍛えられるところを、鍛えすぎたってだけだろ、あれ……」

 

 魔力感知の能力だったり、あいつの並外れてる部分はだいたいそうだ。自らを持たざる人間だと認め、それを克服するために頑張りすぎた結果だった。

 

「じゃあ、にゃあも簡単に、できるようになるかにゃ?」

 

「十年くらいかかるんじゃないか?」

 

「十年!? もう、年増にゃっ!?」

 

 といってもナターシャちゃんは十代後半……。まだまだ若い。十年後だから、ちょうど今のセリティアと同じくらい。

 

「十年後でも、まだまだ意味はあるだろ」

 

「十年後は、お金持ちの人に身受けされて悠々自適に暮らしているんだにゃ」

 

 そんなことをナターシャちゃんは言った。少し驚く。

 ギルドの職員の傍らに、夜の仕事をしているのだと思っていた。でも、なにか違う事情があるのかもしれない。

 

「借金とか、あるのか?」

 

 まぁ、ただ単に結婚を、言葉の綾でそう言ったのかもしれないけど。

 

「身受けしてくれるんなら、シュテルンヘルン様でも構わないんだにゃ」

 

「考えとく……」

 

「前向きにだにゃ」

 

 こういうのは、言葉を濁しておくのが吉だ。ここではっきり言ってしまっては、互いのためにならないだろう。こっちの質問もはぐらかされたわけだしな。

 

「あと、そうだ。ちょっと、体の輪郭がぼかせるアイテムがないか、あいつに相談してみるよ」

 

「ん……ありがとうにゃ」

 

 ま、ないだろうとは思う。

 あったとしても高いか、珍しいかだ。手軽なそんなのがあったら、学園近くで売ってたはずだし。

 

 そうしているうちに、アーケンハイムに動きがあった。着替えを終え、部屋からまた出てきたのであった。

 

「あの服は……」

 

「どうしたんだにゃ?」

 

「かわいい……だと」

 

 いつもの迷宮探索用の装備とか、運動用の服だとかじゃない。普通に女子が着る服装だった。

 

「そうだにゃー、かわいいにゃ」

 

 ふわふわの……なんだろう。ワンピースみたいなやつだ。俺は女の服に詳しくないから、よくわからない。

 

「やっぱり会っているのか……俺以外の男と……」

 

「普通に出かけるなら、あれくらいのおしゃれはするにゃ」

 

「でも……」

 

 なんというか、順応が早い。あいつ、つい最近まで男だっただろう。

 いや、まぁ、男のときも身だしなみにかなり気を使うやつだったけど。いっつもいい匂いしてたし。

 

「どうしてそんなに疑うんだにゃ。自分が浮気してるから、相手もそうだって疑わしくなるんだにゃ」

 

 浮気……しているつもりはなかった。だけど、確かに俺はあいつが、そういう店に行くのさえ嫌だと思っている。

 

 もちろん、あいつがそういう店に行くのはあいつの自由だ。あいつのことだから、一線は超えないだろうし。でも、嫌だった。

 

「そうだな。まずは俺がお店に行かないところからか」

 

「それは困るにゃ。にゃあの稼ぎの九割くらいはシュテルンヘルン様からいただいてるにゃ」

 

「ええ……」

 

 思えば、そう。

 迷宮で、俺たちが大きな稼ぎを得ると、宣伝で出歩いていたナターシャちゃんを街で見かけて、潤った懐のままに捕まえていたような気がする。

 街で捕まえられなくても、そういうとき、店に行ったら決まってナターシャちゃんは指名可能だった。

 

「そうなれば、にゃあの営業成績は最下位だにゃ」

 

 猫の耳をぴこぴこと動かして、ナターシャちゃんはそう言った。

 たぶんだけど、彼女はギルドで俺の動向を把握して、毎日の計画を決めていたのだろう。いくら稼いだとか、わかるわけだし。

 

 ギルドの職員になったのって、そういうことするためなのか?

 

「俺がいなくなったら、ギルドでまた別の太い客を見つけるんだろ?」

 

「なに言ってるかわかんにゃいにゃ」

 

 いつものように、ナターシャちゃんはとぼけてみせた。想像以上に、この子はやり手なのかもしれない。

 

 それはそうと、アーケンハイムは、いつものように本屋に入った。専門書を物色しているようだった。

 

 この本屋は、アーケンハイムの要望に応えて、最新の研究の雑誌だったりを多く取り寄せている。

 それをアーケンハイムは立ち読みしていた。

 

「いつも通りだな……」

 

「……戻したにゃ。あんなに立ち読みしてたのに、お行儀悪いにゃ」

 

「ん? あぁ、あそこはアーケンハイムが取り寄せた本を置いといてもらったスペースだな。部屋の本棚もいっぱいだし……。入れ替えのときには、図書館に寄贈って感じになる」

 

 もちろん、場所代も払っているらしい。

 俺がナターシャちゃんの生活に潤いを与えているのと同じように、アーケンハイムは本屋の生活に潤いを与えていた。

 たぶんきっと、そういうことだ。

 

 実際、アーケンハイム自体、空間の魔導が使えるから、物を収納する裏技が使える。

 図書館に寄贈とか、する必要は本当はないんだろうけど、そこはあいつの性格だった。

 

「さすがアーケンハイム様だにゃ」

 

 ナターシャちゃんは感心していた。

 アーケンハイムのやつの街での評判はかなり高い。全てはその人徳のなせることだ。

 

 あいつがこんなふうに認められると、俺も誇らしい。

 

「シュテルンヘルン様も見習ったらいいのにゃ……」

 

「うん、考えとく」

 

 一朝一夕に、あいつのようにはなれはしない。それは俺がよくわかっていることだった。

 

 もちろん、あいつには欠点といえる部分もある。それは知っている。

 たとえば、相手の気持ちをあまり考えず、正論をズケズケいうところだったりとか。曖昧なものは、白黒はっきりさせないと気が済まないところだったりとか。

 頑なで、アーケンハイムは他人との不和を広げることがよくあった。

 

 ま、でも良いやつだ。なんだかんだで周りの人間には優しいし、俺が辛い時は気遣ってくれる。マジで良いやつだ。

 俺があいつと一緒にいるのは、同じくらいの強さってだけじゃないわけだ。

 

 そうして、アーケンハイムを見ていると、一般のコーナーに移動して本を手に取っていた。

 パラパラと内容を確認すると、持って行って会計しているようだった。

 

 どんな本を買ったのか、遠目に確認をする。

 

 ――『こんな男はあなたに惚れている♥︎ 厳選、10の仕草』。

 

「やっぱり男か!? 俺以外のっ」

 

 そうとしか考えられない。なんて本を買ってやがる。

 

「よかったにゃ。もし男と会ってても、ああいう本を買うってことは、相手はその気じゃないかもしれないにゃ」

 

 俺は気が動転していたが、ナターシャちゃんは冷静に分析していた。

 

「そっか、確かに……いや、でも、あいつほどの体で、相手がその気にならないってことはあるのか……?」

 

「そういう言い方ばっかりしてるから、そっぽ向かれるにゃ」

 

 呆れたようにナターシャちゃんは言った。傷つく。

 ナターシャちゃんは、仕事だし、俺が気持ちよくなるように会話をしてくれているが、そんなナターシャちゃんがこんなふうに言うなんて、よっぽどだったのかもしれない。

 

 それはそうと、気になる。

 やっぱり、これから誰か男と会うのだろうか。それを考えただけでも、不快感が込み上げてくる。

 

 移動するアーケンハイムをさらに俺たちはつけ回す。

 

「食材を買ってるみたいだにゃ」

 

「俺たち……自炊しないんだけどな……」

 

 アーケンハイムはホテルの食堂でだいたい飯を食ってる。俺は、外のお店で食べてる。そんな感じだ。

 だから、俺もアーケンハイムもキッチンを使ったりはしなかった。

 

「ん……? ご飯って感じじゃにゃいっぽい?」

 

「あー、たまにアーケンハイム、甘い物とか作ってくれるんだよな。美味いぜ?」

 

「アーケンハイム様にそんな趣味があったにゃんてにゃ。つまり、そのアーケンハイム様直伝ってことだにゃ?」

 

「ん……? え、あ……たぶん、そういうことだ」

 

「……?」

 

 一瞬、設定を忘れかけていた。

 あいつは、アーケンハイムの妹ってことでやってるんだった。

 

「にしても、次、なに作ってくれるんだろうな……」

 

「まつにゃ! シュテルンヘルン様へとは限らないにゃ!」

 

「……あ……」

 

「お家デートの可能性もあるにゃ!」

 

「お家……デートだと?」

 

 アーケンハイムは、甘いものがそこまで好きじゃない。アーケンハイムが作ったものは、大半を俺が食べていた。

 どことも知らない男を俺たちの部屋に招いたアーケンハイムは、作ったお菓子をそいつに振る舞う。

 

 ――許せなかった。

 

 そんな光景を思い浮かべて、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。なら、無理やりにでも……。

 

「シュテルンヘルン様?」

 

「ん? あ、あぁ」

 

 声をかけられて、我に帰る。

 

「ちょっと怖かったにゃ……」

 

「悪い悪い」

 

 なんというか、自分にこんな感情があるなんて驚きだった。

 今まで、女を取っ替え引っ替えやってきたけど、振られても悲しいくらいだった。

 

 俺がここまでの怒りを覚えるなんて……そうだな……アーケンハイムの努力が踏み躙られてバカにされたときくらいだ。

 自分より魔力量の低い相手に対して一方的に有効な術式を持つ魔人が、アーケンハイムを嬲り殺しにしようとしたとき……あのとき以来かもしれない。

 

 いったん、落ち着く。

 魔導師にとって、感情の制御は必須だ。思うままに暴れてしまえば、それは魔物と変わらないだろう。学生時代に相棒に言われたことだった。

 

「にゃあのお家いかないかにゃ」

 

 突然だった。ナターシャちゃんはそう言った。

 

「ダメじゃないか? 客に家教えるとか……」

 

 お店に客がこなくなるから、そういうのは普通、店が禁止している。

 

「特別だにゃ。それに、お金をちゃんと報告すれば大丈夫だにゃ」

 

「ふーん。そっか」

 

 よくわからないけど、ナターシャちゃんが大丈夫ならそうなんだろう。

 

「じゃあ、いくにゃ!」

 

「ちょっと待て……あいつを追うのは……」

 

 悩む。アーケンハイムを追うべきか、ナターシャちゃんのお家に行くべきか。

 

「えいにゃ!」

 

「……!?!?」

 

 ふにゅっと、手のひらにやわらないものが触る。ナターシャちゃんが、俺の手を持って、そこへと運んだのだった。

 

「行くにゃ」

 

 そんな感触に、俺は抗えるはずがなかった。ナターシャちゃんは良い笑顔だった。

 

 そうして、気がつくとナターシャちゃんのお家にいた。

 ナターシャちゃんのお家は、貸家のワンルームの部屋だった。子綺麗に片付いている。

 

 短く、シャワールームで体を洗う。そうして戻ると、裸のナターシャちゃんが、ごそごそと鞄の中をなにか探していた。

 

「あ、あったにゃ」

 

「なにそれ?」

 

「ん? ローションだにゃ」

 

 ヌルヌルするあれである。話くらいなら聞いたことがある。

 

「そういうの、今日は使うのか?」

 

「実はいつも、こっそり仕込んでるにゃ。おかげであんまり痛くないにゃ」

 

 どおりで、いつもヌルヌルなわけだ。

 ナターシャちゃんは、自分につけたあと、ヌルヌルとした手で、俺の方にも触ってくる。

 

 準備万端と、ナターシャちゃんはベッドの上で四つん這いだ。

 

「やるにゃ」

 

 ナターシャちゃんはお尻を向けてくる。そんなナターシャちゃんの、ゆれる尻尾をグッと掴んで、こっちへと持ってくる。

 

「ひ……にゃあ!?」

 

「く……」

 

 ナターシャちゃんは、声を上げる。少しわざとらしく思えるけど、それが良かった。

 まぁ、恋人がここまでわざとらしかったらドン引きだけど、ナターシャちゃんはそういうのじゃないし。

 

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」

 

 そこからは、まぁ、いつも通りだ。

 

「にゃお、にゃお、にゃお、にゃん……っ」

 

 一通り、楽しみ終わる。

 いい感じに満足だった。

 

 ナターシャちゃんは、綺麗にしてくれたあと、紙の上にペッと吐き出す。そのままベッドの上に、ぐでーんと寝転がっていた。

 

「つかれたにゃー」

 

 お家だからか、ちょっといつもより気が抜けているように感じられる。

 

「そういえば、ナターシャちゃん……吐き出すよね」

 

「おいしくないにゃ。ごっくんは、別料金だにゃ」

 

「あ、うん」

 

 アーケンハイムが、飲み込んでくれていたことを思い出した。できる努力はしようって、あいつはそういうところがある。終わった後に文句を言うアーケンハイムだが、最中は俺を楽しませようって、最大限頑張ってくれていた。

 ま、それに混沌魔導で無菌だし、毒もないしと思ってるんだろう。

 

 やることやったし、帰ろうかと支度を始める。ふと、薬瓶が目に入った。

 

「なぁ、この薬が……」

 

「それは人間になる薬だにゃ」

 

「あ、そうなのか」

 

 獣人化の秘薬の方だと思った。でも、違った。獣人化の秘薬を使ったあと、人間になる薬で元の身体に戻るって感じか。

 時間制限のたいぷじゃないのか。いちいち薬飲まないと戻れないは面倒なんじゃないかと思う。

 

「あ、そうだ。ローションだっけ? どこで売ってるか教えてくれないか?」

 

「うちのお店の斜め手前にあるお店のやつがいい感じにゃ」

 

「ありがと」

 

 痛いと文句をつける相棒だ。これ使ってやれば、そんなこともなくなるだろう。

 

 ふと、ナターシャちゃんは時計を見る。

 

「はっ……時間だにゃ。お会計だにゃ」

 

「あ、うん」

 

「領収書はこれにゃ」

 

 ナターシャちゃんの書いた領収書だった。

 

「うわ……たっか……」

 

 いつにも増してだ。書いてある内訳としては、まぁ、特にぼったくられてるわけでもない。それでも高いものは高かった。

 セリティア救出で手に入れた迷宮核のわけ前のほとんどが飛んで行った。超級の迷宮核だったけど、しかたないか。

 

「いつもありがとうだにゃ」

 

 そう言って、ナターシャちゃんは玄関までお見送りをしてくれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして、俺は適当に外をふらついたあと、帰ってきた。適当にギャンブルをしたが、あんまり今日は楽しくなかった。ぼちぼちだ。最近は無難な賭け方で無難に金を失っているかもしれない。

 外で夕食をとって帰った。

 

 ふと、靴箱の隣を見るが、あの目がうつろの女はいなかった。

 

「ん。シューティ、良いところに帰ってきたね」

 

 アーケンハイムだった。なにやら、エプロンをして、耐熱手袋をしてお皿を持っている。髪は後ろで一つにまとめていて、新鮮な姿だった。

 

「アーケンハイム?」

 

「アップルパイ焼いたんだ。食べないかい?」

 

「俺のために……」

 

「そんなとこ。ま、私が作ってみたかったってのもあるけど。いらなかったかい?」

 

 そっけなく、そう答える。

 他の男とか、そんなわけがなかった。全部、俺のためだった。

 

「……アーク」

 

「ん? ほんとに、いらなかったかい? でも、リンゴは苦手じゃないだろ?」

 

「あぁ、苦手じゃない」

 

 なら、やることは一つだ。まずはこっちからいただく。

 

「いや、ちょっと……作り立ての方が美味しいからね。まずは食べて……」

 

「嫌だ」

 

「ええ……?」

 

 相棒は困惑していた。そのまま、ベッドの上へと持っていく。

 エプロンを脱がして、服を脱が……いつもと違う服だった。

 

「破いていいか?」

 

「あ、ちょっと自分でやるよ」

 

「あ、うん」

 

 そう言うと、アーケンハイムは服の留め具っぽいところを一つ一つ外していく。そうなってるのか。

 さらには、何かアーケンハイムはもぞもぞと動いている。

 

「さ、引っ張って? 思いっきり」

 

 そう言うと、アーケンハイムは服の端っこを俺に差し出してくる。

 言われた通りに、掴んで、力を込めて引っ張ってみる。

 

「おお……!!」

 

 するりと、アーケンハイムの裸体があらわになる。俺は感動した。仕上げをさせてもらったことで、俺の興奮も万全だった。

 

 そのままに、押し倒す。

 押し倒して、ふと、思い出す。

 

「あ、そうだ。いいもの買ってきたんだぞ?」

 

「ん? あぁ、それね」

 

 ポッケに入っていたそれだった。ナターシャちゃんに言われたお店に行って、買っておいた。

 

「知ってるか……。これ使えば、痛くないって」

 

「まぁ、有用性は知ってるよ。私のことを考えてくれたっていうのも嬉しい。でもさ、シューティ。それ使ったら、お前は絶対手を抜き始める」

 

「……っ!?」

 

「ちゃんと、お前のやりたいことの前に丁寧にしてくれればなんだけど……そういうのがなくたって、私はたぶん体質的に大丈夫だしね」

 

 ナターシャちゃんのときは、結局、これを使ったからだろうか、前のイチャイチャがなかった。

 これを使ったら、俺はそうしたくなるだろう。それはアーケンハイムの望みじゃない。

 

「逆に考えるんだ。しっかりと前の触れ合いをすれば、あとはむちゃくちゃにして構わないって」

 

「……!?!!」

 

 密着して、アーケンハイムは煽ってくる。そんなことを言われたら、むちゃくちゃにしてやりたくなるに決まってる。

 

「いい? そっとだよ? そっと……。お前は力が強いからね」

 

「あぁ……」

 

 触り方はだいぶ慣れてきた。いける。今日は我をわすれたりしない。

 

「さぁ、こっちも……」

 

 そうやって、俺は努力の限りを尽くしていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うーん。ちょっと湿気っちゃってるね……」

 

 アーケンハイムは、自分の作ったアップルパイを食べながらそう言った。

 あれだけ時間をかけたんだから、こうなるのは当然だった。

 

「おいしい……」

 

 思わず、声が漏れる。

 アップルパイは湿気ているが、それでも美味しかった。

 

「え、でも作り立ての方が、もっとおいしいだろ?」

 

「今食べるから、たぶんおいしい」

 

 外でご飯を一人で食べるより、ずっと良いと思った。それに隣には、これを作ってくれた信頼できる相手がいる。それがなによりも、おいしく思わせてくれる。

 アップルパイのその甘さは、心に染み渡っていく。

 

 ちょっと涙出てきた。

 

「そんなに……? いや、でも、職人が作ったやつの方が美味しいだろうけど」

 

「お前が作ってくれたからだと思う」

 

「そっか……」

 

 俺も、なんでここまでアップルパイに心を打たれたのか、ちゃんと説明するのは難しかった。それでも、相棒はわかってくれたみたいだった。

 

「……おいしかった」

 

 ちゃんと、俺は完食する。食べた量は、いつもそうだが、アーケンハイムが二割、俺が八割だった。アーケンハイムは甘いものがそこまで好きじゃないから、いつもこうなる。

 

 ふと、相棒は尋ねてくる。

 

「そういえば、今朝、私のことつけてたけど、どうしてだい?」

 

「あぁ、やっぱ気づかれてた?」

 

「まあね」

 

 アーケンハイムの感知能力で、尾行に気が付かないわけがないだろう。まぁ、俺もわかってやってたことだし。

 

「お前に他の男の影があると嫌だから」

 

「別の女と尾行してたやつが言う?」

 

 じとーっと相棒はこっちを見て言った。これはたぶん嫉妬の視線だ。そう思っておくことにする。

 

「あれは偽装にお金で雇った子だから、セーフでしょ。ていうか、なんだよ? 本屋で買ってた本」

 

「それくらい、わかれよ?」

 

 呆れたようにアーケンハイムは言った。俺の肩に、こいつはしなだれかかってくる。

 

「わからないな」

 

 俺はそのまま抱き寄せて、頭を撫でる。

 俺が疑っていたようなことじゃなくて、ホッとする。

 

「にしても、今日はちょっと失敗だったかな……」

 

「失敗?」

 

 こういう話をするのは、たぶんあれだ。いつもの反省タイムだ。俺は居住いを正す。

 

「んー? 最初はよかったけど、途中から乾いちゃったかんじだね。一回、動き止めて、もう一回、丁寧に触ってくれたらよかったかも。これは、いつもより長かったからだろうけど」

 

「途中から、使うのは?」

 

 今日使わなかったそれを手に持つ。

 

「アリだね。まぁ、ここは要検討かな」

 

 なんとなく、学生時代を思い出した。学生の頃も、敵との戦いだったり、ダンジョンアタックだったりと、こうやって二人で反省点の洗い出しをよくやっていた。

 いつもは責められるばかりだったが、今日の雰囲気は、そのときに特に似ていた。

 

「受け入れる前に、撫でられる気持ちよさで私が一回は……それがよかったんだけど……ただ、けっきょくお前は我慢できなかったんだよね。ちょっとあれは惜しかったかな」

 

「…………」

 

 始める前もそうだったが、最後まで……今日は、一度も快楽の向こうへと持って行ってやることはできなかった。

 その分、悔いがある。ちゃんと聞くしかなかった。

 

 ただ、そう。あんなに乱れる姿を見て、始めないのは無理だった。

 

「でも、今日は五十点あげよう」

 

「高!? なんで……?」

 

「内緒」

 

 しとやかに、アーケンハイムは笑顔をみせた。





続きが……!
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