宿屋に戻ると相棒がTS美少女化して抱けと誘ってきた   作:名もなき魔導士

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魔神級魔導士

「あいて……っ」

 

 俺は床に転がっていた。さっきまで、ベッドの上にいたはずだった。

 不意の合体解除から、素早い身のこなしで俺は蹴飛ばされたのか。いい動きする。

 

「痛いのは、こっちだよ……」

 

 不機嫌に、相棒はそう言った。今まで、こんなふうに蹴飛ばされることはなかった。

 

「乾いてなかっただろ? なら、痛くなんて……」

 

「最後に勢いよく動かすのは痛い。そんなふうにぶつけてくるなって言ってたよね?」

 

「でも、蹴ることないんじゃね?」

 

 いっつも、軽く言われるだけで、そこまで真面目な注意じゃなかったはずだ。

 一番いいところで、こんなふうに中断じゃ、文句の一つも言いたくなる。

 

「そりゃ、まぁ、お前が気持ちいいならって、多少は我慢してたよ。毎日のダメージが蓄積されたせいだと思う。激痛が走ったかな……反射的だった。ごめん」

 

「あ、うん。ごめん」

 

 一瞬、感情的になったアーケンハイムだったが、すぐに冷静さを取り戻してくる。

 冷静にならずに、このまま殴り合いの喧嘩っていうのも男のときはあったかもしれないけど、今は違った。まぁ、あれは男同士のコミュニケーションみたいなものだったし、アーケンハイムは冷静になろうと思えばなれたんだろう。

 

 アーケンハイムは落ち着いて自分を分析していた。俺のために我慢していた言葉を聞けば、俺も謝らずにはいられなかった。

 俺は床から起き上がって、ベッドに座り直す。

 

「ま、でも、変なふうに傷ついてるかもしれないし……ちょっと当分、しない方がいいかもね」

 

「マジ?」

 

「まあね」

 

 真面目な顔で言ってしまったアーケンハイムに、俺は困る。

 今まで体を重ねなかった日はなかった。アーケンハイムの存在が、俺のことを誘惑している。

 

「ちょっと来いよ?」

 

「続きならしないよ?」

 

「いいから」

 

 膝の上に乗せる。そのままに、胸の下を左腕で抱きしめて、抑える。

 

「ちょっと、力つよいって。当たってるし……」

 

 そのままに、右手をこいつの臍のしたへと滑らせる。

 

「混沌反魔導『治癒(ヒール)』」

 

 よく考えれば、俺の反魔導を使えば、怪我なんてどうってこともない。相棒なら、そんなこと考える前にすぐにわかるはずだ。

 

「ん……ぐ……。……っあ」

 

「アーク?」

 

 回復の魔導を受けて、抱きしめているアーケンハイムの様子が変わる。

 魔導をかける手のひらからは、わずかな痙攣が伝わってくる。横から顔を覗き込んでみれば、焦点が合わず、目がうつろに微かに震えていた。

 

 まぁ、うん。俺が魔導をかけた場所は、要するにダイレクトだったわけだ。

 

 すぐに戻ってくる。余裕なく、ふーっ、ふーっ、と息を整えている。

 

「いけるな?」

 

「あ……っ、ずるいよ……。あ……っ」

 

 少し腰を上げさせて、続きだった。

 

「どうだ?」

 

「続きしないって……あっ。言ったよね……あっ」

 

 言葉は怒っているようでも、体は俺を求めている。良い。……良い。

 

「そういう割にはお前の動きも……。あ……」

 

「……もう?」

 

「ごめん」

 

「うん、いいよ」

 

 まだ、耐えられたはずだった。耐えられなかった。

 まぁ、でもさっきは最後の直前での中断だったし、しかたないか。

 

「はぁ……」

 

 一息つく。

 そんな間に、アーケンハイムは俺の膝に乗ったまま、横向きに、抱きしめて寄りかかってくる。

 

「『治癒(ヒール)』は終わったあと、毎回するのが良いかもね」

 

 こいつは俺の手を自分のお腹の下の方へと持ってきて、そう、ねだった。

 

「まぁ、そっか」

 

 俺も蹴られてベッドの外に出されたいわけじゃない。この程度の手間でいいなら、俺も惜しむことなく魔導を使う。

 

「……んっ」

 

 治癒の術式を受けるこいつの反応は、いちいちエロかった。

 

「よし……こんなもんか……」

 

 そうすると、アーケンハイムはおもむろにこっちを見る。

 

「んー、今回は点数なしかな……」

 

「なんだよ。なしって……」

 

「いや、途切れちゃったし……。蹴っちゃったし……。ごめんね」

 

「俺も悪かったって……」

 

「うん」

 

 こんなふうに甘えてくる女の言葉だ。自分の非も認めないわけにはいかなかった。

 

「ていうか、俺の反魔導で解決だっただろ? 治るの待つって、どうして……」

 

「さすがにさ……一日二回は多いだろう? 抱かれるのも神経使うし、精神的に疲れてきたから……本音をいえば少し休みたかったってところだよ」

 

「神経使うのか? 疲れるって」

 

 俺は、むしろ、精神的な充足を感じている。もし、嫌なことがあっても、こいつのことを抱けば間違いなく立ち直れる自信があった。

 

「はーあ。やっぱり、お前さ……ちょっとはさ……。私に気を遣ってみてもいいんじゃないかな?」

 

「俺がお前に? はっ……。そういう仲じゃないでしょ」

 

「なんていうか……まぁ、言いたいことはわかるから、いいや」

 

 相棒はそう言って引き下がった。

 気をつかうとか、そういうのは違うだろう。アーケンハイムだって俺にズバズバ言ってくるし、俺たちはそういう関係だ。

 

 アーケンハイムは、いろいろと片付けて、支度を始めていた。

 

「シューティ。お前も早くしろよ?」

 

「あぁ」

 

 今は朝だった。部屋から出る前に、抱いた。最近は、朝と夜の一日二回が生活のスタンダードだった。

 

 そうやって、俺たちはギルドに出かける。

 いつも通りだ。ぐだぐだと今日も迷宮探索だ。休みに遊べば金もすぐなくなるし、遊んだ分、働かないとな。

 

「あ、セリティア」

 

「シューティ。来たな」

 

 ギルドに行くまでの道にいたセリティアだった。待たれてたようだ。

 

「ていうか、まだ帰ってなかったのか?」

 

「ま、いろいろ報告があったから。生徒はもう帰らせたよ。私ももう帰るから、挨拶にって思って」

 

 一回抱いてから、どうにも慌ただしいようだったから会えてなかった。会えばアーケンハイムのことを誤魔化さないといけないから、そういう意味ではよかっただろう。

 

「魔導学園……気が向いたら寄ってもいいか?」

 

「そのときは、アークも一緒でたのむよ」

 

「あ、あぁ……」

 

 そうやって、別れの挨拶を済ませて、セリティアは行った。俺は学生時代に思い馳せる。いろいろあったけど、あの頃は楽しかったよな……。

 ちらりと、俺の女になったアーケンハイムを見る。ま、今も楽しいな。

 

「相変わらず、面の皮の厚い女だったね」

 

 相棒は、辛辣だった。こんなふうに辛辣になったのは、俺が久しぶりにセリティアを抱いてからだった。

 そういうことだろうとは思う。

 

「いや、お前のこと気にかけてくれてたじゃん」

 

「ま、久しぶりの旧友だったし、私も少しは話したかったかな。他人の男に手を出すところは治らないのかとか」

 

 嫉妬だろう。

 相棒の腰に手を回そうとする。ぺしと軽く手を叩かれたが、俺はめげずに手を回した。軽く抱き寄せる。

 相棒はため息ひとつ、諦めてか、そのまま俺たちは歩く。

 

 今日は、換金の迷宮核はないから、ナターシャちゃんの方へはいかない。いつものように、残っている迷宮を物色するつもりだ。

 

「うわ……っ、上級迷宮ほぼないじゃん」

 

「迷宮期も、終わりに近いからね」

 

 地脈に流れる魔力が安定し、迷宮が開放される期間が迷宮期だが、この迷宮期の終わりには、上級の迷宮は攻略され尽くされるのが毎年のことだった。

 

 でも、少し違和感がある。

 上級迷宮を狩り尽くすのは、いつもだいたい俺たちだ。俺たちの直近のアタックはセリティアが捕まってた超級迷宮。

 俺たち以外で迷宮を完全攻略できる人間は少ない。短期間に、こんなに減るもんだろうか。

 

「ふふ、久しいですわね。雑魚狩りのシュテルンヘルン」

 

「うわ、お前かよ」

 

 白いドレス姿の、おおよそ迷宮に挑むとは思えない格好の女だった。

 

「あなたに見合わない上級迷宮は、私が攻略して差し上げましたわ。感謝なさい?」

 

「じゃあ、お前も雑魚狩りだよ……」

 

 こいつの名前はセッカ。こいつは、俺たちより一周り年下の女で、俺たちと同じく魔神級魔導士だった。ま、俺たちの方が強いけどね。

 

「それで、そのお方が話に聞くアーケンハイム様の妹様ですわね?」

 

「ん? あぁ、私がアーケンハイムの妹だよ」

 

「似てますわね。私はセッカ・リースティア。セッカでいいですわ。よろしくお願いしますわ」

 

「うん、アーリカだよ」

 

 セッカは、一度、アーケンハイムの胸を見た。そして自分の胸を見る。ちょっと落ち込んでいた。

 

 それにしても、アーケンハイムは、ちゃんと設定を忘れていなかったようだ。安心する。

 

 ちなみに、セッカはアーケンハイムの大ファンだった。何年前だったか……ファンが高じて、俺たちに会いに来たというわけだ。

 あのときは、アーケンハイムの隣は……とか言って俺によく絡んできた。同じ魔神級でも俺の方が強かったし、ボコしてやっていた。

 

 ただ、アーケンハイムのいいところを俺はいろいろ知っている。結果として、意気投合して、しばらく付き合った。

 まぁ、三ヶ月もたなかったけど。

 

 二人の会話を俺は尻目にして、挑戦できる迷宮が張り出された掲示板を見直す。

 

「マジで? ていうか、超級しかないの? ええ……」

 

 超級の迷宮は普通に広いから攻略に数日かかることも多い。上級迷宮の稼ぎで楽しく暮らせるし、そこまでして超級の迷宮に挑みたくはなかった。

 

「でも、結局、最後は超級に挑むことになるだろ?」

 

「そうですわ! しのごの言ってないで行きますわよ!」

 

「え? お前も付いてくんの?」

 

 しかたなくだ。超級迷宮に、俺は行くハメになった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 超級迷宮。

 基本的に無駄に広く、移動だけでも時間がかかる。一日以上攻略にかかることがほとんどで、野営は必須になる。

 

「ふっ、ここは私の力を存分に発揮するとき! 因果魔導『転律(フォーチュン)』」

 

 セッカは魔導を発動して、俺たちを先導してくる。俺たちはそれについていく。

 俺は声を顰めて、アーケンハイムに喋りかける。

 

「やっぱさ。お前の感知能力でどうにかできないの? 迷宮核の魔力はわかるんだろ? だったら、今年こそ」

 

「だから、毎年言ってるよね。迷宮は階層が別れてる。超級は特にだよ。階層ごとに時空が閉じてるから、私の感知能力じゃ、まず無理だって……」

 

 毎年……まぁ、毎年こんな調子だった。相棒は日々能力を強化しているのだから、迷宮をズルで突破できるようになったらいいなと俺は思っていた。

 

「でも、『還らずの虚』のときは、時空ぶっ壊して直で迷宮核に行っただろ?」

 

「あれは迷宮で歪んだ時空を分析したからだよ。分析に時間かかったわけだし……」

 

「歩いた方が早いか……はぁ……」

 

 俺は日帰りで迷宮を攻略したかった。面倒だし、できるだけ楽がしたい。

 一日一度は女を抱きたい。ま、今は抱ける女が近くにいるからいいけど……やっぱ迷宮内だといろいろしんどいか。

 

「なにをお話ししていますの?」

 

 歩くペースを遅らせて、セッカは会話に入ってこようとしていた。

 

「いや、なるべく早く攻略したいって話」

 

「それなら、私にお任せ。完璧に案内してさしあげますわ」

 

「そうだな」

 

 こいつの魔導は、自分の運勢を上げることができる魔導だった。ギャンブルで使えば当然最強だが、まぁ、ギャンブルで魔導を使ったら犯罪だ。詐欺だったかな。

 

 特にこの街の場合、どんなに名のある魔導師だろうと、アーケンハイムとかいう怖いお兄さんがやってきて、衛兵に連れて行かれる。

 もちろん、ギャンブルで不法に稼いだ分は没収だ。

 

 ともかく、そんな魔導を使わせて、こいつになにをさせるかといえば、適当に前を歩かせるだけだ。それだけで、最短で目的地に着く。そういう魔導だ。

 いい感じに魔物も避けていっているから、ただ俺たちは歩くだけだ。

 

「そういやさ。あれから、なにしてたんだ?」

 

 一応、付き合っていた時期があった。そこから、別れて、一度も会ってはいない。こいつは探索者ってわけじゃなかったし、会う機会もないか。

 

「自分磨きの旅をしていましたわ?」

 

「へぇ、強くなったの?」

 

「それなりには……」

 

 こいつもそれなり……同じ魔神級とはいえ、俺たちの方が格上だ。それは変わらないとは思うが、強くなったというなら、やっぱり興味が湧く。

 

「お前の他人を見る基準って、かなり単純だよね」

 

 アーケンハイムはこっちを横目に見て、そう言う。

 

「ま、最近、骨のあるやつとは戦ってなかっただろ? 俺も、だいぶなまってるんじゃないかってな」

 

「なまってる……か」

 

 強い相手と戦っていないのは、アーケンハイムも同じじゃないかと思った。魔神級も、ここ数年は俺たち以外会っていなかったわけだし。

 

「あぁ、それで、シュテルンヘルン。あなたには言っておかないといけないことがありましてよ?」

 

「ん? なんだ?」

 

 ちょっと雰囲気が冷たいような気がする。

 これは、あれだ。アーケンハイムが俺を責める時も、よくこんな感じだった。

 

「一度、私、実家に帰りましたの」

 

「ん。そっか」

 

「それで、縁談がありましたの。シュテルンヘルン……あなたなら知っているでしょうが、私、処女でありません。それでも、私の魔導と家柄なら、良縁も当然ありましたわ」

 

「ふーん。よかったじゃん」

 

 まぁ、うん。俺が相手したんだから、男を知らないってわけはない。そういえば、こいつのこと抱いたのは一回だけだったか。ヤケに断ってきたのを覚えている。

 

 ともかく、こんな話をするってことは、もう既婚ってことか。新しい相手は、俺が関わることでもないだろうし。

 

「よくありませんわ!」

 

「は?」

 

「あなたのせい……そう、あなたのせいで……っ!」

 

「意味わかんねぇんだけど?」

 

 喧嘩別れってわけじゃなかったと思う。普通に別れたはずだ。恨みを買う理由もたぶんない。

 

「私……できなかったのですわ」

 

「は?」

 

「できなかった……。そう……あなたに犯された心的な外傷のせいですわ!! 私は、できなかった……。そのせいで、破談になりましたの」

 

「…………」

 

 ちょっと、なに言ってるかわからなかった。

 

「あー、まーね。そういうこともあるか」

 

 アーケンハイムは納得したように言った。

 相棒はわかったようだが、俺は分かりたくなかった。

 

「婚前交渉を無理強いしたと、相手側が非を認める形で、婚約破棄をさせられましたわ……。こっちの非でいいからと、婚約を破棄しようと頼まれたときの悲しさやたるや……」

 

 セッカ自身が処女じゃないのに婚前交渉なんちゃらは、建前だろうけど、だいぶ無理がある気がする。野暮な話か。

 

「でも、魔導目的の結婚なら、お前の魔導を使えばさ……ちょちょいと相手のが付いた綿棒でも使えば、一発じゃね? やっぱ、俺、悪くないよ」

 

 仮に……仮にだ。俺のせいで、男とそういうことができなくなったとしても、運が良くなる魔導なら、適当にちょちょいとしただけで子どもなんてできるはずだ。

 そんなに女を抱きたいんなら、商売の女でいいだろう。

 

「シューティ。それ、本気で言ってる?」

 

「さすがシュテルンヘルン。発想に温かみがありませんわ」

 

 二人に非難される。どこが悪かったのだろう。

 

「まぁ、じゃあ。次、いい出会いもあるんじゃないか?」

 

 正直、この話を続けても、良い流れにはならないだろうと想像がついた。だから、適当に話を合わせて話題を流そうと試みる。

 

「シュテルンヘルン! 決闘ですわ!」

 

「……懐かしいな……こういうの」

 

 こんなふうにセッカからは何度も挑まれていた。付き合う前も、付き合った後も、一年くらい週に一度は戦っていたかもしれない。

 

「どうせ、俺が勝つよ」

 

「ふん、目にモノを見せてやりますわ! あなたという悪を今日、裁きますの!!」

 

 

 

 ***

 

 

 ――シュテルンヘルン。

 

 魔神級の魔導師の中で、誰が最強か……という問いがあるとしよう。そうしたら、十人中の十人が、きっとそう答えた……シュテルンヘルンこそが真の最強だと。

 

 最強の中の最強。

 生まれながらにしての怪物。傲慢、無慈悲、他を顧みない化け物というのが、かつての彼を表す言葉だった。

 

 彼は他人を……自分以外を必要とはしなかった。

 普通、人は一人で生まれてこない。だが、彼は一人で生まれてきた。死んだ母親の胎を自ら突き破り、彼は産声を上げたという。

 

 混沌魔導の使い手は、歴史上少ない。術式の格の高さで言えば最上位だろう。混沌魔導の使い手は歴史に名を残す者ばかりだ。

 だが、混沌魔導の使い手が、みなシュテルンヘルンのようだったかといえば、それは違う。

 生まれたときから魔導を手足のように操る人間の話は他になかった。

 

 そう手足のように扱うこそだ。その極まった魔導の効率、さらには性能ゆえに、彼は、睡眠、食事、排泄と……人間に必要なものは全て魔導で補完可能な生命体だった。

 誰が言ったか、寿命すら克服していると、まことしやかに囁かれてまでいるほどであった。

 

 だからこそ、彼には魔力以外、全てが必要ない。その魔力すらも、その魔導の効率ゆえに、必要な量はごくわずか。

 生きる上で、他人が……他の生き物が、彼にはなにもいらなかった。

 

「さぁ、覚悟しなさい。シュテルンヘルン……!」

 

「俺、悪くないよな?」

 

 だが、対峙する男は、そんな化生の類いとは思えない。

 

 それは当然、彼がいたからだ。魔導の才に恵まれずして、魔の道を歩む異端。

 ――アーケンハイム。

 

 百の道を極め、真理さえも切り拓き、彼は成った。

 最強を……かつて化け物と呼ばれたそれを、人の道へと引きずり下ろした。

 

 そんな物語が好きだった。

 魔導学園での彼らの逸話だ。その話には、現代に生きる英雄がいる。憧れていた。彼らのようになりたかった。

 

「――因果魔導!! 『王道(コレクト)』」

 

 因果魔導。これは、運命を操る魔導だ。

 私にとって、この世界は()()()。私に都合の悪いことは起こらない。もし悪いことがあったとしても、それは乗り越えられる試練だけだ。最後には必ず幸せを掴める。

 

「――混沌魔導『揺動(ウィスパー)』」

 

「――――」

 

 術式が、相殺される。ほんのわずかな、そよ風だけで、私の優しい世界は崩壊する。

 

 つまらなそうにこちらを見るシュテルンヘルンだ。

 この男は事象を見る目に長けている。なぜならば、混沌魔導で起こせる事象の全てこそが、彼の手足だからだ。

 

 初めて彼と戦った時もそうだった。私の魔導を初めてみた場合、相手はなにをされたかわからずに、一方的に負けてくれるのが普通だった。

 それをこの男は、息をするように相殺してきた。完封だった。

 

 私の因果魔導は劣ってなどいない。術式でいえば同格。そして同じ魔神級だ。

 

「因果魔導! 『炎剣(ブレイズ)』」

 

「混沌反魔導『氷剣(フロスト)』」

 

 確率をいじり、私が空気中の熱気を収束させ作った炎の剣を模すように、冷気の剣をシュテルンヘルンは構えていた。

 

 この男はこちらの相殺ばかりを考えている。

 

 振り払う。

 剣、の形はしているが、それはエネルギーの形をそう収束させているからだった。

 剣と剣とが衝突すれば、起こるのは熱気と冷気の打ち消し合いだけだ。

 

「相も変わらず、いやらしい戦い方をしますわね」

 

「ま、すぐに終わっても嫌だからね」

 

 私は知っている。それはシュテルンヘルンの人間への身の丈の合わせ方だ。

 

 シュテルンヘルンが人間となったからこその戦い方。人間となったが、彼は決して弱くなったわけではない。むしろ、比翼を得たことにより、完全である必要を捨て、その存在は洗練された。

 

 ただ、それでも、その最強たる原点は同じ。

 

 ―― 『致死(エンド)』。

 

 それがシュテルンヘルンが最も得意とする魔導だった。

 死を全身に纏って、全てを拒絶するのがシュテルンヘルンの真骨頂だが、私はそれをみたことがない。

 

 ――そう、私はその程度の人間だった。

 

「――シュテルンヘルン!! 許さない! 許さない!! 私のことをコケにしてぇえ!!」

 

「八つ当たりだろ……? 『蘇生(リザレクション)』」

 

 この反魔導は、受け入れざるを得なかった。シュテルンヘルンが、人間相手に本気を出す前段階。

 

「因果魔導『転律(フォーチュン)』!!」

 

 それは因果の反転とも言える魔導だった。理想となる結果を決める。そうすれば、理想となる結果にたどり着くため、過程が収束する。

 

 私が得たいのは、シュテルンヘルンへの勝利のみ。

 

「それでどうしようって?」

 

 シュテルンヘルンの魔障耐性は高い。これは、どれだけ魔を使い込んだかによるところがある。常に、魔導により運を底上げしているはずの私よりも圧倒的だ。

 

 だから、私の魔導の効果で、シュテルンヘルンの行動自体を変えることは不可能。

 

「お相手願いますわ?」

 

 ()()()()。誰が落としたものかは知らないが、そこにあった。

 

 剣を習ったことはない。だけれども、私の剣の腕はピカイチだ。

 魔導により、その場にあった最高の動きをそのときどきでできてしまう。肉体のポテンシャルを十全に発揮できる。うまくならない道理がない。

 

「武器……か」

 

「リーチがあった方が強いですわよ?」

 

「リーチねぇ……」

 

 魔導士のリーチは、魔導の届く範囲を言う。武器を使おうが、それは変わらない。

 だから、魔導士が武器を使うのは、魔力が尽きたときのみ。そして、私たち魔神級には、魔力切れがないのだから、武器なんかは普通持たない。

 

 だから、広げる。魔力を動かし、自らの体を拡張する。

 ――剣を我が身に。

 

「ふふ……」

 

「あー、それ。だれだっけな……あの……あれ……魔人の使ってたやつ……。でも、それは弱いんだよな」

 

「そうでもないですわ? 『世界樹』で修行中に、偶然、()()した技術ですもの」

 

「へぇ」

 

 彼が弱いと言う理由もわかる。体を擬似的に延長する分、自らの魔障耐性が引き伸ばされ、弱くなる。

 特に格上相手では、致命的だろう。それでも、これを使わなければ、武器は相手の魔導によって一瞬で破壊されるのが魔導士同士の戦いだった。

 

「十秒……いや、七秒ですわね……」

 

 シュテルンヘルンへの近接時に、魔障耐性を破られ、体内で魔導を発生させられるまでの時間だ。

 剣まで広げた結果、二分の一ほどにまで魔障耐性が落ちている。

 

「来るんなら、俺は守ってればいいだけじゃん」

 

 攻めてくればいいものを、シュテルンヘルンは守りのために構えをとっている。わざわざ合わせてくれているのだろう。舐めているというか。律儀というか。いつもそうだった。

 

 その律儀さを夜の時間に発揮できてさえいれば、いま、私はこうなってはいなかっただろう。

 

「行きますわよ!!」

 

 剣を振るう。

 

「混沌反魔導『晶化(クォーツ)』」

 

 どこから元素を持ってきたのか、シュテルンヘルンを守るように、結晶の盾ができる。

 

「因果魔導『透過(クォンタム)』」

 

 魔導を使い、すり抜ける。ほんのわずかでも確率があるのなら、それを成し遂げるのが私の魔導だ。

 でも、物質をする抜けるこの原理は、私にはわからない。わからないが、それでも使える。魔導士ならよくあることだ。

 

 これで、シュテルンヘルンの盾は意味をなさない。

 これなら、もう剣が届く。

 

「その術、弱いって言ったよな?」

 

「……っ!?」

 

 結晶の盾に紛れてだった。シュテルンヘルンに心臓を掴まれている。

 もちろん、透過はしているから、実際に触れられているわけじゃない。

 

 でも、これは……まずい……。

 

「混沌反魔導『流電(ショック)』」

 

 体内での魔導の発動。ゼロ距離以上の近距離での発動に、魔障耐性を貫通させられた。

 

「ま……が……」

 

 一瞬で、私の意識は闇に落ちる。

 

「ま、こんなもんかな……」

 

 少し寂しがるような、シュテルンヘルンの声が、最後、私には届いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……はっ!?」

 

「お、起きた」

 

 目が覚める。目の前にはシュテルンヘルンだ。

 

「何秒、死んでましたの?」

 

「三十秒くらいかな」

 

「私の体には何もしてませんわね……?」

 

「意識ないやつとなんて楽しくないだろ……」

 

 軽い冗談だったが、最低な答えだった。最低な答えだったが、その中では、まだマシかもしれない。

 

「あなたのことだから、女の形をしていればそれでいいのかと……」

 

「なんだと思ってんだよ、俺のこと。買った方が絶対楽しいだろ」

 

 私と付き合っていた間も、そういう店に行って、女を買っていたシュテルンヘルンだ。

 私が断り続けたから、と言い訳をしていたが、まぁ、私のことはそこまで好きじゃなかったんだろう。

 

「シュテルンヘルン。世の中には、どうしても手に入らない女を殺して犯した輩もおりますわ。あなたには、この機微はわからないのでしょうけど」

 

「なんだよ、それ……。お前、そういうの許せるのか?」

 

「そういうお話を聞いて、多少の感情移入はできるというだけですわ。許されないこと、というのは前提にあってですわね」

 

 まさかシュテルンヘルンに倫理観を説かれる日が来るとは思わなかった。アーケンハイム様の教えの賜物なのだろうけれど。

 

 そういえばと、見回す。アーケンハイム様の妹を名乗る人間は、シュテルンヘルンの近くにいた。見回すまでもなかったが、いつの間にだろう。戦っている時は、離れていたはずだった。

 

 アーケンハイム様に妹がいたとは聞いたことがなかった。それにしては、アーケンハイム様に似ている。顔立ちも美人だ。

 

 彼女は、シュテルンヘルンに耳打ちをする。なんというか、彼女といるのはこの短時間だが、二人は私に隠れてコソコソ話すことが何度かあってうさんくさい。

 

 コソコソ話を終えて、シュテルンヘルンがこちらを見て切り出した。

 

「あぁ、それで……まさかとは思うけど、俺と戦いに来たってわけじゃないんだろ?」

 

「いえ、私が来たのはそのためですわ。あなたに一度、復讐をと思って」

 

「は? マジ?」

 

 二人は、きょとんと顔を見合わせた。

 

「あと、その目的のため……ここに来る口実が一つありまして……。魔導省直々に、伝達がありましたの」

 

「普通、そっちが本題だろ……」

 

 ちょっとからかってみただけなのに、シュテルンヘルンは本気にとってくれていた。いつものことだろう。

 

「この街に、魔人の本拠地がある。ここ最近散発する魔人の事件……その魔人たちの足取りを追った結果、ここを通過していることを確認できましたわ。この調査に、国お抱えの唯一の魔神級の魔導士である私が派遣されましたわ」

 

 人類を脅かす人類の敵だ。

 いま、ここで叩かなければ、たとえば十年前のような、人類の存亡をかけた戦いになるかもしれない。

 

「いや、ちょっとまて……。アーケンハイムがいるのにか? 気がつくだろ。な……?」

 

 アーケンハイム様の自称妹に、シュテルンヘルンは確認を取ろうとしていた。

 

「能力を上回るような術を作り出したかもしれない。人よりも感知が上手いってだけで万能じゃないしね」

 

 アーケンハイム様の力をよく知っているような口ぶりだった。なんとなく、この女、怪しく見えてきてしまう。

 

「ともかく、しばらくは調査のために私はここに留まりますわ」

 

「じゃあ、なんで上級迷宮攻略したんだよ?」

 

「嫌がらせですわ」

 

「こいつ……っ」

 

 二人の活躍によって、この国は今、供給される魔力の値段が安くなり、空前の好景気だった。革命と呼ばれるほどに、魔導具の技術の開発もここ最近では急速に進んでいる。

 

 学園に通ったような優秀な魔導士が迷宮を攻略するなんて、いつ命を落としてもいいような仕事をするのは、普通あり得なかった。

 全てはアーケンハイム様の人徳ゆえになせることだろう。それは、きっと人類の発展のためだ。感動だ。

 

 ふと、聞こえる。

 

「――となると、あの牝猫か……」

 

 アーケンハイム様の自称妹が呟いていた。その言葉は聞き逃さなかったが、その言葉の意味はわからなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「よーし。寝てる。ちゃんと寝てるぞ?」

 

「そっか」

 

 今日は、面倒がらずに天幕を設営した。

 アーケンハイムの空間魔導で、引っ張ってきたものだ。そういうところはかなり便利だ。

 

 当たり前だが、俺はこんな迷宮で寝泊まりはしたくない。アーケンハイムの空間転移の魔導で帰れたりしないのか、ということだが、あれは一人用だった。通れるのは術者か、無生物のみらしい。それ以外は制御しきれず、どこに行くかはわからないそう。

 

 その気なら、こいつ、一人だけ帰れるんだよな。たぶん。

 いや、でも、迷宮外から迷宮内は無理だから、最初からやり直しなんだっけな、確か。

 

 迷宮探索をするとき、アーケンハイムは便利だった。魔導で形成した異空間に、よく使う道具はたいてい収納済みだった。

 

 そうやって、道具を引っ張り出して、俺たちは寝る場所を作り上げた。

 

 面倒がらずに設営したはいいが、事前に用意してあるものしか引っ張り出せない。二つはなかった。俺たちだけなら、分ける必要ないわけだし。

 だから、まぁ、セッカのやつが隣で寝ている。

 

 それでもだ。俺は抱きたかった。だから、寝るのを待ったわけだ。

 

「寝てるから、いいよな?」

 

「本気……?」

 

「親ってさ……隣に子どもを寝かせて、してるでしょ。それと変わんないって」

 

 そうでなきゃ、二人目、三人目と子どもが作れるわけがなかった。

 

「子どものこと考えたら、部屋は分けるべきだと思うんだけど。誰かに預けるとかさ……。私は、そうしたいかな?」

 

「まぁ、こいつ子どもじゃないし、いいじゃん」

 

「えぇ……」

 

 アーケンハイムは戸惑っていた。

 だけど、たぶん、これは押せばいける。押しに押して、いけなかった日はなかった。

 

「今朝だって、ちょっと満足できなかったんじゃないか?」

 

「いや、まぁ、そうだけどさ」

 

「ほら、俺に任せて」

 

「お前に任せたら、痛くなるだけだと思うけど」

 

 そう言いつつ、こっちに体を預けてくる。これは、オーケーってことだろう。

 

「大丈夫だって」

 

 今日の服は、脱がし方が複雑ってことはない。いつものように、すぐに下着姿だ。残った下着もすぐにむしりとる。

 

「我慢できないか……。ま、できないよね」

 

 こいつは、恥じらいなく見せつけて、俺を誘惑してくる。

 

「やってやるよ?」

 

 思いの外、いい感じに温まっていたと思う。

 

「……っ。……っ」

 

 隣にいるセッカを起こさないためだろう……息を殺して悶える姿は、いつもより扇情的に見えてしまった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「四十点かな……ぁ」

 

「そっか……」

 

 治癒の術式をかけながら、俺は聞いた。ちょっと低い。自己最高の五十点には届かなかった。

 

「やっぱりさ。こんな状況じゃ、気分よくするのは無理があるよ……」

 

「うん」

 

 最初こそ、息を殺して身悶える姿もいいと思った。でも、隣を気にして、気が散ってるのがわかってしまった。

 いつもなら、俺に集中しているはずだ。ちょっと、寂しかった。

 

「あ、あと、私の反応見てくれてるようになったのはいいけど、途中からペース変えて速くするのはやめてほしいかな。お前が終わりたいときに激しくするのは、まぁ、妥協するけどさ……ぁ」

 

「え? 速い方が刺激があるんじゃ」

 

 いい感じになってきたら、いい感じに強い刺激を与えてやれば……そう思った。

 

「んー。まぁ、そういうのが良い人もいるかもだけど……いい感じだなって思ったところでペース上げられるから、ビックリしてそれどころじゃなくなるかなぁ。私は」

 

「そうなの……?」

 

「それにさ。せっかく良いとこに当たってても、早く動かしたせいでさ……動きが大雑把になってさ、ずれちゃってたかな……」

 

「それは……そうかも」

 

 そこらへん、俺だけ必死に盛り上がってた感じがした。

 なにかおかしいな、とは思ったが、俺は気持ちよかったから、あんまり気にしないようにしていた。

 

「小声で言っても、お前、聞いてないし」

 

「夢中だったからな」

 

 状況が状況だったから、意思の疎通もうまくいっていなかった。まぁ、今日はしかたないか。

 

「もう、ゆっくり寝ようか。明日には、攻略できてるといんだけどね」

 

「そうだな」

 

 セッカの魔導のおかげで、見張りは要らなかった。なかなか便利な魔導だと思う。

 

 布団の中で寄り添ってくるアーケンハイムの背中を撫でる。こんな場所でも、安心を感じられた。






続き……続きがなかなか……。
い、一応短編から連載に変えときました。
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