宿屋に戻ると相棒がTS美少女化して抱けと誘ってきた   作:名もなき魔導士

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とりあい

 

「今回も大変だったぜ。疲れた、疲れた」

 

「いや、シューティ。大したことなかっただろ?」

 

 超級迷宮を攻略した帰りだった。

 今回の迷宮は一日半。例の龍狩りに行くには、できる限り早い方がいいと、連日での超級迷宮の攻略だった。

 毎年だったら、超級迷宮を攻略したら、パーっと遊んで、それから次のとダラダラ攻略を繰り返していってる。いつもと違う攻略の頻度だった。

 

「超級迷宮の魔石ですね」

 

「あぁ、よろしく」

 

 窓口にいたのはナターシャちゃんだった。まぁ、あの一件があって夜の仕事を辞めてしまったわけだから、少し寂しさがある。でも、こっちの方が絶対にいい。

 

「売却額はこちらで、これが領収書です」

 

 事務的な手続きで、仕事を済ませてくれる。

 

「ありがと。そういえば、耳と尻尾とかどうしてんの?」

 

 ナターシャちゃんは、今は人間の姿をしている。前は人間になる薬を飲んでいたという話だった。でもあれは、店からもらってたっぽいし、今もその薬を飲み続けられているわけはないはず。

 

「この首飾りで、誤魔化してますよ?」

 

「そんなんあったんだ」

 

「えぇ、アーケンハイム様からの贈り物と、三日前に届いていました」

 

「へぇ、あいつがね」

 

 あいつらしい。一度助けたなら、自立するところを見届けるのが理想とかなんとか昔言ってたのを思い出す。立派だよ、ほんと。

 

「アーケンハイム様にも、お礼を言いたいのですが……」

 

「あぁ、俺が伝えておくよ。ナターシャちゃん」

 

「ナタリーです」

 

「あ……ごめん。ナタリーちゃん」

 

 そう、ナターシャは夜のお店での名前だ。こっちの方が、彼女の本名ってわけね。さすがに、夜のお店で本名を使ったりはしないってわけ。

 

「できれば、直接お礼が言いたいんですけど……」

 

「いや、そろそろ俺たちもここ離れるし、そんとき合流って話になってるから、当分は無理だろ。俺から伝えとくよ」

 

「そうですか……」

 

 適当な嘘で誤魔化す。マジで相棒の性別の問題をどうしようか。というか、どうにかできるものなのか、これは。

 

「じゃあ、またね。ナタリーちゃん」

 

「はい」

 

 一つため息をついて窓口から離れる。来年、また迷宮期になるまでに、なにか考えないといけないか。

 

 窓口を離れてすぐに、アーケンハイムが隣にくる。肩を抱き寄せる。

 

「お礼……つうか、聞いてただろ?」

 

「まーね」

 

 息をするように人助けをするアーケンハイムだ。やろうとしてできることじゃない。

 

「お前、いいやつだよな」

 

「なんで君が誇らしそうなんだい?」

 

「そりゃ、相棒だからだろ」

 

「ふーん」

 

 アーケンハイムが、少し頬を緩ませるのがわかる。こういうやりとりをするのが、こいつは好きで、決まってそういう反応をする。

 ま、俺も、相棒がちょっと頑ななところがあるけど、いいやつだってわかってもらえたら嬉しいし、そういうことなんだろう。

 

「なんか、飯食って帰るか?」

 

「あ、ちょっと、準備がいろいろあってね。大捕物だろ?」

 

 獰猛に笑う相棒だった。

 例の龍狩りに向けて、事前準備を進めている。

 

 同じ原色の龍である『翡翠』のオルガイアには、俺単独では、結局勝てなかった。それと同レベルだから、相棒はそれなりに準備がしたいのだろう。

 

「ま、俺とお前の二人がいれば、なんとかなると思うけどな」

 

「ふふ、念の為さ」

 

 こいつの好きにやらせとけば、いい感じに終わるのは長い付き合いからわかる。

 

「あんまり、俺の出番減らすなよ?」

 

「あぁ、一番大事なところは任せるさ」

 

 そう言って、相棒は離れていった。

 

 そんな姿を見送ってから、手持ち無沙汰で俺は街をふらつくことになる。

 ふらついて向かった先は、いつもの風俗街だ。

 

 何も考えずに来たわけだが、やっぱりというか目につく。例のもふもふワンダーランドだ。例の一斉検挙から、今は現場保存とかで、そのままだが、いつかは新しいお店ができるんだろう。

 もうナターシャちゃんが相手をしてくれることはないと考えると、一抹の寂しさがあった。

 

「……あっ」

 

「あ……」

 

 ちょうど、建物から出てくるシンシアがいた。こいつは、例の魔人の件の調査の一員だというのを相棒から聞いている。まだ中になにか用があったのかもしれない。

 

「よ、久しぶり」

 

「私はこのまま直帰」

 

「そっか」

 

 今ひとつ、会話が噛み合っていない気がする。昔から、こいつとはこんな感じだった。

 

「…………」

 

「……俺、行くから」

 

 他に店でも探そうかと、歩き出す。そうしたら、シンシアも隣に来て歩き出した。

 道が同じ感じだろうか。

 

「…………」

 

「…………」

 

 会話のないまま歩く。いつも一人で歩いていると声をかけてくるお店の女の子もいるわけだが、シンシアと歩いているからかいなかった。

 どうすればいい。

 

 まぁ、シンシアには聞いておきたいことがあった。

 

「そういやさ、アーケンハイムと会ったんだっけ?」

 

「そう、会った」

 

「よくわかったな?」

 

「魔力でわかる」

 

「お前もそういうの得意だったよな」

 

 アーケンハイムほどじゃないが、シンシアも魔力感知には長けていたか。昔の話だが、相棒がいなかったら、学園でトップだったかもしれない。

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばらく、言葉のない時間が続いた。これは、新しい話でも振るべきか。そう思って切り出そうとするが、その前にシンシアは言った。

 

「……アーケンハイムには、負ける」

 

「…………」

 

 今の間、なんだよ、とは思うがこういうやつだから、まぁ、しかたない。

 表情もあまり読めないし、なに考えてるのか昔からよくわからなかった。別れたのも突然だったし、理由も言わなかったよな、確か。

 

「そういやさ、例の魔人の件はどうだ?」

 

「魔人の指導者的存在の捕縛に成功したため、全容の解明も時間の問題。ただ、あの魔人の生きた年数が年数だから、抽出した記憶の解読にも時間がかかる。終わり次第、魔人の殲滅戦を始めるって話も出てきた」

 

「殲滅戦ね……」

 

 あの魔人は生きてきた年数だけあって、隠れた魔人の拠点とかもいろいろ知っているわけか。

 学生時代に相棒がシンシアの魔導を戦略的に重要と評価した時のことを思い出す。そのときは、戦えない魔導がかと、聞き流したが、まぁ、学生時代の魔人騒動でも役に立ったわけだ。

 

「シューティ。やる?」

 

「気が向いたらな。強そうな魔人とかいんの?」

 

「……これ以上は、気軽には話せない。個室……入る?」

 

 シンシアが足を止める。ちょうど、隣にあった建物を見ている。俺もつられてそれを見る。まぁ、そういう宿だった。

 

「どうだろな……。相棒に頼んだら、俺にも話まわってくるし、そっちの方がいんじゃねぇ。あいつの方が調整とか得意だし」

 

「個室……入る?」

 

 手を握られる。俺がその気になれば振り解けるが、こいつにしては力がこもっているように感じる。

 

「あ……あぁ」

 

 気圧されて、宿に入る。どうだかな。

 

 実際、俺はいい感じの女を探してふらついてたわけだけど、こいつはどうだか。昔は、まぁ、あいつに言った通りだったんだけど、経験を積んで変わってるってこともあるか。

 

「あれから、誰かと付き合ったりとかしたか?」

 

「私にはあなただけ」

 

 経験は積んでいないようだった。

 

 ただ、そうだ。反応があんまりないってことは、セリティアみたいに演技はしてなかったってことだ。

 試すにはちょうどいいか……?

 

 

 

 ***

 

 

 

 魔人の話をして、それで終わるはずもない。誘ったのは私だ。

 

 あの魔人もどきの雌猫の記憶をざっと見たから、シューティが愛する人以外とも関係を持つことはわかっていた。

 こんなことをしても私に、あいつに対してほどの情を持ってくれないことはわかる。情けないことをしているとも思う。

 

 裸のままにベッドに横になる。私は、抱きしめられていた。

 私は、これから抱かれる。独特の緊張感と不安感が私の胸の中を支配していた。

 

 彼は、ベッドに横向きになった私の後ろから、手を伸ばしている。つーっと彼の手が私の体を優しく這う。

 全身をくまなく撫でる。そんなもどかしい動きに、私の胸は高鳴っていく。

 

 お腹から、あばらを撫でられ、いやらしくもその上を彼の指が触れてくる。そこに触れられるのは、好きというわけではなかった。

 でも、彼は私に寄り添い密着しているからこそ、私は背中に彼の気分の高まりを感じることができる。私が求められているとわかる。だから、嫌いではなかった。

 

 彼の高まりに応じるように、私の体も熱を持った。むず痒さに、ももの付け根の内側を擦り合わせる。たらたらと太ももから雫が垂れる感触がある。

 不意に、そっちの方へと、彼は手を滑らせた。

 

「……っ! ……!!」

 

 優しい、それでいて無遠慮な指の刺激に私は体を引くつかせる。神経を直接いじくりまわされているような不快感がある。

 

「はぁーっ。はぁーっ」

 

 息を整えることで精一杯になるほどだった。それくらいにまで、彼はずっと続けてくる。

 きもちわるい、つらい、くるしい。頭がふらふらになって、弾けてしまいそうになる。

 

 これ以上はごめんだった。

 

「もう、しよ?」

 

 彼の手をとって、私の体から離す。脚を開いて見せて、そう言う。

 もう終わらせるしか私に選べなかった。

 

「いいんだな?」

 

 彼は起き上がると、私に覆い被さる。

 自分で言っておきながら、いざとなると、独特の恥ずかしさに体が強張る。

 

 彼の手が頬に触れた。じっと見つめられて、私の頬が熱を持つ。

 

「……早く……しない?」

 

 つい、目をそらして、そんな言葉をこぼしてしまう。

 私に急かされてか、彼は動いた。それを目を閉じて受け入れる。あまり好きじゃなかったけど、その行為を、私は昔から特別に感じていたことは間違いない。

 受け入れ切って、ある種の達成感と愛着が胸に湧き上がる。

 

「ぬるぬるだな?」

 

「私、ぬるぬる……」

 

 自分でも、その感触はわかる。こういうとき、昔はもっとひりついて痛かったと思う。でも、今は違った。

 

 そんなふうに最大限の密着が果たされたが、そこから彼は動かなかった。昔と違う。そんな動きのない中でも、彼は軽く私のお腹に手を添えて、弱く圧迫をした。

 

「……あっ」

 

 より、彼を感じる。そこには、むず痒さと、切なさがあって、もっとと彼にしがみつく。しがみついたまま身じろぎをして、深く感じ入る。愛しさが満たされる感覚がそこにはあった。それが合図になってしまった。

 

「……っ」

 

 動いて、探ってくるのを感じた。足りなくて、欲しいと擦り付けたところが圧し潰されていた。体がヒクリと意思に関係なく反応する。

 

「いくぞ?」

 

 動き自体はゆっくりだったかもしれない。ただ、激しい。その刺激は脳を直接圧し撫でられてるかのように私に響いてくる。

 このままではダメだとか、おかしくなりそうでイヤだとか、そんな考えが浮かんだ次の瞬間には、刺激に脳がまさぐられて消えていく。

 

「あ……っ。は……っ。あ……あっ」

 

 私は人形だった。与えられた刺激にひくついて声を漏らす人形だった。

 単調な強さで、一定のリズムで、そのはずだけれども、一つ一つの刺激ごとに、深みが増していく。

 徐々に徐々に、どっぷりと浸かっていって、得たいのしれないなにかが私の全身を満たしていくのを感じる。

 

 私の全部がジーンといっぱいになって、お腹の辺りを中心に、ピク、ピクと私の意思では止まらなくなる。ドクドクと、心臓が全身に熱さを運ぶ。

 

「あは……」

 

 途方もない虚脱感がそこにはあって、嬉しいはずでもないのに、私の口もとは緩んでしまっていた。これは、なぜなんだろう。

 

 そうしていると、彼が、私のことをキュッと抱きしめていた。脈打つのもわかるくらいに近かった。もう終わるんだろうと理解して、私もぎゅっと、腕も足も絡ませて、抱きしめ返した。

 私は、彼で満たされていった。

 

 行為を終えて、手際よく彼は体を拭いたりの、片付けをした。慣れてるんだろうなぁと、私はそれを見て思いながら、私は彼に全部任せる。ちょっと複雑だ。

 

 まだ、ぼーっとしていたい気分で、ベッドに横になる。もう彼はすぐに帰るんだろうと、入り口の方に私は背を向ける。

 

 冷静にならなければいけない。彼に会ってから、まともな判断ができていない。それは人間に備わった恋という機能のせいだということもわかっている。

 

 こんなものは一時の夢。私のことなんか遊びで、本命が彼にはいる。それを、ちゃんと認識しておかないといけない。

 

「……なに?」

 

「いや……?」

 

 彼が、同じベッドで、後ろから抱きしめてくる。本当にそっと、寄り添うようにだった。

 

 する前と同じく抱きしめられている。でも、あの時のような緊張感や不安感はそこにはなくって、安心感と愛着に包まれてしまう。

 

 彼が私の肩から片腕を回してきている。それを私は両腕で胸元へとギュッ抱きしめる。そして、もう片方の彼の腕に、私は頭を優しく撫でられている。

 この身体的な接触で、さっきまでは興奮で覆い尽くされていた幸福感が、ひどく頭を揺さぶってくる。

 

 幸せだった。

 幸せで、幸せで、頭がいっぱいだった。

 

 ――幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ、幸せ……あっ。

 

 ギュンとなった。体が震える。それは幸せたくさんになって、頭の中でポンと破裂したようだった。

 

 きっけかは多分、彼の頭を撫でていた手が、不意に私のお腹に触れて、なにか魔法を使ったせいだった。それは頭の中で膨れ上がった幸せに直接届いて、理不尽に掻き回し、はち切れさせた。

 

「ふふ……あはは……」

 

「くすぐったかったか?」

 

「ううん」

 

 頭がおかしくなったのがわかる。でも、考えるのは今じゃない。今はこの幸せな温もりに包まれて眠るだけだ。

 そうして、彼に抱きしめられながら、私は眠りにつく。幸せな眠りだった。

 

 しばらくして、目が覚める。

 目が覚めた時には、すでにベッドの上に彼はいなかった。

 

「あぁ……好き……」

 

 彼がいなくなったベッドの上で、ようやくその言葉を口にする。

 

「奪い……取らなければ……」

 

 魔力の光が、淡く輝く。今の私なら、彼を手に入れるためなら、なんだってできる気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「これで、血液からの魔石の再抽出は完了か……」

 

 手の中には、空っぽになった『淫虐』のリリテイムの魔石の残骸がある。魔石の再抽出には、手順があって手間がかかった。

 

 体内に魔石を取り込んだ場合、人間はその魔導を使用可能になる。もちろん、回数や魔導の強度に制限があり、自由に使えるわけではない。

 さらには、取り込める量にも魔石容量という限界値があり、限界を越えれば体内で魔力が魔石化し、死に至る。

 

「当然、私は学生の頃に使い倒して、限界ギリギリなんだけど、こうして抽出する方法もあるわけだ」

 

 使った魔石をいちいち抽出していれば、体に負担がかかり、失敗すれば寿命も削れる。できればやりたくはない方法だった。

 

「あいつに頼めば、一瞬なんだけど、こればっかりはね」

 

 抽出したい魔石が『淫虐』のリリテイムのものな以上、頼りたくはない。シュテルンヘルンの魔導についての察しの良さはかなりのものだ。念は入れておいた方がいいだろう。

 

 この魔石の抽出で、体に負担がかかっているが、そこは問題ない。

 

「あいつ、抱くとき私のこと軽く若返らせてるからな……。無意識だろうけど」

 

 近くで見ていればわかる。シュテルンヘルンが寿命を克服しているという噂は本当だ。さすが万能魔導か、シュテルンヘルンは常に全盛期だ。あいつは、たぶん気づいてない。

 女になったとき、二十初めくらいに軽く見た目を若作りしたわけだが、まぁ、今は内臓やら肌の質やらも見た目くらいの年齢になっているわけだ。

 

 だから、魔石の再抽出での体への負担は、踏み倒せる。そういう算段だった。

 

「この女の体も、妙にしっくりきてるしなぁ」

 

 鏡を見れば、故郷にいる母親……に似てもいるが、父方の叔母の方が似ているか。どちらかといえば父親似で、自分が女に生まれていたならこんな容姿だったのだろうという姿だった。

 

 特段、性別にこだわりはなかったが、こうも簡単に自分の体として受け入れられるものなのかと、そこは少し予想外だった。

 あいつに抱かれるのだって、そうだ。実際にやろうとしてみて拒絶感があったらやめようと思っていた。だが、すんなりと受け入れられてしまった。

 

「もともとが頭と体で性別が違ったとか……いや、別に男でも違和感があったわけじゃ……いや、これは考えても仕方ないか」

 

 運が良かったと思おう。

 愛欲が満たされている充足感というのも馬鹿にできないなと、アーケンハイムは今の暮らしで感じていた。

 

 問題があるとすれば、長年の付き合いのせいか、関係が発展しきってもう変わりようのない距離であることだった。

 

「というかあいつ、私のこと自分の一部みたいに思ってるよな……ぁ」

 

 毎日抱かれるようになって、それはよりいっそう強く感じる。そう思われるのを悪くないと考える自分がいる。それはそうと、このままいって誘淫魔導が効くかどうか。

 

 ともかく、抽出したこの魔石をまた使えるようにしなければ意味がない。

 

「オルガイア。まだ魔導は効いてる?」

 

「はい」

 

「うん、手応えもあるし、演技でもないね」

 

 本来なら魔石が取り出されれば術式の効果が終わるところを、アーケンハイムは類稀なる技術と魔力操作で、それをカバーしていた。万一に備えて、迷宮核と魔導の組み合わせで作った異空間で作業をしている。

 

 この作業の目的は、魔石を再使用可能な状態に戻すことだ。

 

「魔力には色って呼ばれる要素がある。主に生物なら『青』、魔物なら『緑』、迷宮核なら『赤』の魔力が……三原色になぞらえて、そう呼ぶのが慣例かな」

 

 もちろん、光学的な色ではない。三つに別れているからこそ、便宜上そう呼んでいるだけの要素だった。

 

「これは魔物だから『緑』だけ持ってるとか、そういうわけじゃなくって、魔物でも『青』や『赤』をわずかに持って混ざっている。個体ごとにそれぞれが違う色の魔力を持っていることになる」

 

 作業台に、買い取った超級の迷宮核を砕いた粉末、魔導草からの魔力抽出液、そして、『翡翠』のオルガイアから削った角の粉末を置く。

 

 重量、体積を測り、慎重に混ぜる。

 

「魔石に、同じ色の魔力を与えれば、浸透して復活してくれるけど……」

 

 ピペットを使い、液体を魔石へと垂らす。

 魔力は浸透することなく、液体が魔石を置いた皿に溜まっていく。

 

「やっぱり、『赤』、『青』、『緑』の原色の魔力を集めないと厳しいか。この原料でも理論上はできるだろうけど、このなんちゃって実験セットじゃ難しいかな」

 

 計量前の精密な魔力の色の分析ができていない。なるべく原色の純度の高いものを選んだつもりだったが、やはりわずかな色の濁りが、計算を狂わせてくる。

 設備を整えるという方法も選択肢の中にはあるだろう。

 

「でも、やっぱり、原色の龍を倒すのが早いかな」

 

 この世界に三体いる原色の龍。それぞれが、三原色の純粋な魔力を持つ。

 だからこその原色の龍の討伐だった。

 

 切り替える。実験に使った道具を片付け、オルガイアに指示を出す。

 

「さぁ、オルガイア。例のものは、これを使えばできるだろう?」

 

「はい……」

 

 オルガイアの手のひらには、凝縮され、安定した魔力の塊がある。正確には、反魔力の塊だった。

 

「うん、まぁいい感じだ。『緑』と『青』で一対一。ちゃんと『シアン』の反魔力になってくれてる」

 

「はい」

 

「あとは私の魔導で異空間圧縮をして……これでいつでも取り出せる。よし、完璧だ」

 

 アーケンハイムはその出来に頷く。

 これでオルガイアとの戦いの時とは違う。『輝赫』のアポリウスとの戦いでは、なんの危うげもなく勝利できるだろう。対策は万全になる。

 

「……ん?」

 

 ふと、気がつく。

 アーケンハイムは、視線をどこか遠くに向けていた。

 

「ダメだろシューティ。私以外を本気にさせちゃ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「よっと……」

 

 異空間から飛び降りる。近くにいた人間からは突然に現れたように見えただろう。

 

「……っ!?」

 

「やぁ」

 

「アーケンハイム……っ!?」

 

「やぁ、シンシア。奇遇だね」

 

「……くっ……」

 

 白々しい。

 アーケンハイムの魔力感知の恐ろしさは知っている。帰り道を狙って現れたのだ。つまり、そういうことだろう。恐ろしい。

 

「いや……いや。そう身構えないで……私としても、あいつが誰と関係を持とうがあいつの自由だと思ってるよ」

 

「……っ!!」

 

「まぁ、それはそれとして、シンシア……君と私との関係は悪化をせざるを得ないとは思うけど」

 

 ――やっぱりだ。釘を刺しにきている。

 

 この恐ろしい女から、愛する彼を奪い取らなければならない。難しい。魔導を撃ち込む隙がない。

 

「別に元から友好的じゃない……」

 

「シンシア、君は危ういからね。学生時代なんか、シューティと親しかった相手から記憶を抜いて回ったことあっただろ?」

 

「昔の話。ちゃんと反省してる」

 

 シュテルンヘルンと付き合っていた頃の話だ。シンシアはシュテルンヘルンの元カノたちの記憶を抜いて再起不能にし、さらにはその毒牙をアーケンハイムに向けたところ、返り討ちにされ成敗、改心させられた過去がある。最後は記憶を元に戻した。

 ちなみにこの騒動の犯人をシュテルンヘルンは知らない。

 

「よし、よし……。ちゃんと反省してるね」

 

「…………」

 

 勝てない。それは身をもって知らされている。

 今魔導を発動させても、魔力操作の練度の違いから、後出しで負ける。不意打ちですら、後出しで対応された過去があるんだ。

 

「ああいうのは、やっぱり見過ごせないからね……思い出して、ちょっと諌めに来ただけだよ。いや、別にいいんだ。正しく恋愛をするならさ。まぁ、私と君との関係は悪くなるけど」

 

 ――釘を刺しにきている……っ!

 

「でも、私は……っ」

 

「あと、これは普通に忠告だね。あいつ見た目とスペックはいいけど、クズだから普通にやめといた方がいいかな」

 

 なんでもないようにアーケンハイムはそう言った。愛する人を否定されて、私は少し頭にくる。

 

「じゃあ、私がもらう。あなたがやめればいい」

 

「いや、やめるとかじゃなくて、あいつの方から求めてくるしね……。なんだかんだ、むげにできないっていうかさ……あるじゃん」

 

「…………」

 

「ま、学園の頃からそうだけど、なんだかんだあいつも変わってるし、今回も上手い感じにいくと思うよ?」

 

 ――マウントを……取られた!?

 

 信頼関係でも、積み重ねた年月でもたぶん勝てない。

 アーケンハイム以外が言っても、シュテルンヘルンはたぶん変わらないだろう。それがわかってしまう。

 

「でも、私は負けない……!!」

 

「勝ち負けとかじゃなくて……いや、ま、いいか。くれぐれも、魔導を使って変なことをしないようにね」

 

「射影魔導!」

 

「重力魔導」

 

 隠れて放った魔導がアーケンハイムの作り出した重力に撃ち落とされる。

 

「ち……っ」

 

「あのさぁ」

 

「わかってた。防がれることくらい……」

 

「はぁ……いいよ。私以外にはダメだからね」

 

 やれやれと、アーケンハイムは首を振ると、また異空間に帰っていった。

 

「許せない。アーケンハイム……ぅ」

 

 アーケンハイムの消えた虚空を見つめて、地団駄を踏む。敵は強大だった。

 

 

 ***

 

 

「う……」

 

 目が覚めた。

 そういや、何してたっけ。確かアーケンハイムのやつが遅いと思って待ってたら……寝てたな。

 

「あ、起こしちゃったか」

 

 隣には下着の透けた黒いナイトドレス姿のアーケンハイムが横になっていた。

 

「こないだのネグリジェってどうなったんだ? ピンクのヒラヒラの」

 

「え? お前が乱暴するからだろ? 私のパジャマは使い捨てさ」

 

「ごめんって……」

 

 そういえば、そうだったかもしれない。相棒の非難めいた視線に目を逸らす。

 

「ていうか、するの? 眠いんじゃないの?」

 

 目を逸らしても……手は、まぁ、触っていた。

 

「夜のぶんしないとか、もったいないだろ? 絶対やる」

 

「あー、じゃあ脱ぐよ」

 

 服を捲り上げて、アーケンハイムは着ていた黒いナイトドレスを脱ごうとしていた。

 

「いや待てって、下……パンツだけ脱げよ。せっかくスケスケなんだぜ?」

 

「全部脱ぐよ。汚したくないし……」

 

「待てって」

 

 いやいやと言う相棒を、必死に俺は押しとどめる。

 

「しかたないなー。ほら」

 

 スカートの裾をへそ上まで捲って見せる。脱がせってことなんだろう。手をかける。

 そっちに俺が気を取られているうちに、相棒は服に腕をモゾモゾと潜らせて上の下着を外し、畳んでベッドのそばの台に置いた。

 

「やっぱり……いいな」

 

「それはよかったね」

 

 スケスケの布の下へと手を滑らせて、直接揉む。思ったとおり、見た目のエロさはいい感じだぜ。

 

 まぁ、俺には自信があった。今日はいい感じに抱けるはずだと。なにせ、あの無反応なシンシアからいい感じの反応を引き出したんだ。絶対にいけるはずだった。

 

「……三十五点」

 

「ごめん……」

 

「もういい。下着だけ着て寝る」

 

 アーケンハイムは、ちょっと機嫌悪げに、背中を向けてそう言った。これは、俺が調子に乗りすぎたのが悪いだろう。反省はしている。

 

「ていうか、五十点超えられねぇんだけど……。シンシアはいい感じの――( )」

 

 つい、今日のことを口に出してしまいそうになる。というか、こいつの感知能力ならバレてるだろうし別にいいか。そこまで怒ってるぽくないしな。

 

「んー? 今度の休みは一日中、キスの練習でもするかい?」

 

「マジ……? 練習? 絶対面倒だろ?」

 

「えー? 私は練習好きだよ? 上達していくのって楽しいだろ?」

 

 自己鍛錬大好きな向上心の塊がアーケンハイムだ。そんなアーケンハイムはすごいやつだ。

 ま、俺としても確かに魔導を極めていく過程は楽しかったし、楽しいか。

 

「そう言われても、なんかなぁ。練習なぁ」

 

「それともシューティ。私とのキスは嫌いかい?」

 

 アーケンハイムは、振り返ると、口周りをぺろりと舐めとる。

 

「そんなの好きに決まってんじゃん」

 

「よし、じゃあやろうか」

 

 

 

 ***

 

 

 

「お姉さん、パパのこと知らない?」

 

「……? 子ども……?」

 

 青い髪の女の子だった。

 迷子だろうか。シンシアは思う。こういうのの相手はアーケンハイムが得意だろう。あいつに押し付けたいが、超級の迷宮攻略を終わらせ、七日ほど前に、この街を出たんだった。

 

「うん、パパ。この街にいるって聞いたの」

 

「パパ……名前は……?」

 

 まぁ、聞いてもわからないから。そもそも短期滞在をしているわけで、名前を聞いてもどこの誰かはわからない。

 

「シュテルンヘルン」

 

「ん……?」

 

「シュテルンヘルンだよ?」

 

「シュテルン……ヘルン……?」

 

 ピンときた。確かに、この荒れ狂うような魔力波長……粗暴なあいつとそっくりだった。そしてこの桁違いな魔力量……説得力がある。

 

「混沌魔導つかえるよ?」

 

 シュテルンヘルンの女好きは有名だった。中には子どもができたと、嘘をついて金を騙し取ろうとするような人間もいた。

 だけれども、混沌魔導を使えるのならば、この子は違うのかもしれない。

 

 ――使える!!

 

「私の子どもにならない?」

 

「え? ママはママだけだよ?」

 

 困惑したように子どもは答える。

 

「うん、毛も同じ青系だし、いける! 射影魔――」

 

「なにバカなことしてますの……っ」

 

「痛い……」

 

 ぺしりと叩かれていた。その叩いてきた女のことは知っている。酷い暴力女だとシンシアは思った。

 

「酷い……先輩にしていい仕打ちじゃない」

 

「あなたの魔導は、普通に、人間にかけていいものじゃありませんわ!」

 

 シンシアの魔導は、国の許可なく他人に使用してはいけないと定められたクラスに位置する魔導だった。これについては、自分の魔導も自由に使えないなんてと、シンシアは常日頃から思っていた。

 

「これは、私とアーケンハイムとの戦い。邪魔をするなんて……」

 

「アーケンハイム様と戦うなんて、あなたは間違ったことをしてるんですわね」

 

「…………」

 

 おおむね、そのとおりだから困る。

 アーケンハイムめ……いつも正義の側に立って虐めてくるんだ。許せない。

 

「というか、その子は?」

 

「パパを探しているの!」

 

「シュテルンヘルンの娘……」

 

 その言葉に、セッカは首を傾げる。

 

「へ? それはおかしいですわね。シュテルンヘルンの魔導を使った避妊は百パーセントですわ。一パーセントでもあれば、わたくしはすでに子持ちでしょうし」

 

「うわ……」

 

 そういえば、この後輩もシュテルンヘルンの元カノだったことを思い出す。その言い回しにイラつく。

 

「混沌魔導使えるよ?」

 

 そう言って、女の子は腕を上げた。嫌な予感にシンシアは、サッとセッカの後ろに隠れる。

 

「混沌魔導」

 

「因果魔導『齟齬(ミスファイア)』」

 

「あれ? 出ない?」

 

 セッカの使う魔導によって、不発という結果に収束する。しょせん子どもの魔障耐性だからこんなものか。

 

「混沌魔導を使えるのはわかりましたわ。そうなると娘というのも信憑性が……いえ、親類という可能性もありますわね」

 

「むー。パパだもん」

 

「とりあえず、母親の方を探して……」

 

「ママなら死んだよ? だから、パパを探してるの!」

 

「……そうですの……」

 

 同情する。もしかしたら、一人でここまで、残された唯一のよすがをたどって来たのかもしれない。

 

「……保護施設に預けるか、それとも私がママになるか……」

 

「追いかけますわよ! シュテルンヘルンを!!」

 

 セッカはそう即決した。

 

「待って、仕事は……?」

 

「シュテルンヘルンと、魔人殲滅作戦への参加へ向けての交渉を行うための出張。それで届出を出しますわ! 行きますわよ!」

 

「え、私も……? 私もなの? 許されるの、それ?」

 

「シュテルンヘルンを引っ張ってこれさえすれば許されるに決まってます!」

 

「パパに会えるの?」

 

「ええ、これからシュテルンヘルンに会いに行きますわ!!」

 

 






 なんということだ。続きが……っ!?


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