翌日アクアとルビーの見舞いに行くライトであったが、予想外の話をミヤコから聞かされた。
「母さんが入院?」
「ええそうなの。アイさんが2人について行って診察と処置が終わるまでは良かったのだけれど、その後倒れてしまったらしいの」
医者が言うには「コンサートに向けて気が張り詰めていた事」「自分の目の前で自分の子供がファンに危害を与えられた事」が原因ではないかとのこと。
数日はカウンセリングを受けるために入院するとのことだった。
「私も壱護も数日は忙しくて家には来れない可能性が高いわ。一人でここに置くわけにもいかないから、あなたも一度カウンセリングを受けるために入院しなさい。あんな事があったのだから少しは休んだ方がいいわ」
「…それに今回の事で壱護と話し合った結果、アイさんとあなた達の関係を公表することに決めたわ。あなた達に相談出来なくて悪かったわ。でももう隠せるような状況じゃないのを分かって欲しい」
「壱護の口振りだと、一社は確実に情報を掴み始めているようだわ。せめて公表まで二日くらい猶予があれば良かったのだけれど…」
会見をすると言っても、質問の予想、関係者同士の口裏合わせ、そしてアイやライト達を保護するための準備が必要だ。
現時点で動けるのは社長の壱護とミヤコだけであり、他のスタッフは内部情報までは知らないため動かす事はできない。
『どうするよ月。このままじゃ明日にでも公表されちまうぜ』
(そんなの分かってる。…ニュースにはニュースをぶつけるしかない。ここでノートを使う事による楽さを味わってしまったらもう後戻りはできない。本当は慎重にいきたい所だが…)
そうこう考えているうちにミヤコは電話で壱護と話していた。
「なんですって!?すでに事務所のFaxに明日の記事が?…ええ。……はい。……分かったわ。今すぐそっちに向かうわ」
(早いな。男が言っていた協力者とかいうやつ手が早いな。…やはりここは全力で当たらないとダメか)
「ミヤコさん一つ確認したいんだけど、その週刊誌の記者の名前と顔は分かる?」
「……ええ名前だけなら名刺があるから分かるわ。顔は…このあと事務所に来てもらって、記事の出るタイミングを延ばせないか交渉するから、その時には見れると思うけど……ただ、壱護は馴染みの記者に相談しに行くらしいから私が交渉しないといけないのよね……」
「それだけ分かれば、僕ならどうにか出来るかもしれない」
「今は冗談に付き合ってる場合じゃ……っ!?」
振り向いた時ミヤコはライトの瞳に呑まれそうになった。
その瞳は先ほどまでとは違う真紅の瞳。髪色も赤く見える。
ミヤコの足が止まったのをみてライトは続ける。
「昔、僕がミヤコさんに言ったことがあるよね。『僕は新世界の神』だって。信じられないかもしれないけど、あれ……本当なんだ」
「僕には前世があってね、人々から『キラ』と呼ばれ、悪人を裁く神として崇拝されていたんだ」
「僕のお陰で戦争はなくなり、世界の犯罪は7割減少した。僕のいた世界は善人が悪に怯える事がない平和な世界だった」
「……何を言っているの……?」
「……そうだ百聞は一見にしかずって言うから、実演した方がいいか」
ライトはリモコンを手にとりテレビをつけた。適当にチャンネルを変えていると。そこにはちょうどいい被験体が映っていた。
黒い噂が絶えないそのアメリカ人は敏腕経営者として人気を博し、その独特な言い回しとビジネスセンスを披露しに、一時期はよく来日してテレビに出演していた。
そんな人気もやがて従業員に対する執拗なハラスメント、ゴシップネタを用いた脅迫、裏金による実子への優遇の強要などが報道されて、ここ2年ほどは以前とは違った意味で話題になっていた。
追求から逃れるため表舞台から隠れていたが、お得意の財力とコネを使って今再び舞い戻ろうとしていた。
映っていたのは丁度その復帰パーティーの中継。
復帰パーティーという華やかな舞台を盛大に彩る為、世界各国のテレビ局は参加客の水増しか、はたまた純粋に中継を映す為なのかはわからないが、今こうしてお茶の間に映像を届けるためパーティーに参加をしていた。
「ああ、丁度いいな。こういうのが死んだ方が世の中の為になる。そう思わないミヤコさん?」
先程からライトの言っている事に理解が追いつかないミヤコはただ黙って見る他なかった。
ライトは隠していたノートの切れ端に名前を書く。
「今から見せるのは僕が持つ神の力。今から約40秒後に彼の心臓は鼓動を止める。……そうだな、この調子だと丁度スピーチを始める時に死ぬかもね」
ミヤコは心の中で時間を数えていた。
ライトの発言を信じている訳ではないが、あの真剣な眼差しを見ると数えないわけにはいかなかった。
もしこれが嘘だったのなら。カウンセリングに連れて行こう。あんな事があった後なのだ。きっと構って貰いたいのだろうと思っていた。
38...39...40
この部屋にアナログ時計はなく、秒針の音など聞こえない筈なのに耳元でカチリと音が鳴った。
壇上から群衆に声を投げかけようとしたその時、男は苦悶の表情で胸を抑えそのまま倒れてしまった。
突然の事でカメラは壇上を映したままであったが、やがて中継は打ち切られてしまったため、その後どうなったかは詳しくは分からない。
ただ、あの苦しみ方は誰がみても死んだようにしか見えなかった。
ただノートの存在を知らない人からすれば、その不摂生さの現れである体型から『まあ持病で死んだでしょ』としか思われないが、その死はこの場においては効果的面だった。
ミヤコは目を見開き動かなくなってしまった。
いや、よく見ると微かに震えているようだった。
突然ミヤコは視線をテレビからライトに変え、所謂土下座の姿勢をとった。
「……数々の無礼申し訳ございませんでしたっ!この度はアイさん、いやアイ様とアクア様、ルビー様を守る事が出来ず申し訳ございません。ただまだやらなければならない事があるためそれが終わるまでは、私への罰を待っていただけませんかっ」
そのまま地面に潜っていきそうなくらいの勢いであった。
(こんな綺麗な土下座初めてみたよ。…それにしても美人の土下座か…中々絵面がヤバいな)
「…ああその事か僕は気にしてないよ。悪いのはあの男と男の協力者だ」
「あの時はミヤコさんを脅かすため殺す何て言ったけど、母さんに代わって僕達のことを育ててくれたんだ。第二の母さんだと思ってるよ。それにミヤコさんはいつだって最善を尽くせるよう頑張ってるじゃないか。君の行いは世界、いや神による新世界の創生に必要だ」
「じゃあ私への罰は…?」
「引き続きよろしく頼むよ。それに、そんな畏まらないで今まで通り接してくれる方が僕は嬉しいかな。家族じゃないか」
「ありがとうございますっ!一生着いてきますっ!……ああっ神は本当に実在したのね」
力を間近でみたミヤコは神の実在を疑う事はせず、その力に心酔しているようだった。
ただ最後、ライトの耳には「この際四歳のイケメンでもいいか」という不穏な声が聞こえた。
こうして忠良?な手下を手に入れたライトであった。
――
さっきのような話し方をされると拙いため、ミヤコには家族のように話してくれと伝えた。
またそれを伝える際に対象の人間をある程度操れるということも伝えた。
「じゃあミヤコさんが話してる間に僕は裁きを下す。記事に関係するデータを全て削除、印刷会社への依頼取りやめ、そして代わりの記事として、さっき死んだアメリカ人の記事を出してもらおうか。それが終わったら何処か山の中で死んで貰おう。……いや、この際話題作りのために他の出版社に侵入して、できる限りの迷惑をかけた後に死んで貰おうか」
「そういうことだから、ミヤコさん。適当に話を伸ばしてくれるかな。準備が終わったら部屋に合流するよ」
「でも部屋に入ってきたら危ないんじゃ……」
「ああ、それについては大丈夫。準備が終わった段階でそいつは神の操り人形さ」
「じゃあサクッと終わらせて兄さん達のお見舞いに行かないとね」
人の命を奪うという行為を平然と語るその姿にミヤコは恐怖した。
こうして記事を書いた男はこの世界での二人目の犠牲者となった。
――
一仕事を終え病院にやってきたライト達は受付で面会の手続きを済ませ病室に向かっていた。
どうやら3人はそれぞれ個室ではなく、相部屋を貸し切って入院しているようだった。
病室に近づくにつれ何やら慌しい空気を感じる。
「母さん達の部屋みたいだ!」
部屋の前にいる看護師を掻き分けて部屋に辿り着くと、医師の男に物を投げつけるアイの姿があった。
「星野さん、私は医者です。落ち着いてください。ここにいる私達は全員あなたの味方です!」
「嘘っ嘘っ嘘っ!!またそうやってアクアとルビーを!!」
「先程のは採血のために針を刺したのであって、決して危害を加える気はっ」
「そうだよ母さん。ほら病み上がりなんだから、もう少し寝てないと」
ライトは周囲に「ここは僕が宥めます」と伝えこの部屋を関係者だけにする。
「どうしたんだ母さん。母さんらしくないな」
ただそれに対する返事はいつものような力強いものは感じず、力無いものだった。
「私らしいって何なのかもう分からなくて……。私は精一杯生きてきたつもりなのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろね…はははっ……」
「……」
「ねえルビーがあの男になんて言われたか知ってる…?」
「『何で産まれてきたんだ』、そう言われたんだって」
「酷いよね。ルビーは産まれたくて産まれてきた訳じゃない。私のエゴで産まれただけ……」
「こんな苦しい思いするなら産「母さん!その先は絶対言っちゃいけない!!その先は今ある命への否定になる!!」
アクアとルビーはアイの続ける言葉にギョッとし、ルビーの瞳からは涙が溢れそうになる。
(そういえば詳しくは聞いていなかったが、前世では家族に恵まれていなかったって言ってたな)
「僕たちは母さんの元に産まれて良かったと思ってる。母親として足らない部分はあるかもしれないけど、母さんは僕たちの誇りだ。そうだろ二人とも」
アイはアクア、ルビーと視線を交わす。
言葉は交わさずとも目を合わせるだけで想いが伝わるというのは良好な家族関係のあらわれだった。
「そっか…。こんなお母さんでごめんね。ちょっと私弱くなってたみたい…。もう少し立派なお母さんになれるように頑張ってみる…」
「でもね、今はちょっとだけ休みたいかな…………Zzz」
アイは今まで全速力で走り抜けてきた反動から進む事ができなくなってしまった。
そしてアクアとルビーはアイが言いかけた言葉に僅かながら心に傷を残した。