〇〇の日のこと…   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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7月4日はリアの誕生日
それを記念したカズリア小説です

全部で3話構成
今週の月24時、水・金の20時に1話ずつ投稿します


遠い日のこと…

 最近、気になっている事がある。

 

「ワン、ツー! ワン、ツー! 最後にジャンプ!」

 徐々に雪が融け始め、春の訪れを感じ始めたある日のこと。 

 市街地にある広場にて、俺はアクセルハーツの練習を離れた場所からじっと見守っていた。

「こ、これで一通り……踊ったね」

「はあはあ……これ……かなりしんどいわね……」

 一本通しを終えた途端、シエロは呼吸を整えながら額の汗を拭い、エーリカはその場でへたり込み地に手をついた。

「ふう、二人共……お疲れ。実際に踊ってみてどうだったかな?」

 そんな二人に、膝に手をついたリアが尋ねる。

「凄くいいよ! 動きはダイナミックだし、曲調もリズミカルで聞いてるだけで元気が出てくる気がするよ。これならお客さんも悦んでくれるんじゃないかな?」

 笑顔を浮かべて称賛の声を上げるシエロ。

 続いてエーリカも目を輝かせて応える。

「うんうん、要所要所に可愛いポーズも入ってたし、アタシも大満足よ! はあ、この踊りを極めた時はアタシ、どれぐらい可愛くなってるのかしら? いやーん、可能性が大きすぎて想像出来ないー!」

 二人の好感触にリアも安心した様だ。

 そうかと呟き、ふーっと息を吐き出した。

「それじゃあ、どこか踊り辛い部分はなかったか? 出来るだけ二人が合わせやすい動きにしてみるつもりだから教えてくれ」

 今回、リア達が躍るのは、日本のアイドル曲をアレンジした物。

 転生前はアイドルをやっていたリアは問題ないだろうが、此方の世界で生まれ育った二人には馴染みのない部分もあったはず。

 なのでリアなりに、二人に配慮しているのだろう。

「そうね。AパートからBパートへ変わる時の手の動きが上手くできないのよ」

「ボクはサビ、かな? 転調する部分で脚の動きが急に早くなるでしょ? あそこでいっつもリズムが崩れちゃうんだ」

 リアの掛け声で二人はサッと立ち上がり意見交換を始めた。

 その顔は真剣そのもの。

 三人とも、踊ったばかりで疲れてるだろうによくやるもんだと感心してしまう。

 その後も色々と話し合いを続け、一通り出尽くしたところでリアがこくりと頷き。

「分かった、今のところを考慮して、変更できないかもう一度検討してみるよ」

「ごめんね、リアちゃん。本当なら手伝いたいんだけど、ボクはあんまりニホンの振り付けが分からないから」

 申し訳なさそうにするシエロに、リアは手を横に振る。

「いや、今回は私の我侭で始めた事なんだ。これくらいの事はやらせてくれ。それじゃあ、私はもう少し考えてみるから、二人は先に休んでおいてくれ」

「そうさせてもらうわ。でも、リアもちゃんと休むのよ? リアだけが負担を背負う必要はないんだから」

 気遣って声を掛けるエーリカに、リアは嬉しそうに微笑みを浮かべる。

「ああ、ありがとうエーリカ。すぐに追いかけるから心配しないでくれ」

 その言葉に、シエロとエーリカはこくりと頷いた――

 

「――カズマ、さっきからどうしたの?」

「なにがだよ?」

 休憩がてら、俺の下に来ていたエーリカとシエロが不思議そうに俺の顔を見てくる。

「さっきからずっとリアちゃんの方を見てますよね? なにか踊りについて気になる点でもあるんですか?」

 シエロが視線を送った先では、先程シエロ達に貰った意見を基によりこの世界風にアレンジを加えようと、体を動かしながら試行錯誤しているリアの姿が。

「いや、踊りはいいと思うぞ。元々完成していたものをベースにしてるんだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど。このままリアが修繕をしたら、十分人前に出せるものになるんじゃないか」

 俺の言葉に、ますます訝し気な表情を浮かべる二人。

「だったらどうしたって言うの? ……まさか、リアの健康美を舐め回す様に視姦していたんじゃ」

「してねえよ! そんなことしてねえから! そうじゃなくてだな……」

 失礼な事を言い出すエーリカを睨みつけてから、俺は再び視線をリアに戻す。

「なんか、リアが踊るのを見てたら、こう、モヤモヤすんだよ。頭がハッキリしないって言うか、思い出せそうで思い出せないって言うか。それで原因をずっと考えていたんだ」

「そ、それってもしかして⁉ カズマさん、リアちゃんの事がす……好きになったって事ですか⁉」

「いや、そう言うんじゃないけど」

 口元に手を当てて興奮気味なシエロに告げるが、横から眼をキラキラと輝かせたエーリカが小突いてきた。

「なーんだそう言う事だったのね。まったく、カズマも素直じゃないんだから。確かにリアも、アタシほどじゃないけど可愛いものね。それに、踊ってる姿は格好良いし。カズマがコロッと落ちちゃっても仕方ないわ」

「いや、だからそう言うんじゃな」

「いいのよ、照れなくても。カズマはゲスい所もあるけど結構頼りになるから悪くはないと思うし、アタシは応援してあげるわよ。まあ、顔は普通だけど」

 シレッと人を貶めるなよ。

「ダメだよ、エーリカちゃん。本当のこととは言え、本人を前にそんな正直に言ったら傷つける事もあるんだから」

「アンタも結構ひどいこと言ってるじゃない」

 俺はしゃがみこんで地面にのの字を書いていじいじし始めた。

 しかし俺の事に構ってくれない、思いやりの心を持ち合わせていない二人は、首に掛けたタオルで流れる汗を拭いながら、

「それにしても、今回のリアちゃんはいつにも増して張り切ってるね」

「そうね。ニホンの曲をやりたいって言いだした時は驚いたけど、あんなことを言われたら断れないわよね」

 リアの様子を窺いながら、暖かな表情を浮かべた。

 

 そう、現在リア達が日本の曲を練習しているのは、リアたっての希望だったのだ。

 それはいまから数日前。

 アクセルハーツの三人が突然、俺の家に尋ねて来た所からはじまる。

 

「――カズマ、少し相談があるんだ」

「どうしたんだよお前ら、改まって」

 尋ねる俺に、シエロが神妙な面持ちで頷く。

「実は、来月にまた王都で、踊り子コンテストが開催されるんです。そこの運営さんから特別枠として参加しないかと招待されてるんですが、プロデューサーであるカズマさんにも連絡をしておかなきゃと思って」

「あなた達そんなところにまで呼ばれてるのね。昔はアクセルぐらいでしか知られてなかったのに、大きくなったわね」

「どうしてアクアが得意になるんですか」

 胸を張るアクアに、めぐみんが呆れたようにツッコむ。

 なんだ、そんな事か。

「いいんじゃないか。それってあれだろ? 去年の優勝チームは、翌年の一位となったチームと最後に勝負をして、勝った方が優勝するっていう。だったら、お前らが出ない訳にはいかないだろう」

「カズマならそう言ってくれると思ったわ。それじゃあ、出場は決定って事で! となると、はやく新しい曲を作らないとね」

 新しい曲?

「なんだ、今ある奴じゃダメなのか?」

 首を傾げるダクネスに、エーリカが説明してくれる。

「そうなのよ。前回と同じで、出場チームは新曲での参加が義務付けられてるの」

「へー、大会ごとに新しい曲を作るのも大変ね」

「同感だ。主催者も欲張りだよな、そんなに作らせてどうする気なんだ?」

 俺とアクアがそんな事を言っている間にも、エーリカ達はすでに今後の方針を話し合っていた。

「順番的に、次のセンターはリアちゃんだよね。リアちゃんは、なにか曲のイメージとかやってみたい事とかあるかな?」

「うーん、急に言われてもすぐには思い付かないな」

 悩むリアに、横からエーリカが元気よく手を挙げる。

「はいはーい! 特にないのなら、代わりにアタシがセンターやってもいいわよ。今回の大会は、春の訪れをお祝いするのがテーマだもの。春と言えば可愛い花々! つまり、アタシが一番輝く時期って事だもの!」

 通常通り、自分に酔いしれているエーリカにシエロが注意を促す。

「ダメだよ、エーリカちゃん。順番は守らないと不公平になっちゃう。エーリカちゃんだって、自分の順番が来た時に急に横入りされたら嫌でしょ? 人の嫌がる事はやっちゃダメだよ」

 だったらお前も、男性を殴る癖を早く直せと言ってやりたい。

「わかってるわよ、言ってみただけ。ちぇー、髪の色と言い可愛さと言い、アタシが適任だと思うんだけどな」

 若干は不服そうにしつつも、エーリカは素直に引き下がった。

「春……か……」

 と、リアがポツリと何かを呟き、真剣な表情で何かを考え始めた。

「なあ、シエロ、エーリカ。すこし頼みがあるんだが、聞いてくれないか? それと、カズマにも聞いて欲しいんだけど」

 俺も?

 俺達の視線がリアに集まる。

 それを確認したリアは、何故か若干の葛藤をしている様にも見えたが、それでもしっかりと言い切った。

 

「今回の大会では、私の国の曲を使ってはダメだろうか?」

 

 リアの言葉に、その場にいた全員がキョトンとする。

 私の国って言うとつまりは……。

「リアは今回、日本の曲のカバーをしたいって事か?」

 俺の問いかけに、リアはこくりと頷く。

「決して曲作りが嫌とか、そういう事ではないんだ。ただ、どうしてもやっておきたい曲が……踊りたい曲があるんだ」

 そんな事を真剣に、でも若干の寂しさを含んだ、複雑な表情を浮かべてリアは言った。

「誰もリアちゃんがサボりたいだなんて思わないけど。でも、急にどうしたの? 今までもやるチャンスはいくらでもあったと思うけど、どうして今回に限ってニホンの曲をやりたいの?」

「他国の曲を使っちゃダメって決まりはないだろうし、カバーするのは構わないわ。でも、何か理由があるんなら話してくれないかしら? あたし達はユニット。メンバーに悩みがあるのなら一緒に乗り越えたいの」

 心配そうにそう尋ねるシエロとエーリカ。

 その思いはリアにも伝わったのだろう。

 言うかどうか躊躇っていたリアは、決心を固めたようだ。

「私がアクセルに来たのは何年か前の春なんだが。ここにくる直前、私は喉の病気にかかってしまって、歌うことが出来なくなっていたんだ」

 それはいつか聞いたリアの昔話。

 だがシエロとエーリカは初耳なのか、小さくえっと声を漏らしていた。

「幸いにも、こっちに来てからは前みたいに歌えるようになったんだけど。喉を潰したせいで、日本でやるはずだったライブに参加出来なくて、すごく悔しい思いをしたんだ。だから、その時の演目をちゃんとやり切りたくて」

 当時の事を思い出しているのか、辛そうに顔を歪めていたリアは、だがすぐに気を引き締めて、

「シエロ、エーリカ。どうか私の我侭に付き合ってはくれないだろうか?」

 頭を下げてきたリアを前に、シエロとエーリカは、お互いに顔を見合わせる。

 それからふっと笑みを浮かべ。

「頭をあげて、リア。そういう理由があるのなら、断る理由はないわ。やりましょう、ニホンのカバー曲!」

「そうだよ。寧ろ、そんな思い入れがあるのなら、ボク達にも手伝わせて欲しいな。リアちゃんの果たせなかった想いを、ボク達で叶えようよ!」

「エーリカ……シエロ!」

 そんな温かい言葉をかけて受け入れた。

 感動で胸が一杯になったらしいリアも頬を緩め、

「二人共ありがとう。私達の力を併せて、絶対に優勝をキープしよう!」

「「おー!」」

 三人同時に、拳を振り上げた。

 いいな、ああいう如何にも仲間って感じの連帯感は。

 それに比べて……。

「なんかいい感じにまとまったみたいね。あっ! めぐみん、それは私が狙ってたおやつなんですけど!」

「ふふん、こういうのは早い者勝ちですよ! 遅れた者は即ち敗者。勝利を逃した者には未来永劫、敗者の烙印が押されるのだ!」

「敗者の烙印⁉ よ、よし、アクアにその様な烙印を刻ませるわけにはいかない、ここは私が身代わりになろう!」

 こんなんですわ。

 はー、まともなパーティーメンバーが欲しい。

 肩を落としてがっくりくる俺に、

「そういう事だから、カズマ。君も手伝ってくれないか? この中だと日本の事を知ってるのは私とカズマ、あとはもしかしたらアクア、ぐらいしかいないから。出来れば日本人視点の感想も欲しいんだ」

 おおっ、それもそうか。

 日本の曲を使う以上、やはり日本の文化に詳しい人の意見は是非とも取り入れたい所だろうからな。

「分かった。アクアは日本の事も多少は知ってるみたいだけど、変に曲解しているところもあるから期待は出来ないし。今回は極力お前達の練習にも全部付き合うようにするよ。なんせ、俺はプロデューサーだからな!」

 胸をドンと叩く俺に、リアは口角を緩め。

「ありがとう、頼りにさせてもらうよ、プロデューサー!」

 嬉しそうにそう告げた。

「ねえ、カズマ。そうやって格好つけるなら、まずはコタツから出てきなさいな」

「まあ、普段は頭しか出していないのに比べたら、上半身を出している分、マシだとは思いますけどね」

「まったくだ、相変わらず最後まで格好の付かない奴め」

 ちょっと、外野は黙っててもらえますかね。

 

 なんて事があったのだ。

 数日の間に一通りの振り付けを二人に教えて、本日こうして通し練を開始。

 あとは微調整などを繰り返して、そのまま大会に出場と言う計画だ。

「ほーら、また見てる。まったく、これは重症ね。そんなに気になるならサッサと告っちゃいなさいよ」

 ストローみたいなガラスの棒をボトルにさして水を飲みながら、エーリカが呆れたように言ってくる。

「……もう反論すんのも面倒臭くなってきたけど言わせてくれ。そんなんじゃねえって」

「はいはい、分かった分かった」

 絶対分かってないだろ。

 肩を竦めるエーリカを半眼で見ていると、シエロが指を顎に当てて、

「そう言えば、カズマさんはこの曲を聞いたことが無いって言ってましたよね?」

「ああ、曲名を聞いても分かんなかったし。多分、間違いないと思うけどそれがどうかしたか?」

「実は知らない間に聞いていただけで、本当はリアちゃんの曲をどこかで聞いた事があるんじゃないですか? それで思い出せそうだけど思い出せないとか」

 やはりそれが濃厚なのか?

 こことは違い、日本だと街を歩くだけでも自然とBGMが流れてくる。

 引きこもりだったとはいえ、偶にはアキバに新作のゲームを買いに出たりもしてたし、その時に自然と耳にしたのだろうか。

「まあ、大事な事だったら焦んなくてもその内に思い出すわよ。さてと、それじゃあそろそろ練習に戻らなきゃ。リアばっかりに任せてられないわ」

 腰かけていた岩からぱっと飛び降りてエーリカはぐーっと腕を伸ばす。

「そうだね、早く戻ってリアちゃんの手伝いをしようか。それじゃあ、カズマさん。ボク達の荷物の番、お願いしますね」

 エーリカに続いてシエロも腰を上げる。

 そして二人揃って、ずっと考え事をしているリアの下に駆けて行った。

 まだ数分しか休んでいないというのに大した熱の入りようだ。

 合流した所で、再び振り付けをしていく三人。

 互いに苦手な部分を教え合い、その精度は見る度に上がっていた。

 しかし……。

「やっぱどっかで見た気がするんだよな」

 リアの動きを見る度に、何かが頭の中にモヤモヤっと擡げてくるのだ。

 うーん、なんだったかな。

 

 

 

 それから暫くの月日が経ち。

 大会まで残すところ一週間となったその日、リア達は新しい衣装を着ての初練習をする流れとなったのだ。

「どうしたのです、カズマ。もしかして、まだ思い出せなくて悩んでいるのですか? これだけずっと考えて思い出せないのでしたら、そんな事実はなかったのでは?」

 リア達が登壇するまでの待ち時間。

 隣に腰かけていためぐみんがうんざりしたように話しかけてくる。

「俺も何度もそうだろうって思った。でもな、リアのダンスを見てたらやっぱりなんか引っ掛かるんだよ。魚の小骨が喉に引っ掛かってるみたいな、そんな感じで」

 すると今度は、なんだか面白く無い物でも見るような視線でムスッとして。

「ここの所そればっかりじゃないですか。他に考える事はないのですか?」

「おい、俺を何も考えていないアホな子みたいに言うな。そんなのはアクアだけで十分だっての。日頃から生産的な行動を心掛けている俺は、毎日のように喫茶店に通い詰めて想像力の幅に磨きを掛けているんだぞ」

「ちょっとカズマ、いま私の事を暗にアホだって言ったわよね!」

 何が気に入らないのか、アクアが噛みついてくる。

 勿論、相手が面倒なのでスルースキルを発動しておくが。

「言われてみれば、ここのところカズマは頻繁に外出していたな。しかし想像力の幅を広げにか……。た、ただでさえ鬼畜な発想力には定評があるのに、それを更に研磨するとなれば、一体カズマの妄想力はどれほどのものになるのだろう! きっと、私の期待など簡単に凌駕してくれるに違いない。カズマ、実験体が必要なら何時でも言ってくれ!」

 ああ、またダクネスのやつに変なスイッチが。

 顔を紅潮させてよく分からないことを言い出した変態の事も、フィルターを通してしっかり除去しておく。

 と、その時。

 小劇場の灯りが一気に落とされ、舞台の部分にスポットライトが集中した。

「あっ、リハーサルが始まるわね」

 ワクワクしたアクアの一言に全員が改めて、椅子に深く腰掛ける。

 客席にいるのは俺達四人だけ。

 いまや王国中にその名を知らしめている踊り子のリハに立ち会えると考えると、なかなか感慨深いものがある。

 それに、やっぱり舞台が始まる時と言うのは、いつだって胸が弾むという物だ。

 舞台の幕がゆっくりとあがっていく。

『みんなー、今日は来てくれてありがとう!』

『精一杯踊りますので、最後まで楽しんでいって下さい』

『エーリカちゃんの可愛いポーズを、一瞬も見逃さないでね‼』

 光に照らされ出て来たアクセルハーツの三人。

 登壇と共に、それぞれが挨拶もそこそこに配置につく。

『それじゃあ、新曲いきます!』

 リアの掛け声とともに音楽がかかり始め、同時に三人が動き出す。

 その動きは、始めた時とは雲泥の差で、見る者全ての心を軽やかに奪い去っていく。

「いいじゃない、いいじゃない! 私、こういう軽やかな曲調も好きだわ。それになんだか懐かしい気分になるし」

 アクアの言う通り、日本を知っている者にとっては、何だか故郷に帰ってきたかのような、不思議な懐かしさを感じる曲調だ。

「これがカズマ達の国の曲ですか。不思議なメロディーですが、それでもいい曲だって事は分かります。紅魔族の琴線にもビリビリきますよ」

「ああ、それに踊りの切り返しや振り付けも、今までに見たことのないものばかりだな。斬新なものが多く、観ててどんどん引き込まれていく気がする」

 めぐみんとダクネスも、それぞれに引き込まれている様だ。

 そうこうしている間にも踊りは進み、いよいよラストスパートに差し掛かった。

 リア達も最後まで気を緩めず、懸命に、でも心の底から楽しんで踊りを披露している。

 と、一瞬リアと視線が交差した。

 するとファンサービスの一環として習得したのか、リアが俺に向かってウインクをしてきた。

 そのまま身をクルッと翻して最後のサビに……。

 …………。

「どうしたのカズマ⁉ 急に立ち上がったりして、もしかして興奮しちゃったの?」

 いきなりガタッと立ち上がった俺にアクアが驚いているがそれどころではない。

「……思い出した」

「なに? なんて言ったの?」

 大音響で音楽が鳴っているので聞こえなかったのか、アクアが大きな声を上げる。

 俺は答えない。

 目を見開いて、じっと舞台上で踊っているパフォーマンスを、いや、リアを見ていた。

 ああ、やっぱりだ。

 前よりも少し大人っぽくなっているが間違いない、あの頃のままだ。

 曲が終わり、リア達が最後のキメポーズをしたまま肩で息をする。

 それに伴い、立ちあがって拍手を送るめぐみんとダクネス。

 パラパラとなる音を聞きながら、しかし俺の意識は既に昔の記憶の中へと潜っていた。

 中学校を卒業したての春の頃に――

 

 

 

 三月と言えば卒業のシーズン。

 慣れ親しんだ友達との再会を約束し、お互いの将来を思いながら別れを告げる、そんな季節。

 俺が通っていた中学校も類に溺れず、三月の上旬には卒業式が執り行われたらしい。

 らしいというのは、俺は当然の様に出席していないからだ。

 誰が好き好んで、あんな校長の長ったらしい祝辞や意味も分からない授与式に参加しなければならないのだ。

 そんな事をするぐらいなら、家でゲームをしていた方が何倍も有意義な時間を過ごせるだろ、そんな事も分かんないのかよ。

 せめて卒業式だけでも出席してはどうかと言ってきた両親にこんこんとそんな事を言うと、両親ははあと溜息を吐いて部屋を出て行った。

 そんな言い訳を抱えたまま一週間が経ち。

 なんとなく、本当になんとなく思い立って、久しぶりに家を出た。

 かと言って行く当てもないので、取り敢えずはゲームの販売やイベントなどで通い慣れたアキバへと足を運ぶことにする。

 適当に店を冷かしたり、時々立ち読みをしたり。

 週刊誌を捲りながら、話の展開がよめてつまんねーとか思っている内に、腹が減ってきた事に気が付く。

 時刻はお昼を回った頃、腹が減るのも当然だ。

 家だったら何もしなくてもでてくるのになと文句を垂れながらも、コンビニでツナおにぎり二個とお茶だけ購入。

 ここらにしては大きめの公園へと場所を移した。

「おーい、そっちにボール行ったぞ!」

「バカ、強く蹴り過ぎだっつーの!」

「ママ、もういっかい! もういっかいすべりたい!」

「まったく、しょうがないわね。もう一回だけよ」

「あっ、おい! おまっ、ズリ―っぞ! ノーカンだ、ノーカン!」

「ゲームだろうが勝ちは勝ちだ。ほーら、さっさとジュース買ってこい!」

 まったく、煩い連中ばかりだ。

 手にしたおにぎりを頬張りながら、他の客達に冷たい視線を向けていく。

 あれ高校生だろ? 平日なのにこんなとこでゲームなんかやってていいのか。

 そもそも、ここには大勢の人がいるのに、あんな自分勝手にボールを蹴るとかどんな神経してんだよ。

 他人の迷惑も考えろよな。

 ごくごくとペットボトルのお茶を飲んだ俺は、すっと空を見上げた。

 

 やっぱ来るんじゃなかったかな。

 

 木の葉の陰からチラチラと見える大空は、忌々しい程に青く染まっていた。

 俺がそんな風に思っていると、近くから知らない音楽が流れて来た。

 顔を下ろしてみると数十メートルほど前方で、一人の少女がスマホを石に立掛けてダンスをしていた。

 年齢は俺と同じぐらいだろうか。

 俺と同じか少し高いぐらいの身長に、髪は黒く長い。

 目元はキリリとしていて、可愛いよりもクールとか格好良いとかが似合いそうな子だ。

 青を基調としたTシャツは腰の部分でキュッと結んでおり、下は動きやすそうなショートパンツ、帽子は鍔を後ろに回している。

 集中しているのか、彼女の左手にいる俺には気付いていない。

 ただただ一心不乱に、どこぞのアイドルとかが歌っていそうな曲に合わせて歌いながらステップを踏み続けていた。

 大方、ダンス部か何かに所属していてそれの練習なのだろう。

 でも、わざわざこんな人通りの多い時間帯にやらなくてもいいだろうに、見られたがりなのか。

 内心でそんな事を考えながら、しばらく彼女の踊りを見続ける。

 途中途中で音楽を止めては動きを確認し、確認しては再び動き出し。

 上手くいかなかった場所でまた動画をじっくり見直し、分かったら実践する。

 そんな事を何度も何度も繰り返して練習していく。

 どれだけ時間が経ったのだろう。

 振り付けのチェックが一通り終わったのか、フーっと息を吐き出したその子は音楽を巻き戻して、今度は一本通しを始めた。

「……っ!」

 俺は思わず息を呑んだ。

 心の中に溢れていた、周りを見下すような言葉も鳴りを潜めた。

 地道に練習していた甲斐があったのか。

 まだ不自然な部分は残っているものの、俺から見たら十分に綺麗な歌と踊りが彼女から発せられる。

 まったく目が離せなかった。

 あっという間に踊りは終わり、彼女は肩で息をして笑顔を浮かべてお辞儀をする。

 それに合わせて、俺はつい拍手を送ってしまった。

「えっ?」

 驚いたようにこちらを見る彼女と視線が交差する。

 やっべ、無意識の内に拍手しちまった。

「あっ、いや⁉ これは……その……」

 彼女に気付かれた焦りやら、思わず拍手してしまった事への恥ずかしさやらで、俺は表情を赤青とせわしなく変える。

 すると、さっきまで目を大きく開いていたその子は少し照れたように頬を掻き、

「え、えーっと、拍手してくれてありがとう。もしかして……さっきからずっと見てたのか?」

 小さくはにかみながらも話しかけてきた。

 これはいけない、早速事情聴取が始まった。

 というか、俺はこの方半年以上、真面に人と会話をしていない。

 そんな状態で見ず知らずの、しかも同年代の女の子に話しかけられて、真面に喋られる訳もなく。

「い、いやいやいや! そそ、そんな事はありませんよ⁉ た、ただ、昼飯を食ってたら偶々視界の中に貴方がいて歌上手いなーとかダンス綺麗だなーとか思ってただけで、別にストーカーとかじゃないですから!」

 捲し立てて言う俺の様子に、一瞬きょとんとしたその子は、それからくすくすと笑い。

「ははっ! 誰もストーカーだなんて思ってないよ。君って面白いね」

 クソッ、ここに来て引きこもり生活の弊害が出るとは。

「あ、あの……俺、もう行きますんで、これで……」

 これ以上のボロが出る前に早くこの場を立ち去ろう。

 そそくさと包装用ビニールを袋に詰め、俺は軽く頭を下げた。

「ああ、引き留めてしまってすまない。さっき君がしてくれた拍手があまりに嬉しかったものだから、ちゃんとお礼が言いたかったんだ」

 立ち止まった俺に、その子はペコっとお辞儀をし、

「また会う事もあるかもしれないし、その時はよろしく頼むよ」

 晴れやかな笑顔と一緒にウインクをしてきた。

 

 帰りのバスの中で揺られながら、先程あった事を思い出す。

「目標……か……」

 そんな前向きな言葉を聞くのは久しぶりだな。

 初対面にも拘らず、いきなりフレンドリーな態度を取る変わった人だったが、それでもその目はキラキラしていて。

 これから訪れる夢と希望を疑っていなくて。

 …………。

 

「……高校……いってみるか……」

 

 当時は両親に、受験しないんだったら追い出すと言われ嫌々受けたけど。

 もうちょっと前向きになってもいいのかもな。

 椅子に深くもたれかかり、俺は人知れず笑みを浮かべた。

 

 

 

 そうだった、完璧に思い出した。

 たった一回しか会ってなかったから思い出せなかったけど間違いない。

 あれは日本にいた頃のリアだ。

 そんで、今回のダンスはあの時に練習していたやつなんだ。

 通りで引っ掛かると思った。

 あの時は二度と会わないだろうなと思っていたけど、まさかこんな形で再会する事になるとはな。

 喉の小骨が取れてスッキリした所に、リア達が壇上からこちらに歩いてきた。

「みんな、どうだった? ちゃんとアタシの可愛い所は見てくれた?」

 食い気味に尋ねてくるエーリカは、

「ああ、しっかり可愛く出来てたぞ。流石だな」

「いやいや、それ程でもあるわ! カズマったら正直者! もっと可愛いって言ってくれてもいいのよ。というか、もっと言って!」

 調子に乗って更なる要求をしてくる。

 やっぱこいつめんどくせえ。

「エーリカも可愛かったですけど、シエロも流石でしたね」

「ああ、あの流れる様な身のこなしは、見事と言うほかないな」

「そ、そんな、ほめ過ぎですよ」

「ねえねえ、めぐみん。いまアタシのこと可愛いって言った? 言ったわよね! ほら、遠慮しないでもっと言ってちょうだい!」

 めぐみん達の感想に照れるシエロと、めぐみんに抱き着かん勢いでくっつくエーリカ。

 あれはもうめぐみんに任せよう。

「ふたりも凄かったけど、やっぱり日本出身なだけあってリアは動きのキレが抜群だったわ。相当練習したんじゃない?」

「ありがとう、アクア。そう言ってくれると、なんだか昔の事を思い出すよ」

 懐かしそうに思い出に思いを馳せはじめるリア。

「昔のこと? なんか日本で良い事があったの?」

 興味津々で尋ねるアクアに、ああとリアは言って。

「日本にいる頃は、よく公園で練習してたんだけど。ある日、私が練習していると、私の歌と踊りを見て褒めてくれた人がいたんだ」

 え……それって。

「あの頃は初めての曲をもらったばかりでね。周りからのプレッシャーを感じて練習中に失敗ばかりやって、少し自信を無くしてたんだ。だけど、あの時に声援を受けて、私なんかでも人を喜ばせることが出来るんだって思えて、どうにか立ち直れたんだ」

 もう顔も覚えてないんだけどねと、苦笑気味に付け加える。

「結局はステージで見せる前にアクセルに来てしまったんだけど、あの人が私の恩人である事には変わりない。出来れば、もう一回ぐらい会いたかったんだけど、それも無理だろうな。あの人は今も元気にしてるのかな」

「ウチのカズマさんにも、その人の爪の垢を煎じて飲ませたい所だわ。……どうしたの、カズマ? そんな恥ずかしそうにして」

「……なんでもない」

 ちょっと、リアの顔を直視できない。

 俺が二人に背を向けて嘯いていると、何時の間にやってきたのか、エーリカが目を輝かせて。

「もしかして、リアはその人が好きだったの?」

「⁉」

 いきなりなんつーこと聞くんだよ。

「は、はあ⁉ そそ、そんな訳ないだろ! 彼とはたった一回しか会っていないし、会話だってほんのちょっとの時間しか……」

「またまた、とぼけたって無駄よ! だって、さっきのリア、すっごく乙女っぽい表情してたもの!」

「そ、そんな事は……ない……と……思う……」

 顔を真っ赤にして、言葉尻をどんどん小さくしていくリア。

 ……こ、これってどっちなんだよ?

「ほーら、みなさい! 自信を持って否定できないのが何よりの証拠よ」

「う、うう……」

「エーリカちゃん、リアちゃんをからかうのはそれぐらいにしておきなよ」

「はーい!」

 元気よく返事したエーリカは、そそくさと俺の方に近付き肩をポンッと叩き。

「残念だったわね、カズマ。ま、そういう事だからリアは諦めなさい」

「だ、だからそんなんじゃねえって何度も言ってるだろうが!」

「大丈夫よ、すぐに新しい恋は見つかるわ。なんだったら、アタシが見つけるのを手伝ってあげるから、元気出しなさい」

 ダメだこいつ、何言っても聞いちゃくれねえ。

 確かにリアは基本的には高スペックな女の子だとは思うが、私生活のほうがあまりにも酷すぎる。

 そんな面倒な奴じゃなく、どうせならもっとアイリスとか、エリス様とか、ああいったザ・ヒロインみたいな方が俺は好きなんだ。

 ……の、筈なんだけど。

「と、とにかく、その人とはもう会えないのだからその話はおしまいだ! さあ、練習を再開するぞ!」

「ああ、待ってよリアちゃーん!」

「そんなに照れなくていいのに」

 耳まで赤くして舞台上に戻っていくリアの姿。

 それをみているだけで、何故か胸の奥がむずむずとしてくる。

 …………。

 ……ダメだ、俺もさっきのを聞いて動揺している。

 これはまたサキュバスのお姉さんに会いにいって、平常心を取り戻さないと。

 そんな事を、俺はコッソリと決心した。




次回の投稿は7月5日20時です
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