新春踊り子コンテスト。
ベルゼルグ王国が主催する今大会は、国中を巻き込んだ春の一大イベントだ。
そんな大規模なお祭りの開催百回目を記念した大会で優勝したアクセルハーツは特別枠として招待され。
明日に控えた本番で最高のパフォーマンスを披露すべく、俺達は王都にある会場へと足を運んでいた。
「えーっと、照明の当てるタイミングは打ち合わせしただろ。立ち位置も確認したし、音源も点検済み。他にやり残した事は……ないな」
ズラリと列挙された項目にひとつずつチェックを入れていく。
念には念を入れて漏れがないかざっと見返してみたが、問題はなさそうだ。
「ほ、本当にもう全部やったのかな? なにかやり残してることがあるんじゃ?」
「なに言ってるのよシエロ、今アタシ達にやれる事は全部やったじゃない。後は可愛いらしく胸を張っていればいいのよ」
まだ覚束ない箇所があるのかオドオドした様子のシエロの肩を、エーリカがポンッと叩き元気付ける。
今やアクセルハーツは国民的な踊り子であると言うのに、直前ともなればそれなりに緊張するらしい。
「大丈夫だって。毎日あれだけ必死になって練習してたんだ、後はゆっくり休息をとって明日に備えるだけでいいって」
「さっすがプロデューサー、偶にはいい事言うじゃない! ほら、カズマだってこう言ってるんだし自信もって」
「そ、そうだよね。あれだけ鍛錬を重ねたんだから、絶対大丈夫だよね」
シエロの気も大分晴れたようで、若干のこわばりは残しつつも笑顔を見せた。
「すいませーん、そろそろ次のユニットの方がいらっしゃるので、撤去の方をよろしくお願いしまーす!」
と、舞台の裾から出てきたスタッフさんがリハーサルの交代を報せに来た。
俺もプロデューサーとしての仕事に集中していたからか、時間が経つのをすっかり忘れていた。
「よーしお前ら、次の人が入ってくる前にサッサと撤収するぞ」
「「はい、プロデューサー!」」
元気よく声を上げるシエロとエーリカ。
そのまま二人は荷物の整理に取り掛かって……。
ん、二人?
キョロキョロと周囲を見回してみると、目的の人物はすぐに見つかった。
「おいリア、こんなところで何してるんだ?」
こちらに背を向け、舞台の中央から客席を呆然と眺めていたリアに声を掛ける。
「あっ、ああ、カズマか。どうかしたのか?」
俺の接近に気が付いていなかったのか、ビクッと身体を震わし襟元から手を離したリアが聞き返してきた。
「いや、どうかしたかじゃなくて。もう次の組と交代する時間がきたから、お前も早く撤収作業に移ってくれ」
「そうか、もうそんな時間か。分かったすぐにやるよ」
言ってリアは先に作業を始めていたシエロとエーリカに合流し、テキパキと後片付けの指示を出し始めた。
なんだろう、この妙な違和感は。
誰しもボーっとする時ぐらいはあるだろう。
練習終わりで疲れていただろうし、普通なら気に留める必要もない。
だけど私生活はともかく、公の場でのリアはいつだって周囲に気を配っていたのだ。
実際、俺がプロデュースを始めてからもスタッフの動きは常に把握していたし。
にも拘わらず、さっきはスタッフさんの声は疎か、俺の声にさえ初めは気付いてない様子だった。
もしかして、ここから気になる物でも見えたのだろうか。
試しにリアが立っていた場所から観客席を見回してみるが特段変わった様子もなし。
……考え過ぎか?
「ちょっと、なにボサッと突っ立ってんの⁉ 人にばっかやらせてないであんたも早く手伝いなさいよ‼」
っと、いかんいかん。
俺までリアと同じ轍を踏んでどうするんだ。
これではミイラ取りがミイラじゃねえか。
「わりい、今やる!」
ひとまず考えるのを後回しにした俺は、腰に手を当て怒声を上げるエーリカに返事をしつつ作業を再開させた。
「うーん、やっぱり練習後に食べるご飯は最高ね!」
「その通りよエーリカ! 一日頑張って働いて疲弊した体にお酒が染み渡った時のこの充足感。この快感を知ってしまえば、例え神様でも抗えないのよ!」
ここは王都にある宿泊施設。
特別枠という事で国が用意してくれた民宿なのだが、なかなかどうして悪くない。
こういう場合、どうせ安宿で適当に済まされるのだと思っていただけに、この好待遇は予想外だった。
「なにを言っているんだアクア。今日のお前は昼頃に起きてきたかと思えば、その後は私達と王都観光をしただけではないか」
「だから疲れてるんじゃない、沢山歩いたんだもの。あっ、すいませーん! シュワシュワもう一杯追加でっ!」
二階が客室で一階が食堂と造りは一般的な宿と同じ。
だが立地が冒険者が大勢いる地区ではなく、どちらかというと中流階級の人が住んでいる場所にある。
そのお陰か、食堂や客室など、重要な箇所は高級ホテルと遜色ない程度には華やかだ。
これならリア達もゆっくりと寛げて……。
「ちょっ、めぐみん⁉ 自分の分がまだあるのに何で私の唐揚げを食べちゃうの⁉」
「ふっふっふ、ゆはんひたゆんゆんがわるひのれふ!」
「あはは、相変わらずめぐみんさんは良く食べますね。ゆんゆんさん、良かったらボクの分を食べてください」
騒々しい。
これでは折角の落ち着いた雰囲気が台無しじゃねえか。
「カズマさんどうしたんですか? 体調でも悪くなったんですか?」
頭痛に悩まされている俺に、向かい側からシエロが心配そうに尋ねてくる。
「いや大丈夫だ。ただウチの駄メンバーは相変わらず残念だなと思っただけで」
「ねえカズマ、まさかと思うけどその駄メンバーに私は含まれていないわよね?」
左隣からクイクイと服の裾を引っ張ってくるアクアに、
「なに自分は関係ない振りしてんだよ筆頭駄メンバー……って、やめろフォーク持って掴みかかってくんな! めぐみん、ダクネス、助け……って、お前らまでなんだよ⁉ なんでそんな笑顔で俺の腕を掴もうとしてるんだよ? おい、一対三とか卑怯だろ? お前ら正々堂々と戦えないのか⁉」
クソ、こいつらこんな時だけ変な連携を見せやがって。
普段からこの協調性を少しでも出してくれれば、俺の心労がどれだけ軽くなるか。
「ちょっ、隣にはアタシがいるんだからあんまり暴れないでよ。エーリカちゃんの可愛い柔肌に傷が付いちゃうかもしれないじゃない」
「あはは、皆さんは本当に仲が良いんですね」
「お前らも見てないで助けろよっ!」
さっきから傍観している二人に援護を依頼するも。
「いやよ、そんな荒々しいこと」
「それぐらいの脅威を一人で払いのけられないでどうするんですか? 敵は待ってはくれませんよ。さあ、いまこそ根性を見せる時です!」
ダメだこいつら、全然頼りにならねえ。
それじゃあ、ゆんゆんは……。
「いいなー。私もいつか、こんな風に何でも言い合える仲間が……っ!」
ダメだ、完全に妄想の世界へと旅立っちまってる。
となれば残された手立ては唯一つ。
「リア、なんとかしてくれ!」
傍観するだけで助太刀してくれない薄情娘達やおとぎの国への訪問者とは違い、正義感溢れるクールビューティーならば援護してくれるはず。
そんな願望を込めて机の端にいるリアに視線を飛ばした。
「……ん、なにか言ったかなカズ……一体何があったんだ⁉」
こちらに微笑みかけたリアは、俺達を視界に収めた途端に口元をひきつらせた。
「見りゃわかんだろリンチされてんだよ! 早くこの状況をなんとかしてくれ! おか、犯されるーっ!」
「それは流石にないだろう⁉ ほ、ほらアクア達も落ち着けっ!」
リアが介入してくれたこともあり、十分ほど経過した所でようやく三人が大人しくなってくれた。
「はあー、なんだか変な疲れが出たよ」
「本当にな、あいつらの五月蠅さには困ったもんだ」
机にぐったりと倒れ伏したリアの横で、俺はコクコクと首を縦に振った。
「では、場も落ち着いた事ですしボクはそろそろ部屋に戻りますね」
椅子から立ち上がったシエロに続き、エーリカも机に手をつき腰を上げる。
「夜更かしはお肌の天敵だし、アタシも休むわ。それじゃあ皆、また明日」
手を振って食堂の入口に向かうエーリカに続いて、シエロもぺこりと頭を下げ、
「ほら、リアちゃんも部屋に戻ろう……リアちゃん?」
なにか考え事をしていたのか、リアは二度目の呼びかけでようやく気が付き席を立った。
「そうだな、私も今日は早めに休むことにするよ。それじゃあ皆おやすみ。カズマ、明日もサポートよろしく」
「おっ、おう」
シエロを連れ立って二階の部屋へと上がっていくリア。
その背中を、俺は微妙な面持ちで見送った。
「リアどうしたのでしょう? なんだか様子がおかしかったですが」
「だよね、あまり会話にも参加してなかったし」
「ん、食事中箸の進みも遅かったしな」
どうやら違和感を覚えたのは俺だけではなかったらしい。
「だよな、やっぱ今日のリアはどっか変だよな。悩みでもあるのか?」
顎に手を当てたまま三人の会話に口を挟んでいるとアクアが、
「そりゃ明日は大きなコンテストなんだから、悩んじゃうぐらい当たり前でしょ。リアって色々と自分の中に溜め込んじゃうタイプだし、必要以上に緊張してるんじゃないかしら」
「……なんかお前が真っ当な事言うと鳥肌が立つな。泥酔の神様は酒が入った方が脳の巡りがいいのか?」
「あんた、その内絶対に天罰食らわしてやるからね。朝起きたらシーツがしっとりしてる天罰とか」
だったらジョッキを呷ってくだを巻く姿を晒すなと言ってやりたい。
まあ、リアは今までこんなプレッシャーを何度も乗り越えて来たんだ、明日になったら普段通りの元気な姿を見せてくれるだろう。
「ともあれ、ここで俺達がごちゃごちゃ言ってても仕方がない。俺達もサッサと寝て明日に備えようぜ」
俺の言葉に全員がこくりと頷いた。
「それじゃあ私はお酒を準備しておくわ。帰って来たら皆で祝勝会を上げましょう!」
「お前、それ単に自分で飲みたいだけだろ」
とは言う物の、その意見自体は悪くなかっただけに、はしゃぐアクアに俺達は苦笑を浮かべた。
深夜、自然と目が覚めた。
そこでふと気が付く。
トイレ行きたい。
しかし、今の時期はまだ春先、夜はまだまだ冷える。
果たして、この温もりを簡単に手放して良いものだろうか。
寝返りをうちつつ、一挙両得の妙案はないものかと数分ばかり画策してみるものの、そう易々と名案が浮かぶはずもなく。
激戦の末、名誉ある敗北を期した俺はモソモソと這い出した。
目的を果たしたところで水分補給をと思い食堂へ。
備え付けられた給水機からコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。
アクセルの一般的な民宿ならば井戸水を使用するのだが流石は王都にある宿、ここの水はちゃんと魔法で生成されているらしい。
魔力さえ使えば自分でも出せるが、ついでだしもう一杯飲んでおこうか。
再び給水機の栓を開こうとしたその時、食堂の外から足音が聞こえた。
こんな深夜に一体誰だろう。
暗がりの中に写るのは一つの影。
一歩一歩ゆっくりと足を運び、周囲をキョロキョロ見回しながら音を立てないよう静かに玄関へ歩を進めている。
えらく慎重に歩いているな。
他の客の迷惑にならないようにしているんだろうけど、それにしたって警戒しすぎではなかろうか。
その人影がなんとなく気になった俺は千里眼スキルを発動。
真っ暗な屋内で、サーモグラフィーのように人の影が映し出される。
身長は俺と同じぐらいだろうか。
たなびく長髪はストレート。
ぼんやり浮かび上がった輪郭はなめらかな曲線を描いている。
というか、あのシルエットって……。
街灯が煌々と灯る王都の幹線路。
日中は活気に溢れるこの通りも今は眠りについている。
呼吸の度に漏れる息は白く染まり、キンッと鼻の奥で響き痛い。
ダクネスの様な性癖のないノーマル人間な俺としては、こんな時間にジャージ一丁で出歩きたくはなかったのだが。
「あいつ、一体どこに向かってんだよ」
よく整備された路面を早足に進んでいく黒髪の女性。
光に照らされたその姿は紛れもなくリアだ。
現在、俺はリアの後方二百メートルぐらいの距離を保ちつつ、潜伏と千里眼を併用して追走していた。
言っておくが、これはストーキングではない。
自分がプロデュースしているアイドルが夜間、何も言わずに外出したのだ。
それを放っておくプロデューサーがいるだろうか。
いいや、存在しない、絶対に後をつけるはずだ。
今の俺の姿を見た誰もがプロデューサーの鑑だと称賛する事間違いないだろう。
だから俺は断じてストーカーなどではない。
建物の陰から顔を覗かせジーッと観察していると、リアが木々が至る所に植えられた広大な敷地へと足を踏み入れているのが見えた。
あそこが目的地だろうか。
王都には何度か来た事があるが、いつも王城で優雅な時間を過ごしていただけにこの辺の土地勘はまるでない。
そんな俺でも、リアが訪れた場所が市民公園なのだと一目で分かった。
同時に疑問は膨れ上がる。
あいつ、こんなとこへ何しに来たんだ?
って、あいついつの間にかいなくなってんじゃねえか。
しょうもない事を考えてる場合じゃなかった、ここで見失ったら極寒の中ここまで来た意味がなくなってしまう。
我に返った俺は慌ててリアが進んで行った道を後追いした。
両脇に点々と植えられた木々の合間を縫うように、緩やかなカーブを描いた小道を駆け足で通り過ぎる。
幸いにして分岐点はなく迷わずに駆け抜けること数分。
小道を抜けた先で一気に視界が開けた。
そこに広がっていたのは、よく手入れのされた広大な庭園。
休みの日には思わず家族連れで遊びに来たくなるような開放的な仕上がりだ。
空には日本では早々お目にかかれない数の星々が瞬いており、ちょっとしたプラネタリウムも楽しめるだろう。
なんて感慨にふけっている時間はない。
今はリアを探す事が先決、景観を楽しむ役割はそこら辺を闊歩する暇を持て余した貴族連中にでも任せておこう。
しかし千里眼があるとはいえ、これだけ大きな公園だと探すのも一苦労だ。
なにか効率の良い方法は無い物か。
俺が思考を巡らせていたその時、遠くから澄み切った歌声が響いて来た。
「これって……リアの声だよな?」
軽く周囲を見回してみたが彼女の姿はない。
耳を澄ませ、声を頼りに捜索を開始する。
緩やかな傾斜を登り、頂上付近の低木が生えた場所まで赴いた所で……見つけた。
一面に芝生が張られた平坦な広場。
その中央には、歌唱しながら手を大きく広げステップを踏むリアの姿が。
表情には晴れやかな笑顔を浮かべ、それでいて動作や歌声は真剣そのもので、一切の妥協なく練習しているのが伺える。
時々立ち止まっては数秒前の動きを繰り返し。
また進捗したかと思えば今度はゆっくり丁寧に、指先にまで神経を行き渡らせる。
どれだけそんな事を繰り返しただろう。
じっと立ち止まったリアは目を閉じるとフーッと息を吐き出し。
開眼すると同時、圧巻のパフォーマンスが舞い踊られる。
時に大胆に、時に素早く。
キレのある動きからピタッと静止、緩やかな流れに移行する。
踊りもさることながら、リアの歌声に俺は吸い込まれる様な感覚を覚えた。
広場の空気全体に反響する芯の通った力強い声。
涼やかな、それでいて内には熱い思いが込められた歌声は、聞き手の奥深くにまで突き刺さり放さない。
心奪われるというのは、こういう事を言うのだろう。
目の前で披露される演目に釘付けになり。
肩で息をしながらお辞儀をしたリアに、俺は惜しみない拍手を送った。
「えっ?」
いきなりの拍手に驚きの声を上げたリアと俺の視線が交差する。
「いやー、改めてみるとやっぱスゲエな。何度も見てるはずなのに目が離せなかったぜ」
賛辞の言葉と共に俺は木の陰から歩み出した。
前触れのない登場だったせいか、目を見開き愕然としていたリアは絞り出すように、
「なんで……君がここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフだ。お前こそなんでこんな時間に一人練習してるんだよ。コンテストに備えて早く寝ろって言っただろ?」
呆れたように言う俺の言葉に気が緩んだのか、リアは気まずそうに視線を逸らした。
「あー、いやーその……ちょっと寝付けなくてさ。それならいっそ、練習しておいた方が気が紛れるかなーっと思って」
これは、つまりあれか。
「明日が心配で眠れなかったと」
こくりと小さく頷くリア。
はあー、全くこいつは。
普段はあれだけクールで格好いいのに、妙な部分で弱気になるのはなんなのだろうか。
本番が明日だと考えれば、不安になるのも無理はないのかもしれないが。
「大会に参加するのは今回が初めてって訳でもないのに、そんなに緊張するんだな」
何気なく尋ねた俺の問いに、リアはフッと微笑み、
「それはそうだよ、大会や公演前はいつだって緊張している。どれだけ練習を重ねたとしても、それがちゃんと本番で出し切れるとは限らないんだからさ」
「そ、そうだな」
そんな悟った様な顔で語られても反応に困る。
生まれてこの方、本気で情熱を注いでいた事なんてほぼ皆無。
ただ曖昧に頷く事しか出来ない。
「でも、その不安を押し消す為にはやっぱりギリギリまで練習するしかないんだけどね」
「そ、それな! 結局、何回も同じことを繰り返して自信をつける以外にやり様がないんだよな。まったく、世の中ってのは理不尽だらけで本当に嫌になるぜ」
首の付け根当りを触りながら眉を八の字にするリアへ取り繕ったように返答する。
我ながらなんと中身の薄い発言だろう。
かと言って他に言うべきことも思い付かず、ひとまずコクコクと頷いておくしかない。
「と、とにかく、お前はこれまでに十分過ぎるぐらい練習を積んできた。それは近くで見ていた俺が保証する。それに、お前らアクセルハーツはベルゼルグで一番の踊り子ユニットの称号を取ってるんだ。だからもっと自信を持って、今日はもう帰ろうぜ。体を休める事だって大事な仕事だぞ!」
先程の微妙な空気を取り繕うべく、俺は必要以上に明るい口調で提案する。
「……そう……だよね。もう大丈夫……だよね」
髪を触りながらブツブツと呟くリア。
何事かと思い俺が訝しんでいると、なにか吹っ切ったようにすっと顔を上げた。
「分かった。カズマの言う事はもっともだし、練習はこれぐらいにしておくよ」
グーっと伸ばしていた腕を後ろで組んだリアは、俺の隣を横切るとクルッと顔をこちらに向け、
「それに、ジャージ姿のままじゃカズマが寒いだろうからね。大方、私が宿を出るのを見かけてそのまま追いかけて来たんだろうけど、この時間帯はまだ冷えるんだからあんまり無理したら駄目だよ。この世界の風邪は結構侮れないらしいし」
揶揄い混じりに心配しつつ、緩やかな傾斜をゆっくりとした足取りで降りていく。
いつもの口調にいつもの態度。
背筋を伸ばし指をこすり合わせながら悠然と歩くその背中は、どう見ても普段通りのリアそのもの。
そのはずなのだが……。
………………。
「あ、あー、なんか足が疲れちまったな。これはちょっと休んでからじゃないと帰れそうにないわ」
「はあ? カズマ、いきなり何をいってるんだ? しかもすごい棒読みで」
俺の発言を聞いたリアは歩みを止めキョトンと首を傾げる。
真顔で指摘され正直顔から火が出そうだが、ニート生活で培った鋼の精神力をフル動員させることで何とか乗り切る。
「そ、そんな訳なんで、俺の足が回復するまでリアは好きにしててくれ。でも、俺の休憩が終わったら何があっても連れて帰るからな」
流れに任せて俺はドサッとその場に坐り込み、木に背中を預けて足を延ばす。
いきなり過ぎる俺の行動に初めは当惑していたリアだったが、暫くするとククッと肩を震えさせ始めた。
「……お前なんなの? 俺がハズイの我慢してまでお膳立てしてやったってのに、お前本当になんなの?」
「ははっ! いや違うんだ、あまりにも演技が大根だったものだからついね」
とことん失礼な奴だな。
クソ、慣れない事するんじゃなかった。
夜の寒さが気にならないぐらい体が熱くなっちまったじゃねえか。
ふて腐れた俺は頭の後ろに両手を回し、リアとは反対の方向に体を向ける。
と、後ろから靴が草を分ける音が近付いてきた。
そしてわざわざ俺の前まで回り込み、しゃがんで俺と視線を合わせたリアは――
「ありがとう、カズマ。もう少し踊っていくから、ここで私を見ていてくれ」
星に照らされたその顔をほんのりと上気させ、嬉しそうに微笑んだ。
リアの自主練習から一夜明け。
「あ゛ぁー、しんど」
「ちょっと喉ガラガラじゃない。昨日あれだけ体には気を付けろって言ってた張本人が喉悪くしてるなんてお笑い草ね」
倦怠感に苛まれながら食堂に降りる俺を早速呷ってきたアクアにイラッとする。
「仕方ねえだろ、昨夜は色々あったんだから。それより、リアはちゃんと起きてたか?」
「当たり前でしょ、寝坊助ニートのあんたとは違って、シエロ達とご飯食べてサッサと会場に向かっちゃったわ」
そうか、なら一安心だ。
結局、あの後一時間近く踊り続けていたので就寝時間が思い切り遅くなってしまった。
途中から寒さの限界がきて何度も帰ろうとしたのだが、あと少しだけあと少しだけと懇願されてしまい。
まさか暖を取る為とは言え、王都のど真ん中でラジオ体操をする羽目になるとは予想だにしていなかった。
「というか、お前もなんでまだ宿にいるんだよ。めぐみん達と一緒に先に行けばよかったのに」
「そんなの私もさっき起きて来たからに決まってるじゃない」
うん、やっぱりこいつは駄女神だわ。
アクアの評価を再認識したせいで軋んだ頭に手を当てていた俺の手元に、生姜の香り漂うコップがコトリと置かれる。
「ほら、これでも飲みなさい」
「……なんのつもりだ? 言っとくけど借金の保証人にはならないからな」
「ちっがうわよ! あんた女神様を何だと思ってるの⁉」
猜疑的な視線を向けている俺の態度が気に食わないのか、アクアが激昂する。
「別になんの駄女神でもいいけど。お前が下心もなく自分から飲み物くれる訳ねえだろ」
「あんたってば本当に無礼ね。そんな風邪一歩手前のカズマをリア達に会わせる訳にはいかないでしょ。だからそれでも飲んでとっとと回復しちゃいなさいな」
えらく真っ当じゃねえか。
普段は衝動的な行動ばかりするアクアだが、こいつもリア達を支えようと自分なりに考えているらしい。
「それじゃあ、私は準備してくるから一旦部屋に戻るわね。カズマもちゃっちゃと朝ご飯食べちゃいなさいよ」
言い残してタタッと食堂を出て行くアクア。
曲がり角で他のお客さんにぶつかりそうになり、避けた拍子に尻餅をついていた。
走って転ぶとか子供かよ。
いつも通りなアクアの様子に苦笑を浮かべつつ、手に持ったカップを口に近付け……。
「って、これお湯じゃねえか!」
カップの中を確認してみたら案の定、そこには混じりっ気一つない綺麗な液体が入っていた。
例に溺れず、また浄化したようだ。
ほんのちょっと見直しかけていたのに、やっぱり根源的な駄女神性はそう易々と矯正出来ないらしい。
と、俺はふとある事に気が付いた。
「喉の調子が良くなってる」
喉に手を当て数度発声してみるが、朝方のように声がガサツかない。
むしろ普段よりもいい声が発声出来ている節まである。
これってあれか?
アクアが浄化した水はあらゆる状態異常を直す的な感じなのだろうか。
日頃から問題ばかり引き起こすあいつだが、妙な所で女神っぽさを取り戻す事がある。
今回だって、一応は俺の体調を回復させるという当初の目的を完遂している訳で。
……なんだろう、やっぱり納得がいかない。
あいつが下りてきたら一言文句を言ってやるとしよう。
心の中でそう結論付けてから、俺は浄化されて聖水になった元生姜湯を口に含んだ。
『――ありがとうございました! お二人のパフォーマンスも実にハイレベルでしたね、今年は参加者のレベルが高くどなたも甲乙つけがたい仕上がり。普段はふんぞり返って適当に採点している審査員の苦悩する姿が目に浮かぶようです、ざまあみろッ‼』
司会者の声に観客席から同調の声が沸き上がる。
コンテスト会場の熱気は既に最高潮。
皆が一堂に会して、いまという瞬間を思い切り楽しんでいる様だ。
「あっ、カズマ‼ こっちよこっち!」
「早く来ないとリア達のステージが始まりますよ!」
「ちょっ、アクアさん、めぐみん! あんまり大きな声出したら周りに迷惑よ!」
二人の声に誘われるがまま関係者席の間をすり抜けて進む。
想像以上に人がいたので合流するまでに時間がかかると想定していたのだが、そんな心配は杞憂に終わった。
こういう時、あの無駄に目立つ信号機みたいな髪色は役に立つものだ。
「ふー、あぶねえ。ギリギリ間に合ったぜ」
「先に行ってくれと言っていたが、なにかリア達に言い忘れた事でもあったのか?」
「ああ、ちょっとした差し入れをな」
前のめりになり怪訝な顔をしたダクネスの問いをサラッと流し、席へドカッと着席する。
丁度そのタイミングで、先程まで熱く語っていた司会者がそのままの勢いに拳を突き上げた。
『さあ、盛り上がってきました決勝戦もいよいよ次がラストの登壇者です! 今大会最後の出場者はこの方々‼ 第百回目の大会にて見事優勝を果たしたアクセル出身の踊り子ユニット。果たして、二組の強豪を払いのけ二連覇という五年ぶりの快挙を成し遂げられるか? クールで可愛い武闘派ユニット、アクセルハーツ!』
地鳴りの様な歓声の中、舞台中央に設けられた入場口から三つの影が飛び込んで来た。
会場中のファン達に手を振り返しながら笑顔を振り舞くリア達。
控室にいた時はそれなりに緊張していたが、今はそんな様子は露ほども見受けられない。
流石は俺がプロデュースしているだけはある。
「この男、まるで自分の育てた子供を見守る親の様な顔をしていますね」
「実際は借金を返す為にあの子達の良心に付け込んだだけなのにね」
「まったく、調子のいいヤツだな」
「カズマさん、そんな事考えていたんですか……?」
こ、こいつら、俺をまたいで堂々と悪口言いやがって。
というか、地味にゆんゆんの蔑むような冷たい視線が痛い。
ここは舐められない為にも一発ガツンとしめてやろうか。
『それでは、リーダーであるリアさんから曲紹介をよろしくお願いします!』
と、自己紹介が終わりいつの間にか随分と話が進んでいたようだ。
ここはプロデューサーとして、しっかりと聞き届けてやらねばいけないだろう。
怒りの矛を何とか抑えた俺は一度深く腰掛け話を聞く体勢を取る。
他の観客も俺と同じ気持ちらしく、先程までの喧騒が嘘のように鳴りを潜め、会場中の視線が舞台中央にいるリア一点に集まった。
『今回の曲は、私の故郷にある曲をアレンジしたものです。本来なら故郷でお披露目するはずだったんだけど、色々あって出来ないままこっちに来てしまって。長い間、ずっと心残りだったんだ』
会場中に響き渡るリアの声。
日本の話を語る時は少しだけ目を伏せたが、すぐに明るい笑顔を浮かべる。
『でも今回、思い切ってシエロやエーリカに相談してみたんだ。故郷でやり残したことをもう一度やりたいって。そしたら二人共、私の我侭を笑って受け入れてくれたんです。慣れない部分も沢山あっただろうに、文句の一つも言わないで私の願いを叶えようとしてくれて。二人には大きな借りが出来てしまったな』
言われた当人達はふっと笑みを浮かべ、
『なに言ってんのよ、アタシ達はユニットなんだから。こんなの借りた内に入らないわ』
『むしろリアちゃんの願いを叶える事に協力させてもらえて嬉しいぐらいだよ』
二人の優しい言葉につられリアも相好を緩める。
自然と会場から歓声と拍手が巻き上がった。
拍手が収まると、リアは会場全体をぐるっと見渡す。
『この場所に立つまでにいろんな人の助けがありました。馴染みのない踊りにも拘らず最後まで付き合ってくれたシエロやエーリカ、私達をこの場に招待して下さった主催者様、運営スタッフの皆さん。今日ここに来てくれたファンの皆さんにも感謝の言葉しかありません』
二階席、一階席と徐々に視線を向けていく。
そして関係者席に辿り着いたところでリアの動きが止った。
リアの視線はある一か所に集中していて……ん?
なんかこれ、俺の方をみてないか?
『そして――』
戸惑う俺を見たからなのか、それとも他の要因なのか。
少し考え込む様な仕草を見せたリアは、ほんのりと頬を上気させてはにかみ、
『今回、同郷という事でいつも以上のサポートをしてくれたプロデューサー。不安に押しつぶされそうだった私を応援してくれた彼の期待に応えるためにも、今日ここで全力のパフォーマンスをします! 聞いて下さい、『Shining Future』!』
曲名を叫ぶと同時、三人が一斉に踊りを始めた――!
その夜。
「ちょっと、シエロったらジョッキが空じゃない。ほらほら、もっと飲みなさいな」
「い、いえ、ボクはもう十分に頂いているので……」
「あ、アクアさん、いくらなんでも飲むペースが早すぎるんじゃ?」
既に出来上がっている酒臭いアクアに肩を組まれたシエロが、それとなく距離を置こうと後退る。
ゆんゆんがなんとか宥めようと試みるも効果は薄そうだ。
「では、シエロの代わりに私がそのシュワシュワを貰いますよ!」
「いいわね、めぐみん! アタシも楽しくなってきたし一緒に乾杯しましょう!」
「お、おいエーリカ、めぐみんにまで勧めないでくれ。それは私がもらおう」
ジョッキを奪われためぐみんがダクネスに文句を言う横で、機嫌良く一気飲みするエーリカ。
各々がこの一時を楽しんでいる様だ。
アクセルの冒険者ギルドでバカ騒ぎするアクア達をボーっと眺めながら、俺もジョッキをグイッと傾けた。
今回はダニエル達の妨害が入る事もなく、無事にコンテストは幕を引いた。
結果はアクセルハーツの優勝。
つまり、リア達は五年ぶりの大快挙を成し遂げたという訳だ。
プロデュースした身としては、自分が育てた踊り子達がここまで大きく成長してくれたのがこの上なく誇らしい。
この調子でいけばベルゼルグだけじゃない、世界中でアクセルハーツの名前を売るのも夢ではないはず。
成り行きで始めたプロデュース業だったけど、こうして振り返ってみたら案外楽しい毎日だったな。
ただ、気になる事と言えばさっきの……。
「カズマ、ちょっといい……かな?」
「うおわひゃ⁉ な、なんだリアかよいきなり話しかけんなビックリしたわ!」
「わ、私の方が驚いたよッ! 大声で話しかけた訳もないんだからそこまで過剰に反応しないでくれ」
丁度リアの事を思い返していただけに、当の本人に背後から話しかけられ変な声が出てしまった。
ひとまず一度深呼吸でもして心を落ち着かせてから……。
「そそそそうだな確かに今のは俺が悪かったな。そ、それで何か用があんだろ立ちっぱなしなのもあれだし取り敢えず座れよ、うんそれがいいそうしよう」
あんまり変わらなかった気もするがまあいいだろう。
苦笑を浮かべていたリアが、遠慮がちに俺の隣に腰かける。
しかしリアはなかなか話し始めなかった。
俺の方をチラチラッと伺ったかと思えば、居心地悪そうに視線を逸らし。
両手で持ったジョッキの縁を指で何度もなぞっていたかと思いきや、またチラッと横目を向けてきて……。
なんだ、この雰囲気。
なんでリアはこんな乙女みたいな反応してるんだ。
これってあれか、もしかしてあれなのか?
さっき観客の前であんな熱烈に言ってたし恋し愛します系のイベントなのか?
「……なあカズマ、さっきの」
「ああああれな舞台の上からリアが皆の前で言ったアレの事だよなうんあれがどうかしたのか?」
くそ、少し被り気味になっちまった。
変に緊張してしまったせいで初手からやってしまったが、幸いにしてリアは気にしていないようだ。
ジョッキの水面をジッと見詰めていたまま、
「いや、それもあるんだけど……その、本番前に差し入れをしてくれただろ?」
そっちかあああっ⁉
「うん渡した確かに渡したなアクア水‼ 直前に水だけ渡すのは自分でもどうかと思うけどあの時はあれ以外に思いつかなかったと言うか、思い付いたのが今日の朝だったから他に用意できなかったというか⁉」
やべえ、先走った感が半端なくてすげえ恥ずかしいんですけど。
朝の時点では名案だと思ったんだ。
俺の喉が直ったぐらいだし、直前にアクアのだし汁を飲ませたら多少は気が軽くなるのではないかと。
時間が迫ってたから渡すだけ渡して反応も見ずに客席へ戻ってしまったが、あれはリア的になしだったのだろうか。
ダメだ、酒も相まって頭の巡りが悪い。
途中からは謎に言い訳みたいになってるし、全然格好がついてない。
というか普通にダサい。
これじゃあ俺の頼れる男のイメージが……っ!
頭を抱え俺が突っ伏しているのを呆然と見ていたリアだったが、突然ぷっと噴き出し、
「あはは! めちゃくちゃ緊張してるじゃないか、カズマ」
ちくしょう、顔が熱い。
もう真面にリアの顔が見られないじゃねえか。
肩を震わせ悶える俺の横でひとしきり笑ったリアは吹っ切れたように顔を明るくした。
「はあ、緊張していた自分が馬鹿馬鹿しくなってきたよ。うん、やっぱりこういうのは正面から伝える方がいいや」
ぼそぼそと小声で何かを言ったリアは体をこちらに開くと軽く頭を下げ、
「カズマ、今回は本当にありがとう。この一ヶ月、ほとんど毎日顔を見せに来てくれて。昨日の夜なんかは、あんな遅い時間にも拘らず付き合ってくれた。あのアクア水もすっごく嬉しかったんだ。だから、改めて感謝を」
顔を上げたリアは気恥ずかしそうに頬を赤く染めていて。
だけど、とても嬉しそうに――
「今日まで支えてくれて、本当にありがとう!」
思わず見惚れてしまう程に綺麗な笑みを浮かべた。
えっ、なにこの雰囲気、甘酸っぱい。
リアが日本出身の同年代という事もあって、なんか同級生に告白されてるみたいな気分になって来たんですけど。
いや、今まで告白された経験なんかないけども。
これってあれ、なんか俺もそれっぽい事言った方がいいの?
格好良い事言ったらリアルート開放できちゃうの?
てか出来そうな感じだよなこれ絶対そうだよな、となれば据え膳食わぬは男の恥。
考えろ、考えるんだ佐藤和真。
さっきはヘマしてしまったけど、今度こそは……っ!
「べ、べつにあれぐらいなんてことねえよ。俺としてもお前の力になれて嬉し……」
「カズマさん! アクアさんがピンチなんです、助けてください‼」
「リアちゃんも助けて! エーリカちゃんが今にも吐きそうになっててっ!」
こ、こいつら、いい雰囲気を盛大にぶっ壊してくれやがって。
空気を読めないこいつらに文句の一つでも……、
「そ、それは大変そうだな。よし分かった、私も手伝いに行くよっ!」
「ありがとう、リアちゃん!」
「ちょっ⁉」
俺が口を開く前にバッと立ち上がったリアは、こちらを見ずにシエロとゆんゆんをつれ足早に去ってしまった。
ぽつねんと取り残されてしまった俺。
リアのあまりの行動の速さに唖然としていたが、段々と思考が追い付き、
「ふざけんな! 盛り上げるだけ盛り上げて流すとか、高ぶった俺の純情を返せっ!」
俺の猛りは、ギルドの喧騒へと紛れて行った――
次回の投稿は7月7日20時
最終話です