酩酊とは、ビールやウィスキー、ウォッカなど、俗に酒類と分類される飲料の接種によって、アルコール血中濃度の上昇が引き起こす多幸感を感じる現象である。
一般的に、ほろ酔いとは前段の酩酊状態と自意識、自制心がせめぎ合い、感覚的には自身をコントロールしつつも、実際の動きや思考力には遅延や齟齬が生じ易くなる状態だ。
そして、ほろ酔い時の人はこういうのだ、"酔ってなんかない"、と。
喉がひどく乾いている。
それにひどく身体もだるい。
不快感と倦怠感で眉間にしわを寄せながら、徐々に目を開くと見知らぬ半裸の女性が視界に飛び込んでくる。
予想だにしない現象が、急速に脳を回転させる。
だれだ、?あ、良い香り、ここは、?ベッドでかっ!
、なにを?半裸…あ、私もだ、頭痛い。
これ、私の心臓の音か?
鼓動が早い、血流がドンドン巡る。
脳は覚醒を促してくるが、身体がついてこれていない。
どうにも思考が散漫で纏まらず、矢継ぎ早に情報が脳内を駆け巡る。
甘ったるい不思議な香りと目の前の彼女が、私を落ち着かせてくれない。
見慣れない景色だ、自宅ではない。
ブロンドの髪と、透き通った肌、高く形の整った鼻、ふっくらとした唇、
奇麗だと、そう思った
そう、この薄桃色の瞳も・・・
瞳も・・・
ひと・・・
「ふふ、おはよ。」
そう言って微笑む貴方は、一体誰ですか。
「あ、、え、?」
言葉にならず、ほとんど反射で疑問符だけが漏れる。
咄嗟に返事をしようとしたが、声にならなかったのだ。
微笑む彼女と状況が飲み込めない私。
互いに見つめあっているが、通じあっていない。
沈黙を破ったのは彼女だった。
「あなた、酷く酔っ払っていたのよ。」
彼女はそういうとシーツを巻き上げながら身を起こす。
だめだ、全く思い出せない、何が優秀なサイバーウェアだ。
私も身を起こすが、頭に響く鈍痛に耐えようと顔を抑える。
「その様子じゃ、何も覚えていないようね。」
二日酔いに耐える私をよそに、備え付けのキッチンに足を運ぶ彼女。
しばらくするとコップを手に私のもとまで来てくれた。
「はい、お水よ。あれだけ飲めば二日酔いにもなるわよ」
手渡してくれた水を一気に飲み干すと、体中に水分が駆け巡っていく。
体が欲してやまないものだった。
「落ち着いた?」
ベッドに腰掛けながら心配そうに見つめてくる。
ああ、本当に私は何をやっているんだろうか。
「ずいぶん飲みすぎたようね…」
自嘲気味に笑うことしかできなかった。
「そりゃあ、バカルディを一気飲みなんてするからよ。あなた、すごかったのよ。」
呆れ笑いをしながら、こちらに詰め寄ってくる彼女の髪からは、あの甘ったるい香りがした。
だが、不快ではない、むしろ鼓動が早まってしまう。
「・・・どんな風に?」
赤面しているのを見られないように顔を背けながら、彼女に問う。
「ふふ、最初は静かにお酒を楽しんでいたみたいだったんだけど、ダンサーにしつこく迫っていた男がいてね。男に声をかけると、あっという間に気絶させちゃったのよ。」
嬉しそうに、誇らしそうに語る彼女は、私から空いたコップを受け取ると、もう一度水を入れて持ってきてくれた。
「私が、酔っぱらいを伸したのはわかったけれど、どうしてここに?」
手渡された水に口をつける。
だんだんこの状況にも慣れてきたので、一番の疑問をぶつけてみる。
「まあ、酔っぱらいのこともすごかったんだけど、本当にすごかったのはその後よ。」
彼女は再びベッドに上がってくると、甘えるように、身を起こした私の太腿に頭をあずける。
なんの気無しに、空いた片手で彼女のブロンドの髪を撫でる。
「あと?」
くすぐったそうに、嬉しそうにしている彼女は、続きを語り始めた。
「あなたね、その場にいた客全員に酒を奢ったんだけど、それに気分を良くした客と飲み始めたのよ。」
「そこからはもうあっという間。誰から始めたのか飲み勝負になってね、屈強な男共をノックアウトしていったわ。」
道理で、こんなにも頭がいたいわけだ。
だが、腑に落ちないこともある。
「きみは「ふふ、だーめ。まだお話の途中でしょ。」・・・」
私の唇に人差し指を押し当てると、次の言葉を塞いでしまった。
「あなたはね、助け出したダンサーに声をかけられて、彼女とも勝負することにしたのよ。」
ほっそりとした指を離すと、それまでずっと私の方を向いていた彼女は横を向いてしまった。
そのまま続きを話し始めた。
「でもね、それまでに随分と飲んでいたから、勝負は彼女の勝ち。」
そっぽを向きながら、確かめるように私の肌を撫でる。
「その後は、負けたあなたを介抱しようと、VIP用のベッドに運んだのよ。」
彼女の手つきは、どこか緊張しているようだった。
おかしな話だ、先程まで鼓動が早かったのは私の方だったのに、今では彼女の方が鼓動が早いようだった。
「つまり、キミは・・・・」
言いかけて、私はそれに気づいてしまった。
彼女の耳はその瞳のように薄桃色だったのだ。
「・・・なによ。」
視線を合わそうとしないのは、そういうことか。
「どうやら、夜通し面倒をかけたようだね。」
彼女の上気した耳に口を近づけると、語りかけるように囁いた。
ますます赤くなる彼女は、耐えきれなくなったのか、シーツを顔に寄せると、顔を覆ってしまった。
なんだこの生物、ものすごく心臓に悪いぞ。
「助けてくれて、ありがと・・・」
耳だけを残して、シーツに覆われた彼女はつぶやいた。
その行為は意図しているのか、しないのか。
真意は彼女にしかわからないけれど、意図を汲んだ私は、再度囁く。
「こちらこそ。介抱してくれてありがとう。」
トドメとばかりに、シーツと私の足を巻き込んで丸くなる彼女を見て、私の理性は陥落した。
一時の蜜月を堪能し、シャワーで汗を流す。
どうやら、レストラン、バーの他に連れ込み宿でもあったらしい。
シャワールームから上がると、手早く身支度を済ませ、ベッドで動けなくなってしまった彼女の手を取り、チップと連絡先を送る。
どうやら失神してしまったようだが、そのまま寝入ったようだ。
彼女もプロだ、問題なかろう。
念のため、シーツを掛けてやると部屋を後にした。
この手の店は、配慮が行き届いているようで、入店時のようなチェックはなく、去る時は人目につかずにエレベーターで階下に降りられた。
どうやら、朝は朝でも早朝であったらしく、登り始めた朝日と僅かな肌寒さが身を包む。
わずかに白い息が漏れる。
初日を終えたことで、なんだか一皮むけたような気分だ。
色んな意味で。
なんて清々しい朝なんだろう。
ああ、本当に清々しい朝だ。
車の周りに横たわる死体が無ければの話だが。
私の愛車を取り囲むように倒れているが、これ、私がなんとかしないといけないんだろうか。
若者が多く、服装は各々個性的だが、共通点がある。
顔の下半分を覆うように、鬼のマスクをしているのだ。
はい、どこからどう見てもタイガークロウズです、ありがとうございました。
ちょっといいことがあったと思ったら、これだ。
全く、世の中どうなっているのだか。
あ、今はサイバーパンクの世界だったか。
現実逃避をやめ、彼らを見渡す。
1,2,3,4,・・・5人ほど倒れているようだ。
スキャンすると、彼らのうち事切れているのは3人のようだ。
彼らは皆、シナプスが焼ききれている。
死後、6時間と言ったところか。
残りの2人はシステムリセットされている。
状況から察するに、こちらの二人にシステムリセットをかけつつ、残りの3人をクイックハック、シナプス焼却をしかけたらしい。
手練の仕事だ。
私も愛用していた戦法だから、相応のRAMと技術がなければできないことがわかる。
ふむ。相手は一流のネットランナーか?
しかし、死体がそのままなことや、私の愛車で始末したことは説明がつかない。
あたりを見渡すが、揉め事の痕跡やそれらしい人影はない。
これだけの腕なら、昨晩ハックしたカメラには何も残っていないかもしれないが、念のため確認してみることにした。
死体の状態から、大まかな時間を割り出し、当時の記録を確認すると、そこにはTYPE-66を物色しようとしていた5人組が同時に倒れる瞬間が記録されていた。
フレンドリーモードのカメラから、アラートが発信されている。
ログを調べると、暗号化され、足取りを追えないようにしたアラートが私に届いていた。
なんてことはない、5人組の車上荒らしを始末したのは私だったのだ。
得心がいったのと同時に、この状況に置かれても酷く冷めた自分がいたのを自覚する。
どうやら、現代日本人の感性は、この体に移ったことで失われてしまったようだ。
状況を理解した私は、一帯のカメラの記録をすべて消去し、電源を落とす。
念のため、近場にあった一台を物理的に破壊した。
この細腕は間違いなくゴリラアームを搭載しているようで、飛び上がり一撃見舞うと、簡単に粉砕してしまった。
さて。
まだ息がある二名に近づくと、徐ろにオーバーチュアを取り出すと、立て続けに二発の弾丸を射出する。
発射された44口径は、的確に頭部を捉え、頭部を吹き飛ばした。
化け物じみた破壊力だ、どうやら、フル強化された状態なのは間違いないようだ。
この世界に来て、初めての殺人だがやはり抵抗はない。
あるのは、所有物を脅かされたことに対する怒りと、危険因子を排除するための合理性。
この世界では、負けたものはすべてを奪われるのだ。
私は私のモノを守るためならば、何でもする。
そうしなければ、今の私がここで生きていくことは不可能なのだ。
倒れ伏した男の顔を冷めた目で暫く見つめたあと、車に乗り込む。
コーポプラザに向けて、車を動かした。
罪悪感はなく、必要なことをしただけだとわかっている。
だが、なぜか先程まで感じていた清々しさは消えてしまっていた。
今回は、雰囲気的に前書きを記載しませんでした。
明日から暫く帰省するので、次話は連休明けになると思います。
お時間をいただきますが、どうかお待ち下さい。