ゲルドの街は夜も寝ない。
寒さの中で、人々は商売を行う。その豪胆さは折り紙付きだ。それはそうと、俺の役目はナボリスの偵察。
俺の正体と能力を唯一知っているルージュからのお達しである。宮殿の上まで登り、後ろから出たらまずバレない。しかも、キースの体なら尚更だ。
キースくんの視野は広い。
ナボリスの装飾まで見えるほど。雷なんて喰らわない位置から。
…飛んでいるからか、かなり冷える。羽もピリピリと痛みが走るほどだ。因みに、手をバタバタと動かす感覚で蝙蝠の羽は動く。…人の状態で考えないでもらいたい。
さて、ナボリスの様子だが…。まるで神獣なんぞの影はなく、魔の巣窟と化していた。赤黒い苔みたいなのから目玉がギョロリ。キースもいれば、ボコブリンもいる。骨のやつも見えるし…まるで俺たちじゃ何も出来ない。
まさに動く魔城。…その下にもモルドラジークやシビレリザルフォスが。エレキチュチュなるお仲間もいる。…まぁ、彼らに俺のように考える知性はないが。
…とまぁ、ここまでで良いだろう。
怪我をせず戻る約束だ。
宮殿の自室に戻り、人に戻る。
視覚のみ退化するが、手足の感覚や肌感は人に勝るものはない。…今はルージュも寝てるだろう。良い子は眠る時間だからねっ。
というわけで、ふかふかの布団に腰をかける。…とはいえ、やることはない。意外と誰かと話さない時間ってのは静かで良い反面、暇で仕方ないからなぁ。早く寝ろって話だが、まだそんな時間帯じゃあないし。ルージュが眠ってる間にルージュの護衛なんかしなくていいし…ビューラさんに任せておくとするか。
まぁ、やることないなら、寝るしかないわなぁ…。
「…おい。」
「…ありゃりゃ。起きちゃってたのね。」
悪い子だねぇ。ルージュちゃんは。
扉のノック音は彼女か。疲れててスルーしてしまったのが癪に触ったのか、少しムッとしていた。美形でそんな顔されても怖くない。おまけつきで、スナザラシぬいぐるみまで来てるし。なぜ?
「…ふわぁぁ…。お前が帰ってくるのを待っておったのじゃぞ?」
「眠たいなら寝てもよかったのに…。」
「で?…ナボリスはどうだった?」
…なるほど。
ビューラさんを振り切って起きてたのはその為か。良くも悪くも族長って感じ。まぁ、なら、目を擦らないで貰いたいが。罪悪感で爆発しちゃうよ?俺。
「ナボリスは魔物の巣窟だった。ありゃ、ゲルドの戦士は入れねえな。いくら、雷鳴の兜があろうとも。」
「…そ、そうか…。」
あー、もう、フラフラじゃないの。
腕を後ろに回してなかったら、倒れてたよ。
「この話はまた明日。ほら、寝なさいよ。ルージュ。」
「…やだ…びゅーらに…みられたくない…。」
…こんな時までこいつは。
自然とため息が出る。弱々しい姿を見せれば、ビューラさんまでルージュが族長であることを疑うと思っている。子どもっぽいというかなんつーか…。
「じゃあ、しゃーない。」
…今日は徹夜だぞ。ボルドー君。
現世なら汗臭高校生の雄々しい匂いでこんな年端もいかぬ女の子を寝かせるわけにはいかぬからなッ!!これぞ騎士道。…まぁ、今は関係ナッシングなんですけども。
「ほら、布団なら貸してやるから。」
「…すま…ん…。だけどぉ…ナボリス…。」
「明日にしようって。」
全くこの子は。責務に踏み潰されてしまいかねませんわね。…ため息出るな。全く。
いつもはお調子者の俺だけど、こうなったら話はまた別だ。眠っている女児に対してセクハラは絶対にしない。思ってもなッ!!
とはいえ、ビューラさんが黙認するわけはない。…明日怒られるか〜っと。取り敢えず、ルージュを俺の布団に寝かせる。
「寝ときな。」
小さな身体で大きなアザラシ君にギュッと抱きつく様は、普通の女児と大差ないだろう。今になって…しかも、俺が言うのはお門違いだが、親が生きてて族長という立場じゃなければ、普通にこんなふうに…子どもらしくいられただろうなぁ。
「さて、ちょっと散歩でも…ん?」
…動けない。いや、別に体は動くんだが。
ルージュさん?何故、私の服を小さな手で掴んでおられるのです?…チュチュになって逃げるか。
「ボルドーッ!!貴様…!!」
……なんてこったい…oh…マーベラス…。
ビューラさんが私のお部屋にログインしました。しかも、眉間に皺を寄せて…あ、終わったわ。ルージュに服を握られ、起こしても殺される。チュチュになっても殺される。このまま居ても殺される…!!
ほら、ビューラさん、両手で両手剣構えてるもんッ!?誤解です、誤解ッ!!
「側近という立場でありながら、族長様を自室に連れ込むとは…。」
いや、あの…私被害者なんですがっ!?
その族長様は今、すやすやと夢の中に入っているのわからないですか!?…いや、ここは冷静に。うん。冷静に。
「…いえ、帰ってきたら族長様が私の部屋で眠っておられたのです。おそらく、寝ぼけた時に…自室と間違われたのでは。」
「そんなわけがなかろう…!!族長様のお部屋は、二階だぞ!?…恋愛教室なるものを解体して、お前の部屋にしたというに…何故…。」
「…疲れていたのでしょう。…ビューラさん。ここは私に任せて。説教なら明日、受けますので。いくらひそひそ声でも…起きてしまいますよ。」
…端的に、冷静にそう言ってやる。ビューラさんも剣を納めて、目を閉じる。幼き族長の苦難を近くで見ていた彼女が何を思うか、俺には毛頭わからん。わかる気もしない。
ビューラさんとて武人。その言葉に納得が行かずとも、ただ後ろを向いて歩み出した。
「…族長様は何故かお前に懐いている。…まるで側近と長という関係ではなく、旧知の友のような…。まぁ、良い。無茶しすぎて死ぬなよ。」
…おおう。死亡フラグ。
珍しく微笑んでくれたかと思えば。…まぁ、死ぬようなとこには首突っ込まないけどね。さてさて、ビューラさんと話してどっと疲れが…。
…仕方ないな。…ちょっと…仮眠でも取るかな…。
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「ん…んぅ…?…もう朝か…。」
…昨夜は少し夜更かししすぎた。いかんな。夜更かしはお肌の大敵、立派なヴァーイにはなれない。…さて、執務に戻るか。いつまでも族長が布団の中でぬくぬくとしているわけにはいかない。
「…は?」
…何故、妾の布団で
いや、待て。この部屋の景色、形状…妾の部屋ではない?…待て。思い出した。確か昨夜は…眠い目を擦りながら、このヴォーイ…ヴァーイ?…どっちだって良い。コイツを待っておった。
ヴァ・ナボリスの偵察。
このものの擬態能力なる力で偵察を頼んだ。その結果を早急に聞きにいきたかったのだ。誇り高きゲルドの英傑ウルボザ様と共に厄災ガノンに挑んだとされる神獣。…何故、今になって我々に牙を向くのか…その真実が知りたかったのだ。
初めは妾の愛スナザラシ…パトリシアちゃんと共に向かったのだが…魔物に驚いたパトリシアちゃんがナボリスへと向かい走り出し…気づけば洞穴の中にいた。
妾とパトリシアちゃんを救ってくれたのはこのヴァーイ。妾は名も思い出せないこの者にボルドーと名をつけた。この者…ボルドーは何やら不思議な生命体で、妾の記憶を辿り、母様に姿を真似ることができた。妾に対して、不遜な目を向ける時があるものの、不思議と妾はこの者が嫌いではない。
「…これは…逃げられぬな…。」
…細いが、妾よりも大きな手で妾を抱きしめるその様には何故か、いつものような妾に対する不遜な目は感じない。…あとは暖かい。普段感じぬ温もりに少しだけ顔が綻ぶ。
ビューラがコイツが中身はヴォーイだと知れば、切り刻まれて終いだろう。だが、悪い気はしない。…コイツは命を軽んじて、妾の為に雷鳴の兜を取ってくるような阿呆だ。死なぬよう妾らで守ってやらねばならぬ。
しかし、そろそろ…パトリシアちゃんにご飯をあげねばならぬのだが。…まぁ、少し待つことにするか。