青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。SEASON3 作:黒マメファナ
あの日、あの夏──たくさんの魚が泳ぐキラキラとした海中みたいな夏の日に、私は浜辺や空だけじゃなくて海の中まで染めるような黄昏の太陽に出会った。
強烈で、でも淡くて、優しいのに寂しそうな光に私の心もまた淡いオレンジに染まってしまった。
「き、清瀬先生……!」
「倉田か」
「え……あれ……日菜、さん?」
「やっほー、ましろちゃん! カズくんと知り合いだったんだ?」
その隣にいたのは最初はリサさん、鮮やかな赤色の花を先生の方へと咲かせるヒトで、二人の雰囲気からもすごく親しくてきっと内緒の恋人なのかなとすら考えていた。
でも、その日に隣にいたのは真っ暗闇の中の、たくさんの輝く星の海の中なのにそれでも太陽に向けて咲くオレンジの花、氷川日菜さんだった。先生と腕を組んで、明らかなデートという二人を前にして私はわけがわからなくなってしまった。
「……あ、あー清瀬一成さんだよね、羽丘の」
「うん……やっぱりつくしちゃんも知ってたんだね」
「知ってたってよりつぐ先輩に教えてもらったんだよ、常連の一人だからって」
つくしちゃんの情報、というよりは先生がクラスを受け持ってる羽沢つぐみさんからの情報というか注意点によると清瀬先生は他にも色んなヒト、全員女子高生で羽丘もいれば他校の、花女のヒトもいる──そんな色んな女のヒトと来店してくるということだった。
私が胸を貫かれた黄昏の太陽は、その光で他の女の子を焦がしているようなヒトだったと知ったのはそれが最初だった。
「つまりさ、女誑しとか越えて生徒に手ぇ出すガチクズってコトじゃね?」
「否定はしねぇよ、実際にそうだしな」
「じゃあ、晒したらガッコ辞めるどころか逮捕されるってこと?」
「だから晒すのは勘弁してほしいな」
「と、透子ちゃん……!」
「シロ、なんで庇うんだよ……お前だって狙われてんのかもしれないのに」
「先生は……違う」
違う、そう先生はあくまで空に浮かんで黄昏の太陽のように色んなヒトの未来、明日を照らしてあげたいって思ってるだけ。明日なんてどうなってるかわからない、未来なんてもっとわからない、一寸先も見えない暗闇だから。
でもそんな眩しくて優しい光を、暗闇から救い出してくれた光は私達の心に花を咲かせることがある。それを、先生は拒絶せずに受け入れて輝くだけなんだよって伝えられたらどれほどよかったんだろう。
「桐ヶ谷さん」
「……なんで紗夜さんが、そっち側……」
「おい紗夜、今お前が出てくるとややこしいことになる」
「待つ楽しみがあるとは言いますが──これだけは待てません。私は、あの頃の償いをする時だと思っています」
「……バカ野郎」
けれど、紗夜さんの説得と私の言葉があって透子ちゃんは攻撃を止めてくれた。いつか解ってるくれるわと先生を慰めるように言っていた紗夜さんの表情は穏やかで、まるで本当の恋人のようで。
それからこころさんに誘われた夏のバカンスで先生の本当の姿を知った。黄昏の太陽は、時には素敵な魔法使いとして、他にも沢山の花を愛するヒトとしての顔を見せてくれた。
「なーんかさ、気ぃ張ってソンしてねってなったんだよね」
「全然、警戒してないもんね〜」
「そ、んでさイチャイチャしてんじゃん! 思いっきり、みんなあの人が好きですって顔してる」
「うん……みんな、始めて見る顔してた」
「私も知らなかったよ〜、日菜先輩、あんな顔するんだ〜って」
私がびっくりしたのは千聖さんだった。常にかわいい笑顔なんだけど、私にとってはちょっと怖くて冷たい笑顔をしているイメージしかなかったあのヒトが子どものように笑って、先生を振り回して、まるでその名前の通りの白鷺のような羽を持った花を咲かせていた。こころさんも私が知ってる笑顔とは違う、大人の、清瀬先生に似た黄昏の笑顔を向けていて。
「シロ、けどあのセンセーだけはやめときな」
「ど、どうして……?」
「選びたい放題でヤリたい放題してんだからさ、シロがそこに入っても気持ちよくねーって捨てられておしまいだし」
「……う」
経験がないから、先生はそういうのを嫌いなんだと距離を取ろうとした。まだまだ私は子どもで、清瀬先生に少しでも大人になったって思ってほしくて私は段々と先生に会う時間を減らしていった。
──そうして気づけば学年が上がっていて、私は先生に無謀にも会いに行ってそして拒絶された。全てが色褪せるような灰色へと変わって、嘘だってすぐ気づけたけど嫌な記憶が足に絡みついてきて、気持ち悪くて。
「……あ」
それから数日が経って、私はコンビニでかわいいラムネを見つけて足を止めた。
──様々な色のパッケージのラムネ、デザインのモデルは「空」だった。青空、夕焼け、夜明け色んな時間の空の色を切り取っていてその中で私は夕焼けの色を無意識に手に持っていた。
「お〜、かわいいラムネ〜」
「……うん」
「どーしたの?」
「ちょっと……先生に似てるなって思っちゃって」
「……しろちゃん」
忘れたいと思う私がいる。どうしてあんなことを言う先生に──大人に恋をしてしまったんだろうって後悔する自分がいる。複数の自分の生徒とえっちなことをして、まるで恋人のように優しい言葉を掛けて、でもそれ以上は踏み込もうとしない最低な先生、結局は大人だから子どもをそうやって線引して都合の良い時だけその線の中に引きずりこんでくる。子どもだからと口では言って、私を弱いと見ると襲いかかってくる最低な大人と同じ。
「かずせんせーのこと、もう嫌いになっちゃった〜?」
ななみちゃんの問いかけに、私は首を縦に振れなかった。嫌いだって、最低な大人だって言えちゃえばきっと忘れられるのに、私の中にある気持ちが、素直な言葉がそれを言わせてくれない。
嘘を言うヒトは色が
「……でも先生は、正しいヒトじゃない」
「確かにいいヒトじゃあないよね〜」
そう、最低なヒトだ。最低なヒトだって思ってないと、あそこで動けなかった自分が許せない。
そんなわけないって、先生が他の大人と一緒だなんてあるはずがないって私の影が叫んでる。でも私にはその言葉だけで、嘘だったとしてもその言葉だけで動けなくなっちゃうんだから。
先生が酷いヒトだから、最低だから、悪いのは先生なんだ。そう思いたい。
「もう、焚き付けたの透子ちゃんでしょ!」
「わ、わりーわりー……でもまさかあそこで、私だって出来るもん、とか言って飛び出したのは予想外だった」
「って、シロちゃんどーしたの〜?」
「あ……あのね」
あの日、つくしちゃんと透子ちゃん、ななみちゃんが来てくれて、ココで何があったのかを説明した。
──ちょっとだけ思い出して、またじんわりと涙が出そうになるのを堪えて最後まで話したところで、透子ちゃんは眉を吊り上げて立ち上がった。
「透子ちゃん!?」
「許せない……あたしが明日羽丘まで乗り込んで……!」
「それは〜、やめといた方がいいよ〜」
「そうだよ……それに、ましろちゃんには悪いけど──このまま先生を好きで、痛い思いをしないようにしてくれたんだと思う」
「それだよ! あたしはそれが許せないって言ってんの!」
「こ、声おっきいよ……透子ちゃん」
「後でとか、いつかとかより、シロを傷つけたのが今だってこと! 絶対、わざとそういう言い方したんだよ!」
私より怒ってくれる透子ちゃんと、それを一緒に宥めているうちに涙は収まっていた。
でもやっぱりうまく笑えない。先生の言葉がトゲのように胸に引っかかって、それなのに無意識に先生のことを追いかけようとしてる自分がいて──モヤモヤする。
「あんまり思い詰めるとさ〜、今度こそとーこちゃんが鬼の顔して羽丘行っちゃうかもよ〜」
「そ、それは……困っちゃうね」
「ね〜」
このトゲを抜く方法はあるんだろうか、私に抜けるんだろうか。このままずっと刺さったままだったら、私はどうしたらいいんだろう。
──清瀬先生を好きになっちゃったのは、間違いだったのかな。
「しろちゃん……あのさ」
「どうしたの?」
「私が、もう一回……ちゃんとかずせんせーと話せる場所を作るって言ったら……しろちゃんはどうしたい?」
コンビニを出たタイミングでななみちゃんがそんなことを言う。先生ともう一回、ちゃんと話せる場なんてあるんだろうか。
そんな疑いはあったけど、私はまた首をどっちにも振れなかった。先生がまた嘘を吐くかもしれない、今度はもっとひどいことを言われるかもしれないって思ったら、足が竦んでしまう。
「本当はね〜、私もとーこちゃんと一緒なんだ〜」
「一緒?」
「しろちゃんに諦めてほしいからって、嘘だからって、しろちゃんを傷つける言葉を探したんだもん」
「……ななみちゃん」
「だから、せめて謝ってほしいな〜ってさ〜」
「で、でも……どうやって?」
「ふっふっふ……それはね〜、かずせんせーが絶対に勝てない相手を味方につけることかな〜?」
──それって、と私は驚いてななみちゃんを見つめる。先生の弱点、それは私にも解る。だって去年の一年でずっと、見てきたんだから。困ったような顔して、大人の余裕な表情なんてなくて、いつも楽しそうに笑ってたその顔が向く先がそのまま先生の弱点なんだ。ななみちゃんが提示した
「じゃあ、連絡するね〜」
「う、うん」
「……あ、もしもし〜」
『もしもし、どうしたのかしら!』
「ちょっとばかり、ウチのしろちゃんのことでかずせんせーにクレーム入れたくて〜」
「そ、それ言い方が保護者みたいだよ……」
『詳しく聞かせてほしいから、今時間はあるかしら?』
「じゃあ……羽沢珈琲店で〜」
『すぐ行くわ!』
そうやってすぐに話が纏まって電話の相手、弦巻こころさんが会ってくれることになった。私に先生を紹介してくれたヒトで、先生とは学校が違うけれど花女ではたった一人の天文部で、先生ともう一人、日菜さんと三人でよく集まっていた。
そんなヒトが本当に味方になってくれるんだろうか、もしかしたら先生の味方をしちゃうんじゃと不安になったけれど、事情を説明されたこころさんは頬を膨らませていた。
「そういうところは全然、変わらないのねっ」
「せんせーの言いたいことも解るんですけど〜」
「だめよ、そうやって正しいって認めたら先生は絶っ対に謝らないわ!」
──思っていた以上にノリノリだった。どうやらこころさんにも色々と思うところがあるようで、すごく協力的に味方をしてくれそうで、逆にいいのかなと思ってしまう。
こころさんは先生との関係は他のヒトと違ってえっちなことはしていないけど、してなくてもちゃんと一緒にいられてる。私の目指す理想の関係なのかもしれない。
「ん〜、けれど、あたしは先生に愛してほしいわ」
「それは、カラダ的な意味で〜?」
「ええ!」
「ど、どうして……?」
「どうして? あたしは先生と結婚したいもの」
まっすぐな眼だった。本気で、こころさんはそう言っていた。それと同時に私が嘘を吐いてまでフラれてしまったのにこのヒトがずっと先生の傍にいられる意味がわかった気がした。
私は先生のこと、本当は勘違いしてたんだ。ただ羽丘の先生で、天文部の顧問で、色んな生徒とカラダの関係があって──それだけ。性格とかじゃなくて先生は先生のことを教えてくれなかった。だから無意識に勘違いをして、それが先生を傷つけてたんだ。
「……こころさん」
「どうしたの?」
「私、もう一度だけ……先生の世界に入ってみようと思います」
「しろちゃん……」
「それで傷ついても、もう私は先生のせいにしない……と思う」
勇気を出してみよう。私が私のために、私の気持ちを嘘にしないために。
まずはちゃんとお話がしたいって伝えなくちゃ。こころさんから言ってもらうわけでも、透子ちゃんでもななみちゃんでもなく、私の言葉で。そのためにこころさんに先生の連絡先を聞いちゃうんだけど。
「七深、もう一人にもちゃんと連絡しておいて」
「……万が一ってやつですか〜?」
「ええ、あのヒトは嘘つきだもの。それをちゃんと怒れるヒトが必要よ」
何度も何度もメッセージの文章を考えて消して、消して考えて、そうやって私は先生と本当の意味で知り合うための一歩を踏み出した。
まっすぐな気持ちには必ず応えてくれる。こころさんのその言葉を信じて送った連絡は比較的すぐに返事が来てくれた。
『こころさんから連絡先を聞きました、倉田ましろです。もう一回だけ、もう一回だけでいいから話がしたいです。明日の放課後、時間があったら羽沢珈琲店へ来てください、待ってます』
『わかった』
短い言葉、だけど確かにそこには「わかった」と書かれていた。
ところでもう一人の助っ人さんって明日来てくれるんだよね。ついつい勢いで明日って言っちゃったけど、大丈夫かな。
不安になってきた私に、こころさんは大丈夫よと笑ってくれてほっとした。