青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。SEASON3 作:黒マメファナ
当然と言えば当然、オレとヒナが珈琲店にやってくる頃には既に倉田と広町、そしてこころがいた。オレ達が入ると三人の目線がこっちを向いた。こころはいつもと同じく太陽の微笑を浮かべたフラット、広町も結構リラックスしているようだが倉田の反応は劇的だった。びくりと肩を跳ねさせて背中を丸めてこっちを覗き込むようにして見上げた。
「遅くなったか?」
「大丈夫で〜す、私としろちゃん、来たばっかりで注文まだなんで〜」
「そうか」
なんというか少し緊張感があるな。主に倉田が暗い顔をして、視線を合わせないせいだが。
とはいえ当事者同士が沈黙となると話が進まなくなる。倉田が呼んだとはいえ、ハナシの切り出しなんて待ってるだけ無駄に時間が過ぎちまって、外野が口出すなんてやりとりはごめんだ。
注文をして、全員分の飲み物が届いたところでオレは倉田に言葉を向ける。
「それでハナシってなんだ」
「……それは、その」
「ああ、いいゆっくりで……急いじゃいねぇよ」
「は、はい……」
オレが急かしたみてぇな反応すんなよ。正直、倉田のようなヤツは近くにいなかったせいでちょっとだけやりにくいとは感じてる。こうして倉田ましろってヤツに出逢って、最近じゃ高松とちょこちょこしゃべるようになってるから、耐性はなんとか獲得してるけどな。どうにもオレはヒナやこころみてぇな言いたいことしか言わねぇヤツや、紗夜や千聖のように弁論を交わせるほど口が立つヤツに合わせちまってたんだよな、無意識に。
「わ、私……先生に、嫌なこと言われて……あれからずっと考えてて」
「おう」
「ななみちゃんとか、透子ちゃんに、色んなこと言われて……私は嫌だったんだって思った」
「嫌、か」
「うん……先生の、嘘が……嘘でも、ああいうこと、言われて私、嫌だった」
それはどういう嫌なのか、倉田は頷きつっかえながらも教えてくれる。だから謝れ、ということなんだろうか。いや広町はそういう感じだったな。きっと桐ヶ谷もそうなんだろう。
でも、こころもヒナもなんも言わねぇってことはそれがあくまで保護者二人の言い分であって、倉田そのものの本音じゃねぇってことなんだろう。
「先生のね、言いたいこともなんとなくわかってたんだ」
「……そうか、それで倉田はどう思った?」
「私は、忘れてあげられなかった。ふとした時に、ちょっとしたことで先生のことを思い出して、好きだなぁって思っちゃって」
倉田の言葉にオレは天を仰ぎたい気持ちになる。そういうのは、オレみたいなクズな大人じゃなくて同年代の異性を思い浮かべてほしいもんだ。それは一昨年に、それでも離れなかったバカな生徒に散々説いたことでもあるが。
教師ってのはロクでもねぇんだ。そのろくでなしに恋をしても、泣く回数の方が圧倒的に多い。痛い思いをすることの方が圧倒的なんだよ。
「カズくん、諦めた方がよさそうだよ」
「うるせぇ、それでお前が何したのか忘れたとは言わせねぇからな」
「……先生」
「日菜先輩なにしたんですか〜?」
「え、浮気?」
「付き合ってねぇ」
そのワードに一瞬、倉田の表情も「?」が浮かんでいた。バカヒナからすりゃ笑い話なんだろうが、オレはオレであの時の選択をシリアスに後悔してるんだよ。
いっそ、お前なんてよかったなっつって突き放してやりゃよかったんだ。そうすりゃ、ヒナだってもっと幸せになれた。
「……それは違うわ、先生」
「わかんねぇだろ、そんなこと」
「
「あたしが浮気した理由、まだわかってなかったんだ」
あれじゃねぇのか、寂しかったとか、構ってほしかったとか、嫉妬してほしかったとかそういうヤツだっててめぇで言ってただろうが。大した悪魔だってオレは笑ってやったが、それはあの時で鳴りをひそめるもんじゃねぇってのはわかってた。
ヒナの不満はまたいつか必ず、オレに降りかかる。次はもっと色んなもんを巻き込んで、オレを詰るんだってな。
「──まぁ、ましろちゃん含めて誰も辿り着けてないんだもんね、こころちゃん?」
「ええ、ヒナや蘭、あたしも……誰も先生の奥深くまで、本当の先生にまで辿り着けていないのだから」
「……探検家みたいな言い草だな、オレは未開の地か」
第一、本当のオレってなんだよ。これでもかなりお前らには素を見せてるつもりだけどな。だがそれはヒナもこころも、そして倉田にすら否定された。
なんだ、誰かがその「本当の清瀬一成」とやらに辿り着いた時がハッピーエンドだってか、笑わせんな。
「笑ってくれるなら、なんだってやるわ。あたしは先生を笑顔にしてあげたいもの!」
「あたしはこころちゃんみたいにキラキラした理由じゃないけどさ、カズくんのこと好きになったから」
まっすぐな言葉、そしてこころらしい宣言とヒナが時折みせるオレへの純粋な気持ち。その両方を突きつけられてオレの気持ちも少しだけ見栄という土台を崩される。
更に、そこに広町に肩を叩かれた倉田がまっすぐオレを見つめてくる。
「……ほら、しろちゃん」
「わ、私は……先生のちゃんとした生徒には、なれないと思う……でも、先生はやっぱり特別だから」
「倉田、それは」
「──間違いじゃない。これは、私だけの気持ちで、先生に丸付けしてもらうことじゃ……ないから」
ロックだな、やっぱりお前もそうなのか。オレはこの青春の輝きに弱い。きっと先代のクズ教師譲りなんだろうな。かつてのオレの青春の輝きがアイツにとって眩しかったように、倉田の輝きにオレもオレという薪をくべてみたくなる。
やっぱりオレは、どうしようもねぇクズだ。これまで何回も何回も、この輝きに絆されてきてるっつうのに。まだ手を伸ばしたくなる。
「……わかった。もう好きにしろ」
「先生……!」
「ただし、だ。お前だけの気持ちって言い切ったならこれからは誰かに頼った行動はやめろ。この間だって桐ヶ谷に煽られた衝動だろ」
「う……は、はい……ごめんなさい」
「それさえ守れるなら、オレももうお前の気持ちに忘れろだの勘違いだの、くだらねぇことを言うのはやめる」
「……はい!」
「じゃあこの話は終わり……この間は悪かったな」
「だ、大丈夫……じゃないかもしれないけど、今大丈夫になったから」
あーあ、こんな風に説教しちまったら、本格的に倉田も生徒として扱わねぇとな。これまではそれが嫌でのらりくらりと躱して、現実を見せてたってのに全部パァか。これじゃあ女誑しのクズ教師って噂が広まるのも時間の問題だな。ただでさえ、その噂があるっぽいって話はクラスでも言われてきてんのに。笑えねぇ。
倉田の表情がすごく輝いていることもありいきなり後悔していると、隣から広町が声を掛けてくる。
「それで〜せんせーはしろちゃんを抱くんですか?」
「あのな、ヤるのと倉田がオレを好きになるのはまた、別の問題だろ」
「えっ」
「そうだったんだ」
「倉田、いいのかそれで。この間泣いたのはなんだったんだ」
そして一番クソなのはバカヒナがそうだったんだとか言い出したことである。別の問題ってことになってんの、そうじゃねぇと一人うずうずしてる猛獣がいるんだよ、お前が気づいてるかどうかは知らねぇけど。
ここで人数増やしたらそれこそ堰止めるのも無理だ。隠された七人目とやらが全員を出し抜いてオレをがんじがらめにして強制ハッピーエンドにしてもいいってならいいが。よくねぇよオレが。
「そ、そうだよね……経験、ないし、重たいよね……」
「大丈夫だよましろちゃん、千聖ちゃん以外みんなそうだから!」
「へ〜、意外だ〜」
「ヒナ、余計なことは言わんでいい」
「ひ、日菜さんは……初めてってどうでした?」
「ん〜、寒かったけど身構えたほど痛くなかった!」
寒かったのは屋上だったからだろうがバカヒナ。というかその唐突な猥談をやめろバカヒナ。
そして事実として倉田は勘違いしていたようだが、千聖以外は未経験だった。ただヒナはともかく紗夜がなぁ、初々しさがなくなったら妹と同レベルなんだから困ったヤツだ。そんな現実逃避をしてみたくなる。
「思っていた以上にあっさり解決させてしまったわね?」
「元々最初に突き放した時点でネタ切れなんだよ、その上でまっすぐ忘れないなんて言われたら何も言えねぇよ」
「え〜、あたしてきにはましろちゃんの間違いじゃない! って宣言にきゅんってした感じだと思ったんだけどなぁ?」
「そうなの?」
ヒナの余計な援護に倉田が食いついてくる。その表情はすっかり元の倉田のものだった。おどおどしてるようで、実はちゃっかりしてるんだよなコイツは。
きゅんとはしてねぇ、ああもまっすぐ言い切れるってのがカッコいいって思っただけだ。
「……いや、倉田は言葉が難解な時はあるけど元から割とストレートだけどな。逃げグセがあるだけで」
「しろちゃんにはしろちゃんだけの世界がありますから」
「あ……あのね、先生」
「どうした?」
「……ましろって呼んで」
またそれか、と一瞬だけ思ったが倉田からすれば重要なもんなんだろう。同時にそれはオレに対しても覚悟を強要してくるもんだ。
こころや紗夜のように理由があって気軽に名前を呼んだヤツらならまだしも、今の言葉は踏み込む言葉だ。
──私を特別扱いして。生徒として、同列に扱ってほしい。そんなコイツのわがままに一度いい顔しただけじゃもうダメなんだろう。
「すっかり、咲いちまったな」
「なにが、ですか?」
「いやこっちの話だ」
摘み取ったと思ったが、そのまっすぐオレを見つめてくる瞳からはもう枯れることのねぇ強い華を感じてしまった。
直感的な華はフリージアのようで、和名は
「ましろ」
「……はい」
「あんまりオレの立場が危うくなることはしないでくれよ」
「うん、元々あんまり羽丘に遊びに行ったりはできないし、だから……ココに来るときには教えてほしい」
「わかった」
控えめな要望、まぁだがそれでいい。これを一時の気の迷いとするか、恋をしていたと大人になってからも思いを馳せるかはましろ次第だ。少なくともどっかの悪魔どもとは違ってカラダの関係ありきにはならずに済む。なんというか前のリサのポジションに近い、前のリサとこころの中間くらいの立ち位置だな。
「……今の、録音したい」
「ん? 何を?」
「名前、呼んでくれたの」
ダメだコイツ、別方向に暴走し始めた。本当に大丈夫なんだろうか、つうかオレをまっすぐ見てくる生徒ってこういう変なのしかいねぇんだろうな。あんまりこういうこと言うとリサか千聖あたりに「類は友を呼ぶ」って言われそうだな。
だがヒナもこころも何も言わないどころか和やかに会話をし始めたため、これ以上はねぇんだろう。そうだよな、ヒナあたりが実のところ自分と同じ気持ちを共有出来る相手というのにチョロいからなし崩し的に許してるとかねぇよな。
「それはまた次の機会に、オレにわからんところでしてくれ」
「……逆に、危なくない?」
「オレのストーカーは独りで充分だけどな」
ただましろのちゃっかりした性格じゃ無理だって確信もあるからな。モカのように全てをあの眠そうな目と間延びした口調で隠し通そうとするくらいの覚悟はねぇだろ。あいつも最近どんどん隠しきれなくなっていってるけどな。
──それから後はオレが逃げねぇようにこころやヒナに話を振りつつオレのことを訊ねてくる。訊いても楽しいことなんてなんにもねぇと思うんだがな。
「大学、そっかカズくんの高校生の話と教師になってからの話は知ってるけど大学生の時の話って全然知らないや」
「大丈夫だ、こころと……リサにはこの間ゲロっちまったな」
「それはそれで問題だよ! ずるい!」
「知らん」
あしらいつつ、オレはこの場で唯一大学時代の話を知っているオレ以外のやつに視線を向けた。余計なことはしゃべるなよ、あの時のオレは残念なことにとんでもなくカッコつかなくて、情けねぇ男だったんだから。
せっかくちょっとはカッコつけれるようになって、あの時の過ちを過ちだって客観視出来るようになったんだ。今更蒸し返されたくねぇんだよ。
「ほら、オレはもう帰るからな」
「待ってよ〜」
ヒナは最後の最後まで教えてやらなかったことに愚痴ってたが、どうしても知りてぇんだったら適任がいるしな。
オレの大学時代、それも隠したいと思ってる後半のことをよーく知っていて、かつオレが卒業したその先のことまでよーく知ってるやつがヒナの知り合いにはいるしな。
おそらく語りたがってる、というよりも詰りたがってる性格のいい後輩に任せるとするよ。