青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。SEASON3 作:黒マメファナ
羽丘の部活動の規定はかなり緩く活動日誌さえ出していれば一人だろうが部活が成立する。その恩恵を最大限得ていたのは言うまでもなくヒナとオレ、つまりは天文部だったわけだが。
そしてその窓際部の唯一の部員が生徒会長になっちまったもんだから、天文部は彼女の声で、後は次代の生徒会長である苦労人に圧を掛けたことで一瞬とはいえ部員がゼロの部活が存在した。建前としては自分の部活がなくなるのは悲しい、本音は公然とオレに会うための理由を残すため。こんな強かになったのは誰のせいなんだろうな。
「あなたのせいでしょうね、悪いヒトだわ」
「うるせぇ」
「お茶です、どうぞ」
「悪いな松原」
「いえ、ごゆっくり」
そんなこんなでオレは少し足を伸ばして──と言っても大した距離じゃねぇけど、松原と千聖がシェアハウスをするマンションを訪ねていた。もっとタワマンの高層とかかと思ってたけどそうでもねぇんだなとか適当なことを言うとそんなに稼いでるわけないでしょうと呆れ気味にツッコミを入れられる。
「それに私は結構一成さんに貢いでいるし」
「貢がれた覚えがねぇな」
「あら、そのお茶も買ったのは私と花音よ?」
「松原にも半分貢がれてることになるだろ」
「悪いヒトね」
「言いたいだけだろ」
ふふふと流し目を送られる。こいつ一人暮らしだったら襲いたいくらいムカつくなその余裕ぶった顔、すっかり安定してるというか、一時期はオレのせいで随分とメンタルを荒らしちまったからな、まだオレとしても心配はしてるんだが。
なんせヒナの浮気現場──って言うとバカがはしゃぐから遊びの現場を直接目撃したのはオレと千聖と二人で居る時だった。嫌な汗が出るほど動揺したオレを支えようと、千聖には無理をさせた。
「大丈夫よ、結局は杞憂だったのだから」
「けど、あの時は傍に居てくれて助かった……ありがとな」
「……なによ、今になって」
「さぁな、ん……これ美味いな」
「淹れ方もいいわね、誰かしらこんな美味しい紅茶を淹れてくれるヒトは」
「惚気か?」
「ええ、最高のパートナーよ♪」
はいはい、てぇてぇてぇてぇ。同棲生活は順調なようで、羨ましい限りだ。
そんな照れ隠しのスルーと照れ隠しの惚気が入っていたが、ふと千聖がそれでと訊ねてくる。どうやらオレが本当に話したいことまで見破られているらしく、相変わらずだなと紅茶を飲み干した。
「天文部に一応新入部員が入ったんだがな」
「面白い子じゃなかったかしら?」
「その基準は、どうだろうな……満たしてんじゃねぇの?」
新しく入った部員は新入生の高松燈、燈火のあかりと書いてともりと読む。これがまた無口というか、口から音を発するのが苦手というか、なんて言ったらいいんだろうなってやつなんだ。口頭でのコミュニケーションが取りづらい、最初期のヒナの意味不明言語マシンガンよりはよっぽどマシなんだが。
そんなことを考えながら、オレは当時のことを思い浮かべていく。
「オレが一応顧問の清瀬一成だ」
「……ともり」
「高松、燈でいいか?」
こくんとうなずく。初対面がよっぽど苦手なんだろうか、目がほとんど合わない。その顔を見るとなんだか去年の夏に出会ったあの自己肯定感がダメすぎる困ったちゃんが頭に浮かぶ。あれほどJKの相手がめんどくさいと思ったこともそうはねぇ。
それに比べれば意思疎通出来てるから高松はちゃんと人間が出来ている。
「で、これが活動日誌、これに活動内容書いてねぇと廃部になるから気をつけろ」
「……ん」
「外での活動は……まぁ一人の間は自由だが、あんまり遠くならオレに相談してくれ──あー、具体的には山に星を観に行くとかな」
頷いて理解を示してくれる。まぁまぁ素直でいいやつだ、なんか石を集めてるとかノートに不思議な世界観が広がってるとかいう話も耳に入ってきたが、そんなものるんっと来たものを適当に部室に散らかしてたバカと世界を笑顔にするためとか抜かしてルール完全無視してくるバカよりはぶっ飛びエピソードとしては薄い。変人の耐性が出来てんだよこっちは。
「なるほどね、日菜ちゃんやこころちゃんに日頃鍛えられてるあなたには無用の心配だったわね」
「そういうことだ。後は……作詞してるっぽいってところか」
「作詞、ですか?」
松原がおやつを両手に持って会話に入ってくる。作詞、だと思う。蘭が似たような感じの自筆の詞を纏めてるノートを持ち歩いてるから予測なんだが、高松も例にもれずガールズバンドの流行をなぞってるんじゃねぇかな。
それとあんまりにもオレが高松に対して何も言ってこないのを不思議に思ったらしく、まともな高松からの言葉がこれだったんだよな。
「……せんせって、変……?」
「変人に変って言われるのは心外だな」
「……う」
「だがフツーじゃあねぇのは自覚してるよ、じゃあ鍵は職員室まで頼むな」
「あ……」
「どうした?」
首を横に振る高松に、オレは少し迷ったがよろしくと部室を後にした。
こりゃあしばらくヒナに会わせるのはナシだな、高松は小動物ですら生ぬるい、本当に小さな生き物のようだ。そこにあのパワフルメンヘラが混ざれば間違いなく爆発する。
「難儀はしているみたいじゃない?」
「してるって見えるのはそうだが、実際はそうでもねぇよ」
「どういうことですか?」
「ちゃんとコミュニケーションを取ろうとしてくれてるからな」
不思議ちゃんだし、これからのことを考えると難儀だが問題児じゃねぇしな。オレが印象に残ってる生徒達はどいつもこいつも癖が強すぎるやつばっかりだ。悪魔二人とか、反骨メッシュとかクソビッチとかな。それに比べたらなんてことねぇ。
それより、大学生活はどうなんだってのをオレは知りてぇな。
「平穏無事よ、先生の熱心な指導のおかげ様で」
「妙な言い方をするな」
「私も、なんとか数回の迷子で済んでます」
「……数回はしてるんだな」
まだ四月だぞ、本当に大丈夫なのかと松原が心配になる。
どうやらその度に紗夜やヒナ、その他新たな友人達が助けてはくれるらしい。間違いなく慶鵬は花咲川より広いだろうし、教室までたどり着くのも大変そうだ。
「あはは……おっしゃる通りです」
「気をつけろよ、世の中松原みたいなのを狙う犯罪者もいるんだからな」
「一成さんみたいなヒトは特に注意しておきなさい」
「おい」
「事実じゃない、年下の女の子を食い物にするケダモノよ?」
「気をつけますね」
「おいこら、笑顔で言うんじゃねぇよ」
なんだかんだでこの二人が揃うとオレがツッコミに回っちまうんだよな。
だが、千聖のリラックスした表情が見られるなら、こんな損するような役回りでもいいと思えてしまうあたり、オレも十分バカなんだろう。そんな充足感のまま、オレは千聖達の家を後にしようとする。
「あら、行ってしまうの?」
「悪いな、また松原のいねぇ時に誘ってくれ」
「そうするわ」
「……オレが言うのもアレだが、ちゃんと許可は取っとけよ」
「勿論よ、花音に不義理なんて働いたりしないわ」
玄関先でまるで恋人同士のように甘ったるいリップ音とくぐもった千聖の声が響いていく。
舌こそ入ってこねぇけど、十分に熱烈すぎる愛情表現にオレの吐息まで熱を帯びそうになる。つか本気のやつだ、オレをただでなんもせずに返す気は毛頭ねぇってのがよくわかる。
「……はぁ、ねぇ……連れていってくれてもいいじゃない」
「松原は」
「最初に相談したわ……その上で、誘っているのよ」
「お前……変わったな」
「ええ、あなたに変えられたのよ……身も、心も」
「そうかよ」
「焦らさないで……解っているでしょう?」
「そうだな」
花のJKが終わっても、千聖の目の中にはオレへの熱が渦巻いてる。今まではその中にかつての傷跡、丸山のマネージャーにして恋人であるあの男がチラついているのがオレにもわかったが、何かあったのか、それとも何かで吹っ切れたのか、千聖の
「同時に出るのはナシな、そういうのカメラで狙われたりしてるらしい」
「ええ……そのくらいのリスクは承知済みよ」
「じゃ、車で──近くのコンビニで待ってる」
「すぐに行くわ」
そのやり取りですぐに理解する。オレが間違っていたんだろうなってことを、ありありと認識させられる。
──オレは、千聖にフツーの恋をしてほしいと願っていた。青春を共に過ごすパートナーとして、そんな身を焦がすような恋じゃなくていい、傍にいてと本気で願える相手を見つけて、フツーの恋を育んでほしいと。
だけどそれはオレのエゴで、間違いだ。一般的に見りゃ白鷺千聖はアイドルで、女優で、恋一つがお昼のワイドショーを賑わせる、誰かの飯の種になる。
「……どうしたらいいんだろうな」
「まだ何か生徒で悩み事?」
「千聖との今後をな」
「そんなの、あなたが私の傍にいてくれればそれでいいのよ」
「良くはねぇだろ……」
何を何処で間違えたのか、全てはバカヒナのバカな行動とそこでつい本音が漏れたオレのバカさ加減のせいなんだろう。
どんどんと、オレ自身がコイツらから離れがたくなっちまってる。一年ちょい前の時には、全員をちゃんと送り出すのがオレの黄昏ティーチャーとしての指名だ、なんてカッコつけてた癖にな。
だから、弱ってんのかこんな意味のねぇ──オレが最も意味がねぇと吐き捨てる、明日の話をしてしまう。
「仮に、千聖と結婚したらどうなるんだろうな」
「そうね、ふふ……言いたいことが言い合える関係になれていればいいわね」
「お前は割りと言ってるだろ」
「まだまだよ、それにお互いに……ってことよ」
「オレもか」
そりゃあいいな。ガキ相手じゃなくて、奥さんになら、最後に愛すると決めた相手にならなんだって言いてぇよ。千聖に対して、それが出来るかどうかは正直──そもそもそういうのを素直に口にすんのが苦手で、いつだって無駄にカッコつけちまうんだけど。
教師と生徒、なんて言い訳はもう出来ねぇから、オレは卒業したら誰かに押し付ける気持ちでいた。でも千聖の手を取っちまったら、離れる瞬間にビビってるオレがいるのが解った。
「そういえば、あなたが何を計画しているかは知らないけれど注意した方がいいわよ」
「……あ?」
「
「七……六……?」
そしてピロートークもそこそこに千聖が最後にとんでもない爆弾を放り投げてきた。待て待て、オレは一番目がヒナ、二番目が蘭だと仮定しても三番がモカで四番が千聖、五番が紗夜で打ち止めだ。そんな後二人続けば野球出来るほど生徒囲い込んだ覚えはねぇんだけど。
そう言ったが何かを計画してる、暗躍してる番外の女というのは少し、いやだいぶ身に覚えがあった。やっぱりあいつには手出されねぇようになんか言い含めておくべきだったか、迂闊だった。
「どっちがこころだ」
「さぁ?」
「おい、千聖!」
去っていく千聖にオレは何も言えずに冷や汗を掻く。思えばあの弦巻こころとかいう本気出したらラスボスにでもなんにでもなれるやつを放置した時点で正直なところ、送り出してオレは一人教師としての幸せを歩く、なんてことに覚悟もなんにもなかったんだろう。ちょっと考えれば解る。あの世界に笑顔をもたらすことに対しては何も惜しまないあいつがオレの決意に対してなんと言うかなんて分かりきってる。
「かくなる上は……オレから連絡してやるか、しょうがねぇ」
どうしてこう、オレの覚悟を次から次へと崩されることが頻発するんだろうか。
──きっと受話器の向こう側でも無敵の笑顔を放つ太陽サマに質問を投げかけるとノータイムで答えてくれるんだろうな。それじゃあオレが笑顔にならないってな。
初見のためのおさらいキャラ紹介
○白鷺千聖
元枕上等クソビッチ、黒鷺さん笑
文化祭でロミジュリの客演の際にクズ教師と寝ることを条件に承諾、だが沼にハマり光堕ちした女王にしてロマンチック
基本的にクズ教師よりも弁が立つが自分のことになるとクソザコになる。誘う癖に焦らされるのが嫌いで押しに弱い。