1
ポケモントレーナー。
彼らは互いのポケモンを戦わせ、トレーナー同士、あるいはポケモン同士の絆を深めていく。
トレーナーとポケモンは、気持ちをひとつにし、勝利という一つの目標に向かって一緒に努力をしていく。
それが、10歳になったばかりの子供と幼いポケモンを成長させる。
「カメックス! ハイドロポンプ!!」
やがてトレーナーは、ある存在に憧れるようになる。
そのひとつが、最強のポケモントレーナーだ。
「避けろっ、リザードン!」
最強のポケモントレーナーといえば、各地方に存在するポケモントレーナーのエキスパートであるジムリーダーを更に超えた存在「四天王」が有名だ。
「カメックスに向かって火炎放射!」
「カメックス! 高速スピンで弾き返せ!」
「リザードン、いまだ、バトルコートに向かって、突進するぞ! 地球投げ!!」
だが、四天王さえ上回るトレーナーがいる。
それが「チャンピオン」。
「な……っ! カメックス、高速スピンをやめろっ!
地面が揺れている、お前の体勢が崩れ……」
「そこだリザードン、空を飛ぶ!」
チャンピオンは、自分よりも上回る力量をもったトレーナーがいて、敗北した場合、その者にチャンピオンの座を譲らねばならない。
「いまだリザードン、突っ込め!!!」
しかし、その者がチャンピオンになることを拒否した場合、チャンピオンの座は移動しない。
そのトレーナーは、なぜチャンピオンの座を断ったのか。
「……勝負あり! 勝者、チャンピオンのレッド!」
それは、チャンピオンが最強のポケモントレーナーではないと彼が感じたからであった。
この地方以外にも強者がたくさんいる。
その強者と戦うことができるシステムが、一年前に出来上がった。
ランクマッチシステム。
世界中どこにいてもポケモンバトルをすることのできる仮想空間で、インターネットを用いてバトルの腕を競う。
勝利すると自分のランクは上がり、やがて世界ランキングに名前が載ることもある。
そのトレーナーは、世界1位を目指していた。
だから、カントー地方という小さい地方で繰り広げられている大会なんて、眼中にはなかったのだ。
「くっそ、お前を超えたトレーナーが、ランクマッチ?ってやつにはたくさんいるってのかよ」
勝負に負けたチャレンジャー・グリーンが、倒れたカメックスをモンスターボールに戻す。
「俺はネットにはあんま詳しくないんだけどよお、仮想空間? 俺もポケモン博士のはしくれだ、勉強しなくっちゃかもな」
「マサキに聞いてみたら? パソコンやネットワークなら、マサキに聞いときゃ間違いないよ」
そう言ったのは、カントー地方のチャンピオン・レッド。
グリーンとは幼馴染で、同じ日にポケモントレーナーとなった。
はじめはグリーンがチャンピオンとして、レッドを迎え撃ったのだが、チャンピオンの座は、レッドに渡された。
グリーンはいま、祖父のオーキド博士の後を継いで、ポケモン博士として、ポケモンの生態系について研究をしている。
「いま研究はどんな感じ?」
「あー、『マリル学会』ってあるだろ?
「潮のお香」がマリルにどう影響を与えて、ルリリが誕生するのかっていう研究してる機関」
「おれは知らん」
「レッドも勉強くらいしろよー。
理詰めのポケモントレーナーが、最近はたくさん出てるんだからさ。役割論理とか、汎用理論だとか……」
「?」
「いやまあいいか。
……それで、オレがここに来た理由だが、まさかお前と戦うためだけに来たって訳じゃあないってことは、なんとなくわかるな?」
「?」
「そこは頷けよ! まあいい。んで、本題なんだが」
レッドと戦い、チャンピオンの座の誘いを断り、ランクマッチに明け暮れているトレーナーのことだった。
「そいつの名前は」
「レクリス」
レッドが答える。
「そうだ、レクリス=アダマンタイト。通称レック。そのレックが放したポケモンが、ここ、カントー地方の無人発電所を支配していることは、知っているな」
レッドは今度は頷く。
はるか遠くの地方からやってきて、カントー地方、ジョウト地方、ホウエン地方、シンオウ地方、カロス地方のチャンピオンたちを叩き潰した、最強のポケモントレーナー。
事情をまったくしらない人は、彼のことをこう呼ぶ。
伝説のポケモントレーナー、と。
「でも、ここカントーの無人発電所のように、彼によって手放されたポケモンが暴走し、人々を困らせている事例がたくさんある」
ジョウト地方のマダツボミの塔。
ホウエン地方のシーキンセツ(すてられぶね)。
シンオウ地方のソノオの花畑。
カロス地方のフレア団アジト跡地。
「これらに、奴……レックの手放したポケモンが棲みついている。
本来の生息地ではないポケモンもいる。これは生態系に深刻な被害を与える。
オレのジジイも、来週開催される各地のポケモン博士が集うサミットに行くみたいだ。議題はおそらくこれだろう」
「で、グリーン。おれに何をしろっていうんだい?」
「無人発電所のポケモンの保護を頼みたい」
「保護? あそこには「あの」サンダーがいるけど」
「まあそうなんだがな。昨日からマサキから連絡があって、無人発電所に「黄色戦士」が現れたんだと」
「き、黄色戦士だって!?!?」
いきなり大きな声をあげるレッド。
その反応は予想通りだったようで、呆れたようにグリーンは言った。
「そうそう。あのテレビで有名な黄色戦士バチュルだよ。あいつがイッシュのテレビの取材断って、無人発電所に来たんだと」
黄色戦士。
イッシュ地方で放映されているドキュメンタリー番組で、イッシュ地方をレックウザから救った英雄バチュルに密着取材する番組。
もちろんバチュルは人間の言葉はしゃべれないため、世にも珍しい人語とポケモン語両方わかる「あるニャース」を翻訳係としている。
レッドは、その番組の大ファンであり、黄色戦士の大ファンでもある。
「オレのジジイが、レッドを向かわせろっていうからな? オレがこうやってお前と勝負してまでセキエイ高原まで来てやったってわけよ……って、人の話聞いてんのかてめえ!」
レッドはポケットからロトムの入ったスマートフォンを取り出して、検索エンジンを開いている。
「ふんふん、なるほど。だから今月末の放送はないのか」
「これがオレを降したチャンピオンの姿なのか……???」
人間の生態系について、グリーンはひとつ賢くなった。
2
レクリス=アダマンタイト。
それが、無人発電所の怪物レアコイルのかつてのパートナーの名前である。
レクリスは最強を目指していた。
ポケモントレーナーとして最強になるべく、故郷のオーレ地方からやってきた。
オーレ地方では、闇のオーラをまとう「ダークポケモン」が世間を騒がせていた。
そのころに生まれたレクリスにとって、ダークポケモンは身近な存在で、恐怖の対象だった。
なにしろダークポケモンは自我を持たず、負のエネルギーを増幅されたポケモン。
あるポケモントレーナーが事件を収束させるまでは、一般市民からオーレ地方政府まで恐れられていた存在だった。
事件は既に終わったものの、ダークポケモンのトラウマは、オーレ地方の民の脳裏に焼き付いた。
レクリスも例外ではなかった。
彼はトラウマを克服するため、恐怖の対象であるポケモンを従えようと、ポケモントレーナーになった。
彼はオーレ地方を飛び出し、カントー地方に渡った。
カントー地方ではロケット団と呼ばれる組織が、市民を脅かしていた。
レクリスは彼らを、かつてのダークポケモンに重ねて、仇の如くロケット団を解散させた。
元ロケット団のボスであるサカキは、レクリスの「ロケット団潰し」によって行方をくらませた。
カントーの人々から感謝と尊敬を集めたレクリスだったが、彼は憎き存在を潰したに過ぎない。
しかし、彼にとって、サカキと戦った経験は、忘れられないものだった。
「ほう。わたしの組織をここまで追い詰めるとはな。……ふむ。いや、なに。わたしにも息子がいてな。アイツにこの組織を継がせようと思ったが、しかし……、ふはは、人との出会いは面白いものだ」
サカキはわらい、レクリスは笑わなかった。
「少年、君は、この組織をわたしの後に継いではくれないか」
「断る」
「そうか。想像はついていたことだが、少々残念だ。
サカキはレクリスに向かってこう放った。
「君は間違いなく、こちら側の人間だ。
善や悪なんて
抑圧された世の中で、君のような人間は息が詰まるだろう。そして、最期はわたしのように惨めに終わるだろう」
「だがな」
「そのような線引きのないわたしたちでも、「あがき」はできるのだ。ああ、勘違いしないでくれ。悪足掻きではない。悪足掻きはルールに縛られた人間の使う言葉だ。「あがき」はそんなちっぽけなものではない。そして、わたしたちのような人間ができる「あがき」。それは」
サカキがレクリスに向かって告げたその言葉は、レクリスにとって救いだったのかもしれない。
彼はそれを人生の指針に据えて、いや、無意識に据えていたのかもしれない。
そしてその言葉を聞いたときレクリスは、サカキという人間に多くの悪党がついていく理由がわかった気がした。
「名を、遺すことだ」
3
ぴくっ、と。
サンダーの感覚が告げた。
「まだ終わっていない」と。
カントー地方・無人発電所。
サンダーとイッシュの英雄バチュルが、発電所に巣食う怪物レアコイルを撃破した直後であった。
後ろを振り返り、糸に絡まれているはずのレアコイルが、そこにはいなかった。
「サンダー! 上だ!!」
急いで見上げると、禍々しい気をまとったレアコイルが、中空に浮遊していた。
「まだ、生きていたッ?!」
バチュルはぴょんぴょんと跳ねて反応する。
「生きては、いない。ああ、生きてはいまいよ。サンダー、あの眼を見ろ。あれが、生きている生物の目に見えるか?」
ぐりんぐりんと目玉があっちこっちに動き回る。
まるでピンボールの玉のように。
しかし玉の色は黒ではなく、鮮血のような赤だった。
3つの目玉が、ぎょろぎょろと焦点の合わない目で焦点を探している。だが、見つかることはない。
「化け物………」
サンダーは意識せずそう呟いた。
今までにない種類の恐怖が、サンダーを襲っていた。
逃げなくてはならない。
本能が、そう言っていた。
理由なんて考えている方が馬鹿らしくなるくらいの恐怖が、サンダーを襲っていた。
だが、バチュルは違った。
ぴょんぴょんと、滑稽なステップで前に進む。
「軽快に進んでいると思うかサンダー? だからといって警戒していないわけではない。
私も恐怖している。そうだ、生物としての本能が恐怖している。これは化け物であり、近づくべきではないと。
しかしサンダー、私たちはポケモンだ。知性あるポケモンだ。本能で動くよりも、理性で動くべきだ」
何を言っているのか、サンダーには理解ができなかった。
「このまま奴を放っておけば、カントー地方の8割は消える。わかる。私は恐怖しているからこそわかっている。貴様もそうだろう、サンダー?」
ああ、わかっている。
このまま逃げ去れば、恥の上塗りをするだけだと。
でも。
「オレが、そこまでする必要なんて、あるのかよ」
「え?」
バチュルはサンダーの方を向いた。
「オレは、無人発電所の門番だ。無人発電所に危険がないか見守っているポケモンだ。
でもよ、これは、流石に。なあ?
わかるだろ。オレは、負け犬なんだよ。オレは、何も守れないポケモンなんだ。
そんなオレに、何を期待するっていうんだ? 何を求めるって言うんだよ。
オレは弱い。だから……、無理だ」
「…………」
バチュルは、もうサンダーの方を向かなかった。
「そうか」
ぴょんっ、と前へ飛び跳ねる。
「失望したよ」
レアコイルは3つの分体を揺らしながら、目の前の標的バチュルへ計6つの磁石を向ける。
『●××&%$$〜〜バ*?ア3k>・」、;fザ』
意味不明な電子音と共に、「それ」はやってきた。
ドドドドドドドドドどどっどどどどどどっどおどドドドどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
もはや、爆発だった。
エネルギーを球体上にこねて、全方向へ撒き散らす。
周囲に近づいただけでも皮膚が爛れるほどの凄まじい熱エネルギーを持つ塊が、黒いオーラから発せられる。
これはもはや、ポケモンではない。
そう、バチュルは思った。
そしてこの技も、ポケモンの技ではない。
バチュルはポケモンではなくなったレアコイルと、対峙する。
「さしずめ、ダークレアコイル、といったところか」
意識のない、エネルギー体。
復讐のエネルギーが、形をもって存在している。
言葉にするなら、そんなところだろう。
あの存在を、定義づけられる正確なことばを、バチュルは知らない。
そして、再び放たれる。
最強最悪のでんきタイプの最高威力わざ。
ならぬ、
「ここからが、本当の戦いのようだな」
レアコイル……もとい、ダークレアコイルとバチュルの戦いの火ぶたが、切って落とされた。
3
ポケモンから逸脱した存在となったレアコイル、いや、「ダークレアコイル」は、上空へと舞い上がる。
それが電磁力によるものか、未知のエネルギーなのかは、バチュルやサンダーにはわからないが。
「さっきのは、一体なんだったんだ??」
サンダーは、ダークレアコイルの放った電磁砲を超えた電磁砲・レールガンを見て、そう呟いた。
オレは今まで、伝説と名の付くポケモンと戦ったことはある。しかし、これほどまでではなかった。
いや違う。
オレはこれと似た破壊力を持ったポケモンを知っている。
数年前にイッシュ地方を襲った巨竜レックウザ。
奴は、宇宙のエネルギーを手にして「謎の石」にて変化を遂げた。
正確な名称かはわからないが、人間たちが呼んでいた名前は「メガレックウザ」。
レックウザがメガシンカをした姿であるらしい。
しかし本来、メガシンカはポケモントレーナーとの絆が究極的に高まり、絆の力が具現化したものであるため、人間との接触が不可欠なはず。
それを未知の宇宙エネルギーで代替してメガシンカをした、というのが現在の科学の答えである。
ダークレアコイルからは、宇宙エネルギーのような、未知のエネルギーを感じる。
未知のエネルギーによって、ダークレアコイルはポケモンを超えた。
巨竜レックウザのように。
「く、くはは、こいつは……非常識だ」
笑うしかなかった。
レールガンで、無人発電所は崩れ始めている。
もう、終わりだ。
『+:2カァ@?−!!^』
邪悪なオーラを纏い、浮遊するダークレアコイルから、今度は銀色のエネルギー体が発出される。
はがねタイプの特殊技。ラスターカノン。
当たったものの耐久力を下げるそれを、今度は無人発電所全体が崩れるように放っていく。
「このままでは発電所内にいるポケモンが危ないぞ。おい、聞いているのか、サンダー!?」
聞こえている。
だが、からだが動かない。
すると、バチュルがこちらに向かって体当たりをしてきた。
サンダーがいた場所に、発電機が降ってきた。
あれを喰らっていれば、傷程度では済まなかっただろう。
バチュルの方に視線を戻すと、彼女は鬼の形相で、
「貴様っ、仮にも伝説のポケモンの一角だろう! このままずっと突っ立って、発電所内のポケモンを見殺しにするつもりか!?」
「オレの力じゃ、到底かなわないだろ」
「はァ?」
バチュルは顔を大きく歪ませた。
怒りを通り越して、呆れを通り越すと、また怒りになるらしい。
ただその怒りは、今までの静かな怒りではなかった。これまでのバチュルの印象とは程遠い、怒りの姿だった。
「負け鳥が何を言うと思ったら。あはは、あはははははははははははははは!!!!!!!」
「ば、バチュル?」
「このヘタレイエロー!!
貴様の排泄物のような小汚い色した羽根はッ、何のためについているんだァ? ァあ? 言ってみろ、掃き溜め野郎がよおおおおおおおおおおおおおお!!!」
サンダーは、茫然とした。
「うん?」
「失礼。少々頭に血がのぼっていた。
もし不快な思いをされたら申し訳ない、謝罪しよう」
少々?
「い、いや、べつに」
サンダーは、その切り替えの早さについていけていない。
「だが」
「?」
「貴様が力不足だとは、私は思わない。
私が最初、奴の起こした炎に包まれたとき、貴様の小汚い……いや失礼、貴様の両翼が金色に輝いたのを見た。
あれはただの見間違いでも、幻でもない。
私にはわかった。あれは、『覚悟のオーラ』だと」
「覚悟のオーラだって?」
バチュルは何を言っているのか。オレにはわからなかった。
「名称は地方によって異なる。ただ、私の周りではそう呼ばれていたというだけだ。そうだな、いつか行ったアローラ地方で、そのようなオーラを纏っているポケモンがいた。たしか、ぬしポケモンと呼ばれていた」
ぬしポケモン。
アローラ地方やパルデア地方で発見される、通常の個体と比べて能力が大幅に上回る個体を指す。
パルデア地方では食べると、疑似的にだが、後天的にぬしポケモンに近い能力を得ることができるという特別なスパイスの存在があるとかないとか。
「オレは、そんな力を持っていたのか?」
そう話している間にも、大きな爆発音が起きて、発電所内には煙が溜まっていく。
「無意識のうちに貴様はやっていたが、意識的にもオーラは出すことはできるはず。
時間はない、はやくここのポケモンたちを!」
そんなことを言われたって。
言われたって……。
『そうか』
オレなんかが……。
『失望したよ』
「クソッ!」
サンダーは両翼を羽ばたかせて、無人発電所内の避難所とされる部屋に向かう。
「(あいつに、あんな顔をもう向けられてたまるかってんだ!)」
心の底からの失望。
あんな顔を、バチュルにもうさせるわけには……!
「オレらしくもねえ、あんなちっこい奴にこんなに動揺するなんて、」
いや。
「昔にもあったな、そんなことも」
独り言ちて、サンダーは避難所へと向かっていった。
4
サンダーは私から背を向けて、走っていった。
きっと、発電所内のポケモン救助だろう。
そうでなければ、私の目に狂いがあったことになる。
サンダー。あいつは、私に近い存在だ。
正確に言うならば、かつての私に似ている。
だからこそ、あそこで叱責しなければ、逃げていた。
「やれやれ、ってところだ。ところで」
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*;!?』
ダークレアコイルは、構わず破壊を続けている。
「私も『覚悟のオーラ』を纏うことはできる。もちろん、意識的にな」
瞬間。
ぶわっっ、と。
黄金のオーラが、彼女、バチュルのからだ全体を覆うように現れた。
「サンダーもいないことだし、これからは気兼ねなく戦(や)れる」
『Eカ1ー−2m<』
「ダークレアコイル。む、そうだな、私も今の状態に名前を付けてみようか」
バチュルは少し考えてから、きりっとした顔で言った。
「スーパーバチュル人、なんてどうかな?」
5
「おいっ、お前、大丈夫か!? 怪我はっ?」
サンダーは無人発電所のある一室を避難所としていた。
そこはかつてはモンスターボールに扮したビリリダマが、敵を迎え撃つための待ち伏せの場所だった。
しかし、サンダーが発電所を守るにあたり、ビリリダマたちには安全の保障を担保する代わりに避難所として場所を提供してもらっている。
発電所出入り口付近で、道に迷っているのか、きょろきょろ辺りを見回しているポケモンがいた。
カントー地方では名の知れた電気ポケモン、エレブーだ。
声をかけるとこちらに気づいたようで、エレブーはサンダーに、とことこと駆け寄ってきた。
「あの、私は大丈夫なんですけど、子供が、子供のエレキがいないんです」
おそらく、この人はエレブーのメスで、子供のエレキッドを探しているのだろう、
無人発電所は広い。
サンダーは発電所内のポケモンすべてを覚えているわけではない。そのため、このお母さんエレブーも、子供のエレキッドも知らない。
「いや、ここに来るまでに、エレキッドには会ってはいない」
「そ、そうですか」
声色が暗くなる。
発電所内にはもう、異常事態だということは通知されている。そういう電磁波を使って発電所内のポケモンには伝わっているはずだ。
だから、異常事態に子供がいなくなったこの状況は、子供と母にとって、非常に危機的である。
サンダーはお母さんエレブーをなだめ、自分が子供を探しに行くからお母さんは避難所へ向かうように、と伝えた。
「でも、私、あの子が心配で……」
「心配するな。オレが絶対に子供をお前のところに連れていく。約束しよう」
「……、はい。わかりました、ありがとうございます」
深くお辞儀をして、エレブーはサンダーに促され、避難所へと向かっていった。
「ありがとう……」
その言葉を反復する。
久しぶりに聞いた言葉だ。
少なくとも、オレが門番を初めてから、言われたことはなかった言葉だ。
6
「レクリス、どこへ行くんや?」
カントー地方・ハナダシティ。
かつてサカキ率いるロケット団が騒いでいた場所だ。
「『レクリス、どこへ行くんや』。
マサキ、いつからだ、そんな平凡な質問をするようになったのは?」
「俺の質問に答えるんが先や、レクリス。
疑問形に疑問形で答えたら会話は成り立たない、そう言ったのはお前やろ」
フッ、と気取ったように笑うレクリス。
レクリス=アダマンタイト。
伝説のポケモントレーナーと呼ばれる、最強のポケモントレーナー。
彼と話しているのは、ハナダシティに住む変わり者「マサキ」。
彼はポケモンの遺伝情報を電子情報へと変換させて、パソコン内に保存することができるシステム『ポケモンボックス』を発明したエンジニアである。
モンスターボール内にいるポケモンは、データとして数値的に表すことができることを発見したのも彼であり、それを用いてポケモンボックスを発明したという。
「サカキには会いに行ってきたんやろ? 新生ロケット団、名前は……ああ、そうそうレインボーロケット団っつーイカした名前でな」
「…………」
「数年前に姿をくらましたと思たら、各地の悪党どもと手を組んでレインボーロケット団なる組織を立ち上げた」
が、とマサキは付け加えた。
「それも、アローラ地方の少年トレーナーによって、解散させられたと。……まったく、何度繰り返すんだか」
「あいつは、俺の知っているサカキではない」
ぽつりと、レクリスは言った。
「『名を遺せ』。俺はあいつのその言葉を胸に、これまで生きてきた。
だが、あんな無様な名を遺すくらいなら、俺は、最強をやめる」
「最強をやめる? おいおい、最強をやめるってのはどういう意味だ?」
その言葉に、レクリスはさらりとこう返した。
「
「は……?」
空気が、止まった。
それまでにこやかだったマサキの顔から、笑顔が消える。
「は? はあ? 何言う、何言うてんねん。なにを……、おい、まさか……お前、お前ッッッ!!!!」
マサキはレクリスの胸ぐらを掴む。
「おいレクリス。お前、何をやったのか、わかっているんやろな? なぁっ?!」
「…………」
表情は崩さないレクリス。
「本物や、クソ」
マサキはレクリスから手を離すと、背を向いた。
「お前は、本物のバケモンや。
今すぐここから出ていけ。オレはお前の顔を二度と見たくない。出てけよ」
「俺は名を遺すことの無様さを知った。だから」
「出てけよッッ!!!」
フン、と言ってマサキの家から立ち去るレクリス。
マサキは肩を震わせていた。
そして、しばらくすると、マサキは電話をとって、番号を押した。
「俺や。ああ、声? ……気にすんな。それよりレッド、お前とグリーンに頼みたいことがある」
数分後、電話を切ったマサキ。
「死なせねえ! 死なせて、たまるか……!」
拳を壁に叩きつけながら、マサキの頬に再び一筋の雫がたどった。
7
まだ、解明が進んでいない未知のエネルギー。
宇宙に広く存在するそれらは、『未知の物質(ダークマター)』と呼ばれる。
ダークマターは、正体や性質など不明なものが多いが、それでもある程度の分類化(カテゴライズ)は可能である。
ダークマターの中でも、一際異彩を放っているものが、『怨みの記憶』と分類化されるダークマターである。
怨みの記憶は、ポケモンの負の感情がエネルギーとして変化したものである。
そして、非業の死を遂げたポケモンや、ポケモンの怨念が、それに呼応することがある。
怨みの記憶は、死んでしまったポケモンの亡骸に宿ることで、物質的なからだを獲得する。
ホウエン地方・キンセツシティの東にある浜辺で、息絶えたそのコイルは、怨みの記憶によって、蘇る。
怨みの記憶は、宿ったポケモンの潜在能力を限界を超えて引き出す。
そのポケモンのからだがどうなろうと知ったこっちゃない。
すべては、怨みの記憶の命令通りに。
からだの限界で「できない」とは言わせない。
そういった強制力が、怨みの記憶にはある。
だがしかし、それは宿主のポケモンの『器』(つまり亡骸)が拒絶反応を起こせば、怨みの記憶は立ち去っていく。
つまりそのコイルは、怨みの記憶を受け入れた。
コイルは、自身のサイズには似合わない強大な磁力を使って、同族であるコイルを2体、呼び寄せた。
そのコイルが捨てられた当時、ホウエン地方では各地で電気タイプのポケモンの行方不明や異常なほど強力な磁場が発生していた。
シンオウ地方では、停電が立て続けに起こった町があるが、もしかするとそれもこの影響からかもしれない。
そのコイルは、2体呼び出したコイルを、怨みの記憶によって増幅された電磁力で、戦闘不能にし、その後に合体した。
コイルはそこでレアコイルへと進化し、ホウエン地方からは距離のある、カントー地方の無人発電所へと向かう。
レアコイルはなぜそこへ向かったのか。
そしてレアコイルは本当に、怨みの記憶に操られることを望んでいたのか。
私は、まだ名を遺せてはいない。
まだ、足りない。
『怨みの記憶』。
それをこの目で見ることで、私の進む道が、わかるかもしれない。
さあ、君の『悪』はどこまで行くのか。
君の『悪』はどうやって死ぬのか。
この老いぼれに、見せてくれ。
※ロケット団研究会 著『ロケット団史 〜かの組織はどうやって滅びたのか〜』第3章 サカキの手記より一部抜粋
つづく