コイル伝    作:綺羅良 影

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最終伝『サンダーとバチュル』

 

「アズサ、忙しいところ悪いが、頼んだ」

 

『うんっ、まかせなさい!』

 

パソコンの画面の向こう側にいる女性は、元気よくガッツポーズを見せる。

 

彼女は、マサキと同じボックスシステムの研究者であるアズサだ。

 

マサキが発明家なら、彼女は管理者ー−−システムを常時見張っているエンジニアである。

 

マサキの発明したポケモンボックスシステムを、ネットワークに接続できるようにしたのも彼女である。

 

ポケムーブ(現在はサービスは終了している)やポケモンバンクを管理しているのも彼女である。

 

「次は、と」

 

マサキは自室のパソコンを操り、別のエンジニアへとリモート会議を始める。

 

「聞こえるか?」

 

『おうおう、聞こえているぞよ』

 

オーディオから聞こえてきたのは、低い男声。

 

朗らかな声色をした、白髪の男性が画面に映る。

 

「……毎回思うんやが、それでホンマに視えてんのか?」

 

『おうおう、視えているぞよ』

 

学校の化学実験で生徒が着けていそうな黄緑色のゴーグルをした、語尾が特徴的なおっさん。

 

「こっから目ぇ見えへんけど」

 

『おうおう、わしから見えているのだから問題はあるまい』

 

サングラスでも近くで見れば薄く目は映るものだが、この老人のゴーグルは濃い黄緑色で、その奥の瞳を見ることはマサキはできない。

 

男の名は、

 

「ダイオーキド、ポケモンホームについての話だが」

 

ダイオーキド。

 

かの有名なカントー地方の博士オーキド博士に名前が似ている、見た目も似ている、怪しい老人。

 

しかし陽気なダイオーキド老は、世界中のポケモンの電子情報を管理するポケモンホームというサービスの管理者で、超優秀なエンジニアである。

 

アズサに負けず劣らず、マサキの尊敬するエンジニアの一人である。

 

「おれが過去つくったポケモン交換システムの特許をお前に取ってほしい」

 

『おうおう、……おう?』

 

「お前ならちゃんと管理できるやろ、特許申請はちゃんと協力するから、ダイオーキド、頼む」

 

『おう、別にそれは構わんが。

……ん、まさか『あの事件』がお前さんに責任があると思うているのか?』

 

あの事件とは、今からおよそ3か月前に起きた、とあるレアコイルに関わる無人発電所での一件のことである。

 

新聞では、元レクリスのポケモンー−−Lのポケモンにちなみ、『Lの事件』と書かれている。

 

『お前さんがあの事件に責任があろうとなかろうと、この際どうでもいいんじゃ。

ただ、自分がつくったものには、自分が責任をとるのが、筋だとわしは思うぞ』

 

画面のダイオーキドは、白い歯を見せて、

 

『パートナーは、お前さんが大切に扱うんじゃぞ』

 

「……そうやな。柄にもないとこ見せちまった、悪かったな、じいさん」

 

『む、わしはまだジジイじゃないぞよ!』

 

「ははは、わかったよ、オーキド博士」

 

『むむ、だからわしはダイオーキドと……』

 

【会議は終了しました】と表示される画面を消して、マサキはパソコンの前の椅子から立ち上がる。

 

「二つも特許とるつもりなかったんやけどな」

 

マサキはパソコンの横のラックにある、イヤホンらしきものに目を向ける。

 

これはポケモンと人間が会話できるように『あるニャース』に協力してもらって開発した翻訳イヤホンだ。

 

3か月前の無人発電所でレッドとグリーン、そしておれもつけていた。

 

マイナンと喋れたときは実はびっくりしていたが、レッドとグリーンは大して驚かなかった。

 

「マイナンは不思議そうな顔してたな。

はっは、あの顔見れただけでも満足や」

 

そう独り言ちて、マサキは家から出る。

 

ハナダシティから北の辺境にある家から。

 

新たな発明のアイデアを得るため、彼は出かけたのだった。

 

 

 

「もう、行くのかよ」

 

「? 3か月もいれば十分だろう。なんだサンダー、そんなに私が恋しいか?」

 

「は、ハッ! 馬鹿言うな、オレがおめえみてえなちびっこい奴とこれからも一緒にいたいと思ってんのかよ」

 

二人が初めて会った無人発電所の前で、サンダーとバチュルは別れの挨拶をしていた。

 

「たしかにそうだな。貴様はこんな強い女は好みじゃなさそうだ」

 

「……」

 

「む、どうした。急に黙りこくって」

 

「いや、お互い様だなと思ってな」

 

「?」

 

「気にすんな。

……んで、バチュル。お前はこれからどこに行く?」

 

「そうだな。カントーから近いのはジョウト地方か。あそこにはマダツボミの塔がある」

 

「まさか」

 

「ああ、あの塔にも『Lのポケモン』が狂暴化して棲みついているらしい。

ポケモンと人間を守るために、私は向かう」

 

ジョウト地方のある西にぴょんっと方向転換して、バチュルは続ける。

 

「なにせ、ポケモンと人間に、優劣なんてないんだからな。すべて私が守るべき宝だ」

 

それを聞いてサンダーは、3か月前から思っていたことを聞いた。

 

「やっぱり、あれはわざとだったのか?」

 

「ん?」

 

三か月前の『Lの事件』のさい、レクリスとキメラと対峙したレアコイルは、レクリスの意識のスキをついて、わざとキメラと融合して、レクリスに攻撃をした。

 

そのスキを作ったのが、バチュルだったのである。

 

「あの挑発だよ」

 

「ああ、『貴様のような屑人間を名を遺すほど、この世界は腐っていない』だったか?」

 

「そこまでひどくは言ってはいないが、まあ、そんな風のだ」

 

「あれは、確かに私は嘘をついた。レアコイルがキメラに近づくのを、あの人間に気づかれないようにするためにな」

 

「お前は、あの人間も愛していたのか?」

 

「くくく」

 

「あん、なんで笑うんだよ」

 

「いや、愛しているとまでは思っていまいよ。ただ、守るべき大切な人間だと思っている」

 

「でも、お前はレアコイルを応援したんだろ?」

 

「そうだ。これはどっちが正しいかという話ではない。これは私の判断だ。私の意思だ。私の価値観で、そう判断した。

復讐とは、貴様の言うようにマイナスがプラスになるわけではない」

 

そうだ。

復讐をしたところで、レアコイルが受けた痛みが癒えるわけでは。

 

「癒えるのかもしれない」

 

「なに?」

 

「復讐で、奴……レアコイルは救われたのかもしれない。

いや、私が言うと正当化の言い訳に聞こえてしまうか」

 

復讐で、傷が癒える?

 

そういう、ものなのか。

 

「そういうものなのかどうかは、レアコイルにしかわからない」

 

「そう、だよな」

 

「私はレアコイルの意思を尊重しただけだ。そいつが良いと思った行いに、私たちが善悪を語る権利はない」

 

バチュルはそう言うと、ぴょんぴょんと初めて会ったときのことを思い出す動きで、歩き出した。

 

バチュルは振り返る。

 

「サンダー」

 

「あん?」

 

「貴様は、良い門番だよ」

 

それだけ告げると、バチュルは再びぴょんぴょんと軽快に歩き出した。

 

サンダーはそんなバチュルの小さいからだを見つめて、そして、彼女に背を向けた。

 

無人発電所に入っていくサンダーと、旅立つバチュル。

 

ポケモンと人間の平和を守るために、二人は歩き続ける。

 

 





『コイル伝 〜ポケットモンスター外伝〜』完

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