さらば友よ   作:zarame.

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綱吉と出久と勝己の友情をテーマにしています。


第一部 I・アイランド編①

プロローグ

 

 

 夏休みがはじまると同時に母方の祖父母が住む静岡へ遊びに行くのが、沢田家の毎夏の過ごし方であった。期間は三週間ほど。夏休みの宿題はすべて持っていくのが母との約束だ。

 新幹線から電車に乗り継ぎ、東京から数時間後には静岡県にある田等院駅に到着する。ここまで来てしまえば後は徒歩の道のりである。

 沢田綱吉にとっては慣れた道のりでも、はじめての下の子供たちにとっては未知の場所だ。当然、興奮が先に立っている。駆け出そうとするランボとイーピンを捕まえて共に横断歩道を渡った。その後ろを沢田奈々とフゥ太が手を繋いでいた。

 何気ない駅前の大通りも東京と静岡のちがいがある。東京ではできない贅沢な土地の使い方や、見たことのない系列のスーパーマーケット。行き交う車の種類や色もどことなく異なる。

 他県でしか味わえない風景のちがいに子供たちの首は忙しなく動き、奈々は思わず微笑みをこぼした。

「ふふっ、小さなツナも、いまの子供たちと同じ顔をしてたわ」

「そんなの覚えてないよ」

「私はよく覚えてるわ。あの時はお父さんもいて、あれはなに? これはなに? って聞いてくるあなたにね、あの車はいまから変身して悪者を倒しに行くんだぞ! なんて、からかって遊んでいたの」

 奈々の頬は母親としてゆるむばかりで、こちらが恥ずかしくなってしまうほどだ。

 もう父親への無意識の反抗期は終わったけれど、それがぶり返してしまいそうなほどの、むずがゆい愛情が、あった。

 優しい眼差しのなかに、綱吉は幼いころの自分を見た。

 

 

 はじめてこの街にやってきたのは、個性という概念を認識するまえの、思えば個性差別なんかとは一番無縁であったころである。綱吉が生まれてから祖父母が東京の自宅に遊びにくることはあっても、皆で静岡の実家に行ったことはなく、久しぶりの里帰りに奈々の足取りも軽く、当時は父である沢田家光もいたから家族三人での訪問であった。

 一人娘の結婚をきっかけにリフォームしたばかりの祖父母宅は広く綺麗で、夏らしいご馳走で腹を満たして昼寝をし、外にでるころには遠くの空に茜が混じりはじめていた。

 明日は海に行くから、今日は散歩にしようと、幼い綱吉は家光に手を引かれた。

 夏が猛暑を振るう前の、初夏の名残を風に感じる涼しい日であった。綱吉の手を握り込んでしまう父の大きな手が熱くて、抱っこをせがむとさらに熱かったが、仕事で忙しい父への甘えが良い心地で公園へと辿り着いた。

 池と池を繋ぐ小さな橋や一面の芝生、遊具などがある、森林公園でありながら、地元の子供が集まるその公園には、綱吉がはじめて出会う大きな花が咲いていた。

 その花は長く首を伸ばし、大きな口を開けて綱吉を見下ろしている。まるで餌となる子供を見極めているような迫力に、綱吉は恐れ慄く。

「ほら、怖くないぞツナ。これは蓮っていう花だ」

 何事に対しても一番最初に怯えを見せる情けない我が子を家光は抱き上げた。

 太くうねる茎も、血管のような葉脈も、花弁の中心にある眼玉の花托も、綱吉からすれば自分よりも巨大な「なにか」である。本能的に植物の生命力を恐れたのだろう。父がさわれば、食べられてしまわないかと怯えた。誘導されてほんの少しだけふれた葉は、ざらりとした質感が生き物の皮膚であった。花には手が伸びない。何故なら、ふれた瞬間に指がなくなってしまうからだ。

 巨大な、大人しくしているのは今だけの、些細なきっかけで首を伸ばして襲いかかるだろう、生き物に、綱吉の恐怖は我慢の限界を超えた。火がついたように泣きだす。

 その横で、同じように泣く子供があった。

 家光は思わず、幼子を抱く母親と視線を合わせて会釈をした。

 緑色の髪の女も、泣きわめく二人の子供に、微笑いながら軽く頭を下げる。

「まだこの子には早かったのかしら」

「いやあ、でも、あっちでは同じくらいの子が興味津々でしたよ」

 子供はまだ泣いている。

「出久は大きなものが怖いみたいで。オールマイトは好きなのにね?」

「うちの綱吉もそうですよ。大きいのが苦手なようでいて、小型犬にも泣くから困ったものです」

 親同士、泣き虫な我が子に口では呆れてみせるも、手のかかる子ほど可愛いというもの。隠せない自惚れを互いに感じとった二人は、それ以上はなにも言わずに腕のなかの愛し子をあやした。

「あら、泣き止むのも一緒なのね」

 睫毛を涙に濡らす子供は、親の胸に甘えながら互いを見る。どちらも泣き疲れていた。

 熱のこもる赤い頬を、さらに西日が赤く照らす。

 祖父母宅から歩いて十五分にある森林公園。夏の夕暮れどき。

 蓮池のほとりで、綱吉は夏だけの幼馴染となる、無個性の少年、緑谷出久に出会った。

 

 

 懐かしいというにはまだ日の浅い、思い出とするには新鮮すぎる夢を見た。

 飛行機のシートに頭を預けながら、綱吉は夢の余韻にひたる。

 小さな窓には真っ青な海が広がっている。覗きこめば燦々と太陽が輝いていることだろう。

 季節は夏。今年は祖父母宅には遊びにいかない。

 去年の訪問の際、父親の手伝いをすることになったと話をすると、祖父母は寂しさを隠して応援してくれた。母親に良く似た心優しい人たちだ。彼らから受け継いだ慈しみが綱吉のなかにもある。それを誇らしく想い、ランボとイーピンとフゥ太の祖父母となってくれることに安堵した。

 そうか、ちょうど一年経ったのか。

 漠然と気がついた。あっという間の三六五日であった。

 去年の今日、綱吉は祖父母に進路を打ち明けて、夏だけの幼馴染に別れを告げた。彼は別れの挨拶とは受けとらなかったようだけど、綱吉からすれば、今生の別れであった。

 夏の幼馴染としての最後。

 ただの沢田綱吉としての、最後。

 マフィア・ボンゴレを継ぐ者としてのけじめをつけることを目的とした里帰りであった。

「だから来年からは会えないんだ」

「そう、なんだ。でもツナはイタリアで頑張るんだよね。それはすごくカッコいいことだよ!」

 彼は声高く綱吉の決断を讃えた。これからヴィランとしての道を歩む綱吉にとっては、眼を細めてしまうほどの、圧倒的な光だ。

「実は俺もツナに話したいことがあるんだ。僕、雄英を受けようと想う」

 超直感に頼らずとも、彼の顔には希望がある。すぐにわかった。彼は綱吉と真逆の道を進もうとしている。

「もしかして──ヒーロー科?」

「まだお母さんとツナにしか言ってないんだ」

 幼馴染のはにかみが、不意に、なにかを綱吉に知らせた。それは予感だ。あるいは確信とでも言おうか。

「なれるよ、出久なら。素晴らしいヒーローに」

「無個性の僕にそんなことを言ってくれるのは君だけだよ。ありがとう、ツナ」

 無個性だと診断されてしまったがために夢を諦めるしかなかった。経緯を知る綱吉にとって、彼がふたたび夢に立ち向かうと固めた決断は、喜ばしく、素晴らしいものであった。

「なんでツナが泣きそうなんだよ」

「出久が泣くから、もらい泣きだよ」

 綱吉は本心からその夢を応援した。大好きな友人が抱く途方もない目標。その道は光に続いているも、道中は茨だ。傷つき、ときには膝をついたとしても、彼は立ちあがる。限界を超えていく。理想をも飛び越えてヒーローになる。

 綱吉はどこかでこうなることを予期していた。先祖から受け継いだ直感力が、もしかしたら出会った当時から予感していたのかもしれない。

「応援してるよ。俺が君のファン一号だ」

「はははっ、ありがとう! でも一号はお母さんなんだ」

「そりゃあそうか、引子さんはさしおけないね。二号の席はまだ空いてる?」

「もちろんさ!」

 二人して涙を浮かべて微笑いあった。

 蓮の花を恐れて泣いた、夏の夕暮れの出会いのように、二人は最後の時も睫毛をぬらしている。

「かっちゃんには話した?」

「まだ。勝己の家に行ったけど会えなかったんだ。明日には東京に帰るから、会えなかったら出久にお願いしてもいい?」

「僕の話を聞いてくれるかわからないけど、いいよ。あ、イタリアから帰ってくるときは連絡してくれるよね?」

「雄英は忙しいって聞くよ」

「そうだとしても、会いに行くよ。ツナは僕の幼馴染で、親友だから」

「それは受かってからいう台詞だろ?」

「うっ、そうだけど! 君が日本を経つ前に必ず合格通知の写真を送るよ」

 幼馴染兼親友は、次の機会があると信じている。

 けれども、綱吉は知っている。超直感は嘘をつかない。それすなわち神の啓示なり。

 彼は雄英高校に受かるだろう。仲間たちと数多の試練を乗り越えて、素晴らしいヒーローになるだろう。

 そして、光のなかに立つ彼と再会するとき、綱吉は幼馴染でも親友でもなく、ヴィランとして闇のなかに立っているだろう。

「じゃあ、またね、ツナ」

「さようなら、出久」

 綱吉は大きく手を振った。

 友との別れを終えた綱吉に迷いはない。これでもう思い残すことはない。過去をふり返ることもない。前だけを向いて闇のなかを歩いていける。

 さらば友よ。

 もう二度と会うことのない友よ。

 夏だけの幼馴染よ。

 

 

「綱吉さん、そろそろ着陸体制に入ります」

 獄寺隼人の優しい声色に、綱吉はまどろみから意識を浮上させた。

「おはようございます」

「うん、おはよう。ありがとう」

 ブランケットをかけてくれたのも彼だろうと、礼を述べると、柔らかく微笑む。女性に向けたら喜ばれるだろうものを、彼は惜しみなく綱吉に向けた。

「良く眠っていたね」

 隣に座るボンゴレ九代目、ティモッティオは優雅にコーヒーを飲んでいる。居眠りした形跡は見当たらない。いつか綱吉も彼のようになれるのかと想像力をかりたててみても、いまいち実感は持てなかった。

「──夢を、見ていました」

「どんな夢だい?」

「幼馴染の夢を」

「君に幼馴染がいるとは初耳だ」

「母の実家が静岡で、夏休みに毎年遊びに行くんですが、そこで夏の三週間だけ遊ぶ幼馴染がいるんです。彼の夢を見てました」

「私たちにとって夢とは、超直感と関わりの深いものだ。おろそかにしてはいけないよ」

 ティモッティオの元で引き継ぎをはじめてまだ数ヶ月の身だが、同じ超直感を持つ者として、彼の教えは綱吉の心に多く残っている。

 着陸までの数分間を、綱吉はぼんやりと夢の余韻に身を任せることにした。

 思い出とするにはまだ早い、別れの切なさ。彼の夢に向かう背中を想うだけで涙がにじむ。

「おっ、島が見えるぞ」

 山本武の好奇心に弾む声に、綱吉の視線も窓に向く。そこには孤島が浮かんでいる。

「あれが、巨大人工移動都市 I・アイランド」

 

 

 

 

 ノーベル個性賞を受賞した、デヴィット・シールドという天才発明家の助手になれたことは、天才でも発明家となる才能もなかったサミュエル・エイブラハムにとって、人生における大きな幸運であった。

 大きすぎる才能のまえでは嫉妬すら起こらない。彼の元にいれば大好きな発明とそこそこのお金が手に入り、彼の開発した技術が特許となれば、サポートした自分も彼の栄誉の一部になれた。

 助手という仕事は好奇心と欲を満たし、サミュエルにとても適していると、思って、いた。

「こちらの発明は九代目からの多大な寄付によって作ることができました。どうぞ、もっと近くでご覧ください」

 研究費の支援者の対応も助手が務める大切な仕事である。

 支援者とは主に財政支援のことを指す。世界的特許を持つ研究者には国からの支援があるものの、発明は失敗の積み重ねだ。百回失敗しても一度の成功で栄誉を得る。金はいくらあっても困ることはない。

 寄付金によって接待の対応が変わるのは仕方がないことで、I・エキスポに向けて招待した支援者のなかでも多額の寄付をしている大切な客を、サミュエルは改めて見る。

 仕立ての良いイタリアンスーツを着た男は、一見すれば映画スターのよう。華美な装飾のない素材の良さを追求した装いはダンディズムを体現している。展示物を見る眼差しには好奇心がきらりと輝き、口元は柔和だ。手入れされたグレイヘアが、輝く若い眼をより魅力的にしている。

 そして連れの少年に着せているのもサミュエルの一張羅よりも上質だろうスーツだ。セットしても隠しきれない柔らかそうな髪質と、日本人の童顔が、まだ成長過程にある体の性別をあやふやにしている。

 サミュエルが抱いた二人の第一印象は、イタリアの資産家と養子の子供、というものだ。いまは警備確認に向かっている、守護者という二人の少年も、私服でさえいれば一般人の子供にしか見えない。

 けれどもサミュエルは真実を知っている。

 まさかマフィアの接待をすることになろうとは。

 デヴィットを交えた顔合わせで着用していたスーツとは異なる、彼らのコスチュームである漆黒のスーツは、会場にいるすべての者に彼らがマフィアであることを知らしめるのだ。

「綱吉君、良く見ておきなさい。ここには世界中の技術が詰まっているんだ。私が引退した後は君が博士の支援者となるんだからね」

「はい、ですが正直に言うと難しくて──すごい研究なのはわかります。帰ったらスパナと正一君に話してあげなくちゃ」

 まだうら若い、世の中の善悪も知らないだろう少年が次代の巨悪とは誰が思おう。

「九代目、沢田様、よろしければ体験型の展示もあるので、そちらもご案内致しましょう」

 口元に見本のような微笑みを刻む。たとえマフィアだろうとヴィランだろうと、今後も良い関係を築いていかなければならない大切な支援者だ。

 

 

「メリッサ、彼を案内してあげなさい。ちょうどサムも支援者の案内をしているから会うかもしれないよ」

「あら、どなたの? パパの娘としてしっかり挨拶をしなくちゃ」

 天才発明家の娘として気概を背負う少女、メリッサ・シールドとは出会ったばかりであるが、それでもどこに出しても恥じないだろう優秀さと、父親からの信頼が伝わってくる。

「前回のエキスポで会ったのを覚えているかな。マフィア・ボンゴレの九代目ボスと彼の後継者だよ」

「覚えているわ! マフィアだなんて言われても信じられないくらい優しい叔父様だったもの」

 父娘の会話に驚きを隠せない緑谷出久は、ついつい口を挟もうとして、オールマイトに無言で止められた。ようやく気付く。顔色が悪い。マッスルフォームの限界がきているのだと。

 出久とメリッサは、旧友二人の再会に背中を押されて研究室を後にした。祭りのような賑やかさのエキスポを楽しみつつ、やはり抑えられない好奇心が、ある。

「あの、メリッサさん。この会場にマフィアが来てるというのは、どういうことなんですか? 実は授業ですこしだけ習いました。確か、ボンゴレというマフィアは十年前に公安委員会が立案したヒーローとヴィラン組織による歩み寄り政策に理解を示している組織だって」

「そのとおりよ。個性社会となって随分と個への理解が広まったけど、まだまだ差別は存在するでしょう? 異形型個性はその最もな事例よね。他にも、個性発動が他人を脅かすことに直結してしまう人もいる。そういった人たちの個を尊重することは今の社会の大きな課題よ。一般の人たちは抑圧を求めるけど、その結果、世界各国で個性解放の暴動が起きてる。そして抑圧される側の個性を持つ人たちが犯罪組織に流れて国際テロ犯になったり、人身売買の被害者になったり──日本の公安組織、アメリカのCIA、ロシア、中国、アフリカ、オセアニア、世界中の国々が国際問題として取り上げたのが約二十年前。それから十年かけて、世界はヴィランの管理をヴィランに求めたの。それがヒーローとヴィラン組織の歩み寄り政策の実態よ。マフィア・ボンゴレは個性発現前から裏社会を牛耳ってきたから、いまでも世界中のヴィラン組織に太いパイプを持っているわ。ヴィランサイドの交渉役としてこれ以上ない相手よ。それにパパのスポンサーでもあるの。彼らの莫大な寄付があったからこそ成し得た研究は多いわ」

 雄英の授業で習ったのは、無差別な国際犯罪を予防するために歴史あるヴィラン組織との歩み寄りを考案している、というところまでであった。父親の支援者となれば、メリッサの知識の深さにも頷ける。やはり彼女は研究者の娘としても、世界中の科学者志望が憧れるアカデミーに通う生徒としても、非常に優秀なのではないだろうか。

「どうしてヴィランであるマフィアがヒーローに協力するんですか? 彼らだってなんらかの犯罪に手を染めているんですよね?」

「そうね、だからこの政策を良く思わない国もあるわ。麻薬で死刑判決がでる国とかはその筆頭ね。これはパパからの受け売りなんだけど、ヴィランにもヴィランなりの秩序と正義があるんですって」

 メリッサは自分の言葉を噛み砕くように間をあけた。

「裏社会の秩序、それこそがマフィア・ボンゴレなのよ」

 憧れだけでヒーローを志す出久にとっては随分と重たい話だ。けれども、ヒーローになるならば向き合わないといけない話でもある。

 誰かを救うためにヒーローを目指している。オールマイトという平和の象徴のように。ヴィランに脅かされる人々のささやかな平和を守ること。それが夢である。

「この話を聞いて、私も最初はわからなかった。だってヴィランは理不尽でしょう。平和を脅かしなんの罪もない人たちの命を奪うわ。でも、そのうちに疑問も生まれたわ。この個性社会で居場所のない人たちは一体どうやって生きていけば良いんだろうって」

 ヒーローはヴィランに脅かされる人々のささやかな平和を守る。

 ならば、ヴィランとなるしかなかった、いまの個性社会では抑圧されてしまう人々は、誰がどうやって守るのだろう。

「ごめんね、なんだか暗くなっちゃったよね」

「──いいえ、ありがとうございます! 授業だけじゃ足りないことを知れました。僕はオールマイトのようなヒーローになりたい。そのためには自分で考えないといけないことだと思います」

 いますぐに答えを出せる経験と実力がなくとも、目標のために考えることをやめない出久の姿勢はメリッサにも好感が持てるものであった。

 彼ならばこのI・エキスポの案内のしがいがある。

 二人は手始めに、デヴィットの特許を元に開発された展示を見ようと、最新のヒーローアイテムが並ぶパビリオンへと向かった。

 

 

 

 

 世界中から天才発明家が集まる人工都市の警備システムは伊達ではない。何がどうすごいのかを言語化するのは難しいが、獄寺隼人が唸るほどの警備ならばものすごいのだろう。

「流石は世界中の科学が集まる島だな」

「よくわかんねぇけど、これなら安心か?」

「説明聞いてなかったのか?」

「いや、聞いてもわかんねぇって」

 眉間に皺を寄せた隼人の表情が蔑みであるとわかるくらいの付き合いとなっている。山本武は肩をすくめてみせた。

「馬鹿でもわかるように言ってやる。この島はタルタロスと同じ防災設計だ」

「そりゃすげえ!」

 神の名を持つ表社会で最も強固な監獄だ。脱獄にも襲撃にも適した設計はヴィランの侵入を許さず、内からの情報漏洩も許さない。世界中の科学者と技術を閉じ込めるこの島の住民たちは守秘義務のために旅行も禁止されているという。武からすればこの島とて監獄に等しい。 

「ただし、そのすべてがこの場所に集約している。ここが落とされたらこの島はヴィランの思うがままだ」

 武にだけ聞こえるように耳打ちされたそれは、科学を神とするこの島ならではの盲点で、あった。

 警備システムを説明してくれた技術者と別れた二人は、I・エキスポを見て回っている綱吉と九代目と合流した。

「おかえりなさい、二人とも」

「お疲れ様でした。どうでしたか、警備は万全でしょう!」

 ボンゴレが支援している科学者の助手を務める男は、この島の科学を崇拝しているようだ。ハムスターを思わせるつぶらな眼の奥には人生を捧げた熱意がある。

「流石はタルタロスと同じ防災設計、見事です」

 イタリアに渡ってから身につけた社交辞令と敬語を、武は述べた。隼人に言われたことを繰り返しただけでもサミュエルは誇らしげで、神の代理人である科学者の栄誉のおこぼれに頬を紅潮させる。

 その背後で隼人が、素早く九代目に報告している。

「管理システムがセントラルタワーに集中しています」

「中にさえ入ってしまえば無効化は簡単なようだね」

 たった一言で隼人の言いたいことを理解する九代目の柔和な微笑みは、身内でさえも強制的に背筋が伸びる威圧感があって、たとえ何が起ころうとも主人を守ってみせると、二人の守護者は任された責任にスーツの襟を正す。

 祖国イタリアを離れる九代目と次期十代目候補に付き添う守護者が二人というのは異例中の異例である。それも、まだ見習いである十代目候補の嵐と雨だ。九代目の守護者たちは憤りを隠せずにいたが、九代目は「ヒーロー側への信頼を示すため」だと説得した。

 ヒーローから持ちかけられた「ヒーローとヴィランの歩み寄り政策」は、長い歴史を誇るマフィアの頂点にして、個性発現による混沌をヒーローと共に抑えた実績を持つボンゴレにとって、断ることは許されない提案であった。突っぱねればヒーローはボンゴレからの宣戦布告とし、ヒーローに煽られたヴィランは暴徒と化す。ボンゴレにその意思がなくとも、抑圧に耐えてきたヴィランは動かずにはいられない。そうなればボンゴレが築き上げてきた裏社会の秩序は均衡を崩し、誰も望まないヒーローとヴィランの正面衝突が起こる。ボンゴレが断らない、断れないことを見越しての政策は提案ではない。一種の脅迫である。

 支援者として正式な招待を受けたI・エキスポとて最低限の警備での入場を求められたのだ。歩み寄りを強制されたボンゴレは、この島の警備システムとヒーローを信じる他に術はない。

「大丈夫だ、何があろうと俺と獄寺でなんとかする」

 が、何やら説明を受けたところで武に難しいことはわからない。システムもヒーローとの駆け引きも武にはどうでも良いことで、有事の際には綱吉と九代目を守る。必要ならヴィランを切り捨てる、それだけのこと。

「あたりまえだ」

 神の采配と謳われる超直感は、すでにこの島が待ち受ける試練に気づいている。

 

 従者二人だけという最低限の付き添いの代わりに主催者側に求めた警備システムの説明を終えれば、あとは今夜のレセプションパーティーを待つだけとなった。最新のヒーローアイテムが並ぶパビリオンも、この島の科学者の卵たちが通うアカデミーの展示も見応えは十分。ボンゴレギアという武器を使う身として、ヒーローアイテムにはそれなりの興味関心がある。いくつか気になるものがあったので、ボンゴレ本部に戻ったらジャンニーニとスパナに似たものを作ってもらおうか。

 特許技術という意識が欠落している武は、そんな期待に胸を膨らませながら、皆で休めるカフェテラスの空席を求めて首を伸ばす。

「けっこう空いてるな、すぐ座れそうだ」

「ああ、この時間はヴィランアタックというアトラクションをやっているので、そちらに集客されているのでしょう」

 武はサミュエルに「ヴィランアタック?」と訊き返す。

「ダミーをヴィランに見たてて攻略タイムを競うものです。この島では個性の使用は自由です。もちろん、皆様もお楽しみ頂けますよ」

「だってよ、どうする?」

 夜まで時間もあることだ。武は暇潰しをかねて乗り気で尋ねたが、やはりマフィアという立場では考慮すべきことがあるのだろう。

「私たちは遠慮しておこう」

 それ以上のことは言わずに、九代目はすぐに関心をドリンクメニューに移した。

 ヒーローからの提案を受け入れてここにいるとしても、マフィアはヴィランだ。いたずらに力を振るってはならないのだろうと、武はそう結論付けた。

「君も一緒にどうだね」

「お気遣いありがとうございます。ですがこれから研究室に戻るので。最後に、今夜のご案内だけよろしいでしょうか?」

「それじゃあ、お願いするよ」

「十八時でI・エキスポが閉園、その後十八時半からセントラルタワー二階のレセプション会場にてレセプションパーティーが行われます。十九時から挨拶、その際に九代目からもひとこといただく予定になっています」

「ああ、聞いている。大したことは言えないけどね」

 パーティーには美味い食事が付き物だ。護衛という仕事中でもすこしくらいは食べれるだろう。そんな暇がなければ、部屋に戻ってからルームサービスを取っても良いかもしれない。綱吉も食事どころではないだろうから。

 連絡事項なら隼人が聞いているから自分が聞かずとも問題はない。そんな気の緩みが、いまから夕飯のことを考えさせ、すると昼食を食べたばかりでも腹が減ってくる。サミュエルが研究室に戻ったら軽食をねだってみようか。

 この島は世界中から優秀な人材を集めているので提供している料理も多種多様だ。食事に不満があって祖国に帰られては困る。科学者たちの要望はかなり通りやすくなっているらしく、スーパーマーケットにも世界中の調味料が並び、宗教にも寛容だ。多国籍料理を楽しむには素晴らしい環境というわけだ。

 綱吉が開いたままでいるメニューにサンドイッチという横文字を見つけ、ますますその気になる。オーストラリアのステーキサンド、ベトナムのバインミー、インドのワダパブ、日本のカツサンドにイタリアのパニーノ。どれも美味しそうだ。

 パニーノは帰国すれば本場の物が食べられる。ならば食べたことのないワダパブはどうだろう、名前だけではどんなものか想像がつかない。

 まだ軽食を取っていいかと訊く前から料理を決めた武は、満足してメニューから視線を上げる。すると、なにやらヒーローコスチュームを着た少年少女が賑やかに歩いてくる。

「あら、サムさん!」

「これはお嬢様、ご学友ですか?」

「いいえ、彼らは雄英高校ヒーロー科の学生さんたちよ。私がエキスポを案内していたの」

 雄英高校といえば日本の名門ヒーロー学校ではないか。

 不意に、綱吉が立ち上がる。武の位置からでは綱吉の顔色を伺えないけれど、いち早く隼人が反応した。

「──ツナ?」

 その愛称を知る者はすくない。武はごく限られた、ボンゴレ十代目ではなく一般人である沢田綱吉の関係者らしき、そばかすの少年を、凝と見据える。

「久しぶりだね、出久。まさか今年の夏も会えるなんて──勝己も元気そうだね」

 平素の綱吉とは異なる声色に、武はわずかに足を動かしいつでも動ける体勢を整え、親友であり主人である男を見守ることにした。

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