12
セントラルタワー最上階 屋上・ヘリポート
武と九代目がヘリポートに到着する頃には、素手に炎を灯した綱吉は一方的とも呼べる戦いをくり広げていた。
綱吉と九代目がセキュリティ用捕縛装置を大空の炎で燃やし、人質の解放に動いていると、残り半数というところで全員の拘束が解かれて、セキュリティが正常に戻ったことを知らせた。武が皆の無事を確認するあいだにも、綱吉はその場を任せて飛んで行ってしまったのだ。
皆に大きな怪我がないことがわかると、武も九代目と最上階を目指して移動を開始した。エレベーターのパスワードはこのタワーの管理者にしか共有されていないが、午前中に警備システムを見学した際、サミュエルが押すのを盗み見ていた武は、悪びれもせずにタッチパネルをさわる。九代目を走らせるわけにはいかない、というのは、武からすればエレベーターを使うべき正当な理由であった。
こうして悠々とたどり着いた最上階。九代目の超直感に道案内してもらい、二人はヘリポートにたどり着いた。
「おお、やってるやってる」
上空には浮遊する鉄の塊がある。ヴォルフラムの個性だろう。その上に立つ綱吉が、瞬間的に拳にためた死ぬ気の炎で殴りつけると、ぼろりと崩れていった。強度はそこまでのようだが、鉄を操るというのは現代社会において強固性に分類されるはずだ。
離れた場所では、隼人がその背にデヴィット、メリッサ、サミュエルを庇って戦闘を見守っている。
綱吉とヴィラン、隼人たちの中間の位置には、オールマイトと緑色の髪の幼馴染がいつでも動けるように臨戦態勢をとっていた。
「君たち、怪我は大丈夫かい」
そうやって、子供を安心させるような声色で九代目が声をかけたのは、コントロールルーム奪還に動いていた雄英生たちだ。彼らは九代目が巨悪であることを知っているからこその戸惑いに、顔色を悪くして、空中戦に釘付けになっていた皆の視線は、困惑に染まった。
「見たところ、大怪我という者はいないようだね。君たちのおかげでパーティ会場の皆は解放された。島の警備システムも警戒モードを解いたことだろう。素晴らしい働きだった。流石はヒーローの卵たちだ」
この場合、武と九代目はヴィランとしてふるまうことが当然の態度なのだろう。求められているというよりも、ヴィランというものはこうだろう、という迷惑極まりない暗黙の了解のせいで、ボンゴレはたまにこのような困惑の視線に晒されることがある。もちろん、ボンゴレがヴィランであることに変わりはない。だから時にはそこらのヴィランよりも残虐を与える存在であるものの、根本的なところでヒーローの根絶やしを望むヴィランとは立ち位置が異なり、それ故にボンゴレは、トゥリニセッテを司る存在は、ヒーローからもヴィランからも逸脱した場所で、子供からの狼狽を受け止めねばならぬのだ。
「テメェらはヴィランのくせに、なんでヴィランと戦ってんだよ」
綱吉の幼馴染の一人が、武を睨むようにしながら空を見上げた。
「デヴィットさんはボンゴレが出資してる大事な科学者だからな」
「そういう話じゃねぇだろう!」
「俺たちからすりゃ、そういう話なんだけどなぁ」
紅白頭の少年の怒気には、武は頬をかいて微笑むしかない。彼らが感じている違和感について説明できるほど武は口が上手くない。時代が変わり、あるていどの情報開示を行っているものの、ボンゴレが一介のヴィランから逸脱した存在である説明は、下手をすればオメルタに反する。親切心で投獄されるのは、他者から能天気と評される武でも流石に御免というもの。
「ひとまず死者が出なくて良かった。まあ、ツナがそんな事態にはさせねぇだろうけど、何よりだ」
「私たちの心配までしてくれるんやね──」
どちらかというと独り言のそれに、武はあっけらかんとした微笑みだけを返した。
「獄寺のやつ、おまえらに当たり強かったんじゃねぇか?」
「俺たちにというよりは、緑谷君に対してはなかなかだったぞ」
「やっぱりなぁ。獄寺はツナのことになると周り見えなくなりやすくて。悪かったな。あいつはお前らに嫌がらせしたいんじゃなくて、ただツナのことを守りたいだけなんだ」
「緑谷を傷つけることがどうしてそっちのボスを守ることになるんだ」
仲間たちが轟に制止をかけるも、彼の眼光は鋭い。よほど大切な仲間なのだろう。その気持ちは武にもよくわかる。
「未練だからだよ」
夜空では、ヴォルフラムが鉄を固めて作った外壁を、綱吉の炎が破壊している。昼の透明度が目立つ炎も良いが、夜の炎は色彩が鮮やかで、そのあたたかさが良くわかる。
「出久と勝己っていう二人の幼馴染がいることはツナから聞いてたよ。ヒーローを目指してるってこともな」
指輪がない非常時でも戦えるように炎を素手に灯す訓練は受けているが、やはり火力不足が否めない。長期戦は綱吉の手がもたないだろう。
「これは俺が言うことじゃねぇけどさ、ツナの表と裏を知る友達の一人として、悪気がなかったことは伝えさせてくれ。ツナからするとどっちも大切なんだよ。表社会に生きるおまえたちも、裏社会に生きるファミリーのことも、同じくらい大切なものがいっぱいあるんだ」
「はっ、ずいぶんと傲慢だな」
「おうよ。知らなかったなら、それはツナがおまえたちに見せたくなかったんだろうな。あいつはずっとマフィアになることに悩んでた。でも、どっちも大切にするために覚悟決めたんだ。それがあの炎だ」
皆の視線が空中戦に集まる。
「デクにも何も話してなかったのかよ。薄情だな」
「話したら巻き込んじまうだろ? ヒーロー目指してる奴がマフィアの次期後継者と友達だってなったら立場悪りぃからな」
「ヴィランのくせに正論かよ」
「俺たちも俺たちなりに信念持ってヴィランやってんだ。ヒーロー相手だからって覚悟で負ける気はねぇぞ」
見えない火花が二人のあいだに散った、その刹那、たしかに目撃した。
瞬発的に引き上げた火力で綱吉がヴォルフラムの本体を露出させたのを見て、オールマイトと出久は動いた。明らかに個性強化のブーストを行っているヴォルフラムは、必死の抵抗で鉄を集めるものの、綱吉と入れ替わって前に出た二人の拳は、圧倒的な光として悪を打ち砕いたのだ。
言葉を伴わない無言の連携。戦闘時におけるアイコンタクトのみの意思疎通。
「なんだ、あいつら大丈夫じゃねぇか」
これなら隼人も安心できるに違いない。
武はおもわず、声を上げて微笑った。
すると聞こえたのか、超直感が知らせたのか、綱吉がこちらを見て手を振った。武も振り返す。
ヴォルフラムは完全なる戦意喪失。それも当然だろう。次期巨悪を敵にまわし、弱体したと噂された平和の象徴にここまでやられたのだ。そして平和の象徴と類似した個性を持つ少年の、ヒーローとしての輝きは、暴力以上に奴の心を折ったことだろう。
「終わったね」
「そうっスね、早くホテル戻って飯にしましょう」
「ああほら、朝がきた。ゆっくりとモーニングを楽しみたいね」
朝を告げる最初の光が瓦礫の山に反射した。
長い長い一夜が終わったのだ。
隼人が綱吉に駆け寄って行く。それに続いてメリッサが出久、デヴィットがオールマイトのところへ走っている。
それを眩しそうに見つめた綱吉が、隼人とこちらに向かってくるのを迎えようと、武も瓦礫の山を降りたところ、武はそれに気付いたが、あえて口にはしなかった。ただ、綱吉はさっと振り返った。隼人も止めに入るのを堪えてみせたということは、彼がただただ綱吉の心を抉る存在ではないと認めたのだろう。
「ツナ! 綱吉!」
個性を使用して一気に距離をつめた出久は、振り返った綱吉を押し倒すようにして飛びついた。
「僕は君と話がしたい!」
13
オールマイトが勝つ姿に希望を寄せた子供がこの世に一体どれだけいるだろう。
勝つ、というのはヴィランに勝つという意味だけではない。時間との戦いとなる救護活動をはじめ、ヒーロー活動のあらゆる局面に勝つ姿は、人々の心を照らし、ヴィランを萎縮させてきた。
出久はオールマイトの笑顔が大好きだ。雄英に入学してからはヒーローが笑う意味を教わり、さらに好きになり、憧れ、それを実践しようと努めてきた。
そのなかでもオールマイトの笑顔は特別だった。人々には安心を、ヒーローには勇気を、ヴィランには圧力を。他の誰でもない。平和の象徴だからこそ成せるもの。
笑うという行為はそれだけで相手に圧力をかけられると知ってからは、ヴィランを相手取りながらその表情を読むことを覚えた。いまが全力であるのか、それとも何かを隠しているのか。虚勢か、本音か。それを見極める眼はヒーローにとって必要不可欠で、眼を育てることは重要な課題となった。
雄英での教えを胸に抱きながら、出久は見ていた。
個性を増幅させるというデヴィットの天才的な発明品を使い、力を増したヴォルフラムを相手に、炎を宿して戦う友の姿を。
「緑谷少年、怪我は大丈夫かい?」
「僕はなんとか! オールマイトはもう活動限界じゃ──?」
「そうなんだけどね、そんなことも言っとれんだろう」
師に問われて返事をしつつも、出久の眼は綱吉に釘付けになっていた。
はじめて眼にする炎は、轟やエンデヴァーの炎よりも優しく、あたたかそうな色をしているが、殴られた鉄の塊を見るに何か別の力を宿している。
出久は知らなかった。綱吉がマフィアの後継者であることも、直感という個性以外にこんな力を持っていたことも。
何も知らなかったのだ。
マフィアとして拳を振るう綱吉が、こんなにも悲しそうであることも。
眉間に寄せられたしわ。伏せ気味の視線。決して上がることのない口角。
知らなかったけれど、それらは見たことがある。
「──僕はオールマイトの笑顔が大好きでした。テレビのニュースでオールマイトが笑うと、それだけで勝ったんだってわかるから。でも、僕がそれに喜ぶ横で、ツナはなんとも言えない顔をしてることが多くて、その眼は、死者や怪我人の数を見てるんですよ。オールマイトが駆けつける前の被害に、ツナは悲しそうな顔をする。ヒーローが戦う動画を観て僕がカッコいいねと言うと、ツナは痛そうだと怯えました。殴るのも、殴られるのも怖いって。
──あそこで戦ってるツナが、あの時と同じ顔をしてるんです」
「緑谷少年、君はその事実を受け入れられるかい?」
「え──?」
「パーティ会場で彼は言っていたよ。君と爆豪少年とは幼馴染で友人。ヒーローデクのファン二号だと。誰よりも君が最高のヒーローになると信じているのは自分だとね。
緑谷少年にとって沢田綱吉とはなんだい? 君は彼の新たな一面を知ったけれど、変わらない一面にも気付いた。ならばその先は?」
その先──出久の感情がたどり着く場所。出久は綱吉とどうなりたいのだろう。友人だと信じていた男の真実に打ちひしがれて、それでもすがるような気持ちを捨てられなかった。
信頼というものは一方的でひどく押し付けがましいものだ。信頼と裏切りは決して鏡合わせにあるものではない。裏切りは信頼の延長線上に存在し、裏切るのも、相手を裏切り者にするのも、その人自身にかかっている。
ただ、知らなかっただけ。相手の新たな一面を受け止めきれなかっただけ。それこそが信頼に対する裏切りの正体なのだ。
すなわち、信頼とは、受け入れること。
「僕はツナの選択と向き合いたい。ヴィランである友人を受け入れたい。これは、ヒーローにあるまじき行為でしょうか」
「私もデイブのことを大切な友人だと思っているよ。だからこそ彼の罪を受け入れたい。彼は私のためにこの計画を立てたのだから──これは、平和の象徴らしからぬことかい?」
信じていたよ──でもそれは知らなかっただけのこと。
信じているよ──だから新たな君のことも受け入れたい。
出久はオールマイトと顔を見合わせて微笑った。今にも涙が出そうで、声をあげて泣いてしまいたかったけれど、それも夜が明けるまではお預けだ。
ヒーローとはつねに、前を向いて微笑っているものだから。
「行きましょう、オールマイト!」
「行こうか、緑谷少年!」
※
ヴォルフラム制圧直後。
「君と話がしたい!」と、綱吉に飛び付いたのは、今を逃せば次はないと本能的に体が動いたからで、フルカウルを使ってしまったことに焦ったのは一瞬のこと。押し倒されるはずの綱吉は、タックルの勢いの出久を見事に受け止めてみせた。
力強い腕だ。これもまた出久が知らない綱吉の真実。
朝日は昇った。もうヒーローデクではなく、幼馴染の出久となってもいいだろう。
出久は綱吉の背に腕をまわした。幼いころは綱吉が家にやってくるたびにこうして、頬をふれ合わせたり、くっついていたけれど、幼子から少年になるにつれて自然としなくなった。
「君がヴィランだろうと、僕はツナのことが大好きだよ」
そばに寄ると知らない香水の匂いがしたけれど、その奥にあるのは、慣れ親しんだ綱吉の匂いだった。
「僕たちはこの先も幼馴染だ。ずっとずっと友だちでいたいよ」
「俺はボンゴレの十代目を継ぐよ。ただのヴィランじゃない。巨悪になるのに、それでも良いの」
「でもツナだから。ヴィランでも巨悪でも、君は僕の親友の沢田綱吉だ」
魂からの言葉だったけれど、綱吉はすぐに答えはしなかった。
胸が痛む。じくじくと、鈍い痛みが出久を襲う。流れる涙にぐっと瞼を閉じて、鼻をすすった。
「ツナの負担になりたいわけじゃないんだ──ごめん、でも、今ここで伝えなかったら一生後悔するから」
「出久の泣き虫は、小さいころから変わらないね」
綱吉の腕も出久の背にまわった。熱い抱擁だった。
「俺の台詞だよ。出久と勝己は最高のヒーローになる。知ってるんだよ。だからこそ君たちの汚点になりたくなかった。俺には見えるよ。二人がヒーロー社会を照らす未来が。そこに俺は必要ない」
「そんなことないっ!」
「あるよ。駄目なんだよ」
優しく出久の頭を撫でていた綱吉の手が、出久の頬にそえられて、綱吉は出久の眼を覗きこむようにして視線を合わせる。
「出久がヒーローになることをやめられないように、俺はもう決めてしまったから。裏社会で生きていくよ。出久と勝己と同じくらいに、ファミリーの皆が大切なんだ。出久ならわかるよね。大切なものがたくさんある出久なら、わかるよね」
なだめるように言い聞かせられて、出久はちらりとクラスメイトの様子を伺った。彼らは心配そうにこちらを見守っていて、勝己だけは、揺らぎようのない眼をしている。
出久はのろのろと綱吉の琥珀を見、自分だけがこんなにも脆いことを痛感するのだ。
「さよならだよ、出久」
「もう二度と、会えないの?」
「そんなことはないよ。ヒーローとヴィランの歩み寄り政策が今後も継続されれば、出久が巨悪を相手取れるヒーローになれば、きっと機会はある」
「嫌だからね、いつか、ヒーローとしてツナを捕まえたりなんてしたくないよ」
「俺としては本望だけどね」
冗談にしてもたちが悪い。
出久が咎めるように名を呼ぶと、綱吉は軽快に微笑った。
「おい、ツナ」
そこに勝己が声をかける。キレ散らかしてるわけでも、不機嫌を前面に押し出してるわけでもない、静かな面持ちは、幼いころの勝己が現れたようだ。
「去年、うちに持ってきたクッキー缶あったろ。あれババアが気に入ってんだよ。通販しようにもイタリアのメーカーでやってねぇし。だから送れ。お中元だ。礼はおまえの実家に送るぞ」
「光己さん、気に入ってくれたんだ。わかった。送るよ」
父親の仕事を引き継ぐと話しに来た去年の夏。綱吉は父親の土産だといってイタリアのクッキー缶を手土産にくれたのだ。オールマイトとの修行で忙しかった出久の口には一枚も入ることなく、引子がすべて食べてしまったのを、不意に思い出した。
「勘違いすんなよ。毎年だかんな」
なんということだ。出久と綱吉は顔を見合わせる。要求が凄まじい。が、勝己なりに綱吉との繋がりを切らないためだと想えば、出久もそれに乗じるしかあるまい。
「実はね、母さんが全部食べちゃったから、僕はひとくちも食べてないんだ。だからうちにも送ってね。楽しみにしてるから」
言うと、綱吉は吹き出すように微笑った。つられて出久も微笑って、勝己の口元がわずかに歪んだのも見逃さなかった。
今だけは、誰がなんと言おうと、三人は夏の幼馴染として、あった。
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「オールマイト、お願いします。出久と勝己がマフィア・ボンゴレと関係していたことは内密にできませんか。彼らは何も知らなかったんです。二人の未来に余計な影は必要ありません」
瓦礫の上で本音を語り合った綱吉が懇願するように言ったけれど、オールマイトは数秒の間、ぼうっと眺めることしかできなかった。
この時、オールマイトは打ちひしがれていた。ヒーローとヴィランという垣根を越えてみせた、三人の幼馴染の友情。平和の象徴としてヴィランと戦い続けてきたからこそ、その衝撃は皆の想像を凌駕していた。戦闘による疲労とはまた別のものに支配されている。強すぎる感動による、心の疲労だ。正直なところ涙があふれてもおかしくはなかった。自分はヴィランとこのような友情を築く機会はなく、その発想さえなかったけれど、オールマイトが後継として選んだ少年は、ヴィランだから、ヒーローだから、という世間からすれば最も価値基準が置かれる壁を乗り越えて、その先を示してくれたのだ。
これは希望である。変動し続けてきた個性社会に新しく差し込んだ光。オールマイトの口元には自然と微笑みが浮かんだ。
「わかったよ、沢田少年。幸いにも君たちの関係を知るのはここにいる者たちだけ」
オールマイトは雄英生、デヴィット、メリッサ、サミュエル、そしてボンゴレの面々を見渡して、高らかに問うた。
「どうだろう、諸君! 私はこの願いを聞き届けたいと想うよ」
予想通り、反対する者などいなかった。雄英生は口々に賛成し、デヴィットたちは力強く頷いてくれた。そして綱吉の守護者がその願いを聞き届けるのはもちろんのこと。
オールマイトは、孫を見守るようにしていた九代目へと声をかける。
「ヴィラン逮捕に協力感謝いたします、ボンゴレ九代目」
「礼には及ばないさ。我々は自分たちの利益を守ったに過ぎない」
「それでも、こうして最小限の怪我人ですんだのはあなたたちのおかげです。このことはヒーロー側でも共有を──」
この提案はオールマイトなりの敬意のつもりでいた。公安からの提案を受託し、最低限の護衛で参加したにもかかわらず、この騒ぎに巻きこまれたのだ。ヒーロー側の警備の穴を攻めることも、ヴィランに同調することもなく、あくまで支援者の立場を貫き通した姿勢は称賛にあたいする。これをオールマイトの口から共有することは、きっと彼らの利益になるだろう。
そのはずが、九代目はオールマイトの言葉を遮るようにかぶせてきた。
「その必要はない。ただ、滞りなく逮捕したとだけ伝えてくれれば十分だ」
「しかしそれでは──雄英生と共に動いてくれた守護者の彼や、沢田少年の活躍がなくなってしまいます!」
「英雄は二人だけで十分だ。我々は日陰の住人、その気遣いは無用」
九代目は微笑みを崩さないが、その態度は頑なだった。
渋るオールマイトを見兼ねてか、デヴィットが二人のあいだに割って入った。
「九代目、この度は大変なご迷惑をおかけして、本当に、本当に、申し訳ありません。
犯罪に手を染めた私はもう研究者ではいられません。多大な支援をいただいてきたというのに、このように恩を仇で返すこととなったこと、深くお詫び致します」
深く項垂れるデヴィットと、穏やかな面持ちの九代目。オールマイトは人知れずその様子に胸を撫で下ろした。いくら支援者と言ってもボンゴレはマフィアだ。このような事態を引き起こしてしまったデヴィットに何かしらの制裁を加えるのではないかと危惧していたのだ。彼の態度を見るに、命を取られるような事態にはなるまい。
万が一のときは自分が守りぬいてみせると意気込んでいた緊張が、すこしばかり緩んだ。
「その謝罪も無用だ。何故なら君は、これからもこの島で研究を続けるのだから」
「なにを──」
「ヴィランはこの島の個性研究のデータを求めてやってきた。それを撃退したのは勇敢なヒーローの卵達と二人の英雄。博士は助手を人質に取られたもののヴィランには屈せず、見事データを守ってみせた。これが、今回の事件の筋書きだ。異論はないね」
皆の顔を見渡す九代目が、突如として恐ろしいものに感じられた。
「も、揉み消すと言うのですか!」
デヴィットが悲痛に叫ぶ。
「そのとおり。私は君の支援者で、君は私の科学者だ。これからも素晴らしい発明を期待しているよ」
「いけない──そんなことがあってはいけません九代目! どうか私に罪を償う機会を──!」
「罰とは人によってその形を変える。君にとって一番の罰は、研究を封じられることでも、投獄されることでもない」
デヴィットの顔色がみるみるうちに蒼白になっていく。
「君にとっての罰とは、メリッサ嬢とオールマイトに己の罪を知られること。二人の信頼を裏切った自覚こそが、君を最も苦しめるものだ。心配せずともメリッサ嬢があなたを見ている。彼女は君の罪を知ったことで、愛娘ではなく、君に罰を与える存在になったのだよ」
メリッサはすがるように父親のシャツの端をつかむ。
「平和の象徴の元相棒であり親友であること。それは君にとって人生の誉れであったはずだ。喜ばしいことに、オールマイトは君を見限ったりしない。私もだ。大丈夫、君はまだ科学者としてやっていけるさ」
法によって罰せられる。それは許されるための責任を取るということ。それ無くして野放しにされるというのは、最初こそ罪を逃れた安堵に暮らしても、いつの日か罪悪感に苛まれることだろう。罪には罰を。それがルールとして成り立っている現代社会において、最終的に帳尻を合わせなければならないときは必ずやってくる。感情を持つ人間という生き物にとって、それらが定めであることは長い歴史が証明している。
これは九代目からの罰である。世界各国の要人と共に研究を凍結させたにもかかわらず、それに逆らったことへの罰。しかし、罰というには譲歩がある。野放しにしたとしても、九代目の言うとおりメリッサという愛娘に罪を知られてしまったことは、それだけで研究を取り上げられる以上の苦痛をデヴィットに与える。
「そんなめちゃくちゃな──!」
「やめなさい緑谷少年!」
オールマイトは戸惑いながらも、平和の象徴として異論を唱えることはしなかった。できなかったのだ。ここで異論を申し立てし、親友としてデヴィットを庇い、法による裁きを望んだとしよう。するとどうなる。デヴィットを待っているのはマフィア・ボンゴレからの制裁だ。
九代目としてではなく、ドン・ボンゴレからの制裁がどれほどのものか。オールマイトにはとうてい想像できないものであった。
「忘れてはいないだろうね、緑谷出久君。我らはマフィア・ボンゴレ。ヴィランとはこういうものだ。覚えておきなさい」
ヴィランとはなんて残酷な存在だろうか。
視界の端で出久が綱吉に訴えるのが見えたが、綱吉は九代目と同じ微笑みを返すだけだった。
オールマイトは二つの選択を天秤にかける。九代目からの罰か、マフィア・ボンゴレからの罰か。どう考えても前者しか選ぶ余地がない、残酷な選択だった。
「九代目──あなたの提案を受け入れます」
「ありがとう、オールマイト。それでこそ博士の友だ」
事件は九代目の筋書き通りに幕を下ろした。
※
日盛り、雄英生を労うためにバーベキューが催された。
主催するオールマイトは、微力ながらに生徒と、メリッサの心のケアになることを祈って、串に野菜と肉を刺して焼いていく。ヘリポートでの真実を知る者たちは、その空気を感じ取ってか、後味の悪さを払拭するように場を盛り上げはしゃいでみせた。
ヒーロー公安委員会はもちろんのこと、雄英高校にも報告することを許されない秘密を抱えてしまったことは、学生たちの心に少なからずの影を落とした。
オール・フォー・ワンやヴィラン連合との接触で、彼らはヴィランからの暴力にはあるていどの免疫を持っている。が、今回の事件で目の当たりにしたのは、巨悪の持つ権力だ。それも、親友の身の安全を選ばされた平和の象徴の姿は、彼らが自覚する以上の衝撃であったことだろう。
「あっ」
空を見上げていたメリッサが、手で影を作りながら声を上げた。
そばにいた者たちがつられて空を仰ぐ。するとそこには一機の飛行機がある。エキスポに参加していた客が帰路についているのだ。
「メリッサさん、どうかしました?」
「あれはボンゴレの飛行機よ」
真実を知る者たちが、グッと奥歯を噛みしめる。
知らぬ者たちは、教科書で習ったヴィランが来ていたことに驚愕の声を上げた。
飛行機はどんどん小さくなり、蒼穹の空に、入道雲の向こうに消えていった。
第一部【完】
次から第二部・継承式編を始めます。