21
着陸したらまずはお部屋に案内するけれど、四人か五人一組でゲストルームを使ってもらうことになるから部屋割りを考えてくれるかしら、ごめんなさいね、継承式はお客様が多くて、本部の部屋を用意するのも苦労したのよ。
世界中からヴィランが集まると聞いていたから町の宿に泊まるのかと思えば、ボンゴレはヒーローを本部に招くという。どこまでも舐め腐りやがって、と勝己が内心で悪態をついていると、さっと手を上げた飯田が「先生、僕たちはこの四人で組んでもいいでしょうか」と言い、なんとそのメンバーは勝己、出久、轟、飯田である。
「まあ、妥当だな」
相澤が認めるとおり、綱吉からの接触を待つならば勝己と出久は同じ部屋に泊まるべきで、そうなると轟と飯田が出久を一人にするはずもない。過保護な友人たちであるが、勝己とて己の受ける精神的ダメージよりも出久のほうがつらいだろうと考えているから、反対はせず、私情を挟みつつも任務であることを己に言い聞かせる。
「爆豪、部屋遊びに行くからな」
「んな暇ねぇだろ」
自分のメンタルを心配してくれる友人をあしらっていれば、部屋割りはすぐに決まって、仲良しこよしではなく有事の際に相性の良い相手と男女別に組まれているところにプロの自覚がある。
まもなくして、小型旅客機は城の裏手に着陸した。
マフィア・ボンゴレの本部を身近で見上げてみると、上空で感じた石造りの荘厳さに加えて、曇り空の鈍さが重々しさを際立たせている。誰かが魔王の根城だと呟いた。
裏口らしきアーチから中へ入ると、外観と同じ石造りの寒々しい廊下が続いている。ランプの灯りが点々と先を照らしているけれど、長い廊下の先は暗く闇の中に灯りが浮いているようで不気味だ。勝己達はビアンキの後ろを付いて歩く。白い息こそ吐かないけれど、石の冷たさがふれずともわかる。小さな階段を上っては下り、屋内だというのにいくつかのアーチを超えてしばらく、大きなホールに出た。ドーム状の天井が高い。城の正面玄関にまわったのだろうか。
「おかえり、ビアンキ」
頭上からの声に顔をあげると、I・アイランドで綱吉と一緒にいた黒髪の男がサーキュラー階段を降りてくる。約二年ぶりに現れた男はさらに背を伸ばして、ブラックスーツは恵まれた体格を見せつけるようだ。
「あら、出迎えありがとう、武。ちょうど着いたところよ」
見たところ、男は手ぶらで武器のようなものを持ってはいないのに、何故だか身構えてしまうのは、男の動作に隙がないからだ。
ビアンキは雄英生を見渡し男を紹介する。
「彼は山本武、ボンゴレ十代目ファミリーの一人──つまり、次期ボンゴレの最高幹部よ」
雄英はヒーロー育成学校として、個性の発育だけでなく歴代のヴィランについても授業で取り扱い、生徒はボンゴレとその守護者についても習い、この任務が決まってからは学年集会を開いて知識の共有を行なっている。
「俺も継承式の間はボスの警護だったり町の見回りもするから、おまえらと顔を合わせる機会は多い。うちの招待客同士が揉めたり、ヒーローにちょっかい出したら積極的に俺の名前を出してくれ。三日間、よろしくな」
地面から足を伝って這い上がってくる、違和感がある。
授業でヴィランとして扱った男が任務遂行のためとはいえ「よろしく」と挨拶してくる違和感、何か犯罪を犯してヴィランになったのではなく、ヴィラン組織に所属することでヴィランの称号を背負った今の時代に逆行する者への違和感。到底理解し得ない思考に対する違和感はこれまでもヴィランと対峙することで経験済みであるというのに、相手が幼馴染であるからか、それとも巨悪だからか、勝己はわずかながらに己の緊張を感じ取った。
「緑谷、爆豪、おまえら元気か?」
「──元気だけど、何かな」
唐突に声をかけられて出久が返事をすると、山本は「なら良かった、ツナが喜ぶ」と微笑うのだった。
出迎えに来たのかと思いきや、山本はそのまま雄英生の案内を引き受けた。どうやら二階分使うらしく、生徒数を考えれば納得であるが、巨悪の本拠地で生徒を分散させたくないらしい担任の表情が一瞬だけ歪むも、勝己達は免許を取得しプロである自覚を持ってこの地にやって来た、それを無碍にするはずもない彼らは静かに頷き、B組はビアンキに連れられてサーキュラー階段を登っていく。
「俺たちはこっちな」
階段の下にある扉を出ると真っ直ぐな廊下を城の奥へと進む。冬という季節が石材を陰湿にするのか、はたまたヴィランの巣窟という意識からか、外のほうがまだ温かみがありそうだと手のひらをすり合わせた勝己の眼に、それは飛び込んできた。
薄暗い廊下の突き当たりには一面の雪景色が広がっていた。思わず足を止めてしまうほどの純白だが、よくよく見れば硝子の向こうに鈍い銀色の影がある、それは樹木だ。銀の凹凸が花壇の存在を教えて、山本が「ああ、ここは中庭なんだ。春には桜が咲くんだぜ。日本好きの初代が植えたらしいから、かれこれ三百年くらいの、なんだっけな、エド──エドなんとか」「エドヒガンザクラですか」「そう、それだ」と、八百万に助けられながら故郷の老木を紹介する。
「静岡にも同じ桜の木があるんだってな」
「たしか島田市のほうに観光名所の一本桜がある」
地元住民がネットに投稿したという、日本らしい原風景に佇む一本桜の写真が拡散されたことで有名になったらしい桜が、まさか同じエドヒガンザクラであるとは知らなかった。こんな異国の地で出会うなんて、ただの偶然であれば良いのに奇妙な縁を感じずにはいられないのは、この桜を見て喜んだだろう綱吉が眼に浮かぶからだ。
道なりから中庭は円形に続いて、中央にどっしりと根をおろすエドヒガンザクラを横目に、角を左折し階段をのぼると、左右にそれぞれ扉のある客室階になっていた。
「ここがA組の客室な。B組はいま来た階段を上って廊下を進んで階段を下りた先の客室を使ってる。そこへの行き来と正面玄関なんかは自由に使っていいけど、さっきの中庭にあった桜の木より奥に行くのは禁止、あっちは俺たちの生活空間になってるから」
「ツナはそこにいるの」
「いるぜ。ただ、侵入者は誰であろうと排除するのが俺たち守護者のつとめだ。俺もツナの幼馴染は斬りたくねぇから、やめてくれよ」
無鉄砲なところがある出久だが流石にそんなつもりで尋ねたわけではないだろうに、山本は念を押すように平然と斬るという言葉を使う。同い年でありながら彼には人を殺すという選択肢があり、友を想い桜を愛でようとも、それは勝己たちとの間に横たわる明確な境界だ。ヒーローという肩書きを持っていても、ヒーローという肩書きだからこそやらねばならない汚れ仕事があることを知った上で、勝己はその境界線を越えてはいけないことを再確認する。ヴィランの殺しとヒーローの殺しの何が違う、殺しに正義も悪も関係ない、それらの世論は真実でもある。そしてヒーローは綺麗事を実践する仕事で、ヒーローがその境界を越えないからこそ、市民はヒーローを支持するのだ。
夏の幼馴染がヴィランであると知ってからというもの、感情が揺れるたびに理屈で自分の足元を固めてきた。出久と綱吉が永遠の友であることを願い、綱吉がヴィランとして犯罪を犯せば捕まえてやると意気込むのは、自分の責務を果たさなければ幼馴染の友情さえも祈ることができないからで、こうなってしまったのも綱吉がヴィランなんぞになったからだというのに、道を間違えたとして見限ることのできないくらいの情は持ち合わせていて、それはあれだけの負の感情を出久にぶつけようとも切れなかった幼馴染の縁と呼べる、呪いのように厄介なもので、どれだけ強靭な繋がりであってもヒーローとヴィランと道を別れたからには、理屈を並べて覚悟を固めているというのに、まだ、足りないというのだろうか。
小さな足音と共に現れて、割り当てられた客室に入ろうとした出久の足に抱きついた子供の無邪気なこと。ここにもまだ未練があった。勝己が疎かにした代償がこうして痛みとしてやってくる。三人の子供たちが、綱吉が最後の夏に勝己に会わせようとした血の繋がらない家族であることを知れば、その痛みに拳を握らずにはいられない。
どうしてこんなところに君たちがいるの、と尋ねた出久の喉は戸惑いに震えて、兄の継承式に参加するためだと答える子供たちに同室の飯田と轟は顔色を悪くし、見ず知らずの子供であろうと、ボンゴレのボスの生家に引き取られたという異質さだけで子供たちが生まれながらに裏社会の住人であることが想像できてしまう。
「ランボ君とイーピンちゃんは三年前は六歳だって言ってたよね、じゃあいまは九歳か、大きくなったね」
そう微笑いかける出久の声は、表情を見ずとも涙を堪えているとわかるものだった。
「フゥ太君は中学校に上がったのかな」
「はい、もうすぐ二年生になります。ツナ兄と武兄と隼人兄が通った学校だからすごく嬉しいし、勉強も楽しいです」
「そっかぁ、良かったねぇ」
勝己達はたまたま表社会に生まれて、この子供達はたまたま裏社会に生まれた。両者の違いは生まれた環境ただひとつ、たったそれだけで越えられない境界が横たわっている。
「出久さん、ごめんなさい、イーピンたち、会いに来たらいけなかった?」
「そんなことないよ、どうしてそう思うの?」
三つ編みの少女がささやかな眉毛を困ったように下げる。
「だって、とてもつらそう」
「どっか痛いの?」
黒い巻き毛の子供が重ねて問う。出久は大丈夫だと微笑ってみせる。勝己は心が痛かった。
「ねぇ出久さん、出久さんはツナ兄がボンゴレのボスになっても友達でいてくれますか」
先ほどフゥ太と呼ばれた少年は出久の顔色を伺うように凝と見ると、その眼は同じように勝己をも射抜いて「勝己さんは──」と問いかけるのだ。
「友達だよ、僕もかっちゃんも、ずーっとツナと友達でいたいと思ってるんだよ」
とうとう出久の涙腺が決壊した。不器用に鼻水を啜っているから、かわりに勝己が訊ねてやる。
「あいつはなんて言ってんだよ」
「ツナ兄には訊いてないので──でもツナ兄は出久さんのことも勝己さんのこともたくさん話して聞かせてくれますよ。だからツナ兄にそう言ってあげてくれませんか。ツナ兄がボスを継ぐのは僕たちを守るため──もちろんそれだけじゃないけど、理由のひとつで、僕たちはもうそれがわからない子供じゃない。ツナ兄がマフィアのボスに向かないことくらいとっくに知ってますよ、出会った時からそうでした。ツナ兄は優しいから僕たちを裏社会から遠ざけようとするけど、僕たちもツナ兄のことが大好きだから、出久さんと勝己さんに負けないくらい、大好きだから、ツナ兄が大好きな二人には、ずーっとツナ兄の友達でいてほしい。だから約束してくれませんか」
どうやらまだ覚悟が足りないらしい。これくらいの覚悟では感情を抑えることはできないようだ。
「君たちは、ツナのことを大切に想ってるんだね。大好きなお兄ちゃんなんだね」
「好き、ツナさん大好き。イーピンたちのこと家族にしてくれた」
「ツナとママンが選んでくれたランドセルもすっごいかっこ良くて好き、日本に帰ったら出久と勝己にも見してあげるね、そうだ、ツナがくれたリングもかっこいいんだよ、これはいま見せてあげる、でも大切な物だからさわったら駄目」
まだ幼い手のひらに子供が見せるのは、似つかわしくない無骨なリングだ。部屋の入り口から様子を見守っている山本はそばに寄ると声をひそめて「ランボも最高幹部の一人なんだぜ」と幼子の残酷な運命を告げる。
こんな子供を、正気なのか──
本人の手前声を荒げはしないけれど、飯田と轟の眼は驚愕に見開かれ、綱吉という男を知る勝己と出久は、その結論に辿り着くまでの綱吉の葛藤を想い、聞かずとも何かがあったのだろうと推測できてしまう縁に自分勝手に痛みを覚えている。勝手に想像して、勝手に傷付いて、阿呆もいいところ。心を揺さぶられることにもそろそろ疲れた。
「ヒーローからすると異端でもね、僕たちはツナ兄たちと一緒にいられるならヴィランだろうとなんだっていいんですよ」
きょうだいの頭を撫でてやるフゥ太という少年は、一人だけ歳が離れているからこそ下の二人よりも裏社会を知っているのだろう。
「約束してくれますか」
「──まずはあいつと話してからだ」
「ツナは僕たちと話す機会を設けてくれるようだから、その時にね」
巨悪ではなく兄の心を守りたい子供たちの願いはわかったけれど、その想いは子供たちが抱えるからこそ意味があり、ヒーローとなった勝己と出久が向けるべき感情の正解はひとつではない。どうせ切っても切れない呪いのような縁なのだ。けれども、巨悪となった綱吉にはその縁すら断ち切る力があるかもしれない。
「わかりました。話をきいてくれてありがとうございます」
まだ少年の域をでないヘーゼルの眼には、その歳には似合わぬ覚悟と、血の繋がらない兄へ向ける純粋な愛情が滲んでいる。間もなく中学二年生になるということは、彼は大好きな兄が己の宿命を知った歳と同じ。フゥ太は見守っていた武を見上げて「僕たちが来たことはツナ兄には内緒ね」と口止めも忘れず、下の二人を連れてくるあたりそこらのヴィランよりもよっぽど狡猾で、人の心に付け入る隙を心得ている。
22
新雪の上を滑るような目覚めであった。昨夜のうちに隙間を作っておいたカーテンから見える空は薄暗い。この時期のイタリアの日の出は朝七時を過ぎたころで、スマートフォンで時刻を確認すると六時五分前。時差ぼけなく起きれたことに満足して、八百万は柔らかな枕から頭を持ち上げる。
悪くない起床であった。ここが、巨悪と恐れられるマフィアの本部でなければ。
まだ眠っている同室の生徒を起こさぬようにベッドを抜け出し、忍足で洗顔に向かう。
廊下を挟んだ先にある浴室には浴槽と洗面台があり、床と壁は大理石、贅沢というよりはこの古城が建てられた当時、室内に使える石材は種類が少なかったからだろう。客室にあるタペストリーやカッソーネと呼ばれるリネンチェストも、現代では素晴らしい遺産で、そのデザインからだいたいの年代が予想できる。およそ十五世紀から十六世紀、城の構造からみても五百年ほど前の建造物だ。
自分が裕福な生まれである自覚を持っている八百万は、創造という個性に活かす目的に、子供の頃から高価なもの、歴史的価値があるもの、それらとは離れた位置にありながら特別なもの、を見極める眼を育ててきた。彼女の審美眼は同年代の娘たちには負けぬ領域にあって、その眼を持ってして、彼女はこの古城を、歴史的価値の高い素晴らしい建築物であると判断する。
八百万の生家である屋敷は友人達からすると「とても立派なお屋敷」だそうで、一階には食堂、応接間、図書室、ホールがあり、二階は両親の寝室、父の書斎、三階には八百万の寝室や八百万の個性のための勉強部屋などがある、先々代がイギリスのマナーハウスになぞらえて建てた屋敷だ。けれども所詮はお屋敷、住居の最上級である宮殿ではなく、もちろん侵入者を防ぐために建てられた城でもない。居住区の構造はヨーロッパの文化を汲んでいる八百万の屋敷とこの古城で最低限の共通点はあるものの、城とは敵襲に備えた軍事的建造物だ。マフィアが本部として使うのにこれ以上の建物はないだろう。
寝室に戻るとクラスメイトもベッドを抜け出していて、身支度を整えて昨夜メイドが用意してくれた水差しからグラス一杯分の水をいただく。七時半になるとビアンキが扉をノックし皆を朝食会場に案内した。昨晩と部屋が違う、つまりは晩餐室と朝食室があるのだ。
知識としてイタリアの朝食は甘いと知っていたが、ブリオッシュやビスケット、多種多様なジャムにチョコレートやピスタチオクリーム以外にも、日本人向けにキッシュにベーコン、フルーツが用意されていて、これがヴィランからのもてなしであっても、焼きたてのパンと本場のエスプレッソの香りは魅力的だった。
一度部屋に戻り、ヒーローコスチュームに着替えて向かうは作戦室だ。その名の通りの役目を担う部屋には、継承式の警備にかかわる者が集まっていた。日本からは雄英生だけでなくヒーローチーム・ラーカーズが参加──これはまだプロデビューしていない生徒たちの締め役──しており、イタリアのトップヒーローに国内最高峰のヒーロー養成学校から数人、キャバッローネ、シモン、ジェッソ、ジッリョネロ、トマゾなどの同盟ファミリーからの人員派遣、そしてボンゴレの構成員の中には山本とI・アイランドで共闘した獄寺隼人、飛行機に現れた眼帯の少女クローム、九代目の守護者、ボンゴレの特殊暗殺部隊からはやたら声の大きい男が代表として、またボンゴレの外部組織からも複数人。これだけの錚々たるメンバーを集めて一体何に備えるのかという疑問は、この場の司会進行役である獄寺が解決してくれた。
「継承式に招待する客の中には九代目への忠誠を誓おうとも十代目は認めないという輩もいる。極東の島国の小僧とでも思っているんだろう。俺たちの敵は何も外から攻めてくるわけじゃない。内側からの敵に備えること、十代目をお守りするために重要なのはそこだ」
この場にいない人間を頭の隅で警戒しておけ。獄寺はそう指示を出して招待客リストを全員に配布するが、八百万にはこの場にいる人間とて警戒対象である、と言っているように聞こえた。
そのリストには世界中のマフィア、ギャング、極道という、天然記念物にも等しいヴィランが名を連ねている。この場にヒーローが踏みこめたらどれだけの社会貢献になるだろう、と考えてしまうのはヒーローの性であり、八百万は二ページ目に書かれている客の名前に己の眼を疑う。世界的なセレブにハリウッドスター、ノーベル賞を授与された起業家、日本の大富豪、イタリア版雄英生と呼べる生徒が青い顔で叫ぶのは、どうしてヴィランの集まりに国の代表がいるのか、という狼狽で、八百万はこの国が共和制になる前に王家であった一族の名前を見つけて思い知る。
ヴィランからも恐れられる兵器力、歴史的文化遺産になりうる城を保持し治外法権を現実とする財力、三百年の歴史が生む表と裏の垣根を越えた世界への影響力。
これが、捕まえられないヴィランの正体である。
残酷すぎる現実に心臓が凍えるような苦しみを抱えたまま作戦室を出、町の見回りでチームを組むことになった出久、勝己、青山と城を出ると、そこは童話に出てきそうな石造りの町並みが広がっていた。
「やっぱりクリスマスの本場はヨーロッパだね」
八百万は青山に同意する。流石はクリスマスが祝日となるカトリックの国である。
配布された町の地図を片手に町の中心部にある教会を目指して歩く。砂色の石の町に雪が降り積もり、それだけで幻想的であるが、日本とヨーロッパのクリスマスの違いはその装飾にある。
「見てください、可愛らしいですね」
民家の窓辺に外を向いて飾られているのはプレゼーピオという人形と模型だ。キリスト降誕を模しており、この時期になると雑貨屋には模型に使う小物や人形が並び、その家庭によって手作りしたりもする。
「日本はイルミネーションの印象が強いけど、こっちは違うんだね」
「イルミネーション文化は最近のものだからね」
「てめぇら、はしゃいでんなよ」
城の造りや調度品から、八百万は古城を五百年ほど前の建物であると推測したが、町並みにも共通の、例えば素材が石であること、唐突に現れるアーチは城にあったものと同じで、火山灰を混ぜただろうまだらなコンクリートと、時代を感じさせるものがある。
飛行機の中で蛙吹はこの町を死にゆく町と呼んだ。本来ならば失われるはずの町が巨悪の手によって存続している──また、わからせられる。まるでこの世界が巨悪を必要としているようではないか。
石の町は小さく、雪で足場が悪くとも一周するのに時間はかからなかった。住民は家にこもっているのか、あたたかな色の灯りが窓辺でプレゼーピオを照らしている。途中、見回り担当として商売をしている家に挨拶に入ると、店主は優しく歓迎してくれた。マフィアが治める町でありながら、住民はヒーローを毛嫌いしたりはしなかったのだ。八百万の薄いヒーローコスチュームを心配してシナモンの香りがするフレーバーティーを淹れてくれる人がいれば、ストーブにあたっていきなさいと座らせてくれたり、自家製のクッキーをふるまってくれた店は、なんと出久と勝己が毎夏にお中元として食べているクッキー缶の店で、出久が「友人が送ってくれて、とても美味しくいただきました」と英語で伝えると、気を良くした店主はラファエロの天使のクッキーとカプチーノを用意してくれた。思わず微笑んでしまうほどに、美味しい。体だけでなく心までほっこりと和む。こんなにも心優しい住民がマフィアに統治されているという現実は、現実でありながら悪い夢のようで、八百万は訊かずにはいられなかった。
「ずいぶんと穏やかな町に感じられましたが、普段からこうなんでしょうか」
店主の年老いた女性は、八百万という小娘の問いの真意を、そのヌガー色の眼で見極めるように凝と見、まるで少女のように頬を持ち上げた。
この町で争いごとなんてのは、せいぜい子供同士の喧嘩くらいだよ。なんせ守られているからね。三百年前に初代様が領主からあの古城を受け継いでからというもの、この町にはボンゴレがいてくれる。特に九代目は温厚な人でね、町に争いごとを持ち込んだことなんてただの一度もない。私は思うよ、世界で一番安全な町に住んでいるとね。私はもうすぐこの世を離れてしまうけれど、九代目が選んだ後継者がこれからも皆を守ってくれると思うと、私は娘夫婦と可愛い孫を置いて行くことに不安は何もない。あなたたちは十代目の継承式のためにわざわざ日本から来たんだろう。あの子はまだ若くて、それこそ私の孫のようだ。頼むよ、私たちの大切な十代目を、どうか守ってやって。
──ヴィランからも恐れられる兵器力、歴史的文化遺産になりうる城を保持し治外法権を現実とする財力、三百年の歴史が生む表と裏の垣根を越えた世界への影響力、そして、三百年という月日を守りぬいた民との信頼と繋がり。
これが、これこそが、捕まえられないヴィランの正体である。
地元民のあたたかさ故にこみあげる切なさを誤魔化すように、四人はクッキー屋を後にした。雪の冷たさは感情を冷ますのにちょうど良く、八百万は小さく鼻をすする。雪に覆われた石畳の道を行きながら、いったん城に戻ろうとゆるやかな坂を登っていると、かけられる声がある。
「ねえ、君たちは日本のヒーローだよね」
見れば、窓からこちらに手を振る少年がいて、彼は「一緒にランチはどうかな、もうすぐメインの煮込みが完成するそうだよ」と流暢な日本語を操っている。
「わあ、なんだかすごく良い匂いがする」と出久が空腹を訴えると、勝己は「てめぇは犬か!」と吠え、青山は「お昼は城に戻っても良いし、適当なレストランに入っても良いって言われてるんだし、ここで食べるのも良いかもね」とすっかり煮込んだトマトの甘酸っぱい香りに引き寄せられている。良い匂いはもちろんのこと、八百万は窓から見える店内のクリスマスらしい飾り付けに心躍り、何よりもう少しだけ地元の住人にボンゴレの話を訊いてみたくなった。
店内は外観と同じ石造りの、こじまんまりとしていながら出窓には東方の三博士、羊飼いに動物たちがいる見事なプレゼーピオ、テーブルクロスは赤、ツリーは小さなものがサンタクロースとテーブルを飾っている。
「どうぞ座って」
赤毛の少年は八百万たち四人を座らせると、青山の隣、出久と勝己と向き合う席に腰かける。
「僕はエンマだよ、よろしくね」
任務中であるためヒーロー名を名乗って自己紹介をした。
「君たちはこの町を見てまわってたのかな」
「そうだよ、今日の僕たちの任務は町の警備だからね」
「あたりまえですけど、日本とは景色が違って新鮮ですわ」
エンマはセーターにコーデュロイパンツという格好で、壁にかけてあるコートとキャスケット帽がいかにもイタリアの少年らしい。
「クリスマスのイタリアはオフシーズンだから静かでしょ。でも春にはブーゲンビリアが咲き誇って、日本にも負けない四季があるんだよ」
町の美しさを語るその姿に、八百万はすっかり肩の力を抜いてしまった。
クリスマスランチはコースと決まっているらしく、アンティパスト、ファーストディッシュ、セカンドディッシュ、ドルチェの順で、サーモンのカルパッチョ、キノコとアンチョビのラヴィオリ、ウナギのトマトソース煮込み、ドライフルーツのパネットーネと、魚を中心とした料理が運ばれてきた。酒を飲まないからか、ヒーロー業務への気遣いか、コースでありながら時間をかけずに食べれたのは大助かりで、四人はその美味しさからナイフとフォークをてきぱきと動かし胸も腹もいっぱいにした。
「ウナギの煮込み美味かったな。帰ったら再現してみるか」
「えっ、できるの? かっちゃんならできそうだけど」
「できるわ!」
幼馴染特有の会話のテンポに八百万と青山は軽快に微笑う。この二人がいつも通りであると安心するのは積み重ねた三年間の信頼の現れだ。
「エンマさん、素敵なランチのお誘いをありがとうございました」
「いいんだよ。城に帰っても美味しいランチがあったと思うけど、僕がツナ君の幼馴染と話をしてみたかったんだ」
油断した。地元民らしい服装とクリスマスのあたたかな雰囲気に警戒を怠ったのだ。
「僕たちとボンゴレとの間には初代の頃からの因縁があってね、ようやく僕の代で清算することができたんだ。ツナ君とは本気の殺し合いをした仲だよ。懐かしいな、あの時は島ひとつを更地にしちゃったし、ツナ君の継承式をめちゃくちゃにしちゃって、そう、本当なら彼の継承式は四年前に終わってるはずだった」
四人の表情が硬直したままでもなお、エンマは満足げに続ける。
「この手でツナ君を殺そうとしたからこそ、今ではファミリーの垣根を越えた親友になれたと思ってる。だからね、マフィアのボスとしてのツナ君を知らない、まっさらなツナ君の親友である出久君と勝己君がこの継承式に参列してくれてとても嬉しいんだ」
「なんでてめぇにそんなこと言われなきゃいけねぇんだよクソが。俺達は俺達の意志でここにいる、そっちの都合も御託もクソほどどうでもいいわ」
鬼の形相の勝己をものともしないエンマの余裕に、八百万と青山は言葉を挟めずにいて、それを問うたのは出久である。
「君は何者なの」
「ちゃんと名乗らずにごめんね。僕は古里炎真、シモンファミリーの十代目ボスだよ」
忘れていたわけじゃない。この小さな町に世界中のヴィランが集まっていることを、今朝、確認したばかりだというのに。忘れていたわけじゃない。ヴィランはあざとく、狡猾で、残酷であることを。
高校一年生でヴィラン連合の襲撃を受けてからというもの、他の代よりも多くヴィランと関わってきた自覚を持っていて、だからこそ知っている、ヴィランは全員が快楽殺人鬼ではないし、マフィアやヤクザが必ずしも麻薬ビジネスや人身売買に力を注いでいるわけじゃない。ただ、彼らは必要であれば恐喝もするしそれで解決できるなら殺しも厭わない、そういう選択肢を持っている。
ヒーローの仕事が綺麗事の実践ならば、ヴィランは綺麗事ではどうにもできないことを暴力で解決する。
忘れてはいけない。油断もしてはいけない。ヒーローとしてこの地にいるならば、この目で巨悪を見極めなければならぬのだ。
23
スケジュールの確認をしようとしてヒーロースーツのポケットをまさぐるも、そこには何も入っていない。そうだ、スケジュールも参加者リストもその場限りの確認であったのだ。作戦室で指揮を取った獄寺はこれくらい頭に入れられて当然という態度で配布したプリントを回収し、その場で焼却した。飯田にとって暗記は簡単なものだが、生真面目な性格は確認を好む。ミスをなくし安心できるなら確認すべきだけれど、極秘任務となれば今回のようなことはあたりまえで、籍はまだ学校にあるも、ヒーロー免許を持つプロとしての自覚が冷静に、脳から記憶を呼び覚ます。
継承式は今夜二十二時から本部一階の大聖堂で行われる。二時間の深夜のクリスマスミサの後、日付を跨いだ二十五日に九代目から十代目へ指輪が継承されるという。その後はイエス・キリストの降誕と復活を祝う晩餐会が夜通し続くそうだが、未成年である雄英生はあくまでも継承式までの警護で就寝が許されている。
現在の時刻は十七時。ミサの警備配置につくのは二十一時の予定だから、スケジュールを逆算すると仮眠を取るのが理想で、その時間は十分に与えられている。今回の護衛任務は獄寺が指揮しているが、作戦の立案は誰の仕事だろう。まさかそれすらも獄寺の仕事ならば、I・アイランドでも目の当たりにしたが、彼は非常に優秀な男である。
「緑谷君、爆豪君、君たちも仮眠をとるべきだ」
すでにヒーロースーツを脱いでいる轟を見習い飯田も着替え始めるが、二人は未だその素振りを見せない。
「うん、そうだね」
「眠れなくても体を横にするだけで疲労回復になる。ただでさえ異国でこんな状況なんだ。おまえらは休める時に休んどくべきだぞ」
出久の力のない返事に轟がもうひと推しすると、出久はのろのろと腰を上げ、勝己は舌打ちを返事としてアイマスクをソファに放った。
昼食時に城に戻って来なかった二人は、同じチームであった八百万と青山と共にヴィランに絡まれたと聞いている。なんでもシモンという小規模だが歴史だけはボンゴレに匹敵するマフィアらしく、八百万からの報告を受けて皆が気を引き締め直した。彼女は、同室である飯田と轟にひっそりと耳打ちした。シモンファミリーのボスはボンゴレ十代目の親友を名乗ったという──彼らは、ヴィランは、残酷で、残忍で、いつだってこちらの予想を凌駕する。
まずは自分の体調を万全に整えるというプロ意識から、飯田は友を想う心をよそに瞼を閉ざした。寝不足で深夜の警備で居眠りをするなど言語道断。それが友への心配からだとしても言い訳にはならない。
二時間後、十九時に目を覚ますと、飯田の目覚ましで皆が体を起こした。出久と勝己は熟睡できた表情ではなかったけれど、あえて何も聞かずに支度を整える。夕食は町のレストランテで各自となっていた。
「飯田君、轟君、先に町へ降りてくれるかな」
「一緒に行かねぇのか」
「もうすぐこの部屋にツナが来るんだ」
シモンのボスはただ絡んだのではなく、その役目はメッセンジャーだったのだろう。
「誰かが立ち会うべきでは」
彼らにとっては幼馴染でも、飯田と轟からすればヴィランだ。
「いい、オールマイトとイレイザーが来ることになってる」
「そうなんだ。だからね、僕達は大丈夫」
これ以上できることは何もないと判断した飯田と轟は、二人を置いて町に降りた。町と下界を繋ぐ唯一の門の付近にはいくつか食堂があるらしいが、この雪ではそこまで足を伸ばさず近場で済ませることにする。
坂を降りて民家をいくつか過ぎたところに、雪に半分埋もれるようにしている店がある。頭上に謎のアーチがあり、そこに雪が積もるから埋もれているように見えるが、扉は開くようになっていて、二人が入店するとそこには見知った顔がいくつかあった。
麗日、芦戸、蛙吹、切島、瀬呂、上鳴の六人は、どうやら同じことを考えたらしいクラスメイトに笑い声を上げる。
せっかくだからとテーブルをくっつけてくれた看板娘に礼を述べる。乾杯用に出してくれたブドウジュースは皮ごと絞るらしくドロリと濃厚だ。イタリアの二十四日の食事は魚料理がメインということで、生ハムとサラミ、ミニオニオンのビネガー漬けという前菜から始まり、ボンゴレパスタ、タラのフライ、付け合わせに黒キャベツのグリルなどを振る舞われた。
任務中の食事としては豪華な品々に英気を養っていると、後ろのテーブルから聞こえてきたのは、理解できないイタリア語でありながら不愉快と感じられるそれである。
そこに座っているのは、飯田達の食事の途中に入ってきた、ブラックスーツからひとめでマフィアだとわかる者達だ。作戦室で見た顔はなく、どこのファミリーか見分けられる特徴はない。ただ、頻繁に店の少女を呼びつけては何か注文をつけているのが何となく気がかりで、飯田の正面に座る麗日達の視線もちらちらとそちらに向いていることから、トラブルに発展しないかと意識の一部をそちらに傾けていた矢先、小さな悲鳴に振り返ると、少女は小枝のような腕をつかまれているではないか。
「やめないか!」
飯田は反射的に立ち上がる。すると黒スーツの集団が威嚇するように椅子をぶつけながら起立、こちらも切島達が続いた。八百万か青山がいればイタリア語を理解したかもしれないが、飯田達の中にイタリア語を操れる者はいない、けれど、それはこの場を引き下がる理由にはならない。
言葉が通じない相手と対峙する時、数の威圧という手段がある。こちらは八人、相手は五人、ただしこちらは未成年でいくら鍛えても大人とは体格で劣る。さらに相手は暴力に耐性のあるヴィランであるから、こちらがヒーローであっても脅威にはならない。ヒーローとヴィランの歩み寄り政策の特例として、継承式のあいだヒーローにヴィランを捕縛する権利はない、それを心得ていることが相手の表情にいやらしく滲み出ている。
少女はヴィランに捕まれたまま、こちらが動いて手荒な真似をされるのは避けたい、冷や汗が飯田のこめかみを伝ったその時、店の扉が開く。
「賑やかだな」
そう言うのは、初めて出会ったときから変わらず爽やかに微笑う男だ。
山本の眼が、入り口近くにいる飯田達に向き、それから店の奥にいるヴィランに向く。一歩、山本が足を踏み出すと同時にヴィランは慌てて少女の腕を離した。そしてイタリア語で何かを喚く。
言葉を理解できない飯田達は唖然と見守ることしかできなかった。
みるみるうちに顔面を蒼白にする男達。そのうちの一人が懐から札束を取り出して山本に押しつけるが、山本はそれを少女に持たせて厨房に下がらせる。男達が後退り、山本が詰め寄る、何かを口論しているが、次第に男達が押し黙る、それでも山本は下がらない、ヴィランのリーダー格と思われる男が尻餅をつく、山本も膝を折るが、表情は変わらず、その変化の無さには親しみと恐怖が混在している。
「一体なにをしたんだ」
男達がコートも羽織らないで店を出て行くのを見届けてから、飯田は問う。
「うちのボスは平和主義だからさ、あんまいざこざ起こさねぇでくれよってお願いしただけだぜ」
そのお願いの中に恐喝があったかもしれない、けれども暴力を伴わず、賄賂に贈られた札束を娘にやってしまう一連の対応はヴィランには似合わず、けれどもどこか恐ろしさがある山本の態度に、飯田は中学二年生の道徳の授業を思い出した。
議題は『何故ヴィランは恐ろしいのか』
飯田はこれに「犯罪者だから」と答えた。担任の教師は犯罪者の何が恐ろしいのかと問い返し、飯田は「法を破る悪い者だから」と答えた。そのとおり、法は社会が生活を形成する上で守られるべきルールだから、それを犯す者達は悪いと言わざるを得ない、では何故彼らは法を破るのか。教師の新たな問いに、飯田は明確な答えを出せなかった。社会へ対する不満、偶発的な事故からの発展、騙されて犯罪に手を染める者もいるだろう。ならば何故人は人を騙すのか、わかりやすいものは金や地位を手に入れるためで、ならば何故、人は金や地位、名声を求めるのか。これ以上は心理学の領域だからと、教師は他の生徒にも質問を振った。「何故ヴィランは恐ろしいのか」何をしでかすかわからないから、痛いことをされるかもしれないから、様々な意見が出たけれど、どれもこれも本質ではないような気がして、飯田は今でもこうしてこの授業内容を脳の一部に保管している。
雄英高校で三年間学んできたことで、今の飯田だからこそ答えられるひとつの仮定がある。それは、知らないことだ。ヴィランがヴィランになったその背景をヒーローは知らない。ヒーローの仕事は犯罪行為を働いているヴィランの捕縛と警察への受け渡しまでで、事情聴取に参加することは稀である。故にこの手で捕まえたヴィランが何故ヴィランになったのかを耳にする機会はほとんどないと言える。それは市民も同じことで、ニュースに流れるテロップのひとつ、アナウンサーが読み上げるたった五分のニュース原稿、それだけで犯罪動機を知った気になるが、とうてい理解できるものじゃない。だからこそ人々はヴィランを恐れる。理解できないものは未知、未知は恐怖、それこそがヴィランの恐ろしさの根本ではないか。
ヴィランの個人情報をヒーローに与えないのは、感情移入を防ぐため、というれっきとした理由がある。けれども飯田はこの山本という同い年の少年が何故ヴィランになったのか知りたい。出会い方が違っていれば友人になれたかもしれないとさえ思う、このあっけらかんと微笑う男のことを、飯田は一人のヒーローとして知らねばならないと使命感のようなものまで抱いている。
この境地に至ったことで、飯田は初めて共感できたのかもしれない。何度でもボンゴレ十代目との対話を試みる出久と勝己の想いは、見ているこちらが痛みを覚えるほどに切なく、いじらしいもので、見限ってしまえば、諦めてしまえば楽になれるだろうに、二人ともそんな素振りは一度として見せずに、いつだって実直に大切な幼馴染と向き合おうと努めてきた。そして今、まさに今、出久と勝己は巨悪になろうとしている友との対話に臨んでいる。
飯田にとって山本は他人だ。幼馴染でもなければ過去に接点があるわけでもない。だがこの、大きな犯罪を犯す者特有の狂気を何も感じさせない男が、私服でいれば善良な市民として素通りしてしまう男が、何故ヴィランになり、何故、殺しという選択肢を持っているのか、それを知ることはヒーロー・インゲニウムにとって必要なことだと思えてならなかった。
「君はどうしてヴィランなんだ」
それは飯田の魂からの問いかけである。
「沢田綱吉が俺のダチだからだよ」
山本はあっけらかんと微笑う。
店の娘から小包を受け取った山本は、この店のヌガーはガキ共もツナもお気に入りなんだ、おまえらもクリスマスのドルチェに出してもらえよ、きっと気にいる、と、最後までヒーローとヴィランの垣根を感じさせない態度のまま、雪の降り出した町へ、巨悪の城へと、帰って行った。