web版2部を読み進めている段階で、『これはあのキャラモチーフが欲しい』となってここでねじ込みました。
救出したプリシラお嬢様の方は、レオン先生に任せておけば大丈夫だろう。
別れ際の様子がちょいと気にかかったが、今の俺はちょいと余裕がない。
──何せ、奥深くにとんでもない何かを見つけちまったからな。
レオン先生は気付いていない風だったから、恐らく俺じゃないと気付けないような相手だ。
気配探知能力の過不足ではなく、読み取ることが出来る質の問題ってこと。
高位の人外との接触経験だけなら、偉志ノ大陸でそれなりに積んできてるからな。
「……格としてはあの大妖怪とそれほど差はねえか?ったく、こっち側にもとんでもないのがいたものだ」
彫魂師の友人と師匠から聞いたことのある『妖魔王』ほどではないのがせめてもの救いってか?
ただ、妙に静かすぎるのが気がかりなんだよな。
それと、地上で見逃したとかこの階に潜伏しているような流れでもなさそうだ。
そうなると、この地下施設と地上の中間層か、更に下か……まあ、後者が自然か。
しかし、今回は地上と違って捜索範囲が広いんだよなあ……。
ここで役に立つのが、さっきレオン先生にも伝えた『匂い』だ。
まあ、実際は匂いってよりは魔力を感知する時の感覚に似てるんだが。
ったく、あのグランロードにすら分からないようにするとは……
あまりにご丁寧な工作で、むしろ感心したくなったくらいだ。
タイミングを考えれば、罠の可能性もあるにはあるんだが……。
何故か知らんが、俺の第六感っていうか……魂は違うって青信号出してやがるんだよな。
この階において最も匂う場所は、一見するとただの行き止まりだ。
しかし、匂いが緩やかな上昇してこちらに向かってきている。
「……なるほど、こっちは見事に擬態してやがるな」
魔力感知でかろうじて見つけられた、周りの壁と明らかに違う場所を試しに拳で押してみる。
勢いよく指で押した挙句に突き指なんてなったらあまりにカッコわりいからな。
するとどうか、僅かながらに奥に埋まると共に小気味の良い音がした。
その後、何とも形容しがたい……まるで異世界への扉が開くようなノリで横の壁が空洞への口となった。
「さてさて、一体何の宴が催されているのやらか」
もしかしたら、この先は伏魔殿ってこともあり得るからな。
だが、そんな懸念は足を止める理由になりはしない。
マジでヤバいと思わせる何か……それこそ、『死』を連想させなければ止まると言う選択肢すら発生し得ないだろうよ。
さて、本日二度目の隠れ下り階段だ。
降りる人間のことも考慮してか最低限の照明はあるようで、つまずく心配はそこまででもない。
──さっきまでいた空間の影響か、まだまだ薄気味悪いけどな。
にしても、あの実験場といい……根本的にこれまで見てきたものと毛色が違うんだよな。
偉志ノ大陸に関しても、最初に訪れた時はそれなりに文化の違いってやつを感じたが……。
今回の視覚的違和感はそれ以上のものだ。
マジものの異世界って可能性も捨てきれねえってほどには差異がありすぎる。
まあ、それは冗談だとしても……真っ先に挙げるべきは、王国内では存在が認知されてないあの国なんだよな。
なんてことを考えている内に、あっさりと下りの終着点に辿り着きやがったよ。
勾配がなくなったので、視線を真正面に移して──すぐに見上げることとなった。
「……なんだこりゃ?」
そこにあったのは、まるで見たことのない巨大な物体だった。
いや、かろうじて見たことあるものに当てはめることは出来るっちゃあ出来るな。
……鉄とかその手のもので作られた空飛ぶ鳥のオブジェってところか?
見た目のノリは……姉上の魔道具の巨大化版と言えなくもないか?
まあ、精霊石なんてものは使われてる形跡は外からは感知できねえんだが。
──にしても、さっきからひしひしと別のものを感じるんだよなあ。
「ところで、人が初見の物体を眺めてるのを観賞するのって楽しいのか?」
「これは失礼。初めて見るであろうエアーシップに対しての反応を見て、君にも年相応の面があるのだなとつい面白くなってしまった」
随分とまあ鼻につく喋り方だな……合わせるように出で立ちも随分とまあ胡散臭い。
王国や偉志ノ大陸とも違う服装……しかし、一発でかなりの地位の人間と分かる。
そのシルクハットにステッキは流石に時代錯誤な気がするが……違和感はねえな。
ただ、これらの要素があまりにも噛み合いすぎてるのが気になる。
まあ、巧妙に隠しつつも僅かに漏れ出ているその気配が全てなんだろうけどな?
「こっちでその手の知り合いを作った覚えはねえんだが……そういう繋がりじゃねえよな?」
「ああ、そこまでは行かないとも。かの大妖怪や妖魔王となると、流石に反りが合うか怪しいところさ」
単純に俺の事を風の噂で知ったか……わざわざ調べ上げたか。
偉志ノ大陸の情報もきっちり把握済みってなると、コイツの情報網はかなり広いってことになるな。
これは……コイツ自身の『格』もそうだが、経歴も相当に深いものと見受けられる。
その点が、これまで会って来た超越種との大きな違いと言えるな。
「では、そろそろ名乗らせてもらうとしよう。私はヴィルジール・フォル・ヴィラルドワ……人間社会に溶け込む、古いだけが取り柄のしがないヴァンパイアだ」
「これはご丁寧に……なら、返すのが礼儀だな。マドラーシュ・リヴェ・パレッティア。こちらもしがない代替品扱いの第二王子だ」
ヴァンパイア……やっぱその辺になるよなあ。
候補としては、妖怪、悪魔、ヴァンパイア辺りでいずれも上位階級を想定していた。
まあ、妖怪は偉志ノ大陸限定で人型になれる悪魔なんて上位も上位だから稀少にも程がある。
そうなれば、必然的にヴァンパイアが最有力だったからほぼ正解だったってわけだ。
「謙遜も過ぎると厭味に聞こえるぞ?俺くらい簡単に挽肉に出来るだろうがよ」
「はっはっは、それなら君も立派に同類だろう。ただのしがない代替品扱いの第二王子が、顕魂術という世の理を捻じ曲げかねないものをあっさり開発できるわけが無いだろうに」
「しれっと俺如きを人外認定するんじゃねえっての……同じ人間でも上には上がいくらでもいるだろうに」
「ああ、グランロードを筆頭とするグランナイツのことか。確かに彼らも人間の限界を超えかねない顔ぶれだが……将来的には君が上回るだろうよ」
本来なら嬉しく思うべきなのかもしれねえが、めっちゃお世辞くせえ……。
ただ、胡散臭い空気が凄まじいってのに何でだか会話は続いてしまう。
普段の俺なら、この手のタイプは即無視するところなんだが……。
「書物で読んだ程度の知識の上で訝しんで申し訳ねえんだが……ヴァンパイア特有の魅了は使う気がまるでないんだな」
俺がこのヴィルジールというヴァンパイアに興味を示した一点がまさにここだ。
ヴァンパイアという魔物は、上手く人の中に紛れるために魅了能力を持つという話だ。
それで着実に子孫を残していき、始祖から代々引き継いできた宿願を果たすのがうんたらかんたら。
ただ、俺には顕魂術で鍛え上げられた自我による精神異常耐性が備わっている。
過信するわけではないが、恐らくヴァンパイアの基本能力程度ならば弾くことは出来るはずだ。
その耐性が反応していないことが、魅了能力が発動されていない何よりの証拠ってわけさ。
「よほどの荒事でない限り人間相手に魅了は使わないと自戒している身なのでね。君ほどの相手でない限り、ボロは出さないと自負している」
「なるほど、単純に人間社会に溶け込んできた経験の賜物ってわけか……その研鑽、恐れ入ると共に素直に敬服させてもらうぜ」
こいつがどれだけ古い存在なのかは知らねえが、別の種に擬態するってのは滅茶苦茶大変なことだ。
見かけとか立ち振る舞いという外見的なところだけでなく、言動や精神性、思考回路など多岐に渡る模倣が必要になる。
何故人の中に紛れ込んでいるか、そんなことは正直どうでもいい。
その優雅な立ち振る舞いの奥にある一種の熱量に、俺は感服しているのだから。
「人間相手にそのような賞賛を貰うのは初めてだな。その様子だと人間に対して気苦労を抱えているようだね」
「ご明察だ。アンタみたいなのとはもっと早く知り合いたかったくらいさ」
「ますますもって顔を合わせて良かったのだが……こちらの都合で申し訳ないが、時間が足りないのだよ」
目の前の如何にも飛びそうな物体……エアーシップだったか?
まあ、俺に対して害意がねえんだったら必然的にそっちが目的になるだろうな。
色々聞きたいことはわんさかあるが……時間を取らせるのは気が引ける。
「そんなヴァンパイアにも優しい君には、お近づきの印としてこの名刺を進呈しよう」
「名刺?……おいおい、名前はともかくいいのかよ居住地なんて書いてあって」
『Vibrant Variable Vitality社』、略してV3社……って、社?
まあ、商会みたいな解釈でいいんだろうけど。
にしても、なかなか大層な文字の並びだなこれ。
「短命種だからこその生命力を称え、その成長を見守る……まあ、そんなところだな」
「絶妙に傲慢で、絶妙に友好を感じる辺りがどこまでもアンタらしさを感じるね」
しかも何だか色々と支部?とか他にも似たようなものが色々と……。
おいおい、本部のある場所がまさかのあそこかよ……。
そういう繋がりかと思うと、これはますますもって面白い事態になってきた。
「その名刺は鍵の役割も兼ねていてね。それも、渡した時点で対象の魔力と対応付けされるから、他者の手に渡っても使えない仕様になっている」
「うわ、しれっとすげえ技術が使われてやがる。で、これは再会の為の布石ってわけか?」
「そう捉えてくれて構わない。コイツを在るべき場所に戻したら、私は城塞都市の方で休暇を取るつもりだ。そこで茶でも啜りながら色々語り合おうではないか」
それだけ言うと、ヴィルジールはエアーシップとやらの中に入って行った。
……これ、アイツの中で完全に再会が既定路線になってる流れじゃね?
全く、どこまでも癇に障るヤツだな……。
まあ、話せる上に気が合う人外ならばその縁は大事にしないとならんとか。
にしても、この名刺とやらを見るに……本格的に溶け込んでやがるな。
どんだけ人間好きの変わり者なんだよ、あのヴァンパイアは。
地上に戻ったマドラーシュを待ち受けていたのは、4対の目線だった。
誘拐未遂にあったミケ族とクラマ族は既に起き上がっていたのか、その場にはおらず。
気絶したまま縛り上げられている誘拐実行犯と違法実験実行犯がその辺りに転がされている。
残るイグノックス、レオン、クリスティーナ、プリシラの4名がマドラーシュの凱旋を迎えたわけだが……。
「あ、やっと戻って来たんだね~。よしよ~し……じゃあ早速お話しましょうか?」
「頭を撫でながらも笑ってない笑顔を貼り付けてるお姉さまが既に怖い件」
駆け込み一番で笑っていない笑顔を向けられれば誰でもこうなるだろう。
まるで背後に妖魔王でも控えさせているような威圧感込々で、マドラーシュは早々に冷や汗をかかされる事態に。
何度相まみえても、この状態のクリスティーナだけはどうしても慣れない。
グランナイツ最強はレオンだが、マドラーシュにとっての最凶はクリスティーナであることはこれからも変わることはないだろう。
「いつもの芝居じみた動きと言動と共にこちらのプリシラ嬢を救出したと、俺は事実をそのままに伝えただけだぞ」
「要はいつものバカな暴走だ。おい、マ……ケルビムが困っているからさっさと離れろ」
「今回ばかりは兄貴分の意見は却下です。3人もたらしこむような悪い子に育てた覚えはないんだけどな~?」
「何でスケコマシみたいに言われなきゃならねえんだ……?」
確かに大仰な口回しや少しばかりのかっこつけは含まれているが、それは単に気分の問題というだけだ。
それをチャラいなどと言われれば、不満の表情の1つも出てくるのは当然だろう。
嫌な空気の地下から出てきて、娑婆の空気を吸えると思った途端にこの有様である。
流石のマドラーシュも、いきなりの姉貴分の暴走にあっという間に疲弊の色を表していた。
ただ、地下であったことはそんな些事を押してでも説明しなければならない。
何とかクリスティーナを宥め、地下最奥部で見聞きしたことを洗いざらい話す。
「ヴァンパイアって本当にいたんだ~……でもねケルビム?いくら相手が人外でも、知らない人とホイホイ話をするのはどうかと思うよ?」
「気配の隠し方からしてこっちを試している感じだったからな。害意があったらもっと早く仕掛けても問題なかっただろうし、確信を持ってのことさ」
ヴァンパイア、それもかなり上位と思われる存在についての反応は4人とも似たようなところだ。
とはいえ、イグノックスとレオンに彼を心配するような様子はまるでない。
稽古試合や数多くの遠征やら討伐戦で培ったマドラーシュの実力をよく知るからこそ、その判断は信頼足り得る。
「こんな辺境の実験施設にエアーシップを隠すとは、豪胆なことだ」
「そして、そんな大層な代物を所持するヴァンパイアと来たか……世の中分からんものだな」
「確かに異端のヴァンパイアって感じだったな。人間への擬態もきっちりしてて、対人経験も相当だろうよ。だからこそ、俺は胡散臭いとは思いながらも好感は持ててるのさ」
そこまで言うと、グランナイツ3名は一斉に難しい顔をしだした。
いくら一度会って何ともなかったとはいえ、相手はヴァンパイアという基本的には得体の知れない種族だ。
この場に他の構成員がいたとしても、ほぼ同じような顔色となっただろう。
強いて賛成する可能性があるとすれば、それこそカルシオンくらいだ。
「まあ、ヴィルジールについては後で帰還した後にグランナイツ揃えてから話すとして……プリシラ、お前はこれからどうするんだ?」
「忘れられてなかったようで安心いたしましたが……一体どのような意図の問いなのでしょうか」
その表情からは積極的な生への執着がまるで感じられなかった。
先ほどまでの死へ一直線と言う危なっかしさでないだけマシとも言えるが、それでも放っておけるような状態でもない。
グランナイツの3人はこれまでの経験で似た経緯で虚無となった者たちの姿を思い浮かべる。
特に故郷を失くしたイグノックスとクリスティーナは、どこか自分たちの影を重ねては苦い表情をしている。
そしてマドラーシュは……いつもの軽いノリが完全に吹っ飛んでいた。
「その様子だとおとなしく鳥籠に戻るつもりだったろ?ったく、さっきまでの威勢はどこ行ったんだ?」
「先ほどまでは夢見心地に浸っていた、それだけのことでした。現実に立ち返ってしまうと、生きているという実感がどうしても湧かないのです……一つだけ願いを抱えていることを除いて」
「願いねえ……差し支えなければ、これまでのことを含めて話してくれねえか?」
出自やこれまでの経緯については、ある程度の部分までは知られてしまっている。
無論、そこから先となると話すのは憚れる内容だ。
しかし、彼女としては黙秘する理由は特段見当たらなかった。
「私の母は、父……ソーサラー伯爵がアーイレン帝国から買い付けた奴隷です。その娘の私は、とても貴族に名を連ねることは許されない出自とも言えますね」
「確かにアーイレン帝国は奴隷ありだが、わざわざそっちでお買い上げとはね。ったく、ルール違反するならもっとマシな形でやれっての」
マドラーシュの吐き捨てるような呟きに他3名も同調していた。
アーイレン帝国に残っている奴隷制度自体も眉を顰めるところだが、そこは他国の事情なので首を突っ込みようがない。
しかし、パレッティア王国内では奴隷の所持は禁じられている。
相当な違法行為に当たるし、しかもその動機はどう考えてもロクでもない。
特に同じく女性であるクリスティーナの嫌悪感は相当膨れ上がっていた。
「ラインヒルトもソーサラー伯爵、及び夫人の黒い噂は最近になって出始めたと言っていたな。そうなると、君の母親は……」
「ご想像の通りです。両者とも秘匿されている奴隷であることをいいことに、ただただ虐げては嬲ることを繰り返し……その結果、母は命を落とすことに」
「……その後は今度は娘であるお前に標的が移ったというわけか。挙句、今回のように貴族崩れの実験材料にされていたと」
遮るように先んじて話をまとめたのはイグノックスだった。
冷血漢とすら取られがちな彼だが、むしろこのような理不尽への怒りは人一倍抱くほどだ。
ストレートな物言いは目立つものの、空気が読めないというわけではない。
「私は庶子として引き取られた娘と言い聞かされてきたので、その生まれを知る機会などありはしません。思えば、その時から逃げる選択肢を奪われてきたのでしょうね。在る時は夫人に瞳の色が以前の奴隷を思い出して腹が立つとくり抜かれそうになったりと、それはもう……」
「その程度の理由で目をくり抜くねえ……自然の象徴の一つとも言えるその色にそこまで言えるんだったら、鏡でも用意してやりてえな」
「こんな綺麗な空色なのに、あんまりだよ……」
未遂とはいえ、あまりにロクでもない理由で行われようとした虐待行為に男性陣は不快感を顕わにする。
クリスティーナはもはや他人事とは思えず、徐々に俯いてきているプリシラの頭を撫でてすらいた。
マドラーシュより少しだけ年長でしかない少女が受けてきた仕打ちは、彼らが考え得る限りでは最悪に近い。
更に、逃げ道などないと言わんばかりに洗脳した上でのことだ。
しかし、この凄惨な仕打ちにはまだ続きがある。
「その出来事は私に衝動を与えたのです。『以前に虐げられた奴隷を調べねば』……と」
「その結果自力で母の情報に辿り着くことは出来たってわけか……だが」
「ええ、あまりに遅すぎました。本来ならば彼女が生きている間に辿り着くべき事実だったのに……当時の私は、ただ奴隷だからと虐げられているとどこか他人事のように思うだけ。その行為が、娘である私を庇うためだったと理解してしまえば──結局、私もあの二人と同じ穴の貉なのだと。そう自身を呪い始めるだけです」
本来ならば、唯一の希望足り得た真実だが……その効力は遅きに失していた。
むしろ母の存在を知ってしまったからこそ、更に自身に親不孝者のろくでなしというレッテルを与えてしまったとすら言える。
言われるがままに自身が拾われた庶子であるという、偽りの真実を鵜呑みにしていればただの哀れな存在で済ませることが出来たのかもしれない。
あらゆる意味で、知ってしまったが故の苦しみを抱えているのが今のプリシラという少女であった。
「『死ぬなら母の故郷で』──無価値で卑しい庶子であり……母に死ぬ間際までその身を案じられながらも何も返せない、薄汚れた血を継いでしまった親不孝者の些細な願いです」
淡々と事実だけを並べれば、プリシラの供述の大半は事実ではある。
悲痛だったり苦々しい表情を浮かべる兄貴分や姉貴分を尻目に、マドラーシュは冷静にそう断じていた。
しかし、一部だけ……どうしても否定してやらねばと思った部分もある。
当人はその追及を衝動的な行動と自嘲の笑みと共に吐き捨てていたが……それだけで流していいことなのか。
──その抗いを唯一目にしたその闇に身を投じるのは、必然とすら言えた。
「なるほどね。まあ、母親の生まれ故郷に行きたいってところまでは理解出来た。──で?お前はそれだけでいいのかよ」
「……いいも悪いもないでしょう。あの醜悪な伯爵と同じ血が流れているだけで吐き気が催すほどですが……これまでの私の行動から、どこか納得もしています。虐げられながらも生きていることすら烏滸がましい人間なのですよ、この私は」
「だったら、何であの時自害してでも人間として死んでやるなんて言い出した。自虐から自分を偽るのはいい加減に止めろ。同情以前に段々ムカついてきた」
「ちょっと、流石にそんな言い方……って二人とも!?」
諭すにしても、どこかキツイ口調になりつつあるマドラーシュを止めようとするも、男性陣二人が制止する。
そして、自分たちは可能な限り関与しないように少しだけ物理的に距離を取っていた。
何も言わないのは、その空気で察してやれということ……流石の過保護勢も、ここまでされればそれ以上は何も言えなくなる。
わざわざ気を使ってくれた二人に対してマドラーシュは一瞬だけ笑みを送った。
「……私がどうしようもない人間であることは変えようがないと思いますが」
「ああ、確かに生まれとか血筋ってのはどうにもならねえ。『父の名はどうにもならない現実の象徴の1つだ』なんて何かに書いてあったくらいだからな」
血筋や生まれについては、マドラーシュにとっても思う所は大いにある。
普段からやりたい放題しているが、その裏では王族なのに魔法が使えないという無能のレッテルと常に戦っていたのだから。
今の荒々しい空気は、これまでの自分との比較から来るのかもしれない。
「その本の著者はよく分かっていらっしゃるようですね。ええ、血筋と言うのは本当にどうしようもありません。現にこの私も、その血の源流と同じ行動をしてしまっているのですからね」
「言い換えれば、唯一お前の身を案じてきた母のことも否定するってことだな。お前の身には、そっちの血だって流れてるにも関わらずにだ」
マドラーシュが放った槍は傍から聞いていれば何てことないものだ。
しかし、対象が一種の視野狭窄に陥っている場合は不意打ちにもなり得る。
現に、プリシラは完全に意表を突かれる形で二の句を告げないでいるのだから、その効力はなかなかのものだ。
予想だにしない反論は、更なる自己否定の流れを思わずせき止めるほどの威力を発揮していた。
「自分の血を完全に否定するというのはそういうことだろうがよ。で、実際のところはどうだ?自分より前に虐げられていた奴隷のことをわざわざ調べるわ、真実を知って母親に対して強い罪悪感を抱くわ、挙句せめて死ぬなら母の故郷でなければならないだと?どれもこれも面倒かけて、すっかり矛盾してるぞ」
事情を知らない者が聞けば、さぞ棘まみれで思わず咎めたくなる言い草だ。
確かに、同情から優しい言葉をかけることも出来なくはない。
しかし、目の前の相手は完全に自虐の殻に籠ってしまっているほど鬱屈に生きてきてしまった問題児だ。
そんなプリシラの惨状を見たマドラーシュは即座に一人の類似例を浮かべていた。
他者や国という概念から求められたもので作られたか、忌まわしき血筋やそうせざるを得なかった行いから形成されたかの違いはあるが……殻であることに変わりない。
「……母については、ケルビム様の仰る通りですね。それでも、私に慈しみを向けてくれた者の血も、外道の血で簡単に覆ってしまうことは証明済みと言えませんか?」
「そんな母を見殺しにした自分は結局同じ穴の貉で、本来思われるだけの価値など無い。もう手遅れではあるが、せめてもの弔いで敬愛する母の故郷に赴いて……そして野垂れ死ぬ。忌まわしき血を継いでしまったことへの責任を果たされ、そして自分もそこから解放されるってか?」
返ってきた無言は、誰から見ても肯定そのものと捉えることが出来るだろう。
自分に向けられた愛情や慈しみを強く認識すればするほど、その身に宿したもう片方の血のおぞましさを強く感じてしまう。
それと共に、見殺しにしたという自責の念も強くなっていく。
そこに鬱屈極まるような環境を加えれば、どこかで見たことのある自縛状態の完成だ。
微かに残る、とあるものまで無かったことにしようとする辺りも……マドラーシュは既視感を抱き、少々ばかりの苛立ちを促してすらいた。
「どいつもこいつも、ただの安易な身投げを綺麗事と捉えやがって。しかも奥底にある意志を押し込めるおまけつきとくれば、いい加減食傷気味だな」
「……奥底にある意志、といいますと?」
「『クソッタレな父親と同じように絶対になりたくない』っていう抵抗、足掻き。お前がやたら抱く忌避感の正体だ。だからお前は、あの時魔物として無様に生き長らえるくらいなら人間として死ぬって啖呵を切った。あれは醜悪な信仰を押し付けられた最悪の結果そのもの。そんなものの素材として娘を提供をする辺り、ソーサラー伯も大層クソッタレな精霊信仰に染まってやがることだろうよ。お前はそこを察した上で、これ以上玩具として弄ばれたくはないからおとなしく俺に助けられたんじゃねえのか?ああ、俺に気を使ったとかはセイリオスが火を噴きかねないのでよろしく」
「こら~!いいこと言いかけてるのに脅しちゃダメでしょ!」
クリスティーナだけでなく、流石のレオンとイグノックスもそればかりはどうなんだと半分は真に受けてしまう。
口調に対してかなり弁が回っているが、その節々には年相応の青臭さも見せている。
その直情的とも言える物言いは、普通は未熟さに繋がることだろう。
しかし、その強引さは……対象を選べば一つの兆しにも足りえることもある。
実際、その勢いに触発されて鎖を破ることが出来た実例が一人いるのだから。
「母の故郷を求めたってのも、伯爵家の庶子ではなくただのプリシラとして生きたかったからこその願望が基盤だろ?そこに罪悪感だ懺悔の意志が色々混ざっちまって、ワケが分からなくなっただけさ」
「それすらも抱いてはいけないのですか……いたっ」
先読みしていたような、完璧な遮断タイミングのデコピンであった。
割と強めの衝撃だったのか、プリシラは額を抱えて俯いてしまっている。
「否定から入ってねえでとりあえず立ち止まって色々整理しろっての。確かに過去は変えられないが、足掻きながらも背負いこもうとしてるんだろ?それは敬愛もあるからこその行動だろうが……ったく、後ろ向きすぎて見てらんねえな」
ちなみに、最後の例えを理解できるものはこの中には当然いるはずもない。
というより、この世界で理解できるとすれば奇天烈全開の第一王女くらいのものだろう。
「仰りたいことは重々理解しています……ですが、私にそこまで言っていただける価値など……」
その一歩を踏み出すに踏み出せない。
それほどまでに、忌まわしき血筋が発する呪縛は強固なのだろう。
前を向こうにも、レッテルを貼った張本人たちの影がちらつき引きずり戻される。
『お前のあるべき姿はまさしくこうだ』と、忌まわしきその姿で偉そうに命じ
その根の深さを理解できないマドラーシュではないが、彼はいい加減忍耐の限界だった。
「あーくそ、もうこまけえことは気にしたら負けってやつか!お三方に問いたいことがある!」
いい加減空気を入れ替えたい……その一心で放ったのは半ば咆哮だ。
陰気な空気など、いつまでも吸うようなものではない。
埒が明かないとばかりに、流れをぶった切るような問いを外野に投げかける。
「一体どうした?説得の交代というなら、クリスティーナが適任だからそうして欲しい。俺はパスするぞ」
「ねえ、イグノックス……流石に話の流れは読まない?」
「そしてこの流れ……どこか嫌な予感がするのだが」
投げかけられた側の反応は三者三様だが、マドラーシュは特に構うことは無かった。
ある意味返答さえしてくれれば、後はこっちで適当に流れを作るだけなのだから。
もはや考えるより先に口が回っていた。
「違法研究所摘発の結果、俺がこの人型素材を略奪したってことにしたいんだが、特に問題ないよな!?」
「ちょっと待ちなさ~い!そのすっごい非人道的な言い方、流石にお姉さんは看過できないよ!?まさかモルモットにでもする気!?」
人型素材というのは、言うまでもなくプリシラのことだ。
ここを根城にしていた研究員……というか貴族崩れは、一人のモルモットを残して逃走した。
今回の研究所襲撃を略奪行為と定義するならば、確かに所有権はマドラーシュにあると一概に言えなくもない。
……が、クリスティーナの指摘通りあんまりな言い方ではある。
「……はい?」
間接的に酷い言われようのプリシラは、もはや混乱を極め……挙動すらも止まっていた。
自身が抱える忌避感や罪悪感の結末に対する説得の流れからいきなり自身を略奪したという話になれば、無理もないことだが。
「筋は通っているな。しかもそいつは奴隷の子で、隠匿されていた存在だ。経緯を考慮すれば、お前が掻っ攫った方がむしろ都合がいいだろう」
「ソーサラー伯が何か言ってきた場合は、奴隷所持の件を突いてやればいいからな。お前も少しばかり危ない橋を渡ることにはなるが、今更か」
「分かってたけど、二人とも理屈でどんどん考えすぎだよ~!とりあえず、プリシラが呆然としちゃってるから1回止まって!」
「え、無理やり監禁してでも俺の無茶を止めるような物騒な聖女様がそれ言っちゃうのか?」
イグノックスとレオンは真っ先に合理的思考を回し、マドラーシュが作ろうとする流れを補強していく。
マドラーシュの思考に最も寄り添えるであろうこの二人だからこそ、その言動にまるで迷いはない。
しかし、如何せん迷いが無さ過ぎて当本人をどこか置いてけぼりにしている。
何とか進行速度を抑えようとするクリスティーナだが、この時ほど抑止力になることを嘆いたことはなかったとか。
弟分の余分なツッコミなど完全スルー安定である。
「あの……要するに私を身請けするということでよろしいのですか?」
「そういう結果になってるし、もはや今更だろ?そうすれば、お前も忌まわしいクソな父親の顔を見ずに済む上に母親への償いとやらもいくらでも出来る。ほら、得しかないだろ?」
「確かに仰る通りですが……どうにも解せません。何故、こんな隠匿されるような卑しい身分の者にここまでするのですか?」
裏を疑っていないわけではないのだが、邪な意図は一切見受けられない。
ただ、先ほどまでの怒りと呆れから来る説教と合わせても……いや、合わせた結果が混沌としているからこそ彼の意図が分からない。
一体どれほどそれらしい大義名分が飛んでくるものと思っていたが……。
「そんなの、何から何まで気に入らないからってだけの話だが?」
それはあっさりと、そして盛大な形で裏切られた。
むしろ極めてロクでもないものとすら言えて、プリシラは再度面食らった。
なお外野3人については、もはや『知ってた』と言わんばかりの顔である。
「気に入らないって……あの、それだけですか?」
「プリシラという人間を蝕み、そこまで鬱屈とさせた環境。魔法至上主義というトチ狂ったものに縋るだけのゴミが偉そうにしている様。これだけでも胸糞悪いってのに、当のお前はそれらに縛られ、その果てに己自身すらも見失いかけるときたものだ。お前自身の一般的価値の有無なんざどうでもいいが、その自己評価の低さも気に入らない。これら全部をぶっ壊したくて仕方ねえってだけさ」
まるで自分の前にある障害を叩き潰すかのような物言いであった。
マドラーシュが求めているのは、プリシラを救出するという結果ではない。
あくまで彼女を蝕み、縛り上げているものが目についてしまい、腹が立つから壊したいというだけ。
あらゆる者に救いの手を差し伸べる聖者とはかけ離れた……どこまでも自分の心にのみ従った行動原理だ。
常人からすれば酷い扱われ方と思うことだろう。
しかし、不思議とプリシラの中に不快感はなかった。
むしろ聖人君子のようなことを説かれたとて、ただの上から目線な綺麗事と唾棄することが目に見えていた。
それに比べれば、清々しい暴君っぷりは逆に信用が出来た。
ここまであっけらかんと本音を示されれば、もはやぐうの音も出ない。
「……どこまでも自分勝手なのですね。あくまで私という存在は戦利品、本目的からすればついででしかないなんて……酷い人です」
「実際その通りだろ?そして、戦利品というならばどのように使おうと俺の自由だ。だからお前は奴隷ではなく、弟子として扱わせてもらう。この決定に異は挟ませないからな?」
「それくらいは弁えていますとも。ふふ、一体何を叩き込まれてしまうのか。未知への恐怖で震えあがってしまいますね」
「やっと調子出てきたようで何よりだが……まずは表情筋鍛えるところからだな。不気味なのも悪くねえが、もうちょい自然なお前が見たいのでね」
思わず出てきた軽口、そして共に浮かび上がった微笑は……救出劇の熱に浮かされていた時とほぼ同じものだ。
更に今回は一時的な浮上というある種残酷なものではなく、道を示される形で一種の保証が為されている。
完全に戒めから解かれたわけではないだろうが、少なくとも死に急ぐような空気はそこにない。
その僅かな変化を悪くない兆候と捉えた破天荒もまた、同じように微笑を浮かべていた。
というわけで、また一人底なし沼から引きずりあげる主人公でした。
プリシラの描写については結構個人解釈があったりもします。
状況が状況だったとはいえ、母を見殺しにしてしまったことを後から知ったのはかなりの呪縛になるでしょうからね。
なお、前話と併せて『あれ、ユフィリアよりヒロインじゃね?』と書きながら思ったのはここだけの話。
まあ、あっちはゆっくり進展させるつもりなのでセーフということにしてください。
そしてオリキャラはヴァンパイア、それも相当俗世に染まっているタイプです。
多分あの作品を知っていれば、モチーフは1発で分かるかも。
Youは何を求めてこの作品を?(要するに需要調査です)
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転天キャラでのNLとか他絡みを所望
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グランサガの二次がレアすぎて
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バトルハードモードに釣られた
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ちらほらある(?)デビルメイクライ要素
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その他(そもそもの作風とか)