ステージの席も当たったことなので、いざイクゾー!
都合をつけてはこの離宮に通い始めてもう2年以上になるのでしょうか。
ありきたりな表現ですが、時が経つのは本当に早いものだ。
しかし、必ずと言っていいほど何かかしらか私にとっての何かが起こるのがこの離宮だ。
現に、いつもの部屋に入って私を出迎えたのはこれまた初めて見る光景でした。
「あの……マッド様?随分とお疲れのようですが、一体何があったのでしょうか」
「安心しろ、はしゃぎすぎからの幸せ疲れってやつだ~……おっとっと」
「ああもう、せめてもう少ししっかり座ってください」
普段あまり見せないその隙だらけな姿に、呆れる以前に私は駆け寄ってしまった。
覇気が無いとか以前の問題で、流石にだらしなさ過ぎませんか?
ソファから落ちるような第二王子がいるなんて知られたらそれこそ幻滅……までは行かないですが、放浪だらだら王子なんて呼ばれかねませんよ?
マッド様が今更そのような評価を気にするはずがないでしょうが。
いえ、むしろ笑って流すのでしょうね……。
ただ、私たちはもう14歳になったのですよ?
はしゃいだ反動で疲労困憊だなんて童心全開の行動は控えた方がよろしいのでは?
「久々に訪れる地でしたから無理もありませんね。私としてはマッド様の楽しそうな様子だけで尊さ限界突破、満足ループと共に安眠できますけれども」
「毎度思うことなのですが、侍女としてそれでいいのでしょうか……もう少し体力配分に気を遣うとか、色々あるのでは?」
この人も相変わらずですね……。
抑止力があってないような、恐らく他にはそうないであろう主従関係。
マッド様が何かしでかそうとしても、よほどのことが無い限り止めないのがこのセラという侍女だ。
マッド様がとんでもなく道を外す場合は止めると豪語していましたけれど……その時は果たして来るのかどうか。
せめて彼の教育係の中にまともな方がいることを願うばかりだ。
「にしても、略称まで行ったんだったらそのまま呼び捨てにしちまってもいいんだぜ?」
「仮にも貴方は王族なのですよ……?流石に呼び捨ては不敬が過ぎるでしょう」
「相変わらず律儀なこって。まあ、強制はしねえけどな」
『いい加減略称で呼ばれたい』
少し前にマッド様がいきなり発したこの言葉が発端でしたね。
最初は少しばかり抵抗したのですが……。
彼にしては珍しく、どうしても呼んでほしそうだったので私が折れてしまいました。
せめてもの妥協案として、この部屋にいる時だけ且つ敬称は外さないようにしている。
それにしても……婚約者を差し置いて弟君は愛称で呼ぶことになるなんて、ますます怪しい関係になってしまったものですね。
私たちらしいと言えばその通りですけど。
「ところで、今度は西の方で何をしていたのですか?私のことを放っておいて、随分と楽しそうにしていたことは理解できますけど」
事前に長期外出の予定は聞いていたので、特に待ちぼうけとかは発生しなかった。
マッド様も色々お忙しいでしょうし、私の都合ばかりで引き止めるのはよろしいことではないのは分かっています……ええ、分かっていますとも。
でも、そんな満足そうな顔を友人がいて、気にならないなんてことはありませんよね?
どれだけ充実した放浪生活を送ったのかつい聞いてしまうのは至って普通のことですよね?
いえ、別に怒っているわけではありませんよ?
単なる興味ないし好奇心の類ですから。
……すみません、撤回させてください。
やっぱり私の知らないところで楽しそうにしているマッド様を想像するとどうにもモヤモヤしてしまいます。
この感情をどう形容すればいいのか分からないことも、もどかしさを加速させる要因です。
「教育係が兼任してる仕事を手伝ってその空き時間で遊んでただけだっての……」
「まるで倦怠期の夫婦みたいなやりとりですね?」
マッド様、見事に聞こえないように振舞っていますね。
セラの言うことを真に受けていては脇道に逸れてしまうので、私もそれに倣いましょう。
……『教育係をも振り回す放浪王子』なんて言われていますが、やはり遊んでばかりではなかったのですね。
長い付き合いになってきているので、軽薄な裏にある誠実な心根は理解しているつもりだ。
表に出てくる実績でなくても、何かかしらかの補佐についているならばそれでいいと思います。
仕事ということなら、これ以上深くは聞かないでおきましょう。
「それは置いておくとしてだ。今日の愚痴事項はなんだ?この状態でも話を聞くくらいは問題ないぞ」
──この人はいつもこうです。
私が相談事を話しだそうとすると、すぐに真面目な顔をしだす。
例えそれが些細なことだったり、どうでもよさそうなことでも。
無論、相談の過程でわざとらしい頓珍漢な解答をすることもあります。
それも場の空気を真面目一辺倒にしないための措置だということも最近になって理解しましたが……。
事あるごとに突っ込んでしまうこちらの身にもなってほしいもの
反射的に突っ込みを入れてばかりでは、こちらも疲弊してしまうのですから。
……それはさておき、今日に限っては少々ばかり私も口が重くなってしまう。
今回持ってきた案件は、一歩間違えたら一大事になりかねませんから。
「……私の婚約者、要するにアルガルド様のことで少々ご相談が」
本来ならば、お父様やお母さまに相談すべき事柄にも思えるでしょう。
しかし、どうしても踏み切ることが出来なかった。
彼を繋ぎとめるのは婚約者である私の義務……そう返されるだけな気がしてしまったので。
かつての私ならば、そのまま一人で抱え込んでしまったでしょうね。
ですが、今の私には自称最強の友人がいる。
傍観者の視点も持つマッド様ならば、解決の糸口を見出してくれるかもしれない。
……実際、既に彼の表情は怪訝なものを見せていた。
「兄上だって?あんまり進展が無いって話はあちこちで聞いてるが……何かやらかしたのか?」
流石にその言い方は不躾すぎる気がするのですが……。
いくら引き離されて育ったとはいっても、一応双子ですよね?
──ずっと引き離されて育ってしまうと、このような他人事になってしまうものなのでしょうか。
「……最近、学院で特定の令嬢と行動をともにしていることが多い気がするのです」
「おいおい、既にグレーな香りがしてくるんだが?そしてセラ、創作物の影響だろうが変な目の輝かせ方をするんじゃない。流石に今回は真面目にやるぞ?」
「つい楽しそうなことが起こるような予感がしまして……失礼いたしました」
マッド様が咎める役に回る、一見珍妙な光景も見慣れてきました。
セラはマッド様と異なりこの手の話題を『愉悦の匂いがしました』と言わんばかりに反応する。
この辺りの感性というか、嗅覚もセラという人物をより特異にしていますね。
彼女が何を想像しているかは薄っすらとは察してしまいましたが……。
まあ、気にしたら負けということで流しましょう。
下手に突いたらロクなことにならないので。
それにしても、マッド様がここまで真面目な表情になるのは本当に珍しい。
実の兄が関わっていることが理由だとしても、それだけ真摯に頭を回して下さっているということ。
すなわち、ちゃんと私のことも考えてくれている。
……少しくらい喜色を見せても、罰は当たりませんよね?
「で、こんなに麗しい婚約者をほっぽって兄上が懇意にしてるのはどこの誰なんだ?」
「レイニ・シアン男爵令嬢です。地位を考慮すると、マッド様はおろか教育係の方でも存じないかもしれませんね」
私以外の貴族と実質交流皆無というのは以前にお聞きしました。
らしいと言えばらしいし、実際王族として育つつもりが無かったのですから仕方がないのかもしれません。
私のことは少し覚えがあったようですけど……。
そんなマッド様が男爵家の令嬢の一人の存在を認知しているとは流石に思えない。
……が、そんな予想を彼は今回も覆してくれた。
「シアン男爵?あれ、ラインヒルト先生から経歴がちょっと面白かったってことで聞いた記憶があるな……」
「元冒険者で、その功績が認められて爵位を与えられたという話ですね。あのクーデター直前での授かっていたので、なかなかの幸運持ちとも」
「ああ、そうだそうだ。しっかしそうなると、今回の件でその幸運は帳消しになっちまうかもしれないってなると……不憫に思うな」
意外なところに網を張っているのもらしいと言えばらしいですね。
そのラインヒルトという人物は、先生というからには教育係の方なのしょうが……なかなか耳が良い方のようだ。
冒険者経験から男爵の地位を賜った経歴もマッド様的には面白い部類に当たりそうだから、聞いてさえいれば記憶には残っていてもおかしくはありません。
ただ何故でしょう……マッド様がここまで真面目だと逆に怖く感じてしまう。
用意周到なのはいつものことなのですが……いつもより底が見えないというか。
それと共に、聞き出すのも躊躇してしまうほどの重い何かを感じます。
「しかしまあ、男爵令嬢と第一王子ねえ……控えめに言っても違和感がある組み合わせだな。ユフィリア的にそのレイニ嬢の印象ってどうなんだ?」
「貴族としてのマナーや心構えが中途半端で、どこか浮いていました。流石にこれはどうかと思い、私の方から少々助言したこともあります」
あの浮き方はあんまりなもので、気にしないようにするのも無理な話でした。
変に浮いていたら孤立を招きかねませんので。
ただ、我ながら少々言い方が堅くなってしまったことは失敗だったかもしれない。
マッド様とセラの前以外では、どうしてもまだ殻を破り切れないので……って、これはいらない言い訳ですね。
ですが、その行動自体は間違っているとは思っていません。
──我ながら、あの時のマッド様と少しだけ似ているなと今なら思えますね。
変に波風が立つことを『気に入らない』と判断しての行動だったともとれますので。
「ユフィリアも面倒見いいところ出てきたじゃねえか。実は俺の真似でもしてたりするのか?」
「……気に入らないからと義務や使命のみで生きている人間の根幹を壊す人でなしになった覚えはありませんよ」
「辛辣な誉め言葉ありがとさん。まあ、外でも少しは情が出せて何よりだ。いい感じで人間臭くなってきてると思うよ」
少しは進展はあったと自画自賛をしても良いということでしょうか。
マッド様は基本的に世辞を述べない方だ。
そんな彼からそのような言葉が出てくるのなら、それは事実なのでしょう。
彼の言う情が出せたのかは実感が沸きませんが……少なくとも悪い気はしませんね。
「その背景を考慮すると、兄上も最初は善意からって可能性が高いかもな。接している内に別の情……恋慕が出てきたってなると厄介極まりねえんだけども」
「そもそもどちら側からなのか、両側から矢印が伸びているのかという問題もありますね……これがアルガルド様の一人相撲ならばまだマシなのでしょうけど」
「その場合は兄上が道化で終わるだけだからな。むしろ増草活動に大きく貢献するわけだから、ただのハッピーエンドなわけだが……そうでもないんだろ?」
「少なくとも、そのような喜劇にはならないのは確かですね」
何故道化で終わることが草を増やすことに繋がるのかはよく分かりませんが……。
まあ、何か奇妙な本を読んでその例えを引用したと思っておきましょう。
「全く、ユフィリアにいらん心配かけさせるくらいならおとなしく道化やってろよ……バカ野郎が」
……先ほどからマッド様の実の兄君に対する棘が凄いです。
思わずアルガルド様に同情してしまいかねない、文字通り吐き捨てるような口調です。
ですが、マッド様がこのようになるのも当然とも言える。
婚約者がいる殿方が関係ない他の令嬢と一緒にいるだなんて、それこそ不義理にも程がある。
口は軽くても、何だかんだで義理は通すマッド様にとってはさぞ不愉快なことでしょう。
更に、周りが良くない風聞を生んでそれがあらぬ方向に育ってしまう可能性すらある。
ただでさえ浮いているレイニ嬢にまであらぬ噂が及べば、その影響はもう計り知れないものになる。
そう考えると、どうにも静観してはいられません。
ただ、果たして私に一体何が出来るのでしょうか?
……打開策がまるで浮かんできません。
「やはり、今は静観せざるを得ないのでしょうか……」
「歯がゆいのは理解できるさ。だがあんまり下手に動いて、兄上との仲が余計に拗れたらそれこそユフィリアまで変な巻き添え貰っちまう。ここは耐え時だと思って、辛抱強く行こうぜ」
……そのアルガルド様との関係で最も危ないマッド様がそれを言ってはいけない気がします。
この件については私も同罪なので強く言えないですけど。
でも、本当にマッド様が友人で良かったと心の底から思う。
こうして共有するだけでも、僅かでも靄を晴らすことは出来るのだから。
その上、共に打開策を考えてくれるのは何と心強いことか。
ですが、今回ばかりは流石に手ごわい案件なのか……3人で考え込むもなかなか進展がない。
……そんな停滞を打ち破るのは、やはり破天荒である彼でした。
「完全に情報不足だな……もうこっちから仕入れに行くしかねえってか。かくなる上は──」
「学院に潜り込む、なんて無茶はなさらないでくださいね?」
その顔からして言わんとすることや思考は完全に読めました。
ですが、そんな無茶苦茶な行動は絶対に通すわけには行きません。
マッド様ならば私以外誰にも気取られずに潜入することは出来てしまうのかもしれない。
でも、もしその発覚なんてしたらどうなさるおつもりですか?
変なところで律儀なマッド様のことだ、絶対に独断専行という体を貫いて意地でも私との関係を割らないことでしょう。
そんな貴方一人に責を押し付けるなんて、友人としてはとても看過できることではありません。
「流石ユフィリア、いい加減俺の行動パターンが読めてきたか。止めるタイミングも完璧だ」
何度貴方の突拍子もない発言を聞いたと思っているのですか……?
そして行動を読まれて何でそんなに嬉しそうな顔をするのでしょう。
こういう時の喜怒哀楽の基準はどうにもよくわかりません。
「俺が潜入ってのは効率が悪いから流石にやらねえよ、安心しとけ。ちょいと秘密兵器は使わせてもらうがね」
やりづらいのであって、出来ないとは言わないのですね……
そしてこれまた物騒な単語が聞こえた気がするのですが?
何ですか秘密兵器って。一体何をしでかすつもりなのですか。
「ご安心くださいユフィリア様。秘密兵器とはいっても物騒なものではありませんので」
恐らくもう彼らの中では既定事項になっているでしょうし……。
少しばかり心配ですが、無茶はしないことを祈っております。
ここはセラの言葉を信じることにしましょう。
もし約束を破ったら……さて、どうしましょうか。
「それにしても、婚約者が別の異性にいることが多いって話をユフィリアから聞くことになるとはな。嫉妬ってものを覚えたのなら、それはそれで面白いものだ」
「あくまでアルガルド様とレイニ嬢のことを案じてのことですので……そもそも、嫉妬を始めとする悪感情はあまり持っていいものではないでは?」
その手の感情に振り回されたら、何をしでかすか分からなくなる。
学院でもその手の陰湿な行いは後を絶たないので、嫌でも再認識させられてしまう。
そんな危ない感情に対して、何でそんなに楽しそうなんですか。
……まあ、怒りに任せて盛大に口喧嘩をした私が偉そうに言うことでもないのですが。
でもあれは──正直制御出来なかったというか、お互い様だから仕方なかった側面もあるというか……。
「嫉妬は確かに悪感情って定義されてるが……鵜呑みにして騙されるのは良くねえぞ?この手の定義はコインの裏表、表裏一体の一面が色濃く出るものさ」
「コインの裏表、表裏一体……ですか」
字面では悪とされていますが、そのようなものにも善の側面もある……?
嫉妬に善い面……そのようなイメージはなかなか浮かんでこない。
どうにも学院で行われていることが脳裏に浮かんでしまいます。
そんな私の思考を理解しているのだろうか、マッド様は更に持論を続ける。
「才能が無いやつが才能のあるやつに嫉妬しながらもとんでもないことを成し得ることもある。いい悪いじゃない。抱える当人の構え方次第ってことさ」
その例を出されて、昔時折読んでいた物語の中にそういう話があることを思い出す。
凡才が天才にコンプレックスと共に嫉妬を抱き、それを誰かにぶつけるのではなく己の中にのみ向けた。
その結果とんでもない集中力を発揮して、天才とはまるで違う地平にたどり着いたという話でしたね。
なるほど、確かにあの例は悪感情とされるものを真っ当な方向で使いこなすいい例です。
「嫉妬なども使い道ということなのですね。難しい道ではありますが、一つのきっかけにも出来る……演劇の台詞間違いとどこか似ていますね」
「ユフィリア君、正解。また一歩人間を知れたようで先生は鼻が高いぜ」
……あの、同い年ですよね私たち。
何で先生が生徒を讃えるような感じで肩を軽く叩いてるんですか?
頭を撫でないのは、何だかんだで細かいところに気を回せているということなのでしょうけど……。
それでもこの年下扱いは……また何とも形容しがたいですが、あまりいい感情が出て来ません。
マッド様風に言うなら、少しだけ『イラッ』と来るって感じでしょうか。
「──ああ、そろそろ最も危ないお見送りタイムの幕開けか。父上じゃねえんだが、毎度の如く胃が痛くなってきたぞ」
あら、もうそんな時間でしたか。
これまた毎度の如くですが、本当に時間が経つのは早い気がします。
「では、本日も相談に乗って頂きありがとうございました」
「気をつけてお帰り下さい、ユフィリア様。今日もきちんと隠形をこなすのですよ、マッド様」
それはもういい笑顔なセラに対して、マッド様はせめてもの反撃で彼女にデコピンを与えていた。
この帰路が私とマッド様にとって最も危ない時間に当たるので、それなりに気を揉んでいるのだろう。
何せ、ここから私の住む屋敷までは馬で移動をしなければならないのだから。
言うまでもありませんが、マッド様が馬の操る形での二人乗りです。
そしてマッド様が独自に用意したこの馬、なかなか存在感が薄いのか今のところ誰からも見咎められたことがない。
お陰で私とマッド様の関係は未だに隠れたものになっている。
色々曰く付きだったところを安値で買い取ったらしく、原理はよく分かっていないとのことです。
最初は何が起こるのかと警戒したものでしたが……。
何度も乗っていても特に何も起こっていないので、本当に便利な馬として扱える。
一体どこでこんな馬を入手したのかは分かりませんが……まあ、マッド様だからということにしておきましょう。
それにしても……危ないはずのこの時間もまた楽しいと思う自分がいるのもまた妙な感覚ですね。
友人であるマッド様との他愛のない話、慎重を期して見つからないようにするどこからしくない姿。
そしてその緊張を気取られないように変なことを言い出したり、そこを指摘すると年相応な反応を見せてくれたり。
これらが全て『楽しい』、または『面白い』と感じている。
以前の自分ではまず沸いてこないであろう感情だった。
──相談とか愚痴以前に、この感覚を味わいが為に離宮に通っていると言っても過言ではありませんね。
「今日も無事到着しましたよっとお姫様。ひとまずお手を」
「この国の姫は私じゃなくて、アニスフィア王女殿下ですけどね」
「そこはおとなしく受け取っておいて欲しいところなんだが……まあいいか」
今日も無事に乗り切りましたね。
元々の疲労もあってか、マッド様は心身ともに疲弊を隠しきれていない。
そんな状態でも殿方としてちゃんと手を取ってくれる辺り、本当に律儀な人だ。
冷たいようで優しかったり、雑だと思ったら律儀だったり、普段は飄々と私を揶揄うかと思えば逆に自分がその隙を見せたり。
──今日も私の唯一の友人は、見ていてとても愉快です。
さーてあれから暫くして、我が離宮の一室は臨時作戦会議室みたいになっていた。
議題は無論、ユフィリアからの相談事──『兄上とレイニ嬢、そしてその周囲の関係』についてだ。
確かに俺は潜入しないとは言った。
だが、調査をしないとか対策を練らないなんて一言も言ってない。
よってまるで問題ない……そうだろ?
所詮俺自身は器用万能寄りなお子様に過ぎない。
この10年近くの勉強やら鍛錬やらで色々出来るようになってはいるが……『餅は餅屋』という格言もある。
要するに、そういう隠密手段に長けた人間にやってもらえばいいってだけのこと。
というわけで本日のゲストはこちらの2名である。
「全く、どんな大層なことを頼まれるかと思ったら貴族学院に潜入とは……同年代に合わせるなど、お前さんにとっては今更なことだろうに」
「友人であるご令嬢の為につい頑張っちゃう弟分の姿を見られるんだ、むしろお釣りが来るくらいだろ?お前のいない間、マッド君の人付き合いも結構面白いことになってるんだぜ?」
「それはデイジーからも聞いておるさ。儂のいない間に随分と豪胆なことをするようになったではないか!全く、どこかの誰かさんも見習ってほしいものだねえ」
ルドミラ姉さんとカルシオン、いわばエルフタッグである。
特にルドミラ姉さんは今回の件に関してはうってつけの中でもうってつけの人材だ。
呼び戻すのに多少の時間がかかるって点を考慮しても、普通にお釣りが返ってくるほどさ。
今回は堂々と潜入する者と隠密で潜入する者を2名用意するべきと判断して、それぞれ二人を充てたというわけだ。
ルドミラ姉さんは俺に変装のいろはを教えてくれた変装のスペシャリスト……というかもはや変装そのものが趣味と化している節すらある御仁だ。
性別も年齢も変幻自在とすら言えるその成り代われる範囲の幅広さたるや、少なくとも外見だけでこの人を見つけろというのは難しい話と言えるほど。
そんなやべえ変装しながらスナイパーやってるんだぜ?
狙われたらおちおち寝れやしないだろうよ。
狙撃の瞬間の殺気を察するか、事前に分かってるか、そもそも狙撃そのものを対策するか。
いずれかを怠れば、まあまず初見殺しを貰うだろう。
俺はパルヴァネ師匠の修行、陰の鬼志の活動に混ぜてもらった時の経験の副産物で見分けはある程度つくけどな。
そもそも、俺の戦闘スタイルの柱の1つはこの人から盗ませてもらったようなものだし。
そういう意味でも、デイジー師匠、カルシオン、イグノックス兄さん、カルリッツ父さんに並ぶ師匠ってわけだ。
で、隠密潜入については俺が知る中で最も得意とするカルシオンが真っ先に上がった。
だからいつものお遊びに付き合ってもらうついでに頼んだ、以上。
雑に見えるかもしれないが、実際そんな感じで頼んだら二つ返事で了承貰ったんだからこうとしか言いようがないんだよな。
「早速本題から行くが、件のレイニ嬢とその周りの様子はどうだった?」
スルー気味にやってかないと無限ループになるのは経験から理解している。
それに今回は真面目にやらなきゃいかん都合、アホな雑談は時間がもったいない。
「確かにお前さんの兄君と一緒にいることが多かったのう。まだ恋慕のような空気は感じられぬが……その内黒になりかねないかもねえ」
「後は、王子殿下以外の周囲の人物が少しずつだけど増えてたな。まるで親衛隊みたいなノリだったよ」
「おおそうじゃ、それもあったな。ついでに件のユフィリア嬢も少し見ていたが、纏う雰囲気から周りの人物までなかなかの対照的な際立ち方じゃったな」
「しかも酷いことに、ユフィリア嬢の方は遠巻きに『下手に優秀で女らしくない』だの『次期王妃に選ばれて当然って感じが鼻に着く』だの、色々比較されては言われたい放題だったぜ?」
黒になりかねないのはまあ想定通りだ。
レイニ嬢の周囲の人物……いわゆる取り巻きが増えてきているだと?
何だ何だ、兄上単発狙いにしては随分とまだるっこしいことしてるな。
──それと、何だよその低レベルな陰口は。
我がことのようにムカつくんだが。
「ユフィリアはまだ俺とセラの前以外では殻を破り切れないって言ってたし仕方ねえだろ……っていうか、優秀だからって女らしくないって意味分からなくね?」
「おお、しれっと惚気ておるな。確かに、お前さんにしては随分肩入れしておるのう……女らしくないの下りについては同意じゃがな」
「捻くれた独占欲ってやつか?我らのマッド様がどんどん面白くなってきてて、お兄さんはとっても嬉しく思うよ」
「いちいち一言二言多いんだよアンタら、臨時報酬減らされてえのかコラ」
事実言ったまでだ、スイーツ脳丸出しな揚げ足取るんじゃねえ。
そもそも何でこれが惚気になるんだ?
イグノックス兄さんと一緒に首を傾げたい気分だ。
少なくとも俺の前ではなかなか面白い味出してきてるんだから、それを嬉しがって何が悪い。
「話が逸れたから戻させてもらうぞ。……とりあえずはレイニ嬢についてだが、そんなに誰にも彼にも親しまれてるのか?」
「地位が低いからこその親しみやすさって表現もできなくはない。が、それにしたって妙だな。元々マナーとかに歯抜けがあって浮いていたって話もあるから余計にそう感じてくるよ」
「アルガルド王子が最初は親切心から手を差し伸べ、そこから周りもやいのやいのと付いてきた……とすればおかしな話ではないはずじゃが、やはり違和感が拭えぬ」
兄上もやっぱり最初は親切心……いや、義務感からだったのか。
そこはユフィリアの推測にもあったからおかしなことではない。
二人からある程度の情報が出てきたが……二人の関係性の候補選択肢はあまり減っていないってのが実情だ。
むしろ最もマシな『兄上がずっと親切心で面倒を見ているだけ』、というケースが真っ先に除外されるのが余計に辛いほどだ。
追加分を考慮すれば、悪いパターンの方がどんどん増えているくらいだ。
……その中には、俺が思う中でも最悪極まりないシナリオもある。
「俺にとって大当たりに繋がりかねないな……最悪の中で最悪を重ねたらって話だが」
「大当たり……要するにあの貴族崩れ達が関わっている可能性を言いたいのかい?流石にそれは飛躍が過ぎると思うがねえ……」
ルドミラ姉さんの言いたいことはよーく分かる。
だからあくまで最悪の可能性って言ってるんだよ。
普通なら突拍子もない、妄想とも取れなくもない発想だが……有り得ないってことは有り得ないってね。
兄上を狙うにしても散見される奇妙な点が、余計にそういう予感を加速させるんだよな。
「レイニ嬢が色々ときな臭いってのもあってその考えられる範囲もかなり広くなっちまうんだよ。」
「残党連中の差し金ねえ……国を掌握せんと次期王子に近づくなんて、随分大胆不敵だ。だからこそ逆に有り得るとも言えるが」
「その説で行くと、ご令嬢は立派なハニートラップ要員となるわけじゃな。あの守りたくなる外見の裏がそれだったら、確かになかなか怖いものだねえ」
これはあくまで憶測に過ぎないが、最悪やそれに準ずる想定はしておくべきだ。
もしそれが当たっている場合でも、奴らだったらそうそう尻尾は出さないだろうが……。
流石に何から何まで偶然、取り巻きが多いのもレイニ嬢の持つ気質ですってのは都合が良すぎるし。
無差別犯行にも見えるから、彼女に精神異常でも与える変な体質があることすらも考慮しておくか。
こういう場合は最悪を想定しておき、そこから枝を分け、複数の択を考慮することがむしろ近道になり得る。
ちなみにこれ、実戦経験の中でイグノックス兄さんから教わった心構えだ。
実にあの人らしい考え方で、とことん共感できるし為になったよ。
「……レイニ嬢へのアプローチは俺からはやりづらいな。完全に裏が取れるまで下手に動けねえ」
「こういう時は、張りぼてとはいえ王子殿下っていう立場が邪魔になっちまうからな」
状況的に一番厄介なのは、下手な動きをするとユフィリアにも影響ないし害が及びかねないってことだ。
無差別とはいえ地位を固めてる軸は兄上ってことになるから、狙いはある程度は絞れる。
元々二人は進展がほぼ無いって話は本人からは聞いてなくても、その辺歩いてる時に嫌って程聞いてきたからな。
そんなところに、レイニ嬢の存在が噂としてでも明るみになってみろ。
こういう時の噂ってのは、物理的なそれよりも立派な凶器だ。
ただでさえ砂上の楼閣になりつつある婚約関係は、それこそ崩壊寸前になっちまうだろうな。
その間隙を突いて兄上がユフィリアをその地位から追い出すように仕向け、そしてレイニ嬢をその位置に据える。
そうすれば黒幕はレイニ嬢を通じて兄上を操り人形に出来る……まあ、これが最悪のパターンってやつだ。
ではここでレイニ嬢に下手なちょっかいをかけ、それが露呈してしまった場合はどうなるか。
これまたユフィリアが疑われるだろうな。
レイニ嬢の評価は一部ではかなり高く、兄上も傍から見れば首ったけって状態だ。
そんな状態で何かあれば、まあ痴情のもつれってことで婚約者が疑われるのは必然だろうよ。
そうなれば最悪の形での婚約破棄一直線、これまた裏にいる連中の思い通りになりかねないってわけだ。
更に更に、姉上への影響まで考えておかねばならんよな。
あの人も魔学の功績とか込々で王位を望まれてる節があるし、知らず知らずの内に踊らされる危険性は無くもない。
この二人での王位継承権争いが表沙汰になっちまえば、混乱も極めることだろうしな。
とまあ、これくらいのことは考えておかねえと後が怖くて仕方ない。
この最悪を防ぐないし多少はマシな形で迎えるようにする手は……。
「まあ、当事者は一人じゃねえからそれで行くべきだな」
「なるほど、お前さんの兄君の方から攻め込むというわけじゃな?」
流石ルドミラ姉さん、見事な先読みだ。
早い話、兄上側の方でレイニ嬢への心変わりを阻止しちまえばいいってこと。
それならば事態を丸く収める芽が多少は出てくるだろ?
それ以前の懸念もあるにはあるが……四の五の言ってられる状況じゃねえからな。
「要するに、双子喧嘩勃発ってわけか。見世物にならないのが残念なくらいには面白くなりそうだ」
「年頃の男児はそれくらいやんちゃでなくてはな!いっそ、果たし状でも書いてみるかい?」
「よし、その案採用だ。10年以上越しでの再会だ、ちょっとくらいエンタメに寄っても罰は当たらねえだろうよ」
口論だけで済むってことはまず有り得ない。
俺なりに兄上についてずっと思っていたこと……もとい気に入らない面があるからってだけの話ではある。
だが、俺は早々にスペア扱いで強制的に引き離された身──血縁にありながらもほぼ部外者に等しい。
そんなところから図星まみれのブーイング受ければ、まあキレるだろうな。
だが、そんなこと知ったこっちゃねえんだ。
こちとら部外者だからこその視点、考えや感情ってのがある。
気に入らないから動く……いつものことをいつも通りにこなすだけさ。
それに、今回は少しばっかり腹も立ってんだよ。
可愛い4番目の友人を蔑ろにするだけでなく、最悪な形で傷付きにしようとしてるんだからな。
──ちょいと覚悟しておけよ、アホ兄上。
今回ばかりは、それなりにマジで行かせてもらうかね。
さて、次回からいよいよこの作品を書きたいと思った原点オブ原点です。
ぶっちゃけ、転天で一番引っ張り上げたくなったのが彼なんですよね。
本作ではこちらなりのやり方で行きますよ。
Youは何を求めてこの作品を?(要するに需要調査です)
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転天キャラでのNLとか他絡みを所望
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グランサガの二次がレアすぎて
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バトルハードモードに釣られた
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ちらほらある(?)デビルメイクライ要素
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その他(そもそもの作風とか)