どっかで聞いたことのあるような双子芸も。
これがやりたくて双子にしたってのも少々あります。
対策会議から幾日経ってからの夜のこと。
マドラーシュは騎士団の訓練所で一人ただ立っていた。
しかし、今の彼の姿を見て『無価値な放浪王子』とは誰も思わないことだろう。
その容姿及び恰好はまるで異なっており、身にまとう雰囲気は王宮内のそれとは大きく異なっているのだから。
髪色こそ白金色のままだが、オールバックに整えているだけで印象は大きく異なる。
その上で、身に纏うのは金のラインが入っている黒いコート。
グランナイツとの絆の証と言える愛剣の『セイリオス』を背に負っている。
更には、趣が異なる第二の得物……こちらは偉志ノ大陸との友好の証である『千紫万紅』を腰に控えさせる。
髪色以外は知る人ぞ知る、『無慈悲な七つ夜』、または『無慈悲な主役』ケルビムそのものであった。
この後に起こり得ることを意識しての完全な戦闘態勢だ。
アミュレットのように加工された純黒の彫魂石が淡く光っているのは、兄貴分の二つ名と同じものを内に滾らせている何よりの証であろう。
「──来たか。時間通りとは随分真面目だな?」
当然だが人払いは済ませている。
わざわざラインヒルトとカルリッツに頼み、この時間の訓練所は完全貸し切り状態だ。
そんな場所に訪れたのは、マドラーシュと同じ髪色に同じ年頃の一人の男子。
王位継承権第一位、マドラーシュの双子の兄……アルガルド・ボナ・パレッティア。
同じ日に生を受けながら、その役割にこれまでの生き方その他も含め色々と対照的な二人。
実に10年以上ぶりの再会だった。
「あのふざけた文面からして、てっきり姉上かと思ったが……まさかお前とは思いもよらなかったぞ。──久しぶりだな、マドラーシュ。教育係と放浪していなくていいのか?」
「たまには休ませねえといけねえだろ?ああ、文面については悪いね。実の血が繋がった相手への手紙の書き方なんてとっくに忘れちまったもんだからよ」
「その結果があの果たし状とやらか……少し会わない間にお前も姉上と同類の呆けになったわけだな」
早々に始まるのは、肉親同士らしからぬ皮肉の応酬だ。
これで双子の兄弟なのだから、その溝の深さは果たしてどれほどのものなのか……知り得る者は極めて少ないことだろう。
その表情もまさに対極であった。
苛立ちを向ける兄といつも通り飄々とした弟。
そして、この時点で既に弟は一つの事柄を再確認することが出来た。
──目の前にいるこの兄は、これまた余計な影を重ねていることを。
「そりゃあ血は繋がってるんだし、似てるところがあっても不思議じゃねえだろ。何をそんなに苛立ってるんだか」
「王位から半ば切り離され、慰め程度に放浪ばかりするお前に苛立ちだと?見放しこそすれ、そんな感情を抱くわけが──」
「姉上に対してのことだっての、いきなり話を逸らしやがって。あっちも王位継承権は興味ないって捨ててるのに、そんな相手に何ぶつけてるんだ?」
マドラーシュの鋭い指摘に、アルガルドの表情は明らかに険しさを増した。
舌打ちも混ざっているところから見るに、明らかな図星。
それに合わせるようにマドラーシュも少々ばかり苛立ちを見せているが、相対するアルガルドは当然のように気付いていない。
「──お前の物言いから魔学とやらの研究用の魔物の素材を大量に持って歩く姉上を思い出しただけだ」
「姉上の奇行なんていつものことだろ……これはもう直接言わなきゃ分からねえようだな」
苦しい言い分で核心から逃げようとしているのは見て取れる。
そんな兄の姿を見て、マドラーシュは早速痺れを切らした。
これ以上は時間の無駄と言わんばかりに、苛立ちの原点となるカードを突きつけた。
「周りの評価ばかり耳を傾けては気にして、忖度して……いつまで無駄に姉上の影を追ってるんだ?哀れな第一王子様よ」
核心を突く形で攻勢に出る。
衝動的だったり、諭すような……ユフィリアとの口論とはまるで異なるその物言い。
そしてその顔に張り付けられているのは『無慈悲な七つ夜』と呼ばれた日と同じような無表情そのもの。
その内にあるのは徐々に高まりながらも的確に制御出来ている苛立ちと憤怒。
巧みにコントロールされているからこそ、別の方向で深みを増している負の情動だった。
「『アニスフィア様に魔法の才があれば良かったのに』、『アニスフィア様と比べたらアルガルド様は凡庸だ』……ああこの上なく醜く横暴な陰口だ、そこは同情してやる。で?当のアンタはこれだけ言われて何してんだ?」
「何をだと?外野から見てそこまで分かっているなら、とっくに理解はしていると思うが」
「ああ、普通に次期王位の駒をやってるな。下らない雑音を振り払うかのように、ただ役割に相応しくあろうとしていた」
そもそも双子の兄を怠け者だったり次期王子の座に胡坐をかいているなんてマドラーシュは欠片も思っていない。
むしろ勤勉で真面目なくらいには思っている。
しかし、傍観者として見たらその様はむしろ苛立ちを覚えてしまう。
彼が嫌う操り人形を手繰り寄せる糸が嫌でも幻視として現れるから。
──その行動にはとあるものがぽっかりと欠けている。
「有象無象の言うことなんて無視していれば良かったのに、結局それらに踊らされて姉上に変な対抗心燃やして……そのせいでもはや何がしたいかもまるで分からねえチグハグっぷりだ。滑稽すぎてもう笑うしかないね」
「チグハグ……?滑稽、だと?」
「姉上への対抗心と奇行の中に潜む有能さへの恐怖を持ち、その上で『次期国王に相応しくあれ』って期待沿うだけの周りの言いなりポジションに落ち着きやがって。俺の双子が貴族相手にすっかり縮こまってのいい子ちゃんムーブでむしろこっちが恥ずかしいくらいだ──って、おっと」
言い終わるか否かのタイミングでそれは飛んできた。
水の斬撃を放つ魔法、『ウォーターカッター』。
マドラーシュはその行動を読んでいたか、少しだけ立ち位置をずらして軽く避ける。
「剣を抜け、マドラーシュ!その余りある傲慢に不敬その他諸々をその身ごと断ち切ってくれる!」
「やっぱ、俺たちみたいな双子にはこういう感動的再会がお似合いってな!さあ、楽しい楽しい双子喧嘩のお時間だ!」
一体どんな感動的再会だ……そう突っ込む良識あるものは誰一人としてこの場にはいない。
溜まりに溜まった憤怒を吐き出すように吠える兄と激情を隠しヒールを演じ煽りを重ねる弟。
今のところは何もかもが対照的な、殆ど知られることのない双子喧嘩の火蓋は切って落とされた。
先ほどの無詠唱のそれより更に速度を上げた水の斬撃が手刀から放たれる。
距離がある関係上、先手を取るのは兄上であることは必然だ。
素での実力を見せつける都合、顕魂術は使うわけにはいかねえからな。
それは俺にとっては立派な枷になるが……お陰で手順はむしろ簡略化されてるわけで。
ただ想定以上に兄上の魔法の熟練度が高いのが僅かばかりの誤算だな。
詠唱ありで放つ水の斬撃の連撃間隔もかなり短いからあまり油断も出来ない。
並みの近接タイプなら間違いなくこれだけで接近が厳しくなってきつくなるんじゃないか……?
まあ、俺の知ってるその手の顔ぶれがこんなことで苦戦する顔は想像つかねえ。
要するに、俺にとっても何てことなければ話にならないってことだ。
「やれやれ、初っ端からダンス躍らせるとはハードな兄上様だな!」
兄上の視線、振り下ろす際の手の軌道、魔力の流れ、俺の現在の動きへの対処。
これだけの情報があれば先を見るには十分事足りる。
デイジー師匠やカルリッツ父さん、レオン先生やイグノックス兄さんにカルシオン……こんな化け物達との斬り合いをやってれば自然と出来るようになることだ。
そうやって避けていれば、後は勝手に相手の呼吸に合わせて調整するのみ。
兄上の魔法の適性属性を考えて、なるべく水が付着しないように剣は抜かず余裕を持っての回避しつつじわじわと接近する。
ここで焦ったら後で全てが水の泡になっちまうからあくまで慎重策だ。
兄上からしたら俺が慎重策を取っているようには全然見えないだろうがな?
時折俺のリズムを狂わせるように虚を混ぜてくる辺りは褒められる点だろう。
しかし、それで攻撃を緩めれば俺の接近ペースは上がってしまう。
多少大きく避けたとしても、徐々に俺は距離を詰めている。
「ちっ!『アイシクルプリズン』!更に──『アイシクルランス』!」
勿論兄上もただで近づかせるほどバカではない。
やはり大量のウォーターカッターは攻撃と同時に布石ってわけか。
水属性の派生属性……氷の攻撃に転ずるためのな。
アイシクルランスを連続で使えるのは、そこに水があるからイメージが早いからだろうよ。
思った以上に頭が回ってるじゃないか……悪くない。
キレてもっと直線的に来るかと思っていたからこそ厭らしいと言える。
っていうかしれっと魔法の連続詠唱してることにも俺は少しばかり驚いていた。
顕魂術ならいざ知らず、連続魔法って精霊を変化させる工程の都合難しい気がするってエリオ姉さんとクリスティーナ姉さんが言ってたからな。
胡坐をかかず、むしろ憎くとも超えたい対象への対抗心の結果ってわけか?
だが、今回は何とも間が悪いというか相手が悪い。
「水氷タイプっていうのは残念ながら体験済みだ」
先ほどのウォーターカッターの連打を余裕を持って避けていたのは、そもそもこの展開を読んでいたからだ。
ちょっと前にレオン先生に連れられて永遠の神殿って場所を探索した時の経験が見事に活きている。
そこのボスと戦った際に、部屋全体を覆うような大津波をかまされたんだ。
無論逃げ切ることは出来たんだが、その直後に氷を扱う使い魔の召喚っていう最悪凍結コンボをやられかけた。
お陰で俺のお得意戦術の1つが見事に潰されて、かなり戦いづらかったな。
苦い経験ではあったが、確実に糧になっているからそれだけでもあれと戦った甲斐はあったってもの。
あの時の二の舞にならないよう皮膚に付着している僅かに付着した水分を払うために少々大げさに空中を舞う。
先に発射されていたいくつかの弾丸はこの時点で空振りだ。
ウォーターカッターの水分を利用して飛んでくる氷の弾丸の迎撃のため、俺はここで初めてセイリオスを抜く。
アイシクルランスの残弾からその軌道と兄上の魔力の流れを感知。
僅かに生じる発射タイミングのずれを計測して、最小労力最高効率で的確に氷の弾丸を捌き切って見せた。
「全く凍る気配なしだと!?くそっ──ウォーターハンマー!」
お、割とメンタルに来てるみたいだが折れてはいないみたいだな。
決め技を捌かれたことで呆けてる隙に終わらせられるかと思ったが……。
さて、次に迫るは魔法名そのままの水の槌。
裁判官が判決を下すかのような威圧感、それに相応しい攻撃範囲だ。
今の俺のスピードにある程度合わせて回避の道をほぼ断っている。
攻撃スピードからして後退も許さない構えか。
だがそれは今のままのスピードならば、の話だけどな。
「──リズムを上げるぜ!なんてな」
俺が兄上の戦闘におけるリズムに慣れてきているように、あちらも俺のリズムを掴んできている。
正確かつ有効な攻撃範囲を割り出せているのが何よりの証拠だ。
しかし、その慣れっていうのは落とし穴にもなり得る。
何せ俺の変調の兆しを掴めなかった時こそが最大の隙になり、俺にとっては一撃必殺のチャンスになるわけだから。
カルシオンに嫌って程叩き込まれた、変速駆け引きってやつだな。
水の槌の範囲からここまで一度も見せていない8割ほどの加速を引き出す。
計算ずくの寸でのところでかわしきれば、もう障害は何もないはずだ。
後は斬りかかるべく肉薄するのみ──
「距離を詰めたら対抗手段なしと思うな!避けられることも想定済みだ!」
「おおっと!?流石にそれは想定外だっての!」
何と咄嗟に氷の魔法で作った剣で迎撃してきた。
切り替え早くないか兄上!?
捻くれがあまりに度が過ぎて、何もかも疑ってかかってるってのか!
──って感心してる場合じゃない、さっさと状況更新だ。
このまま斬り合ってもいいんだが、この分だと何を仕掛けられてるか分かったものじゃない。
癪だが一度距離を取るべきかもしれねえ。
ちょいと口論フェイズに移りたくなったところだし。
この決闘では封印するつもりだったが……止むを得ない。
こいつのお披露目も行かせてもらおうかね!
「二刀流、だと──がっ!?」
「うお、まさかのそっちもかよ!?」
鍔迫り合いへの集中を一瞬だけ逸らす狙いで、空いた左手でもう一方の鞘に収まっている千紫万紅を抜く。
斬りかかってる暇は当然ないので、引き抜く勢いをそのままに柄を兄上の腹部に打ち付けてやった。
その結果、何とか不意打ちは成功したな。
悪く思うなよ、この程度あっち(偉志ノ大陸)では日常茶飯事なんでな!
軽く小突いた程度だが集中は僅かに削げたから、鍔迫り合いの方も押し返してやる。
そこから、後ろに推進力を得るように蹴りを放った。
殺す気が無いからこその行動だが、それ以上に俺は即座に距離を取りたくなった。
鍔迫り合いの最中、案の定と言うべきか密かに俺の足元に忍び寄る水の鞭に気付いてしまったから。
恐らく近接戦にこだわっていたらこの鞭に絡めとられて体勢を崩され、そのまま斬られていただろうな。
何とか蹴りと共に距離を取れたと思ったところに、安心する間もなく更に悪寒が走った。
背後からウォーターハンマーが空振った後の水を再度アイシクルランスとして構成して放っていたのだ。
しかもここぞとばかりに無詠唱……数は少ないが完全に不意打ちとして形になっている。
即座に振り返りセイリオスと千紫万紅の二刀流で対処するが、振り返るまでの僅かなタイムラグもあってか全てを捌くことは出来なかった。
「端っことはいえコートに穴空けやがった!おい兄上、何してくれてんだよ!」
本気で怒っているわけじゃないが、俺は思わず叫んでしまった。
ああ、やってくれたな、本当にやってくれたよこの兄上様!
グランナイツのみんなとオルタ、カイト、ミココロ、ラス以外でここまでやられたことねえんだが?
「ごほっごほっ……何だ急に。弁償などする気はないぞ」
そもそも冒険者活動用の服だ、そんな要求しないっての。
ある程度ギリギリの戦いをしてから距離を取ったから、兄上側も少しは頭が冷えてきたか?
この短くも濃厚な斬り合いの中で湧き出て来た、俺の素直な感想を今なら言えるな。
「兄上……アンタ普通に強いじゃねえか。これで姉上と比較したら凡庸とか何の冗談だ?少なくとも俺は戦ってて楽しい。俺はたった今、アンタを強者に分類することにしたよ。ったく、ここまで出来ておいて何で自分の可能性を閉ざして周りの言うことに従ってるばかりなんだよ」
俺は兄上の強さ──それも、色々と抗った結果のそれを心の底から賞賛していた。
この強さは、泥にまみれて無様でも何でも足掻いた結果得たものだ。
その程度はちょっと斬り合えば分かるもんさ。
全く、これほどのものを真っ向否定するなんて、どこまでねじ曲がって……いやどこまで捻じ曲げられたんだよアンタは。
目の前にいるのは、これまでほとんど顔を合わせなかった双子の弟。
つい先ほど、俺のこれまでの行いを『お利口さん』と揶揄しきった憎き傍観者。
こいつは姉上と同じく魔法が使えない、王族や貴族にとっては無能の烙印が押される存在だったはず。
それが俺の一手一手を凌駕していき……挙句、たった今俺の咄嗟に放った二重の不意打ちすら防いですら見せた。
しかも、姉上のように魔学にも頼っていないのが決め手だった。
一つ一つは人間で出来ることだが、その熟練度があまりに高すぎる。
──これが普通に名の通った者ならば俺は何も言わなかったかもしれない。
だがお前は、教育係を振り回して放浪して遊び呆ける放浪王子ではなかったのか。
その恰好は、ただの冒険者ごっこで、お遊びの範疇ではないのか?
──そんな意味不明で不気味な愚弟は、挙句の果てには何をほざきだした。
俺が強いだと?戦っていて楽しいだと?自分を否定するなだと?
これでも足りないんだよ、あの人を超えるには!
「哀れみのつもりか!?お前だって知っているだろう!姉上の生み出した、魔学、そして魔道具!アレをただの人間が思いつくような代物だと思うか!あの人は化け物だ。それに対して俺はどうだ。俺が出来るのは、人間で出来ることの範疇だけ!政も、学業も、魔法も、所詮は人の範囲で収まりきっている!凡庸でしかないだろうが!なのに俺が王にならなければならないだと!ただの飾りの王にでもなれと言うのか!ユフィリアのこともそうだ。俺の箔付けの為と言うが、やつの鬼才ぶりはお前も知っているだろう!むしろ俺の方が箔、本末転倒じゃないか!俺は何なんだ。ただ与えられるだけ与えられて、後は王という駒を演じればそれでいいのか!ああ、分かっているさ!それがお前の言うお利口さんだということくらい嫌と言う程!だがそれ以外にどうすればよかったんだ!その役割を捨てたら、俺はもはやお前以下の存在になり果てるんだぞ!分かるかマドラーシュ。貴様に、俺の空虚が、俺を縛る呪いが分かるか!」
いつの間にか俺は吐き出していた……魂からの咆哮を。
そうだ、俺はこれまで与えられているだけだった。
次期国王の座も元々決められ、更に魔法が使えない以外優秀な姉上にも譲られて。
その地位を盤石とするばかりに、ユフィリアとは政略結婚前提の婚約をして。
何もかもが与えられ、俺の意志などどこにもない。
その状況下で聞こえてきてしまった。俺より姉上の方が優秀で、王位に向いているのではという最悪の言葉が。
抗うように優秀な実績を収めようと、姉上の輝かしい実績にも、ユフィリアの評価にも埋もれるのが関の山という有様。
そんな状況下で王になったところで、ただの傀儡、王という役目を果たすだけの人形。
俺である必要がどこにあるというのだ。
いっそ、目の前の弟のように初めから王位があってないようなものの方がまだマシだった。
嗚呼、初めてこの目の前の愚弟を憎くて羨ましいと思う。
そして、何でこんな王子らしくない体たらくを曝け出しているというのに……
「やっと吐き出せたってところか?全く、何でこう俺の周りはどいつもこいつも溜めこみ性質持ちなんだか」
──何故、お前は笑っている。
それも人を食ったような笑みではなく、どこか安堵しているんだ。
お前が何を考えているのかがまるで読めない。
先ほどまでの煽りっぷりはどこに行ったんだ。
てっきりまた腹の立つことを言われるものかと思ったが……。
「確かに、兄上は与えられてばかりだった。アンタが望む望まない問わず、ただひたすら一つの道を歩めと言わんばかりにな。普通なら胡坐をかいてもおかしくなったところなのに……兄上は断じてその状態で甘んじなかっただろ。むしろ決まった道筋の更に上を行ってやるとばかりに色々と抗ったんじゃないのか?何でもかんでも自己否定するなよ。少なくとも自分のしてきたことくらい自分で認めたらどうなんだ」
いきなりこの愚弟は俺のことを肯定しだす始末だ。
何でここでそんな言葉が出てくる。
次期王位の座に胡坐をかかなかった?
期待を更に上回るように動いたのは、より王位の座に相応しくあらんと思ったが故のことだ。
むしろ当然のことだろう、それが俺のやらなければならないことだから。
それを認めろだと……?
「それが哀れみと言っているんだ!どれだけ良い過程を積み上げようが、姉上を超え、ユフィリアを超え……その上で王にならなければ結局は同じことだ!」
「まあ結果ってのが常に付きまとうのが世の真理ってもんだ。過程にこそ意味があるなんて綺麗事言うつもりはない。だがな兄上……アンタは何で色々と固定観念に縛られてんだ?折角抗う意思があるって言うのにそんなつまらないところで縮こまってやがる。未知の概念を産み出してるだけの姉上とかぱっと見完璧ってだけのユフィリア嬢がそんなに怖いのかよ。折れるにはまだまだ早いんじゃねえか?」
固定観念に縛られているだと……?
目の前にいる弟が何を言っているのかが分からない。
姉上とユフィリアが怖い?
──ああ、怖いに決まっているだろうが。
魔学という未知の領域に足を踏み入れた姉上に、何から何まで完璧なユフィリアだぞ?
何故、お前はそんなどうってことないように言える?
「俺とは異なり、最初から何もなかった分際で……あの二人が怖くないとでも言うのか。姉上とユフィリア……あの化け物と完璧の権化を恐れないと?虚勢を張るのも大概に……」
「その程度で怖いなんて言ってたら俺はとっくにこの世から退場してるね。意味不明なのはもっと他にいくらでもいるものさ。俺の身内を筆頭に、世界ってのはもっともっと広いもので、もっと理不尽が多くて……だからこそ面白いんだろうがな」
この愚弟、とんでもないことをさらりと言ってのけたぞ。
姉上とユフィリアが聞いたらどんな顔をするのやらか……。
というか、お前は放浪している中でどのようなものを見てきた……?
双子の兄としては、そっちの方が気になるのだが。
「っていうか、特に姉上のことをやたら化け物と言うが……ちょっと穿って見れば何でもないって分かるぜ?」
「穿って見る……だと?一体何のことだ……」
「魔学っていうのは一見すれば未知の領域に見えるが……あれは魔法においてこれまで誰も見てこなかった部分ってだけだ。アホ共が精霊信仰に熱狂しすぎて追究しなかった……目を逸らしてきた部分だ。そこを意気揚々と拾ってるだけだってのに未知の生き物のように扱うとか、バカらしくねえか?」
その言葉を聞いた時の俺はさぞ間抜けな顔をしていたことだろう。
呪っているとはいえ、知った時から魔法は『そういうもの』だと思っていた。
だからこそ、あの人の考えていることは意味が分からず人間ですらないとすら扱っていたというのに……。
目の前の愚弟は、その考え方そのものを何の躊躇もなく壊しにかかってきている。
普通の感性ならば考えつきもしない観点に、この弟は傍観者でありながら立っているのだ。
……いや、違うな。
傍観者だからこそ、その位置に立つことが出来るというのか?
「姉上が何でそんなのに行き着いたかは……まあ使えないからこその憧れと執念ってところだろうがな。己の出来る範囲で探して足掻いて、その結果自分の夢に向けて前進できた……それが魔学なんじゃねえかって俺は思う。その本質さえ見えてれば、姉上のやってることだって人間の範疇でしかないってのが分かるさ。ただ生み出した概念が未知だからって何でもかんでも化け物認定してたら、この世界はどれだけ化け物に満ち溢れてるんだってんだ?」
貴族たちが聞いたら間違いなく鼻で笑う論説だろう。
しかし、目の前の弟が話には……確かな『理』を感じることが出来た。
そして、俺は幼い頃に姉上に魔学の種になる事象の数々を頼みもしていないのに見せびらかされたことを思い出してしまった。
その過去とマドラーシュの話を照らし合わせると……確かに、もう姉上を未知の化け物と思えなくなってしまった。
「そして兄上、アンタもその点では全然負けてないことはさっきの斬り合いである程度だが分かった。数々の水・氷属性の魔法は練度だけでなく使い方の工夫や趣向が色々為されていた。下らない優生思想に浸ることなく、魔法を比較されるだけの材料と呪い、手段としてみなして己の手足として磨き上げようと抗った結果なんだろ?それはすなわち、常に比較されがちな姉上やユフィリア嬢、二人でも至ることが出来ない領域を目指していたってことじゃねえのか?俺が兄上の戦法を悉く凌駕しようとするのに対しても即座に軌道修正して更に上を行こうとしていた。これ、相当実戦慣れしてねえと出来ないからな?兄上だって強さを持ってるんだよ……時には理不尽すらも変え得る『持たざるものの強さ』ってやつをな。未知はもう俺の手で既知に変わったんだ、ここいらで原点回帰したらどうだ?」
持たざる者が持つ強さ……。
少し前ならば詭弁と流したが、目の前の愚弟のせいでそんなことは到底できなくなっていた。
理不尽すら変えられるのかと言われたら疑問符が付くところでもあるが。
そんな考えをも見抜いているのか、愚弟はまだ続ける。
「というか、その強さの観点で見れば兄上の方が上だったりしてな?こんだけ裏で泥を啜って現在も足掻いてるんだ。後は己の芯を強く深く保つことを大事にしねえと、むしろもったいねえぞ」
「勿体ない……だが、そうなるとこれまで俺を蝕んできたものへの嫌悪や憎悪をも保つことになるが……それでいいのか?」
魔法は姉上やユフィリアとの比較としてしか意味を持たされなかったから呪いであり、憎い存在だ。
そもそも今の王国における、魔法が使えるからと優生主義に浸る考えにも俺は嫌気が差している。
しかし、これらは明らかに次期国王が持っていい感情なのか?
精霊の存在が当たり前で、魔法文化が進んでいるこの国の王が魔法嫌いなど……。
もはや滑稽とすら言ってもいい、とんでもない矛盾ではないのか。
「別にそれくらいいいんじゃねえか?それらのお陰で兄上の足掻きがあるんだったら、それはむしろ下も見習っていい部分さ」
「まあ、お前がそんな優等生回答をするはずがないか。その悪童っぷり、一体誰から受け継いたんだ?」
「お人形さん遊びは俺の柄じゃないんでね。悪童上等さ、下らねえものは壊してなんぼさ」
その上にふてぶてしいと来たものだ。
本当に救いようのない愚弟だ……笑ってしまうくらいに。
……しかし、その負の感情から来る足掻きを見習っていい部分と来たか。
この呪いと憎しみすらも、あろうことか真正面から肯定するとは……。
底が知れない、この評価もこの愚弟には追加しておくとしよう。
「凡才だとしても、上を見て足掻く者の行動ってのは確かに泥臭いさ。だが、その足掻きはそれ自体が熱を帯びて輝きを見せる。そういうのを国全体に見せることが出来る王の方がよっぽど清々しいし共感出来ると思うがね」
「『より良き王』は己を殺して国に、民にその身を捧げる……俺はそう言われてきたが、ある意味では逆ということか?」
「そもそも『より良き正しい王』なんてよく言うが、いいとか正しいとか何だそれって話だろ。そんなクソつまらねえものは表向き適当に演じて、裏では知ったこっちゃねえと振舞えばいいんだよ」
俺を縛り付ける忌まわしき鎖をひたすら食い千切ろうとする言葉の数々。
この国の普通の王族としてならば、振り払わなければならないのだろうな。
しかし、マドラーシュは鎖の存在すらも鼻で笑ってすらいた。
非の無い概念に対して、堂々と反旗を翻して見せている。
「そもそもこの国はいい加減根が腐り過ぎてるし、兄上もいい加減うんざりしてきてるんじゃねえか?いっそ徹底的に抗っちまえよ。何なら、さっきまで怖がってた姉上のことも上手く利用しちまえばいい。ユフィリア嬢は……まあ、筋道立てた上で互いに本音をぶつけておけばいいんじゃねえか?」
お前の考えはあくどいと言うにも足りないほどだろうに……。
肉親すらも利用するなど、傍か聞けば外道にも程があるぞ。
ユフィリアに対する言葉がどこか引っかかるがな。
……まあ、そこは公爵家自体も関わっているからということにしておこう。
だが、この国の歪さが見て見ぬ振り出来るほどではなくなってきていること……これは紛れもない事実だ。
あまりに歪で、自分ではどうにもならないと勝手に思い込んだ末に受け入れてしまっていたがな。
その末に何をしようかと考えていたのかを思い返すと……。
「我ながら実に滑稽なものだな……少し前の自分を殴り飛ばしたくなってきたぞ」
「そこは俺が散々虐めたから勘弁してやりな、それこそ凸凹まみれになっちまう」
お前が言うことではないだろうが、このハチャメチャ愚弟め。
……まあ、その破天荒っぷりのお陰で俺を戒めていたものを見直すことが出来たからな。
そこに関しては、まあ感謝しておいてやろう。
しかし、多少は正気に戻ってきたからこそ思うことがあった。
「いい加減聞き手にも飽きた頃合いだろう。そろそろ攻守交替と行かないか?」
「おいおい随分と強引なやり口だな。まあいい、ちゃんと立ち直れた褒美として話せる分は話してやるよ」
……この機を逃したら、もしかしたら聞くことが出来ないかもしれないからな。
今回ばかりは主導権は握らせてもらうぞ。
そうしてでも弟のことを聞きたかったのは、こうした機会が今までに無かったからだろうか。
「お前は生まれた時から俺の代替品としてしか扱われず、王族としての生き方すら望めなかった空虚な存在とされてきた。そんな絶望的な始点から、一体どのような道筋を経て今に至ったというのだ?」
この14年ほぼ顔を合わせることなく、噂では放浪し放題の無価値王子などと称された……それが目の前のマドラーシュという男だったはずだ。
そんな弟の噂を俺は完全に鵜吞みにしてしまい、同じく嘲笑を向けてしまっていた。
しかし、今こうして相対してそんな評価はもはや木っ端微塵に砕かれたがな。
マドラーシュが先ほどの斬り合いで俺の足掻きの一端が見えたと言ったが、俺も同じこと。
魔法を使えないはずなのに、凡才ながらも胡坐はかいていたつもりのないこの俺を一蹴出来る実力を隠し持っていたのだからな。
恐らく今でも表向き王国最強とされる母上すらも上回りかねない……それほどの武力だ。
教育係がかなり優秀で、そんな者たちの元でかなり鍛え上げられたことが理由の1つだろうが……それだけでは足りない気がする。
無論、元々の才能という言葉で片付けるつもりもない。
──先ほどの戦いから、泥臭さと共に一種の狂気を感じたからだ。
それも、まるで底の見えない深淵──そう表現せざるを得ないほどには人間離れしているものをな。
その地平に至るまで、一体どれほどのものを見て、どのような者と戦ってきたのか。
魔法が使えず、放浪ばかりしていて無価値と言われていた男のその裏の物語を俺はただただ知りたかった。
「王位とか王族とかはずっとどうでもいいって思ってたし、兄上と姉上への妬みとか、そういう感情はまるでなかったさ。俺の始まりはもっと深いところ……虚無に藻掻く俺に舞い降りたのは、とある欺瞞に対する怒りと失望。その欺瞞をただただ壊したくなって……俺はひたすら力を求めた。その過程で至るに相応しい、遥かなる高みと言える目標も見つけた。年齢による不利をはじめとしたあらゆる壁など知ったことではないと言わんばかりに、愚直に不足を埋めていった。その結果、俺は世界を支配する欺瞞に対抗出来るかもしれない芽を作り上げることも出来た」
世界の欺瞞?更にそれに対する怒りだと?
待て、何かスケールが違い過ぎて混乱しかけている。
一体何を知ってしまったというのだ、お前は……?
「──いい機会だ、兄上にはその芽を見せておこう」
「『芽』?お前は一体何を……!?」
そんな俺を他所に、マドラーシュが見せたのは本来なら有り得ない光景だった。
待て、お前は……姉上と同じではなかったのか。
「それは魔法なのか!?姉上から魔道具を無断拝借したということではあるまいな!?」
先ほど鍔迫り合いで用いた剣の切っ先に蝋燭程度の炎を出していたのだから。
それは、姉上とマドラーシュは使えないはずの魔法。
まさにそれを使っているかのような……いや、待て。
即座に俺は違和感に気が付いた。
──本来あるはずのものが、無い。
「精霊の気配がまるで無いだと……?」
「お、流石もう気が付いたか。なら、もう俺のしでかしたことも分かるんじゃないのか?」
魔法は精霊に祈りを捧げることで発動する、ということがこの世界の常識だ。
──その祈りというところに些か疑問はあるが、それは置いておこう。
今マドラーシュは、火を出しているから火の精霊が活性化しているはず。
しかし、火の精霊はおろか他の属性の精霊も動いている気配が微塵も感じられない。
ここまで来て姉上の魔道具を拝借してきた、というのも考えられない。
そうなれば、目の前にある光景は……まさか!?
「精霊の手を借りずに魔法を使う術を見つけたというのか!?」
「魔法もどきとか言ってやるなよ?顕魂術って立派な名前があるんだからな」
まるで悪戯が成功した子供のように、マドラーシュは笑っていた。
何もかもが想定以上でどう反応すればいいのか分からなくなってきたぞ……。
ただひたすら足掻いた結果……世界の常識そのものを破壊しようと言うのかこの愚弟は。
『顕魂術』……この静謐でありながらも強烈な毒で、精霊ありきのあの連中の鼻っ柱をへし折ろうとでも言うのか。
何とも無謀で、傲慢で、強欲で……とことん自分勝手な野望だ。
ハッキリ言ってしまえば、暴君の素養すら感じられる危険思想にも聞こえてしまう。
しかし──そんな物騒極まりないはずの考えを、俺は面白いと思ってしまった。
心の底から笑みを浮かべたのは、一体いつ以来だろうか。
アルガルドは各媒体の描写を見て勝手に技巧派だと思っています。
だから本作では泥臭く、そして狡猾方面に強化。
魔法と言う方面でユフィリアを超えるには?をひたすら探った一つの結果と思ってください。
無論この時は弟の力量を侮って本気を出していません。
そして遂に顕魂術バレ、まさかのこちらが先です。
アルガルドの立ち位置については、まさにこうしたかった形そのものです。
実は転天自体、最初アニメをチラ見してた程度だったんですよ。
その時点で『うわ、これは弟掬いあげてやりたい』って思ったくらいなので……。
ぶっちゃけ、一番思い入れが強いキャラが彼だったり。
そんな私利私欲が本作の根幹の1つ。
そこをベースにあれこれした結果、もう色々なぶっ壊しが発生したということです。
ちょっと強引なやり方かもしれませんが、まあ結局喧嘩は色々解決するってことで(暴論)
Youは何を求めてこの作品を?(要するに需要調査です)
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転天キャラでのNLとか他絡みを所望
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グランサガの二次がレアすぎて
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バトルハードモードに釣られた
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ちらほらある(?)デビルメイクライ要素
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その他(そもそもの作風とか)