第2章に入る前の幕間となります。
今回は、かの破天荒を追い続ける幼馴染編です。
その妬みは親愛と憧憬へ
グランナイツ会館に設けられている簡易訓練部屋では木刀同士がぶつかり合う音が響いていた。
しかし、その音の主はどちらもグランナイツに属する者ではない。
そこにいたのは、次世代を担うであろう若者2名の姿だけだった。
「へえ、いい剣戟じゃねえか。イグノックス兄さんに寄せてきたな?」
「俺がマッドに勝てるのはそこだけだから、ね!」
片や11年の間グランナイツに育てられ、既に世界の裏では名が知られつつある『無慈悲な主役』ことマドラーシュ・リヴェ・パレッティア。
そんな彼が相手取っているのは、第一の師匠の一人息子であり兄弟のように共に育ってきた幼馴染のラス。
傍から見れば腐れ縁同士のじゃれ合いに見えなくも無いが、この打ち合いは稽古試合の側面も兼ねている。
騎士団入団試験を間近に控えるラスが稽古相手を探すところが事の始まりである。
間が悪いことに、普段から稽古をつけてくれる父親代わりのカルリッツや母のデイジーは急を要する討伐任務に出かけてしまっていた。
ならばと兄貴分のイグノックスやカルシオンに頼もうと探すが、こちらも見事に不在。
まさか外に行って魔物を相手取るわけにもいかないので、最後の手段として会館と隣接する離宮を訪ねたら目的人物はあっさりと見つかった。
これ幸いにと頼んだらマドラーシュ側の快諾もすぐだったので、そのまま訓練部屋に戻って今に至る。
「そろそろ木刀2本使ってもいいんだよ?」
「おいおい、イグノックス兄さんとかデイジー師匠が仮想敵ならそれはアウトなんじゃねえか?」
「半分も力を出してないのに仮想敵も何もないでしょ。それに折角の機会なんだ、ちょっとくらい本気を見せて欲しいね」
訓練形式とは言えこの二人が剣を交えるのはこれが初めてのことだ。
機会が無いわけではなかった。
グランナイツが揃って出払っているということは少なくはないし、マドラーシュも常時外出しているわけではない。
彼が幼馴染の頼みをそう無碍にしないというのも、今の状況から分かることだろう。
その機会を自分から避けていただけだ。
目の前の幼馴染は災厄級とされるドラゴンを鼻歌混じりで討伐出来る程の実力を持つ。
更にはそれを上回る巨大オークを封印したり、外れたヴァンパイアを瞬殺したり、世界の果てで戦ったり……。
その武勇伝には枚挙の暇がなく、グランナイツ同様に憧れであり畏怖すらも抱いている。
そんな時に発生したのがこの自問だった。
『騎士団入団試験を控える身としてそれでいいのか』と。
単に騎士団に入団するだけでなく、目の前の幼馴染が起こそうとする革命を特別近衛騎士として隣で手助けをすることも目標の1つだ。
しかし、ただただ憧憬や畏怖を抱いていてはただのお飾り近衛になってしまうのではないか。
実力差など、天と地ほどあって当然だ。
その実力を得る過程を、傍でずっと見続けてきたのだから。
「よーし、そういうことならやってやるよ。もう片方が刀じゃねえから、そこのズレは許容してくれよ?」
思案の間にマドラーシュは左手にも同じ木刀を持って戻っていた。
そして、口端が上がるとともに……その場の空気は塗り替わる。
幼馴染として戯れ混じりだったマドラーシュから、無慈悲に魔物を狩るケルビムへのシフト。
相対する者でなくても分かるくらいの温度差で、その質は温暖から灼熱への変化そのもの。
心なしか、幼馴染からの挑発に対して喜色すら浮かべているようだった。
普通ならば、その急激な変化に気を取られて呑まれるところだが……。
「──くっ!」
そんな愚を犯していたら、確実にこの一撃で意識を刈り取られていただろう。
ラスの知っているマドラーシュの強さは断じて肉体的なそれではない。
むしろ単純な身体能力ならばそう劣っていないことを自負している。
現に先ほどまでは、パワーだけならばむしろ少しだけ押していたのだから。
しかし、その物理的な有利こそが大きな落とし穴でもある。
「無理に攻めない辺り、きっちり学習していて何よりだな!」
「幼馴染って立ち位置は伊達じゃないし、俺だって少しは経験を積んだからね!」
その要因には経験の差が真っ先に挙がる。
マドラーシュ側は確かにパワーでは劣っているが、逆に言えばそれだけのこと。
相手を仕留めるのに、わざわざ同じ土俵で勝負する理由などどこにもない。
グランナイツを初めとした、あらゆる要素・あらゆる意味で己を上回ってくる者たちとの戦いの数々。
自身の不足を嘆くことなく受け入れ、超えていきまた壁にぶつかってもまるで腐らない。
その狂気染みた探究心こそ、ラスが最も畏怖しているところだった。
しかし、ラスもやられっぱなしというわけではない。
最小限かつ最大効率の剣戟を合間を縫って繰り出すことで、致命的な隙を晒すことだけは徹底的に避けていく。
が、ここで響くのは経験の差……言うなれば、勘の引き出しの種と質の差だった。
「……片方を放ったのはこのため?」
「俺が使ってる武器のもう片方は刀、すなわち鍔迫り合いはご法度なんだよ」
これまで打ち合いに興じていたところに、唐突に発生したマドラーシュが左の剣を放り投げるという人為的ハプニング。
ちょうどラスが押し返そうと力を込めた瞬間の出来事で、余分な力が入れながら斬りかかってしまった。
そこに残った右の木刀で受けるのではなく、受け流すことでその余剰分を仇にさせる。
鍔迫り合いを想定していたラスは前のめりに姿勢を崩し、すれ違うようにマドラーシュは放った木刀を再度手に取る。
そうなれば、後はチェックメイト待ったなしだった。
「イグノックス様やレオン様なら読み切った上で対応できるんだよね……グランナイツとマッドの背中は、まだまだ遠いってことか……」
「俺にブラフを張らせたってだけで今は十分さ。そうでもしないと崩しづらいって判断させたってわけだからな」
マドラーシュはその口の軽さとは打って変わって発言内容については誠実なことが多い。
王族としての教養を知らんがなと蹴っ飛ばして育ってきた彼は、世辞というものを何より嫌っている。
この採点には忖度や気遣いは一切なしであることは幼馴染としても重々理解はしている。
それでも素直に喜べない辺り、ラスもなかなかに影響を受けていると言えよう。
「……そう言われても、やっぱり遠く感じちゃうよ」
「なーに言ってんだ。こちとらドラゴン狩ったり目玉狩ったりデーモン狩ったりの毎日だ。この経験の差をひっくり返せるなら、それこそ騎士団試験何て免除の飛び級待ったなしだろうよ」
「いくら何でもそんな横暴はラインヒルト様やカルリッツが許可しないと思うけど……」
「物の例えだっての。何にせよ、お前の強さは断じて血筋ってだけで片付けられるものじゃない。そこは同類である俺が保証してやるから、堂々と試験に臨んで、何事もなく受かってこい」
片や代替品扱いと言えど直系の王族で、もう片や裏の世界最強の騎士の甥っ子。
どちらも正統と言える血が流れているが、そこで胡坐をかかないところも類似している。
しかし、後者は断じて幼馴染を同類などと思っていない。
マドラーシュ本人も言っていたが、同じ地平に立つにはあまりに経験が足りていない。
それはラスが一番痛感していて、それこそ一朝一夕でどうにかなることではないことも理解はしている。
「いつまでも背中しか見えないし、むしろ遠くなっている気がして……どっちが兄貴分か分からないじゃないか」
マドラーシュのやりたい放題に振り回されている様は確かに兄貴分と見えなくもない。
しかし、それ以上に引っ張りあげられていることの方が多いと当人はひたすら感じ入るばかり。
こうして足踏みしている間でも、弟分でありながら兄弟子をやる幼馴染はどんどん先を行く。
ある程度歳を重ねた今では、かつての幼馴染と同じくイグノックスやカルシオンに連れてもらう機会も増やしている。
しかし、それではあくまで同じ道筋を歩んでいるだけだ。
そんな体たらくでは差が縮まることはない……いや、むしろ。
「……あの頃から差が広がっているようにしか見えないんだよなあ」
脳裏に浮かぶのは、このような関係に落ち着くきっかけとなったとある過去。
『あの頃』という、何の気なしな呟きから連想して浮かび上がったのだろうか。
──この状況で鍛錬に戻るのも違うと判断して、ラスは回想に耽ることとした。
俺の幼馴染は、先を行くという意味では昔からとんでもなかった。
親友である王妃様の頼みで半ば引き取ったのが、俺が5歳の時だったから……マッドは3歳だったはず。
その頃からそれはもう色々と子供らしくなかったのは俺もよく知るところだ。
教えられたことはすぐに吸収するだけに留まらず、先に進むと同時にあらゆる分岐を考えていたのだから。
それこそ食う間も寝る間も惜しまずで、最初はちょっと恐怖すら感じたくらいだったね。
2歳上の俺より知識量が上回るの何て、それこそ瞬きする瞬間とすら言えるほどだった。
5歳になる頃には、先を見据えて身体を作り上げながらも既に剣を握っていた。
そして、ここで俺たちの道は一旦分かれることとなる。
マッドの内に秘める、異常とも狂気とも捉えられる奇妙な才能に母さんが気が付いたことが発端だった。
あの時の母さんの顔は、現役時代のお転婆モードそのものだったとレオン様とカルシオンは苦笑していたこともよく覚えてるよ。
それからは、グランナイツが総出で、かつ全力を以て幼馴染を鍛えるようになった。
ある程度成長が見込めたら、カルシオンが面白半分で王都の外で魔物討伐にけしかけてみた。
年齢を言い訳にしなくていい強さが欲しいと直訴したら、イグノックス様が率先して効率的な鍛え方を教えていた。
他にも、要人護衛を主とした実戦経験をカルリッツが積ませたり、防衛線を想定した戦いをレオン様から教わっていたり……。
エリオ様の遺跡調査に付き合ったり、ルドミラ様の諜報活動にも同行したり。
みんな、幼馴染がどんな高みに上っていくのかがひたすら気になって色々叩き込んでいた。
マッドが教えた傍からすぐに吸収して、自分なりの糧にしていくのをみんながみんあ面白がっていた節もあったのかもしれない。
今の俺ならば、正直そうなってしまうのは無理もないって思える。
だが、当時の俺はまだまだ幼かったから……幼馴染にみんなを盗られたと錯覚していた。
日常生活においては決してそんなことはない。
むしろ幼馴染は、グランナイツのみんなに極端に依存しないよう一人離宮で自己鍛錬や何かを調べていることが多かった。
たまに姉のアニスフィア様が来ていたこともあったり、どこかからかセラを連れてきてからはそんなことも無いようだけど……それはそれとして。
ただ、王宮の方では居場所がないマッドでもグランナイツ会館に来たらあっという間に引っ張りだこ状態である。
その頃は別に嫌ってはいなかったけど……間違いなく妬みはあった。
相対的に構ってもらえない不満も相まって、それらはどんどん蓄積された……そんなある日のことだ。
居場所が無いならばと思い至った俺は、以前から考えていた家出を決行してしまった。
人目を盗んで、上手いことやって王都の外に出てしまったのだ。
外に出てどうするかなんて何一つ考えてすらいない。
ただムシャクシャしたからやった……まあ、子供ながらの無駄な行動力ってやつだね。
しかも多少なりとも鍛えているから、走力と体力は同年代の平均値を大きく上回ってはいた。
この時は数少ない成果が仇となり、王都からそこそこ離れたところまで行けてしまったのだ。
そして、この時の俺は王都周辺に大規模掃討から逃れた魔物がいることを知らなかった。
相当な距離を走って大の字になって倒れ込んでいるところに感じた猛烈な殺意は、俺を強張らせるには十分だった。
何とか殺意の先に目を向けると、既に臨戦態勢に入っている灰色の狼たちがそこにいた。
しかし、息を切らして倒れ込んでいる俺には抵抗の術などあるわけがない。
助けを求めるように叫ぶ余裕もまるで無かったので、半ば無抵抗で腹の中に収まることを覚悟すらしてしまったほどだ。
『──全く、世話の焼けるヤツだな!』
痛みは全く飛んで来なかった。
代わりに聞こえてきたのは状況を嘲笑うような淡々とした声と魔物の断末魔の叫び。
視界に入ってきたのは真っ二つにされたグレイウルフの姿、そして血濡れた剣を握る返り血を僅かに浴びた幼馴染だった。
あまりに唐突なことで、ちょっと刺激が強い光景ではあった。
それと共に、間違いなく助かると確信もすんなりと沸き上がったものだったね。
その後は次々と襲い来る魔物を幼馴染はまるで慣れ切った作業のように淡々と屠っていった。
最小限の動きでかわして、剣を振るうその一瞬に全神経を注ぎ込むような斬撃。
分かりさえすれば子供でも出来る作業かもしれない。
しかし、それを当たり前のようにかつ洗練された動作で行っていたのだ。
横目で眺めていた、母さんの剣捌きのそれとよく似ていて……ただただ美しかった。
『五体満足だな?なら、とっとと帰るぞ』
全ての魔物を綺麗に一刀両断してからの一言は、本当に何てことなかった。
息切れ一つなく、まるで何事も無かったように振舞う幼馴染の姿。
しかし、この時の俺は助かったと安堵するより前に口を尖らせていた。
『……何でわざわざ助けたのさ』
そうやって問うのが精いっぱいだった。
何故そこにいるのか、そして何で一人で来たのか……後は何でわざわざ助けたのか。
俺という邪魔者がいなくなれば、何の気兼ねもなく母さんたちと暮らせるのに。
我ながら、本当に幼稚な返しをしたものだと思ってるよ。
折角救援に来てくれたというのに、意地とかその他色々な感情をそのままぶつけて突っぱねたんだから。
だけど、この時の俺は幼馴染のやりたい放題っぷりをまるで理解していなかったんだ。
『幼馴染がくたばるという事態に直面するのは気に入らなかったから、ただそれだけだが?』
あの悪い笑顔は今でも忘れることはないだろう。
宥めたり慰めたりする気がまるでない、自分が来たいから来てやったと言わんばかりの傍若無人っぷり。
あまりに突拍子もない言いようには、返しを忘れて呆然としてしまった。
だって、普通なら即座に怒って踵を返すか、大人ぶって慰めるところだと思うじゃないか。
それが『え、俺がやりたいから来ただけなんですが』なんて、普通想像できないってば。
『……俺はずっと、君のこと避けてたんだよ?別にどうでもいいんじゃ……』
『横で必死に食らいついてるヤツをどうでもいいなんて思うわけねえだろうが。こんなことをしでかすのも想定できるくらいには見てたさ。お陰で今回は誰にも言わずに独断専行になっちまったがな……』
『……何も言わないから、母さんたち以外眼中にないって思ってた』
『悪かったな、大人たち相手ならまだしも同年代相手に口を聞くのはどうも苦手なんでね……おかしなヤツだろ?』
母さんたちの元でとんでもない鍛錬を受けている姿ばかり見るから、ずっと誤解していた。
口調こそ年不相応に悪びれているけど、どこか寂しそうなその姿は俺と同じ年頃の子供そのものだった。
『俺のことが気に入らないのは別に構わんが、変に溜め込むくらいなら師匠たちに直談判くらいしておけ。家族だとしても、分からんことは分からんからな。今回のことは俺も独断専行だ、怒られるのが怖いってんなら一緒に怒られてやるよ』
俺より2つ年下のはずなのに、何故か兄のような振る舞いを見せる幼馴染。
今だから言えるんだけど、この頃から年不相応な振る舞いに子供っぽさを混ぜた立ち回りをしていたんだよね。
そしてこの時は、本来ならば反発を覚えそうなものだったのに……怒る気なんて微塵も沸いてこなかった。
あまりに唐突な流れだったから、反論をする余裕も怒らなかったのだろうけど……それ以上に、どこかしっくりと来ている自分がいた。
結局、帰った後は特に説教とかは無かった。
むしろマッドの方が一人で勝手に動いたってことで少しだけ怒られていたくらいだ。
カルシオンが後から教えてくれたのだが、俺がいなくなったのを真っ先に察知して探していたのはマッドだったらしい。
母さんやカルリッツよりも先に気付いて、更に家出の理由も薄っすらと理解していたからこそ行動パターンも読めたとか。
俺のことなんか眼中にないと思っていたが、むしろ気にかけてくれていたのだ。
『いや俺も実の息子の時間に構う時間を奪うとかどうなんだって思ってたところでね。俺はあくまで生徒だし、これからはもうちょい自重するから安心しろ』
これまた年不相応な言葉もまた印象的だったよ。
全く何かを我慢している風でもない辺り、やっぱり俺より年下って嘘なんじゃないかって思ったくらいだよ。
この時、俺は初めてマッドの事情をみんなから聞いた。
兄のアルガルド様と違って、魔法が使えないから出番があるかも分からない代替品のような扱いを受けていることとか。
姉のアニスフィア様と違って特異な才を見せているわけじゃないから、存在価値なしと後ろ指を指されることもあるとか。
唯一せめてもの王族としてではなく、一人の息子として接してくれた王妃様も外交に動かざるを得ない状況ときたものだ。
そんな背景を持っているから、皆ももう一人の息子だったりとか、弟分として見て大事に育てようと思ったらしい。
更に後に大成するであろう片鱗を見せつけられ、黒龍討伐戦以来燻っていた熱がぶり返してしまったとも話してくれた。
そのせいで、実の息子への応対がおざなりになってしまったと頭も下げてた。
やっと俺のことを見てくれたっていう嬉しさもないわけではなかったけど……懸念も生じていた。
──俺が良くても、今度はマッドに寂しい思いをさせることになってしまうのではないかって。
あちらは何てことないように振舞っているし、実際本当に平気なのかもしれない。
でも、そんな考えが過るとともに、そんなことは到底許せるはずがなかった。
それに、どうしても同年代とそうそう相容れられないって話した時の表情が忘れられなかった。
そうなれば、俺にとってのやるべきことは至って単純だ。
『おい、俺みたいな部外者がいたらそれこそ邪魔じゃねえか?』
そんなこと俺は思わないし、誰にも言わせるつもりもなかった。
家出未遂事件から、俺は出来る限りマッドと行動を共にするようになったのだ。
一人でいる時間を減らせるよう、一緒に鍛錬したり外に出たりと色々と世話を焼いたよ。
俺の唐突な心変わりに、最初は母さんたちもかなり驚いていたけど……上手いこと同調してくれてた。
流石にイグノックス様とカルシオン同伴の実戦訓練には連れ出してくれなかったけど、どんな魔物と相対したかとその対処法は色々と教えてくれた。
それだけだと物足りないだろうってことで、こっそり抜け出しては王都からすぐのところで魔物を狩ったりもした。
すぐに誰かにバレて怒られたりしたのは、言うまでもないことだと思うけど。
ちなみに、普段からそうやって近くにいるのは単に友達として一緒にいたいってだけじゃない。
『俺もマッドみたいに魔物を華麗に倒せるようになりたいんだ。幼馴染兼先達として、日常から色々盗ませてもらうからね!』
『……おい、むず痒くなるからそういうの止めてくれ。そもそも俺だってまだまだひよっこだっての』
意固地になっていた部分がなくなっていくと共に、あの時の俺は魅入られてたことを自覚していった。
同年代でありながらも、遥か高みにいるグランナイツに迫らんと試行錯誤の山が見える剣筋には畏怖と憧憬の念が強くなるばかりだ。
幼馴染であり、弟分であり、兄弟子であり……いずれ肩を並べたいと思う目標であり、いずれ超えたい壁でもある存在。
一度そう認識してしまえば、これまでの姿勢がバカみたいに思えたよ。
無論、これらは第二の理由だけどね。
傍若無人で唯我独尊な一方で、思慮があるんだけどどこか不器用なチグハグ王子を一人にしておけないっていう俺の我儘。
やはりこっちの方が、今でもマッドと一緒にいる理由としてしっくり来る。
『ここは可愛い幼馴染の顔を立ててあげなさい。そういうことだから、今日からは食事とかも一緒よ。これも師匠命令です!』
『こんなクレイジーを家族認定とか、流石に物好きが過ぎるんじゃないか?』
『と言いながらすっごい嬉しそうな顔をするマッド君でしたとさ!いやあ、イイハナシダナー』
いつも通り捻くれた口ぶりだったけど、あっちも色々と受け入れてくれたようで何よりだったよ。
それから2年ほどして、俺にとって指標が固まったあの日が訪れる。
幼馴染が新たなる概念を見せ、世界に弓を向けると宣言した。
俺は後から聞かされたけど……何と言うか、あまり驚きはなかったね。
『世界に喧嘩を売るくらいなら、まあやってもおかしくない』ってくらいの軽い感想しか出てこなかった。
だって、俺の幼馴染って破天荒が人型になったかのような存在だよ?
8歳の時まででもスタンピードを単独で鎮めたり、カルリッツや母さんに帯同する形で騎士団の任務に混ざってたりしてたし……。
ずっとなんでもありのやりたい放題だなーって思ってたし、それ込みで目標にしているくらいだ。
むしろ驚いたのは、その次に続く言葉だった。
『来るべき時には特別近衛騎士団も復活させる。そこの団長っていうかリーダーはラス、お前以外ありえないからな』
『この子ったら、復活させるなら次世代ってことでラス以外を推す気は無いって聞かないのよ』
要するに、俺は後々の右腕に指名されたということだ。
世界に喧嘩を売るほどの革命をするやりたい放題王子殿下直属の近衛騎士、しかも団長と来た。
普通なら嬉しく思うところだろうけど、その裏にある意図もちゃんと見なければならない。
聞くところによると、顕魂術はいわば『人間が人間として生きる』ことの礎そのもの。
過度な精霊依存から脱却は、人間の種としての独立が意図されている。
そんな革命の主であるマッドの右腕という席が、将来を約束された煌びやかなものであるはずがない。
これまで横で俺なりの努力や足掻きを見てくれていたからこその信頼と期待を以て推薦してくれているのは確かだ。
しかし、この破天荒の期待と信頼というものは断じて生易しいものでもない。
可否の分水嶺をきっちり見極めた、限界点ギリギリにある無茶振りと言い換えることも出来るのだから。
こういうところまで母さんやイグノックス様の教えを受け継がなくていいって何回思ったことか……。
でも、将来超えたい存在からそんな挑戦を突きつけられて……断れるわけないじゃないか。
『──俺なんかを推してくれてありがとう、マッド。期待されたからには、いずれグランナイツを超えた最高の近衛騎士になってみせるよ』
多少ながら虚勢を張って、それをおくびに出さず返すことは出来たよ。
そんな俺の返しを聞いた時のマッドの返しは、屈託のない不敵な笑みだった。
勿論、俺もそれに倣って同じような表情を見せた……らしくないかもしれないけどね。
この時、俺たちの関係はより強固な着地点を得ることとなった。
今は力及ばずかもしれないけど、それでも折れることなく前を見続ける。
いずれ俺はあの破天荒王子の剣になって、肩を並べて時には前に出なければならないのだから。
それはとてつもなく険しい道かもしれないけど、マッドも同じような道を歩いているのならば俺もやらなければならない。
これまで抱いていた数々の思いに、ちょっとした対抗心を加えて原動力と成す。
……過去に思いを馳せてただけなんだけど、徐々に気力が湧いてきた気がする。
「……よし、休憩はもう十分だね」
結局は地道にやれることをやるしかないと開き直るしかない。
どう足掻いても、この結論に落ち着いてしまうのだ。
──マッドもそうやって強くなっていったのを、俺はずっと見てきたからね。
その上でいずれ、自分なりの道を見つけて……追いついてみせるよ。
とりあえず、今は目の前に控える騎士団入団試験だ。
仮に落ちたりしたら、真っ先にマッドに怒られてしまいそうだからね。
ひとまずさっきの稽古試合の反省をして、その後筆記も確認しないと……。
とある日の王都の広場では若者たちがひしめいていた。
大半に共通しているのは、緊張の色を隠せていないことか。
そんな中で例外なのは、赤い髪の見るからに活発そうなミケ族の少女くらいだろう。
「そんなにそわそわしたってもう結果は出てるんだし、もうちょっとどっしり構えようよ。ただでさえ少ないラスの金運まで逃げちゃうよ?」
「合格が事前に分かるなら、金運くらい喜んで捧げたいくらいだよ。むしろ自信満々なキュイがおかしいと思うんだけど」
「そりゃあウチは天才だもん、こんなところでつまづくわけないって」
どれほど手応えがあったとしても結果発表の段階になれば不安にもなる。
しかも、パレッティア王国の騎士団試験は倍率がそれなりに高いことも拍車がかかっている。
自信満々なキュイが明らかに浮いているのはもはや言うまでもないことだろう。
ただ、そんな友人にツッコミを入れられるだけラスにも多少なりとも余裕があると捉えることも出来る。
まるで周囲など知ったことかと奇妙な祈りを捧げる者がやたらと多いのがその論拠であった。
「天才ねえ……筆記試験で堂々とあんなことしでかすんだったら、確かにそうなのかもな?」
「おお、我が相棒も合流だ!……ってあれ、マッドは試験受けてないよね。何で筆記試験のこと知ってる風なの?」
「少しばかり問題作成に関わって、更に筆記の採点を少しだけ回されたんだよ。ったく、顕魂術で多少楽できるとは言え面倒この上なかったぞ」
「……魔物関係とか実戦における対処法の問題かな。確かに、マッドならこんなの作りそうだなーって思ったけど本当に作ってたなんてね……」
しかも自身の経験から、これは知っておかないとマズイと判断した基礎事項をきっちりとピックアップする徹底ぶりも見せていたりする。
ただし、その設問は絶妙に言い回しの面でひっかけが用意してあるという嫌がらせもチラホラと見受けられる。
これまでの過去問を用いた時以上に慎重に立ち回っていたラスは難なく罠を回避したが……果たしてどれほどの人間が引っかかるのかと一瞬だけ苦笑を浮かべたのもここだけの話。
その悪辣さに何も言わないのは、『問題文を読まないのが悪い』と返されると簡単に思い至ったからだ。
「ところで、キュイは筆記試験で何をやらかしたの?」
「聞いて驚くなよ?コイツ、全選択肢を1にしやがったんだよ。採点する側としては楽だったからいいが、あまりのテキトーさ加減に全ペケにしてやろうかコイツって思ったくらいさ」
「ウチなりのカンってやつでそうなっただけなのにひどい言いよう!そういうの、権力の乱用って言うんじゃないの!?」
「ちなみに、俺だけじゃなくカルリッツ父さんやデイジー師匠も同意見だったってことも伝えておいてやろう」
傍目で聞いていたラスも思わず『権力ってヤツか……』と言いそうになっていたりする。
下手に言うと打点2800からゴヨウとかされかねないという謎の勘が働いたので何とかこらえてはいたが。
とはいえ、今回ばかりは珍しくマドラーシュがどこまでも正鵠を射ている。
カンというものに従うにしろ、適当に回答するにしろ、もう少しやりようというものもあるのだから。
そんなアホなこと極まりない裏話を聞いている内に、広場の中央でつんざくような喧騒が耳に入ってきた。
「おー、結果出たようだな。喜悲の割合も想定通りで何より何より」
「うええ、これじゃあ見えないよぉ……マッド、肩車お願い!」
「大丈夫なの?こんな光景、誰かさんに見られたりしたら……」
ラスが懸念しているのは、言うまでもなくかの公爵令嬢のことである。
とはいえ、ミケ族故の低身長のお陰かどんなに邪念を以て見ても年の離れた兄妹のじゃれ合いにしか見えない。
マドラーシュもキュイ相手なら手慣れたものだからか、全く意識する様子も無かった。
……まあ、実際その光景を見られていたとしてどうなっていたかはそれこそ女神のみぞ知る、だろうが。
「ああ、ウチの名前あったー!ついでにラスもみーっけ!」
「ええ、自分でも確かめないと安心できないってば……あ、本当にあった!」
人混みを掻き分けたその先には、確かに自身の名が書かれていた。
その瞬間に沸き上がったのが歓喜というより安堵である辺り、手応えそのものは確かにあったのだろう。
ただ、流石に成績上位者であることを示すかのように上の方に書かれていることは想定外のようで。
徐々に薄れて行く人混みの中、二人の結果を改めて見てマドラーシュは複雑そうな表情を見せる。
その理由は至って単純、二人して上位陣に名前を連ねているからだ。
「ラスは実技トップの筆記3位という好成績と文句なしの合格なのに対して……何であんな筆記でキュイが総合で上位にいるんだ?」
「要するに、ウチほどの天才は全部同じ番号を選ぶハンデを負っても合格できちゃうってことだね!」
「それなら真面目にやっても同じだったってことだよね?結果は出ちゃってるから今更なんだろうけど、本当にそれでいいのかな……」
その奇抜な発想力を軸にした明確な実力を持つことを知る身内だからかろうじて目を瞑れる範疇、そう言えなくもない事態である。
これがもし実技もまぐれで筆記もたまたま……なんてノリで実力不足なのに合格圏内に潜り込まれたら果たしてどうなるか。
次回もこのような機会があったら、ラインヒルトやカルリッツを巻き込んだ上で徹底的に改善に乗り出そうと破天荒は早速色々と企てようとする。
こんなところでもやりたい放題をかまそうとするが、一体どうすれば止まるのか。
裏で立ち回ることを覚えてしまったマドラーシュを止めるには、それこそグランナイツ総出でないと厳しいだろう。
「何はともあれ、これで一歩前進だな。早くこっちに来いよ、将来の我が相棒!」
「いいや、ここは焦らずにじっくりやらせてもらうよ。そうじゃないとカルリッツと母さんに叱られるからね」
「ってこらマッド!天才であるウチを差し置いてバカラスを相棒だなんておかしくない!?」
「近衛騎士という意味での相棒だっての。キュイには顕魂術共同開拓者って席があるだろうがよ」
あくまで入り口に立っただけかもしれないが、それでも着実に第一目標が近づいているのも立派な事実。
煽ってこそいるが、それはマドラーシュから幼馴染に送る最大級の信頼だ。
互いが互いを見て、競って、妬んでは盗んでの11年はそれこそ確固たる繋がり。
そこから生まれた複雑な関係が、ようやくこの時昇華の兆しを見せることとなる。
いずれグランナイツをも超える、世界最強の近衛騎士団は人知れずこのとき誕生した。
キュイの珍回答はちゃんとキャラストーリーで語られていることです。
ラスは何気に本の虫の側面もあるので、知識面もそこそこ優秀。
意外と脳筋キャラって少ないんですよね、グランサガって。
Youは何を求めてこの作品を?(要するに需要調査です)
-
転天キャラでのNLとか他絡みを所望
-
グランサガの二次がレアすぎて
-
バトルハードモードに釣られた
-
ちらほらある(?)デビルメイクライ要素
-
その他(そもそもの作風とか)