まだまだ続く静かなパート、またの名を助走期間。
しれっとやりたい放題もあります。
休憩時間を挟んで頂けるのは、私としても都合が良かった。
これまで触れる機会がまるで無かった書物をこうして目の当たりに出来る時間が増えたのだから。
書庫というものは家主の求める知識の傾向そのものを指し示すと言ってもいい。
──マッド様はかなり雑食気味でそれこそ古今東西に網羅していたが、ティルティは指標性がしっかりしている。
特に薬学や呪いに関する書物については、恐らくあちらを凌駕する量を所持していることだろう。
「マッド様から聞いてはいたけど……本当に禁書でもお構いなし、真の本の虫ってやつなのね」
「先ほどあの方が仰った通り、書物そのものや知識には罪はありませんから……それは表で華々しい扱いを受けているものも同じことです」
「……まあ、頭では分かっていても嫌悪感そのものを払えるわけではないわ。思えば、アイツと初めて会った時もそうやって宥められたものね……」
アニス様とは明らかに似た者同士ながらも決定的な違いがある風が見受けられるティルティ。
そんな彼女でも、マッド様相手だと明らかに親愛の情を向けていることが分かる。
適度な憎まれ口の応酬も、ラスやオルタと大差無いものと見受けられ……私としては都合が良い。
「……あの顔ぶれを置いてこの場に来たのも、その辺りを聞きたいがためでしょう?」
「流石ですね、やはり察していましたか」
「……全く、すましながらもがっつくだなんていい根性してるじゃない」
あの人はひたすら先に先にと、それこそこちらのことは知ったことかと走っていきますから。
そんな秘密主義に対抗するには、自分から食らいつく外ありません。
その為にも、まずはある程度口を割ってくれそうな人物を見極めたつもりだ。
「全く、セラも随分楽しそうに語ってたけど本当に大した入れ込みっぷりねえ……」
「それはティルティが言えたことではないでしょう。ただ付き合いが長いだけでああはならないかと」
「……アイツのたらし属性はアニス様と似て異なる上にタチが悪い、それだけのことでしょ」
「ええ、本当にその通りです。最近でもいつの間にか専属侍女を増やしたり、同性とはいえ冒険者仲間を離宮に招き入れてはいきなり同室で就寝したり……」
「……まあ、後者については異性でやる可能性はほぼ無いわ。ああ見えて貞操観念はかなりしっかりしてるし、そこだけが救いね」
顔を見せない間でも何をしでかしているかが分からない、それこそがマッド様。
そんなやりたい放題人間の専属薬師をしていたわけだからか、ティルティも苦笑しながら頷いてくれていた。
まあ、あの時の様子だとそういう経験は皆無であることが唯一かつ致命的な隙のように見受けられますけど。
「グランナイツに追いつき追い越さん、そのことしか頭に無かったころのアイツなんて、それはもうアニス様のトンチキっぷりが可愛く思えるほどよ。どっかに連れられてはすぐ新しい傷を作ったり毒やら呪いやら受けて駆け込んできて……『白銀の聖女』がしょっちゅう笑ってない笑顔で説教してたわね」
『白銀の聖女』……ああ、何となく誰のことか分かりました。
あの顔ぶれの中でマッド様に徹底的に強く出ることが出来るのは多くはない。
「……容易に想像出来ますね。それで死に瀕したとしてもまるで怯むことなく、むしろ意気揚々で……」
「まさしくその通りよ。お陰で私の方でも色々手がかかってしょうがなかったわ……その分私も色々と得させてもらっているけど」
「とはいえ、もはや今では損得関係なしな付き合いに見えますけどね」
「とっくに手遅れなユフィリア様にだけは言われたくないわね……」
「失礼ですね、私はまだそこまでではないですよ」
「……どうせその内そうなるわよ、賭けてもいいわ」
得という面は、きっとマッド様が未知の魔物から呪いを受けた場合それを調べることが出来るとかその辺りでしょうね。
確かに、ついでと言うには悪くない支払いにも思えますが……その分の手間も支出もバカにならないはず。
それでもなお、マッド様とこうして長いこと友人をやってこれたのはすなわちそういうことでしょう。
アニス様はきっと、即座にそこを見抜いたからこそ噛み付いたはず。
「ティルティはマッド様の姉的立ち位置にいますね。それこそアニス様以上に」
「あの奇天烈全開の実姉よりもそれっぽいなら、まあ悪い気はしないわね。戻ったらそれはもう盛大に煽り散らかしてやろうかしら」
「……程々にしてくださいね?ああ見えて、アニス様も色々と気にしていらっしゃるようなので」
じゃれ合いというか恒例行事のような口喧嘩を随時展開するのはこちらも同じですが、そこに劇薬を仕込んだらどうなるのやらか。
まあ、マッド様とセラがいれば大抵の荒事は問題ないのでしょうが……それでも起きないに越したことはない。
……いっそのこと、それでシルフィーヌ王妃のきつい折檻を受けるのもアリなのかと思わなくもないですが。
「それで、私とマッド様関連のガールズトークをしにきたってだけじゃないでしょう?そろそろ本題に入らないと、マッド様やアニス様が来てしまうわよ?」
「……流石に雑談に乗じて、というわけには行きませんか」
「マッド様と知り合うまで純真無垢だった元次期王妃サマにしてはよくやったけれど、相手が悪かったわね。アニス様とは違って、自分に向けられる情にはそう疎くないのよ」
私自身もついつい熱が入っていましたが……やはり通じませんね。
確かにこれ以上引き延ばすことはよろしくない。
あんまり時間をかけていたら、それこそ他の誰かが来てしまう……それはあまり好ましいことではない。
レイニかイリアならまだ問題ありませんが、残りの3人には出来れば聞かれたくないところ。
──仕方ない、ここは腹を括らないといけませんね。
ティルティに促され、私は意を決して……口を開いた。
「単刀直入に聞きます──マッド様は……顕魂術を生み出した『東の賢者』であり、『無慈悲な主演』ケルビムなのでしょうか」
一呼吸置いてから、何の小細工も無しの正面突破の問いを投げかける。
以前は当人から否定されたが、ずっと私の中で引っかかりを覚えていた推測。
アニス様はきっと、あの言い分をそのまま受け取ってしまったことでしょう。
それでも、私はどうしても振り切ることが出来ずにいた。
あのスタンピードの時に感じた違和感、これまでの流れで少しずつ分かってきた水面下における彼のやりたい放題っぷり。
──そして、つい今日を含めての最近の出来事の数々も……。
その問いを投げかけられた呪い大好き令嬢は、ただただ楽しそうに笑みを浮かべるばかりだった。
「……全く、さっき言った純真無垢の面影はどこにいったのやらかね。私を含んだアイツの深部を知る者全員への対抗意識をまるで隠すつもりがないじゃない」
「嫉妬の情も使いよう……誰でもないあの方の受け売りですから。それに、私はなかなかの負けず嫌いという評も頂いておりますので」
これについてはマッド様だけでなく、セラやクリスティーナからも評されましたね。
その全員から好意的な感触を得られているので、自分でも長所だと思っているところですが……。
何にせよ、短いながらも決意の固さを示したつもりでいると……ティルティは溜息を吐きながらも続けた。
「──ここから先は、ある意味マッド様が抱えている闇の一端でもある。ただの興味本位とか対抗意識だけで暴くのはそれこそ藪蛇ってものよ。それでも巻き込まれてやるって覚悟があって?踏み止まるのもアイツと関わるうえでの立派な選択肢だけど」
マッド様の闇の部分、ときましたか。
私がこれまで知った狂気的部分は僅かに零れ落ちた一端でしかないということですね。
……これは、ますますもってティルティに尋ねて良かったですね。
なりふり構わずな形ですが、既に彼にはそのように宣言したばかり。
ならば、私が臆する理由などどこにもありはしない。
「口を開いてただ餌を求めるだけでは機会を逸するだけで何も得られない。そんな受け身で臆病風に吹かれた姿勢で彼の隣に立とうなど、言語道断でしょう」
「……アルガルド様と無事婚約解消して、更にレイニの問題までほぼ解決したのよ?後は謂れの無い評価をどうにかすれば、後は平穏無事に過ごせるというのに、自らドブに捨てるわけ?」
「平穏無事なんて言葉は、あの方のやりたい放題を知ってしまった時から既に無いも同然です。ならば、いっそ染まり切ってしまうのも一興ではありませんか?」
オルタやラス、アルガルド様にティルティへの対抗意識は確かにあるが、ただの興味本位というつもりは全くない。
隣に立つには、まず土俵を同じにする必要が出てくる。
そうでなければ、私はずっとこうして彼の後塵を拝すばかりだ。
ただただ惨めさを味わうくらいならば、むしろ毒でも闇でも呪いでも好きに降りかかってくるといい。
ここは毒食らわば皿まで……いえ、いっそのこと鍋や窯まで行くべきところです。
暫くやや重めの沈黙が続くが、先に折れたのは言うまでもなくティルティの方だった。
「……ほんっとうに貴族の令嬢らしくない思考になったものねえ──そこまであからさまなボロを出してないはずだけども」
「最近身に着けた直感頼りということにしてください。後は今日二人の交友を知ったのも作用したと言えるでしょう」
「要するにアイツの間の悪さが招いてることじゃない……まあ、ユフィリア様の執念も大概ってことね」
再度の溜息と共に、先ほどまでの息の詰まる雰囲気は一気に霧散させたようだ。
最初から私を試すつもりで、あんな脅しめいた口調で忠告をしたのでしょう。
執念……なるほど、そういう捉え方もありましたか。
これもまた嫉妬と同じく、使われ方次第では悪い意味になりますが……。
そのお陰でティルティとの鍔迫り合いを制することが出来たのならば、今回はプラスに働いたとみていいのでしょう。
「はあ、何だか色々と妬ましくなってきたわね……塩でも撒くべきかしら」
「呪いを集めるティルティが塩だなんて、折角の呪いが台無しになりそうですが」
「そんなところまで似ないで頂戴。全く、既にそんな様子じゃあアイツ以外に貰い手いなくなるわよ?」
「もう既に傷付きですから、そんなの今更ですよ」
それはティルティが言えることではないと思いますけど。
まあ、言わぬが花ということで口にはしませんけれども。
余計なことを言って、折角の秘匿情報が得られなくなったら元も子もありません。
──そこからはやや駆け足でこそあるが、肝要の部分を語ってもらった。
更に詳しいところは、より近しい人間を尋ねればいい。
そして、誰にも気取られぬようにとあるものを授かる。
「まあ何はともあれ、ようこそこちら側へ。私の可愛い弟のためにもせいぜい頑張りなさいな」
なんて愉快そうに語る呪われ令嬢だが、貴女も人のことは言えないでしょうに。
そうでないと、こんな面倒な役をわざわざ引き受けませんからね。
──そういうところがきっとマッド様にとっても心地良いのでしょう。
むしろ嫉妬をするのはこちらの方ですとも、ええそれはもう。
クラーレット侯爵家別邸から戻ってきた破天荒を出迎えたのは一つの知らせであった。
王都入りしてから、マドラーシュは己でしか察することしか出来ないほどの微弱な気配をキャッチ。
それを奥へ奥へと視線だけで辿っていくと、そこにいたのは……
(カボチャ頭がサボテンの真似とか、どういうしっちゃかめっちゃかだ……んでもって、頭は隠せっての)
可愛らしくも不気味なボディランゲージを発する人形の姿があった。
明らかに季節外れなカボチャ頭、そしてその動きはどこぞのサボテン型モンスターのような、はたまた非常口のシルエットのモノマネでもしているが如く。
更に周囲を探ると、物陰からちらりと黒色のカチューシャを着けた頭が見えていたりもする。
頭隠して何とやらと言うが、頭すら隠しきれていないのは流石にどうなのか。
とりあえずは伝播用の薄い闇属性の魔力を送ることで承諾の意を伝える。
すると、人形はすぐに物陰に引っ込みしれっと人込みに紛れては去って行った。
「さて、いつまでも蒼一点っていうのも肩が凝るから俺はお暇させてもらう。レイニ、ちゃんと自主訓練は欠かさずだぞ」
「反復こそが血肉と成る……レイニ様はなかなか筋がよろしいので、すぐに次の段階に行けるはずですよ」
「はい、マッド先生、セラ先生!次の機会までに魔力1割の制御は完璧にこなせるようにしてみせます!」
最も新しい弟子の元気のよい返事に、マドラーシュはただただ苦笑を浮かべるしかなかった。
そもそも今回は、最もシビアな意見を言う役割を担うはずだったのだ。
それがこうも見事なまでに師弟関係を結んでは課題を与えたりとなってしまっているのか。
これでは完全に仕切り役になってしまっている。
流石にこんなことになるのはマドラーシュとしても想定外である。
思いっきり役割を剥奪してしまったのではないかと危惧し、実姉に目を向けるが……。
「まあ、私としてはレイニの経過を見られればいいわけなんだし……むしろ結果オーライじゃないかな」
むしろ開き直っていて、さして気にしていない風なのは幸いと言うべきだろうか。
レイニの力が制御可不可の問題はそのまま責任がアニスフィアに降りかかる重たい案件だ。
確実かつ安全に事を為すために、使えるものは何でもという精神を持っているならば……その言葉に矛盾は見受けられないだろう。
とはいえ、額縁通り受け取るほどマドラーシュは素直な気質ではないが……この場ではあえて言及するつもりはない。
というより、その暇がないというべきだろう。
「マッド様が変なことを仕込まないかが心配ですが……そこはアニス様が抑止役となるべきでしょうね」
「こら、ユフィも助手なんだから抑止になってもらわないと困るんですけどー?というかほら、マッドくんの手綱は握れる内に握っておかないとだし」
「下世話なやり口で面倒事を押し付けるとは。姫様、遂に姑属性にまで目覚めてしまいましたか……」
「未来起こり得ることのはずなのに、何かものすっごく嫌な言われようだねえ!?」
もはや恒例行事な第一王女不敬芸を背景に、マドラーシュとセラはそそくさと離宮の方向へ歩き出した。
先ほどのジュンの人形越しの伝言は、『とりあえず戻ってこい』と言ったところだろうか。
唯一アニスフィア及びユフィリアと面識のあるラスを使っても良かったのだろうが、そこはマドラーシュの秘密主義に忖度した形であろう。
更に言うならば……そうせざるを得ない状態であることも王都入りした時から気が付いている。
(静謐ながらも殺気立ってるな……プリシラとジュン、更にナマリエもか?仰々しいなおい)
本来ならば、マドラーシュ側の離宮とグランナイツ会館でこれほど剣呑な空気にはならない。
そもそも王城内ではアンタッチャブルのような扱いを受けている大半が集まる区画なのだから。
むしろ堂々と居座ることが多いラス達やアルガルドが例外の中でも際立っていると言ってもいい。
良くも悪くも領域内のトップの気風を顕しているのが平常通りであるならば……今の空気は間違いなく異常と言えるだろう。
ジュンがわざわざ人形を使ってまで伝言を寄こした理由も大体理解は出来たが……。
「警戒態勢に近い……茶会でもあるのか?」
「これでも徹底的に隠蔽を施しましたが、やはり見破られますか……流石は我が至高の主でございます」
「むしろこれくらい見破っておかねえと立つ瀬がねえっての。俺ら以外に悟られてなければそれでいい」
音も無く現れる第二の侍女、もはやいつもの光景である。
そして、周辺に隠匿と察知それぞれの網を張っておきながらこれだけの隠形も並行して行う辺りもなかなかとんでもない。
主従という意味でも、間違いなく世界的に見ても指折りと言える組み合わせであろう。
「それにしても、これまた随分と急な動きですね……」
「他の介入を良しとしないマッド様としましては、不本意なのは承知の上ですが……申し訳ありません。文字通り猫の手も借りたい状況でして」
「お前らには負荷かけすぎてると思ってたくらいだ、むしろそれでいい。元々俺から動くつもりだったところを省いてくれただけありがたい」
マドラーシュとて全知万能ではなく、むしろ自身では凡人に近しいとすら自負している。
確かに最初の頃は元々の立ち位置が故、心の底からやりたい放題を極めてきた。
グランナイツが上手く舵を利かせてくれたことも相まって、静かに着実にそれは積み重なる。
……が、成功は積み過ぎてしまうとその性質は大きく変わってしまうもの。
何とか盛大なマイナスにはしないよう、見えないところでバタ足をしている状態ですらある。
確かにあまり多勢を巻き込むことは良しとしない性分ではあるが、それはそれと割り切るくらいの理性も兼ねているのがこの破天荒だ。
そして、頭の悪いやりたい放題にわざわざ巻き込まれてくれる者を叱るほど悪辣でもない。
「そのような慈悲深いお言葉を頂けるなら、全身全霊粉骨砕身で巻き返しに努めさせていただきますとも」
「ったく、お前もお前で頑固者だ。決戦はそう遠くないかもしれんし、そっちの準備もしておけよ?」
「それはもう、キュイ様やカルト様からも色々と意見を頂いておりますので……ご期待をば」
「あらあら、これは後輩に抜かれないように私もきっちり準備をしておかなければ……」
一転して不敵で獰猛な笑みを交わす三人。
知らない者からすれば、テロでも起こしかねないような物言いと空気ですらある。
実際はその真逆なのが面白い所なのだが。
引き続き周辺の警戒に当たるということでプリシラと別れ、マドラーシュとセラはグランナイツ会館に足を踏み入れた。
「お、ようやく来たか……お前もあっちこっち引っ張りだこで大変そうだな」
「カルリッツ父さんのその様子、ラインヒルト先生に急遽呼び出し貰ったようさな」
「討伐から帰ってきて早々にな。全く、この俺を裏方としてこき使う気満々だぞあの様子は」
破天荒と光誓の侍女を苦笑交じりで出迎えたのは、最近あまり顔を合わせることが無かった父親分であった。
本来ならば最近顕著になりつつある魔物の狂暴化に対応しているのだが、一息ついた段階で今回の立会人として白羽の矢が立ってしまったようだ。
「グランナイツ屈指の縁の下の力持ちを逃がすってことは無いだろ。逆に討伐の方は休ませてもらえるからむしろお得なんじゃね?」
「俺としては細々とした雑事よりも魔物相手に動く方が気が楽なんだが……まあ、連中の企む可能性を考慮するとそうも言ってられんな」
「ラインヒルト様もその最悪を読んだ上で対策を練っているはずですから。──いつもよりもはっちゃけている気もしますけれど」
「それは気のせいではないな。あの様子、間違いなく早く手痛い反撃を食らわせてやりたくてしょうがないというノリだ」
グランナイツ参謀として常に冷静沈着、感情もあまり表に出さないラインヒルト。
そんな彼がはっちゃけているなど、知る人が知れば白昼夢を疑うこと間違いなしであろう。
「……それでいてこの厳重警備、要するにあっちも腰を上げてきたってことか」
「それほどまでに連中もやりすぎたのと、お前のこれまでやってきたことが評価されてのことだろうな。割と待ちかねている風とも見受けられたが」
「ひたすら陰で耐え忍んでいた日々がようやく実を結ぶ時が来たということですね……さぞ凄まじい熟成具合となっていることでしょう」
「ワインみたいに語るなよ……それって後々面倒事もすげえ増えるってことじゃねえか」
「お前の場合、そうなってもラインヒルトかデイジーに押し付けるだけだろうに」
「師匠ならクリスティーナ姉さんと一緒に俺のこととっ捕まえに来そうだけどな」
マドラーシュとしては半分朗報、後の事を考えれば半分面倒と言ったところでもある。
今回の件はただ単に手を貸してもらえるという甘い話では無い。
そこには絶妙な加減の腹の探り合いもあり、それはマドラーシュの好みとするところではないのだから。
……とはいえ、恩師にそのような立ち回りを要求されたら断固拒否出来ないのもまた破天荒らしいと言えばその通りで。
雑談に興じている内にたどり着いた『茶会』の場は、恐らく姉ならば回れ右したくなる空気を醸し出してすらいた。
「主役は遅れて登場すると言っても限度を弁えて欲しいな、愚弟よ」
「重要人物に色々仕込んだりするのに熱が入り過ぎてな……さて、そちらは顔合わせは初めてになるわけだが」
共犯者である兄がいることは特段驚くことでもない。
ラインヒルトと共謀してここまで事に当たってきておいて、いざという時にとんずら何てことはまず有り得ないのだから。
他には今回の主催であるラインヒルト、カルリッツと同じく討伐戦から帰ってきて早々呼び出されたであろうデイジー。
──そこに加わるは、これまた面白いゲストであった。
「グラファイト侯爵家次期当主、ミゲル・グラファイトと申します。この度はラインヒルト顧問より王国の潜在的危機が爆発しかねないとお聞きし、馳せ参じた次第でございます」
「国内諜報に長け、王家を監視する役目を持つアンタらが付いてくれるのは鬼に金棒だな。こちらこそよしなに」
いきなり無礼講全開の挨拶だが、気にする者は誰もいない。
地位だけなら高いところにいるマドラーシュもアルガルドにとっても意味を成すものではないのだから。
次期国王とされる第一王子と第二王子、そして傍に仕える最凶の侍女。
グランナイツからは参謀、グランロードの妹にしてナンバー2、防衛戦最強の縁の下の力持ち。
そこに加わるは、彼らのこれまでの行動に感化され現状を疑問視出来るだけの先見性を持つ貴族たち。
こちら側も、役者は徐々に募りつつあった。
クラーレット侯爵別邸から戻って、現在そろそろ就寝時というところ。
とりあえずレイニの魔石関係については上手く行っているので何よりなんだけど……。
正直に言うとあまりに上手く行きすぎてて逆に怖いと思っているくらい。
その理由は言うまでもなく……。
(帰ってからも疲れ知らずの様子で魔力制御……レイニのやる気が凄まじすぎて私たちがつらい)
これまで振り回されて、でも何なのかまるで分からない力を手中に収められた開放感というものは理解できなくはない。
それでどれほど苦しんできたかは本人の口から聞いてきたわけだし、文字通り世界が拓けたような感覚だったのだろう。
その力を手中に収めてなんたらなんて野心は、彼女の性格的にも持ちようがない。
後は、単純に期待に沿えるのが楽しいというのもあるのかなあ。
だからこそ、あんな急造師弟関係なんてものが誕生しちゃったわけで……。
(結局マッドくんがいいとこ取りしちゃってるのは変えようがない事実なんだよね……)
勿論、彼にそんな気は微塵もないというのはよく分かっている。
発破をかけたり、適度に叱ったりするのもやるべきだと思ったからやっただけ。
特に後者なんか、レイニの境遇を考えたら自ら悪人になりにいくようなもので普通ならば憚られることだろう。
それをあの人格破綻者のティルティより真っ先にやってのけるんだ、そんな経験が無いであろうレイニが懐くのもしょうがないと言えばしょうがない。
これまでの経験もあって、結構兄的立ち位置にいるように錯覚することも少なくないからね。
本来ならば末っ子なんだからもっと年少者らしくあって欲しいところなんだけども……。
「母上と父上も、マッドくんに対してはこんな感覚だったりするのかな……」
「……それはこれまでのご自身への懺悔を込めてのつぶやきなのでしょうか」
いやいや、確かに私も父上と母上には心配かけさせてばかりだけどそういう意味では……
……って待った、なしてここでユフィの声が聞こえてくるのかな?
「幻聴と仰るほど疲労が蓄積なさっているのなら、早急かつ強制的に休んでいただきますけれども」
「いやいや大丈夫、別に妖精さんが見えてきたとかそういうのじゃ……あ、ある意味目の前にいるか」
我ながら悪くない返しだ……と思っていたら、返ってきたのは小さな溜息だった。
ぐぬぬ、そんな露骨な反応を示されると流石に凹むんですけど。
このまま不貞寝したくなってきたなあ……でもわざわざ来てくれたユフィを追い返すのもおかしな話だ。
しょうがない、ここは助手の雑談に付き合ってあげるとしましょう。
レイニの変なハイテンションの影響で眠りにつけない者同士、ちょっとした雑談と興じるとしましょう。
「とりあえずレイニの魔石についてはひと段落……経過は見ていく必要はあるけど。ユフィの方も最大の悩みのタネが取れたわけだし、言うことなしだよね」
「最大かどうかはさておき、レイニの件が収束の方向にあるのは私にとってもいい傾向ではあります──差し詰め忘れ物を取り戻した、といったところでしょうか」
要するに、婚約解消という大まかな目的を為した際に置き去りになっていたアーカイブってところかな。
本来ならばもう忘却の彼方に追いやっていいはずなのに、あえて付き合ってくれるんだからね。
私にはもったいないくらいにいい助手だよ、ユフィは。
「とはいえ、今回まるでお役に立てなかったことが新たな心残りになってしまいましたが」
「今回は急を要することだったし、それに魔石の知識なんてむしろ持ってる方がおかしいくらいだからしょうがないと思うよ?むしろサポート役として首を突っ込むだけでも危なかったし、それだけで十分助かったけど」
「そう言って頂けるのは嬉しいですが、それでもアニス様やティルティ……そしてマッド様と比較したら何も出来ていません」
……それを言ったら、私だって似たようなものだ。
別に私が何もしていないなんて言うつもりは毛頭ないし、言わせるつもりもない。
でも、今回のMVPが誰だと言われたら……十人いたら全員がマッドくんと答えることだろう。
表向きは補佐役という任に就いているからこそ、その事実が余計に重くのしかかってくるわけで……。
「……やはりアニス様も同じことを思っていましたか」
「待って、私何も言ってないよね。あんまり適当なことを言うものじゃあ……」
「マッド様と比較したら、というところで一瞬眉が吊り上がっていました。その反応だけでも、今の私なら察するくらいは出来ます」
……うん、きっとそれもマッドくんと過ごした3年間の成果なんだろう。
あんなやりたい放題破天荒とまともに張り合うなら、表情から読み取るくらいはしないとやってられないだろうし。
その上で擬態だの演技だのを混ぜてきて、更に混沌とさせるのが我が末弟なわけなんだけども。
「私からすれば、もはやいつも通りすぎて流せる範疇なのですが……アニス様にとっては初めてのことですからね」
「……うん、これまでは言伝でしか知らなかったし。だからこそ、改めて凄みがね……」
「そしてそれらのことを何の気なしにしれっと遂行して、何てことなく振舞う。──相変わらず嫌な人です」
「いやいや、流石にそこまで言うつもりはないよ……でも悔しいし、申し訳ないとは思っちゃうかな」
「あの人はどうせ『状況が気に入らなかったから』で流すのですから、あんまり気にしても取り越し苦労になるのが関の山では?」
いや、確かにそうなんだろうけど……というか、今日はやけに饒舌な気がするよユフィ。
もしかして、ティルティから何か色々と吹き込まれたのだろうか。
まさか、知られざるマッドくんの更なる裏事情を知って怒っている……いや、それにしては棘の刺し方がアルくん似な気がするし。
「……せっかくの機会ですので、いっそここで白状してしまいます──これまでアニス様の元に所属していたのはほぼ急場しのぎでした」
「え、ちょっとユフィ?急にどうしちゃったのさ」
待って、まさかのぶっちゃけトーク展開?
これまでマッドくん以外にはどこかドライに徹していたユフィにしては珍しい。
……これはもしや、私に対してもデレ期到来というやつなのか!?
「いずれ居心地の良い場所に戻るための避難所……降りかかってきた魔学という概念にも興味があったから、なおさら都合がよかったのです。それこそ最初は完全に利害の一致の打算まみれ……今となっては申し訳ないと思っていますけど」
「それはお互い様だって。むしろ魔学に興味を持ってくれて、ここまで付き合ってくれたんだから礼を言いたいのは私の方だよ」
「いえ、対価としては現状まるで釣り合っていません。こちらでも結局私は与えられてばかりなのですから」
おおう、案の定ユフィらしさ全開の真面目な答えが返ってきたね……気にしなくてもいいのに。
マッドくん譲りの律儀っぷりとも言えるけど、別に私はやりたいようにやったってだけで。
「アニス様が私をここに置いてくれたからこそ、私は更に殻を破るきっかけを得ることが出来ました。そのお陰で、より人間らしさを得ることが出来たのです。そんな貴女を初の同性の友人と思っています……だからこそ、変に貸し借りを残したくありません」
「待って待ってどうしたの一体。今日のユフィはやたら熱弁が凄いよ!?」
これまでドライなツッコミばかりだったのが、いきなりのデレからの友人宣言なんて胸アツじゃんか!
ただ、あまりの変貌っぷりはどこか妙というか……。
一体どういう風の吹き回しなのだろうか。
マッドくん相手に進展があまりに無いからってヤケを起こしている風にも見えないし……。
「そんなに友人扱いされるのが嫌なのでしたら、今すぐ撤回いたしますが」
「違う違う、普段クールというかドライだったところにいきなりのデレ発言で嬉しくなっただけ!」
「まあ実際のところ手がかかるという但し書き付きの、ある意味妹を持ったような気分ですけどね。マッド様の気苦労も理解しつつある今日この頃です」
ちょっとユフィさん、義姉を妹分扱いは流石におかしいと思うんだ。
っていうか、一気に色々な感動が台無しになってるんですけどー!?
マッドくんからはそんな節は見受けられたけど、そこまで未来の夫婦よろしくで真似する必要してほしくないなあ!
「そんな危なっかしさが先行するのがアニス様ですが、魔法が使えずとも憧れを捨てることなく常に全力で走り続けているからこそとも言えますね」
「……ティルティはこう言ってたでしょ?魔学が広まるのは面白いことこの上ないから手助けしてるだけで、そこだけは相容れることはないって。なかなか自分勝手で、だからジメジメ陰湿令嬢なのよアイツは……」
「そればかりは致し方ないかと。むしろ分別がついているとも言えます」
ティルティの魔法嫌い……というか呪いが如く扱うのも背景から理解出来ないわけじゃない。
でも、私としてはどうしてもいい気はしない。
……背景は理解できるけど、それでも憧れを呪いと断じられるのはね。
だからこそ、その点で交わることは絶対にありえないわけで。
「私としても、魔法そのものに対してはどうしても現実的に考えてしまいます。マッド様が口を酸っぱくして『扱う者次第でしかない』と仰っていたお陰で精霊への過剰な信仰心もかなり薄まってこそいますが。──アニス様の自身の憧れを貫く姿は尊いものと思っています。何なら憧憬すら抱いていますしこれもまた道しるべと思っていますとも」
「……全く、随分と回りくどい言い方をする助手だなあ」
そこまで言われれば、流石に話の意図は読めてくる。
捻くれてないだけマシだけどね、どこぞの誰かさんみたいに。
──しれっと気を配ろうとしてる辺りも、本当によく似てるよ。
「アニス様とマッド様は似ているところも多々あるのは事実ですが、その根源はまるで異なるところです。比較しようにも、どちらも一長一短と言えます。せっかく傍から見ても綺麗だと思わせる道を歩んでいるのですから、」
「己が道、か……ありがとユフィ。ちょっとだけ気が楽になったよ」
「対マッド様の先達としてこうして助言を送る、これこそが今の私に出来るせいいっぱいですから」
こんな奇天烈全開の私に対して、友情やら憧れを抱いてくれてるなんて嬉しい以外何物でもない。
友情についてはどこか放っておけない感もあるんだろうけど、まあそれでも無関心よりよっぽどいいよね。
それでいて、私のことをしれっと気に掛けてくれては自分の経験を基に助言を送ってくれる。
うん、私としてもいい友人を持ったものだと思うよ。
でも、その優しい言葉を素直に受け入れることが出来ずにいる。
……そんなダメダメな自分が裏に潜んでいるのもまた確かなんだよね。
『当然ね、本当の貴女はこんなところにいないし……ここまで賞賛されるべき存在でもないのだから』
ちょっとだけ姉上に曇りフラグですよっと。
まあ現状は友に気に掛けて貰うことで何とか取り繕えるレベルですが。
原作とまるで違う本作だからこそ起こり得るこの問題、さあ後々どうなることでしょうか。
ユフィリアもある程度余裕が生まれたからこそ薄っすらと気付くことが出来たわけですが、これもまあ成長と言えば成長でマドラーシュ君も喜びますね。
そしてマドラーシュ側ではしれっとご登場のミゲル君、これまたweb版読んでる時にきっちり使いたかったキャラの一角。
マドラーシュのキャラ設定が固まっていくにつれて、割と真っ先に味方にしないとと思ったんですよね。
かなーり美味しい立ち位置なのに、原作では描写がちょいと少ないのが気になっていたところでもあったり。
こちらではラインヒルト先生と以前から親交があったりも。
8巻で出てきたような顔ぶれもどこかで出番を作れればいいんですが、さて行けるのやらか……。
Youは何を求めてこの作品を?(要するに需要調査です)
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転天キャラでのNLとか他絡みを所望
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グランサガの二次がレアすぎて
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バトルハードモードに釣られた
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ちらほらある(?)デビルメイクライ要素
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その他(そもそもの作風とか)