いよいよ動き出します、色々と。
書きたかった組み合わせもようやく出来ます。
アニス様たちがいない離宮はとにかく静かだ。
月明かりが際立つ夜であることも相まって、その雰囲気はより際立つと言っても過言ではない。
しかし、こんな時だからこそ課題をこなすには最適だろう。
(先生の言う通りだ……いつもより魔力が昂っている気がする。そういう時だからこそ、きちんと律さないと)
マッド先生曰く、ヴァンパイアは日中よりも夜間の方が力を発揮しやすいとのことだ。
私はあくまで魔石を宿しているだけで人間に寄っていることから、日光は不得手としないのは幸いだったとも言っていましたね。
更に夜間でも、月の出方次第で出力の高低差があるらしく……まさに今日のような日は上振れするとも。
──折角だからと、私はあえてこの状況で魔力出力調整に挑んでいる。
少しでも皆さんに近づけるように、お役に立てるように……普段よりも少しだけ高い課題を自分に課してみる。
(孤児院で過ごしていた頃は間違い無く想像できなかったなあ……)
それほどまでに、母を失ってからの暫くは酷くて散々なものだった。
私自身が意図せず、望んでもいない関係に苦しめられ……周囲に期待しても変わらないと自ら心を閉ざしてしまうほど。
そんな日々は、お父様に引き取られる形で唐突に終わりを告げることとなる。
私はお母さんの生き写しと言わんばかりにそっくりだってこともあり、お父様はすぐに私が自分の子供だと分かったらしい。
これまで辛い生活をさせてしまったこと、そしてお母さんを守れなかったことを悔いていたことは……今でも覚えている。
お義母様も、諸々の事情を承知で嫁いできただけでなく血の繋がらない私を暖かく迎え入れてくれた。
貴族学院への入学を勧めては、色々と手筈も整えてくれて……。
(……そして、その先で私は取り返しのつかないことをしてしまった)
アニス様は不可抗力と仰ってくれたが、どうしても私はそんな風に思えなかった……いや、思いたくなかった。
もっと早くからこの力について分かっていれば、もう少し何とかなったのではないかって……そんな後悔が積み重なる。
理不尽に見えることでも、私が動けていれば何かが変わったのかもしれない。
──そんなことを思っていたからこそ、マッド先生の言葉がストンと胸の内に収まったのだろう。
厳しい言葉を投げかけられこそしたが、私の考えを何一つ否定せず……何より尊重しようという心が窺える。
実の兄であるアルガルド様や友達以上に思うユフィリア様の人生を滅茶苦茶にされかけたのにも関わらず。
こんな人を惑わし破滅に追いやりかねない力を持つ私でも、普通に血の通った人間だと認めてさえくれた。
そこまで言ってもらえたのだ、少しでもその期待に応えようと思うのは必然の流れ。
……今の生活を、考え方を、在り方を与えてくれた皆さんに少しずつでも恩を返せるようになりたい。
──そのためにも、自分の内にあるモノにもっともっと深く向き合わなければ。
「マドラーシュ様が課題として挙げていた、特定条件下での制御と日常的動作の並行ですか?」
「あ、イリアさん。──はい、ちょうどいい感じで月が出ていたからいい機会かなと思って……」
内心はモチベーションを保ちつつ、制御そのものは冷静に。
魔力を扱う自分と、その姿を眺めるもう一人の自分を置くような感覚を常に持つ。
マッド先生とセラ先生が基礎とばかりに叩き込んでくださったお陰で、こうして会話をしながらも制御の為の意識を保つことも出来ている。
「相当の向上心と集中力を持っているとご満悦でしたが……本当にその通りですね。私自身も色々触発されそうで、なかなか抑えるのが大変です」
「いえ、そんな……私なんてまだまだひよっこですよ。魔力の操作もそうですけど、他にも至らないことばかりで……出来ることをとにかく増やしたいくらいです」
少なくとも、ずっとこの場におけるお客様でいたいだなんて思っていない。
いずれこの状況は落ち着き、自分の身の振り方を考えなければならない時はきっとくるはず。
その時に、同じ過ちを……ただただ楽な方に逃げないためにも、選択肢を増やしたい。
「なるほど……でしたら、私の下に就く形で侍女見習いも経験してみますか?」
そんな私に掛かってきたのは、意外な提案……勧誘とも言えるものだった。
それは、私自身も考えていた選択肢の一つで……まさに渡りに船というもの。
「少し前まで王宮仕えと臨時でこの離宮に詰めることがあったプリシラがマドラーシュ様の専属……セラの下に就く形を見て、私も直弟子というものが欲しくなってきたところでして。レイニ様ならば、どこか妹のように思っているのでこちらとしても有難い話なのですが……」
「奇遇ですね、私もイリアさんのことは『姉がいたらこんな感じなのかな』って……アニス様に悪いと思って口にはしなかったんですけども」
「何も問題はございませんよ。それを言ってしまったら、あっちこっちで天然たらしを発揮してしまっている姫様とマドラーシュ様はどうなってしまうのやら」
「確かにそうですよね……私の兄弟子や姉弟子は結構いるって話ですし。──では、機が実ったらその時はご指導のほどよろしくお願いします!」
姉的立場にして、後の新たな先生になり得る方に対して私は深々と頭を下げる。
──ちなみにこの時、ほんの僅かだけ魔力制御が乱れたのはここだけの話にしてください。
妹みたいだと思ってもらえて嬉しかったから、ついつい魔力が更に昂っちゃって……。
何とかすぐに元の調子に戻して、そのままの状態を維持しながらお茶に手を伸ばそうとした……その時だった。
──唐突に感じた違和感と同時に、部屋の照明がいきなり消え失せたのは。
「……万が一とはいえ、まさか使う日が来るとは。──姫様の先見もバカになりませんね」
「もしかして……侵入者ですか?」
「お察しの通りです。照明が落ちたのは魔道具の盗難や強奪に備えての緊急停止ですが……レイニ様はなかなか落ち着いていますね」
「実は、マッド先生から事前にその可能性もあると……心構えと警戒だけはしておけとまでは言われていまして」
潜在的に敵が多いアニス様だからこそ、十二分にあり得ることだと日頃念を押されていました。
それと、能力目当てで私の身柄を狙う人もいないわけではないとも口を酸っぱくして言われました。
魅了の能力だけでも悪用するには十分……それは今の私でも容易に理解できる。
先生方がいない状態でも魔力操作をしていたのは、違和感を少しでも早く感知するためでもある。
……予想以上に素早く察知出来ていることには驚いたが、これも鍛錬の成果ということなのだろうか。
「一旦この場を離れた方がいいですよね。むしろこのままだと……」
「確実に鉢合わせてしまう……そうなることが一番拙いでしょうね。王城に保護を求められれば最適ですが、外にさえ出られれば誰かの助力も僅かに期待は出来ます。──待ち構えられていたら、その限りではありませんが」
謁見の間の時とはまるで違う緊張に、否でも体が強張りそうになってしまう。
でも、頭だけはある程度まともに働かせることが出来ているのが唯一の救いかもしれない。
この状況を僅かにでも想定していたからこそ、多少の覚悟が出来ていたからだろう。
……ありがとうございます、マッド先生……早速教えて頂いたことが役に立ちました。
「多少夜目を利かせることが出来ているので、ある程度なら動けます……ただ、こういったことには慣れていなくて」
「いえ、それだけでもありがたいくらいです。私の方でも細心の注意を払いますが、お恥ずかしながらマドラーシュ様や姫様のようにはいかないもので。恐縮ながら後詰めをお願いしてもよろしいでしょうか」
「それは比較対象が悪いだけだと思いますけど……分かりました、やれるだけやってみます」
冗談を飛ばしている場合じゃないのかもしれない……それでも少しだけ張り詰めた空気が和らいだような気がした。
そうと決まれば即行動ということで、私たちは物音を立てずそれでいて素早く移動を始める。
声も出すわけには行かないので、何かあった時の為の即興サインのために手を繋いだ状態だ。
マッド先生みたいに魔力で知らせることが出来ればよかったけど……それは無いものねだりというものですから。
(それにしても、今日は特に魔力の通りがいいような……)
その証拠に、視覚強化にだけ魔力を費やしてなおも余裕がある。
夜間による魔力の高揚は確かにあるが、それだけではこの状況は説明がつかないはず。
魔力そのものの滾りというよりも、その流れがまるで澄んだ川の流れのような……そんな感覚だ。
もしかして、マッド先生が何か仕掛けを施したりしたのかも……?
──思い当たる節があるとすれば、今私の懐にある先日渡されたあの石くらいしか……!?
「っ!?レイニ様、この霧は吸わないでください!」
イリアさんの警告と共に、私は即座に鼻と口をハンカチで塞ぐ。
咄嗟に反応できたのは、その霧のようなものを視覚で捉えることが出来たから。
こんな状況下で、更に毒霧を撒かれたとなると……取れる手段はそう多くはない。
「明らかに炙り出されている感じがしますが、このまま袋のネズミになっては元も子もありません。──窓から脱出します」
どのような毒かは分からなくても、このままここにいるのが最も危ないことだけは明白。
イリアさんから出た案は至極当然のもので、私は間を置かずにただ頷く。
一瞬の躊躇が左右しかねない事態というのは理解しているからこその即決だった。
そこから私を横抱きにすると、近くの窓を割って一気に外界にその身を曝すこととなった。
月明かりで景色が明るくなると共に、襲撃者の姿を捕らえようと周囲を見回す。
どうやら外ではまるで隠れる気も無かったようで、あっさりとその姿を捉えることは出来た。
「やはり外にも……っ!?『ファイアアロー』!」
しかし、それらはあまりに想定外の光景だった。
だって、私たちの目に入ったのは……明らかに人型のソレではなかったから。
反射的にイリアさんは火の矢を放ち、接近を図っていた蝙蝠のような何かの1体にきっちり命中させた。
断末魔を改めて聞いて、燃え盛るその体が人間のものではないことを再確認する。
魔法を使いながらも何とか着地は成功させるが……。
「これって、全部魔物ですよね……?何でこんなところで出てきているんですか!?」
「……襲撃者の駒、という説が濃厚ですね。いえ、むしろそれしか考えられません」
確かに、これだけの魔物が押し寄せていればもっと早い段階で騒ぎになっているはず。
しかし、そんな騒ぎはまるで無かった。
そうなると……イリアさんの言った線くらいしか考えられない。
そんなことを考えていると、私たち以外の人間らしき足音がその場で聞こえてきた。
「随分と頭は回るようですが、それでも世の中どうにもならないというもままある……この多勢に無勢がそのものでしょう?」
勝ち誇っているようなその声は、聞き覚えのあるものだった。
それも当然だ、ついこの間まで私の周囲でよく聞いた声なのだから。
その姿が月明かりに照らされた時、私は改めて言葉を失うこととなる。
襲撃者……モーリッツ・シャルトルーズ伯爵子息は、明らかに異様な空気を放っていたのだから。
立食会が始まってそう経っていない内から、私は早速帰りたいオーラを全力で発露していた。
何度も言うけど、そもそも私はこういう場があんまり好きじゃないんだよ。
この間の時のようにダンスしないってだけマシなんだけど、本当にそれだけだし。
こういう場でのお上品なお喋りって言うのは致命的に向いてないというか、やりたくない。
ならば、せめてもの同志を探そうと躍起に視線を巡らせているのだが……。
(ぜんっぜん見当たらないじゃん……遠目が過ぎるから、流石のユフィでも見間違えたってオチな気がするんだけど)
困惑と少々ばかりの拍手と共に講演が終わった直後、当然のように私は問い質した。
私の事を少しは認めてあげましょう宣言は……まあ、別にいいんだ。
その後の顕魂術の存在暴露について……ツッコミどころはここに集約されるわけで。
折角いい感じで締められるところに、あんな不意打ち且つ挑発的にやらかしたら色々おじゃんになりかねない。
しかし、ユフィはまるで応えていないどころかむしろ倍に返ってきた。
『アニス様の魔学に『東の賢者』の顕魂術……更に他の強烈な出来事の数々を考慮しても、時代の荒波が来ていることは明白。この程度の不意打ち、今の内に慣れて頂かないと後が持ちません。──それに、彼はよくやったと返してくれましたので。それだけでもやった甲斐はあったかと』
彼とは言うまでもない、やりたい放題の我が末の弟のことなんだろうけど……。
この口ぶりだと、ユフィは明らかに視認したということだ。
案の定討伐依頼をパパっと済ませて飛んできたってことなんだけども……今はまるで影も形も目に出来ない。
そういえば、この間も見事なまでに隠形成し遂げていたっけ……。
下手に姿を晒すわけには行かないという意味ではあの時と同じだけど、ピンポイントでユフィだけには存在示してるところは明らかに違う。
おのれ器用なことしよって、絶対に見つけ出してやるんだから……!
……とはいえ、目を皿にして疲れたから休息がてらに視界をよく知る顔の方に向けてみる。
(ティルティめ、ここぞとばかりに二重の意味で美味いことを……!そしてユフィは……何というか、あれで上手く行ってるのが凄い)
しれっと会場の端で料理に舌鼓を打つジメジメ令嬢にはとりあえず不意の日光で溶けるよう念を送るとして……。
先ほど二転三転のやりたい放題講演をしでかしたユフィは、意外にも歓談が進んでいるようだ。
もしかして、魔学や顕魂術にそこまで反発心を持っていない貴族って多かったりするの……?
とはいえ、貴族の会話っていうのは腹の中の探り合いって面もあるから表面上じゃ分からないんだよね……。
私はそういうの絶対に無理なんだけど……それはもう絶対的にマッドくんの領域だし。
……だからこそ、私の身代わりになってもらわないとだ。
意地でも探し出してやらねば……と気力を再充填して視覚を集中させようとした時だった。
「先ほどは見事な講演会でした、アニスフィア王女殿下」
そんな意図は無いんだろうけど、私にとっては色々な意味で妨げになる声だった。
とはいえ、第一声は悪意が感じられなかったのでひとまずは視線を向けることとする。
癖のある銀髪に、少しだけマッドくん似の目の色……いや、本当に少し似てるだけだよ?
それに、まるで覚えがないし……えーっと、本当に誰だっけ。
「ああ、これは失礼。モーリッツ・シャルトルーズと申します。一度あの現場で居合わせてはいますが、正式な顔合わせはこれが初めてのことですね」
あー……シャルトルーズ伯の息子で、レイニの取り巻き筆頭だ。
とはいえ、あの時はさっさとユフィを攫っちゃったからアルくんとレイニ以外殆ど印象に残ってなかったんだよね。
というか、まだ謹慎食らってなかったっけ……ナヴル君ですらまだ屋敷にいるというのに。
「先日はアニスフィア王女殿下にも多大なご迷惑をお掛け致しました。父からは猛省しろとお叱りを頂き、こうして謝罪の意を示しに伺わせて頂きました」
「それならまだ自分の屋敷で謹慎してた方がいいのではないでしょうか。抜け出すだなんて、伯爵にバレたらただでは済みませんよ?」
「御心配には及びません。そもそもこの講演会を提案したのは私めでして……父からはこちらに詰めるよう、一時的に謹慎を解いて頂きました」
うーん、見事なまでに胡散臭い。
それならアルくんとユフィに真っ先に謝罪に行くべきで、私はその次くらいが妥当なはず。
アルくんはこの場にはいないみたいだから仕方ないにしてもねえ……。
この場を催すことを提案した伯爵子息様ならば、ユフィの歓談に割って入っても強くは言われないだろうし。
何でそれをしないで私が最初なのか……理解に苦しむところなんだけど。
「アニスフィア王女殿下の懸念は理解していますとも。ですが、今回の謝罪は先日の件だけではなく──これまで、魔学のことを軽視していたことも含めてのことでして」
ああ、確かにシャルトルーズ伯爵は根っからの魔学否定派だからねえ。
その息子であるモーリッツもそうだったとしても何も違和感は無い。
ただ、このタイミングで軽んじていたことへの謝罪っていうのは都合がいい気がする。
無論失礼に当たるから、相槌を打つだけの軽い反応に留めておくとするけど。
「謹慎の間、これまでの私や父を含む魔法省のやり方を省みる機会に恵まれました。そこに、先日の凶悪なスタンピードを最小限の被害に食い止められたアニスフィア王女殿下の御活躍が耳に入っては感銘を抱き、極めつけには先ほどの講演で示された展望を耳にした!これまでの行いを悔い、恥じ入るだけの十分な理由でございますとも」
「は、はあ……魔学を評価して頂くのは大変嬉しいことですけれども……それならば、我が助手のことも評価して頂きたいところです」
表向きでは真っ先に理念を理解して、この分野に飛び込んできたのはユフィなわけで。
いわば貴族の中では一番槍なわけで、本来ならそちらも共に賞賛するべきなんじゃないかって思う。
え、ティルティ?……あっちはそんなのまるで求めてないからこの際ノーカンにしておく。
「ユフィリア様ですか……確かにアニスフィア王女殿下の理念は理解しておられるのは分かりますが……最後のアレは果たして良かったのかと、そこが疑問に残るところですね」
「顕魂術……私としても寝耳に水な話でして、正直今でも驚きを隠せないところです」
この点についてはモーリッツの言ってることは極端に間違っているわけではない。
まあ、彼女なりの考え方というものがあるから否定も対立もするつもりはないけどね。
──使えるものなら、私だって使ってみたいくらいだし。
「すなわち、アニスフィア王女殿下の許可なしに会得して急遽披露したと……婚約解消を為されてから焦りが生じているのでしょうか。あんな得体の知れない魔法もどきに飛びつくなど……かつてのユフィリア様ならば考えられないことでしょうに」
「それを言ったら、魔学も最初はただの得体の知れない概念だったことでしょう。既存から外れたものは全て未知から始まるものです。我が助手は私と同じように、未知を求めただけに過ぎません」
こちとらそんな風に貶すのを耳にして気分が良くなるわけがない。
確かに顕魂術は魔学以上に突飛なところも多い。
根本理念が分からないから手放しに褒めることがやりづらいし。
──だからと言って、私では到達出来なかった新たな地平を貶すなど以ての外だろう。
未知の部分が多いからと恐れるなど、これまでの魔学に対して向けられた謂れの無い評価と何も変わらない。
それに、助手兼友人が狂人扱いされるのを黙って見過ごすほど薄情になった覚えも無いからね。
きっちり反論すると、意外にもあっさりと頭を下げてきた。
「アニスフィア王女殿下は何と慈悲深く、聡明でいらっしゃる……この度改めて感銘を受けました」
「そこまで言って頂く必要はありません……とにかく、話を戻しませんか?」
ああもう、どこから話が逸れ出したのかが混乱してきた!
これだからこの手の胡散臭いタイプとの会話は嫌なんだ、話がおかしな方向に逸れがちだから!
とりあえず話の糸を巻き戻すところから……と必死に記憶を手繰り寄せていたその時だった。
──唐突に、甲高い音が会場内に響き渡ったのは。
(離宮からの警報って、何でこの時に聞こえてくるのさ!?)
一体何事かと辺りを見回す周囲とは異なり、アニスフィアは驚愕と即席の危機感を発する。
この場まで聞こえてきたお陰で、離宮側の緊急事態だけは把握できたのが唯一の救いとも言えるか。
しかし、見事にタイミングが噛み合っていない。
「この音は一体……外の者をこちらへ!安全を考慮して、部屋の外に誰も出さないようにしろ!」
「今のは私の離宮で何かあったから発せられた警報だ!そんな悠長なこと言ってる場合じゃない、今すぐ向かわないと……!」
「何ですと?──そこまでの非常事態であれば尚の事、王女殿下にはここでおとなしくして頂きたく存じます!」
「ちょっと何……え、動けない!?」
あまりのおかしな言いようのモーリッツに食って掛かろうとした私だったが、それは出来なかった。
何故か分からないが、その場から動くことが出来なくなってしまったから。
刻印も起動できない……いや、魔力そのものが遮断されているような感覚だ。
待って、こんなこと以前にもあったような……!
「何ということだ、魔学の第一人者であるアニスフィア王女殿下をこのタイミングで罠に嵌めるなど……いや待て。これは……精霊の気配がしないとな!?」
「精霊の気配がない!?ということは、魔法ではないということでは?」
「まさか、先程の顕魂術とやらの仕業?そうなると……」
そんなわけがないのは私が一番よく分かっている。
ある程度影響下にあって、ようやく思い出すと共に結論に近いであろう仮説に至ることが出来た。
……今私が受けているのは、あの新種のドラゴンから貰った呪いと類似しているものだということに。
アレよりかは拘束力は遥かに弱いけど、巧妙な点だけは似ている。
そうなれば、必然的に魔物由来ないし魔石由来の魔法である可能性が高い。
それに……この見えない鎖と同質の魔力を薄っすらとだけどモーリッツから感じ取れている。
恐らく魔石を持っているのではないかと思う。
どのような手口かはまるで読めないけど、レイニとは全く別の形で魔石由来の魔法を使っているのは確かだろう。
それならば精霊の気配がしないのは当たり前のことだ。
そしてこの流れは、明らかに顕魂術の使用者に濡れ衣を着せようとしている
そして、この場で顕魂術が可能とされているのは……一人だけ。
「またこの手口ですか……同じ手品を二度使うのはとんでもない減点を貰いますよ、シャルトルーズ伯爵子息」
……さっきの講演ラストでそれを披露したユフィしかいない。
無論、ユフィがこんなことをしでかすなんてありえないのは百も承知だ。
さっきも言った通り、今私を縛っている魔力はむしろモーリッツから漏れているくらいなのだから。
それにしてもこの状況、必然的にユフィにとっては針の筵になるはずなのに……まるで動じる風ではなかった。
モーリッツの周囲にはいつの間にか集まってきた兵もいるというのに……。
ただ、この状況では動けない私の代わりに離宮へ行ってもらうことは到底無理だ。
こうしている間にもイリアとレイニに危険が及んでる可能性もあるっていうのに……!
「おや、どうやら主犯格のご登場のようで……自首にはまだまだ早いのではないですか?」
「相変わらずなかなか回る舌のようですね。こんな三文芝居など止めにして、然るべき団に入ることをお勧めしますよ」
「可愛げのない強気っぷりはご健在のようで。折角王女殿下に助けて頂いたというのに、こんな仇で返す形を取るとは……邪道に魅入られた者は、どこまでも落ちぶれるということか」
言いたい放題言ってくれちゃって、邪道をやらかしてるのはどっちだって言うのよ!
でも、それを分かっているのは私とユフィ、後は何故か静かにしているティルティだけだ。
周りの人間はモーリッツの口八丁手八丁にすっかりと乗せられてしまっている。
あの婚約破棄扇動の時と似ている流れなんだけど……何かがおかしい。
あの時はレイニがいたからこそ多少強引でも流れが作られたけど、今回はその役割を誰も担ってないわけで。
「……どうやらシャルトルーズ伯爵子息には『人の振り見て我が振り直せ』という格言を贈る必要があるようですね」
「言うに事欠いてその程度の戯言を……どうやらタネ切れのようですので、そろそろ反逆者として神妙に──」
「そこまでお望みならば、本物の邪道というものを見せて進ぜようか!」
モーリッツの言葉を遮るかの如くで聞こえてきたのは、この場にそぐわないどこか鮮やかな声だった。
峰打ちだろうか、的確な一撃で兵士の一人の意識を落とすとそのまま声の主は動けない私の傍へやってきた。
すると今度は右手を差し出しては掌から光輝の魔力弾を発射する。
それは一見何もないところに炸裂すると、何かが砕ける音と共に私に架せられた戒めも解かれることとなった。
一体誰が……と思ったその人物はそこそこの高身長で、フードで頭を覆ってはいるけど、ちらりと見えたその髪色には大いに見覚えがあった。
「ま、マッドくん……?マッドくんなんだよね?」
それだけ言うと、フードを被った男は静かに笑ったような気がした。
待って何か色々と追いつかないんだけど!?
でも今はとにかく、ユフィの元に行かないとだ。
「兵士相手に一切の躊躇なしだと!?貴様、それでも王族なのか!」
「そんなことは知ったことないな。さあ、続け!」
「待ってました!ウチも華麗にさんじょ〜う!」
次に聞こえてきたのは、まるで子供が祭に参戦するかのような声だった。
それと共に、何かがスライディングしてきては私の目の前で丁度良く止まる。
ピンクに近い赤い髪に、猫のような耳を生やした物凄く小柄な娘……見るからに亜人種だったが、相当に愛くるしい容姿だ。
ところで、その手に持っている石のようなものってもしかしなくても……。
「貴様、さっきのすれ違いで!?クソ、それを返せひったくりミケ族が!」
「渡しちゃったらまた王女様にひどいことする気でしょ?だから返さないよ~だ!欲しければ捕まえて取り返してみるんだね!」
「そもそもアンタのお仲間もセリアードのブローチひったくってくれたんだから、お返しだよお返し!」
わわわ、このネコ娘ここぞとばかりに盛大に挑発してるし!?
しかもあっかんべーとかお尻ぺんぺんとか、古風なものばっかり……。
それと、近くを飛び回っている小さなのは一体何なの……?
ヤバイ、現実が受け止めきれず遂に妖精が見えるようになっちゃったって……?
「アニス様、気持ちは分からないでもありませんがしゃんとしてください」
「へぶっ!?こら、こんな時にハリセンシェルはダメだってば!」
っていうかいつの間にアルカンシェル持ってきてたのさ!?
ああもう、何か色々と滅茶苦茶でわけワカメだ!
「くそ、アニスフィア王女殿下を保護しつつそこの盗人ミケ族とユフィリア様、後は放浪第二王子を捕らえろ!」
わわわ、一気に兵士が来たんだけど!
っていうか、やたらと数多い気がするんだけど……こんなにいたっけ?
この数を殺生なしで無力化だなんて流石に厳しい……っていうか私はまだ麻痺の影響がちょっと残ってるし!
「ええっと……水でも被って反省してください!」
「見た目だけとはいえ、兵の風上にも置けんな……文字通り叩き直してやる!」
また更に知らない声が2つ上がるとともに、あっさりと兵士たちは無力化されてしまう。
片や鎧を着た大柄の亜人種らしき男は、槌を両手に握っての三連スイングで纏めて吹き飛ばす。
対照的に華奢な、見るからにヒーラーのような外見の金髪の女の子は多数の兵士を水球の中に閉じ込めていた。
──って、水を被らせるどころじゃない気がするんだけど!?
そこにネコ娘が大きめの火球を当てて吹っ飛ばしたり、マッドくんが光弾ぶつけたり。
これ、明らかに過剰防衛になっちゃってるような……?
「そもそもこいつらはまともな出自じゃないから気にしなくて平気よ。──ほら、会場の皆さまもご覧あれってね!」
いつの間にかこっちに来ていたティルティが近くで倒れ込む兵士の兜を仰々しく脱ぎ去る。
一体何事かと集まる野次馬たちは……その様に一瞬で顔を青くすることとなった。
……その頭は、人間のソレではなかったのだから。
お陰で会場中が一気に騒然状態、注目もユフィからモーリッツにあっという間に様変わりしていた。
「これ、俗に言うアンデットってヤツじゃん……禁書でもこんなの居なかった気がするんだけど」
「……アニス様が顔を歪めるということは、あまり良いものではないということですか。そうなると、シャルトルーズ伯爵子息はやはり……」
「それについては、俺たちが説明するとしよう」
兵士もどきを一通り片付けたのか、マッドくんたち4人はいつの間にか私たちの傍にいた。
あれだけいた兵士が、こんなスマートに片付けられるのもなかなかの手際というか何というか。
「さっき王女様を縛り付けてたのはもちろん顕魂術なんかじゃないよ!あんな雑極まりないやり方はむしろ魔物のやり口だね!」
「そこで出てくるのがこの魔石だ。これは先日のスタンピードでも現れたとされるデーモン種のもので、原種は同じような束縛魔法を操るとされる。さて、そんなものが何故シャルトルーズ伯爵子息の元から出てきたのかな?」
「ここまで来れば精霊信仰に浸かっててもお分かりじゃないかしら?ユフィリア様の言う三文芝居が戯言でも何でもないってこともね!」
ネコ娘、マッドくん、そしてノリノリのティルティが次々とモーリッツを糾弾していく。
魔石については正直私たちも解明しきってないところも大きいからあやふやなところもあるけど……。
さっきの兵士に扮していたアンデットの存在も明るみに出たから、モーリッツは一気に危うい立場に立たされることとなった。
流石はマッドくんというべきか……裏でまーた新たな人材発掘してるのは突っ込みどころなんだけど!
「それにしても、さっきからだんまりだな?おとなしく投降した上でお縄についてくれるならこちとら楽なんだが」
「投降?何を言いますか……むしろ大半は計画通りだ!貴様をこうしてこの檻に縛り付けることが出来たのだからな!」
さっきまでおとなしかったと思ったら、いきなり狂ったように笑い出しては嘲りを投げつけてくる。
その様にはおぞましさすら覚えるもので、コイツもさっきの兵士たちと同類なのではないかとすら思えてしまう。
っていうか、檻に縛り付けるって一体どういう……。
「確かに王女殿下の身柄そのものの確保は有力案でしたが、それは所詮次善策に過ぎない。最有力は例の魔石を確保して実質的に玉座を掌中に収めること!優先順位度を誤った時点で貴様らの負けだ、放浪王子と愉快なお仲間さん方!」
「例の魔石って……まさかっ!」
要するに、現在進行形でレイニを狙っているってことだよね!?
しかも、そこから一気に魅了を展開するだなんてスピーディが過ぎる!
想像以上に早い動きに、むしろ私の方が優先順位度がグチャグチャになりそうだ。
いや、ここは離宮に戻るのが先決……ただ、果たして簡単にそうさせてくれるのか。
あんなやり方で魔物をけしかけるほどだ、私が一直線で向かおうにも確実に妨害を入れてくるはず。
そもそも魔女帚が手元にない現状ではどうしようもない……本当に拙い状況だ。
……そのはずなんだけど、ユフィとティルティはまるで違う様子を見せている。
「優先順位度、ねえ……マッド様研究家見習いとしてどう思うかしら、ユフィリア様」
「まるで的外れな指摘ですね。あの方ならばむしろ、『全網羅出来るようにすればよくね?』とごり押し安定でしょう……貴方もそう思いませんか?」
状況は分かっているはずなのに、まるで意にも介していない。
というか、マッドくん研究家って一体何さ……と突っ込みを入れかけたところで違和感が生じる。
ユフィの今の言いようは、まるでマッドくんがこの場にいないがような感じだ。
……え、思いっきり本人がここにいるよね?
さっき自分でもこの場にいるって言ってたのに、そんな矛盾めいたこと……。
「これでもセリアードとウィンからの太鼓判は貰ったんだがなあ……一体どういう眼をしているんだい?」
……と思ったその時だった。
明らかにマッドくんのものじゃない声が耳に入ってきたのは。
というか、この声……つい最近聞いたような?
「その程度の擬態を見破れないとでも?随分とバカにされたものですね」
「こればかりはユフィリア様が色々おかしいってだけよ。──あっちを騙すという目的は果たせてるなら気にする必要はないわ」
擬態?あっちを騙す?
ユフィもティルティも一体何を言ってるのかさっぱりなんだけど。
私だけでなく、モーリッツとか野次馬たちもハテナが飛び交ってる状態だ。
私はユフィの態度からこの偽物の正体に一気に辿り着くことが出来てしまった。
ここまでマッドくんに似せられることが出来る人物なんて、私の知る限りでは二人だけ。
そして聞こえてきた声まで考慮すると、一人に絞るのは容易なことだ。
「はあ、絶対こうなるって分かっていたから嫌だったんだ……」
「その割には結構楽しくやっていなかったか?入れ替わる前から浮足立っていたようにも見えたぞ」
「こっそりマッド様の心境が理解できるって呟いていたような……」
「ああもう、分かったからそれ以上は言わないでくれ!バレたんだったら、種明かしはしないとだ!」
それだけ言うと、偽物疑惑が掛かった人物は着用していたそのローブを脱ぎ去った。
頭のフードまですっぽりと被っていて窮屈そうにしていたからか、開放感がこちらにまで伝わるほどだ。
露わにされたのは、当然私の予想通りの人物であった。
ローブさえ無ければそうそう見間違えるはずがない……この普通の佇まいからも滲み出る品の良さは、そういう質なのだから。
「僭越ながら、今回マドラーシュ第二王子の影武者役を務めさせてもらった流浪の冒険者オルタだ──以後、お見知りおきを」
「第二王子だと思った?残念、影武者でした~!」
「そしてウチらはそんな裏でやりたい放題なマッドの特別近衛のキュイ騎士団!まだ3人いるけど、そっちは別行動中だから後で紹介するね!」
「キュイちゃん、まだ騎士団の名前って決まってなかったはずだよね……?」
「……毎度ながらのことだが、律儀に突っ込まなくていいんだぞ?」
舞台挨拶のように優雅に一礼するオルタに、煽る妖精と自分たちの紹介をしれっと入れてくるネコ娘。
──待って、今特別近衛とか言わなかった?
マッドくん、一体どれだけやらかせば気が済むのかな君ってやつは!?
というわけで別動隊その1合流!
メンバーはオルタ、キュイ、セリアード、ウィン。
これにティルティも込みなので、やや後衛多めのメンバーですね。
いよいよ本格的にメインキャラ同士の交差です。
いやもう本当に長かった。
Youは何を求めてこの作品を?(要するに需要調査です)
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転天キャラでのNLとか他絡みを所望
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グランサガの二次がレアすぎて
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バトルハードモードに釣られた
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ちらほらある(?)デビルメイクライ要素
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その他(そもそもの作風とか)