約三か月の入院生活が終わり、ようやく我が家に帰ってくることができた。古い、安い、ぼろいの三拍子がそろった味わい深いアパートだが、自分だけのテリトリーともいえる心地よい場所だ。
ずっと息の詰まりっぱなしだった病院から戻ってこられたことにほっとする。キーホルダーもつけてない飾りっ気のない鍵を使い、久々に部屋に入る。若干かび臭いながら部屋自体はきれいだ。恐らく家族の誰かが定期的に掃除をしてくれていたのだろう。入院前の記憶と比較しても何も変わらない風景だ。
いつものベッド。
いつもの洗面台。
いつもの本棚。
いつものその他諸々。
何も変わらない。三か月前から自分だけのこの
ふといつもの場所に置かれた姿見を見る。そこに映るのは、これまたいつも通りの筋骨隆々な自分自身……ではない。一言で表すなら少女だ。ギリギリ中学生に見えないこともないが、そこは別に今は関係ないか。肩甲骨あたりまで髪を伸ばし、ビー玉のような青い目で不機嫌そうにこちらをにらみつけている。可愛らしいお人形さんみたいな顔だからか、にらみつけられても迫力は全くない。
俺が姿見に手をぐーぱーしたり、くるっと回転すると姿見の少女も同じ動作をする。俺が変な顔をしたり、年甲斐もない笑顔をするとまたもや姿見の少女は同じ顔をする。それは当たり前の話だ。その少女のこそが今の俺の姿なんだ。
部屋の風景は変わらない。部屋の窓から見る景色だっていつものまま。外から聞こえる学校終わりの子どもたちのはしゃぐ声だって前と同じだ。違っているのは俺だけ。変わってしまったのは……俺だけだ。
「なんで俺なんだろうな」
つぶやいた言葉も甘ったるい声を無理やり低くしたようにちぐはぐだ。小さい子が大人ぶって話をしている。そのおかしさに気づき、自分自身が滑稽だと思い少し笑えた。そうして笑ったあと、なぜだかわからないが涙が出てきた。悲しいのか辛いのかさっぱりわからない。ただ、とめどなく流れる涙をふくこともできず、重力に任せて床にこぼす。俺は姿見の少女の泣き笑いを見つめることしかできない。慰めることもできない。自然に泣き止むの待つしかなかった。
冬の寒さから春の暖かさに移り変わったことに気づく余裕はない。
TS病は非常に稀な病気だ。何百万人に一人だか二人だか忘れてしまったが、そのくらいの確率で発症するらしい。正直な話、自分がTS病になるまでこんな病気があるなんて知らなかった。
発症メカニズムや治療法も解明されていないし、そもそも体を一晩で作り変えること自体、病気と呼んでいいものなのか。一つだけ確かなのは異性への転換は不可逆で、元の性に戻ることはない。
体が比喩なしにぐちゃぐちゃになる苦痛に耐えきれるかは五分五分だそうだ。TS病になったとしても、体を作り変える過程で半分は死に半分は生きる。生き残った俺は世間的には運がよかったと言えるだろう。本当に運が良いのかは疑問だが。
生き残ったはいいが、普通に生きられるわけでもない。特徴的なのは余命の問題だ。今までのTS病患者の平均余命は十年かそこそこ。人間一人を全く違うものに変えるのだから、諸々のしわ寄せは患者の残りの命で支払う。二分の一に勝ったとしても、長生きはできない。
自分の夢だとか、将来への希望だとかそういったキラキラした明るい未来は潰えたのだ。期限がある命を精一杯生きよう!誰だって明日死ぬかもしれないんだから気にするな!十年は生きられるんじゃないか!などなど……。入院中、様々な励ましの言葉を色々な人からもらった。俺を立ちなおらせようと悪気なく、前向きになって欲しいという善意からの言葉だ。
ポジティブに捉えようと思えばどうとでもなる。だけど、それをこの状況に陥ってない奴に言われたくない。なってみてから同じ言葉を言ってみろ。
自分でもおかしい考えに至っているのは自覚している。他人からの気遣いの言葉が今の俺にはとても痛い。腫れ物に触るかのような優しい言葉が心に突き刺さる。はっきり言って精神状態が正常ではない。現状を受け入れきれてない。
見た目が美しくなろうが、可愛らしくなろうが、どうでもいい。なぜTS病になったのは俺だったのか。他の人でも良かったじゃないか。思考が悪い方へと進んでいく。
終わりが一向に見えない堂々巡りの末、いつの間にか静かな暗闇が辺りを支配している。姿見を見た時から数時間は経っていた。膝を抱えて座り込んでいるのに気付いたが、立ち上がるには体に力が入らない。本当は食事や入浴などをしたいけど、ここから一歩も動きたくない気分を優先しよう。
その場にうずくまり目を閉じると心地よい闇が俺を包んでくれる。このまま眠りにつけば、勝手に明日になってくれるはずだ。布団で寝た方がいいに決まってる。だけど今は自分をぞんざいに扱いたい。季節は春になったといえども、まだ空気は肌寒く床も冷たい。自分自身を守るように抱きしめながら、願わくばこれが夢であったらなと思いつつ、浅い眠りにつく。それが叶わない夢であると知りながら。